Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.14 ) |
- 日時: 2010/09/29 20:28
- 名前: クロミツ
- One Step Higher
「シンジ、おかわりっ!」 朝っぱらから快調にご飯を平らげていたアスカの手が、ぶっきらぼうにお茶碗を突き出した。 僕がご飯をよそうのももどかしく、素早くお茶碗をもぎ取ると「ありがとう」もいわずに箸を動かす。かきこんでる わけでもないのに、そのスピードは見てて感心するくらいだ。 「ごちそうさま」 こちらは少食の綾波が、自分の食器を片付けて席を立った。彼女がお茶碗一杯分を食べ終える間に、早くもアスカは 三杯目を平らげた。 「アスカ、そろそろ学校にいかないと遅刻するわ」 「え〜っ!もうそんな時間?…しかたないわね、今朝はこれだけで我慢するわ」 我慢する…だって? 「ひょっとして…まだ食べるつもりだったんだ?」 「悪い?」 ジロリと僕を睨みながら、コップになみなみ注いだ牛乳を一気に飲み干し、ぷはぁっと息を吐いた。 「悪くはないけどさ、ちょっと朝から食べ過ぎじゃない?」 「普通よ、こんくらい。てか、あんたやレイが食べなさ過ぎなのっ!」 「そうかなぁ。これでも中学の時よりずいぶん食べるようになったけど」 今朝だって二杯食べたし…と云いかけた言葉を断ち切るように、アスカは乱暴にコップを置いた。 「アンタとチンタラ話してたら遅刻しちゃうわっ!あ〜やだやだ、食の細い男って」 まるで僕の責任みたいな台詞だけど、遅れそうなのは誰かさんがなかなか起きないからだろと反論したくなる。 しかし時計をみると、あと一本リニアを逃したらアウトな時間。確かに言い争ってる余裕はない。 「いいシンジ、洗い物は30秒以内に終わらせなさいよ!」 無理…せめて3分。 「碇くん、こっちは全部終わったから、アスカの食器を取って」 流しに立っていた綾波が振り向いた。いつの間にか、後片付けを済ませてくれたようだ。 「あ、ありがとう。じゃあ僕は、弁当の準備をしておくから」 といっても盛り付けは既に終わっているので、弁当箱の蓋を閉めて文字どおり包むだけ。 家を出る前に、まだ寝ているであろうミサトさんの部屋に向かって『行ってきます』と一声だけ掛けた。
使徒との戦いから三年が経ち、僕たちは揃って同じ高校に進学した。学校は第三新都心の隣町にあり、中学の時よ りも通学に時間が掛かる。おかげで、朝7時台のリニアの時刻表はすっかり暗記してしまった。 駅を降りてから、学校まで歩いて10分ほど。でも時間ギリギリなので改札を抜けてすぐ、三人ともダッシュをかけ た。高校生になってグンと背が伸びたアスカのコンパスは長い。そして速い。僕も彼女と同じくらいに伸びたけど、 体力と運動神経が決定的に違う。おまけに綾波はどんどん後ろへと差が広がるから、諦めてアスカだけ先に行かせた。 立ち止まって息を整えている間に、綾波が追いついてきた。 「大丈夫?」 「…ええ、ごめんなさい」 綾波は数回、深呼吸をしてから答えた。肩で息をするほどじゃないけど、けっこう呼吸が乱れている。 「綾波があやまることないよ。学校まであと少しだから、歩いても間に合うさ」 「私はもう大丈夫だけど…でも、そうね、歩きましょう」 僕を見上げて、綾波が柔らかく微笑む。ふわりと香気が漂うような笑顔に、つい見惚れた。 ちょっと、ゆっくり歩き過ぎたかもしれない。二人で校門をくぐるのと同時に、始業のチャイムが鳴った。慌て て玄関に入ると、下駄箱の前で腰に手を当てたアスカが仁王立ちしていた。 「あんたたち、のんびりし過ぎ」
◇◆◇◆
