リナレイちゃん−冬休みの思い出(前編)



Written by NK




12月25日東京駅新幹線改札口
「ふあぁぁ〜。」
レイは眠そうな眼で欠伸をしながらボンヤリと人の流れを見ていた。
日曜日という事もあり平日の通勤ラッシュには及ぶべくもないが、それでも切れ目無く人々が大勢歩いていく。
人の流れを妨げないように、通路から外れた場所で人待ち顔で佇むレイ。
板やブーツは宅急便で送っているので、身の回りのものをいれたデイパックぐらいしか荷物は無い。
傍には母親であるレイカと40代の男性が佇んでいる。
茶色がかった髪を肩まで伸ばし色素の薄い灰色がかった瞳を持つレイカとレイは、瞳の色と髪の色以外誰が見ても親娘であると納得させる容姿をしていた(ようするにそっくり)。
もう一人の黒い髪に甘いマスク、しかし意思の強さを感じさせる眼差しを持つ男性は、本作初登場のレイの父親・綾波ユウゴである。
都立監察医務院に勤務する監察医で、医務院医長をしている。
監察医務院は行き倒れや事故等の変死体の行政解剖を行う役所であり、明らかにコロシとわかる死体は解剖しない。
それは大学病院などで法医学部の医者によって行われる司法解剖の分担となる。
だが大都会では殺人事件より事故なんかで死ぬ人のほうが遥かに多い。
それに当初は医務院の管轄と思われても、解剖してみて殺人だとわかり司法解剖となってしまうこともままある。
そんな事で警察関係とも日頃から付き合いがある。
若い頃警視庁にいたゲンドウとはそのころからの知り合いであり、今では家族ぐるみの付き合いをしている。
この両家が子供達を通してより結びつきを強めようとしているのは周知の通り。
まぁ、そんなこんなでレイの父親であるユウゴは非常に忙しいのだ。

時計は8時30分を示している。
そろそろ誰か来るだろうと思って走らせていた視線が突然止まる。
固定された視線の先には大好きな碇シンジとその母ユイの姿があった。
シンジも気がついたのだろう、小さく手を振っている。
レイはそれに応えようと勢い良く手を上げかけたが、自分がいる場所を思い出してシンジ同様小さく振るに留めた。
シンジに相応しい大人の女になるべく、自らの行動を律するようになったレイである。
尤もまだまだ上手くいってはいなかったが・・・・・・・・。
母親を置いて小走りで近寄ってきたシンジに向かって、嬉しそうな表情で挨拶するレイ。
「おはよう、シンちゃん。」
「おはよう、レイちゃん。」
シンジもにこやかに挨拶を返す。
何時の間にか両手を握り合っている二人。
朝からイチャつき全開である。

「もう、シンジったら・・・・・・。私を置いていくんだもん・・・・。」
文句を言いながら少し遅れて到着するユイ。
ユイが来たのでシンジもレイの手を離し、ユイ共々ユウゴとレイカに挨拶をする。
「おはようございます。」
「おはよう、レイカ、ユウゴさん。」
正にご近所さん同士の挨拶という感じだ。
「やあシンジ君、久しぶりだね。」
かなりちょくちょくレイの家に行っているものの、ユウゴが忙しいためシンジはあまり会っていない。
「お久しぶりです、ユウゴさん。今回はお世話になります。でもよく休暇取れましたね。」
「ははは、いいかげん家族サービスをしないと追い出されそうだからね。君のところのゲンドウもその辺は大変なんじゃないか?」
「ええ、父さんも忙しいですからね。母さんの方は一緒にどこかに行きたがっていますから・・・・・・。」
苦笑しながらチラリと母親を見るシンジ。
ユイはレイカと楽しそうに話している。
「いやぁ、どこの家庭も同じだねぇ。でもシンジ君もそのうち実感するさ。家のレイも結構我侭だからね。」
「ええ・・・・、まぁそうかもしれませんね・・・・。」
家でゲンドウとユイのやり取りを見、長年仲裁役というか説明役をしてきたシンジは、あまりにも身近にその事例があったため両親の 姿を思い出し、それぞれの顔を自分とレイに置き換えてそのシーンを思い描いてみる。
自分は父親のように話すべきことを話さないタイプではないものの、妙に違和感無く想像できてしまったために思わずユウゴに肯定の返事をしてしまう。
「シンジ君は正直だね。でも一つ教えておくけど常に彼女には気を遣っていた方がいいぞ。」
片目を瞑ってそう言い、顎をシンジの後ろの方にしゃくると、ユウゴはユイ達の方に歩いていった。

