リナレイちゃん−冬休みの思い出(後編)



Written by NK



『な、何で俺だけペアリフトで独りっきりなんだ?』
リフトにポツネンと腰を下ろしたケンスケは、その理不尽さ(あくまで自社比)に涙していた。
シンジとレイが一緒に乗るのは予想していた。
ユイとマユミ、ユウゴとレイカ、これもまぁ順当だった。
マユミが教えてもらうユイと一緒なのは当たり前だろう。
しかしトウジの奴がヒカリと一緒にリフトに乗るのは予想していなかった。
ならばマナが残っている筈だが、ケンスケに先に行けと手を振ってやはり独りで乗っている。
ちょっとショックを受けたケンスケだったが、マナと一緒よりは怖くないという事に気がついて少し元気になる。
ただしマナもケンスケ自身が嫌というわけではないのだ。
海で裸を撮られたトラウマから、カメラを構えている(持っている)ケンスケが嫌なだけである。
今回もカメラをぶら下げていなかったら(しまっていたら)何ら問題なく一緒に乗れたはずだった・・・・・・。
この辺が気が付いていないが自業自得な部分なのである。

『だが……シンジはともかく、トウジの裏切り者め!写真を撮ってみんなに教えてやる。』
ようやくいつものような思考パターンが出てきたケンスケだったが、彼はヒカリの怖さというものを計算に入れていなかった……。

「うわ〜〜!シンちゃん見て見て、凄い眺めがいいよ〜。」
天気が良いため周囲の山々がよく見え、そのすばらしい展望に嬉しそうな声を上げるレイ。
「そうだねぇ。今日は天気が良いから眺めが良いね。」
サングラスをしたシンジが同意する。
無論、アルビノのレイもサングラスは必要なのだが、今は外している。
スキーを履いているためにシンジに抱き着けない事が不満だったが、しばらく一緒に眺めると再びサングラスを掛け、レイとシンジはコースへと向った。

「ちょっとレイ〜。貴女スキーの腕前はどうなの?いつもの体育の授業の姿を見る限り、本当はマユミと一緒に習った方がいいんじゃない?」
半分親切心、半分はもしそうなったらシンジと二人で滑れる、と思いながら訊いてみるマナ。
尤もそうならばシンジも一緒に行くだろうが……。
「ふっふっふ……マナ、貴女それはこのレイちゃんに向かって言う事じゃないわ。見せてあげましょう、私のスキーの腕前を!」
不適な笑いを浮かべると、サッと滑り出すレイ。
スピードを出しているにもかかわらず、妙にゆったりと滑っているように見える。
両足は肩幅ぐらいに開いているが完全に平行操作だし、カービングスキーの性能を活かした滑りも、従来からのずらしをメインにしたスキッディング・ターンも非常に綺麗に決めて見せる。
あっという間にコースの1/3ほどを滑り降りて止まり、残った面々にストックを振る。
その姿は自信に満ち溢れ、その姿をさらに格好良く見せている。
「へぇ………レイちゃんって上手いんだねぇ………。それにコーディネートもいいし……。」
言葉通り全面的な賞賛を与えるシンジ。尤も後半は惚気であろう。
「綾波さん、上手いです………。」
マユミの言葉に頷きながら同意するヒカリにトウジ。
「へぇ〜レイちゃん上手いのね……。」
「まぁ、毎年スキーだけはよくやっていたからねぇ……。」
ユイの言葉に、娘を誉められて嬉しそうなレイカ。
『な、な、何ですって〜〜!レ、レイ……アナタずるいわよ!私より全然上手いじゃない〜!!』
呆然とした表情とは裏腹に、心の中ではレイをしごく計画が瓦解して悔し涙を流しているマナ。
「取り敢えずレイちゃんのところまで滑るとするか。」
そう言ってシンジが滑り出す。
その滑りはレイほど綺麗なものではなかったが、きちんとスピードをコントロールし、技術は無論あるが力強さをより感じさせるものだった。
「ふえ〜碇君も上手いのね〜〜。」
マナが今度は単純に感心している。
「シンジは脚力で抑えこんじゃう滑りだから、エレガントじゃないわよね。せっかくこの私が教えてあげるって言うのに、いいって  言うのよ。私はインストラクタークラスだっていうのに……。」
自慢をしているのか、息子に相手にされなかった事を愚痴っているのかわからないユイに、あれだけ滑れれば十分だ、と思う一同。
「私だって負けられないわ。」
そう言って滑り出すマナ。
尤も綺麗さはともかく、長距離になれば最後に元気なのはレイではなくマナであろう。
女性にしてはなかなか力強さを感じさせる滑りを見せるマナ。
鋼鉄のあだ名は伊達ではないという事だろう………。
後に続いたヒカリは、多少ターン始動時に片足が先行するが丁寧に滑っていく。
レベル的にはターン後半で足が揃うようになった程度。
ひたすら豪快な滑りですっ飛んでいくトウジと、これまた妙に上手いケンスケ。
トウジはイメージ通りで派手なクラッシュもご愛嬌だが、ケンスケは眼鏡が輝き何気に不気味である。
いつ、どうやって練習したのだろう?
ユウゴとレイカはさすがにレイの親という感じの綺麗な滑りを披露。
「皆さん上手いんですね〜。」
感心したようなマユミの言葉に、ユイは比較的斜度の緩いコースへと連れていった。
「大丈夫よ、明日はみんなと一緒に滑れるわ。今日一生懸命に練習すればね。」
ニッコリと微笑むユイに力づけられ、マユミは頑張ろうと心に決めた。
そんなマユミを見て心の中で溜息をつくユイ。
『ふう〜、この娘もシンジが好きみたいね……。まぁあの子はレイちゃん一筋だからいいとして、意外にもてるのねぇ。』
などと自分の息子に対する評価を修正していた。




