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[523] 1111111ヒット記念企画
日時: 2010/05/14 20:26
名前: tamb

 というわけで、このスレは1111111ヒット記念ぷち企画ということで、1111111ヒットにか
こつけて何か適当に書いてみませんかというスレでございます。

 お題は「1111111」から連想されるものなら何でもOK。単に1でも問題なし。綾波レイが7人
行進して来るでもOK(笑)。とにかく何でもOK。

 サイズ等の制限は基本的になし。それこそ100文字でもOK。ただし読むのに五時間とかかか
るような大長編はご遠慮ください(笑)。あと連載もダメ。書き上げて一気に投下してください。
ゲンレイもダメ(笑)。18禁もアウトです。

 感想とかの反応もこのスレで。結果的に割り込みになっても気にしなくてOK。

 一見さん歓迎です。お気楽にどうぞー。もちろん常連さんも歓迎。

 これはという名作が出てきたらサルベージも考えます。異常な盛り上がりを見せたら通常企
画に変更もありえるかも!

 締め切りは、そうだな、2000000ヒットまでかな。一日平均350くらいだから……ま、そのく
らい先です(笑)。

 こんなもんかな? 何か質問とかあればこのスレでお願いします。

 というわけでよろしくお願いします。盛り上げましょう。私もこれから考えます。

 最後に、提案してくださった名も無きROM氏に感謝を。

-------------------------
締め切り修正します。2000000ヒットまでだと長すぎるんで、10周年記念企画発動までに変更です。
ま、だいぶ先ですよね(笑)。
メンテ

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Re: 1111111ヒット記念企画 ( No.36 )
日時: 2010/06/07 02:19
名前: calu

 それは引越しというには、余りにも簡単なものだった。
 ネルフ本部の最深層部に位置する人口進化研究所三号分室。その色褪せたドアが、老いた灌木が鳴くような音とともに開け放たれると、
眩いまでの金髪に艶やかな雰囲気を纏った見目麗しい女性が姿を現した。その手にはLとVが交錯した模様の紙バッグを提げている。
淑やかな物腰で通路にその姿を現したその女性は、ドアの奥に視線を潜らせると、鷹揚なそれでもやや硬いトーンの声を出した。

「レイ、行くわよ」
「はい」

 赤木リツコに続いてリノリウムに光る廊下にその姿を露わにした少女。ときおりプラチナブルーの煌めきを零すショートカットに、
緋色の瞳が陶磁器のような白い肌と相俟り、少女の容貌をより印象深いものにしている。少女は少し大きめの真新しい制服に身を包み、
胸の前でみかん箱ほどの衣装箱を抱えていた。

「碇司令に挨拶が済んだら、直ぐに出発するわ」
「はい」

 リツコに続いて歩を進めたその少女は、出てきたばかりの部屋を振り返った。刹那その朱をより濃くした眸を除いては、その整った
顔に、表情を見出すことは出来なかった。


                           ∞ ∞ ∞


 暗澹たる印象に沈んでいるのは、単に明るさが足りないという理由ではないのだろう。広大な空間が幾層も沈下していくような錯覚
に囚われる司令室の中央に、モニュメントの形骸とでも言えそうな執務机がその姿を晒し、その机の上では、総司令と呼ばれる男が両肘
を机上につき指を絡めている。サングラス越しに放たれた視線は、寥々たる室内では焦点を結んでいないようにも見えた。

「……碇」

 同化するようにハイバックチェアに身体を沈ませていた白髪の男が呟くように声を上げた。視線は手許の書籍からは離れようとしない。

「……ああ」
「そろそろ来る頃だな」
「……ああ」

 白髪の男はハイバックチェアに預けた身体を微かに前後に揺らせている。その背を背面の皮革に馴染ませるように。そして、その感触
を楽しむように。森閑という言葉意外に存在が認められない空間で、天井から滴り落ちるような、男のパラリと頁をくった音だけがやけ
に響いた。

