「はあ〜・・・みんなひどいよ」

ある日の夕方、スーパーマーケットの帰り道でシンジは深いため息をついていた。

なにがひどいかというと、彼の両手に下げられている買い物袋数を見れば一目瞭然だろう。

一家四人、一週間分の食材を一人で運ぶのは、今や軍人であるシンジにも少々重い。

しかも、その中で多く場所をとっているのはミサトが頼んだビールやアスカが頼んだお菓子である。

「自分のものくらい自分で買えばいいのに・・・僕に押し付けるんだもんなあ・・・」

シンジが日課の買い物に出ようとすると、決まってアスカやミサトは自分の用事を押し付けて、こちらも日課のレギュラー番組を仲良く観賞しているのだ。

レイはレイで、この時間帯は昼寝タイムと決まっている。

前に一度眠たいまぶたをさすりながらついて来た事があったが、帰り道にダウンし、シンジが背負って帰る羽目になってからは、遠慮していただいている。

一緒に住むようになって知ったことだが、レイはよく寝る。

朝は起こしに行かないと絶対に自力では起きれないし、ネルフの業務中に舟をこぐなどはしょっちゅうだ。

(一日十時間ぐらいは寝てるんじゃないかなあ・・・ん・・・?)

居眠りをするレイの姿を想像しながら苦笑いしていたシンジは、歩みを止めてさりげなく周りを見渡す。

(・・・殺気・・・二人・・・いや三人かな?)

近くには一般人の人影もない。

そういえば、この辺は民家も少ない。

確かに暗殺には向いている環境だ。

加持の立てた無理な諜報活動のおかげで、暗殺される覚えはありすぎて数え切れない。

殺されるシュチュエーションはばっちりである。

(・・・来る・・・)

そう心中でつぶやいたのとほぼ同時に、シンジの側面から、キラッ、と光るものが飛来した。

「・・・っつ!!」

とっさに反応して両手のスーパー袋を投げ出し、身を伏せるシンジ。

ドスッ!!

鈍い音と共に、刃渡り三十センチほどのナイフが街路樹に突き刺さった。

「・・・危ないな、刺さったら死んじゃうよ?」

「・・・もとより、そのつもりだ」

ナイフを引き抜いて玩ぶシンジを囲むように、物陰から現れる三人の黒服の男たち。

「特務機関ネルフ諜報部所属・碇シンジだな」

「そうだけど・・・」

「死んでもらおう」

男たちはそれぞれ服の内ポケットからナイフを引き抜くと、じり、じり、とシンジとの間合いをつめてきた。

「はあ〜・・・」

シンジはため息をつきながらポケットに手をやると、こちらは小型の拳銃を取り出した。

「・・・今週でもう三回目だよ」

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・二分後。

スーパーの袋の中身を確かめるシンジの傍では、三人の男たちが重なって倒れていた。

「麻酔銃だから心配と思うけど・・・あ・・・!!」

ぶつぶつ独り言をいっていたシンジは、不意に手を止めた。

その表情は、先ほど暗殺者に包囲されたときの百倍は驚きと絶望に満ちている。

「・・・卵が割れてる・・・どうしよう・・・スーパーはもう閉まっちゃったし・・・」

今のシンジにとって重大なのは、暗殺の魔の手などではなく、怒らせたら暗殺者などよりはるかに怖い同居人たちのおなかを満たす、今晩の献立のようである。





止まった星の中で・・・


第八話 終わる平穏





「どういうことよおお!!」 毎度お馴染み、葛城家のリビングにて絶叫を上げているのは、こちらもいうまでもない惣流アスカ嬢である。

罪もないのにたたきつけられたテーブルはビリビリと細かく振動し、茶碗の上に置いてあった箸やらなんやらが転げ落ちた。

「し、仕方ないだろ。割れちゃったんだから・・・」

落ちた箸を丁寧にも拾って拭いているようなシンジでは、腹をすかせた赤毛の野獣をいなすには少々役不足のようである。

「あのねえ、シンちゃん・・・」

グビッ、とビールをあおっていたミサトも、シンジを非難のまなざしで見つめている。

こちらはアルコールが入っているので暴走確率はアスカよりも高く、かなり危険な状態だ。

「す、すいません・・・」

「あやまってもらったってしゃあないのよ!!」

ぐい、と身を乗り出し、体をシンジの眼前まで乗り出すミサト。

「いい、シンジ君?『すき焼きに卵』は『さんまに大根おろし』に並ぶぐらいのキングオブトッピングなのよ!?しかも最高級の霜降り和牛なのに、肝心の卵がないだなんて、いわば肉抜きの牛丼よ!!」

(かなり酔ってるな・・・)

