停止した闇の中で、シンジはレイ、カヲルと語り合っていた。

「もういちど、ATフィールドが人々の心を分かつことになってもいいのかい?」

そう尋ねるカヲルの口元には、微笑が浮かんでいる。

まるで、この次のシンジのセリフを知っているかのように。

「構わない」

そう答えるシンジの顔には、迷いがない。

「それでも・・・みんなと一緒にいたいと思った・・・この気持ちだけは・・・本当 だと思うから」

彼は静かに覚悟し、決心し、そう答えた・・・。






止まった星の中で・・・

第二話 三年前今日






そう言い放った途端、シンジの体は足から順に透けてきた。

後ろに無限の闇が広がっているのが分かる。

「大丈夫よ」

薄れゆくシンジに向かい、レイが微笑む。

「人には生きようとする力がある・・・自分自身をイメージできれば、誰でももとの 形に戻れるわ」

微笑を浮かべるレイの顔に、シンジは一瞬見惚れた。

今までになかった、穏やかな感情、それを今のレイに感じたのだ。

「でも、大丈夫かな、僕は・・・?」

しだいに希薄になっていく自分の手を眺めながらシンジが呟く。

この期に及んで少し見苦しいが、この自信の無さはシンジの美点でもある。

「ふふっ・・・大丈夫・・・あなたは・・・」

そっとシンジの頬に手を添えながら、今まで以上の笑みを浮かべる。

あまりのその笑顔に、シンジはつい赤面してしまった。

「もう・・・弱くない」

「・・・そう・・・かな・・・?」

「そうよ」

あまりにきっぱりと断言するレイに、シンジも少し気が安らぐ。

しかし、それ以上に手から伝わってくるレイの温もりに、シンジの心は不思議と穏や かになった。

自分の姿がほとんど見えなくなっても、恐怖は感じない。

「・・・ありがとう」

シンジも笑みをかえし、それだけいうとシンジの姿は完全に闇に消え、後には静寂だ けが残った・・・。

残されたのは、頬を撫でていた体勢のままでいるレイと、無言で二人を見つめていた カヲルだけである。

「・・・碇君」

さっきまでシンジの頬に添えられていた自分の手を見て、もう一方の手でいとおしげ に撫でるレイ。

その表情は先ほどまでと一変し、悲哀のものとなっている。

それを後ろから見つめるカヲルは、気遣ってか声をかけようとはしない。

二人しかいない闇の中で、時間だけがむなしく過ぎていった・・・。



それからどれくらい経っただろう。

なにもない世界では時間を実感しにくい。

頃合と見てかカヲルがレイに話しかける。

「・・・さて、君はどうする?」

「・・・なんのこと?」

レイは先ほどまでシンジが立っていた場所を眺めるだけで、カヲルに視線を合わせよ うとしない。

「決まってるだろう?君も現実の世界に帰るかってことさ・・・」

「・・・でも・・・」

沈黙があたりを包む。

「・・・でも?」

「・・・私は」

出かかったレイのセリフをカヲルが制する。

「分かっているだろう?シンジ君は、君も帰ってくる事を望んでる・・・あとは君し だいなんだ」

俯いていたレイが、ぼそっと漏らす。

「・・・帰れる?」

「君さえ望めば・・・ね」

カヲルはにこやかに俯いたレイを見つめている。

シンジを見つめるときのそれと同じで、彼の目には優しさが満ちていた。

「・・・望む・・・わ」

そう決意し、口に出した瞬間、レイの体も薄れ始める。

消える瞬間、カヲルに尋ねる。

「・・・あなたは?」

「いや・・・僕はこれから準備があるからね。まだ帰れないんだ・・・」

そういったカヲルの顔は、いささか残念そうである。

本当なら、彼とて現実の世界に帰って、シンジ(たち)と共に生きていきたいと考え ているのだろう。

たち、にカッコがついているのは目をつぶっていただきたい。

「・・・そう」

「シンジ君を頼んだよ・・・」

「ええ・・・守るわ。特にあの弐号機パイロットからは・・・」

「ふふっ・・・手厳しいな」

「・・・また会いましょう」

「ああ」

それから数秒も経たずにレイの姿も暗闇の中から消えた。

残されたのは、カヲル一人である。

それでも彼は、ふっ、と笑みを浮かべて、はるか先までなにも見えない闇の中を歩き 始めた。

(ごめんよ、シンジ君。僕はまだ帰れない・・・)

