「おかえりパパ!」
ドアを開けると、サチが玄関に飛び出して来た。
「ただいま」
シンジはそう言って愛娘を抱き上げる。月曜は疲れるものだが、サチの笑顔を見れば頑張ろうという気にもなる。
「お帰りなさい」
「ただいま」
キッチンから出てきたレイの声に、シンジはもう一度そう言った。レイの笑顔もあれば、もう疲れなどどこにもなかった。
「ねえパパ、お本よんで。お本」
「サチ」
レイが少しだけ怖い顔を作る。
「なに?」
母親の怖い顔などものともせず、平然とそう答えるサチはレイにそっくりで、シンジは思わず笑ってしまう。
「パパはお仕事で疲れてるのよ。少し休ませてあげたら? それに、明日の支度は済んだの?」
「すんだもん」
「幼稚園に持って行くあなたの宝物には、ちゃんと名前は書いたの?」
「かいたよ」
「幼稚園に持って行く宝物って?」
「昨日シンジが買ってあげた色鉛筆。今日は我慢させたんだけど、どうしても持って行くってきかないの」
「もってくの。たからものだもん」
「サチ、もう寝なさい。あなたは寝起きが悪いんだから」
「そのまえに、パパにお本よんでもらうんだもん」
「サチ」
「いいよ、レイ」
シンジは笑いながら言った。
「ちょっと読んで来るよ。どうせすぐ寝るだろうから」
「じゃあ、ご飯を作っておくわ」
「頼むよ。じゃあサチ、お布団で待ってて。うがいして、着替えたら行くから」
「わーい」
サチは踊るようにして寝室に走って行った。シンジはレイにそっとウインクをしてから洗面所に歩く。
食事の支度を終え、しばらく経ってもシンジは戻ってこなかった。レイが様子を見に行くと、二人とも眠っていた。サチは両手を上にあげてばんざいをしながら。シンジは娘を抱き抱えるようにして。電気もつけたまま。
レイは二人の寝顔を見つめて微笑んだ。
あたしの、たからもの――。
人差し指をのばし、二人の腕に自分の名前を書いた。サチにも読めるように、ひらがなで。
「れい」
毛布をかけ、部屋の明かりを消す。自分も早く着替えて、仲良し二人組みにまぜてもらおうと思いながら。