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サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
日時: 2010/07/28 18:30
名前: tamb

月々のお題に沿って適当に書いて投下して頂こうという安易な企画です。作品に対するものは
もちろん、企画全体に対する質問や感想等もこのスレにどうぞ。詳細はこちらをご覧下さい。
http://ayasachi.sweet-tone.net/kikaku/10y_anv_cd/10y_anv_cd.htm

今月のお題は

・蝉時雨
・キスしてください

です。では、どうぞ。
メンテ

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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.51 )
日時: 2010/10/25 21:32
名前: tamb

■蝉時雨/何処
( No.50 )

 なんだかいわゆるいい話系かと思いながら読み進め、こりゃレイもアスカも死んでるかなと
覚悟したら落ちがあった(笑)。それでこそ何処さん(なのか?)。
 「先生」が女性であるという発想はなかった。
 パンツ見せるだけでカリガリ君おごって貰えるならそれはそれで悪くない……のかどうかは
レイとアスカに聞いてみないとわからんな(笑)。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.52 )
日時: 2010/11/13 08:02
名前: tamb


*****BLUE MIDNIGHT*****

 僕は綾波が好きだ。
 それとわからないくらいに小さな笑顔、凛とした横顔、空色の髪、動揺して揺れる赤い瞳、
かすかに染めた頬。そのまま消えてしまいそうな後姿。

 僕は綾波に欲情する。
 制服、プラグスーツ、体操服、水着。
 肌の白さ、胸のふくらみ、柔らかさ、白い下着。濡れた髪。……裸。
 僕は綾波が好きだ。綾波のことが頭から離れない。
 僕は綾波に欲情する。彼女に触れたい。抱き締めて、口づけて、裸にして、頭のてっぺんか
ら爪先まで彼女の全てに触れたい。綾波の声が聞きたい。その声で僕の名を呼んで欲しい。
 綾波、綾波、綾波――綾波、僕は君を……。

 僕は低くうめき、やがて固く閉じていた目を開いた。部屋の中は暗い。ため息をひとつ落と
し、ベッドの脇に置いてある読書灯のスイッチを入れる。欲望に重く濡れたティッシュを思い
切りゴミ箱に叩き込み、頭を抱えた。
 僕は綾波が好きだ。好きだと思う。だがそれは、単にたまたま近くにいる可愛い女の子に欲
情するのとどう違うのか。単なる欲望の捌け口を探してるのとどう違うのか。机の引出しの奥
に隠してある写真集とどう違うのか――。
 わからない。僕には違いがわからない。わからないなら同じだということだ。
 僕には綾波を愛する資格がない。まして、愛される価値なんてかけらもない。僕のような人
間が生きていることそのものが間違っているとすら思う。
 ミサトさんもアスカも僕のことを知っている。何をしているのか知っている。知っていて、
知らない振りをして嗤っている。嗤っているのがばれて、僕が逃げたら困るからだ。エヴァに
乗れるのは、僕と綾波とアスカしかいない。明らかにされているのは僕たち三人だけだ。もし
噂されているようにアメリカにもう一人パイロットがいるなら、そしてその子が戦力になるメ
ドが立ったら、僕は即座にお払い箱になるだろう。僕みたいな人間のクズに守ってもらうくら
いなら死んだ方がマシだと思う人がいても不思議ではない。むしろそれが当然だ。僕はそんな
人間だ。クズだ。死んだ方がマシだ。

