それは、週に一度の楽しみ。
 碇くんと二人だけの大事な時間。

 めくるめく快感がこの身を駆け巡る中、相手の温もりを一杯に感じ、わたしの髪を優し
く撫で梳く彼の手に、思わず甘い声が漏れる。

 週の初めの月曜日。
 二人きりの夜。

 いつからそうなったのかは覚えていないけれど、でも今では、それが二人の暗黙の了解
になっているの。



ふたりの夜



 使徒との戦いが終わり、わたしがもうエヴァに乗らなくなって一年。
 新たに引っ越したマンションで、わたしはアスカとの共同生活を始めていた。

 すぐ隣の部屋には、葛城三佐と共に暮らす碇くん。
 この組み合わせには少し不満もあったけれど、以前に比べれば碇くんとの距離はずっと
近くなったから、だから我慢することにした。

『あと何年かしたら、きっとレイもシンちゃんと同じ部屋に住めるはずよ。だからそれを
楽しみに待ってなさい』

『……そうなんですか?』

『そりゃあもう。いつかシンちゃんの方から、僕と一緒の部屋に住まないかっていう誘い
があるはずよ。ね〜、シンちゃん?』

『ミ、ミサトさん!』

『……碇くん、そうなの?』

『あ、いや、それは、その……』

『……わたし、どのくらい待てばいいの?』

『ど、どのくらいって言われても……』

『まあ、早くて三年後ってとこかしらね〜』

 葛城三佐は笑いながらそう言っていた。
 するとそれを聞いた碇くんの頬が赤く染まり始める。
 話の内容はよく分からないけれど、あと三年も待たなくてはいけないのだろうか?
 もっと早く碇くんからの誘いがあればいいのにと思う。





「……アスカ」

「ん、何?」

「……わたし、碇くんのところに行くから」

「シンジのとこ? ああ、今日はあの日だったわよね。ま、楽しんできなさいよ」

「……そうする」

「そういえばさ、アイツちょっとはうまくなってるの? 初めてのときは痛くされたんでしょ?」

「……あれは、碇くんも慣れていなかったから」

 アスカの言うとおり、初めてのときは痛かった。
 少しだけだけど、目の奥から涙も滲み出てきた。
 でもそれは仕方のないことだと思うの。
 碇くんも初めてだったし、わたしもそれは同じ。
 何をやるにしても、初めての時というのは中々うまくいかないものだから。

「で、最近はどうなの? ちょっとはマシになってきたってわけ?」

「……ええ、それはとてもとても気持ちがいいことなの(ぽっ)」

「ふ〜ん、バカシンジもちょっとは学習してんのねえ」

 これからわたしたちが何をするのか、アスカは知っている。
 知っていて、それを葛城三佐には黙っていてくれる。

「……それじゃ、いってくるから」

「は〜い、ごゆっくり〜」

 部屋を出て碇くんの部屋までは、ほんの数歩の距離。
 だけど一歩一歩、歩を進めるたびに、胸の辺りがドキドキと期待に高鳴ってくる。
 体の奥の方から込み上げるムズムズとした感覚に、ほうっと溜息が漏れてしまう。

 それはとても不思議な気持ち。
 以前は知らなかった気持ち。
 それを教えてくれたのは碇くん。

 ピンポーン。

 碇くんの部屋の前に立つと、玄関のベルを鳴らす。
 月曜日、葛城三佐はいつも仕事で帰りが遅い。
 だからわたしは、心置きなく碇くんの部屋へと入っていける。

『はい』

「……わたし」

『綾波? 今鍵開けるから待っててね』

 少し間が空いた後、軽い空気音がしてドアのロックが外れる。
 玄関先に足を踏み入れると、やがてTシャツとショートパンツ姿の碇くんが姿を現した。

「綾波、どうしたの?」

「今日は月曜日だから……」

 少し上目遣いにして碇くんを見つめる。
 何かをおねだりする時の目で。
 こうすれば、碇くんは何でもお願いを聞いてくれるらしいの。
 女のテクニック、と葛城三佐が教えてくれた。

『そうすりゃシンちゃんみたいなウブな子なんてイチコロなんだから。レイもその辺の駆
け引きができるようになれば一人前よん』

 案の定、目の前では碇くんの頬が見る見るうちに赤く染まっていく。

「あ、そ、そっか、今日はあの日だったよね」

「……ええ」

「えっと、じゃ、綾波、こっちおいでよ」

 リビングを抜け、二人きりで碇くんの部屋に入る。
 襖を開き中へ入ると、碇くんの匂いがふわりとわたしの鼻をくすぐった。
 いつも不思議に思うのだけど、その匂いを嗅ぐと体の芯の辺りがジンワリと熱くなる。
 そしてそれにつられるかのように、頬の辺りも赤くなってしまうのを感じる。

