三人目の掲示板
2004.5.20(日記よりサルベージ)

 これを作ろうと思ったきっかけは至極単純なことで、単に語りたいと思う小説があったからです。まだ読んでいない人のことを考えると雑談してる掲示板に書くのは望ましくないんで、じゃあ別掲示板だろうという、それだけの話ですな。しかし――黒いパンツはいた綾波さんってどうなのよ、とか言ってはしゃいでる分にはともかく(^^;)――小説を語る、と一般に言った場合、それだけでは済まされない問題もあるわけです。例えば作者を呼ぶとか呼ばないとか。

 私の感覚だと、この界隈っていうのは同人に近いと捉えてます。同人って言ってもいわゆる同人誌(の実態は全く知りませんが)じゃなくて、アララギ(も良く知らんけど)とか、SFで言えばNULLとか宇宙塵とかそういう同人。まぁ私も同人だった過去があったりするわけではないので、結局は想像なんですが。
 同人っていうのは、創作したかったり評論したかったり単に読みたかったりする人が、例えば宇宙塵なら柴野拓美という人の下に集ってあれこれ活動してるわけです。宇宙塵にはSFファンダム(ファン活動とかファン界くらいに思っといて下さい)という側面も見逃せないんですが。それはともかく、こういう場であれば、少なくとも同人誌上に掲載された作品を評論するにあたって作者に内緒ということは事実上有り得ません。そりゃそうです。評論する側もされる側も同人なんですから。同様に、恐らく評論拒否というのも有り得ないんでしょう。同人になって、評論される可能性を考えた上で(評論がそこにあるわけだから)投稿したのですから。
 ちなみに宇宙塵というのはまだありまして、入会案内には「不採用原稿はご要望があれば批評をそえて返送します。」とか書いてあります。要望すれば批評してくれるわけです。ちなみに例会もやってるようです。「おいでになる方は、いきなり来ても問題はありませんが、やっぱり臆するでしょうから、**宛メールをくださると、もうちょっと気が楽になるようにフォローします。」(**は個人名なので、意味ないとは思うが一応伏せた)と書いてあります。こういう配慮は大事だわな。

 まぁここまではいいでしょう。三人目の掲示板の話に戻しますが、少なくともうちに投稿してくれる人は、書いている目的が何であれ、上手く書けるようになりたいと思っていると、私は信じてます。で、上手くなるには、現在の出来がどうであれ、とりあえず公開するという行為は必要だと思うのです。自分の作品を自分以外の誰かに読まれる(あるいは見られる)という事実って、結構重いと思うんで。ただこれと、公開の場に感想なり評論が載る、ということは重みが違うと思います。今はまだ公開が精一杯、公開評論はちょっと待って、という気持ちは分かるので、それはそれでアリだと思ってます(いずれは踏み出すべきだと思いますが)。

