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piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。



メンテ

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Re: piece to Peace ( No.12 )
日時: 2013/10/14 08:48
名前: calu

              ▲▽▲▽   ▲▽▲▽


「あの〜」

 ぬおーとシンジに向けられた顔はその大きな背中から想像した通り、相当にオソロシイ顔で、
人恋しさなど微塵のカケラ無く吹き飛んでしまった。そう、できる事なら詫びの一つでも入れて
早々に退散したくなるほどに。だが、ここに来てから、ゲンドウ、冬月、レイ、カヲル以外で初
めて会う人間だ。聞きたいことは山ほどあるし、何より先ずもってここに来た目的を果たさなけ
ればならない。

「す、すいません。ここって購買部、ですか?」

 あ〜、とシンジを値踏みするみたいに頭のてっぺんから足の爪先まで見回したスキンヘッドの
大男は突然表情を明るくした。

「そうか、やっと来てくれたか! ありがてえ! 今ちょうど明日の荷揃えに追われてたんだ」
「…へ? いえ、あの」
「よーし、今日から早速頼むぜ。あ、着替えなくていいからよ。このエプロンだけ付けてくれや」
「…あの、その」
「ん? 後ろのカノジョも手伝ってくれんなら超ウェルカムだよー。バイト料ははずむぜ!」
 
 違うんです、とシンジなりに必死に張り上げた声の向こうで、ふたたび不審げな表情を取り戻
したスキンヘッド。違うんなら何しに来やがったんだテメエコノヤロウ、と今にも恫喝モードに
入りそうな表情だ。

「その、楽譜…」
「あ? 楽譜、だぁ?」
「そ、そうです。楽譜を探しにきたんです。その、NERV Netを見て書籍コーナーを見たら、その」
「来店してコンシェルジュに相談しろ…と」
「そ、そうなんです!」

 クマの体躯にも似たスキンヘッドはガックリ肩を落とした。分かったよ誤解して悪かったよ
楽譜はこっちだ、とシンジとレイを店の中へと招き入れると、深い溜め息をひとつ洩らした。

 
 2,000坪ほどの空間に整然と並べられた商品陳列棚は、薄暗い中ほぼシンジの記憶しているまま
の状態を保っていた。特に驚いたのは、生活用品コーナーの商品棚は老朽化こそしているものの、
商品が充実しているといういう点だ。他方、生活にあまり関係のないコーナーには、僅かながら
の商品が埃にまみれて捨て置かれているだけの状態だった。
 暫し感心して歩いていたシンジだが、レイの反応が気になり振り返った先でまたしてもモロに
レイと視線がぶつかってしまい大いに慌てることとなる。茹であがる前に瞬間移動的に前を行く
スキンヘッド嶺に神経を集中すると六法全書並みの効果で急速冷凍されたが、いかんせん頸椎が
痛い。

「あ、あのー」
「あ、なんだ?」
「…その、おじさん一人なんですか? 他に誰もいないようですけど」
「そうだよ、俺ひとりだが、それがどうした?」 
「いえ、その…こんな広いとこ、一人じゃ大変だなーて、その」
「だからお前さんが手伝いに来てくれたんだと思ったんじゃねえかよぉ。総務局の楠には応援労
務手配掛けといたんだけどなぁ。…ほんと今日なんかは注文が多くてよ、とてもじゃないが明日
配送分の荷揃えなんて一人じゃ出来っこねぇんだよなぁ」

 困った困ったと言いながらズッカズッカと足を進める男の背を眺めながら、この人がNERV Net
にあったコンシェルジュとして紹介されてた高雄一尉なのだろかとシンジは考えた。シンジ自身
コンシェルジュというものを良く理解してはいないが、コンシェルジュという言葉の持つ響きが
まずもってこのスキンヘッドには合っていない気がした。それでも一人で購買部を切りまわして
いるという言葉を信じるのであれば、やはり高雄一尉その人なのだろう。そして、明日配送分と
いうのは勿論ネルフ本部内への出荷に違いないとは思うのだが、それほどの物資が動くだけの部
署なり職員がこの廃墟に存在しているということなのだろうか。
 ニア・サードインパクトが起こって以降、さまざまな経緯を経て今のネルフ本部の姿があると
いうのは想像に難くない。当時と圧倒的に情景を異にするのは、職員の姿が全く見当たらないと
いう点なのだが、冷静に考えてもこれまで会った4人だけで運営できるような組織でないことは
確かなことだとも思える。もちろん当時と同じ特務機関としての機能を担っているとは考えられ
ないのだけれど――実際にネルフのエヴァを全て殲滅すると公言して憚らないミサト達のヴィレ
とネルフは交戦状態にあるという――最低限、この組織の維持と運用に必要な職員、そして設備
や資源などが必要なことくらいはシンジにも理解できる。そのために何らかの理由で残留した少
数の職員たちを最低限必要とする部署に振り分け、辛うじてこの組織を運用しているのだろうか。
そう考えると、この高雄一尉も購買プロパーでは無いのかも知れない。確かにシンジは過去に購
買部で高雄一尉と顔を合わせた記憶は無い。それにしても、とシンジは思う。ここまで周りを取
り巻く状況、そして環境の変貌に。14年の間に、一体何が起こったんだろうか、と。