 やがて碇くんはベッドに腰を下ろすと、心の一番深いところまで響き渡るような、そんな優しい声で言った。

「じゃ、しようか」

 それを思うだけで背中の辺りがぞくぞくする。
 その瞬間を想像するだけで、顔が益々火照っていくのが分かる。

 独りだった頃は知らなかった喜び。
 碇くんが教えてくれた悦び。
 それは、とてもとても気持ちのいいことなの。

 そしてわたしはゆっくりと体を碇くんに持たれかける。
 碇くんはわたしの体を受けとめそっと横たえると、優しく髪を撫で始めた。

「髪、少し伸びてきたね」

「……もっと短い方が好き?」

「うん、どっちかっていうとそうかな。でも……」

「……でも?」

「どんな髪型でも、それが綾波なら僕は好きだよ」

「な、何を言うのよ……」

 普段の碇くんは照れ屋さんだから、こうしたことを言ってくれることはない。
 逆に、葛城三佐を筆頭に、周りの人たちから何かからかいの言葉を向けられると、慌て
てそれを否定しようとするの。
 わたしはそれが少し残念だし、みんなの前でも碇くんが甘い言葉を囁いてくれたらいい
のにと、そんな空想をしてみることもある。
 でも葛城三佐やアスカ、学校のみんなの前でそんなことを言ったらどうなるか、その結
末は目に見えているから、だから我慢しているの。

 けれど二人きりでいると、時折碇くんは、胸の辺りがギュっとなるような、その顔を真
っ直ぐに見つめられなくなってしまうような、そんな言葉を突然投げかけてくることがあ
って、そんな時わたしはどうしていいか分からなくなってしまう。

「ふふ、綾波、ひょっとして照れてる?」

「別に……照れてない……」

「でも、綾波の顔真っ赤だよ?」

「……知らない」

 そんな碇くんの言葉に心が乱されてしまう一方で、同時に軽い安堵を覚える自分がいる。

 最近碇くんは、他の女の子の話題になることが多い。
 本人は何も言わないけれど、誰かから手紙をもらったり、時折校舎の裏に呼び出された
りするのをわたしは知っている。

 そんな碇くんを見ていると、胸の中が不安で押し潰されてしまいそうになる。

 もし碇くんがわたしのことではなく、誰か他の人のことを好きになったらどうしよう。
 もし碇くんがわたしのことを嫌いになってしまったらどうしよう。
 以前のようにまた一人ぼっちになってしまったら、わたしはどうすればいいのだろう。

 碇くんが他の女の子と話をしているのを見ると、チクリと胸が痛む。
 いつもわたしと一緒にいてくれればいいのにと、そう思うこともある。

 それは嫉妬という感情らしい。
 そう思うのは、人として正常な心の働きだと葛城三佐が言っていた。

 もしそうなら、わたしも少しは人間らしい感情を持てるようになったのかもしれない。
 それは喜ぶべきことなのかもしれないけれど、でもあの気持ち、好きじゃない。

 だからこうした時間は貴重だと思うの。
 二人っきりで、誰にも遠慮しないで碇くんに甘えられる時間。

 こんな時間がもっともっと増えればいいのにと、心からそう思う。

「……綾波? どうしたの?」

 そんな考え事をしているわたしは、少し深刻な顔をしていたのかもしれない。
 碇くんが怪訝そうに声をかけてきた。

「……なんでもない」

「でも、何か難しい顔してたけど……」

「……大丈夫」

「あの、ひょっとして……怒った?」

「……そうじゃないの」

「本当に?」

 わたしの顔を覗き込むようにして、少し心配そうにしている碇くん。
 そんな様子を見ていると、多分わたしの不安は杞憂なのだろうと思う。

 きっと碇くんはわたしのことを見ていてくれる。
 わたしのことを想っていてくれる。

 今更ながらそれを再確認すると、碇くんを心から信じることができない自分がとても恥
ずかしくなってしまう。

「……ええ、少し考え事をしていただけだから」

「どんな考え事してたの?」

「……きっと、碇くんはわたしのことが好きだから、だからあんなことを言ってわたしを
苛めるのかもしれないって」

「……な、何言ってるんだよ」

「……当たり?」

「べ、別にそんなことないよ」

「……でも、碇くん顔が赤い」

「ぅ……」

「……それと、さっきの碇くんのセリフ、家に帰ったらアスカにも教えてあげようと思っ
ていたの」

「ちょ、ちょっと綾波、それは勘弁してよ」

 そんな風にして少しだけ苛められたお返しをすると、途端におろおろしだす碇くん。
 その様子が何だかおかしくて、口元が緩んでいくのが止められない。
 すると碇くんは、拗ねたような口調で抗議の声を上げた。

