「綾波レイの幸せ」掲示板 四人目/小説を語る掲示板・ネタバレあり注意
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fld_nor.gif サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/07/28 18:30
投稿者 tamb
参照先
月々のお題に沿って適当に書いて投下して頂こうという安易な企画です。作品に対するものは
もちろん、企画全体に対する質問や感想等もこのスレにどうぞ。詳細はこちらをご覧下さい。
http://ayasachi.sweet-tone.net/kikaku/10y_anv_cd/10y_anv_cd.htm

今月のお題は

・蝉時雨
・キスしてください

です。では、どうぞ。
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< 123456>
件名 Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/08/30 19:38
投稿者 JUN
参照先
■caluさん
ついに来た、という感じです。いやはや、流石。
相変わらずの語彙、ところどころに見られるコミカルなテイスト、やはりcaluさんです。
甘さはこの位がやはり理想ではないかと思います。素晴らしい。
本来抱くべき感想なのか分かりませんが、本来TV版、旧劇、新劇におけるレイと、自分達
二次創作を書く人間との間にある綾波との齟齬を考えさせられました。
たとえ二次創作であれ、そこにあるのが綾波と考えられるものと考えられないものがあり
ますが、この作品にある“二人目”のレイも今のレイも間違いなく綾波レイであり、しか
し性格としてはある程度違っているわけです。
これはどうしたことだろうと思わずにはいられない、そんな作品でした。ゲロ甘でもきち
んと綾波レイ“してる”作品は作れるはず、と思ってます。というか、思ってなければ書
いてません(^^;)しかし今の僕の作品にオリジナルの匂いはあまり感じない。それは事実
です。であるならば、オリジナルとの齟齬をいかに埋めるかというのを、重大なものとし
て改めて捉えるきっかけになりました。
素晴らしい作品、ありがとうございました。この作品は個人的にかなり好きです。このク
オリティでゲロ甘されたらどうなるんだろうと、ふと思ってしまいました。
編集 編集
件名 Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/08/30 01:05
投稿者 calu
参照先
 それは意識の中に出来た小さな染みのようなものだった。
 頭のなかの幾層もの扉の向こうで、それは風船のようにゆったりと膨らんでは、小さくなっていく。
 少しして、その中に呼吸にも似た規則性を感じはじめたとき、それは自分の近くにまで迫っている音だと気が付いた。

 …………みず、のおと。

 陽炎のように微かに湧いた声にならない声。それでも幾つかの扉を開いた先で、少しずつ明るさを取り戻すことのでき
た視界がゆっくりと開けていった。
 拙げに焦点を探す古いカメラのように、少女の産まれたばかりの視界の向こうで、ただの白っぽい塊だったものは徐々
にその輪郭を露にし、少女自身の手であることを理解した。白魚に例えて差し支えのない指が、鼓膜を打つ存在感にピク
リと反応した。
 そして、その白さをより強調していたのは、緋色の澱に染め抜かれた空、そして海だった―――。

 ―――!

 闖入者のように少女の意識へと分け入った音が弾けた。それは少女の中にリズムを形成した波の音を意識の外に押しや
ると、少女の頭の中を攪拌した。

 ……ひと…の、こえ?

 身体はピクリとも動かない。薄っすらと開かれた深紅の瞳は、暗色がかった紅色を貼りつかせた海と粟立つ波に向けら
れていた。それでもシャワーのように降り注ぐ声が意識の中で固有の波長を構成するにつれ、少女はその理由を理解でき
ないままに熱くなり始めた身体を感じていた。そして、少女の両肩を掴んでいる誰かの手があることを。少女の視界の中
で、二度三度、海が揺れた。
 血の通い始めた身体が僅かながらの自由を少女に与えた。仰臥する少女に覆いかぶさるようにして、呼びかけ続けてい
る少年。顔を向けることが叶った蒼銀の髪の少女は、その花弁のような口を微かに開いた。