放課後、僕と綾波が帰り支度をしていると、教室の入り口にアスカが姿を見せた。二年になって彼女だけ隣のクラス になったのである。長身、美貌、美脚の三拍子揃った彼女が金髪を靡かせて入ってくる姿はモデルのようで、自然とク ラス中の注目を集める。アスカが僕たちの前までくると、その視線は僕に突き刺さる。主に男子生徒の羨望の眼差しが。 「ねえレイ、ガレット食べに行かない?ほら、ちょっと前にオープンした店があるでしょ、あのメニューのサーモンと しめじを載せたやつ、気になってたのよねぇ」 と、まず綾波を誘ってから、いかにもついでみたいにこちらを一瞥する。 「シンジ、あんたも来るのよ。ちょっと持ち合わせが心もとないから」 …財布替わりか、僕は。 綾波とアスカは、初めてあった頃からは考えられないくらい仲が良い。にしても、僕に対する態度とずいぶん違う。 「でも私、夕食が入らなくなっちゃうから…」 「デザートのガレットだけでいいじゃない。クレープみたいなもんだし」 「あの〜、ひょっとしてアスカ、お昼足りてなかった?」 彼女の弁当だけ少なくしたつもりはない。むしろ逆。二学期の前に買い換えた弁当箱は、僕のより大きいくらいだ。 「最近、ごはんが美味しいのよねぇ。ほら、食欲の秋っていうじゃない」 「いくら美味しいからってさぁ…。」 今は九月、暦のうえでは秋でも、年じゅう夏みたいな暑さだから、食欲とはあんまり関係ない気がする。『天高く馬 肥ゆる秋』って諺も昔の話。春夏秋冬、一年通して空の高さは変わらない。 夏休みの終わり頃から、急激にアスカは食べるようになった。本人が言うようにご飯が美味し過ぎてとか、成長期と いう理由ならいいけど、過食症ぎみじゃないかとちょっと心配になる。 「ぐちぐちうるさいわねぇ。こんなに沢山食べてあげてんのが不満なの?料理人なら喜ぶべきでしょ」 「沢山にもほどがあるってこと。だいたい、僕は料理人じゃ無い」 「あら、召使いだっけ?それとも小間使いに昇格してあげようかしら?」 「どこが昇格だよっ」 「アスカ、食べ過ぎも身体に良くないのよ。程々にしたら?」 睨み合いになりそうな雰囲気をとりなすように、綾波がやんわりと口を挟んだ。 「レイまでそんなこと…。あんたこそ、もっと食べればいいのに」 「体重だって、この間お風呂で計ってた目盛を見たら…」 「こっ、こらぁーっ!気軽にばらしてんじゃないわよっ!」 アスカが慌てて綾波の口をふさいだので、トップシークレットの流出は免れた。まあ、まったく興味ないといったら 嘘になるけど、命を引き換えにしてまで知りたい情報じゃない。 「まっ、中学の時からぜーんぜん体形が変わらないレイより重いのは当たりでしょ。特に胸の重量が…」 「……胸のことは云わないで」 綾波が拗ねたような上目遣いでアスカを睨む。…え、ひょっとして、密かに気にしてたとか? 「なに?碇くん」 アスカを見上げていた視線がそのまま僕の方にスライドした。何で分かるんだろうと冷や汗掻きつつ、とりあえず 笑ってごまかす。 「その点、シンジはいーわよね。ボサーッと生きてても図体だけはでかくなれたんだから」 「身長は関係ないだろ」 「アスカ、今のは云い過ぎ」 綾波がたしなめると、はいはいと両手を開いて肩をすくめた。 「まあ、そんな話はどーでもいいのよ。行く?行かない?」 「悪いけど、この後、定期健診だから…」 「あ、そーだっけ?」 使徒と戦っていた三年前と違い、今は訓練も緊急の呼び出しもない。先月、チルドレンの体調管理で健康診断を受 けたけど、ネルフに行くこと自体久しぶりだった。ただ、綾波だけは月一回、リツコさんの検診を受けている。 「しかたないけど、あたし一人で行くか。…あ、やっぱシンジは来なくていいわ、あんたと二人なんてツマンないし」 ずいぶんな云われ様だ。アスカの高飛車な口調は昔からだけど、ここ最近やけにキツい気がする。 「7時には帰るから、晩ごはんちゃんと用意しときなさい。あと、牛乳切らさないでよ」 「…はいはい」 云いたいことだけ云うと、アスカは来たときと同じように、颯爽と出て行った。 「ふぅ…じゃあ綾波、駅まで送ってくよ」 「ええ」 その返事が心なしか嬉しそうに聴こえたのは、そうであって欲しいと思う僕の願望だろうか。 もうアスカはいないのに、なぜか二人で教室を出るまで、男子生徒の視線はずうっと僕に刺さったままだった。 ◇◆◇◆
