これでいいのだ! 〜lovely and revolutionary shock〜

                                    作/レスカ




時は、サードインパクト後。
世界は元通りに再構築された。いや、再構築という言葉は正確ではない。
地軸はセカンドインパクト以前の状態に戻り日本には大人たちが懐かしむ四季がちらちらとその姿を見せはじめていたし、消滅したはずの南極大陸もひょっこりと海に浮かんでいたのだから。
ただ世界は少しだけやさしくなったというのが大勢の認識としてそこにあった。
一体何があったのか。知る者はいない。
全ての中心にいた少年少女たちのことは、赤い海に溶けていた人々の記憶からもありとあらゆる記録媒体からもきれいさっぱり消え去っていた。
真実はあたたかな闇の中に。
それは願いだったのかもしれない。
世は事もなし。
地は平和だった。

そうだったら、どんなによかっただろうか。
何事も望み通りにいかないもの。
サードインパクトは、人という種に確実にその爪跡を残していたのである。



夏の日差しが喧嘩腰になる午後のこと。
第三新東京市立第壱高等学校二年A組は水泳の授業のため、女子は更衣室、男子は教室で着がえの真っ最中であった。描写なんぞしたくない男臭むんむんの中、隅のほうできょろきょろ首を巡らせているのはこの物語の主人公、碇シンジである。すらりとした身体には整ったと言えなくもない顔がのっかっていて、女子の評判は悪くない。そんないつもはのほほんとした顔に(これを彼の同居人は、ぼけ顔と評する)、今は戸惑いを浮かべていた。
「なんや、シンジ。まだ着がえとらんのか」
「ケンスケがいないんだよ。どこ行ったのかなあ。もう授業始まるってのに。トウジは知らない?」
シンジは少しだけ見上げるようにして親友の一人鈴原トウジへと振り返った。
「また、さぼりとちがうか。コンクールが近いとか言うとったし。部室に篭っとるんやろ」
「そっかなあ。だって水泳だよ? ケンスケが一番好きな授業なのに」
女子と一緒の水泳の授業は男子にとってまことにありがたい夏の贈り物。
ケンスケが受け取り拒否の判を押すことなどシンジには信じられない。
が、しかし、トウジは何やら気づいた様子。シンジの首に腕を回して窓際に引っ張っていくと声をひそめて言った。
「そら、お前あれや。例のことを気にしとるんやろ。なんやかんや言うてもまだまだ女子連中の目は厳しいからの」
「でも、あれって一年も前のことだよ? ケンスケだってあれ以来大人しくしてるし」
「そうは言うても前科は前科や。あいつも気をつかってるんやろ」
ケンスケのとある趣味に端を発する一年前の出来事は、今だに多くの生徒たちの脳裏に鮮やかに刻まれている。それほどの一大事件だったのである。
「ま、あれや。ケンスケの分もわいらがきっちり楽しめばええんや」
と、だらしなく頬を緩めるトウジ。シンジは席に戻りながら呆れ顔で言っておく。
「楽しむって。授業なんだよ」
「すました顔したってあかんで、センセ」
トウジは机に腰掛け、覗き込むようにして顔を近づけてくる。
「綾波や惣流のないすばでぃを拝めるんや。お前だって楽しみにしとるんやろ。それともあれかい。毎日、家でナマを拝んでるとか言うんやないやろな」
いやらしい笑みを浮かべ、うりうり言うトウジにシンジはうんざりしてしまう。
似たようなことを毎日のように詮索好きの同級生やら、嫉妬に狂った連中に訊かれるのだ。その度に八つ当たりとは分かっていても、ミサトさんが悪いんだよなとエビチュ片手にぶはー言ってる保護者に文句の一つも言ってやりたくなるのだった。

晴れて高校入学が決まった日、春という名前のおっとり和風美人が空の上でお化粧を整えていた頃、ミサトはシンジともう一人の同居人惣流・アスカ・ラングレーにさもなんでもないことのように告げたのである。
「あ、そうそう。明日からレイもここで一緒に暮らすことになったから」
シンジはミサトの表情に冗談のかけらを見出そうとしたが、発見できたのは、最近目立ってきた目尻のしわだけ。翌日までミサトのからかいとアスカの火の出るような怒りを背に空き部屋の片付けを行なうはめになったのだった。
次の日の夜、引越しパーティが終わって後片付けをすませたシンジが自室に戻ったのは午前一時のこと。
疲れていたシンジは当然のようにベッドに倒れこんでしまったのだがこの行動を責められるものはいないだろう。お酒も入っていたことだし、引越し作業や後片付けでかなり疲労していたのだから。
ましてや部屋は月明かりのみで薄暗い。タオルケットがやけに盛り上がっているなどとは神あらんシンジには気づきようもなかったのである。
ベッドに倒れこんだシンジがタオルケットを手繰り寄せると、ひょっこりとレイの顔が現れた。
当然、シンジはびっくり仰天して大きな声を上げそうになったのだが、すかさずレイのほっそりとした指がシンジの口に押し付けられた。白磁のような人指し指は静寂を乱すことを赦さない。
ばさりと紙束がベッド脇に落ちる音。
幸か不幸か混乱していたシンジの耳はそれを音とは認識しなかったし、その紙束に書かれた『碇家の男はこうして落とす・報告者赤木リツコ』の文字も目に入らなかった。
しばらくの間、シンジはレイと見つめ合う格好で横になっていたが、驚きの波が引いていくと同時に別の感情が沸き起こり逆に落ち着かなくなってしまった。
赤い瞳は何かを期待しているようにしっとりと見つめてくるし、押し付けられた指はやけにひんやりとしているくせに、そこから得体の知れない何かが渦を巻いて体をしびれさせていく。
ほのかに上気した頬に水気を含んだ蒼髪がかかる様は、シンジの暴力的な衝動をこれでもかと挑発し、わずかに開いた胸元は、めまいを起こさせる――。
これはまずいとシンジは思った。
これまでアスカとも何度か同じような状況に陥ったことがあり、その度に計ったかのように邪魔が入ってくれたおかげで事なきを得たのであったがこのままでは――。
シンジは頭の中で鳴り響く「逃げよう」コールに従い身体を引こうとしたが、それを察してか先にレイが指を離した。シンジがほっとするのも束の間、レイは狙いすましたように、
「碇君」
と、一言だけ呟いた。濡れた声とともに悩ましげな吐息が漏れ出す。
それだけでシンジの理性はいともたやすく崩壊した。
力まかせにレイを抱き寄せ小さく開かれた唇に想いをぶつけようとして。
想いならぬ重い衝撃がシンジの頭を襲ったのだった。
「部屋に居ないと思ったら。案の定だったってわけね」
「あ、あすかぁっ!?」
シンジは熱くたぎった心と身体が急速に冷やされていくのを感じていた。ボロ雑巾と化した己の姿が目に浮かぶ。最悪の展開だ。
アスカは挙動不審に陥ったシンジを言い訳は一切許さないとサファイアブルーで黙らせると、ぎろりとレイを睨みつけた。視線だけで心臓を撃ち抜くことができたならば、すでに壁には無数の弾痕がうがたれていただろう。
「引っ越しそうそうやってくれるじゃない」
「貴女には関係ないわ」
レイはすまし顔だ。鉄面皮とも言える。
「なんですって」
「貴女はただの同居人で同僚。でも私は違う。私は碇君のことが好き。碇君と一つになりたい。それが私の願い」
「あ、綾波」
直球ど真ん中な告白にシンジの胸は再び熱くなった。熱くはなったが、一気に最後まで突っ走るつもりのレイにちょっとビビってしまう。さっきは勢いに乗って襲う形になってしまったけれど、その行動もレイの予測のうちだったのかもと考えると、女の子は恐いなあなんて思ったり。
「だから、邪魔しないで」
レイの瞳から本気の意志を受け取ったアスカは俯いて拳を震わせていた。しかしそれも少しの間だけ。やがて搾り出すように声を出した。
「ざけんじゃないわよ」
そして顔を上げ胸を張って、はっきりきっぱり言い放ったのである。
「よーく覚えておきなさい。シンジはアタシのものなの。過去現在未来ずっとずっとずっとこいつはアタシのものなの。あんたには渡さないわ!」
青天の霹靂とはまさにこのこと。
常日頃バカシンジ呼ばわりして人をこき使うアスカの口からこのような情熱的な言葉を耳にするとは思ってもみなかったシンジの胸は躍った。
が、それも長くは続かない。
二人の女神はシンジに究極の選択を命じたのである。曰く。
「で、どっちが好きなの?」
答えられるはずもない。シンジにとっては二人とも大切で気になる女の子なのだから。
この夜から、シンジの生活から「平和」の二文字はすたこら逃走してしまった。
レイとアスカは高校入学早々所構わずシンジをめぐって火花を撒き散らすわ、ミサトとリツコはよい酒の肴を見つけたと火に油を注いではウチワで煽る始末。それだけではない。嫉妬に狂った男子生徒に校舎裏へと呼び出されるのは、もはや日課の一つとなっている。
まさに心身ともに疲労困憊のシンジなのであった。

