Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.22 ) |
- 日時: 2010/08/17 09:54
- 名前: yo1
- 何処さん
始めまして…でしたでしょうか? 【ネルフの夏・日本の夏】拝読させて頂きました。 茹だる様な暑さと、美少女2人の下着と、ガリガリ君が、頭の中をグルグル廻ってます。『もっと読みたい!!』と、私の触覚から電波を送ってますが、届いていますでしょうか?(笑)
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.23 ) |
- 日時: 2010/08/17 10:00
- 名前: yo1
- JUNさん
【キスしてくださいvol.2】読ませて頂きました。 これ程!これ程!萌えさせて頂いて…ハァハァ 「わたし、初めては絶対に碇くんって決めてるから。好きになった時から、ずっと――」 私の残りの命と魂を差し出すので、言われてみたい一言!!アーーーーーッ
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.24 ) |
- 日時: 2010/08/17 15:56
- 名前: JUN
- 蝉時雨vol.3
「綾波、気持ちいい?」 「うん」 レイはシンジの膝の上に横たわったまま言った。蒼銀の髪が剥き出しの膝に触れて少々くすぐった い。柄の部分におなじみの小さな白い綿をつけた耳掻き棒を、もう一度レイの耳の中に入れる。 「んっ……」 レイが小さく身じろぎすると、シンジが危ないよ、と声をかける。レイが動かなくなると、シンジ は小さく声を上げて笑った。 「綾波の耳は綺麗だから、掃除するほどじゃないかも」 「そうなの?」 「そうだよ」 「でも、して」 「いいよ」 レイが目を閉じる。少し低めの体温を膝に感じながら、シンジは柔らかく微笑んだ。
そうして二人だけの時間を過ごすうち、シンジはレイの異変に気づいた。 「綾波……?」 レイは真紅の双眸から、一筋涙をこぼしていた。 「ご、ごめん。痛かったかな」 「平気。そうじゃなくて…………嬉しくて」 「耳掃除が?」 「碇くんと……一緒にいられることが」 「……そっか」
終わったよ、とシンジが声をかけると、レイは少しだけ残念そうにしながら頭を上げ、シンジの肩 に体重を乗せた。
「次は、何して欲しい?」 「ん……」 シンジがレイの頭に手を添える。こうした二人きりの時間を、シンジとレイはとても大事にしてい た。特にレイは一瞬でも多くその時間を共有しようとしていた。 「なにも……しなくていい。碇くんがいれば」 「……そっか」
またレイが目を閉じる。何もしない時間、というのを居心地が悪く感じたことはなかった。シンジ の匂いがする。自分の奥に眠る何かを呼び覚ますようなその匂いが、レイは大好きだった。
「碇くん、アスカとキスしたことがあるって、本当?」 「えっ?あ、いや、その……」 「怒らないから、教えて」 「あ、うん。その、一回だけ」 「そう」 「ごめん……」 「いいの。でももう、わたし以外とはしないで」 「うん、もちろん」 「わたしもう、碇くんがいなきゃ、だめだから……」 少しだけ寂しそうに、レイが溜息とも声ともつかない息を漏らす。 「大丈夫。僕は綾波のためなら、なんでもするよ。それにね」 「ん……?」 「僕も綾波がいなきゃ、だめなんだ……」 少し強引に力をこめ、シンジがレイを抱き寄せると、レイはシンジのほうに倒れこんだ。水色のソ ファが軽くきしみ、レイがシンジに覆いかぶさるような形になる。 「大好きだ、綾波」 その言葉に、レイの顔が紅くなる。付き合い始めて長くなるのに、未だこういったスキンシップに 弱い彼女の初々しさが、シンジは好きだった。 「わたしも……好き」 「うん」
言いようのない幸福感。シンジの匂いとレイの匂いが溶け合う。眠気にも似たそれが、二人を包ん だ。
「僕さ、そんなに頭もよくないし、運動だって得意じゃないけど……でも、綾波を好きな気持ちは、誰にも負けないから」 「嬉しい……」
何もいらないと思った。彼の胸に抱かれてさえいれば、それ以外何もいらなかった。レイは人の温 もりをまるで知らなかった。誰かと触れ合うことは、レイにとって定期的な診察しかなかった。彼に 会うまでは、誰とも関わりを持とうとしかなかった。愛を持った体温は、レイにとってシンジ以外あ り得なかった。今では時折、クラスメートから想いを告げられることもある。しかし、シンジ以外に 魅力を感じることはなかった。当然、全て断った。初めて温もりを教えてくれた彼に勝るものなど、 この世にあるはずがない。二人だけの時間は、そんな彼を独占できる、レイの宝物だった。
「碇くん、重くない?」 「ないよ。綾波は軽いもんね。すごく細い。胸は大きいけど」 「えっち……」 くすくすと笑うシンジに少し悔しくなったレイは、シンジのわき腹を指でつねった。いたた、とシ ンジがわざとらしい声を上げる。
「ほら」 「え……きゃんっ」 胸をつつかれ、レイが高い声を上げる。真っ赤になった顔で、シンジを睨んだ。 「仮にも男の上に乗ってるんだから、このくらい妥協して欲しいな」 「……けだもの」 「褒め言葉だと思っておくよ」 くっくっくとシンジがまた笑う。笑顔が見られただけでまあいいかと思ってしまう辺り、自分も甘 いのかもしれない。
ふう、とシンジが息を吐く。急に訪れた静寂。窓から静かに蝉時雨がしみ込んでいた。とく、とく、 というシンジの鼓動がレイの耳に妙に大きく響いた。
「綾波……」 「なに?」 「今まで、綾波に辛いことばっかりさせてきたけど、これからは僕が、綾波を護るから。だから……」 「うん……」 「頼りないかも、しれないけど――」 「そんなことない。わたしにとっては、碇くんがすべてだから……」 「綾波」 「碇くんだけ私の側にいてくれれば、わたし、すごく幸せだから……」