「…い…り、くん」

 あまねく世界を覆う暗雲が薙がれ、少女の前で輪郭を露にした黒髪の少年。全ての感情を滴り落とすように少女を抱き
しめると嗚咽を漏らし始めた。
 少女の胸の中で、弾けだしたイメージが膨らみを見せたのは、その少年の感覚、そして匂い。俄かに持ち上がった安堵
感は、ふたたび少女の意識を朧に翳らせつつあった。意識を深淵に沈ませる前に、もう一度だけ少年の名を口にしようと
したとき、温かく柔らかな何かが遠慮がちに少女の唇に触れ、やがてそうなることが定まっていたかのように、しっとり
と重ね合わされた。

 ………流れこんで、くる……。

 至上にも思える安息の下、意識を深い邂逅へと沈めはじめた少女。
 
 その白磁のような光沢を湛える頬に伝わる一筋の涙。
 
 幼気な微笑で飾られていたその顔は美しかった。















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

        La tercera Ⅰ - キスして、ください - written by calu

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 第3新東京市立第壱中学校。蒼茫と広がる空の下、歓声と嬌声が時折り山間に木霊していた。燦々と降り注ぐ午後の日
差しを浴びながら校内のプールでの授業を楽しんでいるのは、3-Aの女子生徒達だった。咎めるように響く教師のホイ
ッスルの音を掻い潜るようにじゃれ合う少女達。校庭に面したプールサイドで、ひと際大きな水音があがった。

「――あ…ん」

 濡れそぼった頭を上げると陽射しの中でプラチナブルーが零れるような煌めきを放った。虚を突かれた表情の向こうに
は、プールの中から悪戯っぽい笑みを投げ掛ける赤毛の少女がいた。

「目、覚めたでしょ?」
「……もおっ、アスカったら」
「だって、何度声掛けても反応しないんだモン」
「え? 何度もって…?」
「ふーんだ。どうせバカシンジの事でも考えてたんでしょ」
「…な、何を言うのよ」
「当たりね。ところで、そこから早く離脱したほうがいいわよ。バカなオトコどもの視線の餌食になってるわよ」

 え? とレイがあげた声に重なるように、校庭の方からクシャミが高らかに響いた。ゆっくり顔を校庭に向けたレイに
反応するように、校庭からプールに釘付けとなっていた一団がどよめいた。

 ――おおっ、綾波がこっち向いたぞ!
 ――か、かわいい……。
 ――なんで…あれが全部碇のもんなんだ? 得心せん!
 ――レイちゃん……。
 ――ハァハァ。
 ――あ綾波の胸…綾波の太もも…ああ綾波のふくらはぎ(壊)~。
 ――お前、成長しないよな……。
 
「ほらね。男って、バカでスケベばっかなのよ」
「碇くんはバカでスケベじゃないわ」
「そーかしら。アンタのこと、一番熱い目で見てんじゃないの?」

 いま一度視線を校庭に戻したレイとモロに視線が合ったシンジは、忽ちの内に顔を茹で上げると運動場の方に顔を背け
てしまった。

「…………」
「でしょ?」
「……いつもの碇くんだわ」
「そんじゃ、バカシンジいつもアンタをそんな目で見てるってことね」
「そんなこと、無い、と思う」
「相変わらずおめでたいわね。知らないわよ。今夜のオカズになったって」
「……おかず?」

 体育座りをしながら小首を傾げたレイに、フッと頬を緩めると、アスカは懸垂の要領で勢いよくプールの中から身体を
持ちあげた。水着から弾け出た水で焼けたプールサイドに一瞬の染みを作りつつ、校庭に面したフェンス際まで泰然とした
物腰で歩を進めると、両手を腰に据えたいつものポーズで運動場を睥睨した。
 とたんにその欲望同様に黒い塊となっていた男子達から、おおおおーと歓声混じりのどよめきが地鳴りとなって校庭に
走った。校庭にいる男子達からは見上げるような高低差のあるプール故、その肢体を望むアングルがこれまた効いた。二
年の時から発動して久しい下僕の会のメンバー達は、一様に鼻から血煙りの花を咲かせてもんどり打った。鬼神のダッシ
ュで校舎に駆けていったケンスケは、カメラを取りに行ったのだろう。トウジに至っては、惣流性格は直らへんけど、ほ
んまええボデーや、ええのーええのーと、いまや可変型となった鼻の下を極限まで伸ばしている。

