ある一室で、一人の少女が椅子に座りながら、雑誌をパラパラさせていた。

その紅い目はうつろであり、いかにも退屈そうである。

雑誌のめくるスピードから、明らかにきちんと読んでいるとは思えない。

左手はひとさし指を立て、机をトントン

片足で地面に落ちているコーヒーの缶をグリグリ

時折雑誌から目を離すと、手持ちの携帯を眺めて着信記録がないか確かめる。

それが無いと知ると、深いため息をつき、また雑誌に目線を戻す。

もうかなり前から、このなんとも落ち着かない行動を繰り返しているのだ。

これが暇な人間のやることならば、さして誰も咎めはしないだろう。

他人には無害な行動であるし、本人に悪影響を及ぼす事も・・・まあ、ない。

だが、彼女の場合は事情が違う。

ドンドンドン!!

なんの罪もないドアに対する思いやりが欠片も感じられないノックの音で、深紅の瞳を持つ少女は時間の停止した思考世界から引きずり戻された。

雑誌を閉じドアに向かおうと腰を上げたが、よくよく考えてみればこんなノックをするのは一人しか考えられないので、再び腰を落とし、雑誌を開く。

しかし、これ以上の時間の停滞は、彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。

バン!!

「くぉら!!レイ!!いつまで会議サボってくつろいでんのよ!!」

ドアに顔がついていれば大泣きしそうな勢いでドアを蹴り破り、赤みがかった茶髪の少女が侵入する。

「・・・さすがね、アスカ。そのドアは三重ロックしておいたのに、一撃で蹴り破るなんて・・・」

「呑気なこと言ってんじゃないわよ!!あんたがいないと会議が先に進まないでしょうが!!」

そう、彼女はこの組織内の会議において、非常に大きなウエイトを占める存在である。

とどのつまり・・・忙しいのだ。










止まった星の中で・・・



第1話 蒼い女神紅い女神と・・・


Written by 川島健義









「まったくあんたは〜!!」

レイの耳を引っ張りながら、ネルフ本部の通路を無人の野を行くが如しに歩むアスカ嬢。

「アスカ・・・痛い・・・」

腰をかがめながら引っ張られていく彼女を救おうとして、アスカに忠告しようとする人物が何人かあったが、怒りに燃える彼女の眼光に睨まれるだけで無条件降伏し、素直に道を開けていく。

「休憩時間何分過ぎたと思ってんのよ!!今日中に処理しなきゃいけない問題があたしたちをお待ちかねなのを忘れたわけじゃないでしょうね!?」

より強く耳を引っ張り、レイの顔を引き上げる。

「だから痛いわ・・・」

「やかましい!!」

これ以上引っ張ると彼女の耳が伸びてしまいそうなので、こちらとしてもいい加減止めていただきたい。

この二人の美少女のやり取りはもう毎度の事になっているのだが、ネルフ職員達は慣れる事はないらしく、ほとんどの者は関わるのを嫌って足早にその場を離脱する。触らぬ神にたたりなしだ。