 でも僕はエヴァを降りない。どうして? 初号機に乗れるのは僕しかいないからだ。僕が初
号機を降りたら人類が滅びるかもしれない。
 だから何だって言うんだ? そんなの僕の責任じゃない。僕じゃなくても動かせるエヴァを
作ればいいだけじゃないか。ミサトさんでもリツコさんでも父さんでも、人類を守るという高
い志を持った人が乗れるエヴァを。そうでなければ、エヴァに乗れる僕以外の誰かを探してく
ればいい。アメリカにいるなら連れてくればいい。
 でも僕はエヴァを降りない。それはきっと、嫌われるのがいやだからだろう。弱虫だと、卑
怯者だと罵倒されるのがいやだからだろう。僕が弱虫で卑怯者なのは事実なのに、事実を突き
つけられるのが嫌なんだ。
 もうここにはいたくない。僕は火傷しそうなほど熱いシャワーを浴びながら思う。家出なん
かできるはずはない。それができるならエヴァから降りている。朝になれば二人のために朝食
も作らなければならない。それはわかっている。それは嫌じゃない。ただ、少しの間だけでも
ミサトさんやアスカと同じ空気を吸いたくなかった。それだけだ。
 僕は服を着て、眠っているのか聞き耳を立てているのかわからないアスカやミサトさんの気
を引かないように静かに部屋を出た。

 とたんに蝉の声が耳を打った。夜中だというのに熱気は衰えることを知らず、汗が吹き出た。
 こんな暑さの中、僕はどこに行こうとしているのだろう。どこにも行くところなんてない。
行くべきところがないならどこに行ってもかまわないということだ。僕はあてもなく歩き出し
た。

 やがてどこを歩いているのかわからなくなった。ミサトさんの部屋から学校とネルフとスー
パーを往復するだけで、この街のことなど知らないに等しかった。だが、街の隅々まで知って
いるからどうということもない。僕は歩き続けた。
 いいかげん歩き疲れ、見つけた公園のベンチに座り込んだ。そしてまた頭を抱え込んだ。
 こんなことをしていったい何になるというのか。自己満足にすらなりはしない。嫌悪感がつ
のるだけだ。
 こんな僕が守るべき人類っていったい何なのだろう。
 そうじゃない。僕は人類を守りたいわけじゃない。
 そうだ。僕がエヴァを降りないのは、僕が守りたいのは……。
 だがそれは正しいことなのか? 個々が正しいと思って行動したことが全体としてみれば間
違っていたということは歴史上に数多くある。逆でもそうだ。全体としては正しいとしか思え
ないのに、行動する個人の立場になれば間違っているとしか思えない行動。
 僕が綾波を守るためにエヴァに乗るのは正しい事なのか?
 でもそんなことは問題じゃない。
 どんな立場から見ても明らかに正しい真実がひとつあるからだ。

 僕が彼女を欲望の対象とすることを、彼女は望んではいない。

 その事実がある以上、僕の罪は消えたりしない。
 罪を犯した者は罰を受ける必要がある。だが僕はどうすればいい? 彼女に向かって、あな
たを欲望の対象にした僕を罰して下さいとでも言えというのか。僕を殺してください、僕のこ
の薄汚れた器官を切り落として下さいとでも。
 言えるはずがない。できるわけがない。

 絶望感に閉じようとした僕の目に、見慣れたような懐かしいようなものが映った。紺色のソ
ックスに白いスニーカー。信じられなかった。こんな、どこかすらわからないような所に彼女
がいるはずがない。綾波レイが。でも僕には顔を上げて確かめる勇気がなかった。

「ここに来れば、あなたに会えるような気がしたの」

 それは綾波レイの声だった。僕はゆっくりと顔を上げる。そこには彼女がいた。僕が欲望の
対象にしている綾波レイが。
 彼女は僕の左側に座った。手のひらふたつ分のその距離は、絶望的なほど遠い。

「……テストか何かだったの?」

 もっと気のきいたことを言いたかったけれど、僕はようやくそれだけを言った。綾波の顔は
見れなかった。

「いいえ、そうではないわ」

 じゃあ何なのだろう。わざわざ僕に会いに来たというのか。僕は彼女の言葉の続きを待った
けれど、彼女は何も言わなかった。だから僕も何も言わなかった。僕は彼女と話をできるよう
な人間ではない。

「あなたに、触れてもいい?」

 だが彼女は、唐突にそう言ってベンチの上に置いていた僕の左手に手を重ねてきた。僕の返
事を待たず。

「……触らない方がいいよ」僕は絞り出すように答えた。右手ではないだけまだしもかもしれ
ない。だが同じことだ。「僕は汚れているんだ」
「汚れているの?」
「そうだよ」

