Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.29 ) |
- 日時: 2010/12/07 10:16
- 名前: tomo
- あの青い空に溶けてしまって消え入りたくなるときが俺にだってあるのだ。
それはちょうど,こうやって屋上で大の字に寝転がって,果てしなく高く広がる空をぼおっと眺めているときなんかによく湧き起こる。
どれだけおセンチなんだと自分で自分に突っ込みを入れながら,でも,生じている感情自体は紛れもない事実だったりするわけで。
そして,こういうときは必ず思い出す。
俺の中で一番起伏に富んでいた,あの中学2年生の日々とあのころのあいつらを。
Title : 空の高さは
不思議なことにサードインパクト後の世界は,前とほとんど変わらない様相を示していた。
全世界の人類がいきなり一緒くたに溶け合って海を赤く染め上げるという前代未聞の経験をした割には,人類に進歩は無かったようで。
しばらくの混乱期を抜けると,いつものように大人は会社へと向かい,子供は学校へと行かされ,世界の片隅では今日もどこかで誰かと誰かが戦って,夏の日差しはじりじりと俺の肌を焼いていた。
3年近くもたつと,人々は,まるでサードインパクトなど無かったかのように振るまっていた。
そのように振舞いたい気持ちはわからなくもないし,実際に世界はあまり変わっていないのだろう。彼らにとっては。
だが。
当然のことながら,世界には変わった部分だってある。少なくとも,俺にとってみれば確実に変わっていた。
トウジもシンジも綾波も惣流も。 エヴァとシンクロした者は,まるでそれが世界の理であったかのように誰一人帰ってこなかった。
最初は,そのうち帰ってくるだろう,なんて気楽に思っていた。
赤い海から帰ってくる時期については個体差があったし,なんというか,俺はあいつら,すぐに帰ってくるのが忍びないと思っているんじゃないかと思っていた。
サードインパクトは,あの時現存していたエヴァが原因となって引き起こされた,というのが,ネットのアングラ界での定説だ(もっとも,具体的にどのエヴァがどういう経緯で起こしたのかはまったく不明だけど)。 それが本当なら(俺はそうじゃないかと思っているが),シンジや綾波や惣流は,サードインパクトを引き起こした張本人となる。
トウジは直接の関係は全然ないし,惣流がそんな風に思うイメージは無いけど,シンジなんかは絶対そう思っているに違いないだろう。
しかし。
予想に反して,世界のほぼ全ての人間が,それこそ,パイロット以外のネルフ関係者が帰還したにもかかわらず,あいつらはまったく帰ってこなかった。
そうやって,時間は過ぎて,いつの間にか俺は高校三年生になっていたわけだ。
原因は良くわからないらしい。
エヴァにもっとも詳しい赤木博士ですらわからないそうだ。まして,たかだか高校三年生の今の俺にわかろうはずはない。
ミサトさんは彼らを帰還させる方法を賢明に探っているらしいけど,どうなのだろう。
ひょっとしたら,あいつらはもう帰ってくるつもりは無いのかもしれない。
エヴァもない,戦いもない,こことは違う世界で――そう,ちょうど,あのどこまでも高く高く,蒼く蒼く澄んだ空の向こうのどこかにあるかもしれない世界で,彼は面白おかしくやっているのかもしれない。 最近,そんな風に考えるようになった。
ただ,一つ。
唯一つだけ癪に障ることがある。
ぎりぎりと俺の中にくすぶり続ける小さな黒き炎が,いつまでたっても消えうせないのだ。
「相田君」
不意に名前を呼ばれて,俺は体をゆっくりと起こした。
「山岸か……」 確認しなくても大体わかっていたし,何より,名前を呼ぶ必要なんてまったく無いのに,俺はなんとなく彼女の名前を呼んでみる。
トレードマークの黒髪ロングヘアーは,成長して女性らしくなった彼女の魅力をよりいっそう引き立てる。
「洞木さんが呼んでるわよ。もうすぐ,相田君の番だから……」
相変わらず,委員長は委員長なんだなと苦笑する。
高校三年生の二学期。儀式のように行われる進路相談。
フけてしまおうかと思っていた俺の心を見透かすかのような周到さ。
「……山岸が来なくてもいいだろうに」
「……たのまれたから。それに――断る理由も無いしね」
それがもっとも適格な人選だろう。俺にとっても,たぶん,山岸にとっても。
「……わかった。今行くよ」
さもおっくうに体を起こし,俺は山岸がいる扉のほうに向かって歩き出す。