「……もし、僕がいることが幸せなら、これだけは約束する。絶対、幸せにするよ。綾波。どんなこ とがあっても、君と一緒にいる。離さない……!」 「碇くん……」 背中をきつく抱き締められる。圧迫感で少し苦しい。それがよかった。彼を独占したい。そしてそ れ以上に、彼に独占されたい。世界と彼、もし天秤にかけるのであれば、答えは一つしかなかった。 それくらいに、彼はかけがえのないものだった。 「今日はずっと、こうしてようか」 「うん、そうしたい……」 背中をさすられ、急激に眠気がこみ上げてくる。安らかな眠気の海に落ちていく寸前最後にレイが 見たものは、優しいシンジの笑顔と、そしてレイが何よりも欲している、たった一つの言葉だった。
「愛してるよ、綾波…………」
碇くんがいるから、わたしは生きていける。碇くんがいなくなる時、きっとわたしもいなくなる。 それは褒められたことではないのかもしれない。ひとは自立しなければいけないのだから。
それでも、わたしには彼が必要だから。彼が無くてはならないから。
大好きな彼と、わたしはずっと一緒にいたいから
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.25 ) |
- 日時: 2010/08/17 15:59
- 名前: JUN
- ちょっと辛い話を読んで、衝動で書き上げました。イタい話が読めない上に書けない(汗)
まだ僕は他人を補完する領域には入っていないようです。
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.26 ) |
- 日時: 2010/08/17 20:48
- 名前: JUN
- キスしてくださいvol.3
「碇くん、あれ、なに?」 「ん?ああ、あれは金魚すくいって言うんだよ。後でやってみようか」 「今は……だめなの?」 「うん。あんまり早くやるとかさばるからね。帰り際にするくらいでいいんだよ。あったまっちゃう し」 「そう……」 「あ、綾波。あれとかどう?リンゴ飴」 「りんご……あめ?」 「うん。リンゴを飴でコーティングしてあるんだ。甘くて美味しいよ」 「食べてみたい」 「ん、分かった」 シンジが一本の輝くリンゴ飴を手渡すと、レイは目を丸くした。 「きれい……」 「綾波の眼みたいだ」 さらりとシンジがそんなことを言ってのけると、レイは少し紅くなった。 「食べてごらん」 「うん」 かりっ、と丸いそれを齧る。おいしい、とレイが言った。 「よかった」 そっとレイの背中に手を回し、さりげなく近くのベンチに連れて行く。レイが腰を下ろすと、シン ジもその隣に腰掛けた。 「下駄、辛くない?」 「平気」 「痛かったら、すぐ言うんだよ」 「うん」
かりっ、とまた齧る。シンジはその姿を微笑みながら見つめた。
「浴衣、似合うね」 「そう?」 「うん。凄く。こんなところで他の男に見せるのもったいないくらい」 「そんなにほめられると恥ずかしい……」 「こうして見ると、やっぱり綾波は和風美人なんだね。色っぽいよ」 「ん……」 レイは何も言わなくなった。恥ずかしいと、ん、と声を上げて黙り込む。レイ自身は意識していな いが、ちょっとした癖だ。 「あ、綾波」 「え……?」 瞬間、シンジがレイに顔を寄せ、唇の端をぺろりと舐める。思わぬ急接近に、レイは刹那固まった。 「飴、ついてた」 かあっ、と頬を紅潮させ、視線を逸らす。百合をあしらった浴衣の肩に手をかけ、シンジが微笑む。女殺し、とレイが呟いた。 「お祭りは開放的になるからね。僕もちょっとだけ大胆になるよ」 「ん……」 「リンゴ飴の次はなんにしようか。何でも言って」 余裕の笑みが、少し悔しい。こっちはこんなに恥ずかしいのに。どうにかして困らせてやりたくな る。
「じゃ……キス、してください」 「えっ……」 途端に落ち着きを失い、辺りを見回す。人の唇を舐めておいて今更何を動揺しているのか、と心の 中で悪態をつく。碇くんのせいだわ、わたしをいじめるから。 「ここで……?」 「他にどこがあるの?」 いざせんとしてキスするのは恥ずかしいらしい。思わぬ弱みを見つけたレイは内心ほくそ笑んだ。 「早く」 目を閉じて顎を突き出す。レイ自身恥ずかしくないわけではないが、シンジのキスが、レイは好き だった。シンジはしばし躊躇っていたようだが、やがて観念したらしく、レイの頭を優しく抱き寄せ た。 「ふ……」 どれ位の人が、今のわたしたちを見ているのだろう。公衆の面前でキスなんて、バカップルだと思 われているかもしれない。 それでもいい。わたしは幸せだから。
「はぁ……」
頬を紅くリンゴのように染め、レイとシンジが見詰め合う。レイの眼の端には、僅かに涙が溜まっ ていた。
「碇くん、好き……」 「……僕もだよ、綾波」
祭りの喧騒が嘘のように、二人の間は静かだった。ことんとレイがシンジの肩に頭を乗せると、シ ンジは何も言わずに髪を梳く。そんな些細なことが幸せだった。下駄は少し歩きにくいけれど、碇く んと一緒ならどこまででも歩いていけるから。
「綾波の髪、いい匂いがする」 「汗かいてるから……汚いわ」 「そんなことないよ。すごく……」 いい匂い、とシンジが言うとレイはまた、ん……と言って黙り込んだ。
「次は、どうしたい?」 「金魚すくいをして……それから、わたしの家にきて」 「分かった。金魚鉢も買わなきゃ」 「泊まっていって、くれる?」 「もちろん。明日まで一緒にいよう。夜中まで、いっぱいお話しようね」 「やった……」
無邪気な笑顔を輝かせながらレイが思わず呟く。レイらしからぬ台詞に、シンジは驚いた表情をし た。
「あ、碇くん」 「え……?」
ちゅっ
「……お礼。リンゴ飴、ご馳走様」
言ってレイは紅くなった顔を誤魔化すように立ち上がり、数歩先からシンジのほうを振り返る。
「行きましょう……?」 「あ、うん……」
立ち上がりつつ、シンジは思わず呟いた。
「ご馳走様って、それはこっちの台詞じゃあ…………」
二人きりの部屋で我慢が出来るかどうか、シンジは激しく不安に駆られるのだった。
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.27 ) |
