「・・・馬鹿な」

目の前に佇む巨体を見上げ、加持が呟く。

周りでは数十人のスタッフが作業に没頭しいるが、その顔には困惑が伺える。

「・・・先日の二時三十二分、ここに『これ』は墜落しました。一見ただの隕石だったんですが・・・」

「ただの隕石なら、落ちる瞬間ブレーキは掛けられない・・・か」

作業員の一人の報告を聞いて、加持は天を仰いだ。

「作業中に表面の岩石は『自然に』崩壊・・・中から『これ』が」

「・・・シンジ君」

「・・・大丈夫ですよ、僕は」

そういってシンジが見上げるその先には・・・



紫色の巨人が、悠然と佇んでいた・・・。




止まった星の中で・・・

第九話 還る鬼神、そして・・・






「あの化け物は世界第一の大国たる、我がアメリカ政府が管理すべきだ!!!」

「馬鹿を言うな!!それでなくとも、貴国は量産型エヴァを四十機も保持しているだろうが!!」

「ば、馬鹿だと貴様!!!」

「静粛にしたまえ!!!」

国連本部での各国会議は混乱を極めていた。

世界を滅ぼしうる力を秘める兵器が対象ならば、仕方がない事と言えるだろう。

(馬鹿らしい・・・)

その会議の末席に座るミサトは、辟易していた。

(エヴァを兵器としか見れない連中に、何が分かるっていうの)

「議長、発言の許可を」

「聞こう、葛城ネルフ指令補佐」

ミサトは席を立ち、一堂をじっと見据える。

「まず皆さん。エヴァ初号機に関する知識は私たちネルフが一番豊富です。

しかも元初号機パイロットも未だネルフに所属したままです。

なら、我々が管理するのが当然と思われますが」

「ふざけるな!!ネルフに預けるのが一番危険ではないか!!」

「そうだ!!今さらネルフがエヴァを保持しても、不安要素以外の何物でもない!!!」

口々に各国の首脳が叫ぶ。

「では、お聞きしますが。アメリカ代表、四号機の事故を覚えていらっしゃいますか?」

ミサトがわずかに口元をゆがませる。

「ぐ・・・」

言葉を詰まらせる各国代表。

あの大惨事が、一瞬脳裏を掠めた。

「初号機にもS2機関は取り込まれています。

三年経っても作動可能かは検討中ですが、もし可能だった場合・・・

先の事故も充分考えられますよ」

「ならば、貴官の組織なら未然に防げるというのかね?」

「お任せください。議長」

自信満々に笑顔を放つミサト。

会議はその瞬間、彼女の思惑道理に終結した。



「けっこう狸だなあ、葛城も」

くくく、と笑いながら車を運転する加持。

「うっさいわね。うそも方便よ」

反対の席で、ふて腐れたように窓の外を眺めるミサトは、少々不機嫌だ。

「エヴァの暴走の未然阻止か・・・リッちゃんがいない現状では、不可能だな」

「ええ。そのことにも気づかないんだから、上の連中は・・・」

「扱いやすくていいじゃないか」

「まあね」

車の中の空気が少し温和になる。

「で、シンジ君はどうしてるの?」

「ずっと実験に付き合ってるよ。初号機が動くかどうかを調査するのは急務だからな」

「そう・・・どう思ってるのかな、あの子」



「もうシンジ君は立派な大人だよ。俺たちが心配する必要はない」

「・・・どうかしら」




「碇一尉!!」

「・・・ん?」

ネルフ本部に備えてある販売機の前でジュースを飲んでいたシンジのところへ、少女が二人駆け寄ってきた。

ネルフの制服を着ていて年が若いところを見ると、量産エヴァの候補生のようである。

「え・・・っと僕に用なの?」

周りの様子を見て、ある人物がいないことを入念にチェックしてから応対するシンジ。

なにしろ、歳が近い女性と会話をするだけでも敏感に反応する人物を、シンジは一人知っている。

昔はそれほどでもなかったのだが、アスカ嬢の間違った教育のせいで、過剰なやきもちを焼いてくるのである。

「は、はい。私たちと一緒にお昼ご飯でも・・・どうか・・・って・・・!!!」

「・・・どうしたの?」


「「ご、ごめんなさ〜〜い!!!」」


少女たちは言葉を小さくしていき、しまいには謝りながら走って逃げていった。

なぜか、ベンチに座っているシンジよりも高い位置に目線をあわしていたような気がする。


(・・・そういえば、後ろは確認しなかったな・・・)