「楽譜はこの辺りの筈だ。細けえこと言うと書籍コーナーじゃなくてな、音楽コーナーだな」
「え、あ、…これって!?」



メンテ
Re: piece to Peace ( No.13 )
日時: 2013/10/16 04:10
名前: tamb

わくわくする。他に書くことなし。
ひたすら待つのみ。

つか、こっちも書かないとって気分に凄くなるな、こういう話を読むと。負けてられるかというか。
ねえ、ののさん?
メンテ
Re: piece to Peace ( No.14 )
日時: 2013/10/16 22:37
名前: calu

          
                  ■□■□ ■□■□


「レイが戻って来たな」
「……ああ」

 二人の眼前にそびえるモニターには、着陸態勢に入ったばかりのMark09が大写しになっている。

「シナリオ通りとはいえ自殺行為にも等しき内容の作戦下達。だが、眉ひとつ動かさなんだ。特に
最近のレイには、凄まじささえ感じるときがあるよ。命を賭すことに微塵の躊躇も感じられんほど
のな。そうだな、第3の少年に出会う前の嘗てのレイを思い出す。…そうは思わんか、碇よ?」
「………」
「ふっ、愚問だったか。 …正直、私には割り切れない時があるでな」
「…契約の改定、その時まではゼーレとの約定通り、ゼーレの子供たちの生き残り、彼らには道具
としての役を演じて貰う」
「そしてその後は…。これでおまえの目論見通りゼーレの子供たちは全員排除となるか……まあい
い。もうじきレイが上がってくるでな、中央病院に連絡を入れておく」
「……ああ」


 わたしは機体を自動操縦プロセスに載せると、改めてMark09の掌のなかにある『碇シンジ』とい
う個体の生体反応を確認し、画像を含んだ個人データをモニター上に呼び出した。

 碇シンジ■適格■■第3の少■特務機■ネルフにおける初号機専属パイロット■
 父■■碇ゲンドウ■母親は■■イ(死亡)14年前のニ■・サードインパクト■
 を■■起こした張本人■初号機覚醒にあたっ■■■■■

 データが損傷しているのか、以降の記録はリンク先のデータから読み取ることが出来ない。不審
に思ったわたしはリロードを試みるが結果は変わらない。あれほどに渚カヲルが拘り続け、そして、
わたしたちの存在根拠としての存在、碇シンジ。その少年は、今わたしがコントロールする機体の
掌の中にその命を預けている。
 わたしはデータキャプチャのコマンドを解放し、帰還プロセスのスタンバイモードにMark09の制
御を預ける。ゆっくりと目を瞑り、わたしはわたしの意識を解放する。


 ケージに暗欝な和音が鳴り響き、断続する重厚な旋律は僅かに残されていた朝露を一気に払う。
 朝が日向の香りへと移り変わる頃、いつもの場所いつもの指定席に向けて、わたしは歩を進める。

「やあ、おかえり」
「…あなたの言った通りだった」

 にっこり微笑むと少年はわたしに水色の椅子をすすめた。 

「いずれにしても、彼は一度ココに戻ってこなくてはいけなかったからね」
「………」
「そして、それを彼女も理解していたという事さ……本意ではないかも知れないけどね」
「………」