何もない闇を見上げる。

どこからか、初号機の咆哮が聞こえたような気がした。

(人の生きた、証に成る筈だったものか・・・君も損な役回りだね)

視線を前に戻し、ゆっくりと歩を進めて行くカヲル。

しだいに、彼の姿を闇が食らっていく。

(これからどうなるかは、君しだいなんだよ。シンジ君・・・)

それから数瞬後、彼の姿もまた完全に消え、後には完全な闇だけが残された・・・。



ザザアアアン・・・

「・・・海・・・?」

波の打ち寄せる音で、シンジは目が覚めた。

ふらつく体を立て、周りを見渡す。

周りには見渡す限りの砂浜、廃墟・・・。

目の前に広がるには血のように赤い海・・・。

LCLに似た臭いが鼻につく。

そして、その向こうに横たわる巨大な顔・・・。

「・・・綾波・・・」

シンジはそう呟くと、体を支えきれずに再び倒れこんだ。

と、隣に横たわる人物に気が付いた。

「・・・アスカ・・・?」

最初からここにいたのか、途中から現れたのかは分からない。

だが、シンジは不思議に驚かない。

「・・・そうか」

その気持ちに疑問を抱いたシンジは、ふと気付く。

レイは、自分をイメージできる者はだれでも帰って来れると言っていた。

ならば、アスカが帰って来れない訳がないのだ。

なぜ全身が包帯などで治療されているのかは分からないが。

シンジはしばらくアスカの横顔を眺めた後、目をそらし空を見上げる。

そして自分に問い掛ける。

何人の人間がこの世界に帰ってきたのか?

戻ったところで、何もかも終わったかに見えるこの世界で、どうやって生きていけば いいのか?

いったい、自分たちは・・・。

後から後から疑問が湧き上がってくる。

が、シンジはそれらを心の中に封じこめた。

(そんなこと、今考えたってしょうがないじゃないか・・・)