そういう事情を知っているのにもかかわらずからかってくるトウジに腹を立てたシンジはお返しとばかりに対トウジ兵器を使用した。
「あのね。そういうことばっかり言ってると委員長に言いつけるよ」
委員長という単語にトウジはあからさまに顔をしかめた。委員長こと洞木ヒカリとトウジの力関係は中学時代から変わらず、いや中学時代にも増してトウジはヒカリに頭が上がらなくなっていた。
「なんや、なんや。わいは日常のほんのささやかな楽しみも持ったらあかん言うんかい。どいつもこいつも何かっていうと委員長、委員長や。ほんま胸くそ悪いわ」
とか言ってはいるが、二人がお互いを意識しているのは皆の知るところ。ケンスケなどは、いい加減さっさとくっつけと呆れてさえいる。トウジの悪態をまともにとる輩は壱校には存在しないのだ。
「何、笑っとんねん」
「別に」
憮然としていたトウジだったが、すこし考える様子を見せた後、言った。
「で、結局どうなんや」
「どうって、何がさ」
「決まっとる。綾波と惣流のことや」
「トウジには関係ないだろ」
シンジはしつこいなと思った。遊び半分で突っ込まれるのはうんざりだったので、ついと横を向く。トウジもよく分かっているはずだ、これ以上は踏み込むまい。しかしトウジは、
「せやけどな」
と身を乗り出してきた。声に先のようなふざけた調子も苛立ったところもない。
「真面目な話、そろそろちゃんとケジメつけた方がええと思うぞ。あの二人、ちょくちょく委員長に相談しとるらしいで。委員長言うとったぞ、二人ともかわいそうだってな」
耳の痛い言葉だった。
それはシンジが一番よくわかっていた。
レイもアスカもはっきりと自分の気持ちを口にしているのに自分だけ言葉を濁して逃げているのだから。
正直、二人の気持ちは嬉しいし、できるなら応えたい。
だけど一体どうしろというのだろう。どちらを選べばよいのだろうか。
綾波は素敵な女の子だし、アスカも自分にはもったいないくらいの女の子だ。
しかしどちらかを選ぶということはとちらかと傷つけるということ、そんなのは耐えられない。
二人とも大切な存在なのは間違いないのに・・・・・・。
「今のままじゃいけないのは僕だって分かってるって、わわわっ。カ、カオル君!?」
いつの間にやら、最近では三バカトリオ+ワンとして定着しつつある渚カオルがシンジのベルトを外しているところだった。シンジは慌ててベルトを掴んでカオルの手をもぎ離した。
「な、なにしてるのさ!?」
「着がえを手伝ってあげようとしただけさ。さあ、恥ずかしがらずにこっちに来てごらん。僕がすべてやってあげるよ、シンジ君」
カオルは女子生徒がこの場にいたら、ため息を漏らすであろう晴れやかな笑みを浮かべ両手を広げる。
しかしシンジは騙されない。この笑顔に騙されホテルに連れ込まれそうになったことは一度や二度でないのだ。
渚カオル。彼もまたシンジがよく知る人々と同じようにサードインパクト後、何事もなかったかのように「還ってきた」一人。
シンジの大切な友人なのだが、カオルはもっと別の関係を望んでいるというのが周囲の定説だ。
「え、遠慮しておくよ。自分でできるから」
「そうかい」
カオルはあっさり引き下がった。そしてそのままシンジにねっとりとした視線を注ぐ。獲物を前にした肉食動物のそれだ。
「あ、あのカオル君。そんなに見つめられると着がえづらいんだけど」
「僕は気にしないよ」
さわやかすぎる笑顔にシンジはげんなりしてしまう。助けを求めるように目配せをするとトウジが仕方ないと机から飛び降りた。
「ま、考えすぎんようにな。たまには頭カラッポにして行動するのもええで。ほら、いくで、渚」
トウジはそれだけ言い残してカオルの首根っこを掴んで引きずっていく。
二人が教室を出ていくとシンジはほっと胸を撫で下ろすのだった。