 午後一番の風が流れ、灌木の葉を豊かに躍らせる。

「ところで、いま彼は中央病院かい?」
「…ええ。あと数時間は目を覚まさない、と思う」
「大丈夫さ。碇シンジ君にはまだ少し時間があるからね。いろいろと認識する機会も必要だろう」
「………」
「彼は君に色々なことを聞いてくるだろう。そして、その殆どを君は知らない。でも、気に掛ける
ことは無い。そのことは本質ではないんだ。そう、あまり問題にはならないんだ。大切なのは、彼
とのこれからの関わり…どう関わっていくかが大切なんだよ」
「………」
「みんなに等しく機会はあるんだ。そう、僕を含めてね」

 優しげな深紅の眸を眩げに細めた少年は、耳に慣れた旋律を静かに奏ではじめた。



メンテ
Re: piece to Peace ( No.15 )
日時: 2013/10/19 01:04
名前: calu

               ▲▽▲▽   ▲▽▲▽



 シンジが驚きの声をあげたのも無理は無かった。30坪ほどの音楽コーナーと紹介されたエリ
アには、所狭しと様々な楽器が陳列されていたからだ。勿論、高額品が陳列されていたと思われ
る飾り棚などへの決して小さく無い損傷などサードインパクトの爪痕は此処彼処に見受けられる
のだが、整然と飾られている楽器などから、恐らくは当時の状態が復元されているのだろう。
管楽器にはじまり、バイオリン、そして驚いたことにチェロまで展示されている。シンジ自身、
購買部をここまで奥に入った記憶は無く、この音楽コーナーの存在など露ほど知らなかった。
シンジは何故かひどく損をした気分になった。

「す、凄いや…ピアノまで置いてるんだ」
「ああ、それは電子ピアノだよ。だけどな、サードインパクトで壊れちまったがな、以前はスタ
インウェイまで置いてたんだぜ! しかも試弾し放題! 残念ながら唯一生き残った虎の子の
ヤマハCFVSは渚君に持ってかれちゃったからな、今ここにあんのは電子ピアノだけだ」

 ふーん、と感心しながら、電子ピアノの鍵盤をトントン押さえたシンジ。そこに展示されてい
るピアノはほとんど埃もかぶっていず手入れも行き届いているように見える。中にはスタンドが
折れてしまっているものもあるけれど。

「おっ、試してみるかい? 電子ピアノだったら鍵盤はROLANDがイチオシだ」
「あ、いやその、一人じゃまだ…」
「そうかいそうかい、ま、試したいのがあったら言ってくれや。カノジョはアレが気にいったみた
いだな」

 へ? と振り返ると、しゃがんだレイがレトロっぽい黄色のレスポールSpecialを至近距離で眺
めている。そう、まるでP-90ピックアップとにらめっこしているようだ。
 
 あ、綾波、どうしちゃったんだろう? ギターなんか凝視しちゃって…何か気になるのかなぁ…
 でも、ここに来たんだってそもそも――。 

「あ!? 綾波、そうだよ。楽譜、楽譜はここだよ!」

 シンジを見返ったレイには、やはりと言うか特段の感情を現すこともなく、刹那シンジをジッ
と見つめた後、分かったわと立ち上がる。スカートの裾がふわりとレスポールSpecialのボディを
撫でた。  

「僕も探すの手伝うよ。それで綾波はさ、どんな楽譜を探してるの?」
「ショパン……ショパンのノクターン第20番、嬰ハ短調」
「…C Sharp Minorか。…それってさ、その、綾波が弾くの?」
「…そう、でも……碇くん、あったわ」

 手際良く目的の楽譜を見つけだしたレイに、シンジは少なからず驚いてしまった。若しかした
らこれまでも頻繁にここに通っているんじゃないかなどと考えてしまったほどに。もちろん高雄
一尉の様子から、それは無いよねと自分自身のなかで結論付けた訳だけれど。

「カノジョの方はどうやら目的のものを見つけだしたみたいだな。ボウズはどうだ? 何だった
らさっきカノジョが見てたギターなんてどうだい? 何てたってサードインパクト前には売約済
みになってたビンテージモデルだぜ!」 
「い、いえ。それは結構なんですけど…」
「ヨシ。じゃ、これで終了だな。それじゃあレジんとこまで戻ろうか、俺も出荷作業の続きをし
なくちゃなんねえし――」
「あの、高雄さん…その前に、少し教えて貰いたいことがあるんです」
「それは、今のネルフのことかい? …碇シンジ君よ」
「え、な、なんで、僕の名前を?」
「そりゃあ、応援労務じゃないって分かった時にピンと来たさ。わざわざ苦労してこんなとこま
で来るヤツは今のネルフのシステムを理解していないってことだからな。それによ、よ〜く考え
ると、カノジョはレイちゃんだったしな」
「い、いや、その。か彼女だなんて…」
「ん? なに赤くなってんだ?」
「い、いや。兎に角それだったら話は早いです。今の――」