紅い女神と蒼い女神の両頭によるやりあいならば、なおさらだろう。

「だってあの会議室・・・電波がシャットされて携帯が使えないんだもの・・・」

レイのこの言葉に、アスカの歩みがピタッと止まる。

「まあ、それはわかるけどね・・・」

頭を抱え、ため息をつくアスカ。先ほどまでの怒りはどこへやらだ。

「アスカの所へは・・・連絡あった?」

「あるわけ無いでしょう。あんたにきてないのに・・・」

「・・・そうね。」

二人揃って携帯を見つめながらため息をつく姿は、これまたネルフ内では見なれた光景である。

先ほどとは違う意味で、誰も近寄りたがらない。

「あの・・・」

両女神が生み出す重い雰囲気を破るべく、一人の少女が声をかけた。

「・・・ん?ああ、美奈月さん。何か用?」

携帯をポケットにしまいながら、顔から暗い表情を一掃するアスカ。

一方レイはどよ〜んとした雰囲気のまま携帯を見つめつつけている。

この構図はまさに太陽と月だ。月の方は本来のイメージと外れるかもしれないが・・・

「あ、いえ。葛城ニ佐から伝言を頼まれまして・・・」

「・・・伝言?」

アスカの笑顔に亀裂が走る。

「はい。『後3分以内に来なかったら・・・

「だあ〜!!その先は言わないで!!ほら、急ぐわよ、レイ!!」

いまだ憂鬱状態のレイの首根っこをつかんで、通路を激走していくアスカ。

美奈月と呼ばれた少女はくすっと口元で笑いながら、二人の後姿を見送った。

「・・・あれが世界を救った英雄だなんて・・・分からないものね・・・」



会議室のドアを景気良く蹴り破り、アスカ、レイ両名が突入する。

「遅い!!二人ともなにやってたの!?」

バン!!と机を叩きながら、一人の女性が待ってましたとばかりに二人に食ってかかる。

「ま、まあ落ち着いてよミサト。これでも急いできたんだから・・・」

「そういう問題じゃない!!全くあんたたちは、必要のない会議だと思う度にサボるんだから・・・」

「サボってるのはレイだけでしょ!それに必要がないのも事実じゃない!!なによ『今期新ネルフ職員歓迎会について』って!?あたしたちのときはこんなのなかったわよ!?」

逆に突っかかるアスカ。

いうまでもないかもしれないがこの光景も、もはやいつもの事になってしまっている。

「うるさいわね!!あのときとはもう状況が違うのよ!!今のネルフ司令が誰なのか忘れたわけじゃないでしょうね!?」

「司令『代理』でしょ?ミサトの肩書きは」

「う・・・」

「それに予算の書類見せてもらったけど、手書きでビールの本数が倍に書きなおされてたのはどういうことかしら?」

「そ、それは・・・」

「そういうのは『職務乱用』っていうんじゃないかしらねえ・・・」

どこから持ち出したのか、予算案の紙をひらひらさせながらにやり顔のアスカ。

ビールの本数の欄が確かにマジックインキで書きなおされている。

せめてもう少しきれいな字を書くことをお奨めしたい。

「・・・」

ぐうの音も出ないミサト。

この場に居合わせたネルフ内の上官職員たちは、呆れ顔でこのやり取りを見つめている。

「と、とにかくあななたちも三年前と違ってもう一尉なんだから、少しは自覚を・・・って、なにしてるの、レイ?」

アスカとの熱い口論で、彼女の片手に襟をつかまれてぶら下がっているもう一人の一尉に気付かなかったらしい。

「ああ。この子はまた例の症状よ」

レイが無抵抗なのをいいことに、襟をつかんだまま腕をぷらぷらさせるアスカ。今のレイの姿はどこか猫を彷彿とさせる。

レイの体重がかなり軽いのと、アスカの腕力が常人の比ではない事で成り立っているのだが・・・

「例の?・・・ああ、『シンちゃん恋しい病』ね。二人揃ってまたかかってんの?」

「だからあたしは違うって言ってるでしょ!!?」

「・・・まあそれはともかく、シンちゃんまだ連絡くれてないの?駄目ねえ、女心が分かってないっていうか・・・」

「あいつにそんなもの理解できないわよ」

なにしろいまだにネルフ内にて鈍感王の座をほしいままにするシンジである。女心など、確かに理解できないだろう。

三年たっても、シンジはシンジなのだ。

「せっかく加持に預けたのに・・・あいつちゃんとシンちゃんを教育してんのかしら?」

「う〜ん・・・。でも、加持さんだって女心を正しく理解できてるとは思えないけど・・・」

確かに、加持が自分の女性に対する知識をありのままにシンジに伝え、それを乾いた砂が水を吸うがごとくシンジが吸収すると、大変なことになるだろう。その知識を実践する度胸があるかどうかは別問題だが。