「……碇」
「……ああ」
「レイの中学への転入の件だが」
「…………」
「いまだ理解出来んよ……『その日』はそう遠くはない。いったい何の意味があるのだか」
「…………」
「……まして、転入などと」
「…………」
「釈然としないのはレイも同じだと思うんだがな」
「…………」
「……まあいい。お前なりの考えがあっての事だろうからな。若干なりとも増えるリスクの見返りもあるのだろう。ただ、気になるの
は――」

 司令室に滅多にならないチャイムの音が響いた。来たか、と呟いた冬月が向けた視線の先で、エアロックが解除される音と共に暗灰色
の壁が割れるようにその扉を開放した。

「赤木リツコ、入ります」

 司令室の中に甲高い靴音を響かせたリツコ。そして続いて姿を現したレイ。
 遠い昔、絵本の中に見た妖精が誕生するシーンのように、朧にたゆたう光の中から切り取られたシルエットは、心持ちサイズが大きめ
の真新しい制服に包まれていた。
 総司令と言われた男は、組んだ手の向こうで、サングラスの奥の目を一瞬細めたように見えた。

「……おお、早速着てみたか―」副司令は好々爺然とした表情を隠さず、その柔かな視線をレイに注いだ。
「先の指示通り、本日からレイの日常生活の拠点を変更いたします」

 冬月の反応に眉をひそめ、その言葉を皆まで待たずに用件を切り出したリツコ。だが、その機械的な口調は、直ぐに室内に鳴り響いた緊急
回線に阻まれることとなった。副司令の顔を取り戻した冬月が間髪を入れず受話器を手に取り、直ぐにいつもの深い皺を眉間に蘇らせた。

「……むう、いかんな。赤木君、悪いが私と一緒に発令所に降りてくれ。今、ある計算をマギにさせているのだが、既定のローカルロジック
のレイアウトに少し問題があるらしい」何をやってるんだか、と忌々しげに受話器を戻すと、冬月は靴音を響かせ始めた。
「解りました。じゃ…レイはここで待機していて」

 リツコは、ゲンドウに一瞥を送ると、冬月の後を追うように慌ただしく司令室を後にした。
 外界へと二人をはき出すと、ふたたび森閑と暗欝がその領域を拡げる仄暗い空間。総司令の机から数メートル離れたところで待機の姿勢を
崩さない少女は微動だにせず、その顔に表情は見られない。

「……碇司令」
「どうした?」
「質問して、よろしいでしょうか?」
「言ってみろ」
「何故、学校というものに行かなくてはならないのでしょうか?」
「…………」
「私に残された時間はそれほど無い、と思います。だから、新しい生活を始める事に、意味は無い、と思います」 
「……レイ」

 カタッと小さな音を従えて立ち上がったゲンドウは、暗欝な室内に僅かな日だまりを作り始めた窓辺に歩を進めた。司令室の汀からは、
ジオフロントに燦々と降り注ぐ陽光が良く見て取れる。人口ではあるが、幾層にも特殊コーディングされたガラス越しにも多少なりとも
感じ取ることのできる朝の清々しさ。

 次の瞬間、振り返ったゲンドウに、レイはこれまで感じたことの無い温かな微笑を見た。 



















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

           anniversary  - 綾波レイの幸せ 1111111hit記念 - written by calu

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 拡張地区にその部屋はあった。空高く色彩を深くした蒼にちぎれ雲が遠かった。力を湛えた陽光と幾重にも降り注ぐ蝉時雨に、建設工事の騒
然さが折り重なり、何か特別な息吹を感じさせるこのエリア。建設職員用団地6号棟。今日、綾波レイはここの住人となった。

「電気光熱関係に問題は無いようね」ステンレスキッチンの曇ったシンクにでんでんと不規則な水音を響かせていた蛇口をキュッと絞って、独
りごちたリツコは奥の部屋に顔を向けた。少女は、備え付けのチェストに持参した衣類を無造作に詰め込んでいる。「レイ。それが終わったら
学校に行くわよ」
「はい」
「転入手続きが目的だけど、あなたも見ておいた方がいいから」
「はい」

 すっと立ち上がったレイを見て、リツコは玄関へと歩を進めローファーに爪先を滑り込ませた。外に出てドアを閉めたところで、総務局三課
の担当から旧式の鍵を貰わねばと自分にリマインドを送った後、階段のある方向へと足を向けた。いずれにしても、現在レイには二十四時間体
制で二課のガード員をつけている。問題は無い。

 ?