「ちょっと、何? あの男子ども」
「鈴原のいやらしい目つき、サードインパクト前より酷くなってない!?」

 騒然とした校庭の様子に、他の女子生徒達も集まってきた。鈴原という名を聞き、どうしたの? とやって来たヒカリ
も顔を激しくモディファイさせたトウジに瞬間沸騰機よろしく激しくキレた。

 やれやれだわ。みーんな一年前と何にも変ってないんだわ、と一人孤高の女王の如くこの一年でより女性らしくなった
肢体を晒していたアスカだったが、校庭からやんわりとした視線を向けている一人の少年に気付くと、途端に全身を凝固
させた。

「……アスカ?」
「な、なによ? レイ」
「どうかした? 顔が赤いわ」
「う、うっさいわねー。プールから上がって暑いからよ!」
「そう」
「…レイ、ちょっと」

 人が変ったように、モジッと手で胸などを隠すようにして、ツツツとレイの隣に座り込んだアスカは、レイに倣って体
育座りの体勢に落ち着かせた。

「何?」
「あさってのお祭り、どうすんの? バカシンジと何か話した?」
「うん」
「何時に行くの?」
「時間はまだ話してないわ」
「そう。なら、一緒に行かない? アタシもカヲルと行く事になってんだけど…」
「渚君、と?」
「そう。カヲルとよ。って、何度も言わせないでよ、もお!」
「…ごめんなさい」
「い、いや、別に、そんな素直に謝られると何だかチョーシ狂うんだけどぉ…まあ、いいわ。…いずれにしても時間は今
晩決めちゃわない? アタシんとこでさ、って言ってもお隣だもんね」
「問題無いわ。……それより、アスカ」
「な、何よ?」
「早くプールに入った方がいいと、思う。まだ顔が赤いもの」  


                           ∞ ∞ ∞


 蒼く高い空にたゆたうちぎれ雲。降りそそぐ陽射しに、白く薄められていく午後。呼応するように幾重にも広がった蝉
時雨が夏色をいっそう濃いものにしている。
 5時限目の終わりを告げるスクールベルが鳴り終わったとき、3-Aの教室の窓辺に座っている少女は、その髪を陽に
梳かれながら、静かに校庭を眺めていた。そんないつものひと時にブレイクが掛けられたのは、クラスメートの話題に登
場した言葉が、今瞬間レイの頭の中を占めていたそれと一致したからだ。

 ――ねえねえ、朋子。週末のお祭り石川君と一緒ってホント?
 ――へへへー、ホント。
 ――えーっ、いっつの間にー!?
 ――二週間ほど前。勇気出してコクッたんだ。
 ――あー悔しい。あたし唾つけようと思ってたのにぃ。
 ――だめよ。もう遅いわ。この夏祭りでキメようと思ってんだから。
 ――え!? もうそんなとこまでいっちゃってんの?
 ――何考えてんのよ…キスよ、キ・ス。かわいい浴衣まで揃えて準備万端なんだから。
 ――そう言いながら、どーせお泊まりセット持参で行くんでしょ? でも、いいなー。ね、ね、余ったら分けてねっ。
 ――何言ってんのよ…あんた。

 少女たちが交わす会話の大半をレイは理解できない。それでも、その心に滴るように印象を深くした言葉たち。

(……お祭り……ゆかた? きす?)

 ……浴衣。木綿で作ったひとえの着物。入浴後や夏季に着るモノ。……だから、おふろに入ってからそれを着て夏祭り
に行くのね。
 ……キス。接吻。口づけ。恋人若しくは好意を持った者同士が唇を使用して行う愛情表現。……それが夏祭りにどう関
係しているのだろう。……解らない。……夏祭りでキメるって何? 何か重要なことでも決定するのだろうか……浴衣を
着て……でもどうして、キス…なの?