シンジはユウゴの最後の動作の意味がよくわからず訝しげな顔で後ろを向くと、そこには無表情となり不機嫌そうなレイが立っている。
明らかに今の会話を聞いていたのだろう。
「ど、どうしたのレイちゃん・・・・・?」
いつもの余裕ある態度ではなく、まるで浮気した亭主のようにオズオズと尋ねるシンジ。
「・・・・・どうしてそういう事言うの・・・?」
シンジはレイから発せられた声を聞いて背筋に冷たいものが走った。
いつもと違いレイの声に抑揚が無く絶対零度を感じさせる。
「・・・・・・・・・・・・な、何の事・・・・・・・・・・・・?」
漸く喉から出た声は掠れている。
「・・・・・・・・・私・・・・・・我侭なの・・・・・・・?」
シンジの態度に無表情さを増していくレイ。威圧感がある。
だがシンジはレイが怒っているのではなく、悲しんでいるのだとわかっているだけに対応に苦慮する。
「えっ!?・・・・・い、いや・・・・そんな事はないよ・・・・・・きっと・・・・。」
「・・・・きっと?」
詰問するかのようなレイの一言に首をすくめる。
「い、いや・・・・絶対に・・・そんな事はないよ・・・・・。」
「ふーん、でもお父さんとの会話、しっかりと聞こえたんだけど・・・・。」
「ち、違うよ・・・・・。僕が同意したのは『そのうち実感するさ』ってユウゴさんが言った事に対してだよ。家の父さんと母さんのやり取り  を思い出したからさ・・・・・・・・。」
嘘は言っていないのだが、何故か非常に言い訳がましく答える羽目になっているシンジ。
いつものクールさはどこに行ったのだろう?
「あぁ・・・・・ゲンドウ叔父様とユイ叔母様のやり取りをね・・・・・・・。」
碇家の別荘に遊びに行った時のことを思い出すレイ。
ゲンドウとユイの間を仲裁していたシンジの姿は妙に慣れていたっけ・・・・・。
その光景を自分とレイに置き換えて考えたら妙に実感が沸いてきたのだろう、と思うレイ。
「そ、そうだよ。・・・・わかってくれた?」
考える素振りを見せるレイに、これ以上事態が悪化しない事を祈りながら尋ねてみるシンジ。
まぁ、父親のゲンドウが『問題無い。』とばかり言って事態を悪化させている光景を幼少の頃より見せられているせいもあるが、それに比べればシンジの対応は何倍もマシだった。
「・・・・・いいわ。シンちゃんを信じてるから許してあげる。」
シンジにとっては永く感じられたが、数十秒後にレイはややいつもの声音に戻って許しの言葉を告げた。
その言葉にホッと胸をなで下ろすシンジだったが次のレイの一言に顔を引きつらせる。
「でも今回のスキーの間、昼ご飯はシンちゃんの奢りね♪」
ニッコリと微笑むレイの姿は妙にユイやレイカを思わせるもので、シンジはユイ、レイカ、レイが血の繋がりを持っている事を改めて実感した。
先程のユウゴの言葉は、まさにシンジの将来を的確に予言したものだったのだ。
『・・・・・レイちゃんの誤解で僕は悪くないんだけどなぁ・・・・・・。』
トホホ・・・と肩を落としながらも承諾するしかないシンジだった。
時間にして僅か数分、時計の針は8時40分にもなってもいない。
だがシンジにとってレイの誤解を解くためのやり取りは、とてつもなく長い時間に感じられた。
一方レイは誤解だとわかって機嫌が直ったのだろう。
シンジの右腕をしっかりと掴まえてゴロゴロとじゃれついて来る。
慣れてきたとは言え、レイの変わり身の早さにシンジは一瞬唖然とするが、気を取り直すとレイにいつものような優しい眼差しを送り、髪を静かに撫でた。
いつもならその姿をからかってくるユイやレイカも、自分たちの話に夢中で気がついていない。
まぁ、人が引っ切り無しに通る東京駅の地下なので周囲の視線はいつもより遥かに多いのだが、レイには関係ないみたいだ。

