Re: 親父補完委員会((笑))【ゲン ( No.18 ) |
- 日時: 2013/03/10 21:47
- 名前: 何処 ID:IBLYJZs6h7Q
- 「『帰れ』…か…」
零れた台詞を聞く者は私きり。 真夜中の研究室に唯独り、椅子の背当てに身を凭れ掛け、書類片手に私は呟く。
エントリープラグから緊急回収した少年のカルテを机上に放り投げ、天井を見上げ紫煙を吐き出しながら私は碇司令の台詞を口に出し反芻していた。
「…辛いわよね…あの子…」
【−黎明−】
使徒殲滅後回収された初号機のエントリープラグから救助された少年は失神していたものの特に外傷も無く、その生命維持機能に問題は発生していなかった。
…最も脳にあれだけの負担がかかったのだ、後遺症−幻覚幻痛やパニック症候群−がいつフィードバック発生してもおかしくは無い。 それにも増して問題なのは肉体的な事…免疫症候群だ。
あの緊急事態に複合ワクチン投与と簡易消毒のみ…プラグスーツすら無しでアレルギーチェックも特殊減菌処置も滅菌消毒工程も無しで彼をエントリープラグに文字通り放り込んだのだ。 いくらLCL濾過循環系が完調でLCL自体に抗菌剤や抗生物質が添付されているにしても感染症リスクはかなり高い。 そんな訳で彼は現在戦闘後遺症と感染症発病の恐れから入院期間を延長させられ現在も容態監視中。
「…それにしてもレイを乗せろだなんて…」
…息子を呼びつけていきなり初号機に乗せようとした精神もそうだが、それが拒否されれば即座に重症患者のレイを平気で初号機に乗せようとするあの人は一体何を…
…決まっている。考えるまでも無い。
『使徒に勝つ事』
それ以外何も考えていない。
『…イ、予備が使えな…った……う一度だ…』
あの時スピーカーから漏れた台詞、確かにあの人の声は実の息子を“予備”と言い切った。 あの人には息子でさえ対使徒戦の道具なのだろう。
「…“予備”か…。」
…私もある意味彼と同じなのかも知れない…マギの為の、母の代換品…そして…
そこまで考えた時、身に感じた悪寒に身震いし煙草を灰皿に押し付け火種を消す。
頭に浮かんだ台詞の続きをそれ以上考えまいとして、ふと思い浮かべた繊細そうな少年の表情。 零号機起動実験中に起きたあの事故さえ無ければ彼はこの第三新東京に来る事も無く、養父だか養母だかの元で暮らし続けていただろう。
…それが幸せかどうかは知らないが。
まぁ、手紙一つで直ぐに話が決まり何の荷物も持たされず唯その身一つで本人が来る…と言うより寄越される…辺りで大方の事情は察せられる。 だが、少なくとも呼びつけた父親に『帰れ』などと言われた挙げ句生死の境をさ迷う事にはならなかっただろう。 本人にとって見れば10年も離れていた父親の元に来る事自体大変な決断だったとは思う、此方に来る事を決める迄には其なりの葛藤も有った筈だ。 その挙げ句に『帰れ』では…
しかも彼はもうエヴァの軛から逃れる事は出来ない。 エヴァの適格者が三人しか見付からぬ現在、彼以上の能力を持つ他の適格者…チルドレンが見付からぬ限り、彼はエヴァに乗り使徒と闘い続けるしか無いのだ。 溜め息を吐いて手の吸殻を灰皿に捩じ込み、卓上の書類の山脈からホチキス止めされた一部を取る。 既読の書類…今回の件での一連の経緯を記した全体報告書だ。 表紙を眺め、書いてあった内容の記憶を脳内反芻する。
要約すれば、少年は訳も判らず半ば強制的に呼び出され、来る途中対使徒戦に巻き込まれそうな所を間一髪で助かり、更にN2地雷の爆破に巻き込まれ、そんな目に遭いながらも何とか父親の元へと来てみれば今度はロクな説明も無くいきなりエヴァに放り込まれ即対使徒戦投入、敗北一歩出前に追い込まれ奇跡の暴走に戦況を逆転しながら使徒の自爆に巻き込まれ…
記述内容は事実のみを記してある筈だが、余りの内容に何かの冗談かと思わず読み直してしまった。 だが、何度読み返しても報告書には確かにそう書いてある。
つまり信じがたい事に此等が全て本当に少年の身に、それも24時間内に振り掛かった出来事だと言うのだから最早驚きを通り越して呆れるしかない。
「良くもまぁ…厄日と天中殺と大殺界がスクラム組んで押し寄せた感じかしら…」