 彼女は手のひらふたつ分の距離を何のためらいもなく詰め、僕の左手を取るとスカートに強
くこすりつけた。

「そっちも」

 彼女はそう言うと、動かない僕の右手を取り、同じようにした。
 スカート越しに、彼女の脚に触れている。心臓が破裂しそうになる。手をどけるべきだと思
う。でもできなかった。ただ力を抜いて、彼女にされるがままになっていた。

「きれいになった」仕上げのように両手でこすったあと、彼女は静かに言った。「シャワー、
毎日浴びた方がいいわ」

 いつもと少しだけ声が違うような気がした。僕は驚いて彼女を見た。いつもと同じように表
情は薄い。だがその目は、まるで悪戯を見つかった女の子のように、恥ずかしそうに笑ってい
た。
 彼女は気づいているのか。それとも僕の「汚れている」というセリフにまるで子供のように
反応しただけなのか。

「私が、もし汚れていたら」

 僕の左肩にことりと頭を預け、彼女は静かにそう言った。
 綾波が汚れる? それはどういう意味なのだろう。僕が何をしても彼女が汚れるわけがない。
 ――じゃあ、僕ではない他の誰かだったら?
 身体がかっと熱くなった。
 ふざけるな。誰にも汚させやしない。僕が、絶対にさせない。この命に換えても。
 僕は大きく息を吐いた。酷い矛盾だ。
 僕は既に彼女を穢している。彼女はそれを知らないだけだ。そしてそれは恐らく、彼女にと
っては何の関係も関心もないことだ。望むも望まないもない。

「碇くん、きれいにしてくれる?」

 僕にはできないよ、綾波。僕は綾波を穢すだけだ。僕は最低の人間なんだ……。
 言えるはずのないセリフを、僕は胸の中でただ繰り返した。

 いつしか彼女の呼吸が眠っている人のそれに変わっていた。

「こんなとこで寝たら風邪をひくよ」

 僕は握られたままだった手をほどき、彼女の肩を揺すった。

「帰ろう。送って行くよ」
「ん……」

 彼女は吐息ともため息ともつかない息を漏らし、もう一度僕の手を取って立ち上がった。
 僕はここがどこだかわからない。だから綾波についていくしかない。送って行くというには
あまりにも情けない状況だったが、他に選択肢はなかった。
 僕たちはずっと無言だった。綾波も喋らなかったし、僕には喋ることがなかった。話をする
資格すらなかった。
 ただ、手だけはずっと繋いでいた。とても暖かだった。

 黙って歩いていると蝉の声が耳につく。ヒグラシの鳴き声が多いように思う。夜明けが近い
のかもしれない。
 子供の頃は、十二月や一月に蝉の声はしなかったような気がする。確かに八月や九月はうる
さかったけれど、それでも今ほどではなかったように思う。いつのまにか、一年中いつでも蝉
の声が聞こえるようになって、それが普通で、あまり気にしたことはなかった。
 蝉はなぜ鳴くのだろうか。自分の存在を訴えるためだ。僕はここにいる、僕を見てよと叫ん
でいるのだ。
 でも僕には、ヒグラシの声は泣いているように聞こえた。



「じゃあ、おやすみ」

 綾波の部屋の前で、僕は彼女の目を見ずに言った。返事を待たず、逃げるように背を向けて
歩き出す。ドアの閉じる音は聞こえない。きっとそれは蝉時雨にかき消されているからだろう。

 これからどこに行くか。考えるまでもない。部屋に帰るしかない。僕の居場所ではないけれ
ど、そこにいることを許された場所。他人の言うことを聞き、唯々諾々と従う日常。僕には僕
自身の命さえコントロールできないけれど、結局ここでしか生きられない。ここで生きていく
しかない。

「シンジ君、気は済んだかい?」

 不意に聞こえた、聞きなれた声にうつむいていた顔を上げると、そこには煙草をくゆらせた
声の持ち主が、愛車――確かロータスエランといった――に背中を預け当然のように立ってい
た。