最初こそ初心者コースを滑ったが、2本目はコース途中から出ているリフトを上がり1km程度の中級者コース、3、4本目も同じコースを滑ったシンジ達は次にどこに行こうか相談していた。
レイは無論、シンジとマナは上級者コースでも何とかなる。
ただしトウジとヒカリはかなりキツくなる。
「じゃあ洞木さんとトウジはこのコースを滑っていてね。僕達はこの上の上級者コースに行って来るけど、最後はこのコースに出るみたい
 だから逸れる事は無いと思うよ。」
シンジの言葉に頷いたトウジは少し悔しそうだったが、ヒカリは対照的に嬉しそうだった。
「全く……鈴原って女心がわかってないわね。」
「そうね、でもヒカリが嬉しそうだったからいいんじゃない。」
珍しくヒソヒソと仲良く話しているマナとレイ。
そうこうしているうちにこのスキー場の一番上に着いた5人。
「さすがにコブがキツそうだなぁ……。ちょっと手ごわそうだ。」
コースを見下ろして呟くシンジに同意するマナ。
「大丈夫よ。こういう所はスピードを出さずに一つ一つのコブを丁寧に避けていけば危険は無いわ。」
そう言って滑り出したレイは、コブの頭にストックを置いてタイミングを計ると、コブに沿ってスキーを回しこんでいく。
コブを舐める様に滑っていくレイの姿はなかなか絵になっている。
「なるほど、こういう斜面にはそれに合った滑りか……。勉強になるなぁ…。」
無理に攻めなくても、落ち着いて一つ一つクリアーすればいいと理解したシンジも、多少危なげな場面はあったものの転びもせずにレイの待っているところまで滑り降りた。
「シンちゃん上手いね。」
ニコニコとしながら、可能な限り近づいて話しかけるレイ。
「レイちゃんがアドバイスをくれるからね。いつもよりずっと楽に降りてこられたよ。」
素直に答えるシンジ。
レイはいつもと違ってシンジに迷惑を掛けない上に、シンジに感謝されるという状況が嬉しくてたまらない。
スキーが得意なレイは、夏の海以上に今回の旅行を楽しみにしていたのだ。
「あっ!マナが転んだわ。」
レイ達が見ている前で、スキーが引っかかったのかこけるマナ。
どうやら身体が後傾になり、無理やり廻そうとしてバランスを崩したようだ。
「結構派手にクラッシュしたわねぇ……。」
レイの言葉通り片足のスキーが外れそのままズルズルと落ちていく。
「まずいな、スキーが外れたよ。」
シンジが心配そうに呟いたが、心配は無用だった。
後から滑ってきたユウゴがマナの板を拾っているうちにレイカが追いつき、マナを助け起こす。
ようやくスキーを装着したマナは、その後は無難に滑り降りた。
「霧島さん大丈夫だった?」
「ええ、ちょっと恥ずかしかったけど、レイのお母さん達に助けて貰ったから。でも結構キツいコースだったわね。」
シンジに答えながらウエアに付いた雪を払うマナ。
レイが背中側を払ってやる。
「そうね、ヒカリ達を連れてこなかったのは正解だったわね。」
レイも頷く。
「あれ?そういえばケンスケはどこに行ったんだろう?」
ふと思い出したように口を開いたシンジの一言に、一同はようやくケンスケの事を思い出す。
「そう言えば中級者コースまでは一緒だったわね。」
「そうね。でもこっちに一緒に来たっけ?」
マナもレイも全っ然ケンスケの事は眼中に無かったと言わんばかりに首を捻っている。
「ここには一緒に来ていないと思うよ。」
保護者としての立場から一応監督していた勇吾が、それでも自信なさそうに言った。
「えぇ、リフトに乗る時はこの5人しかいなかったわよ。」
レイカもケンスケの姿は見ていないようだ。
「トウジ達と一緒にいるのかな?」
「相田君の事だからどっかで女の子の写真でも撮ってるんじゃないの?」
マナはケンスケに厳しい。
「そうかもしれないわね。でも本当にどこに行ったのかしら?」
途中でこけていないかコースを見上げて探していたレイも、ケンスケの姿を見つけられずに呟く。
「じゃあとにかくトウジ達と合流してみよう。」
シンジが提案するとみんなが頷き、トウジ達を探すべく中級者コースへと滑って行った。