いつか、夢とも幻ともつかぬ所で会った母の言葉を思い出しながら、シンジはただな にも見えない黒い空を見つめつづけた。


『生きていれば、どこでも天国になるわ』


この言葉を胸に、生きていこう。

シンジはそう決心した・・・。



それから何時間立っただろう。

やたらに時間が経つのが遅く感じた。

それでもシンジはその場所から動こうともせず、ぼ〜っと空を見つめつづけている。

そんな時、

パシャッ・・・

不意にシンジは水音を聞いたような気がした。

渾身の力で上身を持ち上げ、音のあったほうにゆっくり目を向ける。

すると、そこには・・・。

紅い目・・・。

蒼い髪・・・。

そしてすらっとした体の持ち主が微笑を浮かべながら佇んでいる。

「碇君・・・」

「あ・・・綾波!!?」

レイは涙ぐみながら、シンジの元に歩み寄ってくる。

「ありがとう・・・碇君。私の存在を望んでくれて・・・」

「うわ!!ちょ、ちょっと待ってよ、綾波!!!」

シンジは弱った体をなんとか後ろにずり下げ、目を覆い隠す。

「・・・どうしたの?碇君・・・?」

「どうしたのって・・・裸じゃないか、綾波!!!」

そう言いながらも微妙に目を抑える手に隙間があるのは男の悲しい性か。

レイは不思議そうにゆっくりと自分の体を見渡すと、思い出したように口を開いた。

「ああ。確か自分の裸は他の男の人には見せてはいけなかったわね・・・」

納得したようにしきりに頷くレイ。

LCLに一度溶け込んだ事によって、彼女もある程度の一般常識は身につけたよう だ。

「でも、私は碇君に心を許しているわ。だから問題無し・・・」

大有りである。

そう言いながらなおも近づいてくる彼女は、まだ一般常識からずれているらしい。

「も、問題あるよ!!」

なるべくレイを見ないようにしながら彼女の前進を制しようとするシンジ。

「どうして・・・?碇君は私を望んでくれたし、私も碇君に心を許してる・・・問題 なし」

「い、いや、だからね!!」

一進一退の押し問答を続ける二人。

今までシリアスモードを続けてストレスが溜まっているこちらにすれば、シンジ君に はもう少し苦しんでもらいたいのだがその意思に反して二人を邪魔する者がいるよう だ。

「くおら!!馬鹿シンジ!!」

懐かしい声と共に一発の鉄拳がシンジの後頭部を強打した。

「ぐは!!!」

既に力尽きた体を支えきれずはずもなく、ばったりと倒れこむシンジ。

「碇君!!」

レイがシンジの体を必死に支える。

「だ、だから裸は困るってば・・・」

その言葉を最後に力尽きたシンジ。

鼻から流れる鮮血はさっきの鉄拳のせいなのか、裸のレイに抱きとめられたためなの か。


「・・・どうしてあなたがここにいるの・・・?」

レイはシンジをしばき上げた人物に振りかえる。

「ほ〜、久々にあったと思えば、随分な言いぐさね、ファースト!!」

いつのまに目を覚ましたのやら、そこには腕を組んだアスカが仁王立ちをしていた。

あれだけ怪我をしていて何故あんなに元気なんだろう?

シンジはぼやける意識の中でそう思った。

「全く・・・目を覚ましてみれば、周りはわけが分からない事になってるし、馬鹿シ ンジはファーストと乳繰り合ってるし・・・一体どうなってんのよ!!」

なおもシンジに突っかかるアスカ。

「碇君をいじめないで」

「邪魔すんじゃないわよ、ファースト!!!」

間に割って入ったレイとアスカの言い合いが巻き起こるのがシンジのぼやけた視界に 映る。

プラグスーツのアスカと裸のレイがにらみ合っている姿はどこか珍妙だ。

(よかった・・・)

シンジは薄れゆく意識の中で、思った。

(綾波も、アスカも帰ってきて・・・ミサトさん達も・・・きっと・・・)

意識が途切れる寸前、シンジは空を見た。

いつまにか全体を被っていた黒い雲は消え、眩しいばかりの太陽が地を照らしてい る。

(・・・大丈夫だよね・・・母さん・・・)

母の言葉をもう一度頭の中で反復しながら、今度こそシンジの意識は途切れた。







そして三年後。

もはや立派な若者に育った碇シンジは、ゆっくりと昔を回想大問題にぶち当たってい た。

「・・・ああ、もう!!これで三十二通目だよ!!」

彼の指は携帯のボタンをしきりに行ったり来たりしている。

さっきからひっきりなしに来るメールへの返信に追われているのだ。

もちろん、送り主はレイ&アスカである。

なにしろ、返信するスピードよりも、新着メールが届くスピードの方が速いのだから たまらない。

メールの内容は今日何があったやら、そっちは今何をしているか等陳腐なものだった が、返信の文に手を抜くと、それに比例して新着メールはまたも倍増するので適当に こなすわけにもいかない。

その上レイは、あまりじらすとあちらから出向いてきかねないという危険性すらあっ た。

この前ドイツ支部に出張した時など、三日間音信不通にしただけで一機の戦闘機が支 部の飛行場に着陸して、なんだろうと近寄ってみると青白い怒気を感じさせるレイの 顔がにゅっと出てきたのだ。

それ以来というもの、彼はたとえどんな困難な作戦中でも半日に一回は携帯に向かっ ている。

そうしないと、もれなく蒼い女神が頭に角を生やして降臨するからだ。

おまけに紅い女神もくっついてくるかもしれない。

そんな大問題を背負っているシンジにとって、今連合ビルの警備員に追いかけられて いようと、今日がサードインパクトからちょうど三年経った記念日だろうと、さした る問題ではないのである。

・・・じつに平和だ。


続く











綾吉 :という訳で、川島さんの「止まった星の中で・・・」2話公開です!!

レイ  :三年前の今日・・・それは碇君と私の記念日・・・

綾吉 :いや〜催促した甲斐があった(爆)

レイ  :そうね・・・碇君に抱きしめて貰えたし

綾吉 :抱きしめて、貰えた?

レイ  :・・・何?

綾吉 :いえ、何も。しかし、このままだとカヲルも登場だね

レイ  :その必要はないわ・・・ホモは用済み

綾吉 :でも、カヲルのおかげで戻ってこれたんでしょ?

レイ  :ええ、だからもう必要ないの・・・

綾吉 :・・・・・・そですか

レイ  :それにしても、今回も碇君からメールの返事が来なかったわ・・・

綾吉 :でも代りにシンジと抱き合えたじゃん

レイ  :でも、あの赤毛猿・・・碇君と私の邪魔をして・・・殲滅ね

綾吉 :別に止めないけどね・・・(被害は僕に来なければいいや)
    :皆さん、今回川島さんに催促のメールを出したら予定より早くなりました(笑)
    :だから皆さんもガンガンメールを出しましょう!!





川島さんに感想メールを送る