「もう……。なんだか最近、綾波のそういうところミサトさんに似てきた気がするよ」

「……そう? よく分からないわ」

「うん、絶対ミサトさんやアスカの影響だよ。……ね、それよりさ、さっきのことアスカ
に言うのだけは許してよ」

「……じゃあ、今日はサービスしてくれる?」

「うん、一杯サービスするからさ」

「……それなら、言わない」

 そして二人の夜が始まるの。

 優しく髪を梳いて、普段は隠れているわたしの耳を外に晒すと、碇くんは耳たぶの周り
をさわさわと優しく撫で始める。
 時折頬にも軽く触れる碇くんの指の感触を感じながら、わたしはうっとりと目を閉じ、
これからのことに思いを馳せる。

 本人は気付いていないかもしれないけど、碇くんの「やり方」にはパターンがある。

 すぐに中に入れるのではなく、コトコトと弱火でカレーをじっくりと煮込むように、た
っぷりと時間をかけてまずは周りの部分を優しくしてくれるの。
 上から下に。
 そして下から上に。
 力はあまり入れず、そっと撫でるようにしてくれる。
 少しくすぐったい感じ。
 でもそれが好きなの。

「ん……」

 碇くんがわたしの気持ちいいところを全部知っているのか、碇くんが触れるところ全て
が気持ちよくなってしまうのか、それはよく分からない。
 けれど、まるでそこが何かのスイッチになっているかのように、碇くんが触れるところ
全てから、甘い感覚が波紋のようにして体中に広がっていく。

「綾波、気持ちいい?」

「……いい」

「これ、もう少し続けようか?」

「……うん」

「何か、ずっとこのままでもいいって感じだね」

 そう言うと、碇くんがクスリと笑った。
 これってじらしなのかしら?
 碇くんは、わたしが一番してほしいことを知っているくせに。

 でもわたしはギュっと目を閉じて、碇くんのするがままにまかせるの。
 メインの前には前菜があるものだし、前菜があるからメインが引き立つのだもの。

 きっと、たっぷり十分以上はそうしていたと思う。
 わたしはついウトウトしていたから、ハッキリとは分からないのだけど。

 そろそろかもしれない。
 そう思っていたら、碇くんがわたしの顔を覗きこむようにして言った。

「綾波、そろそろ中に入れていい?」

 わたしはいつでも大丈夫だったから、コクリと頷く。

「じゃ、入れるね」

 そんな確認の言葉の後に、ゆっくりとわたしの中にそれが入り込んできた。

 人それぞれ違う好みがあるのだろうけれど、この瞬間がわたしは一番好き。
 体だけでなく、心までもが満たされていくようなそんな充足感。
 中に入ってくるその感触は、少しこそばゆい感じ。
 でもそれがゾクゾクっときて、思わず体が軽く震えてしまう。

「ん……ぅ……」

「綾波、痛くない?」

「……大丈夫」

「じゃ、動かすね」

「……うん」

 最初はゆっくりと、わたしの中を碇くんが動き回る。
 恐る恐る、何かを探るように、一定のリズムを保ちながら、入り口から奥へ、奥から入
り口へ。
 けれどそんな刺激にもひどく敏感になっていたわたしの身体は、それが出し入れされる
度に、ピクリピクリと弱い電気を流されたように震えてしまう。

「ふ……、うん……」

 漏れる吐息がひどく熱くなっているのが自分でもよく分かる。
 こんな姿を見られているという羞恥心と、その一点から伝わってくる例えようもない気
持ちのよさに、わたしはすうっと大きく息を吸い込むと、ゆっくりと目を閉じた。
 閉ざされた視界の闇の中、頭の中は靄がかかったようにぼうっとなり、意識が少し遠く
なっていく。
 軽いまどろみにも似たその感覚。
 けれど絶え間なく押し寄せる快感は、遠くに消え行こうとするわたしの意識を繋ぎとめ、
体中を駆け巡る快感に、下唇を軽く噛んで一生懸命堪えていても、つい声が漏れてしまう。

