「シンジ君、男の『義務』は終わったかい?」

疲れた表情で携帯をポケットに入れるシンジを見て、加持が話しかける。

「はあ、まあ・・・一応全部返信し終わりました。明後日には帰るっていっときまし たから、少しはましになると思いますけど・・・」

「ははは・・・もてる男は辛いな」

からからと笑ってみせる加持。

彼も数分前まで溜まったミサトのメールをため息混じりにさばいていたのだが。

「はあ、まあ・・・ところで加持さん」

あたりをぐるりと見渡してシンジが呟く。

「ん?」

「ほんとにここに泊まるんですか?」

「ああ、仕方ないだろう。逃げる途中で財布を落としたからなあ・・・」

ちなみに、加持は免許やクレジットなど身分がばれてしまう類のものは入れていない。

その辺は、さすが一流の諜報部員である。

「はあ・・・まあ、そうですけど・・・」

「なにかいいたげだな、シンジ君」

「・・・よりにもよって、わざわざ『セントラルパーク』に泊まることもないんじゃないんですか・・・?」











止まった星の中で・・・

第三話 帰る者待ちうけるもの







冬でもないのに、一筋の木枯らしが二人の間を貫いていった。


「まあ、それはともかくとして・・・読んでごらん」

加持は煙草を携帯灰皿にねじ込むと、一枚の封筒をシンジに渡した。

先ほど盗んできたやつである。

「ともかく程度に済ませたくないんですけど・・・」

ぶつくさ言いながらも封筒の中身を引っ張り出すシンジ。

加持と言い合いをしても最終的には負けると分かっての判断だが、いささか情けない気もする。

余談だが、ディズニーワールドに泊まった時も、自由の女神の頂上に泊まった時もそ うだったのだ。

加持曰く、どこででも寝れるのが一流の諜報員、だそうだ。

「・・・これがそうですか・・・」

紙に書かれた項目の一番上で視線を止めるシンジ。

「ああ。それをちょいと改ざんして書類室に戻すのが今回の最後の任務だ」

新しいタバコに火をつけながら、加持が答える。

その一番上の項目には『ネルフ本部内における主要人物とその危険性についての考 察』と書かれている。

その下の項目からは、名簿欄だ。

「最初は・・・伊吹さん、青葉さん、日向さんの三人ですね」

「ああ。だが、あの三人はいいだろう。もとより国連の奴らも危険視してない」

「ええ。そうですね」

三人の横には、『現在、科学班、整備班、戦闘指揮部各責任者。能力は高いが、野心、危険性は感じられず。危険度C』と記されている。

三年たっても地味な扱いはそのままのようだ。

「じゃあ、次の人は・・・」

シンジはさらに視線を下に流す。

「ああ、まずはアスカだ」

加持がアスカの欄を指差す。

彼女ほどのレベルになると、横の説明欄も数行に渡って記されている。

「まあ、だらだらと書かれているが、彼女の注文は二つだ」

「え!?アスカ本人の希望なんですか?」

てっきりミサト司令代理の直接命令で動いていると思っていたシンジが顔をあげる。

「もちろんこれはついでさ。大した手間にはならないからな」

そう言いながら、アスカの説明欄に眼を通して行く加持。

「まずは・・・『元・エヴァのトップエースパイロット。一人で使徒の全てを殲滅』の一文を入れろ、だと」

「・・・はあ・・・」

「で、もう一つが・・・自分の危険度を最高ランクに上げといてくれってさ。アスカのやつ、自分の危険度の高さを評価と間違えてるみたいでな・・・」

「そうですか・・・」

シンジはあまりにもくだらなくて声も出ない。

手間暇かけて盗み出したあげくの仕事がこれでは、どうもやりきれないのだ。

前にも何度かこのような意味のない任務を遂行しているので、既に慣れているが。

「で、葛城からの注文だが・・・」

ペラペラと書類をめくり、ミサトの欄を取り出す加持。

危険度S、説明欄も彼女の能力をかなり褒め称えている。

「・・・別に問題ないみたいですけど?」

「年齢を『二十歳』に改正しろだってさ」

「・・・それだけのためにこの書類を・・・?」

数時間前の苦心がシンジの脳裏に蘇える。

数々のセキュリティを間一髪で潜り抜け、

逃げる時には守衛の拳銃の弾が耳元を掠めていった。

今までで、一番苦労した任務の一つに違いない。

諜報部所属2年にして初めて、この仕事を辞めようか、と一瞬真剣に検討したシンジだった。

2年間の間一度も考えなかったことに疑問を感じる。

「まあ、この書類自体がついでだったからな。一応、葛城司令代理の顔を立てたんだよ」

にかっと笑ってみせる加持。

『さすがに二十歳は無理があるだろ』と言ってミサトに往復ビンタを食らった事はおくびにも出さない。

「お・・・これはシンジ君の欄だな。ついでだから、なんか手直ししておくか?」

「へ・・・僕のですか?」

意外そうに加持の手元の書類を覗きこむシンジだが、彼がこのファイルに載っていないわけがない。

もう少し立場を自覚してほしいものだ。

「え〜と、どれどれ・・・『サードチルドレン、現在は諜報部部員も兼ねる。前ネルフ司令、碇ゲンドウの一子。三年前の対使徒戦において最も優れた戦績をたたき出し、チルドレンとしての才能を発揮する。ネルフ再建の折に司令候補に上がるが、年齢を理由に20になるまでとの条件で落選。前作戦部長、葛城ミサトを代理に指名する。現在は諜報部部長、加持リョウジと行動を共にしていると思われるが、詳細は不 明。なお、未確認だがサードインパクトに何らかの関連をしていたという情報もあり現在のネルフにおいて、最も要注意の人物と言える。以上の事を考慮し、危険度はSS(ダブルエス)とす』・・・か。なかなかすごい扱いだな」