「加持さん? どうして?」
「葛城に頼まれてな。どうだい? コーヒーでも?」

 加持さんはあるがなしかの容量しかないトランクを開け、氷の詰まったクーラーボックスか
ら缶コーヒーを放った。僕は危うくそれを受け止める。

「釣りにでも行こうと思ってたんだ。朝早くから起きては見たものの、なんとなく気が乗らな
くてな。そこに葛城から電話だよ」
「……ミサトさん、何て言ってました?」
「気が済んだ頃に連れて帰ってきてくれとさ」
「そうですか……」

 大人の打算、という言葉が頭に浮かんだ。今の時点でネルフが僕を失うことはプラスにはな
らない。代わりのパイロットを連れてくるまでは。でもここで駄々をこねても何にもならない。
ここで生きていくしかないのだから。

「……僕の居場所、どうしてわかったんですか?」
「葛城に聞いた。葛城は……杉一尉か長門二尉に聞いたんだろう。前例のない話だがな」

 作戦課長が、同居しているチルドレンの所在を諜報二課に確認する。
 その重さを噛み締め、僕は言葉もなく車に乗った。
 一人になんかなれないし、なるべきでもないんだ――。

 走り出してすぐ、心地の良い排気音を携帯の着信音が破った。

「葛城だ」

 加持さんは小さく舌打ちをしてから携帯を取った。

「おれだ。……わめくな。聞こえる。……サードとファーストをロスト? ばかな。レイちゃ
んはともかく、シンジ君はここにいるぜ。……ああ、おれの隣だ」
「綾波ならさっき送って行きましたよ」
「部屋に入るのを確認したか?」
「はい」
「レイちゃんはシンジ君が部屋まで送ったと言っている。部屋に入るのを確認したそうだ。香
取一尉に連絡するといい。……シンジ君を乗せたのはついさっきだ。連絡をもらって最初に見
つけたときは、レイちゃんと一緒だったんでな」

 加持さんが僕をちらりと見た。

「デートの邪魔をするような野暮な真似はできないんでね。トラッキングはおれの仕事じゃな
い。レイちゃんのアパートの前で待っていればいずれ二人で来る。そんなのはわかりきったこ
とだろう?」

 加持さんはそこで言葉を切り、少しの間だけ沈黙した。

「ちょっと待て。二課が二人をロストした時刻はわかるか? ……そうか。じゃあおれが二人
を見かけたより後だな。……シンジ君、プライベートなことを聞くが、君たちは公園のベンチ
からどこかに移動したかい?」
「……いいえ。まっすぐ綾波の部屋に戻りました」
「本当だな?」
「はい」
「二課はおとなしく座ってる君たちをロストしたってことか……」

 A.T.フィールド……か、と加持さんは呟いた。

「わかった。葛城、後で連絡する。シンジ君、コーヒーをこぼすなよ。こぼしたら怒るぜ?」

 最後のセリフは僕に言ったと気づく間もなく、加持さんは携帯をしまうなり手足をめまぐる
しく動かした。強烈な減速と共に視界がぐるりと回った。直後には逆方向に走り出していた。

「どこに行くんですか?」
「レイちゃんの部屋だ」
「何をしに行くんですか?」
「君を送りにだ。他に何がある?」
「……ミサトさんに怒られませんか?」
「かまうものか。女は男を怒るのが仕事だ。させておけばいい」
「僕は綾波の部屋に行って何をすればいいんですか?」

 加持さんは呆れたような横顔で言った。

「デートの続きだ。そんなことまで言わせるなよ。それともデートの手順まで教えて欲しいの
かい?」

 できれば教えて欲しい。
 僕はそう思ったが口には出さなかった。

「賭けてもいいが、レイちゃんは君が帰ってくるのを待ってるぜ」
「……それはないです」
「どうしてそう思う?」
「見てればわかります」
「当事者にはわからないこともある。恋ってのは特にそういうものだ」
「……僕が綾波に恋をしているって言うんですか?」
「違うのかい?」
「……よく、わかりません」
「言った通りだろう? 当事者にはわからないものさ」