「あっ!いたいた。なかなかいい雰囲気で滑ってるよ。」
シンジが目聡く仲良く滑っているトウジとヒカリを見つける。
「あっ、本当。……全く、誰も見ていないとイチャイチャしちゃって……。」
これでからかわれた時の反撃の材料が手に入ったと嬉しそうなレイ。
「でも相田君いないわね……。」
レイカは本来の目的を忘れずしっかりと周囲を見ていた。
「おいレイカ、アレは何だろう?」
ユウゴの指差す方向には、コースから少し離れた木の下に見える雪溜りとヒョコンと突き出しているスキー板らしき物が見える。
「何かが反射したみたいだったんだが・・・・・。」
遠目では何もないように見えるが、その時白い膨らみがごそごそと動いた。
「…人ね……。」
レイカも眼を細めて見詰め、ポツリと呟いた。
「どうやら白い布を被ってカモフラージュしているみたいだな・・・・・・。」
少し驚き、残りは呆れているユウゴ。
「多分・・・・・・ケンスケじゃないかな?」
そんな奇妙な事をする人間は少ないだろう、と考えたシンジは友人の性癖を思い出した。
「あっ!木の雪が落ちたわ!」
マナの声と共に風で揺られた木からドサッと雪の塊がカモフラージュしている人間の上に落ちた。
完全に雪に埋まって出てくる気配は感じられない。
「…死んだの?」
レイが冗談にならない事を言う。
「さぁ?行ってみないとわからないわ。」
それに付き合うマナ。
その時すでにシンジとユウゴは動き出していた。

シャッ!

近くで止まるとスキーを外し近寄る。
「おや、カメラを握っているね。」
ユウゴの言葉に突き刺してあるスキー板を確認したシンジは雪溜りに近づき雪を崩し始めた。
ユウゴも手伝うと、そこから出てきたのは白い布が絡まって雪に埋まりに出れなくてもがいていたケンスケだった。
都市迷彩の色が妙に場違いであり、マッチしてもいる。
『ケンスケ・・・・・やはり君なんだね・・・・。』
その姿を見たシンジは自分の想像が当たっていた事を知ったが、別に嬉しくはなかった。
「助かった〜〜!ありがとうございました。」
ようやく起きあがったケンスケは雪まみれの体を払っている。
「一体どうしたのさ、ケンスケ?」
「あっ、シンジだったのか。……いや、景色を見ようとしてここまできたら雪が木の上から落ちて来てさ。
 下はフワフワしていて起きあがれないし、頭まで雪に埋まっちまうし、どうしようかと思ったよ。」
カメラマンを自称するケンスケなので、この言葉はおかしくは無い。
だが自分の行動を少し前から見られていたという事は知らないのだ。
シンジはその説明に納得などしないが黙って頷いてみせる。
しかしようやくやって来たマナとレイはジト眼を向けている。
「まぁ、大事が無くて良かったよ。」
ユウゴはそう言って自分のスキーのほうに歩いていった。
「ほら、ケンスケも板を持って戻るよ。」
シンジに促され後に続くケンスケ。
「ようやく戻ってきたのね。でも何であんな所にいたの?」
雪塗れのケンスケに相変わらずジト眼を向けながら尋ねるマナ。
「い、いや……景色を撮ろうと思ったら上から雪が落ちてきて……。」
歯切れ悪く答えるケンスケ。
どうもマナは苦手なようだ。
「ふーん。私はてっきりヒカリ達のことでも撮ろうとしてコソコソしているうちに埋まったのかと思ったわ。」
「なっ!…何言ってるんだ霧島!そんな事俺がするわけ無いじゃないか。」
図星を突かれ声が大きくなるケンスケ。
「まっ、海と違って変な写真じゃないだろうからいいけどね……。」
マナが表情を戻して呟き、レイの方を向く。
「そ、そうだろ!?こんな所で変な写真なんて撮れるわけ無いよな。」
それに釣られるケンスケ。
「そうよね。せいぜい周囲の目を気にしないバカップルぐらいよね。」
「そうだよ、トウジの奴委員長とイチャイチャしちゃってさ……。だからからかってやろうと…ハッ!!」
いい気になって語るに落ちたケンスケだった。
「へぇ〜やっぱりヒカリ達のこと撮ってたんだ。」
「わざわざ白い布を被って戦争ごっこまでしてね。ヒカリに言いつけてやろうっと。」
そこにはマナとレイのチシャネコの笑みが………。
『しまったぁ〜〜!!俺としたことがぁ〜〜!!』
後悔先に立たず……、諺を地でいくケンスケであった。
「「今日の晩御飯は奢りね♪」」
二人の楽しそうな声に目の前が真っ暗になるケンスケ。
だがヒカリを怒らせる無謀さは良く知っている。
肩を落とすケンスケの肩をポンポンと叩くシンジ。
「仕方が無いね……諦めなって。」
昼ご飯をレイに奢ったシンジは同情の眼差しを送りつつ、自業自得だね、と思っていた。