「はあ・・・そんなものですか?」

ほえっと自分の履歴書を眺めるこの青年からは、どこからも危険度SSというような臭いが伝わってこない。

大体にして、シンジがネルフ二代目司令の候補に挙がったのも、本人のあずかり知らぬことだったのだ。

『危険度SS』と勝手に評価されても、ぴんとこないのは当たり前だろう。

「じゃあ、俺の仕事をさせてもらおうかな」

加持はワープロに書類のコピーを取ると、何事かをシンジの項目に書き加え始めた。

「・・・?」

なんだろう、と最初は興味本位で覗きこんでいたシンジだったが、次第に顔が青ざめていく。

「・・・なんですか、これは・・・?」

「読めば分かるだろう?内容も、誰の頼みなのかもな」

「・・・まあ・・・そうですけど・・・」

プリントアウトされた書類を眺めながら、シンジはふか〜い溜息を吐いた。

その書類の一番下の項目には新たに

『現在、同ネルフ職員綾波レイニ尉と交際中(結婚前提)との報告あり』

と記されていた・・・。

もちろんのことだが、シンジにはこの件に関して一切の拒否権がない。

そんなことをすればあっというまに青いソニックブームをまとった少女がやって来て、シンジを飲み込む事になるのだ。




ところ変わってネルフ某所

「へ〜、あの二人、明後日に帰ってくるんだ」

「はい・・・」

現ネルフ司令代理、葛城ミサトと、先ほどの話の依頼人、綾波レイが仲良く並んで何事かをやっている。

「まったくあの二人は任務となったら一ヶ月そこら女をすっぽかすんだから!」

「はい」

うんうんと頷くレイだが、あんな殺生な任務を与えるこの人たちに許されるセリフではないような気がする。

だが、まかり通るのがこの世界なのだ。

大体にして、この二人に反論する力など、少なくともシンジには存在しない。

「まあ、前回の任務に比べたら早かったし、許してやるか・・・。で、久々の愛しのシンジ君の御帰還に、『手料理』で報いてあげようってわけね」

「・・・はい」

ぽっと頬を朱に染め上げるレイ。

「まあ、この私がみっちり教えてあげるから、安心なさい!!」

ミサトはにっこり笑うと、手もとの食材を刻んで鍋に放り込んでいく。

なんとも微笑ましい状況ではあるが、読者の皆さんも既にお気づきだろう。

そう、教えているのがあの『葛城ミサト』であるというのが、非常にきががりである。

そういえば、先ほど切り刻んでいた食材にもモザイクがかけられていたような気がするのだが。

「さあってと!!また一品できたわよ〜」

煮込んでいた謎の食材を皿に盛り付け、くるっと後ろを振りかえるミサト。

そこに広がるのは男たちの行き倒れの山、山、山・・・。

皆ぴくぴくと痙攣しているところを見ると、一応生きてはいるらしい。

・・・早急な手当てが必要と思われるが。

「あらら・・・みんなどうしたのかしら・・・?」

「そんなに私達の料理がおいしかった・・・?」

「あ、そっか!!さすがレイね!!おいしすぎてダウンしちゃったとは!!いや〜、また腕が上がったわ!!」

確かに上がったかもしれない。

別の意味でだが。

「はいはいみんな起きて!!お待ちかねの追加よ〜ん」

ネルフ内の厨房に急遽配置されたテーブル上に皿を置いて行くミサト。