いつもなら、触らぬ酔っ払いに絡みなしとばかりに反論はしないシンジだが、今回ばかりはそうも言っていられない。

納得してもらわないと、自腹の財布片手にコンビニまで無駄に高い卵パックを買いに行かされかねないのだ。

「いいじゃないですか。かわりに二時間も掛けて特製のたれを作ったし、ねえ、綾波?」

「・・・うん」

レイはというと、ぐつぐつと煮られるすき焼きの内容が気になるのか、シンジの問いかけにも上の空である。

「とにかく!!せっかくのすき焼きをたれで食べるなんてナンセンスよ!!ネルフ司令代理の肩書きに掛けても、卵を手に入れて見せるわ!!」

言うが早いかミサトは携帯を手に取り、ネルフ本部に繋げた。

「こんな私事に権力使っちゃっていいわけ?」

「私にとっては緊急事態よ」

アスカの質問を一言で打ち切り、かなり真顔で電話に出たネルフ職員と話すミサト。

「初めてミサトさんが権力者に見えてきたよ」

もはや待ちきれなくなったのか、鉄なべに箸を突っ込もうとするレイをやさしく制しながら、シンジが呟いた。

「職務乱用よねえ、これって・・・」

こちらもレイを目で牽制しながら、はあっとため息をつくアスカ。

「・・・う〜?」

なんで邪魔するの?といわんばかりの瞳で二人を見るレイには、先ほどの会話など一割も把握できていなかった。

すでに頭の中は未知の食べ物のことでいっぱいである。

「ま、気長に待とうよ」

シンジはそういうと、煮詰まりすぎて汁がなくなるのを防ぐために、コンロの火をカチッと消した。


ちなみにこの二十分後、何をどう間違えたのか業者が『トラックいっぱい分』の生みたて卵を葛城家に持ち込み、後日ネルフ職員全員に(強制的に)受け取らせるという非常事態が発生したが、それはまた別の話である。




「よく来てくれたな、シンジ君」

「・・・まだこんなところに潜伏してたんですか?」

「まさか。誰にも聞かれたくない内緒話をするときだけさ」

ここは、いまだに三年前の使徒との戦いが癒えていない証のようなぼろアパートの一室。

加持は部屋の奥に置いている椅子にすわり、シンジはリビングの中央でたったままだ。

内部は電気もつかないため薄暗く、半分廃墟同然のためガラスやらなにやらが落ちている可能性を配慮しているのだろう。

「また無断で出張なら勘弁してくださいよ。綾波とアスカにきつくお灸をすえられましたから」

「ああ・・・おれも葛城にたっぷり絞られたよ」

お互いの身を思いあって苦笑いする二人。

どうも彼らの近くにいる女性たちは怒ったときの本質が似ているようだ。

「話ってのは、昨日君を襲った三人組のことさ」

「え?いつもどおり、ICPOの秘密捜査官だったりどこかのマフィアの暗殺者だったりじゃないんですか?」

さらっとそんなことを言うシンジもかなり感覚が麻痺していると思われる。

だが、それらの組織にシンジや加持が狙われているのはネルフ内では周知の事実なので、こんなところで密会までする必要はないのは確かだ。

「そんな奴らなら改めて伝えたりしないよ」

「じゃあ、何者なんです?僕を襲ったのは」

「・・・分からん」

「・・・は?」

「分からないんだ。住民登録表、各国の戸籍、果てはマギまで使って検索したが、奴らの正体は分からなかった。」

「そんな・・・マギのデータベースでも分からないなんて・・・」

「本人たちに聞こうにも、警察に身柄を引き渡した後、脱走してしまったらしい。最近の国家公務員は当てにできないな」

「・・・つまり、どういうことです?」

シンジは眉間にしわを寄せて加持に尋ねた。

サードインパクト後、個人の戸籍は混乱の中消失したが、その中でも無傷であったマギの住民データに記録がないというのは、実在している人間にはありえないのだ。

マギの能力を知り尽くしているシンジが疑問に思うのも当然である。

「・・・考えられるのは一つ、何者かがマギに干渉して、データを改竄、消去してしまったことがあげられる。」

「それこそ無理じゃないですか。マギにハッキングするなんて・・・」

三年前の戦いでは、一人の天才科学者の力を借りたとはいえ、本部のマギは支部のコピー五体のハッキングを食い止めて見せたのである。

その彼女がこの世界に帰ってきていない以上、オリジナルに干渉できる人間は皆無といってよい。

「・・・ひとつだけあっただろう。恐らくはマギレベルの技術と、一国家以上の財力を兼ねそろえていた組織が・・・」

ギクリ、としてシンジは目を見開く。

「まさか・・・」

「ま、それを前提にしてこいつを見てくれ」

加持はかばんから書類を取り出すと、シンジの足元に放り出し、煙草を加えた。


「これは・・・?」

「各国家で力を持っていた、サードインパクト『未』帰還者のリストさ。ある秘密組織のデータベースからくすねたから、改ざんの余地はない・・・はずだ」

火をつけ、かばんをパチン、と閉じる加持。

独特の匂いが部屋全体に立ち込める。

「・・・赤い線が引っ張ってあるのが、『あの組織』の主だったメンバーだ」

「・・・そうみたいですね。それが何か問題あるんですか?」

拾い上げ、パラパラとページをめくる。

「・・・足りないだろう。俺たちの調査でも、名前以外の素性がまったく分からなかった男の名が・・・」

「・・・!!!」

資料に目を走らせ、サーッと顔を青ざめるシンジ。

「これはあくまで仮定だが・・・奴がこの世界に戻ってきているとすれば、事態は・・・」

加持が吹き出した煙草の煙は中を彷徨い、空気に溶け込んでいった。




暗い密室の中、幾人かの声だけが空間に存在していた。

「・・・機は再び熟した」

「・・・この時が止まった星の針を、動かすときが来たようですね」

「さよう。そしてそれは、世界の主たる我らが行わなければならん」

声と会話から察するに、この空間での密会者は三人のようである。

「・・・すべては未完結の補完に決着をつけるために」

「まずは我らが用意し、我らを裏切った神を・・・」

「この星に呼び戻すことにしよう・・・」






その会話の数時間後・・・謎の巨大物体が第三新東京市に墜落した。


つづく

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