ドキドキしながら振り返ると・・・


「・・・あ、あの・・・勘違いしないでね・・・」


「何を??」


青白き闘気を纏った夜叉が、そこにいた。




「・・・変わらないのね」

「うん」

もはやネルフ恒例となったレイの追求を延々受け、疲れきったシンジにはもはや初号機の実験に付き合う体力はない。

よって、今日はここまでということにし、レイと共に初号機を眺めている。

未だいろいろな作業が身の回りで行われる中で、真紫の機体は三年前と姿形を変えることなく、その場にある。

強いて違うところをあげるとすれば、コアがむき出しになったままという点であろうか。

「それで・・・分かったの?『義理母さん』が中にいるかどうか」

「・・・それ、字が違うんじゃない」

「合ってるわ」

「・・・そう」

ふう、とため息をつくシンジ。

「外からじゃ全然分からないんだ。起動が可能なのかも、あのコアの中に、まだ母さんがいるのかも・・・」

「・・・じゃあ、乗ってみれば?」

「エントリープラグは駄目になってた。まあ、あれだけはエヴァと独立した作りになってるから、仕方ないんだろうけど・・・」

初号機の足元には、ぼろぼろに劣化したプラグが作業員によって調査されている。

一見して、使うことは不可能のようだ。

「で、アスカにドイツ支部のプラグを回収しに行ってもらってるんだけどね」

ネルフは人材不足である。

外国語をしゃべれる人間は、ドイツ支部にも、本部にも中々いない。

よってドイツ語も日本語もこなせるアスカが交渉役に抜擢されたというわけだ。

「・・・アスカも一度、故郷に帰ったほうがいいと思ったし」

「・・・やっぱり。そっちが本音ね」

「うん」

シンジが小さな声で肯定する。


先の使徒との戦い後、なぜかアスカは故郷であるドイツへ一度も帰ってはいない。

それは彼女にとって、あそこがいやな記憶しかない土地だからだろう。

だが、生まれた土地は大事にしたほうがいいと思ったシンジは、

ミサトに頼んで今度の人事を動かしてもらったのだ。


「最後まで愚痴ってたわよ、アスカ・・・」

「こうでもしないと、一生帰らなかったと思うけど」

「・・・そうね」


シンジの不器用な心遣い。

一見おせっかいとも思えるその行為は、レイにとっては暖かい。

アスカも、愚痴ってはいたものの、心の中では悪い気はしていなかったはずだ。

三年の付き合いだが、彼女の性格はよく分かっている。

素直に気持ちを伝えられない女性なのだ、アスカは。

「・・・本当は感謝してたと思うわ・・・」

「・・・そうかな」

「そうよ」

そういって、シンジの肩に頭をもたれさせる。

そんなレイを、シンジも微笑して見つめる。


一気に『桃色空間』を周辺に広げていく二人。


既に初号機を調査していた作業員たちはその射程圏内から離脱していて、周りには誰もいない。

あんまり目の前でやられると、健康によくないのである。




「ちきしょおお・・・!!なんでシンジのやつばっかり!!」

「確かにあいつはそれなりに顔もいいし、性格もダンチで俺たちより上だろうよ!でも、この差はあんまりじゃねええか!!?」

その作業員たち、隣の休憩室に緊急避難中である。

「でもなあ、シンジは一応、一尉だぜあの歳で。しかも司令の座まで約束されてるんだ。

もともと俺たちとは世界が違うのさ」

作業員のチーフが皆を宥める。

「だからって、なにもネルフ女性職員の『80%』もシンジの奴の『ファンクラブ』に入らなくったっていいでしょう!?