だがレイの至福の時も長くは続かない。
「レイ〜、こんな人が一杯いるところで堂々とイチャつかないでよ。一緒にいるほうが恥ずかしいわ。」
その声に顔を上げると、マナが苦笑しながら立っている。
その後ろにはヒカリ、トウジ、マユミがやはり呆れたような顔でこちらを見ていた。
「あっ、シンちゃん。どうして離れようとするの?」
マナの声に自分達が今どこにいるのか思い出し、顔を赤くしてレイから離れようとするシンジだったがレイの不機嫌そうな声に力を抜いてしまう。
「だってレイちゃん・・・・洞木さんが発作を起こすとまずいよ・・・・。」
しかし手段を変え力づくではなく、小声でレイに耳打ちするシンジ。
シンジの顔がすぐ傍にきて、息吹さえ感じられる事にちょっとドキドキしてしまうレイだったが、シンジの言う危険性に気がついて渋々腕を解放する。
レイが見るにヒカリはワナワナと震え暴発寸前に見えたが、今なら何とか未然に防ぐ事ができそうだったからだ。
尤も未だにかなりピッタリと寄り添ってはいたが・・・・・・。
「おはよう、霧島さん、洞木さん、山岸さん、トウジ。」
「おはよう。」
さっきまでの事など無かったかのように、シンジとレイは友人達に普段と変わらぬ挨拶をする。
「「おはよう、碇君、レイ。」」
「おはようございます、碇君、綾波さん。」
「おはようさん。」
シンジは返される言葉を聞きながら、ケンスケの姿が見えない事に気がついた。
「あれっ、ケンスケは?」
トウジに尋ねるシンジ。
「あん?おかしいで、さっきまで一緒にいたんやがな?」
トウジもキョロキョロとまわりを見廻すが、ケンスケの姿は無い。
「ま〜たどっかで写真でも撮ってるんじゃないの?」
マナが目を細めて不機嫌そうに言い放つ。
海での一件以来、すっかりマナはケンスケが写真を撮る事に不機嫌そうな表情をするようになった。
まぁ、あの時何を撮られたか考えればやむを得ないが・・・・・・。
「おおい、お待たせ。」
みんなでキョロキョロしていると、ケンスケが走ってくるのがわかった。
「何やってたんや?」
「すまんすまん、朝食ってなかったから食い物を買ってきたんだよ。」
そう言ってビニール袋を掲げるケンスケ。
「相田君、黙っていなくならないで下さい。みんなが心配するじゃないですか。」
珍しくちょっと怒り気味のマユミ。
そんなマユミの姿にケンスケは自分に気があるのか、と淡い期待を抱くが、何の事は無い。
マユミは朝っぱらから人目を憚らないシンジとレイのラブラブなシーンを見せつけられてちょっとご機嫌斜めなだけだった。
「そうよ。またどっかで女の子の写真でも撮ってるのかと思ったわ。」
ジト眼で追い討ちをかけるマナ。
彼女が不機嫌な理由もマユミと同じである。
そんな二人の気迫に押され後ずさるケンスケ。
「時間内に集合したんだからいいじゃない。」
そんな二人を宥めるヒカリ。

途端に賑やかになったシンジ達の周りにユイが近づいてくる。
「シンジ、みんな揃ったの?」
「ああ、母さん。全員来たよ。」
マナを除けばシンジの母親に会うのが初めての面々は、ユイとレイが本当の親子のように似ているのにビックリ。
さらに前方からユイと双子かと思える程似ているレイカが、ユウゴ吾と一緒に近寄って来るのを見て呆然とした表情で固まってしまう。
「みんな、おはよう。レイの母親の綾波レイカです、よろしくね。こっちは夫のユウゴ。」
笑顔で挨拶するレイカ。
ユウゴもにこやかに頭を下げる。
レイを大人にするとこうなる、という生きた見本であろう。
その美しさに別の意味で呆然とするケンスケ、トウジ。
ヒカリ達もこれほどわかりやすいシミュレーションはない、とばかりに心の中で頷いた。
『むむむ・・・・・レイのお母さんは結構胸大きいのね・・・・。という事はレイももっと大人になると・・・・・・。』
若干1名が妙な部分のシミュレーションを行っていたようだが、この際無視しよう・・・・・。
「私はシンジの母親のユイよ。みんな、シンジがいつもお世話になっているわね、ありがとう。」
そしてレイカと瓜二つのユイが挨拶をする。
「センセ、ほんまにセンセのお母はんと綾波のお母はん、姉妹やないんか?」
珍しくいち早く復活したトウジがシンジに小声で尋ねる。
「うん。前にも言ったようにかなり離れているんだって。」
シンジは心の中でこの反応はまぁ当然だろうと思っていたので、何と言う事なしに答えた。
「ふふふ、私とレイカは親戚だけどシンジが言ったようにかなり離れているの。だからシンジとレイちゃんが結婚しても何の問題も無いのよ。」
天使の微笑みといわんばかりの笑顔でとんでもない爆弾を落とすユイ。
「け、け、け、け、結婚・・・?」
「りょ、両親公認なのか、シンジと綾波って??」
見事に直撃を食らったトウジとケンスケはガックリと項垂れる。
「ええ、早く結婚しろって言ってるのよ。」
レイカが最後の止めを放つ。
後ろに立っているヒカリ、マナ、マユミもその発言に眼を丸くして何も言えない。
「か、か、母さん。いきなり何言ってるんだよ!」
シンジは顔を真っ赤にして母親に詰め寄り、レイはその言葉ですでに妄想の世界に旅立っていた。
「うふふ………シンちゃんの奥さん、それは私………ユイ義母様……。」
ブツブツと呟いている内容を聞こうという者はいない。
すでにこのメンバーは見慣れているのだ。
こうして最初から暴走気味のスキー旅行は始まった・・・・・・。



