学校の帰り道。
二人、手をつないで歩く帰り道。
シンジはいつものようにレイを部屋まで送る。いつもなら、ほんの少しの時間を部屋で過ごし、じゃあまた明日。
だが今日は特別な日だった。明日はクリスマス。クリスマスイブのこの日、シンジはレイを送り届けてそのまま帰るつもりはないし、レイもシンジを帰す気などなかった。
二人に何か特別な決意や約束があったわけではない。ただ二人で一夜を明かしたかっただけだ。もちろんシンジには、あわよくばキスくらいは、という気持ちはあるのかもしれないが。
レイはベッドの前にシンジを座らせると――もちろん今はカーペットが敷いてある――着替えもせずにミルクティーをいれた。
シンジのありがとうの声に、はにかんだような笑顔を浮かべながらレイは小さく首を振る。
そして、急に思い出したように口を開いた。
「ね、碇くん」
「うん?」
「明日、クリスマスね」
「そうだね」
「この部屋にもサンタさん、来るかな」
「どうかな。綾波がこの一年、いい子にしてたんなら来るだろうし、悪い子だったら来ないんじゃないかな」
「高校受験、頑張った」
「それはみんな同じだよ」
「碇くん、呼んできて」
「サンタを?」
「うん」
「無理だよ」
「……駄目、なの?」
「そんな上目遣い+ウルウルでお願いしてもだめだよ」
シンジはレイのほっぺをつまみ、むにーっと引っ張りながら言った。
「ろーひへほ?」
「無理だよ。連絡先を知らないんだから」
「へひ」
「けちって言われてもなぁ」
レイのほっぺを引っ張って遊んでいると、インターホンが鳴った。サードインパクト後、すぐに直したインターホンだが、それが鳴ることはほとんどなかった。
「誰だろう?」
「あはんあい」
「なんだって?」
「ひはりふん、へほはあひへほ」
「あ、ごめん」
シンジは慌てて手を離す。
再びインターホンが鳴り、二人は顔を見合わせる。元チルドレンだった二人はまだ政府の保護下にあり、押し売りや新聞の勧誘が来るはずもない。
「僕が出るよ」
不安気なレイも可愛い、などと思いながらシンジが立ち上がる。レイは本当に不安そうだった。この部屋のインターホンを鳴らすのは、シンジの他にはアスカとヒカリくらいのものだ。どちらにしてもまず携帯が鳴るはずだし、そして二人とも今日はデートのはずだった。
シンジはインターホンを取って言った。
「どちらさまでしょうか」
「サンタだ」
「え?」
聞き覚えのある声だった。シンジは玄関に走り、それでも慎重に、チェーンロックをしたまま恐る恐るドアを開ける。
思った通りの人物が立っていた。
「と、父さん?」
「サンタだ」
そこには間違いなくゲンドウが、しかしサンタの格好をして立っていた。
レイもシンジの声を聞いて駆け寄ってくる。
「司令!?」
「サンタだ」
「……」
沈黙を破ったのはゲンドウサンタだった。
「チェーンを外せ」
「あ、うん」
シンジは言われるままにチェーンを外し、ドアを大きく開いた。
「あの、上がる?」
「ここはお前の部屋ではない。お前にそれを言う権利はない」
「お上がりになりますか、司令」
「いや、いい」
なんだよそれ、とシンジは思う。
「私はサンタだ。プレゼントがある。靴下はないか」
「靴下、ですか?」
レイが不思議そうに聞く。
「クリスマスプレゼントは靴下の中に入れると相場は決まっている。シンジ、そんなことも教えていないのか」
「す、すいません」
理不尽さを感じつつも、とりあえずシンジは謝った。
レイが周囲にはてなマークを乱舞させながら靴下を持って来た。
「小さい。これでは入らん。もっと巨大なものはないのか」
「ありません」
あるわけがない。
「ならばやむを得ん。非常事態だ。例外だが直接渡そう」
ゲンドウサンタは担いでいた袋から綺麗にラッピングされた箱を取り出した。大きい。一辺が一メートルはあろうかという箱だった。こんなものが入る靴下など世の中にあるのだろうか。
「二人にだ。受け取れ」
「あ、ありがとう、父さん」
「サンタだ」
「ありがとうございます。司令」
「サンタだ」
「さ、サンタさん、ありがとうございます」
「うむ」
シンジの言葉にゲンドウサンタは重々しく頷いた。
「今日はまだイブだ。開くのは日が明けてからにしろ。いいな?」
「わ、わかりました」
「明日は夕方からパーティだ。皆に声はかけてあるだろうな?」
「はい。大丈夫です。アスカやカヲル君や、クラスのみんなも来るって言ってました」
「問題ない。六時には始める。遅れるな」
「は、はい」
「うむ。では、メリークリスマス。よいクリスマスを」
「め、メリークリスマス」
ゲンドウはニヤリと笑い、袋を担いで去っていった。
「……何だったんだろう」
「わからないわ」
悠々と去って行くゲンドウを呆然と見送った二人は、部屋の中に運び入れたプレゼントを前にして目を見合わせる。
「これ、何だろうね」
「わからない……」
「今すぐ開けたいね」
「開けたいわ」
「でも、やっぱり開けちゃダメなんだろうね」
「……たぶん」
「どうしても開けたいね」
「開けたいわ」
「今日のうちに開けると、おじいさんとおばあさんになっちゃったりするかな」
「あり得るわ」
「まさか」
「司令だもの。何があっても不思議じゃないわ」
「そうかもしれない」
「でも開けたいわ」
「開けたいね」
「大きさから考えて……」
「……」
「使徒のコアが入ってるなんてことはないかしら」
「あり得るかもね」
「まさか」
「父さんだからね」
「……そうかもしれないわ」
「それでも開けたいね」
「開けたいわ」
無意味な会話は深夜まで続いた。食事を取ることも忘れて。寡黙な二人の会話がここまで弾んだのは、この日が初めてだった。
今までは、二人で一緒にいればそれだけで楽しかった。それは永遠に変わらないだろう。だがこの日、レイは話をすることの楽しさも知った。ゲンドウの目論見もそこにあったのかもしれない。レイとシンジに対する、せめてもの罪滅ぼしだったのだろうか。
クリスマスまであと数分。
二人にとって、この夜は一生忘れられない夜になるだろう。
メリークリスマス。たくさんの幸せがありますように。