これじゃまるで、ネルフにはシンジ以外の男がいないみたいじゃないですか!!」

スタッフの一人が飲み終えたジュースの空き缶を、メキョッと握りつぶす。


いつのまにかネルフ内に創立された『碇シンジファンクラブ』。


その目的はあくまでも純粋なシンジ後援会だったのだが、一時期度が過ぎ、某『蒼い髪の女性』に潰される。

が、不屈の闘志で再び再起、現在ネルフ女子スタッフのほとんどが所属する一大勢力に成りあがっていた。

ある謎の情報操作により、シンジ自身はその存在を毛ほども知らない。


「だって・・・碇君が変な自信をつけると困るもの」(某蒼い髪の女性)


「とにかく!!俺は断固としてこんな理不尽は認めん!!」

「俺もだ!!」

「俺も!!!」

「で、どうすんだ。闇討ちにでもすんのか、シンジを?」

「「「う・・・」」」

静まり返る休憩室。

「あいつ、加持さんに三年鍛えられて、格闘技もそうとうこなせるって噂だぞ」

「なんでも、凶器を持った秘密警察数人を返り討ちにしたとか・・・」

「機械いじりしか能のない俺たちじゃ、勝負にならんか・・・」

はああああああ・・・と深いため息をはく一同。

「・・・それに、奴を闇討ちなんかしたらファンクラブの連中も黙ってないと思うぜ。

なんたって、『あの』葛城司令代理の毒気にやられた人間ばっかりだからな、今のネルフは。

逆襲の手段は選ばんだろう・・・」

「・・・いや、根本的な問題として、間違いなくレイちゃんの『逆鱗』に触れるぞ」

「それはまずいな・・・」

「ああ、まずい・・・」


先日のレイ作の試験料理や、一度目のシンジファンクラブを壊滅させたときのレイの姿が目に浮かぶ。

ある意味、画面越しに見ていた『使徒』より怖かった。


「じゃあ、もう打つ手はないってか・・・」

「くそおお・・・」


「いや、まだ一つだけあるぞ」


「「「え!!?」」」


全員の視線がチーフに集まる。

その口元には、ゲンドウ張りの、ニヤリ、が炸裂していた。

「つまりだ・・・シンジの奴を妬んでる連中は俺たち以外にもネルフ内にたくさん・・・

いや、全男子職員のほぼ『100%』が俺たちの味方だと思っていいだろう。

ファンクラブがあるなら・・・逆があってもいいんじゃないか?」

「な、なるほど!!!」

「俺たちだけでは無理でも・・・全員が結束すれば・・・」

「証拠を残さずにシンジを『消去』することも可能・・・」

「さすがチーフ!!考えることが違いますね!!!」

素晴らしい(?)アイデアに歓声を上げる作業員たち。

「では・・・このことは極秘に頼むぞ。レイちゃんにばれたら何をされるか分からん・・・」

「わかってますって」

「はっはっは。ついにシンジも年貢の納め時か・・・」


「「「わはははは!!!」」」


なんだか哀れにさえ見える彼らに言えることは一言・・・

・・・仕事しろ、お前ら。




「・・・へっくしゅん」

「・・・風邪?」

「うん・・・なんだか背筋にも寒気が・・・」

ぶる、と体を震わすシンジ。

本当に風邪が原因なのかどうかは、誰にも分からないことである。

「じゃあ、もう帰ってゆっくりしたほうがいいわね。帰りましょう・・・」

「そうだね・・・ん?」

最後に初号機をもう一度見ようとして視線を動かしたシンジが不意に止まる。

「どうしたの・・・?」

「いや・・・なんか目が光ったような気がしたんだけど・・・気のせいだったみたい」

「・・・そう」

しばらく訝しげに初号機を見つめていたシンジだったが、特に変化はなく、

疑問を頭の淵に抱えながらも帰途に着いた。




暗い密室・・・。

今は一人だけ、バイザーを掛けた男が座っているだけである。


「悪魔は再び召喚した・・・。そして、目覚めてもらうぞ・・・我らの望みをかなうためにな・・・」


つづく











川島さんへの感想はこちら