「綾波は本当にこれが好きだよね」

 するとそっと碇君がささやく。
 少しだけ目を開いてその様子を伺うと、碇くんは楽しそうに微笑んでいた。

「……どうして……笑うの?」

「ん? だって、綾波がとっても気持ちよさそうにしてるから、それが何だか嬉しいんだ」

「……し、知らない」

 そんなことを言う碇くんの顔がまともに見られない。
 そんな反応にクスクスと笑う碇くんは、きっとわたしのことをからかっているのだろう。
 それが良く分かるけれど、今のわたしは碇くんのなすがまま。
 だから、後でお返しをしようとささやかな復讐を心の中で誓うけれど、今は碇くんに全
てをまかせることにするの。

「ん……、ふぅ……、んん……」

 小刻みなリズムで碇くんがわたしの中をかきまわす。
 その動きは先程よりも素早く、そして少しだけ荒々しいものになっている。
 ちょっぴり痛いけれど、でもくすぐったくて、こそばゆくて、そしてとても気持ちいい。
 触れ合った部分から伝わってくる碇くんの温もりも素敵。
 普段はけして味わうことの出来ない気持ちのよさ。
 それについモジモジと体を動かしていると、碇くんが少し心配そうに聞いてくる。

「大丈夫?」

「……ん、大丈夫。だから、続けて……」

「うん」

 すると、碇くんの動かし方が少し優しくなるのが分かる。

 それはわたしに気を使ってくれている証。
 それに心が温かくなるわたし。

「……碇……くん」

「何?」

「……もっと、奥、してほしいの」

「この辺?」

「ん、そう……」

 そんな時間がどのくらい続いたのだろう。
 
 夢の中をフワフワと漂っているような、そんな感覚に時の流れすら忘れていると、やが
て碇くんがその動きを止め、わたしのこめかみの辺りをそっと撫でながら言った。

「じゃあ、そろそろもう一つの方もしようか」

「もう?」

 これには少しだけ不満。
 もう少しこっちの方をしていてほしかったのに。

「うん、こっちはもうたくさんしたから、だからそろそろもう一つの方もしよう?」

「……でも、こっち、まだしてほしい」

 チラリと見ると、碇くんの少し困った表情が目に入る。

「でも、あんまりこっちばかりしてると……」

「……大丈夫、痛くないから。それに中のほうがまだムズムズするの」

 これは前半部分は本当で、後半部分は嘘。
 碇くんに嘘をつくのは後ろめたいけれど、この時間がもっともっと続いてほしいから。
 だから心の中でごめんなさいを言って、ギュッと碇くんにしがみつく。

「う、うん、分かったから、そんなにギュってしないで。こういう風にされたらちゃんと
できないよ」

「……じゃあ、もっとこっちしてくれる?」

「う、うん、分かったから」

 そんな返事を返す碇くんは、少し困ったような、それでいてちょっぴり嬉しそうな、そ
んなはにかんだ微笑みを浮かべている。
 もしかしたら、自分は我侭を言って碇くんを困らせているのかもしれない。
 そんな思いが、その笑顔を見ることでどこかに吹き飛んでいく。

『綾波に我侭を言ってもらえるのって、何だかちょっと嬉しいんだ』

 照れたように微笑みながら、碇くんが以前そう言ってくれたのを思い出す。

 心と心を通い合わせるということは、自分の中にある思いを誰かに伝えること。
 そして誰かの心からの思いを受け取ること。
 
 自分の本当の思いを胸の内に隠し、ただ相手の望むことのみを実行しようとする。
 それではいけないということ、わたしにそうされるのは、それはとても悲しいことだと
も言われた。

 あまりその好意に甘えすぎてはいけないと思うけれど、でも此の位なら、きっと罰は当
たらないと思う。

「じゃ、もう一回するね」

「……うん」

 けれど、碇くんがもう一度わたしの中に入ってこようとする、まさにその時のことだっ
た。


「たっだいまあ」


「あ、ミ、ミサトさんだ……」

「ね〜シンちゃ〜ん、今日は加持君からいいワインもらっちゃったのよねえ。そんでワインオープナーがいるんだけどさぁ、あれってどこにあ
ったかしら? ねえシンちゃんいないの〜?」


「あ、綾波、ゴメン。今日はこれで終わりにしよう?」

「…………どうして?」

「だ、だって、まずいよ、ミサトさんにこんなことしてるの見られたら」

 ひどくうろたえた碇くんがそんなことを言うけれど、わたしはそれが少し悲しかった。
 わたしは碇くんのことが好きだし、きっと碇くんもわたしのことを好きでいてくれると
思う。
 お互いに相手のことが好きなのだから、こうしたことをするのは自然な成り行きだと思
うの。
 それなのに、碇くんはどうしてそれを隠したがるのだろう?