 うまく誤魔化されたような気がする。でも僕には拒否するという選択肢はなかった。綾波に
会いたいという気持ちは間違いなくあった。もし本当に彼女が待っていてくれるのなら。いや、
待っていてくれなくても。

 対向車線をもの凄いスピードで車が走ってきた。見たことのある車だった。プジョー、と言
っただろうか。そして、やはりどこかで見たことのある人が血相を変えて運転していた。助手
席に座っている女の人がこちらを指差す。

「もう見つかったか」

 加持さんがそう言うなり、携帯が鳴った。
 切っとくべきだったな、そう呟き、やれやれといった感じで携帯を取った。

「はい、加持。……わめくなって。聞こえるよ。そういうところ、君のお姉さんにそっくりだ。
いや、嫌いじゃないぜ。どうだい、今度デートでも?」

 直後、加持さんは顔をしかめ、携帯から耳を離した。

「聞こえるって。悪かったよ。……いや、必ずしも冗談じゃないんだがな。あーわかった。黙
る。黙るから叫ばないでくれ。鼓膜が破れる。……ああ、シンジ君はここにいるよ。……どこ
に連れて行くかって?」

 加持さんは横目で僕を見てウインクをした。

「それは秘密だ。トラッキングはお手の物だろう? じゃあ、次に電話する時はデートの打ち
合わせといきたいもんだ」

 まだ何か叫びつづける携帯の向こうを無視し、加持さんは電話を切った。
 振り向くと、プジョーは僕たちの後ろにぴったりとつけていた。運転している人は憤怒の表
情をあらわにしているし、助手席の女の人は顔を真っ赤にしている。僕は加持さんに代わって
プジョーの二人に頭を下げた。

「こんなところでカーチェイスをしていても仕方がないな」

 加持さんはミラーを見てプジョーが少し車間距離を取ったのを確認し、軽く減速した。

「レイちゃんにはもう香取一尉がついてるだろうし、撒いても意味がない。……さあシンジ君、
うまくやれよ」
「……何をですか?」
「蝉だよ」
「セミ?」

 加持さんはウィンドウを下ろした。

「蝉時雨だ。聞こえるだろう?」

 決して静かとはいえない排気音に紛れることなく、降り続ける蝉時雨がはっきりと聞こえた。

「黙っていては伝わらないこともある。言葉にするっていうのは、それなりに大事なことなん
だよ」
「……」
「もっとも、言葉にしなくても伝わるっていうのも素敵なことだけどな」
「どっちなんですか」
「いずれにせよ、伝えるべきことは伝えなきゃならん」
「……」
「蝉は、伝えるべきことを伝えるために鳴いている。フェロモンかなんかで済めばいいのかも
しれんが、そうもいかないからあんなに大声で鳴いてるんだぜ」
「……」
「知らんけどな」
「……いい加減ですね」
「蝉の生き方に深い関心はないからな」

 加持さんのロータスは静かに減速し、そして止まった。

「ここから先は一人だ。伝えてこい。おれは待ってないからな」

 僕は黙って車を降りた。ゆっくりと綾波の部屋に向かって歩きながら、僕は迷っていた。
 僕は本当に綾波を好きなのかどうか。もしも僕のこの気持ちが好きだという気持ちだとして、
それを伝えるべきなのかどうか。もし迷惑なのだとしたら、伝えない方がいい。僕がエヴァか
ら降りない限り、綾波を避けて生きてゆくことは出来ない。だとしたら、胸のうちに秘めてい
た方がいいこともある。何でも闇雲に伝えればいいってもんじゃない。
 逡巡を重ねつつも足は自動的に動き、僕は綾波の部屋の前にいた。

 やるしかない。
 本当にそうか。
 本当にやるしかないのか。
 自分ひとりで生きてるわけじゃない。相手の気持ちも考えなければ。
 帰った方がいい。待ってなんかいない。寝てるに決まってる。
 本当にそうか。
 本当に帰ってもいいのか――。