所変わって屋上では。
「ふふふ。今日こそは、女子更衣室を撮ってみせるぜ」
と一眼レフカメラを首からぶらさげた男子生徒が安直すぎる台詞を一人呟いていた。愛用の縁なし眼鏡を太陽光できらりと反射させ、笑みを浮かべるのは誰あろう相田ケンスケその人である。
相田ケンスケと言えば、写真部に在籍しコンクールでは数々の入賞実績を持つ写真部のエースとして校内で知らぬものはいない。
が、相田ケンスケの名を高らしめているのはそんなものではない。彼のライフワークともいえる趣味こそが男子生徒をして「壱校に降臨した神」とまで言わしめていたのであった。
その崇高なる趣味の名は盗撮。
神の御業と呼ばれたそれは女子生徒の隠し撮りに始まり、パンチラ、パンモロ、ブラチラ、スクミズ、体操服、あの子のうなじ、さこつ、くるぶしと際限がないものだった。
しかも性質が良い、訂正、悪いことにこの相田神は下々の者たちに写真を提供することにまったくこだわりがなかったのである。もちろんその際にはお布施が必要になるのだが、目の前にごちそうをぶらさげられた血に肉に飢えた狼たちに金など用はない。誰もが喜んでお布施を納めていくのであった。
しかし何事にも終わりはある。
永遠に続くかと思われた幸せを運ぶ神の息吹も少しずつ弱くなりついには途切れてしまったのだ。
一年前、盗撮の事実を知った女子生徒たちと相田一派の男子生徒たちの間で血で血を洗う抗争が起こった。学校史に「壱校一日戦争」の名で刻まれるこの闘いは第三新東京市を揺るがす大事件にまで発展したのだが、ここでは詳しく語るまい。ただ、青い鬼、赤い悪魔、狂声母神の容赦呵責のない攻撃に、相田ケンスケを筆頭とする男子生徒はことごとく空の彼方のお星様となったとだけ言っておこう。もちろんくすんだ星である。
この敗北後、ケンスケは盗撮をすっぱりやめた。
真面目に写真部の活動にいそしみ、学校行事では進んでカメラを構え生徒や学校に無償で寄付した。
その豹変ぶりに当初は首をかしげていた女子生徒たちも、コンクールで賞をとるなど確かな結果を出すたびに彼を見直していくのだった。
時折、黄金時代を忘れられない男子生徒が、
「相田、貴様は忘れたのか? 胸元から覗く奇跡の光を! スカートに中に宿る真実を! 貴様は忘れてしまったのか!?」
と涙目で訴えることもあったがケンスケは淡々とこう返すだけだった。
「坊やだったのさ」
ケンスケは悟ったのだ。
自分はどうしようもなく子供だった。パンチラ、ブラチラが一体なんだというのだ。男としてそれでいいのか。男だったら、男だったら。
裸だろう、と。
彼は待っていたのだ。あの屈辱的な敗北をなめた日から女子生徒たちが油断し、生徒会の「相田ケンスケ監視委員会」が解散される日を。
それが今日なのだ。じゃすとなう! 今やらずにいつやる。見よ! 太陽もこの俺を祝福しているではないか! 信徒どもよ、今こそ我、復活の刻。 いざ行かん。約束の場所へ!! 
ケンスケは、落下防止用フェンスの反対側に降り立つと校庭を見下ろした。地面がやけに遠く見える。落ちたらまず助からないだろう。だが恐れはない。それを上回る高揚感が彼に勇気を与えているのだ。
「一年は長かったぜ」
ケンスケは浮かんだ涙を拭った。フェンスと身体を結び付けているロープをしっかりと握り締める。
この場所から三階下にちょうど女子更衣室がある。更衣室に至るまでの教室にこの時間人気がないことはすでに調査済みだ。騒がれることはない。現在、着がえを行っているのは二年A組。ケンスケの所属するクラスの女子たちだ。そして授業は水泳。一番無防備な姿をさらす時!
「綾波、惣流そして委員長。お前たちには感謝しているぜ。たかがパンチラごときであんだけなぶられたんじゃ割りにあわないもんな。男ならやっぱモロだよな!」
ケンスケは空に向かって美しく敬礼をした。今ならば、どこの軍隊でも諸手をあげて彼を士官として迎えてくれるだろう。
ケンスケは壁面に足をかけた。シンジとトウジの顔が脳裏をかすめる。
「赦せ友よ。俺は俺が俺であるために。そして皆の夢のために行かねばならんのだ」
己の迷いを断ち切るように、両頬を打ち据える。
「相田ケンスケ、これより修羅に入る!」
そうして栄光の一歩を踏み出したまさにその時、それは起こったのである。
ケンスケの体から赤い燐光が爆ぜたのだ。光はそのままケンスケの身体を呑み込みこんでしまう。
そして、その中から現れたのは――。



「パターン青。使徒と確認!」
発令所に日向の緊迫した声が響いた。所員が慌ただしく所定の位置に駆けていくのを見下ろすのはネルフ総司令碇ゲンドウ。
「総員第一種戦闘用意。現れた使徒は第六十四使徒とする。使徒の出現位置はどこだ」
「第三新東京市立第壱高等学校、校庭です。モニター、出ます」
正面の主モニターに校庭が映し出される。
なんと巨大化した相田ケンスケがカメラから怪光線を放っては建物をぱんていやらぶらじゃあに変えているではないか。
「そんな、相田君が使徒化するなんて」
呟いたのは伊吹マヤである。震える声音は現実を否定しようとする心の証左。だがそれも数瞬。マヤは床に落としてしまった文庫本を拾い上げると、
「なんか納得」
と、一人頷きながらコンソールに指を滑らせた。その所作はいつものもの。葛城ミサトや赤木リツコ同様、非常勤講師として壱高で教鞭をとるマヤも「壱高一日戦争」のことはよく知っているのだ。潔癖性の彼女にはケンスケを不憫に思う気持ちはほとんどないのであった。
それはさておき。
――使徒化現象。
これこそが、サードインパクトがもたらしたもっともやっかいな問題であった。
人間が突如使徒化するこの怪現象は人が心に秘めている邪な心を肥大させた時に起こると言われているが、正確なことはほとんど何も分かっていない。
その使徒化現象が相田ケンスケの身の起こってしまったのだ。
第三新東京市に下着の巨大オブジェを発現させるその姿はまさしく人類の脅威使徒そのもの。
今やケンスケは第六十四使徒「ケンスケエル」なのだった。
「日本で使徒が現れるのは使徒化現象が確認されてから初めてだな」
冬月があごをしごきながら言う。ゲンドウはゲンドウポーズでにやりと笑うだけ。もはやそこに意味はない。ただのクセである。
「使徒、第三新東京市の一%をランジェリーに変えてしまいました!」
青葉の報告に今の今まで黙って主モニターを見据えていた対使徒戦作戦責任者葛城ミサトがゲンドウを仰いだ。
「かまいませんね?」
「そのためのチルドレンだ」
淀みない言葉を受け、ミサトは主モニターに向き直る。
「シンジ君たちは校内にいるのね?」
「はい。四名とも。あっ外に出てきました!」
「丁度いいわ。出動よ!」
「了解!」