 突然湧き出すように鳴り響いた旋律が瞬時にして空間そして情景を変えた。
 シンジと高雄が顔を向けた先で、レイがスタンディングポジションのまま電子ピアノを奏では
じめたからだ。


 - Piano de Bossa / wave -

YouTube 動画ポップアップ再生
メンテ
Re: piece to Peace ( No.16 )
日時: 2013/10/22 19:41
名前: 史燕

Q準拠でシリアスの中にポカポカできる場面多数……。
巧いなあとただただ感心させられます。

続きがとても楽しみです。
9094
メンテ
Re: piece to Peace ( No.17 )
日時: 2013/10/23 18:19
名前: タン塩

ぐはぁっ、釣られた!
スペシャルってこれか?これなのか?
スタンディングポジションてこれなのか!?
添付:1382519967-1.jpg YouTube 動画ポップアップ再生
メンテ
Re: piece to Peace ( No.18 )
日時: 2013/10/23 23:51
名前: calu


史燕さん

感想を有難うございます。
Qの記憶が薄れてきたため、遅まきながら
Qのブルーレイを買っちゃいました(笑)
劇場では破との落差に言葉が出なかったのですが、
落ち着いて観ていると色々と妄想が…。


タン塩さん

スペシャルっ! これこれ(笑)!
やはりレイちゃんはギブソン派(爆)

スタンディングポジションっ! 何で解ったんだらうか!?
そう、キースジャレット!
レイちゃんは唸りませんが(爆)

メンテ
Re: piece to Peace ( No.19 )
日時: 2013/10/23 23:53
名前: calu

          
                ■□■□ ■□■□


              わたしが消えていく 
             存在を許されないの だから 
               わたしは消える 
          初めから存在しない筈だったの だから
               消えて無に還る
            そこで ひとつの混沌になるの
              それが、ただひとつの願い
 
              最後に教えてほしい


                未来って、何?

                希望って、何? 


 セントラルドグマ最深部、大深度地下施設。低い地響きを伴ったシステムの作動音が回流のよ
うに暗欝な施設を鳴動させている。大地が振動するたびにLCLで満たされた円錐状のガラスチュ
ーブは身震いするように体躯を揺らした。その中で身を任せるままにたゆたう少女はいま静かに
瞑目している。ガラスチューブの傍らに設置されたものものしい計器につながれたプリンターか
らは間断なくデータシートが吐き出され、その一部を今まさに手にとった冬月から静かに溜め息
が漏れた。

「…もって1年か」
「………」
「ゼーレの子供たち。その多くが損なわれた第11使徒そして第12使徒戦で瀕死の重傷を負っ
てからはや14年。以来、過酷過ぎる責務を背負わされここまで来たが、いまだ生体を維持でき
ていることの方が奇跡に近いか…どうだ、碇?」
「…いずれにしてもレイの果たすべき役割は最後の執行者による発動で終わる。その先の予定は
無い」
「……それでジ・エンド、という事か…」
「………」

 冷たい靴音を鳴らしゲンドウがガラスチューブへと一歩踏み出す。特殊なゴーグル越しには如
何なる意思をも見い出すことは出来ない。

「…レイ」
「…はい」
「今日はあともう45分だ。終了した後の司令室への出頭は省略して構わん。待機場所に直帰し
た後、休め」
「…はい」
 

 大深度地下施設からの帰途、わたしは嘗ての実験場であったエリアへと足を向けた。そこはネ
ルフが設立されて間もない頃、初号機の基礎となるエヴァ素体を産み出すための実験施設でもあ
った場所。
 かつて神を見つけ出した人類が歓喜し、よく似た神を自らの手で作り出そうと様々な思惑を根
拠に天文学的なリソースを際限なくつぎ込んだ人類の為だった筈の実験場。留保された古の契約
を基に、科学を超えた知恵を駆使し、産み出されたのがあの初号機だったのだ。