- 日時: 2010/08/20 02:00
- 名前: ななし
- 目が覚めた
雨の音がした 時間は朝の5時を過ぎたばかり 起きるにはまだ早い 窓から朝日が差し込んでいる すりガラスの窓を静かに開ける 水色の空と白い雲が見えた 雨は降っていない
でも、確かに聞こえる雨音
耳を澄ませ、外の音を意識して聴く
あぁ、これは蝉
蝉の鳴き声
◇蝉時雨 ななし
日が高く昇った昼下がり、レイが辿りついた場所は新箱根湯本駅だった。 レイは誰もいないホームに入る。 3分後に下りから電車がくる。その電車が去って8分後に今度は上りから電車がくる。レイが待っているのは上りの電車の方であった。 大きな屋根が夏の暑さを遮り涼しい風がなびく。 レイはホームの片隅に淋しく置かれたベンチに近寄ると静かに座り本を読み始めた。レイが読んでいる本は後ろ姿の猫と扉の表紙が印象的な文庫だった。 ホームにアナウンスが流れ下りからの電車がやってきた。到着してドアが開くとまばらに人が降りてくる。レイは本を読み続けた、人の流れに興味なく。 再びアナウンスが流れドアが閉まる。電車は去っていく。 静けさがホームに戻った時、レイはふと顔を上げた。視線を感じた。辺りを見渡すと少し離れた場所で赤い髪の少女が仁王立ちでレイ一人を睨んでいた。
レイは彼女を知っている。彼女はかつての戦友、二番目の子 式波・アスカ・ラングレー
アスカはため息をついた。ようやく気づいたのねと呆れた顔。その表情のままレイに声をかけた。それは棘のある言い方だった。
「バカシンジはまだ起きてないわよ」 「……そう」
レイは理解した。彼女はさっきの下りの電車に乗ってきた。自分がこれから向かう場所へ先に訪れていたのだと。
ネルフは全ての使徒を殲滅し、ゼーレと決別、彼らの陰謀を打ち砕き、今の世界を手に入れた。 LCLの赤い世界ではない。全ての人が望んだ、平和な世界。
だが
碇シンジだけ、あの戦いから目が覚めない
「もう起きないわよ」 「世界の平穏と引き換えに一人の少年が犠牲になった」 「至極上のヒーローよね、カッコいい」 「バカがつく、英雄」 「ムカつく」 「エコヒイキ」 「この世界は碇シンジを捉えて離さない」 「離したら世界は滅びるかもしれない」 「それでも」
アスカは自分の中のどす黒い部分をさらけ出すかのように言葉を吐き出す。
「アンタはシンジを求めるの?」
アスカは碇シンジが怖かった。 自分の存在意義を他人に認めさせる為に、そして自分自身の為にアスカはエリートの道を歩んできた。 エヴァに乗る事、使徒を倒し世界を救う事が自分の使命だと思っていた。 しかし、世界を救ったのは自分ではない。 自分より学力も体力も劣る普通の少年。
だから、怖かった。
碇シンジが目覚める事で、自分の役立たずさが浮き彫りになるのではないだろうか。 実際、そう言い咎める者はいない。今もこれからもそうだろう。 これはアスカの心の問題。自己暗示に近いマイナス思考。誰に相談せず、負の感情を自分の中に押し込める。それがアスカの強さであり、弱さであった。 アスカは毎日病院に行き、シンジが目覚めていない事を確認し安堵する。 しかしその安堵は長く続かず、いつの間にかシンジが目覚めた事により自分の立ち位置が崩れる恐怖で心がいっぱいになる。 あの戦いが終わり人々は平和を手にしたが、アスカは平和ではなく恐怖を身に抱えた。その恐怖と戦う毎日だった。
アスカの声は震えていた。その声でレイはアスカと初めて向き合えた感覚を掴む。 ストレートが自慢の彼女の毛先にくるりと跳ねた寝癖。化粧で誤魔化していたがうっすらと目にクマ。よく見ればアスカは疲れきった、ボロボロの姿であることに今、気づいた。
思った事を言葉にし、意見し、堂々たる『大人』な彼女。 それをを羨ましいとか凄いとか思った事はない。彼女は彼女、私は私。そう思っていた。 でも、今の彼女の心は小さく震えている、怖がっている、助けを求めている。
私に彼女を救えるだろうか。 とレイは考えたがすぐに悩むのはやめた。 救えるかは分からないが自分の中にある言葉を彼女に伝える事にする。 自分の思いと言葉と、そして――――
「この世界が本当に碇君が望んだ世界なら決して滅びない」
他人が傷つくくらいなら自分が傷つく方がいい、自分の存在で世界が壊れるならは自身の消滅を選ぶ。 自分を犠牲に、誰かを救おうとする。
彼のその優しさに私は惹かれた。
「私の代わりはいない、碇君の代わりもいない」
そして彼女の代わりもいない これは私の言葉ではなく彼の言葉 彼がここにいれば、必ず紡ぐだろう言葉
「碇君は消えようとした私に手を差し伸べてくれた。だから私はここにいる」
あの日の事を思い出す。 生きる事を諦めた自分に『代わりはいない』と叫び私に手を差し伸べてくれた。 右手にあの日の熱が再び宿る。彼の手の温かさを思い出す。
「だから、次は私の番」
彼が望む世界に私が存在する。 その私が彼の存在を望む。
帰ってきて
もう一度、私を抱きしめて
自分がこの世界で生きている事を感じて欲しい
『――――3番線に電車が参ります、ご乗車ご注意下さい……』
電車が到着した。 レイは手に持っていた文庫本をカバンにしまいベンチから立つと一番近いドアから電車に乗り込み、後ろを振り向いた。振り向くとアスカが自分と対面するようにドアの前に立っている。 アスカの目はレイを睨んでいなかった。眉間の皺が消え、肩の力が抜けているように見えた。
「…………レイ」 「なに?」
アスカは何かを言おうとした、しかし戸惑った。顎を引き何かを考えている。 意を決して話そうと顔を上げた時、電車のドアが閉まった。 アスカが何かを喋っている。しかし電車の分厚いドアで聞こえない。 レイはドアの窓に手を当てアスカの口の動きを凝視する。アスカの言葉を読み取る。アスカの口の動きに自分の口の動きを重ねた。
アスカの言葉を読み取れたレイに胸から何かが湧き上がった。 それはとても暖かで、くすぐったい新しい感情。 その言葉にレイは優しい眼差しでアスカを見つめ頷いた。