 結局僕は、もし寝ていたら起こさない程度の強さでノックすることにした。つまらない妥協
だけれど、自分に言い訳はできる。

 僕は決心してドアを叩いた。その音は、枯葉がドアにあたったよりも小さなものだった。こ
れでは部屋の中で耳を澄ませていても聞こえないだろう。
 もう帰ろう。僕の決意なんてこんなものだ。
 そう思った僕の耳に、小さく足音が聞こえた。テンポが速い。走っている。僕が息を呑んだ
次の瞬間、足音よりもはるかに重い音がした。何かを落としたような音だ。
 やがて、ドアがゆっくりと開いた。

「転んじゃった……」

 お尻をさすりながら綾波が言った。微かだが、はっきりと照れ笑いだった。
 もう何も考えなかった。僕は彼女を抱き締め、その口唇に僕の口唇を合わせた。
 なぜ今までわからなかったのだろう。それほど簡単なことだった。
 綾波を守りたい。幸せにしたい。彼女を幸せにするのは僕だ。他の誰かじゃダメだ。僕が幸
せにする。僕にしか彼女を幸せにすることはできない。僕が幸せにするのは綾波だ。他の誰で
もない。綾波じゃなきゃダメなんだ。僕は綾波が好きだ――。
 驚きに強張っていた彼女の身体から少しずつ力が抜けてゆく。吐息が甘くなる。下ろされて
いた腕が僕の背中を回り、肩に掴まった。膝が震えている。それは僕も同じだった。

「立っていられない……」

 綾波は僕の口唇から逃れ、小さな声でそう言った。

「心臓がすごくどきどきして、苦しい。でも、幸せな気持ち……」

 彼女が僕に気持ちを伝えている。言葉にして、はっきりと伝えている。
 だから僕も言えばいい。余計な言葉はいらない。ただ一言、伝えるべきこと、伝えたいこと
を言えばいい。
 だから僕は、僕の胸に顔を埋めている彼女の頬に手を添え、その濡れた瞳をまっすぐに見て
言った。

「綾波、好きだ」

 そしてまた口唇を合わせた。
 僕のその言葉は、降りしきる蝉時雨にかき消されることなく伝わったはずだ。





 綾波レイの部屋を監視するのに適したポイントは二箇所ある。ドア側と窓側の二箇所だ。い
ずれも向こうからは見えにくく、こちらからは見やすい。駐車スペースになっていて、車が置
いてあっても目立つことはない。都合よくあったというよりも、そのような場所を作ったと言
うべきだろう。
 ガードという目的を考えるならドア側がまずは常道だ。加持はそのポイントに向けて車を走
らせた。
 そこには、加持のロータスを追っていたプジョーと、銀色のセダンが止まっていた。その隣
に男が二人と女が一人。女の方はまだ女の子といった方が的確かもしれない。

「目と耳は切ってある」

 男の一人が車から降りた加持にそう言った。

「ご配慮感謝します、香取一尉。ですが、よろしいのですか?」
「問題ないさ。現時点ではロストしているわけじゃない。前例はないが権限はある。報告書を
提出する必要はあるだろうがな。だがいずれにしろ」

 香取は二人の男女にあごをしゃくり、苦笑しながら言った。
 二人の男女――杉と長門は、レイの部屋のドアの方をぽかんと口を開けて見ていた。

「プライバシーの保護という観点からは、あまり意味はなかったかもしれんな」

 加持は二人の目線をたどる。そこには、部屋から漏れ出る明かりでシルエットになった、固
く抱き締め合うシンジとレイの姿があった。加持も思わず苦笑した。シンジ君、少しは考えた
方がいいぞ。自分の置かれた立場というものをな。

「いいなあ……」

 長門がぽつりと呟いた。

「若者の特権ですかな。加持一尉」
「我々には、彼らに未来を残す義務がある。子供たちを見ていると本当にそう思います。特に
あの不器用な二人を見ているとね」
「全くだ。張り倒したくなることも多いがね」