「……どうして、見られるとまずいの?」

「ど、どうしてって……。と、とにかく今日はもう終わりにしよう。ね、綾波?」

「……」

「あの、続きはまた今度してあげるからさ」

「……嫌」

「あ、綾波ぃ」

「……嫌なの」

 わたしは碇くんの腰の辺りに腕を回し、まだこの時間を失いたくないという思いを込め
て、ギュッとしがみついた。
 きっと今、碇くんはひどく困った顔をしているのだろう。
 そんな思いが頭の中をよぎるけれど、でもわたしたちは悪いことをしているわけではな
いし、これは無理をして隠すことではないと思う。
 それに、今日という日を逃したら、また一週間という長い時間を待たなくてはいけなく
なってしまう。
 それを思うと悲しくて、胸の奥を何かにギュッと掴まれているような、そんな苦しい気
持ちになってしまう。

「シンちゃ〜ん? おっかしいわねえ、いないのかしら? それともレイのところにでも行ったかな?」

 そうしている間にも、一歩一歩、葛城三佐が部屋へと近づく足音が聞こえてくる。
 けれどわたしが抱きついたせいで身動きが取れなくなった碇くんは、結局部屋の襖が開
かれるまで、何もすることが出来なかった。

「ね〜え〜、シンちゃんってばぁ、いないのぉ? ……って、あらら」

 ベッドの上で、ギュっと碇くんにしがみついているわたしを見て、葛城三佐は思わず言
葉を失った。

「あ、あの、ミサトさん、これは、その、違うんです……」

「でへへ〜、な・に・が・違うのよ〜、もう。レイが来てるなら、そう言えばいいのに。
ひょっとしてあたしったらお邪魔虫だったかしらん?」

 ニタリと葛城三佐が笑みを浮かべると、まるでいたずらを見つかった子供のように、碇
くんがひどくバツが悪そうな顔をする。
 こんなところを葛城三佐に見られたら、きっとひどくからかわれてしまうから。
 前にアスカにこれを見つかったとき、碇くんはそんな理由で口止めをしていた。

「って、ひょっとしなくてもお邪魔虫か。な〜んか二人ともお楽しみのようだし、ワイン
オープナーは自分で探すわ。それにしても、レイったら羨ましいわねえ、シンちゃんに耳
かきしてもらっちゃって。あたしもレイの次にしてもらおうかなあ」

「……ダメ」

「あら〜、やっぱりダメ〜?」

「……わたしも今始めてもらったばかりだから、だからダメです」

 身体を横たえていた碇くんの膝の上からチラリと伺うと、彼の少し驚いた表情が視界の
隅で見て取れる。
 もうたっぷり二十分以上はこうしてもらっているからだろう。
 でも週に一度のこの日だけは、碇くんに一杯甘えていたいと思うから。
 
 だから、いいでしょう?
 
 そんな思いを込めて視線を投げかけると、やがて返ってきたのは、わたしの嘘も我侭も
全て受け入れてくれるかのような、彼のはにかんだ笑顔だった。

「でへへ〜、冗談よ、冗談。レイからシンちゃんを取り上げたりしたら、後が怖いもんね。
じゃあさ、耳かきが終わった後でリビングにいらっしゃいな。今日はちょっとしたお土産
があるの。アスカも呼んでみんなでわいわいやりましょう」

「……はい。でも少し時間がかかると思います」

「大丈夫よ〜。慌てることなんか全然ないからね。シンちゃんの愛を感じながら、じ〜っ
くり耳かきしてもらうといいわ。じゃ、後でね」

 そんな言葉を残して、ニタ〜っという粘着質の笑顔を浮かべたまま葛城三佐が部屋を出
ていった。
 その後姿を見送った後、碇くんは軽い安堵の溜息をつくと、まったくもう、と言いたげ
な、それでいてどこか嬉しそうな微笑みを浮かべた。

