Re: サイト開設十周年カウントダ ( No.4 ) |
- 日時: 2010/09/07 02:32
- 名前: 何処 ID:omyb-w4BvGU
- 「しっかし…」
玄関を開けた私の目前には朱金の髪を靡かせる女がいる。
ハイヒール分高い視線からその蒼い瞳を見開き、しげしげと私を眺める彼女は世間一般から見て美女と言って間違い無い。
数年振りに再会したその美女は開口一番こう言ってのけた。
「…肥えたわね…」
【幸せのかたち】
相変わらず遠慮無い直接的な物言い。私は変わらぬ友人に微笑んだ。
「…五ヶ月…未だこれから大きくなる…」
「いゃいゃ、アタシん時はそんなにならなかった。」
真顔で否定する彼女に昔の記憶が重なる。
「…悪阻酷かったものね…」
「酷かった。確かに酷かった。」
「ご飯は匂いで駄目、肉も魚も脂身が駄目、野菜も生以外駄目、味噌も醤油もバターもチーズもマヨネーズもケチャップも…」
「ウップ、言わないでよレイ、思い出しちゃうじゃない…。」
「…って立ち話もあれね、入って。」
彼女を招き入れ、四重の鍵をロック、ダイニングのソファーに腰を据えた彼女はお茶の用意をしている私に嘆息混じりの感想を述べた。
「…ここの治安は未だ悪いのね…」
「日本と較べたら駄目よ、セキュリティは入ってるし、ここら辺はこの国では普通よりマシな方。それに来年は日本に戻る予定…」
「でもねぇ…」
「仕方無いわ。シンジさんの都合だから。」
「ま、レイがそれで良いなら構わないけど…しっかしあんた、今ん所は悪阻の心配無さそうね…」
「ええ、それどころかご飯が美味しすぎてつい…」
「家の可愛い阿呆娘と同じ台詞言わないでよ…」
「ライちゃん、大きくなったでしょ?」
「四つ。こないだ帰国したら『おかーたん、ライチェはねー、もーおむちゅいらないのよえっへん』って…」
「か…っ…可愛い…」
栗色の髪に黒い瞳の幼女が母親そっくりなポーズで宣言する姿を思い描き、私はその可愛いらしさに感動した。
「全く四つで漸くだからねぇ。なぁにがおむちゅいらないのよだか…」
その口調と裏腹に碧眼を輝かせ溢れる感情丸判りな彼女の微笑みに、私もなんだか可笑しくて吊られて笑っていた。
「クスクス…」
「でも…もー女の子最高!いいわぁ、ベビーシッターの娘もライセにメロメロなの!『ライチェちゃん、お花の絵書いてくれたんですよ!“お花あげたいけど、摘んだら痛そうだから絵をあげる”って!』な〜んて…」
「可愛い!ライちゃん可愛い!シンジさん、ライちゃんの話になるといつも言うのよ、何で話してくれなかったのかって。」
「まーねー、シンジには悪い事したと思うわー。あたしもまさか離婚してから懐妊に気付くとは思わなかったわよ。大体同じ相手に三回も離婚てどれだけあたしもシンジも馬鹿だったんだか…」
「仕方無いわ。あれはシンジさんが悪い。貴女と結婚したらいきなり月基地に一年とか、反省したかと思えば今度は南極に一年、挙げ句は静止軌道で火星探索船建造でしょ?」
「何よ、あんたもシンジに含む所有る訳?」
「大有り。大体二月前から先週まで私を置いて南極よ!?全く碇君は…」
「プッ!レイ、あんた感情的になると『碇君』になる癖未だ直らないの?」
「え?あ!私又言っちゃった!?」
――――――――――――――――――――――――
「あら、もうこんな時間。アタシこれから国連本部に顔ださなきゃいけないのよね。」
暫しの歓談の後、壁の時計を見て彼女は腰を上げた。
「?何、もう行くの?もうじきシンジさん帰って来るわよ?」
「あのね、元妻が現妻と仲良く元旦那迎えるってのはどーなのよ?」
「?何か問題ある?」
「あんたは良くても世間体って物もあるのよ。」
「?良く解らない。人の数だけ幸せのかたちはある…」
「人の数だけ幸せのかたちは…か。それの解らない連中の多い事…」
「?解らない?」
「…片親って事は不幸だって言い寄ってくる馬鹿や再婚して家庭を大切にしろってお節介焼きや英才教育を薦めに来る自称教育専門家やら…」
仕事と家庭を両立させ、女の魅力を忘れず自信と愛情と優しさとユーモアに溢れた彼女の陰りのある表情は事態の深刻さを物語っていた。
「それはおかしい。貴女は家庭を大切にしてるし経済的にも家庭的にも問題は無い筈。」
「…なんだけどね…私母親には向いてないらしいから…」
…時々アスカが解らないのは、こう言う突拍子も無い事を平気で言う所だ。 私の知る限り、彼女の母親としての有り様は完璧だと思う。 思わず私は聞き返した。
「?どこが?」
私は余程意外そうな顔をしていたのだろう。苦笑しながら彼女は説明した。
「未だ日本じゃ今の私は世間一般からすれば育児放棄してるって言われても仕方無いの。週に3日は家に帰れないし、年に数回は月単位で出張や講演、会議に研究…育児の大半はベビーシッターと施設頼り。言いたい人には言わせてるけど色々有るのよ…」
「?それはおかしい。私は父も母もいないけれど決して不幸ではなかった。不遇かも知れなかったけれど、私は幸せだった。」
「レイ…」
「自信を持ってアスカ、貴女は私の知る限り最高の母親よ。」
…暫く彼女は泣いていた。 携帯が鳴るまで。
「え、時間!?やっばー遅刻しちゃう!」
慌てて彼女が化粧を直し、部屋を出る時には既に迎えのリムジンがこのアパートメント前に止まっていた。
「今日は有り難うレイ、何だか順番が逆になっちゃったけど、おめでとう。母親仲間が増えて嬉しいわ。」
「次はライちゃんも連れて来てね、碇・アスカ・ツェッペリンさん。」
「…あんたさ、何で“碇”姓にしなかったの?」
「…“綾波”は私の名前…私は綾波レイであって、碇レイになるつもりは無いわ。」
そう、これは私の矜持。
これは私だけの絆。
そしてこれは
私の唯一つの我儘。
私は私。誰の人形でも無く、誰の道具でも無く、他の誰でも無い。
それを教えてくれたのは貴女よ、アスカ。
そんな私の思いを知ってか知らずか、彼女は私の返答をごくあっさり流した。
「あ、そ。じゃ、お邪魔したわね。あんた逹も早く日本に帰って来なさいよ、ライセと待ってるわ。」
「アスカ、あのね…ここだけの話…実はこの子…女の子。」
「イヤッハー!!おめでとうレイ!ライセに妹が出来たって報告しなきゃ!」
「…名前はね、実は…」
【終わり】
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