第六十四使徒「ケンスケエル」が第三新東京市の景観を愉快なものに変えていくのを五人少年少女たちはなんだかなあとやるせない面持ちで見つめていた。その顔には一様に「あきれて物も言えない」と書かれている。
「ケンスケエル」が兵装ビルを黒のDカップブラに変えたところで、公式的に相田ケンスケの友人と称せられる者たちの中でその世間の認識をいつも真っ先に否定するアスカが苛立たしげに口火を切った。
「あんのアホ眼鏡。何考えてんのよ」
これに答えたのはレイだ。
「きっと、どうしようもないことよ」
相田ケンスケは友人か、との問いに「誰?」と答えるであろう少女である。
アスカが声高に、レイが物静かにケンスケを罵倒する横でシンジがおずおずと口を挟んだ。
「なんにしても、どうにかしないと。このままじゃ、街中下着だらけになっちゃうよ。ミサトさんからシグナルもでてるし。やるしかないよ」
この言葉に水泳パンツ一丁のトウジも頷く。
「せやなあ。あんなにどでかいとありがたみも無くなるっちゅうもんやで。あいたっ」
どこか鼻の下を伸ばしたトウジの頭を小突いたのはヒカリである。
「ありがたみって何よありがたみって。ほら、さっさと行って片付けちゃいなさい。エヴァに乗るんでしょ」
「・・・・・・わかっとるがな」
トウジは一歩前に出るとシンジ、レイ、アスカを順繰りに見渡してから片手で拝むポーズをとった。
「ちゅうわけで、ケンスケはお前らに任す。よろしく頼むわ」
「何言っているのよ。あんたも来なさいよ。い・ち・お・う、アンタもチルドレンなんだし?」
「ケンスケならワイが出んでも倒せるやろ。いや、惣流、天才のお前だけでも充分や」
「その手には乗らないわよ。あんた、ヒカリの前で変身するのが恥ずかしいんでしょ?」
トウジの頬に朱が差した。その様子にヒカリは首をかしげている。
「な、なにいうとんねん。そんなことあらへん」
「ほんとかしら」
じと目のアスカに詰め寄られて後退するトウジの退路をレイが塞ぐ。
「一人だけ逃げようったってそうはいかないわ」
「あ、綾波。シ、シンジ、たすけてえな」
一縷の望みをかけて親友に救いを求めたトウジだったが、その親友は力なさげに首を振るだけだった。
「あきらめなよ、トウジ。恥ずかしいのは皆一緒さ」
「それじゃ。やるわよ」
アスカはそう言ってヒカリに向き直った。笑みを浮かべるアスカにヒカリは戸惑い顔だ。
「アスカ? ネルフに行くんじゃないの?」
「その必要はないわ。エヴァはもうないのよ、ヒカリ」
「え? じゃ、じゃあ、どうするの?」
「こうするのよ」
ウィンク一つ、アスカは天を指差し高らかに叫んだ。
「正義の心を闘志に変えて、今日も燃えます。可憐な乙女!!」
アスカのヘッドセットが突如光り輝いた。赤い光がアスカの身体を包み込むとみるみる内に真っ赤なプラグスーツのようなものへと変じてしまった。だがそれだけではない。ふぁさと長い赤毛の下をマントがなびき、頭にはいつの間にかヘルメットが装着されていたのだ。すなわち。
「エヴァレンジャー・レッド。推参!!」
ポーズを決めるアスカ、もといエヴァ・レッド。
ヒカリはぽかんとしている。
そんなヒカリに追い討ちをかけるように今度はレイが進み出た。壊れた眼鏡を空に掲げるとこちらも恥ずかしげもなく鈴の音のような声で言う。
「気高き心を闘志に変えて、今日も咲きます。戦場の花」
割れたレンズがまばゆい白い光のシャワーとなりレイに降り注ぐ。光のプリズムから現れたのは、プラチナの輝きを身に纏った純白の戦士。その名も。
「エヴァレンジャー・ホワイト。見参」
アスカと二人ポーズをとるレイにヒカリも真っ白だ。
その次、シンジがヒカリの前に立つ。アスカもレイもヒカリに見せつけるようにして変身したのでそれに倣ったのだ。状況に流されるところは昔のままである。
シンジはミサトから譲り受けた十字のチョーカーを掲げた。
「え。えっと。や、やさしい心は勇気の証。逃げたりしません、勝つまでは」
十字の青き光が空に現れシンジを罪人のごとく磔にする。青の十字が無数の泡となりそこから現れたのは最強の戦士。
「エヴァレンジャー・ブルー。と、登場!」
ポーズを決めた自分に恥ずかしくなったのかそれを誤魔化すように笑うシンジにヒカリはヒカリで頬を引きつらせ笑うのだった。が、彼女の悪夢はここでは終わらない。
「す、鈴原」
「み、見んでくれ。委員長」
とか言いながらしっかりヒカリの前にたっていたりするのはお約束。
トウジは弁当箱を突き出した。それはヒカリが中学時代に初めてトウジのために作ったお弁当を詰めたものだった。あの時は渡せなかったはずのそれを何故トウジが所持しているのだろうか。それはトウジとリツコしか知らない。
「愛に生きるは男の花道。惚れた女を守るため、今日も今日とて燃えたるわ!」
弁当箱がぱかりと開き、闇色の風がトウジを包みこんだ。すべての黒を身に受けて猛き戦士が降り立つ。
「エヴァレンジャー・ブラック! いっちょやったるわい!」
トウジがポーズをとると、残りの三人がその動きに合わせるように再びポーズを決める。
「学園の平和は私たちが守る!!」
そう告げ飛び去っていった四人の背中を為す術もなく見送って、自分の常識も守ってほしいとそんなことを思いながらヒカリはぶっ倒れるのだった。



サードインパクト及び戦略自衛隊との戦闘ですべてのエヴァは失われた。
ゼーレの老人たちは赤い海から還ることはなく、死海文書の記述どおりすべての使徒は現れ、そして消えた。存在意義を失った特務機関ネルフが解散されようかという矢先、人類の使徒化現象は起こった。
これに対処すべく国連はネルフの存続を決定、使徒化現象の研究と対策を委ねたのだった。
総司令碇ゲンドウはただちにエヴァに代わる対使徒兵器の開発を赤木リツコ博士に命じた。人の命を犠牲にしたエヴァではない普通の兵器を。
そうして開発されたのがエヴァスーツである。一見プラグスーツに見えるこのエヴァスーツは装着した者を正義に燃える戦士に変えてしまうナイスなものであった。
サードインパクトから二年。使徒はこれまで六十三体現れており、いずれもエヴァスーツを装着したチルドレンたちに倒されている。
いつしかネルフのやんちゃな大人たちは彼らのことをこう呼ぶのだった。
「エヴァレンジャー。正義の使者。エヴァレンジャー。ゆけゆけ、僕らのエヴァレンジャー」
ひゃっほい!