 三人目の掲示板の目的としては、みんなで一緒に上手くなろうぜというのがひとつ、他の人がどう思ったかが分かるのは面白いんじゃないかというのがひとつです。正しい評論のあり方とか、感想と評論はどう違うかとか、そういう問題には関心がありません。だから普通に「綾波さんのパンツが以下略」とか雑談してるのはOKですし(逆に言えば、激しい意図をもって綾波さんに黒いパンツを購入させたにもかかわらず全く話題に上らなければ、それは読者に伝わらなかったという事になる)、「ここの部分の解釈が難しい」とか、もう少し踏み込んで「こんな風に展開させるともっと面白いかも」とか、「いやそこはそういう風に変えると逆に拡散してよろしくないかもしんない」とか、「こういう綾波さんは激萌え」とか、「さらにこうすると萌え死ぬ」とか、「いくらなんでもそこまでやると引く」とか(しつこい)、そういう感じでぐだぐだ適当にやってればよろしいかと思います。技術論まで突っ込んでもいいし。
 簡単に言えば、俺は下手だからなぁとか、何も書いてないからダメだとかいう事を抜きにして、作品を肴にして盛り上がりましょうという話です。書いてる書いてないにかかわらず、読めば感じることはあるでしょ? 自分の作品で盛り上がってもらえれば、作者冥利に尽きると思うんですよね。
 ただ、やっぱり人と人が話してるんで、「これはつまんない」とか「こんなんまるでダメ」とかそういう身も蓋もない書き方は避けたほうがよろしいでしょう。そんなのは作者自身も良く分かってる(笑)。こんな風にするともっといいんじゃないかなとか、そういう感じに書けばよろしいかと。それが前向きというものです。まぁこんなのは小説を語るとかいうことに限らず、人間関係的に当たり前のことだと思いますけどね。
 こんなことを通じて、いずれ緩やかな「綾幸派」みたいなのが形成されるといいなぁ。アララギ派みたいに。作品を読んだだけで、あぁこの人は綾幸派だな、とか分かったりして。いつの間にか染まってしまった綾幸派からの脱却を試みてあがいたりとかね。分派が出来て抗争を繰り広げたりとか、内ゲバが起きたりとか(^^;)。
 まぁうちのスタイルはこうだからこういう作品じゃないと受け付けませんとか、積極的に綾幸派なるものを形成しようというつもりはないんで、そのあたりは誤解なきようお願いします。綾幸派に入りたくないから投稿しないなんてのは止めてください(汗)。あくまでも自然に、かつ緩やかに、そういうのが出来たら面白いかなってだけです。ま、お互いの尻尾をくわえてはしゃぎ回るうり坊みたいなもんよ(笑)。

 それはそれとしまして(^^;)、この界隈を同人に例えた場合、最大の問題点は私が柴野拓美ではないという部分にあるのですが(爆)、それは勘弁していただくとしても、どこまでが同人なのかという区切りがないということでしょう。別に入会してもらってるわけじゃないんで。
 そうすると、どんな作品について語るか、というのが問題になります。
 例えばですね、恐らく有り得ないと思いますが、大江健三郎の作品を語るべとなった時、大江さんを呼ぼうとは思わないです。当たり前です。プロですし、違う場所にいますからね。では、実名を出しますが、kameさんの作品を語ろうとなった場合はどうか。この辺は理屈じゃないんですが、呼ばないような気がします。でも呼ぶかもしれません。ちょっと判断つきかねる感じです。kameさんには投稿も頂いてるし、呼ばない理由はないんです。ではなぜ呼ばないような気がするかと言えば、プロとかアマとかそういう話ではなく、書き手として同じ場所にいるとは思えないからです。なぜ同じ場所にいると思えないかというと単に上手すぎるからで、ではなぜ書き手として同じ場所にいるとは思えないと呼ばないのかというと、俺らが感想書き殴ってそこに作者がいたからどうだってもんじゃないだろ、という感覚です。我ながら理屈が通ってるとは思えませんが、感じとしてはそんな感じです。
 かつて一人目の掲示板で「秋日和」という作品について語ったことがありました(二人目の掲示板での関連ログはすでに流れてます)。その時はちらっと「メールしといた方がいいかな」と思いましたが、やっぱり「別にいいだろ」と思いました。kameさんにしてもYASさんにしても、やっぱり同じ場所にいないだろ、大江健三郎と同じところにいるだろ、という感覚です。理屈は通ってないんですが、作者がそこにいなければ、あるいは作者に通告をしなければ語ってはいけないとも思わないので、我ながら困惑するところです。有り得ないとは思いますが、もしkameさんなりYASさんなりが「今はまだ公開が精一杯、公開評論はちょっと待って、という気持ち」だったらどうするつもりだ?

 とまぁこの辺の整理がつかないので、テスト稼動中ということになっております。恐らく「基本的には呼ぶがケースバイケース」ということになるのではないかと思いますが、意見求むです。綾幸内限定にするかもしれませんし、すっぱりやめるかもしれません。現在は全て綾幸内作品で、かつ作者には了解を得ております。他サイトに掲載された作品でも、作者自らが語ってくれという場合は問題ないでしょう。お望みであれば、パンツがどうとかだけじゃなくて真面目に語りまっせ(笑)。

 まぁそんな感じなんで、ご意見よろしくでございます。

【HOME】【ひとりごとの目次】