「…そして、ここが」  

 実験場から更に地階に降り立った区画にそのエリアはあった。エヴァ素体の墓場。広大な空間
一面に奈落のような溝渠が広がり、底の見えない深さの溝渠は夥しい数の白骨化した素体の遺骸
で満たされている。十字に切られた暗澹たる溝渠から湧き出でるのは瘴気にも似た澱み。奈落の
底で蠢めく何かが発する呻き声のような震動がドグマの底を揺らし、時に迷い込んだ人間の理性
を忘失させ、その魂を絡め取ることもあるという。
 わたしは、冷たい手摺の脇にある認証スリットにIDカードを通すと、茫漠たる墓場へと足を踏
み入れる。溝渠の隙間に張り巡らされた通路とは言い難い路を更に奥へと一直線に歩を進める。
万が一足を滑らせでもすれば、底無しの溝渠からの脱出は不可能だろう。それでもわたしは足を
進めるのに躊躇いはなかった。わたしの体の中心がソコに誘引されていく。

「…わたしはわたしの役割を終えた時、ここに」

 その時だった。瘴気で霞む前方の空間が不自然に揺れるや、足を止めたわたしの後方から別の
次元から届けられた羽音のような音が響いた。それは、水面に滴る水滴の音のようでもあり、ま
たわたしの頭蓋に直接もたらされたようなものだったかも知れない。反射的に振り返ったわたし
の目が想像だにしなかった対象物の捕捉に見開かれるのが分かる。いまわたし自身の網膜に映っ
ているのは、紛れもないわたし自身の姿。綾波レイの姿だった。
  
「…綾波レイ」

 遠い過去から全てが定められていたことのように、わたしは彼女の名を口にする。明らかに実
体を持った彼女はわたしと同じ制服に身を包み、微笑を浮かべているようにも見える。淡い灯を
宿した深紅の眸に、わたしが抱いたのは言葉では言い現わせない安堵の思い。
 綾波レイ。時に伝説のように語られる存在。14年前、かつて無い規模で人類社会を蹂躙し尽
くし、迎え撃つ弐号機と零号機をも撃破した最強の第10使徒。その敵との壮絶な死闘の結果、
碇シンジと共に覚醒した初号機に消えた第1の少女。そしてリリスの魂を持つ少女。

「…AAAヴンダーでわたしを導いたのは、あなた?」

 わたしの問いに彼女はコクリと頷いた。

「…どうして、ここに――」

 問いには応えず、彼女はわたしの後方に白い指を向けた。その先は、わたしが惹かれるままに
足を向けていた広漠たる墓場の果て。

「ここから先に行ってはいけないわ」
「…どうして?」
「…あなたはまだ気付いてない。だから、選択できないの」
「…………」
「…まだ、時ではないの。だから」
「…………」

 ドグマ全体が身震いしたように思えた。突如として地底から湧きだした警報が広大な空間を遠
雷のように奔った。第1種戦闘配置。今のネルフにとって、それはヴィレのジオフロント内への
侵入を意味する。天蓋を暫し見あげたわたしが顔を戻すと、そこに彼女の姿は無かった。
 わたしは脱兎のごとく駆けだした。走る。懸命に走る。何もかも振りきるように。ネルフ中央
病院、嘗ての第一脳神経外科病棟に向けて。その白亜の病室で、恐らくはまだ目を覚ましてはい
ない少年。そのたったひとりの少年を守る。ただ、それだけの為に。  


          

メンテ
Re: piece to Peace ( No.20 )
日時: 2013/10/26 14:07
名前: tamb

彼女とは誰か、という問題がひとつある。それはおいとくとして、私も釣られるけれどw
やはりピックアップはP90ですか(笑)。エレピ、CP80とかはないの?
キースジャレット、立つというより唸るという印象が深すぎて(笑)。

そして彼女が現れる。それはあたかも第一話にて偏在するシェキーナーの如く現れた彼女
のように。
メンテ
Re: piece to Peace ( No.21 )
日時: 2013/10/31 22:59
名前: calu

tambさん

有難うございます。

<やはりピックアップはP90ですか(笑)。
唯一無二の名機かと(笑)。わたしも欲しい。タン塩さんなら持ってそう…。

<エレピ、CP80とかはないの?
在庫ありません(笑)CP1ならあるかも(笑)。

<キースジャレット、立つというより唸るという印象が深すぎて(笑)。
御意っ(笑)。
メンテ

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