屋上から飛び出したエヴァレンジャーたちは「ケンスケエル」の眼前に踊りでた。エヴァスーツは陸海空そのすべてに対応する優れもの。空を飛ぶのは朝飯前である。
「ほら、相田。いい加減にしないとただじゃ置かないわよ」
「ケンスケ。やめるんだ。今までがんばってきたのが台無しになっちゃうよ」
口々に説得を試みるが自我を失った相田少年は、蝿を振り払うようにエヴァレンジャーたちに攻撃をしかけて来た。
「ここで暴れられたら校舎にいる生徒に被害出るわ。一気にいきましょう」
レイが単独で「ケンスケエル」の眼前に進み出ると両手を天に突き出した。
「ちょ、ちょっと、綾波!!」
「や、やめんかい!!」
レイが何をしようとしているのか察した二人が血相を変えるがもう遅い。
レイの両手には白く発光する槍が生み出されていたのである。
「死んで。相田君」
空中で華麗にターン一回。
「ロンギヌス・アタック!!」
エヴァレンジャー・ホワイトの必殺攻撃、山をも砕く一撃が「ケンスケエル」に迫る。もはや「ケンスケエル」の命は風前の灯火かと思われたが敵もさるもの。「ケンスケエル」はカメラを光の槍に向けるとパシャリと一押し。怪光線が光の槍を純白のショーツに変えてしまったのだ。おそるべし「ケンスケエル」!
過去、レイの『ロンギヌス・アタック』を完璧に防御した使徒はいない。それを「ケンスケエル」がこともなげにやってしまったことにさしものレイも驚きを隠せない。レイはひらひら舞い落ちるショーツを呆然と見つめていた。それが一瞬の隙になった。「ケンスケエル」が目の前のレイを腕でなぎはらったのである。
「きゃ」
あわや校舎に激突しそうになったレイをシンジが抱きとめ、校庭に着地した。シンジは上空のアスカたちに無事を伝えるとレイの身体をおこしてやる。
「大丈夫?」
「ダメ」
「どこか痛いの!?」
シンジが焦るのも無理はない。エヴァスーツにはどんな攻撃も効かないとリツコに聞かされていたのだから。
「ここ」
レイは、最近成長著しい双丘を指差した。
「ここって、あの」
「さすって。そうすれば直るかもしれない」
「そ、そんなことできないよっ」
もう、シンジもレイが怪我をしているとは思ってはいないが、確信がないため突き放すこともできない。リツコの熱心な指導により様々な手練手管を身に付けたレイがそんな隙を見逃すはずもなく。
「さすってくれないと死んでしまうわ。もうダメなのね」
と目を伏せた。
「そ、そんな」
「さよなら、碇君」
目の端にうっすら涙を浮かべるレイに慌てふためいたシンジは、おそるおそる手を白いふくらみに伸ばした。しかしあともう少しというところでその腕は横から掴まれてしまう。
万力のような力でシンジの腕を締め付ける真っ赤な腕は疑いようもなくアスカのものだった。
「このいけないお手手は何かしら。バカシンジくーん?」
「い、いやこれはさすれば死なないですむって綾波が言うから」
「んなわけあるかーー!! ファースト、さっさと離れなさいよ。今は戦闘中なのよ」
見上げると、トウジが「ケンスケエル」の周りを飛び「下着化光線」から逃げ回っていた。トウジは「ケンスケエル」を攻撃することをためらっているのだろう。
「ほら、さっさと行く」
不承不承シンジから離れたレイをしっしと空に追いやるアスカに、
「僕たちもいこう」
とシンジも飛びたとうとしたが、アスカが掴んだ腕を放してくれない。
「アスカ?」
シンジが振り返るとアスカが顔を近づけてきた。
「まったく、すーぐファーストの手に引っ掛かるんだから」
こつんと小突かれる。
「あ、うん。ごめん」
「そうやって意味もなく謝る」
「あ、うん」
「ま、あんたらしいけどね」
アスカは笑って、ぐいとシンジの手を自分の胸に押し当てた。
「あ、アスカぁ!?」
エヴァスーツを通し摩訶不思議な弾力がシンジの手の平を押し返してきた。
「触りたいんだったら、いつでもアタシが触らせてあげるのに」
上目遣いで言ってくるのが暴力的に可愛い。いつになく積極的というかなんというか。何も言えないでフリーズしたシンジにアスカはゆっくりと顔を近づけていく。
「二回目。頂戴」
甘い吐息にシンジの脳回線は焼き切れた。
目を瞑りアスカを抱き寄せようとする――が、その柔らかな感触はすぐさま消えてしまった。
いぶかしげに目を開けたシンジが見たものは、氷河の冷気を纏ったレイが『ロンギヌス・アタック』をアスカに放った後ろ姿だった。
「セカンド。油断ならない人ね」
「ふん。あんたに言われたかないわよ」
睨み合う二人だったが何を思ったのか不意にアスカが勝ち誇った笑みを浮かべた。
「一ついいこと教えてあげるわ。あんたがかわいそうだから言わなかったけれど。実はアタシとシンジはキスしたことがあるのよ」
レイの身体から冷気がごうごうと立ち込めるのを確かにシンジの視覚は捉えた。心なしか周りの気温が下がったような気も。
必死にレイへの言い訳を考える。
あれは、なんというか暇潰しみたいなもので挑発されてなかば意地でしただけなんだ云々。
だが、レイはシンジに問い質すことはせず、冷気をしまいこむと余裕すら感じさせる声で言ったのである。
「私は、お風呂上がりにすべてを碇君に見られたことがあるわ」
アスカの顔が固まる。
「それだけじゃない。その時碇君に碇君自身の意志で押し倒されたことがあるわ。その上、胸もその」
言いよどんでもじもじするレイ。恥じらう様子がアスカの想像を飛翔させることは計算済みなのだろう。
「その、いろいろ遊ばれてしまったわ」
なんつー脚色だ。シンジは真っ青になってしまった。今度はアスカへの弁解をせっせと組み立て始める。
あれは、事故。ほんの偶然なんだ。確かに胸は触ってしまったけれど。でも云々。
しかし、アスカはシンジを問い詰めることはせず、炎の怒気を噴出させてレイに言ったのだった。
「ファースト。あんたとは決着をつけないといけないようね」
「奇遇ね。私もそう思っていたところよ」
「ちょ、ちょっと二人ともやめなよ」
不穏な空気にシンジが割って入ろうとしたが、
「碇君は黙っていて」
「あんたは黙ってなさい」
と言われすごすごと退散してしまう。シンジ情けなし。
こうして、地上ではおろおろするシンジの前でついに竜虎の決闘が始まったのだった。上空で一人苦戦しているトウジのことなどすっかり忘れたまま。
「お前らいい加減にせんかい!!」



「こんな時にエヴァレンジャーの弱点が浮き彫りになるなんて」
苛立たしげに舌を打ったミサトに青葉があきれた口調で言う。
「弱点って言うか痴話喧嘩では?」
エヴァスーツはいかなる極限下でも居眠り可能な恐るべきテクノロジーを秘めているのだ。はっきり言って弱点などない。
「そういうことを言ってるんじゃないわ。弱点とはすなわちあの子たち自身のことよ。痴話喧嘩も含めてね」
「というと」
「分からない? レッド。ホワイト。ブルー。ブラック」
「そうか」
得たりとばかりに日向が声を上げた。
「全員が主役級の色だ。各々のキャラが喰いあってしまうっ」
ミサトも頷く。
「そう。個性が強すぎてチームワークが成り立たないの。その上、シンジ君を挟んだ恋愛問題もあってとても連携攻撃なんてできない。今までの相手はそれでも勝てたけど、あの使徒には通じない。勝つには皆の力を合わせなければいけないのよ」
「な、なら、どうすれば」
「本来なら、グリーンやイエローなどといったどうでもよいキャラが戦隊のバランスをとってくれるのだけど、あの子たちの中にはこの色の適格者はいなかった。唯一これらの色にマッチしたと思われるのが彼だったのだけど」
ミサトが視線を向けた先。そこには今は使徒に成り果てた相田ケンスケ少年がいるのだった。
「万事休すだわ」
唇を噛み締めるミサトにオペレーターたちも黙り込むしかない。ゲンドウと冬月も難しい顔をしてモニターを睨んでいる。
この状況を打破する秘策はないのか。静かな空気が現実の重さをともなって皆の背にのしかかろうとしたその時。
「まだ、あきらめるのは早いわよ、葛城三佐」
「リツコ!!」
主モニターが赤木リツコを捉えた。
ミサトの親友にして第二E計画担当博士の彼女は壱高の非常勤保険医でもある。そのリツコの隣には今、洞木ヒカリが不安気に佇んでいるのだった。
「というわけで洞木さん。もう六人目の適格者である貴女に頼るしかないの。やってくれるわね」
「わ、私がですか? そ、そんなの無理です」
「大丈夫。貴女にならできるわ。いえ、貴女にしかできないことなの」
その言葉に少しの間考え込んだヒカリだったが、責任感の固まりのような少女である。決断は早かった。きっぱりと頷いた。
「わかりました。やります」
「助かるわ。では、これを飲んで頂戴」
リツコが取り出しのは、正露丸のような薬だった。
「この薬にはエヴァスーツの形成の源となる意志ある素粒子エヴァンゲリウムが入っているわ。エヴァンゲリウムが貴女の体内に着床した時、貴女はエヴァレンジャーとなるのよ」
「は、はあ」
渡された薬をためつすがめつするヒカリ。が見ていてもしょうがないと腹を括ったのか一気に飲み込んでしまった。
しばらくするとヒカリは身体の奥底から何かが沸きあがってくるのを感じた。
熱い。熱いっ。熱い! ああっ。叫ばずにはいられない!
ヒカリは華麗にその場でターンを決めると天に向かって叫びを放った。
「一途な想いを闘志に変えて、今日も絶叫、慈愛の天使!」
ヒカリのそばかすが星のごとき煌きを帯びる!
無数の花びらが彼女を包み込み――
「エヴァレンジャー・ピンク。降臨!」
五番目戦士、桃色の戦士の発現である。
「おお!」
新たな戦士の登場に沸き立つ発令所。しかし本来ならもっとも喜ぶべきミサトがそれとは逆ベクトルの声を上げていた。
「ピ、ピンク。紅一点のピンク。予測しておくべきだったわ。洞木さんならそのポジションに収まるであろうことは考えられることだったのに。がっでむ!」
頭を抱えるミサトにマヤが不思議そうに聞いてきた。
「あ、あのピンクじゃなにかまずいんですか?」
「まずい。まずすぎるわ。今、欲しいのはそれぞれピンでも三十分話が作れるキャラじゃないのよ。どんなに努力をしても、いい奴だよなで終わるそういうキャラが欲しかったのよ。それでこそチームワークが生まれるのよ。ピンクじゃ、へたをすればチーム内のいざこざの元になりかねないわ。四角関係は絶対だめよ」
「洞木さんなら心配ないと思いますけど」
「・・・・・・」
ミサトはポンと手を打った。
「それもそうね」
冷静に考えてみれば、ピンクというものは常々チーム内の剣呑な空気をまろやかにしているではないか。洞木さんと鈴原君はお互いいい感じで、シンジ君を好きになるはずがない。 問題ナッシングじゃなーい。
「よっしゃ。洞木さん、いえ、エヴァ・ピンク。出撃よっ。チームをまとめるのは貴女しかいないわ!」