2人を違いさせながら電車は動き出す。 しかし、彼女達の心は違えていない。 その感情は2人の心に確かに残っていた。
◇
新箱根湯本駅から5つ目の無人の駅でレイは電車を降りた。駅を出たレイは北へと伸びる田舎道を歩く。 歩く道から見えるのは青々と生えてる一面の稲穂。西の山は何かに抉られたかのように欠けていた、昔のエヴァでの戦闘の名残。 駅が見えなくなり、目的地もまだ見えない中間地点。レイの靴の底が熱くなっていた。アスファルトから伝わる暑さ。レイの額や頬に汗が流れおちる。 レイは立ち止まりカバンから少し大きめのタオルを取り出すと頭を覆うように被った。次に赤い水筒を取り出し水分補給をする。 コップ一杯の水を飲みきり水筒をカバンにしまうとレイはタオルで汗を拭いながら再び歩き始めた。
タオルで軽く外部の音を遮断しても、耳に聞こえる蝉の声。空高く鳴り響く、鳴り響く。
レイが辿りついた場所は病院だった。自動ドアを開けると冷房の風が彼女を出迎える。冷房の風と共に病院独特の匂いが鼻に沁みた。 最初は心地よかった冷気の風だったが、エレベーターを使い3階に登った時には体が冷え鳥肌が立つ。レイは先程まで頭に被せていたタオルを首元へと下ろし腕を擦りながら廊下を歩く。 少し広いロビーへたどり着くと女性が2人話していた。レイは彼女らが誰なのかすぐ分かった。自分の上司である赤木リツコと葛城ミサト。
「レイ」 「赤木博士、葛城二佐」
挨拶をするか迷った時、レイの存在に気づいたリツコから先に声をかけられた。レイは2人の名を呼びぺこりとお辞儀する。
「毎日ご苦労様」 「今日は熱中症対策してきたの?」 「……タオルを」
レイは自分の首にかかっているタオルを2人に見せた。
「結局それにしたんだ」 「日傘の方がいいんじゃないかしら」
レイは首を振り、これでいいと表現した。
数日前、レイはぎらぎら照りつける真夏日に病院まで歩いてきて、倒れた。 医者から熱中症と診断され、点滴を打ちながら1日の入院を余儀なくされる。 見舞いに来て患者になるなんて本末転倒。 レイは同じ事を繰り返さないよう熱中症対策を考え、見舞いに来る際はタオルと冷たい水が入った水筒を用意することに決めた。帽子や日傘も考えた。でも、病院に入った後の冷房の寒さを凌ぐにはタオルが一番ちょうど良かった。
レイが2人にシンジの容態を聞こうと思った時、気づいた。葛城ミサトの目が赤く充血し、目元にクマがある事に。そういえばアスカの目の下にもクマがあったと思い出す。
「じゃ、リツコ。あと宜しく」 「えぇ、貴女も無理しないでね」
またね、レイ。と声をかけレイが来た道を辿っていくミサト。彼女の後姿を見つめるレイとリツコ。 蝉の声が聞こえた。外で聞いた時より、大きく聞こえる。まるでミサトの去り際を見送っているかのように。 エレベータに乗る前にミサトはこちらを見て手を振った。レイはその姿を黙って見つめ、リツコは合わせるように手を振った。 レイはミサトの姿が見えなくなると窓の外へと視線を移した。大きな木からの枝葉が見えた。緑の葉が綺麗に生い茂っている。
「どうしたの?」 「今日は蝉の声がよく聞こえるんです」 「もしかしたら秋が近いのかもしれないわ」 「秋?」 「夏の次の季節」
最後の戦い、そしてサードインパクトで地球の軸はセカンドインパクト前に戻った 暦どおりではないがもうすぐ長かった夏が終わる 涼しくなって周りの色が変わる 緑色が赤や黄色に染まり、葉が散る それが、秋
「蝉達が秋を招く、音」 「そうよ。自分達の命と引き換えに」 「寂しくて、切ない」 「………………」 「だからその先にある知らない季節が尊く感じます」
そのレイの言葉にリツコは目を大きく開き驚いた。そして微笑んだ。彼女の成長を心から喜び、微笑んだ。彼女は生きている、生きることに希望を持っている。生まれたばかりの彼女には決してなかった感情だった。
「赤木さん」
奥の通路から白衣を着た医師がやってきた。リツコは医師の呼びかけに振り向く。
「303号室の子の脳波の変化が見られました」 「変化?」 「はい」
医師が歩いてきた通路の奥、303号室に碇シンジは眠っている。 医師の説明によると今までのシンジの脳波は深い眠り状態であった。が、先程確認したら浅い眠り状態に変化したとの事だった。
「もうすぐ目が覚めるかもしれません」
その言葉にいち早く反応したのはレイだった。
「赤木博士」
リツコは医師に聞いた。病室に入ってもよいかと。医師は『くれぐれも過激な行動ではなく優しく彼を呼びかけてください』と注意を1つして許可してくれた。
「レイ、シンジ君をお願い」
レイは小さく頷くと医師を横切りシンジが眠る病室へと歩いていく。その足取りは今までの中で一番早かった。
病室に入るとまず聞こえたのが心拍数や血圧を表示する規則正しい機械の音。 次に蝉の声。気づけばカーテンが開いていた。空気の入れ替えで看護士が開けていったのだろう。沢山の蝉達が一斉に鳴き立てている、不協和音。 レイはシンジが眠るベットに近づく。 久々に見るシンジは酷くやせ細って白かった。 生きているのか死んでいるのか分からない。 点滴に繋がれた、布団がかかっていない右腕。点滴の雫がぽたりぽたりと落ちる。 レイはシンジの右側に立ち、跪く。そして恐る恐るシンジの右手をそっと握る。 暖かなぬくもり、シンジが生きていることに安堵した。そして涙した。
蝉の鳴き声はレイが聞いた中で今日一番の大合唱。彼の目覚めを促す音になるべく高らかに歌っているのかもしれない。
「碇君」
自分の右手とシンジの右手を繋いだまま、彼女は語りかける。
「もうすぐ夏が終わるの」
シンジは動かない。レイはゆっくりと語る。
「新しい季節がやってきて、紅葉が見られるの。とっても綺麗な景色だって赤木博士が教えてくれた」
伝わる、シンジのぬくもり。右手をぎゅっと握る。自分の今の気持ちを言葉にする。
「その景色、碇君と一緒に見たい」
その声に答えるかのように微かにだがシンジの右手はレイの右手を優しく握り返した。
◇
あれ、今日ですね。丸九周年おめでとうございます!