長野新幹線の車中、大人達の様子は夏に別荘に行く際の車の中と同じだった。
レイカとユイは小さい声だがよく喋り、ユウゴはそれに時たま加わるというパターンである。
勿論ゲンドウより勇吾の方が話し上手(普通のおじさんというレベルだが)なので、喧嘩にはなっていない。
一方高校生グループはというと、7人という中途半端な人数だけにシートを廻してボックスにもせず、それぞれ席の組み合わせでもめもせずに大人しく座っていた。
この辺は、いい加減高校生にもなればこの程度できなくては困る、という事もあるが、レイがシンジの横を譲るはずも無く、ヒカリは別としてマナやマユミがトウジ、ケンスケと隣り合って座るはずも無い。
したがって、シンジ+レイ、マナ+マユミ、トウジ+ヒカリ、ケンスケ+ユウゴという組み合わせに落ち着いていた。
珍しくマナがマユミと話したがった事もあり、レイの父親とはいえ初対面の男性が隣ではマユミが大変だろうとヒカリが気を利かした結果だった。
尤もヒカリとしても自分がトウジの隣に座りたかった事が最大の理由なのだが・・・・・・。
そのためには邪魔なケンスケを追い出す必要があったのだ。
どういう訳か最近妙に積極的なヒカリ。
ケンスケはある意味大人なので黙ってユウゴの隣に座っているが、解剖がらみの話で妙に盛り上がっているようだ。
朝が早かったレイ(休日にしては)は、すでにシンジの腕を抱き、頬を彼氏の肩に乗せてスピョスピョとお休み中である。

シンジは片手をレイにホールドされているため本を読む事も出来ず、ボンヤリと外を眺めながら考え事をしている。
『それにして全員がスキーウエアは持っているというのは驚いたよなぁ・・・・・。』
そう考えながらチラリと横のレイを眺める。
『レイちゃんは妙に自信ありそうだったな。家族全員が道具一式を持っているみたいだから結構やった事あるんだろうな。
 霧島さんはウエアを新調したって言ってたな。それにレイちゃん同様自信が有るような事を言っていたっけ。』
そこまで考えて斜め前に座るマナの方に視線を向けると、ちょうど振り向いたマナと眼が合う。
ニッコリと微笑むマナに頷き返すシンジ。
おそらくマナは自分のブーツや板を持っているだろう。
『ケンスケは良く分からないが、雪中訓練は充分演習を行っていると自慢げに話していたな。
 でもそれってアルペンスキーじゃないよね、普通・・・・・。どうもケンスケはよくわからないよ。
 トウジは一式借りるって言ってたし、洞木さんと山岸さんはどうするんだろう?』
今度はチラリとトウジとヒカリを眺める。
『まぁ、あの二人はお似合いだから変に干渉せずに好きにやっていてもらおう。』
そこまで考えると思考を停止する。

通路を挟んで隣のトウジ達と話さないのは、眠っているレイを気遣っての事だろう。
トウジ達もそれを理解してあまり話しかけない。
いや、トウジは食べることに夢中なだけのようだ・・・・・・・。
なぜか嬉しそうにその光景を見るヒカリをしり目に駅弁を平らげ、スナック類を頬張っている。
ヒカリは何やら甲斐甲斐しくトウジの世話を焼いていた。
時々チラチラと潤んだ眼でトウジの方を見ているが、トウジが気が付いていないのもお約束である。