下校しながら、今晩の夕飯のメニューを考える。食材は冷蔵庫にあるものでほぼ足りるけど、牛乳だけは買ってお かなくちゃいけない。牛乳目当てだけでスーパーに行くのもあれなので、ついでに買っておくべきものを頭の中でリ ストアップする。それにしても、掃除、洗濯、御飯の支度…。綾波が手伝ってくれるとはいえ、なんで学業以外で 毎日こんなに働かなくちゃいけないんだろ? 「…本当にアスカ、僕のこと小間使い程度にしか思ってんじゃないかなぁ」 ため息まじりに愚痴をこぼすと、隣で綾波が小首を傾げた。 「そうかも」 あっさり肯定されると、ちょっと傷つく。 「……ひどいや、綾波まで」 「ごめんなさい」 言葉とは裏腹に、楽しそうに口許を押さえる。大口を開けたりしないけど、綾波は本当によく笑うようになった。 「…あのね、内緒だけど…」 秘密の小箱を見せるような一拍の間をとって、綾波が言葉を続ける。 「アスカったら、碇くんに身長を抜かれたのが悔しいみたい」 「……え?」 あまりに唐突な話だったので、つい立ち止まってしまった。 確かに春までは、僕よりもアスカの方が若干背が高かった。でも、先月のネルフの健康診断でアスカの身長が176cm、 僕が176.6cmと僅差で逆転した。綾波の話では、結果を知ったアスカはけっこう憤慨してたらしい。 「彼女、負けず嫌いだから。あんまり悪く思わないであげて」 静かな紅い瞳が僕を見上げる。人を落ち着かせる赤というのがあるなら、この色だろう。 「でも、何で綾波が知ってるの?アスカが話したから?」 「違うわ。だけど、見ていたら何となく分かるもの」 見ててもさっぱり気付かなかった。綾波が鋭いのか、単に僕が鈍いのか。 しかし、知ってしまえば他愛もない理由。他愛無さすぎて、怒る気にもなれない。 「だから、内緒の話。本人には云わないでね」 念を押すように、人差し指を唇に当てて微笑む。綾波にしてはやや芝居がかった仕種は、本気で僕が話すとは思っ てない証拠だ。 「それに、碇くんのこと考えてない訳じゃないの。一人で行くって云い出したのも、私を送って行き易いようにって、 気を使ってくれたんだわ」 「そうかなぁ…ちょっと良いほうに捉え過ぎじゃない?」 「いいえ。だって、今朝もちゃんと待ってくれてたでしょ、玄関で」 「……あ!」 「アスカのクラスは私たちとは別だから、先に行けばよかったのに。本当は、寝坊して悪かったって思ってるのよ」 云われてみれば、確かに。普段の態度が態度だから、客観的に指摘されるまで思い当たらなかった。 それにしても、綾波は鋭い。そういえば出会ってまだ間もない頃、僕が父さんとの関係で悩んでいたときにアドバ イスしてくれたことがあった。超然としているように見えて、他人の気持ちには昔から敏感だったのかもしれない。 ただ以前の綾波は、透明で、硬質で、繊細な硝子細工のように触れることを躊躇わせる空気を纏っていた。平たく いえば、とっつき辛かった。でも今は、落ち着いついた雰囲気はそのままに、とても柔らかく接してくれる。考えて みれば当たり前で、成長したなんてえらそうに云えないけど、三年も経ってれば変化はあるはずだ。 「…アスカも、もうちょっと分かりやすく気を廻してくれればいいのに…」 「彼女はああいう性格だから。でも、まだ高校生だし、きっと歳をとれば、自然に円くなるわよ」 「歳をとって大人しいアスカって、なんだか想像つかないな」 「そうね」 ふたり顔を見合わせて笑った。もちろん本気じゃない。 「歩きましょう」 綾波に促され、並んで歩く。以前感じてた彼女との距離は、肩が触れ合うくらいまで縮まった。 このままずっと、一緒に居れたらいいと、切に願う。
…ずっと。
「どうしたの?」 ターミナルの階段前で脚を止めた僕に、綾波が不思議そうに声を掛けた。 「…綾波、いま、身長いくつだっけ?」 「アスカが云ったでしょ、中学の頃から変わってないって。数字が知りたい?」 「いや、別に……そ、そうだったよね……」 中学生で成長が止まる人なんてざらにいる。女の子なら特に。 だから、馬鹿なことを気にするのは、それ以上に馬鹿げている。でも… 「…碇くん?」 なんで、綾波だけ毎月、検診が必要なんだろう? 以前、同じ疑問を持ったとき、リツコさんに尋ねたことがあった。 「形式的なものだから心配いらないわ。一応、義務付けられてるのよ。あの子の身体、普通とはちょっと違うから…」 自嘲混じりに苦笑したリツコさんにそれ以上は訊くことが出来ず、心配いらないという言葉で納得した。 その時は。
