Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・十月 ( No.12 ) |
- 日時: 2010/10/30 14:43
- 名前: のの
- それは、削り取られていく感覚にも似ている。
いや、どうだろう。それは正確ではないような。
なぜなら、とても気持ちが良い。
Knockin’ On Heaven’s Door Written By NONO
その日の目覚めは最悪だった。 わたしは液体の糊でしっかり張り付けた茶封筒のような瞼を掌で押さえ、何度か眼球周りの筋肉をほぐして、目やにを取って、それからようやくちゃんと目を開けた。止めたばかりの目覚まし時計は7時15分。いつもより遅く、それ故に遅刻ギリギリなのは、ここがわたしのベッドではないからだった。 目を開けてまず目に入ったのは、シンプルなデザインの勉強机。焦げ茶色の天板にメタル・フレームの脚がついているだけの机の上に定位置と思われる場所にある、クランベリー・ジャムの瓶を使ったペン立て。そこにささっているペンのカラフルなこと。それでようやく、机の主がわたしと同じく女の子と判断できる。この部屋の主はわたしより三分ほど先に部屋を出た。今は洗面所を占拠しているので、わたしが起き上がるのはまだ先で良い。 ところが時間があまりない。わたしはわたしで、着替える必要があった。掛けておいた制服にひとまず袖を通す。靴下を履いていないことと、寝癖がついていることを除けばいつものわたし。ただ、それでは困るのだった。この部屋から洗面所へ辿り着くには居間兼台所を通過する必要があり、そこには人がいるからだった。ある意味ではただの人間、わたしにとってはちっとも「ただの」では済ませられない人間がいる。 「レイー、使っていいわよー」 どすどすと、力強い足音が部屋の奥から響いてくる。心の準備も出来てないのに、この部屋の主はガラリと引き戸を開け放った。 「お、起きてた?」 「……アスカがうるさいから」 「え、何、喧嘩したいの?」 笑顔で握り拳を作り上げるアスカは、一昨日見た任侠映画の若頭みたいだった。 「なんでもないです、ごめんなさい」 「わかればよろしい」 わたしは靴下を持って廊下へ出て、台所へ入ってすぐの洗面所へ身を隠した。カーテンが開けっ放しだったので急いで閉めた時、台所で料理をしていた人がこちらを振り返ったのが目に入った。なんとかほとんど姿を見られずに済んだ――とにかく、身支度を済ませよう。わずかに開いたままのカーテンの隙間から差し込む光を頼りに髪を整え、靴下を履いて出た。彼はこっちを振り向かなかった。 「……おはよう」 それからようやく振り向いてくれた。 「おはよう」 そっけなく言われて、そっけなく朝ご飯の支度に戻る彼。心臓が痛むのは何故だろう。 「なーに照れてんのよ、バカシンジぃ」 部屋に入ってきたアスカが早速イライラしはじめていた。 「あたしん時は迷惑そうな顔してたクセに」 「いや、それはだって、あの時のアスカがあまりにも……」 「なによ」 「いえ……なんでもありません」 「わかればよろしい、ってもんでもないなあ」 釈然としない顔のアスカが定位置と思われる席に着く。わたしはアスカの隣に座ると、アスカが少しわたしの顔を見て、視線を外した。なにか問題があったかもしれないけれど、いちいち聞くのも疲れると思って黙っていた。 ピザトーストと紅茶の朝食を済ませ、わたしたちが歯磨きをしている間に冷ましておくために開けっ放しのお弁当を包んでいく碇くんをカーテンの隙間から見ていると、アスカが脇腹を小突いた。 「見すぎ見すぎ」 「ダメ?」 「……血気盛んなことで」 「アスカは毎朝見られるから良いじゃない、わたしは今日だけなんだから」 ひそひそ話も歯磨きしながらだとモゴモゴ話になる。それが面白くなって、ついつい喋りすぎてしまった。 「また来なさいよ」 口をゆすぎ終えたアスカがこともなげに言った。歯ブラシを持ったままのわたしを笑うアスカは少し、わたしより大人かもしれないと思った。 「その方が楽しいでしょ」 「うん」 わたしも口をゆすいで台所へ戻ると、三色のバンダナに包まれたお弁当が置いてある。自分の準備のためにばたばたと音を立てている碇くんの慌てる様子が廊下の奥から聞こえていた。 わたしはお弁当を詰めて、急ぎ足で廊下へ出て、さらに急ぎ足でプレートが掛かった部屋の扉をノックして、返事も待たずに扉を開けた。わたしの大好きな困り笑いが待っていることをわかっていたから、なにひとつ迷うことはなかった。
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