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.28 ) |
- 日時: 2010/08/21 00:06
- 名前: のの
- Day Tripper!!
出張編第2話
「魔術師」
------------------------------------------------------------------------------------------------------------ 「僕はもしや、変態かなにかだと思われちゃいないか」 もう本当に今更ながらに、愚兄――愚かな私の、ではなく文字通り愚かな兄――の渚カヲルが、昼休みの時間に呟いた。 蝉時雨にもまぎれない程度には大きな声だった。
アスカとマナ以外の女子はお弁当をまだもぐもぐ、他の皆は水筒からお茶を、もしくはパックの牛乳を飲んで食堂につっ かかったお昼ごはんを流し込んでいる最中のこと。
そもそも、そぼろとでんぶでごはんに桜の木を生やした自作のお弁当を自慢もせずに平然と平らげておいて、本当に今 更のことを、とんだ場違いなことを言っていた。
「つうか、それ以外にアンタを表現する術があんの?」 ひと足先にわたしと同じお弁当を平らげたアスカは短いスカートの足を組んでふんぞり返りながら、彼のほうを見もせ ずに言った。反り返りすぎて消化に悪いよ、と洞木さんが言うのもおかまいなし。
「いや、ほら、渚君はハンサムじゃないですか、すごく……」 山岸さんがフォローしながら、いつもの小声でフォローしながらジュウシマツに餌をあげる時くらい微量のごはんを箸 でつまみ、ぱくり。私より細いだけのことはある感じ。
「それを覆い尽くす程の溢れる独自性が邪魔をしてる、というわけだな」 相田君が半年前に購入したビデオカメラについた細かい傷を気にしながらレンズを義兄に向けると、彼は(普通なら) 驚くべき整った笑顔をカメラに向けた。 「俺にそんな顔をするなって。だから変態だって思われるんだぞ」 「おやおや、知っている間柄だと遠慮がないな、相田君」
「それ、加持さんに昔言われたなあ」 碇くんがやや場違いな感慨深さを口にした。今はスイカおじさんの話をしなくても良いと思う。嫉妬深いミサトさんに 聞こえたら、ふてくされるのに決まっているから。
「加持さんて言えばさ、この間軽井沢のアウトレットで見かけたよ」
「つうかなによマナ、あんたアタシを誘わず買い物とか行っていいの?」
「え、駄目っすか。そりゃすいやせんねー」 牛丼弁当(十一枚つづりで2,500円の食券にて購入)を平らげたマナが歯にはさまったスジを取ろうと口をもごも ご。
「ねえちょっと、僕の話を聞いてくれよ」 「なによ」 すでに喧嘩腰なのがアスカの良いところ。この場合は。
「いやね、とにかく変態扱いされて嬉しいわけじゃないよ、僕だって。だからここは、変態よりはまず変人、変人から 更に奇人、奇術師、魔術師の類と呼ばれるようになりたいモノじゃないか」
「そないな考えやから、いらんこと言われるんやと思うけどなあ……」 鈴原君のつぶやきはあまりに正しいので、思わずその場に沈黙が沈み込んできた。
マナに至っては最近彼女だけに大流行中の百人一首のかるたをめ くり出している始末。女の子は興味のない男子には冷たいのね。
「しかしそれは、本当の魔術の類を君らが見たことないから思うだけさ」
「A・Tフィールドって魔術的だったけどなあ……」 碇くんが今度は身も蓋もない感慨を。未来のお嫁さんとしては少し恥ずかしい。
「レイ、あんたが照れるとこじゃないでしょーが」 アスカのつっこみは手が出るから困る。今も肩を叩かれました。痛いのです。
「まあまあ、喧嘩をやめて、皆も二人を止めてくれ。僕のために争わないでよ、これ以上」
「……はあ、まあ」
「ほいでさー、まあいいからそんなにゆーなら魔術を見せてもらうっきゃないよねえ?」 一生懸命百人一首を暗記中のマナが、とても興味深そうに死んだ眼でぐるりと見渡した。
「……うん、まあ」
「そう、ねえ」
「多少は、その、ねえ?」
「でもなんか、最終的に、ねえ、面白いかどうかが鍵って言うか……ねえ?」
「ねえねえ言ってるねえ。おっと、僕のはわざじゃないぞーう」
がばりと立ち上がって両手を広げて「セーフ!」のポーズ。
「……う、うざい」
「手足の長さを無駄遣いしてるわね」
「うるさいのう、ワシ眠いんやで?」
「ふふ、それなら爆睡団長のトウジ君、君をも驚かせる魔術を疲労してしんぜよう!」 愚兄はその腕を伸ばして、煽るマナの手からかるたを奪った。
「あにすんのよー」
「まあまあ、見ているがいいっ」 掌に乗せたまま、ポケットから渋茶色に名作忍者漫画の主人公のほっぺたみたいなぐるぐる巻きが描かれた風呂敷をひ ろげてかるたに被せた。
眉をハの字に寄せて、気難しそうな顔で右手を風呂敷の上で右に左に指まで滑らかに動かしながらぶつぶつと呟いている。
完全にアレな使徒だ。ちがった、今はいちおう人、人間。
「そおーれ、チチンプイプイ!」
でもやっぱり完全にアレだよな、という顔をした皆と眼が合った。みんな顔中に「めんどくせえ」と貼ってある。
風呂敷を大げさに取り払い、かるたを目の前の机に静かに伏せて戻す。
「さあどうぞ、霧島マナさん」
「ほほう、どれどれ」
ベタ好きのマナがなんだかんだ、にやにやしながら一枚めくった。
「あ、渋いわ最初から」
そしてもう一枚。
「ありゃ!?」
さらにもう一枚。
「うそ!」
残りのすべてをひっくり返して……97枚、すべて同じ柄。
「ふははは、驚いたかい!?これが秘術『スベ・テ・セミーマル』さ!!」
「解説しよう!!『スベ・テ・セミーマル』とはかざした手のごべは!!!」
あ、喉を。
「どおおおおしてくれるのよおおおおおお!!!」
悶絶する愚兄に散らばる蝉丸法師とマナの足が降り注いだ。
そんな、夏の終わりのワンシーン。
「綾波、きれいなシメじゃないよ、別に……」
碇くん、無遠慮な指摘。
じゃあ……夏らしい蝉時雨。どうかしら?