「――ねえねえ綾波さん」

 意識を戻したレイの横に立っているのは、今の今まで夏祭りを話題に花を咲かせていたクラスメート達だった。

「何?」
「綾波さんも週末のお祭りは当然行くわよね?」
「ええ」
「やっぱ…碇くんと一緒?」
「うん」

 小さくキャッと反応した二人の少女に、レイは? を咲かせて小首を傾げた。
 やっぱりー、ほら朋子言った通りでしょ? だめよアキ最後まで諦めちゃ。

「綾波さんね、あたし達もあさって行くんだけどぉ……その、会場でね、少しだけ碇くん借りちゃっても…い――」

 ダメ! と意外にも強い口調で拒絶の言葉を発したレイに少し後ずさった二人。

「……碇くんとは、ずっと、一緒だもの」
「ご、ごめんね。綾波さん。い、今言ったこと気にしないでね」

 ほらあ朋子、綾波さん怒らせちゃったじゃないー。何よ、アキの願いを叶えてあげようと思ってあたしは、などと言葉
を曳きながら、レイの少し濃くなった紅い視線から逃げるように自分たちの席に二人は戻っていった。  
 二人の背中に視線を向けていたレイは、二人を睨み据えている訳ではなかった。浴衣とキスの因果関係について聞くに
聞けない胸の内を知るものは学び舎の中には誰一人としていなかった。


                           ∞ ∞ ∞


 コンフォート17。その敷地内の樹木が長い影を曳きだした夕間暮れに近いひととき。置き忘れられ大地の澱となった
熱気が、間延びしたチャイムの音を従え、東の空に顔を覗かせはじめた宵闇に吸い込まれていく。
 
「綾波、良く来たね。さ、上がってよ」
「うん」

 インターフォンの音に、エプロンで手を拭いながらパタパタと小走りに出迎える主夫モードのシンジが、満面の笑みで
レイを出迎える。そんなシンジにとろけるような微笑で応えるレイ。

「ごはん、もう少ししたら出来るから、お茶でも飲んで待っててよ」
「うん。…碇くん、アスカは?」
「何か、さっきからずっと電話してるよ。多分カヲルくんとだと思うんだけど」
「……そう。アスカ、今日は明後日のお祭りの打ち合わせをしたいって言ってた」
「日本の祭りって初めてだからかな? なんだかアスカ張りきってるんだ」

 破顔一笑のシンジ。緊張気味にレイの手を取り、ダイニングへと導く姿はまるで新婚愛妻家の主夫のそれ。サードイン
パクトを乗り越えて、牛歩的ではあるものの着実に育みを見せている二人の関係。何かを確認するかのように、どちらか
らともなく手を繋ぎ始めたのはごく最近になってからのことだった。
 
(……碇くんの手。……温かい)
(……安心…する)
(……胸の中が満たされていく……これは)

 シンジの手を握る毎に、レイの内奥に溢れ出てくるシーン。それは、過去の記憶にリンクされているものも少なくなか
った。


          ……初めて触れた時は、何も感じなかった。
          ……2度目は、少し気持ち悪かった。
          ……3度目は、暖かかった。スーツを通して碇くんの体温が伝わって来た。


 シンジの手を握るレイの中に広がる小宇宙。
 非常用ハッチから月明かりと共に笑顔を零した少年の頬は涙で濡れている。その少年に半身を預け、夜空にたゆたう月
への暗夜行。ふたりで歩いていこう、いっしょに生きようと言ってくれた言葉。レイにとって、それは鍵になった。


          ……4度目は、嬉しかった。私を心配してくれる碇くんの手が。


 夜を徹した起動実験明けに、ひょっこりアパートに現れた少年。心配そうに私を見つめる瞳。労わりの声を残し早々に
辞する様子を見せた少年にかけた自分らしくない言葉。そのとき…私は何を思ったのだろう……。
 いつかの食事の後で碇司令に買って貰ったリーフティーとティーサーバー。慣れない作業に火傷を負った私に、隣の部
屋から様子を窺っていたのだろう、その少年は慌てて飛んできた。手の上を奔る水。チラと目を向けた直ぐ隣には、見た
事もないくらいに心配そうな表情を貼りつけた少年がいた。私は……嬉しかったのだろう、と思う。

 ……5度目。初号機から還って来た少年と散策した庭園。


          ……もう…一度、触れてもいい?


