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サイト開設十周年カウントダウン企画・九月
日時: 2010/09/02 05:15
名前: tamb

月々のお題に沿って適当に書いて投下して頂こうという安易な企画です。作品に対するものは
もちろん、企画全体に対する質問や感想等もこのスレにどうぞ。詳細はこちらをご覧下さい。
http://ayasachi.sweet-tone.net/kikaku/10y_anv_cd/10y_anv_cd.htm

今月のお題は

・ごはんがおいしすぎて
・空の高さは
・Higher

です。
八月の企画、1111111ヒット記念企画も鋭意継続中、十月中には、インフォシークiswebライト
のサービス終了に伴う雑談掲示板「新・「綾波レイの幸せ」掲示板 二人目」移転記念企画も
ありますので(あるのか?)そちらもよろしくお願いします。

では、どうぞ。
メンテ

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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.1 )
日時: 2010/09/02 21:05
名前: JUN

 綾波レイは全裸の状態で、その場に立ち尽くしていた。異様な緊張感が辺りを包んでいる。レイの紅い
眸はたった一箇所を見つめ、息をするのを忘れていたことに気づき、深呼吸。
 
大丈夫、きっと大丈夫。そんなはずない、身体には常に気を遣ってきたもの……

レイが数日前から感じていた微かな変調。今までにないその症状。それは最悪の事態を予感させるもの
であった。レイの身体にそんな現象が起こったことはかつてなく、また、あのころからそれだけはない
と信じていたものでもあった。レイは恐れゆえに検査をしなかった。碇くんと折角一緒になれたのに、こ
こでそんな危険を冒したくない。碇くんと一緒にいたい……

しかしレイはついに決意した。その勇気を一時的であれ固めるのに、かなりの時間を要した。その症状
が意味するところは、シンジと共に築いた絆を否定する可能性があったからだ。
すう、ともう一度深呼吸をし、検査機の電源を押す。そして、数秒のラグの後、レイの桜色の唇から解
き放たれた言葉は――

「わたし……もう、だめなの?」

 ――限りない、絶望だった。

 

 昼休みは、学生たちにとって束の間の安息である。トウジはヒカリの手作り弁当を食べ、ケンスケはシ
ンジのおこぼれをつつくのが日課だった。そしてもう一つの日課は、
「綾波、お弁当」
 シンジがいつも通りに弁当を差し出すと、レイは幾分複雑そうな表情をした。怪訝に思ったシンジが首
を傾げる。
「綾波、どうしたの?食べないの?」
「えっ……」
「食欲ないなら、無理しなくていいけど。暑いもんね」
 そう笑って踵を返しかけたシンジの手首を、レイが掴んだ。
「へ?」
「食べる」
「え、いや、いいんだよ?」
「へいき。少し考え事してただけだから」
「あ、そう……」
 少し拍子抜けしたようにシンジが弁当を渡すと、レイは妙に力強く頷いた。

「ご馳走様」
「ん、ありがと」
 受け取ったシンジの表情は柔らかい。その軽さゆえだ。
「今日さ、カレーなんだ。ちょっと季節外れだけど、夏野菜の。綾波もどう?少し元気ないみたいだし。
夏バテしたら辛いもんね。カレーなら食欲も出るんじゃない?」

 一瞬はっと息を呑み、レイはシンジを見据えたまま黙り込んだ。シンジが首を傾げる。
「どうしたの?」
「……………………………………行く」
 不機嫌そうなまま言ったレイ。何か機嫌を損ねることをしたかと、シンジはまた心配になる。
「そ、それじゃあさ、六時に家に来てね」
「…………分かった」
 何か対策を講じないとな、とシンジはなんとなく考えていた。





「……ご馳走様」
「はい、御粗末さまでした」
「ファースト、元気ないわね。しんみりしちゃって」
「あなたには関係ない」
 そんなレイの突っぱねるような声にアスカはむっとした表情になり、言い返す。
「何よ。このアタシが心配してんのよ。ちょっとは愛嬌ってもんを持ちなさい、よ!」
 しゃっっ、とアスカが目にも止まらぬ速さで正面に座るレイの額を弾いた。でこピンと言う奴である。
「痛い……」
「ふん、自業自得よ」
「もう、喧嘩しないでよ……」
 シンジが疲れ切った表情で言うと、ミサトはけらけらと笑った。目の前には早くもえびちゅの空き缶が
転がっている。
「いいじゃないのシンちゃん。喧嘩するほど何とやらって言うじゃない」
「その理屈で言うと、ミサトさんも加持さんと仲がいいことになりますよね」
 シンジがしれっと言い放つと、ミサトは右手に掴んでいたえびちゅ缶を机に叩きつける。がん、と大き
な音を立て、中身がこぼれる。シンジは、思わず身を強張らせた。
「ばっか言うんじゃないわよ!アイツ、久しぶりに会って出会い頭になんていったと思う!?」
「さ、さあ、なんでしょう」
「葛城、太ったか。なめんじゃないわよ!花の二十代に何てこと言ってくれんのよ!」
「は、はあ、大変ですね」
 これは地雷だったな、と内心思う。シンジの目では太ったようにはとても見えないが、毎日見ているか
らそう思うだけなのかもしれない。
「そうよ!大体アイツはむかしっからデリカシーってもんが……」
 ぶつぶつと愚痴をこぼし始めたミサトに、アスカとシンジは目で合図を交わす。絡み酒よ、シンジ。分
かってるよ、アスカ。
 こうなると長い。早急な退避が必要だ。とりあえず、
「あ、綾波。帰ろう?送るから」
 レイを逃げ道とする、シンジはその結論で落ち着いた。助かったな。頑張って、アスカ。