 追随しない気配に後ろを振り返ったリツコの視線の先で、レイが郵便受けを見つめていた。そこは、これでもかという量の広告やダイレクト
メールなどで溢れかえっている。後ろ手を組んで、にらめっこさながらに真剣な眼差しを落とすレイにリツコは少し頬を緩めた。

「放っておいたらいいわ。処理してもまた直ぐに溜まるもの」

 はい、という声を背中に聞いて、リツコは歩を進めた。
 それでいいのだ。それで無くとも、今回の件により余分なタスクが増えることは明らかなのだ。今は、少しでもタスクを減ずることが肝要
なのだ。これから予想される事態、そして苛酷さを増していく本分を考えれば、それ以外の事などこの少女にとっては瑣事にもならない筈なのだ。
 そして……。


 再び振り返ったリツコの視界の中で、ガラス玉のような紅の双眸に何の感情も見せず、人形のように歩を進める少女を見て、リツコは少し満足
気に微笑を浮かべた。


 ……この子には、未来など用意されていないのだから。


                           ∞ ∞ ∞


 学校。一定の教育目的に従い、教師が児童・生徒・学生に計画的・組織的に教育を施すところ。
 リツコに続いて校舎に向かって歩を進めるレイの眸は、真っ直ぐにリツコの背中に留められている。休憩時間なのだろう、校舎に入ると至る
所から生徒達の話し声や生活音などが隙間を見つけて漏れ出していた。突如、どこからともなく現れたふたりの女の子が、子犬がじゃれ合うよ
うにリツコとレイの脇を風のように通り過ぎていった。屈託のない視線をレイに送った二人の少女はどちらとも無く漏らした、綺麗な子だね、
という言葉を曳きながら、直ぐに廊下の突き当りで見えなくなった。
 リツコの背中で、レイは少女達が去って行った方向に暫く視線を留めていたが、レイには彼女達の話していた内容、そして何故そのような不
自然な走り方をしなければならないのかを理解する事が出来なかった。

 いい。足りないものは学べばいいもの。
 命令だもの。


                           ∞ ∞ ∞


「これはこれは赤木博士。わざわざご足労頂くとは、恐縮至極ですな」
「これも仕事ですので」

 教員室に着くと、リツコとレイは忽ちの内に教員室の舞台裏のような校長室に引っ張り込まれるように通された。いつも揉み手をしつつ愛想
笑いを浮かべながらダージリンをサーブした教頭を、お構い無くと軽くいなすと、鉈を振り下ろすように機械的に用件を切り出した。
 大きく取った窓枠から午前十時の陽射しが、室内に柔かな陰影を浮かび上がらせている。殆ど雑音が駆逐された狭隘な空間で、放たれた矢の
ようなリツコの声が刺さる都度、口調に併せて観光地の民芸人形よろしく頭を上下に振る二人の男は、誂えたような笑顔を顔に貼り付けていた。
そんないつもと違う情景の中、レイの意識は重力を逃れた気球のように遊離し、その深紅の瞳は大仰な窓枠に縁取られてはいるが、絵画見本に
さえならない人影も斑な校庭に留められていた。

「……イさんは――」
「…………」
「綾波レイさんはっ」

 校庭から移された視線を受けとるや、教頭は急ブレーキをかけるように言葉を切った。顔面に浮かべた愛想嗤いを強張らせ、目にはスポイド
で落としたような畏怖の色素が拡がった。レイは、物を見るような目を男から外そうとしなかった。  
 