 柔かい陽射しが降りたつ中、何かを確かめるように握られたふたりの手。
 自分から口にするとは思えない願い。5度目…この時、私はどう思ったのだろう……。

 そしてその数日後、……私は消えた。第16使徒アルミサエルとの戦いで。

 記憶の引き出しには存在しないそのときの出来事。碇くんは、使徒からの浸食を受ける私を助けるために出動したという。
だが零号機との生体融合を進めた使徒は、私の想いのままに、碇くんとの融合を求めて初号機に襲いかかった。

 
          『あれは私の心? 碇くんといっしょになりたい』

 
 記録の中でのみ確認することができる、私が遺した言葉。

 私は、碇くんを助けるために、ATフィールドを反転し使徒との生体融合を一気に進めた。そして、躊躇なく引かれた
自爆シークエンスのレバー……。 


 ……そのとき。……そのとき私は、どんな想いだったの?
 ……何を、考えていたの?
 ……そして……怖くは、無かったの?



 ……だって、私は3人目。……その事は知ってるけど………覚えてはいない。




 ……もし同じ状況にあったとしたら、私にも出来る?
 ……私は、怖い。……碇くんと、離れることが。……もう話せない事が。……二度と触れ合えない事が。……笑顔を見
れない事が。
 ……それら全ての想いを超えて、碇くんを護り切り、そして消えていった二人目の私。
 ……そんな二人目の私が、孤独な戦いの中で希求していたモノ……絆。




 ……碇くんと、どんな……どれほどの……絆、があったの?





 シンジの手を握るレイの手に力が籠められたのに、えっとレイを振り返ったシンジ。それまでいつも通りフワフワとシ
ンジの後を付いてきていたレイが、足を止め顔をやや俯かせている。

「どうしたの、綾波?」
「……………」
「あ、あや――」

 俄かに心配そうな表情を浮かべ、レイの顔を覗き込むように伺うシンジ。
 シンジのレイを気遣う表情。記憶の中と同じ顔だ、とレイは思った。

「……なんでも、ない」

 レイの心象をよそに、シンジに向けられたレイのやや憂えた表情を息がかかるほど間近で見るにあたっては、シンジは
思春期の少年として標準的な反応を示していた。

「ちょっとぉ、廊下でべたべたしないでくれる?」

 !

 踊るように飛び上がったシンジが振り返った先には、惣流・アスカ・ラングレーが携帯端末を片手に呆れ顔を添えて立
っていた。

「な、何だよそれ。何言ってんだよ、アスカ」
「あーら、見たままの事を言ったまでよ。相変わらず仲のおよろしい事で」
「…な、何を言うのよ」
「ま、取り敢えずコッチの話は終わったんでぇ、早いとこゴハン食べながら明後日の打ち合わせしましょ」携帯端末をビ
シッとシンジの目の前にかざすアスカ。「それと…スープの寸胴もうじき吹くわよ、バカシンジ」

 うわわわわー、と第10使徒を受け止めに行くかのようなダッシュを見せキッチンに消えたシンジ。直後、間欠泉が吹
きあがるような音にシンジの奇声が隣室に木霊した。
 
「……レイ」
「な、なに?」
「……あんた、また気にしてんじゃないでしょうね?」
「…………そんなこと、ない」

 再び顔を俯かせたレイを覗きこむような素振りを見せたアスカ。フッと溜め息を漏らすと、拗ねた妹の手を曳く姉のよ
うな表情を浮かべた。

「ま、いーわ。さ、ごはんごはん。あの様子じゃもう少し掛りそうだけど、行きましょ」 
「……うん」


 ダイニングに入るや、ポタージュスープの甘い香りが鼻腔を突いた。焦げた臭いを予想していたアスカの視線の先では、
いままさしくパン粉の衣から溶き卵を滲ませた豚肉が油の中に流し込まれようとしていた。

 ヴィーナーシュニッツエル!

