「ねぇ、1万5千個だってよ」
アスカが新聞を見ながら、洗い物をしているシンジに言う。
「え、何が?」
「なに言ってんのよ、バカシンジ。しし座流星群に決まってるでしょ」
「あ」
「見に行くんでしょ?」
「いつだっけ?」
「次の日曜の深夜よ。月曜の早朝」
「月曜日、学校だよ」
「あんたバカぁ? 一生に一度あるかないかの大イベントよ。学校なんか休めばいいのよ」
「いいのかなぁ」
「ファーストなんか完全にその気よ」
レイは視線を宙に彷徨わせ、心ここにあらずといった感じである。
「流れ星…お願い事、するの…」
「綾波?」
「……」
シンジが声をかけても反応がない。既に気持ちは大流星雨か。
「見に行きましょ」
「そうだね」
「どっか遠くの空気のきれいな所がいいわ。加持さんに連れてってもらお。どこがいいかしら」
「なんの話?」
風呂から上がったミサトが、ビールのプルトップを開けながら言う。
「しし座流星群よ。ミサトも行くんでしょ」
「あななたたち、月曜は学校でしょ。遠くへは行けないわよ」
「ええぇ〜、そんなぁ〜。いいじゃん、一日くらいぃ」
アスカが泣きつく。
「大丈夫、この辺でも良く見えるわ。空気はきれいだし、当日は灯火管制するってリツコが言ってたから」
「ふうん。じゃあ我慢しようかな」
「灯火管制、ですか?」
シンジが耳を疑う。
「そう。明かりを消さない家があったら電気止めるって」
「…本気ですか」
「いいんじゃないの? 大イベントだもの」
そんなのありか。呆れ果てるシンジであった。
「流れ星…お願い事…」
そしてレイは全く人の話を聞いていないのである。
そして、ミサトが加持と共にいずこへかと消えた当日。
「二人とも、その格好は…」
レイとアスカはこれでもかとばかりの厚着である。7枚は着ているのではないだろうか。一番上はなぜかお揃いの半纏である。謎である。
「日本の冬は初めてなのよ。アンタもそうでしょ。備えあれば憂い無しよ」
「それにしても…」
「ぱんつも毛糸なの」
「ファースト! それは内緒って言ったでしょ!」
「それじゃまるでD型装備だよ…」
「なんですって!」
「い、いや、なんでもないです」
連れ立ってマンションの屋上に登る三人。銀マットを敷いて横になり、ひたすら待つ。
「来ないわね」
「そんなにすぐには来ないよ。待たなきゃ」
「そうね」
「お願い…するの…」
「…」
「…」
「…来ないわね」
「だから待たなきゃ」
「お願い事…」
「…」
「…」
「シンジ、なんか温かいものが飲みたい」
「わかったよ。ポットに紅茶でもいれてくるから」
「お願い事…」
「アンタは他に言う事ないの!?」
シンジが部屋からポットと紙コップを持って、屋上に戻る。
「暖かいわ…」
「おいしいわね」
紅茶で身体を温めながら、ひたすらに待つ。
「シンジぃ、来ないわよ。このまま来なかったら、あのなんとかアッシャっていう学者、坊主ね」
「だから…」
「いえ、来るわ…」
レイがポツリと、しかし確信のこもった声で言った。
空を見上げる。
すーっと流れ星が一つ、二つ。
「あ…」
そして、本当の雨のように、星が降りはじめた。
言葉を失い、ただただ空を見上げる。
子供たちは何を願うのか…