ようやく合流した一同は、ロングコースのダウンヒルへと向かう。
そこは全長4kmの快適なクルージングコースだった。
「いやぁ…景色もいいしこのコースはいいなぁ。」
シンジは呟きながらゆったりと滑っていく。
コブも無く、斜度もキツクなく、幅もそれなりにあるため、非常に快適なのだ。
「明日なら山岸さんも来れるかもしれないなぁ……。」
そんな事も呟きながら、前を滑るレイの後姿を見る。
相変わらず綺麗な滑りを見せるレイだったが、シンジの眼には少し疲れている様に思えた。
半分ほど滑り降りたところにコースの分岐点がある。
そこから今まで通りなだらかなコースと、斜度がある上級者コース、さらにはビギナー用コースへと別れるのだ。
先頭の勇吾が手前で止まる。
それに続いて停止する一同。
「さて、ここからコースが分かれるけどどうする?」
みんなの顔を見回す勇吾。
「そうですね。多分ここを滑り降りたら、後1本ぐらいで集合する時間になるはずです。ここからは自由行動でいいんじゃないですか?」
「そうね。ここは距離が短いからそんない危なくは無いわ。」
レイカも同意する。
「じゃあ私はこのまま下まで行くわ。ヒカリ達はどうする?」
「そうやな、ワシもこんまま降りるわ。」
「じゃあ私もそうするわ。」
マナ、トウジ、ヒカリ、ケンスケは意見の一致を見たようだ。
「お父さん達は?」
尋ねるまでも無い、と思いながら一応訊いて見たレイに上級者コースを指差す二人。
マナ達はそれを見てレイ達も一緒に行くのだろうと考えて滑り始める。

「じゃあ私も……。」
そう言いかけたレイの肩を押さえるシンジ。
「どうしたの、シンちゃん?」
キョトンとした表情で尋ねてくる。
「レイちゃん、結構疲れているだろう?」
そう言われて「えっ」という表情をするレイ。
「さっきから見ていたけど、結構足に来ているんじゃない?」
確かに先程から足に張りを感じていた。
技術的には何の問題も無いが体力が無いレイ。
久しぶりなのに飛ばしすぎたため、足に来てしまったのだ。
「うっ……何でわかったのシンちゃん?」
自覚はあったので素直に認めるレイ。
「レイちゃんの滑りがさっきまでとちょっと違ったからね。無理して怪我したら大変だよ。」
その言葉を聞いて、シンジがしっかりと自分の事を見ていてくれたと気がつき顔を綻ばす。
「シンちゃん、ちゃんと私の事見ていてくれたんだ……。」
「レイちゃんが怪我したら大変だからね。レイちゃんはあまり体力無いからさ……。」
そう言って照れるシンジ。
「わかったわ。じゃあこのまま中級者コースを滑りましょう。」
そう言って動き出そうとしたレイを止めるシンジ。
「いや、レイちゃんには簡単でつまらないかもしれないけど、ビギナーコースに行かない?」
「どうして?」
首を傾げるレイ。
「あっちには母さんと山岸さんがいるからさ。いくら初心者だといったって、半日ずっと母さんとだけじゃあ寂しいかと思ってさ……。」
ちょっと済まなそうに言う。
「あぁ……そうだったわね。」
シンジと二人っきりじゃないのね、と思ったレイだったがマユミの事を考えればその通りだった。
シンジの優しさに嬉しくなる一方、ちょっとだけ残念な気がしたが笑顔で頷く。
もし自分がマユミの立場だったら、やはり最後に合流するとはいえ寂しいだろうと思ったから。
「じゃあ行こうか。」
そう言って人が少ないのでカービング要素が高い切る滑りをするシンジ。
斜度が緩いので今の体力でも問題無いと考えたレイも、同じ滑りで後を追った。
二人は今回初めて二人っきりの滑りを楽しむ。
それはほんの200m程の距離だったが、ビギナーコースの入り口まで幸せな時間を過ごしたのだった。