とっくみあいの死闘を演じているレイとアスカを止めさせようと何度目かの特攻を決意したシンジの前に見慣れぬ戦士が降り立った。
「き、君は」
「私よ。碇君」
「委員長! なんでまた委員長が」
「詳しいことは後。今はあれをどうにかしないと」
ヒカリは二人の友人のもとに歩み寄ると大きく息を吸込んで怒声を発した。
「あなたたち、いい加減にしなさい!!」
シンジは耳鳴りに襲われ耳を塞いだ。
すさまじい音量とともに衝撃波が生まれ、レイとアスカが校舎の壁に叩きつけられたのが目に入る。一階の窓ガラスは、余波でことごとく木っ端微塵だ。
これぞ、エヴァ・ピンクの必殺攻撃『ハウリング・ボイス』である。ちびっこのみんなは要チェック!
「戦闘中なのよ。個人的問題は後にしなさい」
ヒカリの言葉にアスカとレイはバツが悪そうにお互いを見やった。同時にプイと顔を背ける。
「アスカ! 綾波さん!」
急速冷凍された秋刀魚のように背筋を伸ばすレイとアスカ。美の女神たちも大地母神には頭が上がらないらしい。
「今は協力して使徒を倒す。いいわね?」
「はーい」
「わかったわ」
レイとアスカは逃げるようにトウジの元に飛翔していった。
さすがは委員長。誰もが認めるジェノサイドストッパーだとシンジは感謝の祈りを捧げた。
しかし祈りは届かなかった。ヒカリは厳し顔を貼り付けてシンジを睨みつけていたのである。
それはシンジにいつもの気弱な笑顔を浮かべることさえ許さないものだった。



「碇君」
その一言で充分だった。シンジは遮るようにして言う。
「わかってる。わかってはいるんだ」
すべての原因は自分にある。自分がはっきりしないためにいつまでも二人につらい思いをさせている。
「そう。でもこれだけは言わせて。碇君は気を使いすぎだと思う。傷つけたくないから何もしないのは優しさなんかじゃない。それってすごく残酷なことだよ。あの二人は碇君が思っているほど弱くもないし、強くもないの」
「・・・・・・うん」
「こう言うと碇君はひどいと思うかもしれないけど、私はあの二人を幸せにできるのは何も碇君だけじゃないと思ってる。いろいろ大変なことがあったのは私も少しは知ってるし、あの二人が碇君のことをどんなに好きなのかも知ってる。でもね、でも私は、今の碇君にはあの二人は任せられない」
それだけ言うとヒカリは飛びたっていった。
委員長もやっぱり他の連中と同じく自分とあの二人では釣りあわないと思っていたのかとシンジは暗澹たる気分になった。
何よりも自分自身がそう思っているのだ。
自分には大した取り柄もない。容姿だって十人並だ。こんな自分をなぜレイとアスカが好きだと言ってくれているのかわからない。
そんな自分にいつか二人が離れていってしまうのではないかと思うと恐い。
でもいいのか?
恐いから何もせずにいるのか。それでいいのか?
そうして、また二人を傷つけてしまうのか?
僕は。
僕はまた同じことを繰り返そうとしているのか?

ネルフ本部が戦略自衛隊の攻撃にさらされたとき、シンジは薄暗い部屋で何もせずただそこにいた。殺されそうになったときも無抵抗で、ミサトの助けがなければ死んでいただろう。

あのとき、ミサトさんはなんと言った?

『自分が嫌いなのね。だから人も傷つける。自分が傷つくより人を傷つけたほうが心が痛いことを知っているから。でも、どんな思いが待っていてもそれは貴方が自分一人で決めたことだわ。価値のあることなのよ。シンジ君。貴方自身のことなのよ。ごまかさずに自分にできることを考え、償いは自分でやりなさい』

『――あんたこのままやめるつもり!? 今、ここで何もしなかったら、私許さないからね。一生あんたを許さないからね。今の自分が絶対じゃないわ。後で間違いに気づき、後悔する。私はその繰り返しだった。ぬか喜びと自己嫌悪を重ねるだけ。でも、そのたびに前に進めた気がする』

『いい? シンジ君。もう一度エヴァに乗ってケリをつけなさい。エヴァに乗っていた自分に。なんのためにここにきたのか。なんのためにここにいるのか。今の自分の答えをみつけなさい。そしてケリをつけたら必ず戻ってくるのよ――』

シンジはエヴァスーツの胸の部分に埋まった十字のチョーカーを握り締めた。
血まみれだったミサトの手にはもう銃が握られることはなく、今では代わりにエビチュが収まっている。
それは奇跡だ。
今在るこの世界は祈りの結晶のようなものだ。
それは誰が望んだんだ? 誰でもない僕自身じゃないか。
あのとき何もできなかった僕が最後の最後に願ったことじゃないか。
もう一度、会いたいと。大切な人たちに会いたいと。
だから、こうして僕はこの世界で生きているんだ。僕が必要として、僕を必要としてくれた人々と一緒に。
今の僕は何を望む?
誰が欲しい?
綾波とアスカのどちらが好きなんだ?
どちらのそばにいたい? どちらにずっとそばにいて欲しい?
ふさわしいとかふさわしくないとか関係ない。僕が、僕自身が本当に欲しいのは誰だ? 僕の願いは?
――ああ。そうか。
不意にシンジは気がついた。
委員長のさっきの言葉は、身を引けということではないんだ。
がんばれってそう言っていたのだ。あのときのミサトさんのように。
それは、都合のよい解釈かもしれない。だけど。