 二人は小さな声で笑った。

「加持一尉、何もかもが終わったら飲みに行きたいものだな」
「そのためには生き延びないといけませんね」
「その通りだ」

 自分の命よりも子供たちの命が優先する。だがそのために自分に何ができるのか。決意と疑
問につかのま揺れた香取の瞳から、まだひとつになったままのシルエットに目を移しながら加
持は言った。

「見守ることです。大人にできることは他にはないと相場は決まっています」
「違いない」
「いいなあ……」

 もう一度そう言った長門ミキの声は、本当に羨ましそうだった。

 だがその声は蝉時雨にかき消され、シンジとレイの耳には届かない。


----------
 caluさんの「彷徨う虹」より設定の一部を無許可で拝借し、香取、杉、長門の各氏に同じく
無許可で登場願いました。記して感謝いたします。
 設定の確認のため作品を読み返し、そこに「蝉時雨」という言葉があることに戦慄しました。
あまりに戦慄したので「蝉時雨が降る」というフレーズをパクらせて頂きました。考えてみれ
ば確かに蝉時雨っていうのは降るものなのですが。
 タイトルは山下達郎のアルバム「MELODIES」に収録されている同名の楽曲から。

 さぼり倒している各スレでのレスは週明けにでも。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.53 )
日時: 2010/11/17 10:01
名前: ななし

>>52
BLUE-MIDNIGHT

tambさん、お疲れ様です。お話を堪能しました。

理性と本能が入り混じる思い、現実は手を繋ぐこともできずに、加持達の後ろ押しでようやく行動する事ができたシンジがとてもシンジで人間らしかったです。誤字はない。
人は好きな異性に対して一度は妄想する事に共感してます。レイがシンジに性を抱くよりリアルな展開かと。
なんと言うか『ギリギリ』の描写にチャレンジした作品じゃないかなと思いました。

見守る事も大切だけど、子供が子供らしく生きる為には大人が大人にならなきゃならない。優しさと甘さだけじゃ人は生きてけないし成長しない。
物語には無用の言葉であると知りつつも口にしたかった、すいません。

一線を越えそうなラストは読者の想像で醍醐味を味わうのが乙。
自分は大人の都合に翻弄される彼等は子供であることをもっと楽しめと思ってるので一線は越えられない派で。


タイトルから色々連想したけどTHE MODSが近いのかなと思いました。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.54 )
日時: 2010/11/17 10:07
名前: ななし


あ、山下達郎だった。小説の余韻に浸ってたので言葉最後まで読んでませんでした。すいません。気をつけます。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.55 )
日時: 2010/11/18 01:00
名前: calu


■tambさん - BLUE MIDNIGHT -

久方ぶりのtambさんの作品。予告を拝見して以来、身悶えしながら(笑)お待ちしていたのですが、
その甲斐(?)あってか、登場するレイは天使の如くのPurityをその身に纏って――。
同じく純真を絵に描いたようなシンジに対して、真っ直ぐに幼い自我を発露させるシーンには、ジーン
ときてしまいます。そして、そんなレイに対し愚直なまでに罪悪感を感じるシンジ。
そんな二人だからこそ、大人達は、見守らなければ、二人の時間を守らなければ、と感じる一方、大人
である自分を実感するのかも知れないですね。

さて、期せずして出演させていただいた二課ガード作業班の三名。tambさんの作品に出演させていただく
なんて百年早いとマキさんに叱られそうです(笑)が、香取一尉をここまで描いていただき正直感激して
おります。そして…、

>「見守ることです。大人にできることは他にはないと相場は決まっています」
>「違いない」
>「いいなあ……」

> もう一度そう言った長門ミキの声は、本当に羨ましそうだった。

この合いの手、紛うこと無き長門ミキ、でした。

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.56 )
日時: 2010/11/18 06:35
名前: tamb