「あっ!あそこじゃない?」
マユミの着ていたピンクのウエアを目印に探していたレイがコース中ほどでゆっくりと滑っているスキーヤーを指差した。
「あぁ、本当だ……。あのブルーパープルのウエアは母さんだね。」
シンジはユイを目標に探していたらしい。
しばらくマユミの滑りを遠くから眺めている二人。
「ふーん、山岸さんもプルボで問題無く滑れるんだね。」
「そうね、斜面さえ選べば付いて来れたと思うわ。」
「明日はみんなと一緒に滑れそうだね。」
実はマユミはほとんど曲がれなかった。
彼女がここまで上達したのも、ユイが親身になって教えたからである。
ユイの実力はインストラクター並という事だろう……。
「じゃあ行きましょう。」
そう行ってサングラスを掛け直すと滑り出すレイ。
ビギナーコースなのでスピードを抑え綺麗にゆっくりと滑っていく。
シンジも大きなターン弧を描きながらセーフティースキーで続く。
今回のスキーではいつもと違ってレイに行動の主導権があるようだ。
まぁレイのほうが上手いのだから当たり前かもしれない……。

「山岸さん、大分上達したわね。」
息遣いが多少荒く、傍目にも疲れているのがわかるマユミに声をかけるユイ。
マユミもレイ同様、体力はそれほど無い。
「はぁ、はぁ、はぁ……いえ…これもユイ叔母様のおかげです。ありがとうございます。」
「でもかなり疲れたみたいね。このまま続けると怪我をするかもしれないから、今日はここまでにしておきましょう。」
マユミを心配したユイの一言で今日のレッスンは終了となる。
「ユイ叔母様、私明日はみんなと一緒に滑れるでしょうか……?」
心配そうに尋ねるマユミ。
「そうね、このスキー場のダウンヒルコースなら付いて行けるんじゃないかしら?」
少し考え込んだユイが答える。
「そうですか……じゃあ明日はみんなと滑れるんですね。」
嬉しそうに顔を上げるマユミ。
「えぇ、明日は普通に……あら、あそこを滑ってるのシンジとレイちゃんじゃないかしら?」
話していたユイがふとマユミから視線を外し、コースの上の方に目を向ける。
「えっ!?碇君と綾波さんですか…?」
何で二人がこんな所にいるのだろう、と思ってユイの見ているほうに顔を向ける。
すると確かにシンジとレイが綺麗に滑り降りてきた。

ザシャァァァ〜〜
急ブレーキを掛けてマユミ達の目前で止まる二人。
「あらシンジにレイちゃん、どうしたのこんな緩斜面に来て……。」
ユイもマユミも二人が来るとは思わなかったのだろう、キョトンとした顔をしている。
「いや、もうすぐ集合時間だし、母さんと山岸さんだけずっと別行動だったから様子を見に来たんだよ。」
「それにちょっと疲れたから……。」
サラッと言うシンジとどこか気恥ずかしさが残っているレイ。
「あらそう。でもこちらも練習は終わりよ。私達も下に降りようと思ってたの。」
「それはちょうど良かったね。そうそう、山岸さんも上手くなったね。それなら明日はみんなと一緒に滑れるよ。ね、レイちゃん?」
「そうね。マユミも滑れるようになって一安心といったところね。頑張ったのね。」
かなり上手い二人に誉められて嬉しいマユミ。
しかもシンジがわざわざ自分の様子を見に来てくれたのだ。
これほど嬉しい事は無かった。
『嬉しいです……碇君の優しさを感じられたクリスマス。…最高です。』
その後、ビギナーコースで合流したシンジ達は、最後に1本一緒に滑りみんなとの集合場所に向かった。
マユミは自分の事を気にしてくれたシンジに込み上げて来る思慕を懸命に抑えていた。
しかし、彼女にとってのホワイトクリスマスは非常に楽しい思い出となったのだった。