シンジは顔を上げた。いつの間にか目の前にカオルが立っていた。
カオルはいつもシンジのそばにいる。 それはカオルの意志で、だからこそシンジは嬉しい。
「カオル君」
「やあ。シンジ君」
暖かい微笑みは偽りかもしれない。でもそれはどうでもいいことだ。
「僕は急がなくてもいいと思うよ、シンジ君」
「そうかもしれない。でも何もしないで後悔するのは嫌なんだ。奇跡はもう起こらないだろうから」
「彼女たちと触れ合えば、今より恐ろしい他人の恐怖が君を襲うよ」
「いいんだ」
「君は傷つき、彼女たちも傷つく。それでいいのかい?」
「かまわない」
「好きなんだね」
「うん」
レイとアスカの笑顔が浮かぶ。二人の挟まれてシンジも笑っている。
答えは当たり前のようにそこにあった。
カオルはやさしく言う。
「いつか裏切られるかもしれない」
シンジはおだやかに答える。
「いつか裏切るかもしれない」
「見捨てられるかもしれない」
「見捨てるかもしれない」
「嫌われるかもしれない」
「嫌いになるかもしれない」
シンジは笑った。
「でも、今好きなのは本当だから。僕はこの気持ちを大切にしたい」
「決めたのかい?」
「うん。やっぱり僕は最低な奴だよ」
カオルはきょとんとし、二度ほど目を瞬かせた。そしていつも微笑顔に戻る。
「行った方がいい。苦戦しているようだ」
「うん。カオル君、ありがとう」
シンジは力強く、大地を蹴った。



「遅いで、シンジ!」
「何やってたのよ、バカ」
「碇君、さぼり」
「ごめん」
ヒカリと目があったシンジはしっかりと頷いてみせた。ヒカリは何も言わない。
「状況は?」
「膠着状態よ。相田の奴けっこう強いわ。でもこっちから手を出さなければ攻撃はしてこないわね」
「ケンスケエル」はあちこち制服が破けたりしているものの大したダメージを負ってはいないようだった。 今もエヴァレンジャーを無視して、パシャパシャ怪光線を放っては建物を煽情的なオブジェに変えている。 爆発攻撃ではないので、無害と言ったら無害かもしれないがこのまま放置しておくわけにもいかない。
「どうする?」
「考えたんだけど」
ヒカリが皆を集めた。
「やっかいなのはあのカメラでしょう。あれを壊せば何もできなくなるんじゃないかしら」
「しかしのう、カメラを壊したら何しでかすかわからんで。それにあれや。カメラを壊そうとしてもすぐに気づかれてまうで。ケンスケの奴、恐ろしく勘が鋭くなっとる」
「うん。でも、皆で力を合わせればなんとかなるんじゃないかしら」
「そうだね。一人じゃ無理でも五人で一斉にかかれば」
「作戦を思いついたわ」
レイとアスカが同時に声を上げた。また言い争いになるんじゃないかと一同肝を冷やしたがめずらしくアスカがレイに譲った。小さなプライドより使徒殲滅を優先することにしたのかもしれない。
「作戦はこう。碇君とセカンドで相田君を攻撃し彼の気を引く。彼の注意がカメラから離れた隙に洞木さんの『ハウリング・ボイス』でカメラを破壊。鈴原君は洞木さんの盾となり相田君の攻撃に備える。カメラを破壊できたら一気に私の『ロンギヌス・アタック』で本体を殲滅」
「アタシが考えたのと一緒ね」
「綾波。出力は抑えてね。消滅させちゃったら人間に戻りようがないから。ケンスケは大事な友達なんだ。頼むよ。気絶させれば、元に戻るんだから」
「・・・・・・ええ」
間が無かったらどんなに安心できるだろう。
綾波にしてもアスカにしてもケンスケに冷たすぎではないだろうかとシンジは思う。そりゃ、盗撮とかは悪いことだけど。もう昔のことなんだし。そろそろ許してあげてもいいんじゃないだろうか。
お人好しのシンジはケンスケが再び己の欲望の忠実な下僕になった結果がこれだとは露ほども思わないのだった。



五人は散り散りになった。まず、シンジとアスカがケンスケの眼前を飛び回り牽制攻撃を仕掛ける。
「くやしかったらやり返して見なさい!!」
アスカが「ケンスケエル」のこめかみに蹴りを見舞った。わずかによろめいた「ケンスケエル」はカメラをアスカに向けるが今度はシンジがわき腹に強烈なパンチを叩き込んだ。「ケンスケエル」は腕を振ってシンジを捉えようとするがすでにシンジは離脱している。見事な連携攻撃だ。
アスカとシンジが次々にヒットアンドアウエイ攻撃を繰り出していると痺れを切らしたのか「ケンスケエル」はカメラから手を離し両手で二人を捕らえようとした。カメラは首からぶら下がってゆらゆれと無防備だ。
「委員長! 今や」
そのカメラの前にトウジに守られたヒカリが踊り出る。「ケンスケエル」は全く気が付いていない。
ヒカリは大きく息を吸込むとカメラめがけて吐き出した。
「不潔よーーーーーー!!!!」
巨大カメラは一瞬で跡形もなく消滅してしまった。分子レベルにいたるまでその破壊は完全なものである。
「やった」
喜ぶヒカリの横でトウジは頬を引きつらせていた。
後に彼はこう語り色々墓穴を掘ったという。
「あかん。あれはあかん。ワイの将来、お先真っ暗かもしれん」
だが、カメラを破壊された「ケンスケエル」にはそんなことは関係なかった。
「ケンスケエル」は事態を悟ると、「ぐおおおお」と悲しみの咆哮を上げたのである。第三新東京市の空に響き渡るその声にシンジの胸は痛んだが、隣にいたアスカは冷たく言い捨てた。
「自業自得ね。使徒化したあいつが悪い」
そしてシンジとアスカ、ヒカリとトウジが見守るなか、レイの放った『ロンギヌス・アタック』が嘆き悲しむ「ケンスケエル」に終わりの鉄槌を下したのであった。



「よっしゃ」
ミサトはガッツポーズ。
発令所も喜びに包まれあちこちで所員たちが声をあげいてた。皆で力を合わせて掴み取った勝利の意味は大きい。お互いそっぽを向きながらもハイタッチを交わすレイとアスカの姿を見る日が来ようとは。
「やりましたね、葛城さん」
「相田君はどう?」
「問題ありません。使徒化現象は終息しています」
主モニターには校庭に寝っ転がっているケンスケの姿が映し出されていた。これまで使徒化した人々と同様、二度と使徒化することはないだろう。
「医療班を回して。現場の指揮は赤木博士に」
「了解」
これにて第六十四使徒戦は終了。後始末つけて帰りましょったら帰りましょっと浮かれるミサトであったが、ゲンドウがそれを許さなかった。
「引き続き、第S級サード監視体制に移行だ」
これに全員が騒然となった。S級はサード監視体制の最上級モードである。それはシンジの意志とか人権とかはまったく考慮に入れないもので、かつてのネルフならいざ知らず今のネルフで発動される日が来るとは夢にも思っていなかったのだ。戸惑いの視線を気した様子もなく冬月が告げた。
「見たまえ」
主モニターがシンジの表情を大きくすっぱ抜いていた。壱高のリツコがMAGIver.2.0を遠隔操作しているのだがそれはどうでもいい。シンジは何やらトウジとヒカリに話をしていて、その顔にはいつもののほほんとした様子もなくやけにきりりとしている。それを見たミサトははっと息を呑んだ。
「こ、この顔は、シンちゃんついに決める気だわ!」
シンジの姉と自負しているミサトである。シンジの変化を見逃すはずもなかった。先にゲンドウに気づかれたのが悔しくもあったがすかさず指示を飛ばす。
「シンちゃんの通信回線をこじ開けて!! レイとアスカのもよ!!」
使徒戦よりも熱の篭った声だ。
「衛星もすべてこっちに回して。結婚式とかで使うんだからね。撮り漏らすんじゃないわよ!!」
「了解!」
結婚式の言葉にようやくシンジが何をやろうとしているのか理解した所員はあわてて作業を開始した。撮り逃し聞き逃しは絶対にしてはならない。楽しみが減ってしまう。
「回線、開きました!」
「全館に流しなさい!」
「ええっ。それはいくらなんでもまずいんじゃないんですか。シンジ君たちにもプライバシーが」
イっちゃってる状況でも一人冷静なマヤ。
「男はね、周りを固めないとすぐにとんずらするの。命令です。流・し・な・さ・い!!」
「りょ、了解っ」
血走った目で睨まれたらひとたまりもない。マヤは今だにミサトとの関係に区切りをつけない加持リョウジを恨むのだった。