「もう、どうなることかと思ったよ」

「……無理に隠そうとするから、葛城三佐にからかわれる。アスカがそう言っていた」

「案ずるより産むが安し、ってやつかな」

「……きっとそう」

「ふふ、何か調子がいいなあ綾波は」

「……そう? よく分からないわ」

 わたしがそう言うと、碇くんはもう堪えきれないばかりにクスクスと笑い声を漏らし始
めた。
 わたし、何か面白いことを言ったのかしら?
 少し不思議に思ったので彼にそう尋ねると、それが何かのキッカケになったらしい。
 完全に笑いの発作に捕らえられてしまったらしい碇くんは、胸の辺りに手をやりながら、
肩を震わせ笑い声を上げ始めた。

 どうしてなのかはよく分からないけれど、碇くんが笑ってくれたのはとても嬉しい。
 心からの笑い声を上げられるのは、その人が幸せな証拠。
 そして碇くんが幸せなら、わたしも同じくらいに幸せなのだから。

「はあ、何だかおかしいね綾波は」

「……そう? でも何がおかしかったの?」

「ううん、いいんだよ気にしなくて。それよりさ、ほら続きをしようか」

「……? ええ」

 碇くんが手にした耳かきが、再び中に入ってくるのを感じながら、
   わたしはもう一度ゆっくりと目を閉じた。
 そしてこの上ない幸せな気持ちに浸りながら、わたしは胸の内で小さく祈りの言葉を呟く。


 どうかこんな時間がこれからもずっと続いていきますように。
 いつまでもいつまでも、碇くんの傍にいられますように、と。





「はい、こっちはおしまい。じゃ、左耳もするから、反対になってくれる?」

「……もう?」

「もう本当にこのくらいにしておかないと、耳の中を傷つけちゃうよ。だから、ね?」

 諭すようにそう言われては、今度はわたしもそれを断ることができず、大人しく体を反
転させた。

 楽しみの半分が終わってしまった気がして少し寂しい。
 もっともっと碇くんに耳かきをしていてもらいたい。
 
 でも、考え方によっては、まだ半分が終わっただけともいえるかもしれない。
 
 それに、左の耳が終わった後には、もう一度右の耳をしてもらうつもりなの。
 なんだかまだ耳の中がムズムズするって言って。
 そしてその後は、仕上げにもう一度左をしてほしいとお願いする。
 そうしたら、きっと碇くんは微笑みながら言うの。
 しょうがないなあ綾波は、って。

 その後は、わたしが碇くんの耳かきをする番。
 碇くんの気持ちよさそうな表情。
 ちょっと痛いんだけどそれを我慢する表情。
 気持ちよくって眠ってしまうこともあるの。
 それは、他に誰も知らない碇くん。
 わたしだけが知っている碇くん。
 そんな碇くんを見るのは、とても幸せなこと。

 だから、二人の夜はまだ始まったばかりなの。





 それは、週に一度の楽しみ。

 いつからそうなったのかは覚えていないけど、でも今では、それが二人の暗黙の了解に
なっているの。

 二人だけの時間。
 碇くんとの幸せな時間。


 耳かき。


 大好き。





 作者からの後書き。

 初めまして、Seven Sistersと申します。綾吉さんにはいろいろお世話になっていると
いうこともあり、今回の投稿となりました。

 さて今回の話。なんじゃそりゃ〜!? という声がどこかから聞こえてきそうな内容で
したが、如何でしたでしょうか? 「綾波天国」は18禁不可ということですが、それに
も抵触はしていないはず(笑)。もっとも、読んでいく過程で読者様がどんな想像をした
かは分かりませんが(笑)

 考えてみたら、私、レイの一人称で話を書くのはこれが初めてなのですが、中々難しい
ものですね。次回はこの経験を生かしより良いものが書けたらいいなと思います。

 ではでは。



綾吉 :と言う訳でSevenSistersさんからの投稿作品でした
レイ :(恍惚の表情で放心中)
シンジ :またおねだりしたんですか?(爆)
綾吉 :今回はしてない、と思うのだが・・・・自信がない(爆)
シンジ :でも綾波の耳掃除か〜・・・(これまた恍惚の表情で放心中)
綾吉 :ふたり揃ってあっちの世界に行っちゃったよ・・・
えっと皆さん、是非今後もSevenSistersさんがうちに投稿してくれるようにガンガン感想メールをお願いします!!
レイ :ハっいけないあまりに幸せ過ぎて・・・SevenSistersさん、ありがとう、感謝の言葉・・・



感想はこちらまで lineker_no_10あっとま〜くhotmail.com