「へぇ……マユミったらそんなに上手くなったんだ?」
「えぇ、碇君のお母様にみっちりと教わりましたから。」
「明日はみんなと一緒に滑れるわよ。まぁ急斜面は無理だけど、ダウンヒルなら大丈夫。」
ヒカリとマユミのやり取りを聞いていたユイが口を挟んで太鼓判を押す。
今は夕食。
昼とは違ったレストランで料理を片っ端に平らげていく面々。
やはりお腹が空いているのだろう。
無論、約1名に関しては言うまでもない事だが………。
「でもレイったらあんなにスキーが上手いなんて。ズルイわよねぇ、一言もいわないんだもん。」
マナが頬を膨らませてブツブツ言う。
「ふふーん、能ある鷹は爪を隠すのよ〜。私だって人より上手いスポーツが一つぐらいあるわよ。」
今日だけはいつもと違い自信に溢れ、かなり強気のレイ。
「そりゃそうよねぇ・・・・あっレイ、そのエビチリ取って。」
「あぁこれね、はい。」
晩御飯がケンスケの奢りである二人は、中華料理がいいと主張して願いをかなえていた。
そうは言っても、取り敢えず各自がバラバラに勘定するわけにも行かないので、子供は後で適当額を徴収することになっている。
レイとマナは息の合ったコンビネーションで好きなものを注文していた。
二人用といってオーダーしたものは自分達で払うから、と言ってエビチリ(これは追加)とヤキソバを頼んでいる二人の影でケンスケが涙しているのはお約束である。
そんな二人を見ているシンジが、
『二人とも仲が良いなぁ。僕もその方がいいけど、それにしても良く食べるなぁ……。』
等と思っているのもお約束であろう。
それは母親のレイカも思っていたようだ。
「ちょっとレイ、そんなに食べるとお腹が痛くなるわよ。」
と小声で注意する。
その言葉にちょっと考え込んだレイだったが、思い当たる事が合ったのだろう、頷くと食べるペースを落とす。
だがチラッとシンジの方を見たということは、おそらくバクバクと食べる姿をシンジに見られたくないと思ったのかもしれない。
一方、いつも運動しており食べても太らないマナは躊躇することなく食べている。
「でもみんな上手よねぇ。明日はどうするの?」
ユイが誰にともなく尋ねる。
「うーん、今日は急いで回ったけど、明日はもっとゆっくりと各コースを滑りたいね。」
無論シンジと二人で、という言葉が付くのであろう。
レイがシンジにニコニコと笑みを浮かべながら答える。
「そうね。明日はマユミも一緒だし、午前中は比較的斜度の緩いところを回って午後は自由行動にしない?」
トウジと楽しい一時を過ごしたヒカリが、2匹目の柳の下のドジョウを狙って提案する。
「いいねぇ、午後はポールもやりたいしね。それでいいんじゃない。」
シンジが同意するとマナも頷く。
技では勝てないので、スピードでレイと勝負しようというのだ。
トウジはどうでもいいのか、食べる事に夢中なようだ。
ケンスケは・・・・・・・元気がないが頷いているのでいいのだろう。



