Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・一月 ( No.6 ) |
- 日時: 2011/02/25 21:29
- 名前: JUN ID:SBqaAAj8D4Y
- 縦の糸はあなた……
横の糸はわたし…… 織り成す布はいつか誰かを……
「暖め得るかも、しれない……」
私の口から無意識にこぼれたその言葉は、図らずも碇くんの耳に届いたらしい。座布団に腰かける 私の後ろから、晩ご飯を作る碇くんの声がかかった。
「何か言った?綾波」 「あ、ごめんなさい……うるさかった?」 「ん、そんなことないよ。でもそのDAT、だいぶ古くなったから買い換えた方がいいよ」 「いいの。これで」 「そう?」 買い換える必要などない。このDATは私と碇くんを結ぶ絆だから。LCLに浸かり、第十使徒に取 り込まれてもなお、このDATは再び音楽を奏でるようになった。赤木博士は少なからず驚いていた ように思う。 台所から流れてくる何ともいえない芳しい香りに、私のお腹がくう、と小さな音を立てた。碇くん の料理は、あの頃と変わらず、あの頃以上に美味しい。一緒に住むようになってから、交代でご飯は 作るようにしているが、やはり碇くんの方が見た目も味も遥かに上だった。 「はい、綾波」 「ありがとう。……いただきます」 今日のおかずは八宝菜にチンジャオロース、マーボー豆腐。中華なメニューに、胡麻油のいい香り が鼻腔をつついた。肉は今でもあまり好きではないけれど、碇くんが作ったものなら食べられる。我 ながら単純だと思うが、碇くんが作ったというだけで、何でも美味しい。 イアホンを外して、手を合わせる。その間に碇くんは烏龍茶を注いでいた。普段は麦茶だが、飲み 物までこだわるのが碇くん流なのだ。 「美味しい?」 「すごく」 「……よかった」
そんな簡潔な感想一つで、碇くんはとても暖かい笑顔をしてくれる。そんな顔を見ると、私も碇く んと一緒にいられる幸せを感じることが出来る。NERVから私たちにあてがわれたこの部屋は、私の 唯一にして最大の財産。部屋に価値はない。碇くんといるこの部屋こそに価値がある。 「さっき、何聞いてたの?」 「……これ」 「あ、僕も好きだよ。この曲。でも、結構古いよね?」 「ええ。でも好きなの」 「綾波らしいね」
幾分昔の曲だ。しかし一度聴いた時に、その歌詞に心を射抜かれた。碇くんという糸。そのかけが えの無さ。
碇くんは食器を持って、台所へ歩いていった。私はまたイアホンをはめる。あまり行儀のいい行為 ではないが、碇くんもよく似たことをしているので、お互い様だと思う。実際私は、多分碇くんも、 それをしていることを不快に思ったことは無い。
なぜ生きてゆくのかを迷った日の跡のささくれ…… 夢追いかけ走って転んだ日の跡のささくれ……
ささくれ立った私という糸。人でないという重い宿命を背負い、一度は世界と共に消えようとした。 価値は無いと思ったから。私という存在が、この世にある必要はないと。私という存在は疎まれこそ すれ、誰かに何かを与える存在にはなり得ない。それならば碇くんの望みを叶えて消えたい。心のど こかで、生きることを、人として生きることを望みながら。碇くんと一緒になりたいと望みながら。
こんな糸が何になるの…… 心許なくて震えてた風の中……
碇くんが紅茶を出してくれた。私はまたイアホンを外す。こんな何も無い時間が、私は何より好き だった。デートをしたり、ベッドで抱かれている瞬間も、それぞれ幸せを感じることが出来るが、そ れよりも碇くんの顔を真正面から好きなだけ眺めることが出来るこの時間の方が好きだった。その空 間は、私の心に刻まれた傷を確実に癒してくれた。 「僕も聴いていい?」 「ええ」 碇くんが立ち上がって私の隣に腰を下ろすと、碇くんの匂いがした。アスカに“匂いフェチ”と笑 われてしまっても、文句は言えない。碇くんの匂いが大好きだから。 一本のイアホンを二人で使う。いつもより密着して、頭を碇くんの肩に預ける。碇くんは手を添え て、そっと抱き寄せてくれる。人の温もりがどれだけ私にとって大切か、碇くんはよく知っているか ら。
縦の糸はあなた…… 横の糸はわたし…… 織り成す布はいつか誰かの傷を庇うかもしれない……
「私は……」 「ん?」 「私は碇くんの糸に、なれてる……?」 「…………」 碇くんは何も言わないまま、私の髪をかきあげて、耳の辺りに柔らかいキスをした。それが全てだ った。今さら言葉で安心を求めようとしてしまう自分の浅さを感じ、少し頬が熱くなる。 碇くんは私のことを好きと言ってくれた。周りの人に言うと意外がられるが、告白してくれたのは 彼だった。それならきっと、私は碇くんにとっての横の糸になれている。 互いに温めあって、互いの傷を庇いあう。私という単体では何の役にも立たない糸も、碇くんとい う糸に出会い、一枚の布になった。誰かを温めることも、誰かの傷を庇うことも出来る。それは紅い 海に消えようとしていた私では、決して出来なかったこと。今の私は、何にでもなれる。それは、私 という糸と、碇くんという糸が、交われたおかげ。碇くんに出逢えたおかげ。
肩に添えられた手は、いつまで経っても暖かかった。イアホンからは美しい、力のある声で、私の 一番好きな歌詞が流れていた。
縦の糸はあなた…… 横の糸はわたし…… 逢うべき糸に出逢えることを…… 人は「仕合わせ」と呼びます……
FIN
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