「…………」
「……い、いや、パイロットと学業との両立で大変だと、その、思うのですが、本校としましても、その辺りのところは、えー十分に考慮――」

 不可視の圧力で壁面に拉げた身体を精一杯の力で剥がすように絞り出した教頭の声に、リツコの低い声が矢となって飛んだ。

「プライオリティについて、今更話すつもりはありません。学校には来れる範囲で来させます」
「あ、ははい。で、では、綾波さんのクラスですが、1年A組でよろしいですね。ご下命いただいた通り候補――」

 リツコが書類をコーヒーテーブルに投げ出した音で、教頭は締め上がられたように言葉を途絶えさせた。

「おしゃべりが過ぎるようですね。教頭先生」無表情を貼り付かせたリツコの顔の中心で、眼だけが底光りしていた。「では、手続きが終了した
のでしたら、私たちはこれで」

 返事を待たず布張りのソファーから腰を浮かせたリツコは、半ば硬直した状態の男たちに一瞥もくれること無く出口に歩を進めた。静かな室内
に床を噛むようなリツコの靴音をバックに、レイの目はふたたび陽光しだれる校庭に留められていた。


 
 やれやれ、帰ったか。
 赤木博士、今日はいつもより一層機嫌が悪かったですね。
 全くもって、あの子の転入が気に入らないのなら上申すればよいものを。
 でも、ただの転入じゃあないでしょう。当然、彼女の目的は1−Aでの――。
 しっ、滅多な事を言うんじゃあない。どこにネルフの耳があるか解ったもんじゃないんだからな。
 それにしても、あの子。凄い美少女でしたが、あのガラスのような目、見ましたか? 私たちの事を…まるで物のように見てましたよ。
 アンドロイドという訳でもあるまいが、何てたってアレのパイロットなんだ。普通の子供じゃあ勤まらないんだろ。  


                           ∞ ∞ ∞


 教職員用パーキングスペースの隣に停められていた極端に車高の低い車は、血のようなイタリアンレッドに染めぬかれたグラマラスなボディ
とも相俟って、教職員のみならず子供たちの目をも引いていた。特徴的な丸目テールランプには不似合いなローファーの硬い音が近づいた。

「レイ。今日のスケジュールはこれで終わりよ。今からアパートに送ってくわ」
「徒歩で帰宅しようと思います。道を覚える必要がある、と思います」
「……そうね。明日から早速登校だものね。実際に歩いて時間も計っておいたほうがいいものね」

 じゃあ、とピラーレスのドアを豪快に開くと、リツコはか細い腰を滑り込ませた。V型8気筒エンジンが目を覚まし、時に音楽に例えられる
4カム32ビートのバルブ音が咆哮を上げると、豹が獲物を見つけた時のしなやかさで、プランシングホースを掲げたその車は加速を始めた。
 校門を出て、一気に加速した紅く低い車体に表情の無い視線を送り続ける蒼銀の髪の少女。思い出したように吹きつけた風が、彼女の真新し
いスカートの裾をひるがえした。
 ウィンドウ越しにリツコがレイを振り返ることは無かった。


                           ∞ ∞ ∞


 抜けるように碧く、雲ひとつ見あたらない空から穏やかな陽射しが降りそそいでいる。忍び寄るように降って湧いた蝉時雨に、その少女は歩
道に立ち止まり、スカートのポケットから一枚のコピーを取り出し目を落とした。

 間違った?