「どうかした?」 何でもないよと、笑えばよかったのに。僕の口をついたのは、別の言葉だった。 「……あの、前に検診を受けた後、リツコさん、何か云ってなかった?」 「いいえ、特には。平常通りだって」 「だったら…うん、別に、良いんだけど…」 本当だろうか?本当だと信じたい。だけど、『普通とは違う身体』その意味を、僕は知っている。 「……いつまで、続くのかな……」 不用意に洩らした僕の言葉を、彼女は聴き逃さなかった。 「それは、検診のこと?……それとも、私の身体のこと?」 本当に、綾波は鋭い。迂闊な自分が嫌になるほどに。 慌てて打ち消そうとする言葉が頭の中で空転するだけで、何も云い出せず、ただ押し黙るしか出来なかった。 「赤城博士が私に嘘を云う理由がないわ。そういった話は、ちゃんと伝える人だし」 「べ、別に疑っている訳じゃないけど…なんていうか、初めてこの街に来た頃は色々あって、あり過ぎたくらいで、 でも使徒との戦いが終わって、エヴァに乗って出撃することも無くなって、ずっと順調に来れたから… …その、順調過ぎて、ちょっとばかり、不安になったというか……」 悪い方向ばかりに考えてひとりで落ち込む僕を、綾波は静かな瞳で見つめた。 「…確かに、ちょっと順調過ぎるかも」 そう言葉を切って俯いた視線に、青色の前髪が被さった。 「三年なんて、昔は、途方もなく長く感じた。私は、私の役割を果たすことが総て…他には、なにも無かったから」 「……………」 「でもね、過ぎてみると、あっという間だった。色々あったのは最初だけ。後はずっと、楽しかった」 綾波の身体が、僕に預けるように傾く。彼女の額が、肩に触れた。 「私がこんなに笑えるようになったのも、碇くんのおかげ… …だから、碇くんが居てくれれば、五十年でも百年でも、生きていける」 一瞬のぬくもりの余韻を残して、彼女の身体が離れた。 綾波の背中が、トントントンッと階段を軽やかに上がってゆく。 「それに、百年も経てば、これくらい成長しているかも」 僕が見上げるほどの高さまで昇ると、くるりと振り向いた。 「…でも、碇くんを見下ろすのって、何か落ち着かないから…」 タンッと、猫のような身軽さで跳び降りる。淡い青色の髪が跳ね、目前に舞い降りた。 「私は、この高さが好き」 彼女の身長に、階段一歩分プラスした高さ。それでもまだ、僕の方が高い。 わずかに視線を下げると、悪戯っぽい真紅の瞳とぶつかった。 「ね、このくらいなら、来年には伸びそうじゃない?」 彼女にしては芝居がかった動作は、きっと、僕を気遣ってのこと。心遣いが嬉しくもあり、男として若干情けない。 でも、それで本当に元気が湧いてきたのだから、呆れるぐらい単純だ。これじゃあアスカに、ぼんやり生きてきたと 云われても仕方ない。中身は、まるで成長していないのだから。 「…じゃあ僕はこれ以上、成長しないほうがいいのかな?アスカを怒らせないためにも」 「もっと大きくなっても構わないわ。アスカには、私から謝っておく」 こんな冗談しか云えなくても、ちゃんと返してくれる。綾波は僕なんかより、ずっと大きい。 一人で溜め込んでいた空気を思い切り吐き出して、脚を踏みしめて一段、昇った。右隣に立った僕を、彼女は笑顔 で迎えてくれる。本当の意味で同じ高さに立てるには、まだ、時間が掛かるけど。 「ご免、変な事で立ち止まったりして。早く行かないと、リツコさん待っているよね」 ことさら元気な声を出すと、綾波は笑顔のまま、頭を振った。 「時間はまだ、あるから…ゆっくり歩きましょう」 華奢な右腕が僕の左腕に寄り添い、背中を押すように歩き出した。
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こんな長文、何年ぶりだろう… 錆び付いた指先を動かすのに苦労しました。
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