Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・十月 ( No.8 ) |
- 日時: 2010/10/20 22:21
- 名前: JUN
- Knockin' On Heaven's Door
「天国って、どんなのかな……」 寂しそうに言うシンジに、レイは困ったような顔をした。 「分からないわ、そんなこと」 「いいところだといいね」 「悪いところなら地獄じゃない?」 「あ、そっか」 くっくっく、とシンジが喉を鳴らすと、レイもつられてくすりと笑った。 「そういえば」 シンジが言った。 「あの紅い海は、もしかしたら天国だったのかもしれないね」 レイは怪訝な顔をした。シンジは紅い海から戻ってきたことを、一種の誇りにしていたからだ。もしあの時決意していなければ、今の幸せはなかっただろう、と。 「どうしてそう思うの?」 「うん……僕だってあそこにずっといたいとは思わないけどさ、でも絶対に苦しむことがないっていうのは、ある意味天国だったのかもしれない。今考えても、仕方のないことだけど」 レイは曖昧に頷いた。それは、あの時のシンジの願いでもあったことを、レイは知っている。或いはやはり未練があるのかもしれない、とレイは考えた。 「でも、私はあそこが天国だとは思わないわ」 「ん?」 ストレートで淹れた紅茶を差し出すと、シンジはありがとう、と言って口に含んだ。淡いグリーンのソファに腰を下ろす。並んで座れるソファが欲しい、と言うのが、レイの唯一の希望だった。 「私は、シンジさんの望みどおりにあの世界を作った。でも、あそこにいたシンジさんは――なんていうか、すごく虚ろな眼をしてたから。どんなに苦しまない世界だって、楽しみがなかったらつまらないわ」 シンジは紅茶をすすりながら、その言葉に耳を傾けていた。優しい紅茶の香りが心を癒す。レイお気に入りのアールグレイだ。 「僕も、そう思うよ。あの世界はつまらない。こうして生きているだけでも、色んな発見があるもんね。レイが意外と辛いものが好き、とかね」 「意外?」 「まあね。他にも色々あるけど。今だって、あの頃のレイならきっと、楽しみがなきゃつまらない、なんて言わないだろうし」 「シンジさんに、楽しいこと一杯教えてもらったわ」 「そうかな。でも、僕だってレイに色んな物をもらったよ。僕はレイの隣でこうしているだけで、すごく安心するよ」 少し遠慮がちに、シンジはレイを抱き寄せた。ほとんど抵抗なく、レイがシンジのほうへ沈みこむ。 「わたしも、こうしていると……安心する。一緒に買い物したり、膝枕をしてもらったり、そんなことをしてる時が、私の天国だと思うわ」 「だったら、きっとね」 シンジは嬉しそうに微笑みながら、レイの頬をそっと撫でた。 「天国は死んだ後だけじゃないのかも。今生きてる時にも多分、天国はあるんじゃないかな。そもそも死んだ後がどうかなんて、死んだ後じゃなきゃ分からないし」 「そうね。死んでみなきゃ」 「でも、勝手に死んじゃ、やだよ?」 シンジは悪戯っぽく笑った。しかしその軽い口調とは裏腹に、眸は真剣だった。 「分かってる。でも、もし死んだ後の世界があったら、どうするの?」 レイも悪戯っぽく聞き返すと、シンジは唸った。 「そうだな。味噌汁作って待っててよ。僕が来るのを」 「お味噌は?」 「もちろん、合わせ味噌。豆腐は絹ごしだよ」 「もし、シンジさんが先に死んだら?」 「そしたら、僕が味噌汁作って待ってるよ。レイの好きな白味噌」 「最近食べてないわ」 「そうだね。今夜作ろうか。初めて食べたときのレイの顔、面白かったな。お味噌汁が甘い……って。辛党なのに、そこだけは甘党なんだね。中学校の頃から変わらないよ」 レイはぷう、と頬を膨らませた。本人は無意識的なのだろうが、どこまでも悪戯心を刺激する顔だ。 「子ども扱いしないで」 「分かってるよ」 シンジは笑いながら、レイのお腹の辺りを撫でた。どこまでも、慈しむように。 「なに?」 「そろそろ……赤ちゃんが欲しいな」 レイの顔がさあっ、と紅く染まった。誤魔化すようにシンジの胸に顔をこすりつけ、 「いつでも……どうぞ」 「ん?」 「二回は言わないわ」 シンジは何も言わずに笑顔を見せ、レイの耳元で囁いた。 「三人で、あったかい家にしようね。産まれてくる子供が天国に思えるような、そんな家に」 「うん」 「部活とかから帰ってきた子供が、この家の玄関を開ける時に、天国の扉をノックしたみたいに思えるように、僕、頑張るから」 「わたしも……頑張る」 「うん、一緒に頑張ろうね。僕ももっと一杯稼げるようにするから」 「お願い……」
いっそう強くレイを抱く腕に力をこめ、シンジはゆっくりレイをソファに横たえた。
やっと手に入れたこの空間を、僕はなにより大事にしたいから。 僕の全てを賭けて、君を、この場所を護るから。 僕にとってたった一つの、この天国を。
帰って来た時きっと笑顔で入ってこれるような天国の扉を、これからずっと護っていくから。
FIN
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