 コピーの上に走らせる視線に無駄は無い。経路を基点から定規のように辿らせたが問題点は見つからない。

 …………解らない。
 どうしてなのだろう。
 この地図情報自体に問題があるのだろうか?
 それは考えられない。昨日ネルフのデータベースから抽出したものだから。
 
 少女は元来た道を見返った。その何の表情も見られない瞳を通して地理情報を正確に取り入れると、瞬時にして誤った道を進んでいるとい
う結論を少女に与えた。何故か人っ子ひとりいない目前の光景は、つい今しがた通ってきた道とは思えないほどに直近の記憶との差異を明確
にしてはいたが。
 自らの結論に従い躊躇なく判断を下した少女。従容として踵を返した時、それに気がついた。
 何かが一直線に自分に向かってくる。急速に膨れ上がった気配は、背後、つまりそれまで歩を進めていた進行方向からのもの。
 次の瞬間、少女の周りの空気がぐらりと揺れた。水面に湧いた銀鱗の如く現れた煌びやかなネーブルカラーの壁が少女の周りに円筒状に展
開される。物心ついたときには身に付いていた不可知の能力。なんびとたりとも侵すことの出来ない絶対的領域。危機回避の要ある場合には、
それは時にターゲットを切り裂き、焼き尽くす。
 少女は、ターゲットを振り返った。


 !

 
 何…こども?


 振り返った体勢の少女のすぐ後ろまで迫っていたのは、見た目に幼い男の子だった。黒髪の下に不安いっぱいの瞳を覗かせ、息も切れ切れに
足を縺れさせながらも、必死に少女との距離を詰めようとしていた。


 ダメ…間に合わない。


 その子供がその領域に足を踏み入れようとした正にその時、少女のガラスの双眸に微かな光芒が走った。
 次に訪れた衝撃。が、それはまるで少女が予期したものでは無かった。鈍い音を撒いて激しく弾き返される筈だった少年は、マットに受け止
められたようにオレンジ色の壁にふわりと身体を沈ませると、ゆっくり復元したそれに押し戻され、道路にぽてんと尻もちをついた。


 !? 
 
 受け…止めた? ……有り得ない。
 

 良くて軽傷、悪くすれば命にかかわる事もある。未だレイはそのロジックを明確には理解していないが、ありとあらゆる物質そしてエネルギ
ーを拒絶するその壁は、加えられた力に等しきエネルギーで相手を弾き返す。酌量の余地なく無慈悲に展開されるカウンターアタック。それな
のに……。


 どうして、この子供は何とも無かったのだろう?


 尻もちをついた体勢のまま両手で頭を抱えていた男の子は、恐る恐る目前に佇立するレイを見上げた。
 ややもすれば女の子に見紛うくらい優しげな面差しに浮かべた不安いっぱいの表情。そしてその目にはいっぱいの涙を溜めている。
 物を見るような無機質な目で見下ろすレイに、より一層不安の色を濃くした少年は、それでも握ったり開いたりしていた手を握り締めると、頼
りなさげに身体を起こした。その小さな身体には、何かしら決然とした意思が見て取れた。

 
「……イ…ちゃん」 
「?」

「レイ……ちゃん……」
「!?」


 何? 何故…この子供は私の名前を知っているの? どうして?


 恐る恐る手を伸ばした少年は、上目遣いになった蒼黒の瞳を不安に煙らせながらも、レイの真新しいスカートの裾を遠慮気味に掴んだ。レイは
それを全く意に介さず、刺すような紅い視線をその少年の内奥に向けている。平衡感覚さえ見当たらない無色透明の心に浮かんでは消える疑問と
猜疑が消失を迎えても、電池が切れた人形のようにレイはそのままの姿勢を崩さないでいた。何かが引っ掛かっていた。何が気になっているのだ
ろう? この少年の何が。 

 
 ……解らない。


 スイッチを切り替えるように、少年からスッと視線を切ったレイは静かに踵を返した。少年の小さな手がスカートに振り切られ、その口から、
あうっと小さく声が漏れる。
 何事も無かったように歩を進めるレイ。が、数メートル進んだところでその足を止め、背中に痛いほどの視線を投げかけている少年を見遣った。
母親に置き去りにされた子犬のように全身から哀しみを滲ませている少年は、暫くすると深紅の瞳に何らかの意思を見出したのか、少年は急ぎ足
でトコトコ駆け寄り、ふたたび歩み始めたレイのスカートの裾をしっかりと掴んだ。