一方、既にシンジ獲得戦線から脱落したと思われるマナとマユミは・・・・・。
「マユミ、あなたもう碇君のことすっぱり諦められたの?」
マナが小さな声で尋ねる。
「えっ・・・・・、ええ。碇君と綾波さんの間にはしっかりとした絆がありますし、二人ともお互いのことを深く想い合っていますから・・・・。
 私が入り込む隙間なんてありません。それに綾波さんは私の大事な友達です。その友達の彼氏を狙うなんて私にはできません。」
質問の内容が内容の為、俯きながら小声で答えるマユミ。
「ふーん、やっぱりマユミもそう思うんだね・・・・・。」
ちょっと納得したような表情で呟くマナ。
「えっ?霧島さんも碇君のこと諦めたんですか?」
意外そうに聞き返すマユミ。
「まぁね〜。だってあの二人を見ているとちょっかいをかける私が悪者みたいなんだもん。」
やれやれという風に首を横に振るマナ。
「あの二人はお似合いですからね。それにご両親も公認みたいですし・・・・・・。」
先程ユイとレイカから言われた事を思い出す。
「それはそうだけどね。でもマユミ、本当に諦め切れたの?」
マナのマユミを見る目は真剣だった。
「………あ……当たり前じゃないですか…………。」
答えるマユミの声は弱々しい。
「………嘘ね………。貴女の眼はまだ碇君の方を向いている。私と同じよ。」
マナの言葉に図星を指され俯いてしまうマユミ。
「………霧島さんは……碇君のことを諦めたんじゃないんですか?」
「一応諦めたわよ。でもね、碇君のことを想い続けることは諦めてないわ。もしレイとの間に何かあったら、その時は私が頂くモン。」
「……強いんですね……霧島さん………。」
「ふふふ、強くなんか無いわ。他に格好良い男の子が現れればそちらを好きになるかもしれないしね。でもそう言う相手が現れないうちは
 碇君のことを想っていようって考えてるんだ。」
「……私と同じなんですね、霧島さん。……」
「やっぱりマユミもそうだったのね。じゃあ、お互いその時を待って碇君を見続けましょう。」
笑顔でマユミに手を差し出すマナ。
その手をしっかりと握るマユミ。
こうしてもしもレイとシンジが別れたらその時は、と考える二人の同盟が結成された。
「「とりあえず、今日のクリスマスを碇君と一緒にきちんと過ごす事ね。」」
そう言って闘志を燃やすマナとマユミ。
状況は、実際には何も変わっていないような気がする………。

女の子同士が何やら不穏な企みをしている時、シンジはボンヤリと外を眺めていたが時折自分の左肩に感じられる心地よい重みの原因であるレイの方に視線を送る。
シンジの横ということで安心しきって無防備な寝顔を見せているレイ。
そんなレイの顔を見ていると、彼女のことを愛しいと思う感情が湧き上がってくる。
微笑みを浮かべながらレイの寝顔を見詰めるシンジ。
だが彼にも常識はあるので、少し見ていると視線をそらし再び窓の外に目を向ける。
レイが眠ってから、シンジはずっとその繰り返しだった。
先程その姿をチラッと見たマナが、マユミにまるで新婚さんみたいだと漏らしていたが、言い得て妙であろう。
「…う〜ん………シンちゃん…………。」
そう呟くレイに目を向けるが、やはり寝言だったようだ。
だがもぞりと動くと、先程までより身体をシンジの方に向け、しっかりとシンジの左手を両腕で抱き抱える。 レイの頭はシンジの顎のあたりまで接近していた。
レイの髪からシャンプーの匂いがほんのりと漂ってくる。
ほとんど抱き枕と化しているシンジは既に脱出を諦め、寄りかかられたレイの身体の柔らかさと、甘い香りを眼を瞑りながら感じていた。
『…レイちゃんは僕を信用してくれているのかな……?こんな無防備な体勢で抱き着くなんてね…。』
そんな事を10分ほど考えレイの感触を楽しんでいたシンジだったが、あまりの心地よさにスーっと睡魔に誘い込まれていく。
『…うーん眠くなってきたな………。でも目的地に着けば誰かが起こしてくれるだろう………。』
ゴミを捨てに行こうとして立ちあがったトウジがふと隣の席に目を向けると、そこにはお互いに寄りかかって 気持ちよさそうに眠る1組のカップルの姿が………。
トウジの様子に気がついたケンスケはすかさずデジカメでそのショットを記録する。
ニヤリと笑みを浮かべているのは、何か良からぬ事を考えているのだろう。
さらに暫く経ってから、静かなのでどうしているのだろうと思いやって来たマナがその姿を見てムッとした表情 を見せる。
ブツブツと何か言いながら席に戻ってきたマナにどうしたのか尋ねるマユミ。
「ふーんだ!全く見せ付けてくれちゃってさ………。」
そう切り出したマナはシンジ達の様子を事細かにマユミに話し始める。
「そうですか……綾波さんも碇君も幸せそうに眠っているんですね……。」
複雑な表情で呟くマユミ。
「こうなったら……スキーでレイをしごいてあげるわ!フフフ…レ〜イ、待ってなさいよ〜。」
何やら意趣返しを考えているらしいマナ。
マナも体力、脚力共にかなりある方なので、スキーでレイに負けることなど無いと考えている。
「体力と筋力なら私のものなんだからね〜。」
クスクスと怖い笑みを浮かべて呟くマナ。
レイがシンジの恋人と認めても、いちゃつく姿には我慢ならないのだろう。
『…ううう………マナさん、何だか怖いです………。私にまでとばっちりが来ないと良いですが……。』
マユミは心の中で盛大に涙を流し、ひたすら自分に被害が及ばないことを祈っていた。
だが同じように見せつけているヒカリとトウジが話題に上らないのはなぜなんだろう・・・・・・?