 しかしレイはじっと空になったカレーの皿を見つめている。その中に絶望が垣間見え、シンジは昼間感
じた不安を再び覚えた。
「綾波?」
「…………っ、ごめんなさい」
「いや、まあいいんだけどさ」
 くどくどとこぼし続けるミサトを尻目に、シンジとレイは玄関へ向かった。アスカが涙目になっている
のが、視界の隅にちらりと映った。





 暗くなった夜道を、シンジとレイが肩を並べて歩く。先ほどからシンジが何度も声をかけているのに、
レイは生返事ばかりでどうも要領を得ない。とうとう話題の尽きたシンジは気詰まりになって黙り込んだ。
 砂利とアスファルトの擦れる濁った音が、二人だけの道に響いた。シンジはふと、今日ずっと疑問に思
っていたことを口にした。
「そういえば綾波」
「………………なに?」
「今日ずっと変だけど、どうしたの?お昼も、さっきも」
「…………」
「食欲ないみたいに見えたけど、でもお弁当もカレーも食べてたし。むしろお代わりしてたし」
「…………」
「もし僕の作る食事に不満があるなら、言ってくれたら直すけど」
「……………………ったの」
 ぼそりとレイが何かを口にする。足音に掻き消されんばかりに小さい声に、シンジは思わず聞き返した。
「え、なに?聞こえないよ」

 レイの歩みが止まる。気づかず少し前まで歩いてしまったシンジは振り返って彼女を見た。レイは息を
軽く吸ったかと思うと、普段の彼女からは想像のつかないほど大きな声で、



「………………太ったの!!」



ごはんがおいしすぎて  Written By JUN


「――――へ?」
「……太ったの」
「綾波が?」
「他に誰がいるっていうの?」
「だって、ねえ……」
 正直全くそんな気がしないのである。暗いせいではっきりとは見えないが、少なくともそんな兆候は感
じない。
「……碇くんのせいだわ」
「僕の?」
「碇くんの作るごはんがおいしすぎて、我慢しようと思っても、つい……」
「いや、それほどでも……」
「ほめてない」
「あ、ごめん……」
 レイはかなり打ちひしがれている。が、それと対照的に、シンジは全く危機感を覚えない。シンジが愚
かなのか、レイがそうなのか。
「太ったって、何キロ?」
「…………それを私に訊くのね」
「いや、誰にも言わないし、本人が太ったって言ってもそうでもないこともあるし、何キロ台かだけ」
「…………」

 レイは暫し押し黙った後、蚊の鳴くような声で、

「さんじゅう――」
「うん、ちょっと話し合おうか」
 あんまりだ。標準体重など知らないが、細いことくらい分かる。三十後半で、やっと人並みと言ったところだろう。
「碇くんのごはんを食べ始めてから一ヶ月で、五キロ。こんなのってないわ」
「……あのさあ、綾波」
「なに?」
「太るのとさ、成長って違うと思うんだ」
「背は伸びてないわ」
「いや、だからね……」
 シンジはぽりぽりと頭をかいた。
「綾波、どうしてそんなに気にするのさ」
「だって……」
 乙女心はよく分からない。気に病む必要もないように思う。アスカといいレイといいミサトといい、何
故体重にばかり気を遣うのだろう。細身なシンジは少し複雑な気分になった。
「太った私なんて、碇くんは嫌いになる」
「え?」
「昔、言ってたわ」
「……そんなこと言ったっけ」
「細い綾波が好きだって……」
「………………ああ、そういえば」
 確かにそんなことを言った気がする。けれどそれはレイが痩せすぎていることを気に病んだレイ自身を
シンジが慰めるのに使った文句だ。胸が小さくなることを危惧していたような……
 皮肉だな、と思う。痩せた事を気にしていたレイが、今度は太ったことを気にしているのだ。シンジの
食事によって。ならその悩みを解消するのも、シンジの責任だろう。
「ね、綾波」
「……なに?」
「確かに僕は、細くて綺麗な綾波が好きだよ」
「やっぱり。まるまるした私なんて……」
「でも、もっと綺麗なもの見つけたんだ、最近」
「――え?」
 レイが聞き返すと、シンジはにっこりと笑った。
「なに?」
「それはね……」
 まだどんなに偏って見ても太っているとはいえない身体を、シンジはそっと抱き締める。
「はぅ……」
「僕の作るご飯を、毎日おいしいおいしいって食べてくれる綾波の顔が、世界で一番、綺麗だよ……」
「いかりく……」
「だから、何も心配しないでいいんだよ。お腹一杯食べて、それで僕に、綺麗な顔を沢山見せてよ。ね、
綾波……?」
「でも、太っちゃう……」
「そしたら、痩せられるメニューを、僕が考えてあげる。僕はね、薬とか固形食品でお昼を済ませてた綾
波がちゃんと食べてくれたら、それだけで嬉しいよ。僕のご飯、嫌い?」
 レイはふるふるとかぶりを振った。
「きらいじゃない、大好き。でも、おいしすぎて……」
「嬉しいよ、綾波…………」
 いっそう強くシンジが抱き締めると、レイはまた熱く吐息を漏らした。
「あ……」
「だから……僕のご飯食べてる時みたいに、ほら……」
 前髪をそっとかきあげ、額に口付ける。
「笑って、ごらん?」
 レイはしばし視線を彷徨わせた後、躊躇いがちに、ゆっくりと微笑んだ。太ってもいい、碇くんは、あ
りのままのわたしを見てくれる――