山岸の隣を横切ったとき,彼女の淡いシャンプーの香りをかいだような気がした。
「ねえ?」
俺の後に続いて扉をくぐったところで,山岸が急に声を掛けてくる。
「……相田君は,進路,どうするつもりなの?」
「……知りたい?」
「……よければだけど」
控えめだけど,意思はしっかりこめている口調。俺は,幾度となく話しているうちに,彼女が実は意外と意志が強い人物だと思い知らされていた。
「進学するよ。ありきたりだけど」
「どこに?」
「たぶん,山岸と一緒だよ」
「でも,学部は違うでしょう?」
「そうだな。山岸が理系に転向すれば,同じ学部になれるかもな」
「無理よ,いまさら。もともと私は文系だもの」
言って山岸はクスッと笑った。女子というのはどうしてこう,わけのわからないところで笑えるのだろうか。
「ねえ,もう一つ聞いてもいい?」
「……何を?」
「……理系の,どの学部に行くつもりなの?」
俺が理系の学部に行くことは,履修している授業を見れば一目瞭然。 たぶん,山岸が本当に聞きたかったのはこっちの方なんだろうとなんとなく予想する。
「……形而上生物学」
別に隠していたわけではない。ただ,言う機会と,言おうと思う気持ちが今まで無かっただけだ。
だから,俺はすぐに答えた。
……………………
山岸の返事は無かった。
しばらくして,階段を下る足音が一人分しかないことに気づいた俺が後ろを振りかえると,山岸はなぜか階段の中央で歩みを止めていた。
4,5段上にたたずむ彼女の顔は,光の加減でよく見えなかった。
「……ずっと,引きずるつもりなの?」
振り向いた俺に掛けられたその言葉は,たぶん,叱咤と激励が半分くらい混ざっているのだろう。
「……勘違いすんな」
「……なら,なんで,『形而上生物学』なの?」
形而上生物学。エヴァを生み出し,エヴァの運用を可能にした学問。
そして。
たぶん,あいつらを戻す方法を唯一生み出すことのできる技術。
山岸のいいたいことは,半分当たって,半分はずれている。
何の説明も無ければ,しょうがないことといえるけれど。 「……答え…られないの?……」
「……まあ,まて。とりあえず,俺の話を聞け」
そういって一呼吸。俺は間を取った。
誰だって自分の気持ちを語るのは恥ずかしいものだ。山岸が相手ならなおさらのこと。
「俺には昔から,一つだけ腑に落ちないことがあってな」
「…腑に…落ちないこと?……」
「ああ……で,なんというか,俺が形而上生物学を目指すのは,そのへんをすっきりさせたいと思ってのことなのだ」
「……??」
雰囲気から山岸が理解していないことが良くわかる。わかっている。こんな説明じゃだめなことぐらい。
だから,もうちょっと待ってくれ。
「……つまり,だな……俺はいつも,あいつらの戦いを見てるだけだった。遠くから見てるだけの傍観者。芝居の役でいったら,村人その1,みたいなもんだ。けど,な」
「けど……?」
「もし,将来俺があいつらをこっちに帰還させることができたなら,俺は,初めてあいつらと対等になれたと思うんだ。つまり――」
「つまり……?」
「その,なんだ……俺だって,一生に一度くらい主役になったっていいんじゃないかってことだ」
思いというのはどうしてこう,言葉に出してしまうとひどく滑稽に聞こえてしまうのだろうか。
一度空間に投げかけられた言葉は戻らない。戻らないながらも,心はそれにひどく動揺させられる。
「………………」
無言の山岸。笑われなかったことは僥倖といえるかもしれない。
もっとも,相変わらず表情はよめないため,どんな顔をしているのかはわからないが。
やがて,充分すぎるほどの間をおいて。
長い黒髪が,宙に漂いほのかな甘い香りが一瞬だけ空間に充満する。
同時に,ストンというひどく軽い音が俺の隣でこだまする。
「………………」
再び,無言の山岸。 蒼い眼鏡はふちが無く,山岸の幼さといたずらっぽさを引き立てる。 俺と同じ身長で俺を見つめる黒い瞳は笑っているようにも,羨望を向けているようにもみえた。
「かっこいいじゃない」
一瞬だけ絡み合った視線の先で,山岸は一言だけそうつぶやくと,すたすたと階段を下りていった。
山岸の予想もしない言葉にあっけにとられる俺。
だが。
この瞬間だけは,誰がなんと言おうと俺が主役だと思うことができたのだった。
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