「さぁ着いたわよ〜。正面にあるのが管理棟だから私達が手続きをしている間に、みんなは送った荷物を受け取ってね。」
新幹線を降りて送迎バスに乗った一同は、漸く信州野末高原スキー場に到着した。
そして目の前には雪原にポツポツと佇むコテージ群。
ここが宿泊先のヴィラ野末リゾートである。
レイカに笑顔で言われた子供達は、管理棟に入ると自分の荷物を取りに別室へと向かう。
幸い誰かの荷物が届いていない、等というトラブルも無くスキーを肩に担ぎキャリアーをゴロゴロと引きずる一同。
シンジの場合は母親の分があるので、他の者の倍の量を持っているが何でもないようだ。
レイは物理的に不可能なので両親の分は無視している。
まぁレイ一人では到底無理だし、シンジも手伝える状況には無いので仕方ないだろう。
今回は父親のユウゴもいることだしね。

手続きを終えたレイカがキーを幾つかぶら下げて集まっているみんなのもとにやって来る。
ユウゴはレイカを残してシンジ達が出てきた部屋へと向かった。荷物を取りに行ったのだ。
「これから部屋割りを言うわね。まず私とユイが11号棟、夫が12号棟、男の子達3人は14号棟、女の子達4人が15号棟よ。
 これがそれぞれのコテージの鍵。ベッドは4つずつあるから心配無いわよ。これから荷物を置いて着替えたりするから、1時に
 ホテル内のレストラン・ワールドスクエアに集合しましょう。レンタルスキーを借りる人は一緒に行くから付いてきて。」
そう言ってシンジ、レイを始めにキーを渡すレイカ。
ぞろぞろと荷物を持ってそれぞれのコテージに入っていく面々。
ここヴィラ野末リゾートは客室がコテージタイプで独立しており、巨大な管理棟の中にレンタルスキーコーナーやカフェテリアを含む3つのレストランが入っている。
朝食や夕食は基本的にこれらのレストランで食べることになる。
宿泊は隣接した普通のホテルもあるが、管理棟を中心に右側のエリアがコテージ群になっており、別荘のように数本のストリートに面して各コテージが並んでいる。
今回一行が割り振られたのは、隣り合って続く4棟のコテージであった。
「へえぇぇ〜何か南国系のリゾートみたいねぇ・・・・・・。」
板を軽々と担いで荷物を引くマナが、コテージの佇まいを見て呟く。
今歩いているのはシンジ、レイ、ケンスケ、マナの4人とユイ、ユウゴである。
レイカはレンタル一式を借りるトウジ、ヒカリ、マユミと共に管理棟に残っていた。
「そうだね、でも作りは軽井沢プリンスホテルを小さくしたような感じかな。」
ユウゴが答えると自分に割り当てられたコテージに入っていく。
それを合図に各自は割り当てられたコテージへと消えていった。