                           ∞ ∞ ∞


 あれからどの位歩いたのだろう。時の歩みと共にその藍を一層濃いものに変えていく高い空。千切れた雲が迷子のように太陽を掠め、瑞雲へと
その姿を変える。見渡す限り人の息吹などおよそ感じられない街並みは、先程まで歩いていた世界と同一のものとは到底思えなかった。
 時空の狭間から零れ落ちてしまったのだろうか。だとすると、あの世界にはもう戻る事が出来ないかもしれない。だが、それでもいいとレイは
思う。私ひとりが消失したところで悲しむ者はいない。唯一のステークホルダーとしての存在であるあの男を除いては。鍵を失う事による計画へ
の影響を嘆くであろう男を除いては。
 無に帰りたい。本来、存在しえない自分。この世に存在する限り対峙しなければならない違和感に畏怖し、ただひたすらに無への回帰を希求す
る魂。それは、造られた生命体であるが故の本懐。そして儚い夢だった。創造主たるあの男の許しを得ること無くしては、約束の履行無くしては
自身の存在さえ消すことは許されない。それが私。それが綾波レイといわれるモノ。

 
 ……だから、戻らなければならない。『その日』の約束を履行する為に。造られたモノとしての存在意義を全うする為に。そして、自らを消す
ことで総ての契約と悲願は成就される――。


 レイに意識を戻させたものは、腰に僅かに加わった抵抗だった。斜め後方について来ている筈の幼い少年を振り返ると、スカートの裾を命綱の
ように掴んだ少年は、より不安の色を濃くした瞳でレイを見上げていた。


「……レイ…ちゃん……だ、だめだよ」


 何を言っているのだろう、この子供は。いま歩いているこの道が間違っているとでもいうの? 
 …それとも、……まさか、そんな筈は、無い。


 カーテンを引くように意識を遮断したレイは、ふたたび前方に向き直り歩を進めた。ジリと真新しい制服を焼く真夏の太陽がレイの五感に戻っ
てくる。その時、フッと腰から抵抗が無くなり、その代わりに左手に新たな感覚が生まれた。チラと振り返ったレイの視線の先では、叱られたよ
うな表情を浮かべた少年が上目遣いの瞳に子供らしからぬ懇願の色を浮かべていた。刹那、少年と視線を交わらせたレイは、前方へとふたたび歩
きはじめた。レイの手を申し訳なさげに握る小さな手をキュッと握り返して。少年の手は温かかった。


 ……今だけの事。好きにすればいい。


                           ∞ ∞ ∞


 碧空が午後の太陽に薄められる下、手を繋いだふたりは姉弟にも見えた。
 最早レイの持っている地図はその役をなさず、少年が水先人のように、進むべき路地を指さしては歩を進めていた。ここに住んでいる子供なの
だろうとレイは思った。そして不思議な子供だとも。その蒼黒の瞳の内奥に時折り垣間見る色はレイの記憶を揺さぶり、繋いだ手を通して感じる
温かさに覆われた感覚は自分が嘗て知っていたもののように思えた。  


 ……いつ、どこで? 出会っていたのだろうか――。


「……レイ…ちゃん」

  
 !


 その温かさ、そして一筋の蜘蛛の糸のような繋がりを通して齎されていた感覚は、何の予兆も無く唐突に断たれた。

 慌てて振り返ったレイ。その視線の先には、瞳に涙をいっぱいに溜めた少年がレイに向かって頼りなげに右手を伸ばしていた。

 
「……ぼくは…ここから先には行けない……」


 !


「……だから…」


 少年の小さな手に向かって、レイは自らの手を伸ばしていた。
 レイの白い手の先で、少年の手が、顔が、身体が、レンズ越しに見るように空間ごと歪んだ。急速に現実感を失う向こう側で、少年の色は
霞み、幽かな影となっていく。


「……さよなら…」


 !