 アスカの絶対境界線はいともあっさり突破した。シンジィ、解ってるぅ! と俄かに冷蔵庫の中を掻き回し始めたアスカ。
若しかしてまたサワーでも探しているのだろうか。嫌な予感を振り払いつつ、手を止めずに首だけ回して、自分の背中に
視線を落とすレイを優しげに見遣ったシンジ。

「綾波にはさ、白身のお魚を揚げてあげるからね。これだったら大丈夫だよね」
「うん」
「シンジィ、ところで今日ミサトは、真っすぐ帰ってくんの?」
「うん、だと思うよ。特に連絡ないから。それより、綾波もアスカも座ってよ。スープ出来たからさ」

 あーい、と子供のようにどっかとダイニングの椅子に腰を落としたアスカの手には、雑誌と一緒に何やらアルコール飲
料っぽい缶が握られている。

「アスカ」
「なによバカシンジ」
「それ、お酒だよね」
「折角のカツレツなんだもん。これが無いとね。でもノンアルコールよ」

 何をおっさんみたいな事を、とブツブツ呟きながら、さっそくチューハイ缶らしきプルタブを引いて雑誌を開いたアスカ
の前に、シンジはじゃがいものポタージュスープをサーブした。

「はい。僕はメインの準備を済ませちゃうんで先に食べててよ、綾波」

 ニコッと笑顔を添えてスープ皿をレイのランチョンマットにコトリと載せたが、レイの紅い視線はアスカが頁を繰り始
めた雑誌の表紙から動こうとはしない。

「…綾波?」
「……浴衣」
「浴衣?」

 紅い視線の先では、情報誌の表紙を浴衣姿にしっとりとした笑顔を浮かべた女性が飾っている。

 ……綾波どうしたんだろう、こんなに真剣な表情で。…浴衣に興味があるのかな? どこかで気に入った浴衣を見つけ
たのかな? でも…綾波に浴衣って…似合いそうだ。見てみたい…気がする。  

「…あっ、あの綾波さ――」
「アスカ」
「ん、なあにー、レイ?」雑誌の記事に大方の意識を吸われているせいか、もひとつ反応の薄いアスカ。
「浴衣だと…どうしてキス、なの?」
「「は…あ?」」
「浴衣だと…どうしてキス、なの?」
「ちょ、ちょっと、あんた、何言ってんのよ。なんで浴衣とキ、キスが関係あんのよ。わっけ解んないこと言わないでよ」

 何故か少し頬を染めたアスカは、チューハイ缶をぐいとあおった。

「…キス、キスは? …キスしたことある、アスカ?」

 瞬時に凍り付いたシンジの向かいで、激しくむせるアスカ。だ、大丈夫、と辛うじて声をかけたシンジに意味有り気な
一瞥を送ったアスカに、その心は永久凍土の中へと押し込まれたような気がした。

「バッ、バカなこと聞かないでよ! あたしだってキスの一つや二つ」

 湧き立つように持ち上がったのは甘酸っぱい果実のようなイメージだった。張り詰めた空気の中、スープの甘い香りに
重なった。

「……する時間なんてある筈無かったじゃない! ま、大事にとっとくわよ。あたしのファーストキスは」

 …そう、とレイは静かにシンジに視線を移した。途端に顔を引き攣らせ、ええっ! ぼ僕!? とウニを踏んづけたよ
うに仰け反ったシンジ。真っ直ぐ向けられるレイのどこまでも清冽な紅に、身体は徐々に硬直度を増していった。必死に
作った皮相な笑顔は、まるで引き攣った茶坊主そのものであった。
 
「……ぼぼ僕は……」

 逃げ道を求めるように、目だけを向けた視界の中で、アスカはその表情に冷厳さを滲ませた。


「……ぼ…ぼ僕は……」


 突如、その場を二つに裂くように鳴り響いたチャイムの音。一瞬のチャンスを逃がすアスカではなかった。  

「…レイ、悪いけど出てくれる? たぶんミサトだわ。またお酒かなんか抱えてると思うから」
「…う…ん」

 スッと立ち上がると、レイは名残惜しげな一瞥をシンジに落として、ダイニングを後にした。

 レイが廊下の向こうに消えるまで、セールスマンのような笑顔を貼りつけていたアスカ。はあー、と吸った息を全部吐
き出すように上半身をテーブルの天板に沈めると、底光りする目から深碧の視線をいまだ解凍中のシンジに差し込んだ。  