そして、皆の見守るなか、シンジの第一声が流れ始めた。



「話があるんだ」
シンジはレイとアスカの三人だけになるとそう切り出した。
レイとアスカは黙ったまま。シンジが今から言う言葉を一言も聞き漏らさないといった態度だ。
「わかったんだ。僕の気持ちが」
嘘偽りのない、今持っている、まごころ。
それを伝えよう。
余計な言葉はいらない。
だた、伝えよう。
僕は。
「僕は、綾波が好きだ」
レイの顔が喜びに輝き。
「そして、アスカも好きだ」
泣きそうに歪んだアスカは目をぱちぱち。
「僕は二人とも大好きなんだ。どっちかじゃない。僕は。僕は」
シンジは誰の耳にも聞き間違えないよう大きな声で告白した。
「二人とも僕のものしたいんだ!!」
レイもアスカも呆然としている。シンジが何を言っているかよくわかっていないのかもしれない。
「最低だよね。でも僕はどっちも好きなんだ。比べられないくらい好きなんだ。どっちかを諦めることなんてできない。どっちかしか手に入らないなんて嫌なんだ。二人とも欲しいんだよ!!」
そう言い切ったシンジの顔は憑き物が落ちたかのようにすっきりとしたものだった。
綾波が好き。
アスカが好き。
二人とも好き。
認めてしまえば、言ってしまえばこんな簡単なことはない。
嘘じゃない。本当の気持ちだ。
シンジは顔を上げる。
二人をしっかりと見据える。
二人が自分を殴りやすいように。
シンジはその時を待った。



屋上でシンジの告白を傍受していたリツコは苦笑を浮かべていた。
彼女の愛したあんちくしょうは女癖がひどい男だった。そういう意味では、シンジは誠実なのだろう。
「どうするつもりかしら。レイは」
見上げた空は青く、高い。
リツコは知らずやさしい笑みを浮かべて耳を澄ませた。

しんとした発令所でミサトもまた複雑な面持ちで主モニターに映っている三人を見つめていた。
レイとアスカは黙ったまま。シンジも静かに彼女たちの前に佇んでいる。
ミサトはシンジに一言いってやろうかとも思ったがやめる。 シンジが自分で選んだことだ。他人が口を出すことではない。
ただ、どういう結果になったとしても女としてこれだけは許されるだろう。
「帰ってきたら、殴ってやんなくちゃね」
それから、いつかの約束を果たしてやるのもいいかもしれない。
でもそれはきっと――。



信じられない光景がそこにあった。
呆然としていたレイとアスカが、くすくす笑い出したのである。
シンジは戸惑いつつもこれをしっかりと目に焼き付けておこうと思う。
自分の傍で笑う二人の笑顔を見るのは今日で最後かもしれないのだから。
だがそれにしては様子がおかしい。アスカもレイもそれはそれは楽しげで、ときおり互いにを見つめ合っては、また吹き出すように笑い出すのだ。
一体どうしたのだろう。
ようやく笑いが収まると、アスカが目の端を拭いながらレイに言う。
「あ〜あ。ほんとこいつって最低よね。そう思わない? ファースト」
レイも同じく涙を拭いながら答えた。
「しょうがないわ。だって、碇君だもの」
「言えてる」
二人はまた笑い出した。どうにも笑いが止まらないらしい。
シンジは何がなんだかわからない。
レイとアスカはそれぞれ左右にまわってシンジの腕を抱え込んだ。
力一杯抱きしめられた腕に伝わるのは、絶対放してやらないという想い。
シンジの心に少しずつ少しずつ喜びの粒子が浮き上がる。
「あ、あの、えっと。え?」
「ばーか。何、慌てんのよ」
「碇君、かわいい」
「え? あの・・・・・・いいの?」
アスカがシンジの頭を小突いた。
「あんた感謝しなさいよ。こんないい女が二人もそばにいてあげるんだから」
「アスカ」
「そうよ。碇君」
レイが、シンジの腕を引く。
「碇君は私たちだけのもの」
そして、そのままレイはシンジに唇を重ねた。
「あ、あやなみ」
「ああんた、抜け駆けするんじゃないわよ!」
「それは、貴女のほうでしょ。セカンド」
二人の少女からキスの雨を受けながらシンジは思うのだった。
これは、大変なことになったかもしれない、と。



相田ケンスケが意識を取り戻し、最初に見たのは抜けるような青空だった。
「気づいたみたいやな。大丈夫か」
「トウジ。俺は一体」
労わるようにヒカリがやさしく言った。
「いいの。もう終わったんだから」
「せやな。後で教えたるわ」
「よく分からないけど。何か憑き物が落ちたみたいないい気分だよ」
使徒化現象によって使徒になったすべての人がケンスケと同じようなことを言う。使徒として倒されたときに邪な心が消滅してしまったのだろう。それもまたやさしいお約束だ。
「なんにせよこれで一件落着やな。どうやらあっちも決着がついたみたいやし。めでたいこっちゃで」
トウジとヒカリが見上げる先、エヴァスーツ姿のシンジたちが輪になって騒いでいた。
ケンスケはカメラを探した。しかし見当たらない。
「ま。いいか。これからいつでも撮れるだろうしな」
両手の人差し指と親指でフレームを作り、覗き込んでみる。
そこには、楽しそうに笑う恋人たちの姿があるのだった。














読まないほうがいいかもしれないあとがき

はじめましてこんにちは、レスカです。一周年記念企画SSをお届けいたします。選んだお題は『二−A』と『変身』、それと必須条件は『もえ』でしたね。エヴァSSでも使い古されているとはいえヒーロー物はまさしく『燃え』でしょう。
・・・・・・何か?

これは、EOE後、少しだけやさしくへんてこになった世界。EOEを踏襲しつつ、ある部分は無視したり、ある部分は都合よく解釈しています。そして少しだけ強くなったシンジ君のお話しです。シンジ君のお話しなのでレイとアスカの内面描写が一切ありません。あれから二年、色々あったとお察しください。

さて、読み終えて、「地雷踏んじまった」とお怒りの方が多いはず。なにしろここはLRSサイトですし、記念企画SSは当然LRSでなければならない。こういう変化球は誉められたものではありません。
文句がある奴ぁかかって来いなんて言いません。私は皆様を論理的に言いくるめます。

1、投稿規程にダメって明記してないもん。
基本はLRSです。
つまり、その変化形であるLRASもよいということです。
ハッピーエンドで明るく、ほのぼのってのが理想です。
理想どおりです。

2、念のため、読む前に警告をいれてあるもん。
〜lovely and revolutionary shock〜
もうおわかりですね。l、a、r、s。はい、「LARS」です。親切設計ですね。

以上により、本SSに関する苦情等は一切受け付けません。
ちなみに、前半と後半雰囲気違くない? とか、戦隊物にする意味あったのか? とか、そういうつっこみも聞く耳持ちません。

・・・・・・。
にげろ〜C= C= C=(ノ ̄▽ ̄)ノ わーい。

ではでは。





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