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Re: サイト開設十周年カウントダ ( No.29 ) |
- 日時: 2010/08/21 11:42
- 名前: naibao
- キス、してください
少女が頬を染めて言う。 少年は少女の肩を引き寄せ、片方の手でゆっくりと頬をなでる。 ついに、2人の距離は――
■■■君に、降る、雨■■■
実験からの帰り道 休憩室のモニターに映っていた情景を思い出していた。
セカンドインパクト前のドラマのワンシーン。10代の若い男女が雪の降るなか佇んで いる。
キス、してください。
少女の言葉をうけて少年が近づき2つの影が1つになる。少年も少女も満ち足りた表情 を浮かべていた。
――なぜ、 わたしはこんなにもあのシーンを気にするのだろう。これまで何度もそういったドラマ を同じ場所で目にしていたはずなのに、こうして後になってから思い出すということは なかった。
思考を巡らせるうちに、鞄を提げていない右の手のひらが熱を持っていることに気づく 。――いつの間にか、雨が私を包んでいた。
夕立とは少し趣が違う、穏やかな雨。 傘も持っていないしすでに十分に濡れてしまっている。雨宿りをするのも、走って帰る のも今更だと感じた。――それに、こうして雨の中に居ることが心地よかった。
雨の中は静かだった。小さな雨粒とともに私が少しずつ周囲に溶け込んでいくような、 そんな不思議な感覚。 ただ、私の右の手のひらの感覚だけが例外で、熱く、強く感じられる。 あのときの――使徒の火粒子砲を全身で受け止めた後の、泣き出しそうな彼の笑顔とと もに、彼の手のひらの感覚が蘇ってくる。 あの作戦以降、ふとした時にこの感覚が右手からじんわりと浮かんでくるのだ。
突然、意識を外側から刺激される。 彼が傘を差しのべていた。
傘の中はたくさんの音で溢れていた。
雨粒が傘を控え目に叩く音 一歩進めるごとに跳ねる水の音 私の右側を歩く少し不規則な息遣い
雨の中にいるときには感じられなかった、音。
歩調を早めたくなるような、でも、ゆっくり味わっていたいような。そんな不思議な感覚。
少しずつ少しずつ、雨脚は弱まっていく。しかし、私の耳に響く雨音は少しずつ少しずつ 、大きくなっていく。
雨が止み、雲の切れ間から光が射した。
傘から出ても、なお、雨音が聞こえる。
キス、してください。
またあのシーンが浮かぶ。
■■■了■■■
なんか『狙いすぎ』の感が否めないので、最後の一文を削除します。 削除文は以下。
『彼の体温が消えた私の右側が、じんわりと熱を持った。』
あと、細かいところの修正も行いました。
8月23日午前0時40分追記 naibao
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.30 ) |
- 日時: 2010/08/21 15:31
- 名前: JUN
- キスしてくださいvol.4
「どうしよう、これ……」 シンジは呆然として呟いた。手の打ちようがないとはこのことだ。身動きが取れない。取ろうと思 えば取れるのだろうが、それをするにはいささか度胸が必要だった。起こしてしまう。それに、起こ した後の対策を考えていない。今の彼女の状態からして、妙な事態に陥るかもしれない。既に妙な事 態に陥ってはいるのだが、それとこれとは別である。だが、このままいつまでもこうしているのはさ らに問題がある。よし、起こそう。
「あのぉ……」 「んん……」 「あの、すいません……」 「うぅん……」 「起きてよ」 「むにゅ……」 「起きてください、綾波……」
酔いつぶれた綾波レイは、いつまで経っても起きない。
発端は些細なことだった。レイを家に招待したシンジは「適当に座ってて。冷蔵庫にあるもの、何 でも飲んでいいよ」と言って、自らは風呂の掃除をしていた。夜勤明けのミサトは、NERVか家かい ずれかでシャワーを浴びる。どちらにでも対応できるよう早めに風呂桶を綺麗にしておくのがシンジ の習慣だった。
アスカもミサトもいないから、からかわれることもなく色々な話が出来る。もしかしたらキスくら い出来るかもしれない。ミサトはいつ帰るか分からないが、それでも話をする時間くらいあるだろう。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、シンジが風呂桶をこすっていると、ふと思うことがあった。冷蔵庫 にジュースってあったっけ……?