■BLUE MIDNIGHT

 書いた直後は「どーだコラ」、アップ直前の読み返しでは「ま、こんなもんだろ」、で今は
「もうちょっと何とか……」と、いつも通り気分が移り変わっております。tambです(^^;)。
 当初は公園でレイとシンジが遭遇して、レイがそれらしいことを言うんだけど蝉時雨にかき
消されて聞こえない、という話の予定でしたが書いてるうちに展開しました。

■ななしさん
 ありがとうございます。レイとシンジは実際には手を繋いでますが、これは明らかに繋いで
ない方が良かったですね。ここはほとんど最後の方で追加した部分で、手くらい繋がせてあげ
ようと思ってしまったのが敗因でしょうか。もっとも、レイは手を離さないだろうと思ったと
いうのも事実ですが。
 子供は、結局は自分の力で大人にならなければなりません。子供に未来を残すのは大人の役
割です。だから大人は大人でなくちゃいけない。そういう事だと思ってます。
 一線は、私も越えられない方向を支持します。まだ早い(笑)。
 THE MODSは昔よく聞いてました。やっぱりツーパンクスなんですが。久し振りにまた聞きた
くなった。が、テープしかないかもしれん(爆)。

■caluさん
 ありがとうございます。そして香取、杉、長門の三氏にも感謝の言葉を。
 ミキちゃんのセリフは、絶対こうだろと思って書きました。caluさんに認めていただいて嬉
しいです。
 あとあれです。ルノーの色を決めてください(爆)。記述はなかった、はず。

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.57 )
日時: 2010/11/18 12:45
名前: calu

tambさん

はい、プジョーですよね。
色はシルバーメタリックでっす。本当は赤色にしたかったらしいですが、
尾行するとき目立つだろ、と課長から諭され、その色にしたらしいです。
今、最終校正中の伝えたいVでも色についての記述が出てくるシーンがあります。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.58 )
日時: 2010/11/22 02:02
名前: tamb

> はい、プジョーですよね。

はい、ルノーじゃなくてプジョーです。よくわかりましたね。ってわかるか(^^;)。

> 尾行するとき目立つだろ

カローラとかサニーとかそういうのを推奨(笑)。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.59 )
日時: 2010/11/22 23:44
名前: ななし

>>56 tambさん

レイがシンジの手を重ねなかったら、この物語はそこで終わりで
繋いだ手が離れたら、シンジはいくら加持の後ろ押しがあっても
彼女の部屋をノックすらできなかった

と、自分はそう読み取ってます。

手を繋ぐと言う事は相手を受け入れる心理的な行動の1つです。
ある意味、キスよりも純粋で尊い行動かもしれません。
手のぬくもりは人を受け入れ、傷を浄化する優しさを持っています。
唇から伝わる思いとはまた違った「愛」がそこにあるのです。

レイがシンジを手を繋ぐ事で彼の全てを受け入れる事を示した
その思いこそがシンジに思いを伝える一番の勇気ではないでしょうか?

>レイとシンジは実際には手を繋いでますが、これは明らかに繋いでない方が良かったですね。

だから、そんなことはないんじゃないかな?と。
勝敗は人それぞれなんですけど、負けたと思ったら次は勝てばいいんです。物語と作者はそうやって成長します。

あのシンジ達が一線越えそうになったら加持さん達は見守るんじゃなく止めろって言いたかったんです(笑)子供が子供らしく、大人が大人にってのはそういう意味です。すいません。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.60 )
日時: 2010/11/23 06:36
名前: tamb

> 繋いだ手が離れたら、シンジはいくら加持の後ろ押しがあっても
> 彼女の部屋をノックすらできなかった

 なるほど、そうかもしれません。物語が作者を越える典型的な例ですな。
 もっとも、私が推敲段階で「レイは手を離さないだろうと思った」と思った、というのが、
レイにとってもシンジにとってもシンジにとっても重要だったのかもしれませんが。なんちて。

> 見守るんじゃなく止めろって

 それでもやっぱり子供たちは自分たちの力で大人になるんですよ(笑)。
メンテ

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