「……レイ…ち…」



 夢の世界を浚うように空を切った手に引っ張られ、身体を躍らせたレイは、次の瞬間、圧し掛かるような午後の陽射しと蝉時雨を全身に浴
びていた。水底にいるような湿度の高い空気が、血の巡りを取り戻させたように、レイに徐々に現実感を取り戻させた。


 ……な…に?

 
 顔を上げると、レイは探るような視線を添えて一頻り辺りを見回した。やはり見覚えの無い景色だったが、此処彼処に人の姿が見え、人の
生活の息吹が感じられる。


 ……いったい、何だったの? あれは、幻覚…だったの?


 少年の手の感覚がまだ残る左手に視線を落としたレイ。今の今まで頼りなく、それでも確かに繋がれていた証であるように、温かさはまだ
消えてはおらず現実感を伴ってこの手に残っていた。
 絹糸のような繋がりを通して感じたあの感覚は何だったのだろう? あれほど気に掛った少年の瞳。その蒼黒なる深淵の汀には何が佇んで
いたのだろう。そして、


 ……どうしてあの少年はわたしの前に現れたのだろう。


 幾重にも降り注ぐ蝉時雨の上から心持ち重気な陽射しがレイのまだ新しい制服を焼く。抜けるような蒼空の下、既に定められているかのように、
知らない街の中を何ら迷い無く歩を進めるレイ。横断歩道で赤く灯った信号機によって、その歩みを止めた。


 ……わたしは、あの瞳を知っている?
 

 そう、遭った事がある?
 いつ? どこで? ……解らない……でも、

 確かに知っている気がする。あの瞳を。


 思考を逃すように天空を仰いだレイの紅い双眸に映った、刹那の瑞雲。
 僥倖の再来など信じることはない。
 だが、レイは目を瞑った。祈りを捧げるように。
 陽光がジワリと重みを増した次の瞬間、世の中の時間が停止したかのように蝉時雨が止まった。
 そして、一切の人々の営みからなる息吹が、ブレーカーを落としたかのように消失した。

 
 静謐の底に落ちた世界の中で瞳を開いたレイは、足早に横断歩道の中ほどまで歩を進め、人っ子一人視界の縁に掛らない街並みを、その
深紅の双眸でゆっくりと見渡した。そして、それは唐突にレイの視界に飛び込んできた。少年の蒼黒の瞳として。


 ……わたしは……。


 その瞳の持ち主は、幼い男の子ではなかった。リュックを背負い、ボストンバッグを手にしたレイと同じくらいの年恰好の少年は、レイから
五十メートルほど離れた公衆電話の前で虚を突かれたような表情を浮かべて少女を見つめ返していた。


 ……この瞳を……。


 刹那、絡み合うふたりの視線。

 そして、その少年の瞳は、レイが知っていた瞳だった。


























 とくん





















 ……な…に?


 両の手を胸に添えたレイ。それを合図にしたように、一斉に十数羽の鳩が飛び立つと、次の瞬間、街並みは色を取り戻していた。公衆電話の前
にいた少年は煙のように消失していた。


 ……これは……なに?


 湧き出したような喧騒の中、道行く人が表情を消したまま佇む少女を怪訝そうな顔付きで見ては足早に通り過ぎていく。


 ……わたし……どうして?
















  
 凍りついた世界の中で、永遠に溶けることの無い封印に生じたほんの僅かな亀裂。

 時満ちて胎動を始めた契約の如く、偽りの役割を解き放たれた歯車は、軌道を変え、その轍を刻みはじめた。 

 時に西暦2014年8月、第3使徒の襲来まで余すところあと一年。

 路傍で佇む蒼銀の髪の少女は、掌の下で鳴りやまない鼓動を耳の奥で聞いていた。

 ガラス玉に例えられたその深紅の瞳。たった今そこに添えられるように灯された淡い光。

 そして、悠久の時を経て、自らの魂の中で刻み始めたシナリオの歯車を、いまだ少女は知らない。

 


                                 The End 











 










 









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