ない、とシンジは思った。ビールだけだ。でもまあよい。紅茶かコーヒーでも淹れよう。紅茶がい いかな。僕らの思い出の飲み物だから。初めて淹れたときはちょっと苦かったけど、今は大分上手に なっているから。
シャワーで風呂桶に付いた洗剤を流しつつ、シンジはこの後のことに想いを馳せた。からかわれる 相手がいるせいで、なかなか二人きりになれなかった。キスも数えるほどしかしていない。今日はち ょっと勇気を出して、積極的になってみよう。
「ごめんね綾波、待っ…………た?」 「ふにゅ……いかりくん…………」
顔を色っぽく紅潮させたレイは、シンジの胸に顔を埋め、安らかな眠りについた。
「確かに何でも飲んでいいって言ったけどさあ……」
テーブルの上に置かれたビールの空き缶を眺めつつ、シンジは呟いた。レイはシンジの首っ玉に抱 きついたまま離れない。時折んっ、などと高い声を上げる度に、シンジの心臓が止まりそうになる。
――無防備だよう……綾波ぃ
「起きてよぉ、綾波……」
この上なく情けない声をシンジが上げる。この情けなさの理由は多々あるが、一番はやはり色々と 立てていた算段がご破算になってしまったことだろう。キスしようとすれば不可能ではないが、意識 がなければ意味がないと思う。
「いかりくん、ねこがほしいっていってた……」 「へ?」 「ぺっとがほしいって……」
寝言なのか判別しかねる。うわ言のようにふわふわと、レイは何の脈絡もなく呟いた。そういえば 昔クラスでそんなことを言った気がするな。犬派か猫派かで分かれて……
「そ、それがどうかしたの?」 「いかりくんがねこほしいなら、わたし、いかりくんのねこになる……」 「はい?」 「いかりくんのぺっとになる……」 「えと、綾波さん?」 「にゃん……」 「…………」
昔こんな話を書いた気がするが、気のせいである。別物である。レイはうっすらと目を開け、とろんとした表情でシンジを見て、みゃん、ともう一声鳴く。
……どうしよう、萌える
新しい性癖への扉が開きそうになる。襲い掛かってしまいそうで、シンジは妙に危機感を覚えた。 レイはさらにきつくシンジに抱きつき、シンジは息苦しさを覚えた。酔ったレイの恐ろしさを肌で 感じる。缶ビール一本でこうもとろとろになるレイがかわいくもあり、怖くもあった。
「いかりくん、きす、して……」 「へ?」 「きす、きす……」 「え、いや、ちょっと」 「してくれないの……?いかりくん、わたしときすするの、やなの……?」 「いや、そうじゃなくて」 「おねがい、きす、してください……いかりくん…………」
酔ったレイは積極的らしい。色々な一面を発見して、シンジは戸惑いと喜びを感じる。キスしよう にも、レイはシンジに抱きついている。その体勢からキスするのは不可能だ。
「じゃ、じゃあ一回離れてよ。近すぎて出来ないから」 「や、はなれない。いかりくんは、わたしのものだもの……」 「どこにも行かないから。ね?一回離れてよ。キスできないよ?」 「ん……」
いかにも渋々、レイが距離を取る。シャツをしっかり握っている辺り、離れたくないと言った感じ だ。 「目、閉じて」 「…………はい……」 なんだかんだで計画は達成できるらしい。結果オーライだ。意識もあるのだから、ポリシーにも反 さない。
「好きだ、綾波……」
折れそうに細い身体をそっと抱き締め、ゆっくりキス。アルコールの影響か、うっすら開けた口か ら漏れる吐息は荒い。重ねた唇からは、アルコールの匂いとレイ自身の果実のような甘い香り、ほん のりと汗の匂いも混ざって扇情的な香りがした。
「はぅ……」
そんな匂いと、レイの甘い声に誘われ、シンジの掌がレイの胸元に伸びる。唇を離したレイがうっすらと微笑んで、その手を取った。 「綾波、いい……?」 「碇くんだから、いい……」 「綾波…………!」
まさにシンジがレイを押し倒そう、そう思って肩に手をかけたその時――
「たっだいま〜!シンちゃん、おふ……ろ…………」
時が、止まった――――
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.31 ) |
- 日時: 2010/08/23 22:28
- 名前: JUN
- 蝉時雨vol.4
「ただいま」 シンジがそう言って扉を開く。見ると、明らかにミサトやアスカよりサイズの小さい運動靴がある。 「綾波、来てるの?」 靴を脱ぎ、買い物袋を玄関の脇に置いて居間のドアを開けると、綾波レイは確かにそこにいた。ソファに腰を下ろして、視線は心持ち下向き。どこか冷たい雰囲気を醸している。 そんなレイの様子に、シンジは不安になる。何かしただろうか、ここのところ機嫌を損ねるようなことはしてない筈だけど。 「綾波、いらっしゃい」 「…………」 レイは答えない。嫌な予感がするが、本当に思い当たらないのだ。お弁当は手抜かりなく作っているし、肉だって取っている。週末にはデートにだって行っている。シンジ自身、レイとのそういった行動をとても楽しみにしているのだ。 「ぼ、僕、財布を置いてくるね」 沈黙を守るレイにいたたまれなくなったシンジは、逃げるようにして自分の部屋に向かう。葛城家の家計は基本的にシンジが切り盛りしているので、財布は自室に置いてあるのだ。下手においておくとミサトのビール代に消えてしまう。
部屋に着いたシンジは一つため息をつく。黙り込んだレイほど怖いものはない。アスカは手が出るが、レイは空気で人を殺すクチである。転びそうになった他の女の子を支えただけで、シンジは半日食事が喉を通らなくなった。レイの放った無言の圧力によるものである。 引き戸を開けたシンジは、部屋の中の違和感に気づいた。妙に片付いている。基本的にシンジは部屋を綺麗に保っているが、それでも最低限の生活感は出る。そういったものがない。つまり、誰かが部屋を片付けたのだ。
財布をいつもの引き出しにしまおうとした時、シンジは“それ”に気づいた。
「な、な、な、なんでこれが…………!?」
机の中央にぽんと、やけに丁寧に、これ見よがしに、それは安置されていた。
――ケンスケから譲り受けた、シンジ秘蔵のエ○本である。
背中から一気に嫌な汗が噴き出す。ここにこれがあるということは、つまりそういうことである。レイの放つ無言の圧力の正体、それは明らかにこれだった。部屋中が片付けられ、ただこれだけが机の上に置かれている。異様な雰囲気が、そのブツからは放たれていた。それがレイ自身の怒りであると気づけないほど、シンジは愚かな生物ではなかった。
何で見つかっているんだろう。確かにベッドの下に…………