倒れている男性諸君には死力を尽くして立ちあがり全力疾走で逃げる事をお奨めするが、彼らは立場上そうもいかないらしい。

彼らはレイやミサトの直接の部下であり、なによりもネルフ内における『MFC(ミサトファンクラブ)』や『RFC(レイファンクラブ)』の面々なのである。

憧れの女性の料理を目の前にして、逃げるやつは男じゃない!!というのが彼らの信念なのだ。

「・・・おい、どうする・・・」

「どうするたって・・・逃げるわけにはいかんだろう・・・」

「おまえ・・・・死ぬ気か・・・!?」

男性陣はダウンしたままぼそぼそと相談を始める。

「・・・どうせここで逃げても無事では済まん・・・」

「ああ、前に葛城司令代理の手作りのお菓子をまずいって口走った奴、いまだに行方 不明って話だしな・・・」

「綾波ニ尉の手製栄養ドリンク、変な味がしたって言った奴は南極調査団に飛ばされたらしいぜ・・・」

「とどまって死ぬか・・・退いて死ぬか・・・」

「答えは・・・決まってるな」

「・・・ああ」

「「「我等・・・男という豪を背負いしゆえ・・・」」」

ゆらりと立ちあがるMFC&RFC連合軍。

瀕死の状態ででネルフのラスボス(ミサトとその教えを受けたレイの手料理)に挑んで行く彼らには、惜しみない賞賛と、食後の解毒剤をお送りしたい。

なお、彼らはこのときより加持とシンジに嫉妬以外に『怨念』の感情をも加える事になるのである。

最初は喜んで試食役(毒味役)をひき受けたのに、いささか逆恨み気味だ。

そして、彼らはもう一つ忘れている。

所詮彼らが食べた手料理は『愛情』というスパイスのかけた欠陥品であり、それを賜うのはほかならぬあの二人だけなのだ。

ミサト流手料理は愛情がこもればこもるほど食材もものすごい事になり、調理法も奇怪じみたものになっていくのである。

それがミサトの愛情表現であり、彼女の料理の弟子たるレイにもその精神は脈々と受 け継がれている。

その恩恵を受ける事になる加持とシンジは、こんなことになってるとは夢にも思っていないだろう。

分かっていれば国外逃走でもなんでもしでかすのだろうが、それも無駄だ。

ミサトはその立場を利用して全ネルフの諜報機関を利用して加持を見つけ出すだろうし、レイにいたっては全世界のコンピュータをハッキングしてでもシンジを捕らえようとしかねない。

全世界の平和の為にも、二人にはおとなしくミサトとレイの手料理を食してもらうしかないようである。

・・・多少は同情するが。


続く






綾吉 :はい、第三話公開です〜
レイ  :何故私の料理で倒れるの?
綾吉 :そ、それは、あまりにも料理が美味しい為では?
レイ :本当に?
綾吉 :・・・・・多分
レイ  :なら食べて
綾吉 え?
レイ :食べて
綾吉  :は、はい・・・・・(パク)バタッ
レイ  :あらこれは葛城さんの料理だったわ・・・嘘吐きに天罰が下ったのね、フフフ
綾吉 :ピクピク
レイ  :皆さん、SSを読んだら作者さんに感想を送って下さいなの。みんなとっても喜ぶから



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