こうして賑やかな食事が終わり各自が自分のコテージへと向かう。
歩いていると突然服の裾をクイクイと引っ張られた。
振りかえるとレイが何か言いたそうな顔で引っ張っている。
何となくレイが言いたいことがわかって歩みのスピードを落とすシンジ。
徐々に一団から遅れていく。
レイは意図をわかってもらえて嬉しそうだ。
「綺麗な星空ね……。」
「うん。天候が崩れないで良かったよ。」
コテージ群から少し離れたゲレンデの裾で空を見上げる二人。
寒いためにレイはピッタリとシンジにくっ付いている。
シンジもレイから送られた手袋をはめた腕でレイを抱きしめている。
「クリスマス・イヴも二人で過ごしたけど、クリスマスもこんな風に過ごせるなんて幸せ………。」
うっとりとした表情でシンジの肩に乗せた頭を振り向かせ、シンジの顔を見詰める。
「うん。レイちゃんと一緒にこうしていられるんだから幸せだよね。」
シンジもレイの瞳を正面から受け止める。
「……あんまり長くいると風邪を引くかもしれないから、それにみんなに気が付かれるから時間が無いわ……。」
「そうだね。じゃぁ…………ちょっと待って。」
お互いの顔を近付けつつあった最中に、シンジがいきなりレイにそう言って動きを止める。
「…どうしたの、シンちゃん?」
眼を瞑っていたレイがキョトンとした顔で尋ねてくる。
「うん、覗いている人がいる。」
そう言ってシンジはスッと見を屈め、雪玉を作ると振り向いて投げた。
ベシャッ!
「うわっ!?」
着弾の音と共に男の声が聞こえる。
事態を悟りせっかくの良い雰囲気を壊されたレイがキッと鋭い視線を送る。
そこにはカメラのレンズを塞ぐ雪を払おうとしているケンスケの姿が…………。
「やぁ、ケンスケ。何か面白いものでも見つけたの?」
いつも通りの表情と口調で尋ねるシンジ。
だがケンスケにはそんなシンジが怒りのオーラを纏っているように見えた。
さらに表情を消し、絶対零度の凍れる視線を送ってくるレイもマナに劣らず怖かった。
「い、いや……星空が綺麗だったんで撮ろうとしたら、人がいたから誰かと思ってついカメラを向けてしまったんだ。」
明らかに言い訳とわかる事を口にするケンスケ。
「そう。だったらもっと広い所がいいんじゃない?ほら、あのリフト乗り場の方とか。」
と言って寒そうなゲレンデの方を指差すシンジ。
「い、いや……もう星空は撮ったから俺はコテージに帰るよ。」
そう言ってそそくさと退散するケンスケの後姿に冷たい眼を向け続けるレイ。
『相田君……貴方は私の邪魔をするのね………。今度から容赦はしないわよ……。』
いいところを邪魔されてかなり恨んでいるようだ。
その間にもシンジはゆっくりと周囲を見回している。
「…シンちゃん、邪魔な相田君はいなくなったわ。」
「うん、ほかには覗いている人はいないみたいだね。」
その途端、それまでと打って変わって和らいだ雰囲気に変わる二人。
施設を照らす照明の光が雪に反射してカクテル光線に似た不思議な色彩を放つ。
ゲレンデを渡る風が積もった雪をキラキラと舞い上げる中、シンジとレイのシルエットはぴったりと重なり寒さを物ともせず佇んでいた。
「…あん……シンちゃん……。」
離れ際に突然声を上げ、頬を赤くして俯くレイ。
シンジも直前に掌に感じたフニョっとした感触に固まっている。
どうやらコートの前を開けて抱き合いキスをしていた二人が離れる際、シンジの掌がレイの軟らかく弾力感を持つ部分に振れ、尚且つ少し揉んでしまう形になったらしい。
「……ゴ、ゴメン…レイちゃん……。」
そう言うシンジの顔はやはり赤かった。
「…い、いいの……シンちゃんなら嫌じゃないから………。」
俯いたまま小声で言うレイだったが、自分の言葉にさらに赤くなる。
「……そ…その……そろそろ戻ろうか……。」
「……う、うん………。」
何故か手を繋ぎ妙に初々しい感じで歩いていく二人。
「じゃ、じゃあ明日また……。」
「うん……おやすみなさい、シンちゃん。」
そう言ってそれぞれのコテージに入っていく。
無論、中で他のメンバーに追及されたのはお約束だが、それをのらりくらりと交わし満たされた1日を振り返るレイ。
ようやくからかう事に飽きたのか、疲れから眠くなったのか、思い思いにベッドへと入っていく。
『……シンちゃんに胸を触られた……少しだけど揉まれた……これで私の胸も大きくなるかな………?』
そそくさとベッドに潜り込み、自分の胸に手を当ててドキドキしているレイ。
『でもいいいの。私の全てはシンちゃんの物なんだから……。』
そう考え先程の感触を思い出しニヘラっと顔が崩れる。
『シンちゃん……今度はもっとちゃんと揉んでくれないかな………。』
普段ならこのまま妄想の世界へと旅立つレイなのだが、今日は久しぶりに体を動かしたため知らぬ間に眠りへと落ちていった。
まぁ旅立つ世界が妄想か夢かという違いなので、彼女にとってほとんど大差などないのだ。


その頃シンジは………。
『うぅぅ………故意ではないにしても、レイちゃんの胸を揉んでしまった………。』
と、自己嫌悪というか自己批判をしながらベッドで悶々としていた。
『……でも………レイちゃんの胸……柔らかかったなぁ………。』
等と年齢に相応した健全な男子高校生の発想をしているのはお約束である。
『レイちゃん、怒ってなかったな……もしかしてレイちゃんも期待しているのかな……?いや、そんな都合の良い考えはいけない!』
珍しくこの手の考えを発展させようとしたシンジだったが、持ち前の生真面目さが邪魔をしているようだった。


一方、ユイとレイカの11号棟では…………。
「ユイ、また記録を撮ったの?」
「えぇ、さっきのキスシーンはバッチリよ。」
「でもよくシンジ君に気が付かれないわね?」
「フフフフ……。今回は幸い相田君という囮が偶々いたし、いくらシンジでも超望遠レンズまでは気が付かないわよ。」
「でもそんなに大きなヤツ、どうやって持ってきたの?」
「あぁ、宅急便で送っておいたの。」
「まぁ…この手の事に関しては、あの子達のやる事なんてお見通しだもんねぇ……。」
「そうよ。私には母親として息子の成長を見守る義務があるのよ。それにゲンドウさんも見たがるし。」
「まぁせいぜいバレないようにね……。シンジ君、あれで中々怖いみたいだから。」
ユイの親馬鹿っぷりにやや呆れているレイカ。
だが直後に彼女もその記録を楽しそうに見ていることから、おそらくバレたら同罪だろう………。
「あら、さっきは気が付かなかったけど、ほらシンジの手が………。」
「あら本当、だからレイが赤くなってるのね。でもこれであの娘の胸も少しは大きくなるかしら?」
そう言うレイカの胸は無論、ユイの胸もそれなりに大きい。
レイが成長すればこうなるだろう、というシミュレーションがこうなのだから、彼女の胸は今後成長するのだろう。
シンジの手によって多少早まるかもしれないが………。
「でもこの後二人して固まっちゃって……。」
「「まだまだ初々しいわね。」」
お前等本当に母親か……?