「さて、さっさと着替えて板を外に出しておこうぜ。」
ケンスケが早くもスキーパンツに履き替えて荷物の中からブーツを取りだした。
「そうだね。レストランはスキーブーツを履いたままでも大丈夫だから、レストラン前のゲレンデに置いておけばいいからね。」
黒いフリースのプルオーバーを着てグレーのスキーパンツを履いたシンジが同意する。
羽織ろうとしている上着は薄いスカイブルーで肩から袖口までにかけて黒いラインが入っている。
「何や、ケンスケは此処に来てまで迷彩服なんか?」
みんなより送れて部屋に来たが、既に殆ど着替え終わっているトウジ。
黒を基調にアクセント的に青のラインが入っている上下に身を固めた彼は呆れ顔でケンスケを見ていた。 ケンスケは都市迷彩パターンの上下を着込んでいる。
「何言ってんだよトウジ、お前だっていつもと変わらない色合いじゃないか!俺のこのウエアはレア物なんだぞ!」
人は自分が良いと思っている物は、他人にどう言われようと譲れないものなのだ。
「そりゃあそうだろうねぇ………。なかなかそのセンスを着こなせる人は少ないと思うよ。それより、よくそんな柄のウエアがあったねぇ。」
半分呆れ、半分はそのポリシーに感服しながら言うシンジ。
「ふっ…見つけるのに苦労したんだぜ。」
得々と経緯を話し始めようとしたケンスケに気が付いたトウジは、話題を変えるべくグローブやサングラスを持ち玄関へと歩き始める。
「そんな事より飯や飯!早う行かんと昼飯食う時間が無くなってまうわ!」
『トウジ、ナイス!』
心の中でそう思いながら、シンジも帽子、サングラス、グローブを片手にスキーブーツを履きに掛かる。
「ちぇっ!これから面白くなるのになぁ……。」
話の腰を完全に折られたケンスケも不承不承の感じで後に続いた。
3人は待ち合わせ場所のレストランを確認すると、その前に設置されているスキー板置き場に自分の板とストックを置きレストランの中へと入った。
さすがに昼食時なので中は込んでいたが、一時期のスキーブームとは違うのでそれ相応に空きはある。
中を見回すとまだ誰も来ていないようなので、取り敢えずテーブルにグローブやら何やらを置いて席を確保した。
「何や、まだ誰も来てへんがな……。」
「女の子達は着替えや化粧に時間が掛かるからね。」
とりあえずジュースを買ってのんびりと他のメンバーを待つ3人。
20分程経ってもまだ誰も来なかった。
「ワシらは15分程で準備できたっちゅうのに、イインチョ達は何やってんや?」
「そうは言ってもまだ12時半には15分あるよ。僕達が早すぎたんだよ。」
「そやけどセンセ、一体何でこないに時間がかかるんやろ?」
不思議そうに首を傾げる。
「ほら、スキーって海と同じように日焼けするからね、レイちゃんなんか対策が大変なんだと思うよ。」
「甘いなシンジ、あれは化粧とは呼べないのさ。もうあそこまでいくとメッキかコーティングって感じだね。」
ケンスケが訳知り顔で言ったとき、背中に冷気を感じた。
「ふーん………。メッキやコーティングで悪かったわね……。」
続いて聞こえる冷たい声。
ギギギギギ……………。
引きつった表情で振り返ったケンスケの眼に飛び込んできたのは………ジト眼で睨むマナであった。
「あらあら、そんな事を言っては駄目よ、相田君。女の子はいろいろやらないといけない事があるんですからね。」
「あっ母さん、やっと来たね。レイカさん達は?」
「今板をゲレンデの方に置いてきているわ。」
「そう。僕達もそうしたよ。ところでレイちゃんはどうしたの?」
マナの横で他の人間には眼もくれずシンジを見ているレイに声をかける。
「だってぇ〜重かったんだもん………。」
上目遣いで見詰めるレイの意図を悟るシンジだった。
「他のみんなは?」
「時間がなかったからコテージの前に置いて来ちゃったわ。」
ヒカリが代表して答える。
「じゃあ食べ終わったら一緒に戻ろう、レイちゃん。」
シンジの申し出に嬉しそうに頷くレイ。
「それより……レイちゃん、そのウエア似合ってるね、可愛いよ。」
レイは襟首にフワフワの付いたスカイブルー1色の可愛い上着にややぴったり目の黒いスキーパンツという格好であり、どちらかというと華奢なレイの体付きによくマッチしていた。
手に持った白いグローブがアクセントになっている。
加持の教えを忠実に守っているシンジは、レイの格好を上から下まで良く見た上でニコリとしながら誉めた。
板のこともあってさすがにウエアまでは見てくれないだろうと思っていたレイだったが、しっかりと見てくれたシンジに思わず表情が綻ぶ。
「………あ…ありがとう…シンちゃん。ちゃんと見てくれたのね……。」
「うん……お揃いとはいかないけど色も似ているし。」
「そう……そうね。」
サッと近寄ったレイはシンジの両手をしっかり握りジッと見詰める。
ついフラフラと抱き寄せてキスしたくなる衝動を抑え、シンジもジッと見詰め返す。
「ほらほら、二人ともこんな所でイチャイチャしちゃ駄目じゃない。」
ユイの一言で現実に帰った二人は頬を赤らめて手を離すが、レイはしっかりとシンジにピトッとくっ付いた。
横から聞こえたユイの明るい声によって制裁を加えるタイミングを逸し、さらに眼前でシンジとレイのいちゃつきを見せられたマナはこの憂さをどうやって晴らそうかと考えていたが、閃いたようにニッコリと笑う。
「マユミ、私達は相田君に持っていってもらいましょう。」
「でも霧島さん、そんなの悪いですよ……。」
「いいのよ、ねぇ相田君……。私達のスキー持っていってくれるわよねぇ〜。」
その笑みに隠された真の顔を見抜き、壊れた人形のようにコクコクと頷くケンスケ。
ケンスケには、赤に黒いラインが入っている上着と黒いスキーパンツのマナが鬼に見えた。
「そうやな、イインチョの板はワシが持ったるわ。」
「あ、ありがとう、鈴原……。」
ケンスケの横ではトウジとヒカリが初々しいやり取りをしている。
ちなみにヒカリは薄い黄色のジャケットにクリーム色のスキーパンツという格好だ。
この二人、シンジとレイのいちゃつきなど全く眼中に無い。
『な、なぜ俺だけいつもこんなに不幸なんだ〜!!みんなシンジが悪いんだ〜〜!!』
心の中で涙を流すケンスケ。
……でも自業自得だと思うぞ、ケンスケ………。
そんなケンスケを見て悪いと思い、ちょっと同情しているマユミはピンクの上着にクリーム色のパンツを着ている。
食事前の一騒動も終わり、シンジ達が確保していた席についた一同は思い思いのメニューをオーダーする。
既にレイはデレデレであるが、自分の格好を誉めてもらえなかったマナとマユミはどこか寂しそうだった。
トウジがいつも通りに無敵の食欲振りを披露した食事を終え、シンジ達はゾロゾロと女の子達のコテージから板を運んでいた。
ゲレンデでは既にスキーを履いたユイ達が待っている。
ようやく全員が揃い、ユイがガチャガチャとスキーを下ろしている子供達に尋ねる。
「自分の板を持っている人は大丈夫だと思うけど、山岸さんと洞木さんは初級者ってレンタル時に書いていたわね。大丈夫?」
レンタルに付き合ったレイカから一応の情報を得ているユイが少女二人に尋ねる。
一応保護者代理なのでユイは初心者といってもレベルによっては面倒を見るつもりだった。
「……あ、あの…私まだ1回しかやったこと無くて……その……。」
マユミがオズオズと手を上げた。
「あっ、私は大丈夫です。数回滑った事有るし・・・・・。」
対照的にヒカリは慌てたように手を振る。
『あらあら・・・・、鈴原君と一緒に滑りたいのね。』
ユイは正確にヒカリの考えを看破したがそのままスルーする。
「じゃあ山岸さんは私が教えてあげるから一緒に滑りましょう。いきなり無理してみんなに付いて行こうとすると危険よ。」
優しげなユイの態度にコクリと頷く。
「後の人達は問題無いのね?」
レイカが念を押すが、マユミ以外は何とかなるようだ。
「じゃあ4時にここに集合よ。このスキー場は携帯が使えるから、何かあったら連絡してね。」
レイカのこの言葉でわらわらとリフト目掛けて動き出すシンジ達。
『……うぅ……私だけご一緒できません……。でも今日は耐え難きを耐えないと……。明日こそ!』
マユミは珍しく燃えていた………。