「……あんた」
「え? な何、アスカ」
「ダメだからね。余計なこと言っちゃあ」
「う、うん。……でも、あの目でジッと見られると――」
「あんたバァカー!? 何でもかんでもバカ正直に言えばいいってもんじゃないわよ。このお子様がっ!」
「……うん」
「それに…アレは事故みたいなモンよ。あたしもフツーじゃ無かったし、あんたもそうだったでしょ?」
「ぼ、僕は………アスカ、そうだったんだ……」
「そ。だから、あれは胸の中……」
「え、何?」
「…何でも無いわよ。忘れるのよ」

 だからあんた……お子様、なのよ……。

 想定外とも言えるレイの問い。その本意は何だったのだろう? どこかで耳にしたのであろう『浴衣』そして『キス』
という二つの言葉。その経緯を知らないが故に、明快に答えてあげる事は出来なかったが、大方明後日の祭りについて話
し込んでいるクラスメートから仕入れたものなんだろうと、少し冷静になった今はそう思う。それが、どういう心象の展
開があって『キスしたことある?』になったのかについては、自分の理解は及ばないけれど……。

(……レイ、やっぱり気にしているのかな……)
(……そして、そのことと関係があるのかもしれない――)

「……そ、それとさ、アスカ」

 遊離しかけていた意識が、クローズしたばかりの弱々しい声に引き戻される。焦点を合わせた先には、路頭にさまよう
子供さながらの表情を浮かべるシンジがいた。

「何よ」
「じ、実はさ……」
「だから何よ、聞こえないっての」
「だ、だからさ……………」
「え!? …………って?」
「そ、それで……………」
「あ、あんたって」

 両手でテーブルの天板が外れるほどの勢いで叩き、身を起こしたアスカ。仔犬のようにシンジは小さな鳴き声と共に身
体を跳ね上がらせた。

「さいってい!!」
「どしたのー? 誰が最低って?」
「ミ「ミサト」さん!」

 いつからいたのか、ダイニングの入り口ではミサトがにこやかな表情を浮かべて立っている。にこやかなのは、両手に
提げた一升瓶によるものか。ミサトの陰にちょんと佇むレイもワインのボトルを愛しげに胸に抱いていた。

「やーだ、シンちゃんたら、まったアスカに怒られるような事したのー?」
「ええ!? な何を、ミサトさん。や、止めてくださいよ……あ綾波が誤解するじゃないですか」
「へへー。シンちゃんの場合、誤解でないことも多分にあるもんね。まっ、お話はここまでにして、ゴハンにしましょ。
いい匂いもしてる事だしぃ」

 チラとレイを見遣ったシンジの視線の先で、ワインのボトルを花束のように抱えて小首を傾げるレイがいた。

「あ、綾波もご飯にしようね」
「うん」
「シンちゃん、すっごおーい。岩牡蠣がてんこ盛り!」
「ちょっと、ミサト、うっさいわよ」
「いーじゃない、アスカ。少しくらい騒いだって。こんな妙齢の美女がこき使われて疲弊しきって辿り着いた我が家なのよー」
「ミサトさんお気に入りの仙台産です。あっ、ビールでいいですか?」
「何てたって、岩牡蠣なのよ。白ワインにするわ。こんな日もあろうかと思って取ってたヤツがあんのよー。ロワールの
サンセール。へっへー。いい塩梅に冷えてる筈なのよねー」
「ミサトの冷蔵庫ってアルコールばっか」
「なによ。そう言いながらアスカも飲んでんじゃないのよ」
「はいはい。ミサトさんもアスカもその辺りにして」

 ミサトの岩牡蠣のだんじり盛りオンザロックに続いて、フライドポテトの山を添えたメインをサーブされると流石の
アスカも大人しくなった。感涙を眦に滲ませながら食を進める二人を傍らに、向かい合った席で同じプレートを静かにい
ただくシンジとレイ。

 あ、綾波、固くないかな? うん。
 あ、綾波、口に合うかな? うん。
 あ、綾波、美味しいかな? うん、美味しい、碇くん……。

 とろけるような笑顔で応えるレイを前に、シンジもとろけた。

(あ、綾波、かわいい、や。ずっと、こうしていたい。綾波さえよければ。ずっとずっと、一緒にいて、いろんな時間を
一緒に過ごして。そう、普通の時間なんだ。出来れば穏やかな時間を。そして、いつか……。いつの日にか――)