「……明日のお昼は、なにがいい?」
「えっと――」


                  おしまい

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.2 )
日時: 2010/09/02 21:09
名前: JUN


            空の高さはvol.1



肌寒い、とレイは思った。こんなことは初めてだ。レイが思った通りのことを言うと、シンジは笑
った。
「秋、って言うんだよ」
「あき?」
「そうだよ。セカンドインパクト前あった四季だね。僕も初めてだけど、悪くないと思うよ」
 これからもっと寒くなるよ、とシンジは言った。
「もっと?」
「うん、ミサトさんが言ってた。次に冬が来て、川が凍りつくんだって」
 そんなの耐えられない。
「わたしも凍っちゃうわ」
「ん、そうかもね……」
 つないだ手はそのままに、シンジは立ち止まった。
「碇くん?」
「そしたら……僕が暖めてあげる。こうして……」
 ふわり、とシンジがレイを包み込んだ。シンジの匂いに、心が落ち着く。
「あったかい……」
 よかった、とシンジが言い、より一層強くレイを抱き締める。火のそれとは全く違う、人の温もり。碇くんの、温もり……

「そういえばね、綾波」
「なぁに……?」
 答えるレイの声は、どこかふわふわとして捉えどころがない。シンジはくすりと笑った。
「昔の人はね、秋のことを“天高く馬肥ゆる秋”って言ったんだって」
「うまこゆる……?」
「秋ってね、空が澄んでて、涼しくて食欲も出るから、馬とかも太っちゃうんだって」
「天が……高いの?」
「うーん、不思議な言い方だよね。でも空ってさ、曇りがなくて綺麗に見えると、宇宙の果てまで広がってるような気がしない?」
「ん……」
 分かるような、分からないような。碇くんは、たまに難しいことを言う。でも、
「碇くんが言うこと、私にはよく分からないけど、でも――」
 シンジの背に回した腕に力をこめ、レイは言った。
「碇くんに出会ってから、私の世界は変わった。何の色もなかった世界に、色をつけてくれた。空が高くなったのも、きっと碇くんの……」
「綾波……」
 声を詰まらせるレイに、シンジはたまらなく愛しい気持ちになる。
「僕も綾波に会えてよかった。いつだって、君は僕を護ってくれてた。でもね」
 じっとレイを見つめ、シンジは笑った。
「これからは、僕が綾波を護るよ。僕意気地なしだから、ちゃんと護ってあげられないかもしれない
けど……」
「そんなことない。碇くんは言ってくれたもの。私、いつまでだって憶えてる……」
 レイも笑った。美しかった。
「綾波は綾波しかいない、って……」
「そうだった、ね……」
 そっとレイの背中をさする。それだけで熱い篭った息を漏らしてしまうレイが、やはり愛しかった。
「大好きだよ、綾波……」
「わたしも…………大好き」


△▼▲▽


「ねえ、いつ出るのよ?」
「うーん、シンジ君も気障だねえ……」
「……あんたが言うなら、きっとそうなんでしょうね」
「アスカ、君も言うようになったね」
「そお?アンタだって最近結構酷いわよ、カヲル」
「そんなことはいいんだよ、いつ出る?」
「ここが通学路じゃなかったらねえ……」
「自覚がないね。あ、アスカ、見てみなよ」
「え、ちょっと、嘘でしょ……?」
「……逸材だね、シンジ君は」
「あいつら結婚でもしたら、子供の将来が心配だわね……」
「全く、好意に値するよ………………はあ、シンジ君は……………………」
 熱い口付けを交わしつつ抱き合うシンジとレイを眺めながら、二人は鉛より重い溜息を吐いた。



                  おしまい

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