その頃何となく影が薄いユウゴは………。
「ふう……一人だと遠慮無くタバコが吸えていいなぁ……。」
等と呟き一人で占有している12号棟で吸殻を量産していた。
日頃はどうも肩身の狭い思いをしているようだ。
「レイとシンジ君か……なかなかお似合いだな。父親としては寂しいような嬉しいような……。
 でも彼はユイさん似なんだな。
 結婚しても髭は伸ばさないように言っておかないとな……。」
どうも勇吾も発想が飛躍しているようだ。
しかし……ゲンドウの髭は評判悪いようである。
「明日の夜は少し彼と話をしてみるか。娘の父親として・・・・・。」
何か勘違いしそうな事を呟いているのはご愛敬だろう。




(後書き)

遂にというか、ようやくスキーシーンが登場しました。
今回はレイちゃんにバッチリと活躍の場が………。これでラブラブシーンが少なくても許してくれるよね、レイちゃん?
えーと……なぜこのメンバーの中でスノボをやるヤツが一人もいないんだ?という疑問もあるかもしれませんが、その理由は簡単です。
作者である私はスキーしかやった事ないからです(きっぱり!)
レイちゃんの滑りはスキースクールの女性インストラクターの滑りをイメージしてください。

少しだけスキー関係の解説を・・・・。
プルボ:プルークボーゲンのことです。例の板をハの時にして滑るあれです。曲がるタイミングが取りやすいのですが、かなり脚力を使います。初心者必須技術。
スキッディング:要するにカービングの板登場前のスキー板の頃に使われていた代表的技術です。簡単に言えば積極的にターンの時に板をずらしてターンコントロールを行う技術です。というより板の構造上こうでもしないとターンできなかったんですよ。無論、今のカービング板でも使う技術です。

さて、スキー編、これで終わりにしていいですか?2日目以降のネタがないんです〜。



NKさんへの感想はこちら



綾吉のスキー用語解説

プルークボーゲンは基本技術なのでこれが出来ないとスピードコントロールが出来ず上級者にはなれません。上級者でも確認の意を込めてプルークをします。
シンジ :今回で言うと山岸さんですね?
綾吉 :そうだね。できっとトウジは正式に教わってないからこれがあまり出来てないんだと思う
シンジ :だからスピードコントロールが出来ないんですね?
綾吉 :そう。でも脚力があるから多少スピードが出ても無理矢理ブレーキがかけられるんだと思うよ

で、ターンの時だけボーゲンで後は板が並行に揃っているのをシュテムターンと言います。イメージ的にはターンの後半で脚力を解放してあげると自然に足がそろうと思います。ボーゲンというのは板が斜面に対して直角になるように足に力を込めてブレーキをかけてる状態ですから
シンジ :洞木さんですね
綾吉  :ウイウイ

 そして段々と足が平行した状態で滑る、パラレルターンに移項していくんですが。ボーゲンと違って板に体重をかけるのが難しいんです。だからしっかりとプルークで感覚を掴んでおかないといけないのです。
 スキッディング。これは一般に”ずらし”と言われてますが、やったことのない人にはわからないとあまり思いますが、本当にそのまんま”ずらし”なんですよね。図で説明できないのでわかりづらいと思いますが、ドリフトみたいな感じで雪をターンのときに巻き上げているのが特徴的です。斜面をターンしないである程度直滑降して止まろうとすると、どうしてもスピードが出ている分目標地点では止まれずに何メートルかずれてしまいますよね? それをターン(曲がること)のときに行って減速してスピードコントロールをするのが”ずらし”、スキッディングです。

アスカ :オーホッホ! さあドイツ仕込みの華麗なテクニックを見せてあげるわ!
シンジ :アスカ、どうして?
アスカ :ミサトとペンペンと一緒に来たのよ
シンジ :・・・・じゃ僕はこれで
アスカ :逃がさないわ! さあ特訓よ!
シンジ :いや〜〜助けて〜〜〜


綾吉 :というわけでスキー編はお終いです。1日で終わりですか? というあなた!
     是非メールを送ってみてください。もしかしたら・・・・(ニヤリ)