それにしても…わずか1日でこれだけの災厄を受けるのも驚愕だが、それを全て避けて生き延びたのだからこの少年も大した運の持ち主だ。 どれも一歩どころかスレスレの所で死を避けている、余程運が良くなければ…
…いいえ、本当に運が良ければそもそも呼ばれても応じなかったでしょうね… 彼の場合、幸運と言うより悪運かも知れないわ。
「…しかし本当、良くもまあこれだけの…」
改めてレポートの表紙を眺め、再び嘆息をつく。 文字通り間一髪で危うい所を辛くも生き延び、更にエヴァでの対使徒戦からも生還し現在入院中の14歳少年。 彼の心中を慮ん測り私は溜め息をついた。
「…当分同居は無理よね…」
いっそ私が…
…馬鹿か私は。
今そんな余裕は無い。それに…
ふと母との同居生活を思い出す。 あのすれ違い生活を今更繰り返す気は更々無い。
頭を振り感傷と余計な考えを一緒に振り払って私は再び仕事に没入せんと書類に手を伸ばした。
―――
「碇、お前息子の見舞いには未だ行ってないのか?」
「必要無い。生命の危険も無く予後観察の為仮入院しているだけだ。」
「しかしだな…」
「見舞いに行っても現状何もする事が無い、ならば時間の無駄だ。」
「全く不器用な奴め…それはそうと碇、頼まれておったお前の息子の転入手続き終わったぞ。」
「そうか。」
「だがな、入所施設の空きが無かった。民間の賃貸物件も当たってみたがやはり未成年の独り暮らしでは何処も難しくてな、取り敢えずネルフ独身寮の空き部屋を手配した。」
「判断は任せる。パイロットとして適時召集が掛けられるなら何処でも構わん。」
「やはり同居はせんのだな?」
「ああ。道楽で息子を呼んだ訳では無い、パイロット適格者があれだったから召集しただけだ。一緒に暮らす必要は無い。」
「ふむ。だが碇、お前の息子が同居を望んだ場合、法制度上は断れんぞ。その時は同居で良いな?」
「十年も別々の生活をしていて今更同居などあれも望むまい。それに奴も男だ、独り暮らしの方が気楽だろう。」
「うむ…お互い離れて暮らすのが自然か。そうかも知れんな…ああ、それと碇、作戦部長より提案のあった使徒迎撃作戦計画書の見直し案なんだが…」
―――
「引き取るですってぇ!?」
自分の発した叫びに近い大声で一斉に振り向くスタッフ達の視線も私を止める事は出来なかった。
「貴女一体何を考えてるの!?」
『だ〜い丈夫よぉん、手ぇ出したりなんかしないからぁ』
「当たり前でしょ!!」
忘れていた…何でこんな事を忘れていたのだろう。 この世には“葛城ミサト”という存在が居るという事実を。
昔からミサトの無鉄砲さは知っていた筈なのに。 ミサトはこう言う女だと解っていたじゃないの
でも…
何故か私は声を荒げ額に青筋を立てて受話器の向こう側と遣り取り−会話と言うか小言…否、説教?−をしながらも、心のどこかで感じた安堵を認めていた。
そうね…お互い、独りよりはいいかもね…
きつい口調を続けながら、私は自覚した口元の綻びを止め…いいえ、止める気も無かったわね。 結局、受話器を置くまで私の口元は綻んだままだった。
WAVE -GUMIcover- http://www.youtube.com/watch?v=IBLYJZs6h7Q&sns=em
ミサトとの暫しの遣り取り後、通話を切った私はスタッフ達の好奇の視線を断つべく少々ヒステリックな口調で告げる。
「どうしたの!皆手が止まってるわよ!」
スタッフ達が慌てて仕事のふりをしだす姿に鼻を鳴らし、私はデスクに腰を…
ん?
通話を切った後、心に引っ掛かる謎の不安感。
何かを忘れて…それも大きな何かを…
不安が焦燥に変わる。
何かしら…
…
あ!
…思い出した…
ミサトの料理の技量は確か…
…学生時代より進歩している事を願おう… しかしまぁ…
「つくづく不憫な子…」
少年…碇シンジ君の身を案じながら私は彼の不幸さ…薄幸さに改めて同情した。 ため息と共に思わず口を突いた台詞は…
「シンジ君…強く生きてね…」
決めた。折を見て一度は二人の様子を見に行こう。
ミサトとシンジ君の同居の知らせは、そんな事を私に決意させるには充分だった。
 |
|