(後書き)

リナレイちゃんシリーズスキー編、前編をお送りします。
予告通りスキー編ですが、情けない事に未だ滑るところまで行っていません。スキーシーンは後半までお待ち下さい。
今回はちょっと凄味のあるレイちゃんと、両親公認の仲であることが披露されたためさらに大胆な行動に出るレイちゃんでした。
レイちゃんのお父さんも登場しましたが、何かレイカさんに押されて影が薄いな。
さぁ、いよいよスキーシーン。うまく書けると良いなぁ……。
ところでみんなのスキーウエアですが、私がスキーに行ったときに周囲にいた女性スキーヤーの格好をそのまんま書いています。
一時期、妙なプリント柄なんかも流行ったのに、最近のはシンプルなんですね。
でもレイちゃんにはシンプルなのが似合いそう。


NKさんへの感想はこちら




綾吉 :ふむ、スキーか。2シーズンほど行っておらぬな
レイ  :・・・・・・・・・・・
綾吉 :な、何ですかっ!? その疑いの眼差しはっ!?
レイ  :だって・・・・外に出るのが嫌いなプチヒッキーなのに
綾吉 :否定はしないが、スキーは幼少時から家族で毎年行っていたのだよ
レイ  :そう

綾吉 :私の個人的な話はさておき、今回のお話ですが
レイ  :私と碇君は両家の親公認で卒業と同時に結婚なのね
綾吉 :微妙に拡大解釈してるけど・・・実現しそうだな(笑)
レイ  :ふ〜たり〜のため〜せ〜かいはあるの〜♪
綾吉 :と言う訳でスキー旅行の前編を公開しました
レイ  :次回、後編『深まる愛』に期待なの
綾吉 :(嘘だ! と叫びたい)・・NKさんに是非感想を! メールは作者の創作意欲を増大させます!
レイ  :ます!