「だいたい、あんただってちゃんと加持さんから連絡もらってるの?」



「・・・それが全然・・・」

「やっぱり・・・」

「・・・碇君・・・」

恋する二人の乙女(?)のため息と、これまた恋する一人の少女の呟きを、どこからともなくやってきた風が拾って逃げていった。



ほぼ同時刻

二人の男が、暗い部屋の中懐中電灯の光りを頼りに、なにやら不審な行動をとっていた。

「あったかい?シンジ君」

「いえ・・・書類が多すぎて・・・」

二人揃って引出しの中をあさる姿は、どう見ても泥棒であるし、事実そうである。

彼らにしてみれば、せめて『諜報活動』と呼んでほしいだろうが、どちらでも同じことだ。

「う〜ん。ここにあるはずなんだがな・・・」

「なにしろ引出しの数が半端じゃないですもんね・・・」

ぐるっと部屋中に光をまわすと、今あさっているのと同じような引出しが、ざっと数百は並んでいた。

それもそのはず、ここは国際連合ニューヨーク本部ビルの資料室である。

大抵の資料はコンピュータにデータ化されていそうなものだが、本当に大事な情報はやはり書類のほうが信頼できるようだ。

それゆえ、この資料室に入るまでには膨大な数のセキュリティをくぐりぬけなけなければならなかったが、加持の前には無防備も同然だった。

「・・・ところでシンジ君。アスカやレイちゃんにメールのひとつも打ってあげたかい?」

「え・・・?」

その一言に、シンジの顔はみるみる青ざめていく。

「やっぱり忘れてたのか。いけないな、女性は愛しの彼からの連絡がないと拗ねてしまう。特にあの二人はね」

懐中電灯のライトを下から顔に当てながら、シンジにウインクする加持。

「だって・・・あの二人からくるメールが多すぎて・・・読むのが精一杯なんですよ」

どうやら、シンジが返事を返せない理由はあの二人にもありそうだ。

ちなみに、シンジの携帯にはいまだ未開封のメールが三十通ほど所狭しと並んでいる。

割合はというと、レイが30パーセント、アスカが倍の60パーセントだ。

ただし、一度のメールでは明らかにレイのほうが長い文章だったし、レイはメールよりも直接携帯で会話する方が好きだったので、実質上の数字は変わらないだろう。

残りの10パーセントはというと、他の女性ネルフ職員だったりする。

三年の間にシンジも割と見栄えのする体と顔つきになっているので、もてても不思議はないのだが、鈍感な彼はもちろんそんな事には気付いていない。

せいぜい『最近女友達が増えたなあ』ぐらいだろう。

もっとも、ネルフにいるときはアスカ、レイ両嬢に厳しいチェックを受けた上でこのようなメールは消されてしまう。いささか惨い。

しかもこのような任務中もレイとアスカのメールを優先的に開封するので、それらのメールがシンジの目に触れる事はめったにない。

「それに加持さんだって、ミサトさんにちゃんと連絡してるんですか?」

「おっと・・・こりゃ一本取られたね」

がしがしと頭を掻きながら苦笑いをする加持。

「なかなか成長したなシンジ君。こんな風に言い返せるようになるとはね。いい意味でだが」

再び書類捜索に視線を戻す加持だったが、その顔から微笑は消えない。

「加持さんのおかげでしょうね。間違い無く・・・」

そういいながら彼が浮かべる微笑は、三年前の幼さを残しながらもどこか凛々しさがあり、彼が現在多いにモテる強力な武器になっている。彼が意識してそれを使うわけではないが。

「そういってくれると照れるな・・・ん?あった、これだな」

そういいながら、束ねてある書類から一枚の資料をひきぬく。

「え、もう?さすがですね、加持さん」
シンジが半ば尊敬、半ば『また役に立てなかったな』という心持でその資料を覗きこもうとすると・・・

コツ・・・コツ・・・コツ・・・

こちらに近づく足音に気付き、動きを止める二人。

「まずいな、見まわりか。シンジ君、懐中電灯を・・・」

「分かってます」

加持に言われるまでも無く手際良くライトを消し、身を伏せるシンジ。

このまま息を潜めていれば、見つかることなく見まわりの目をかいくぐれたかもしれない。

しかし、そう都合よくいっては困るのである。

この世界の神はお約束だろうがなんだろうが、あらゆる手を使って話を面白おかしくしようと必死なのだ。

「・・・う・・・?・・・ふぇ・・・ふぇっ・・・」

「え・・・ちょ、ちょっと待てシンジく・・・へ・・・へっ・・・」

ところで、先の記述で『ほぼ同時刻』と表現したが、今まさに地球上の向こう側で『彼女』達がこの男達の噂・・・というより、愚痴を言い始めたところである。

こうなると、大宇宙の法則により彼らの身に起こる事はただひとつだ。

「「へっ・・・ふぇっくしょん!!!」」

なんというベタなお約束かと思うだろうが、この世界は『なんでもあり』が大原則である。

あの三人の女性の不満を満載した風は、一瞬にしてニューヨークにまで到達したらしい。

「だ、だれだ!?そこにいるのは!!?」

「し、しまった!逃げましょう、加持さん!!」

「はっはっは。いや〜、だれだろうね。こんなときに人の噂したのは」

「そんな冗談言ってる場合ですか!?」

へらへら笑う加持を引っ張りながら逃げるシンジの姿には、三年前の弱々しい姿はどこにも感じられなかった。

今の彼は・・・ネルフ諜報部所属兼エヴァンゲリオンパイロット・碇シンジ三佐である。


                      続く















綾吉 :「HUNT EVA」に『ランブルウォーズ』を投稿している川島さんから投稿
     していただきました!
レイ :ありがとう・・感謝の言葉
綾吉 :これからの展開が楽しみですね!
レイ :・・・猿にメールは必要ないの・・・碇君は私とだけメールすればいいの・・・
綾吉 :え?
レイ :クスクス、どうせ猿にはメールなんて読めないのに、
    碇君の優しさに付け込んで・・・殲滅ね
綾吉 :ええーーー?メールしただけでっ?
レイ :碇君・・・何故メールが来ないの?
綾吉 :レイちゃんがメール送りすぎなんじゃぁ・・・
レイ :文句があるの?
綾吉 :何もありません
レイ :と言うより綾吉、何故私と碇君がラブラブじゃないの?
綾吉 :次回からラブラブ予定だって聞いたけど?
レイ :そう・・・(うっとり、遠い目)
綾吉 :SSを読んだ皆さん、作者さんに感想メールを送ってあげてくださいね!感想
     メールがSSを書く力になりますから!



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