いそいそとそれを仕舞い、引き戸の元へと戻る。戸を開けるのが怖かった。他の女の子が触れるだけで機嫌を損ねるレイが、シンジのそれを見て冷静でいられるはずがない。 だが、このままでいい筈もない。決心して戸を開け居間を見ると、レイは先ほどと同じように座っていた。 恐る恐るレイの横に座り、そっと声をかける。
「ね、ねえ、綾波……」
そんな猫なで声に、レイはぷいと顔を背ける。かなり怒ってる、シンジは思った。 果てしない沈黙。ただ窓から蝉時雨が流れ込むのみだ。 「その、僕の部屋の、あ、アレのことなんだけど……」 「…………」 「ぼ、僕だって、綾波に悪いと思うんだけどさ、ほら、僕も男だし、変に溜め込んで綾波に変なことしちゃったら、それは結局綾波を裏切ることになるわけで、あの、えっと――」 「私に黙ってあんなの見てるのは裏切りじゃないのね。碇くんにとっては」 「う……それは、その――」 「私以外の人のほうがいいのね。ごめんなさい。巨乳じゃなくて」 「そ、そうじゃないんだよ。そうじゃなくて、僕は――」 「不潔」
シンジの言葉を待たず、レイは立ち上がった。 「え、どこ行くんだよ、綾波」 そんなシンジの声に耳を貸さず、レイは玄関へと歩いていく。 「ま、待ってよ綾波!」 「さよなら」 「あ……」
ぷしゅ、と音を立てて閉まった扉を、シンジはいつまでも見つめていた。
次の日、シンジはケンスケに断り、その本を捨てた。食べてくれるか不安だったが、弁当も別に作った。レイの好物を選んで。カボチャの煮っ転がし、ポテトサラダ、鰆の西京味噌焼き、そしてレイがお弁当以外にもよくせがんで作らされた、砂糖を沢山入れた甘い甘い玉子焼き。
学校に来てから、レイは一言も口を利いてくれない。当然覚悟はしていたが、やはり辛かった。レイの声が聞けない学校生活がこれほどまでに苦痛だとは思ってもみなかった。自分のしたことがいかにレイの心を傷つけたのかを痛感させられた。 「あの、綾波、これ……」
昼休み、一緒に買いに行った弁当箱を差し出す。レイは暫しそれを見つめ、鞄から何かを取り出した。それを見て、シンジは絶望した。 その手には、コンビニ弁当が握られていた。
震えながらシンジの手が下がり、ほんとにごめん、とだけ言って踵を返す。レイの怒りは、自分が思っていたよりずっと深かった。普段、シンジのちょっとした悪戯を微笑みながら赦してくれるレイが、これほどまでに怒っている。
二人分の弁当を食べながら、シンジは深い溜息を吐いた。昨日まで一緒に二人で食べていたのに。 正直、コトを甘く見ていたのだ。どんなに拗ねていても、謝ってキスをすれば、レイは必ず許してくれていた。次の日はいつもレイのリクエストした弁当を持って行って二人で食べるのが常だった。
次の日から、来る日も来る日も、シンジは二つ弁当箱を持っていった。その度、シンジは二人分の弁当を食べていた。
そんな毎日を一週間も繰り返したある日、シンジはまた弁当箱を手渡した。やはり、レイの好物を詰めて。レイはまた暫しそれを見つめ、ゆっくりとそれを受け取った。 シンジの顔が歓喜に満ち溢れる。瞳を輝かせ、 「あ、あの、食べ終わったら僕の机の上に置いといてくれたら、洗っておくから。美味しくなかったら、残していいよ」 レイは、こく、と頷いた。
昼休みが終わると、レイが無言で空になった弁当箱を渡す。その軽さに、シンジはまた笑った。許してもらえたからではない。レイに少しでもその兆候が見えたからだ。 レイが自分の席へと戻るのを見届けた後、シンジが弁当箱を仕舞おうとすると、その中からかさ、と乾いた音がする。不思議に思ったシンジは、弁当箱を包んでいたバンダナをほどいた。小さな紙が入っている。ノートの切れ端のようだった。
『午後八時、私の家』
パソコンの明朝体のように綺麗な字で、それだけが書かれていた。レイの作ってくれた挽回のチャンスだった。
「お邪魔、します……」
レイのアパート。サードインパクトの後改装が加えられ、小奇麗なマンションになっていた。二人で選んだ家具の恩恵でレイの自身の部屋も小洒落た空気を醸している。
「座ってて」 「は、はい」
シンジがソファに腰を下ろすと、マグカップに入った紅茶が置かれる。 「あ、ありがと」 夜になって、あたりは昼間以上に静かだ。蝉時雨すらない。 「その、あの、綾波、本当に、ごめん。僕が馬鹿で、その、綾波のこと傷つけて……」 「…………」 「今更何言っても言い訳なんだけど、僕は馬鹿だからさ、その、こうして二人きりでいる時に綾波に酷いことしちゃうのが怖くて……奇麗事、なんだけど…………」 「……碇くん。わたし、魅力、ない…………?」 消え入るように小さな声で、レイは言った。 「そ、そんなことない。綾波は、すごく魅力的だよ。どんな人より、ずっと……」 「ほんとう……?」 「……うん。それは、自信を持って言える。綾波よりかわいい人なんて、いないよ」 「…………」
レイが黙り込む。また沈黙が、二人を包んだ。 その時間がどれくらいか、シンジには分からなかった。とてつもなく長くもあり、ほんの一瞬だったのかもしれない。 そんな中、ずずっ、とレイが音を立てる。半ば反射的にシンジがそちらを見た。
レイが、泣いていた。
「あ、綾波、ホントにごめん。許されないことなんだけど、その――」 「違うの」 「え……」
シンジの言葉を遮り、レイが言った。
「私、怖かったの。碇くんが、私以外を見るようになるのが。碇くんが、もう私に飽きちゃったんじゃないかって。私――」 「綾波!」
言葉を紡ぐレイをシンジは思い切り抱きすくめた。
「ごめんよ、本当に、ごめん。綾波が不安になるようなこと、もうしないから。飽きるなんて、あるはずがない。綾波は、僕の宝物だから……」 「碇くん…………!」
「あの本は捨てたよ。大丈夫だから。僕が好きなのは、綾波だけだから……」 「えっちな本、もう読まない……?」 「うん、読まないよ」 「うれしい……でも、碇くん」 「なに?」 レイは微笑んで、自分のブラウスのボタンに目をやる。 「碇くんが我慢できなくなったら、私があのくらい、いつでも見せてあげるから……私、碇くんになら、何だって出来るから……」 「綾波…………」 そっとシンジがレイの胸元に手を伸ばす。レイと視線が錯綜する。レイはシンジの唇にちゅ、と口付け、その手を取った。 「いい……?」 レイは小さく首肯し、 「だって、碇くんだもの…………」
おしまい
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