「シンちゃーん、パンも頂戴ー」
 はいはい。
「シンジぃ、ザワークラウトも!」
 はいはい、のはいです。

 僕も、ずっとずっと主夫なんだらうか、と考えていたシンジの頭上に思わぬ言葉が降りかかってきた。

「え? 浴衣?」
「そ。浴衣よ、ゆ・か・た。キョーミあるでしょ?」

 既に満杯となった殻入れに牡蠣の殻をバランスよく積み上げながら、嬉しそうにミサトは続けた。 
   
「リツコがね。準備してくれてるみたいなのよ。記念すべき第一回第3新東京市でのお祭りだからって。やっと手に掴ん
だ平和な日常を祝して、旧世紀に日本の至る所でやっていたようにお祭りを楽しみましょう、てね。ネルフ職員全員に供
与されることになってんだけど、嘗てパイロットだったあなたたちの分も、当然あるわ」
「ホント、ミサト!? 一度着てみたかったのよねー。ま、アタシみたいなナイスバディには概して似合わないらしいか
ら、あんまり期待はできないけどねー」話す内容とは裏腹に爛々とした双眸には覆いきれない興味と生気が溢れている。
「アスカ、そんな事無いっしょー。渚君の分もあるんだしぃ」

 耳まで赤く染め、ミサトっ! と叫んだアスカを横目に、いつも通りひとり静かに妄想ワールドという湖に入水してい
くシンジ。

 ……綾波…浴衣に興味を持ってたみたいだから、良かった。
 ……でも、綾波の浴衣姿……どんなだろう……早く見てみたいや……。

「……碇くん」
「…………な、な何、綾波?」
「碇くんも…浴衣、着る?」
「う、うん」
「…だったら、わたしも」
「うん。浴衣を着て一緒に行こうよ。お祭りに」
「…うん。そしたら…キ」
「え、何?」
「……なんでも、ない」

 祭りを明後日に控え、前夜祭さながらに盛り上がる葛城家。各々の想いを抱いた夜は静かに更け、いつも通り酒の肴と
なった碇シンジの叫び声やら嬌声は、いっそう深くなった闇の底に吸い込まれていった。


                         ∞ ∞ ∞


「そう、それは良かったわね」

 ネルフ本部技術局一課赤木博士執務室。もはやこの部屋における生活音を構成する一つとなって久しいコーヒーメーカ
ーの音がこぽこぽと部屋の中を散歩している。コーヒーだけはお気に入りの豆を買ってきて、自分で点てることはこの部
屋の主によるセカンドインパクト前からの金科玉条といえよう。サーバーからたちこめる芳ばしいアロマに、ミサトはゆ
っくりと弛緩していく身体の感覚を楽しんだ。

「特にレイがね、嬉しそうにしてたわ。なんかクラスメートから浴衣の事を聞いたみたいで、興味があったんだって」
「ふふ。あの子がね……」低く唸りを上げる機器のなかで目を細めたリツコ。「それを聞くと、いやが上にもモチベーシ
ョンが上がるわね。可愛いのを準備してあげなくちゃね」
「それにしても碇司令もいいとこあるわよねー。今回のお祭りの実質的な主催者はウチだもんね」
「色々と思うところがあったんじゃないの。当の本人は多くは語ろうとしないけど」
「でも、全職員に浴衣なんか配っちゃったりして」
「あら、浴衣着たいっていったの司令よ」
「げげ」

 どう考えても想像できない。どんな顔して着るのだろう。色はやはり例の士官服と同じで暗ーい色なのだろうか。そし
て…あのサングラスはどうするんだろう。怖いもの見たさという言葉もあるが、あまり夜出逢いたくないなぁ、などと俄
かに軽く意識を遊離させるミサト。
 まあ、でも……。

「……平和になったってことよね」
「そう。取り敢えず、表向きは、ね。その為に、その維持の為に、ネルフも私達も嘗てと変わらない身分のまま、ここに
存在しているんだもの」
「そう、ね。国連直轄組織として存続が許された私達。まあ色んな思惑やら駆引きがあったんだろうけど、ネルフが有す
るテクノロジーが私たちを救ってくれたようなものよね」
「そう。進歩の停滞とリスクを天秤にかけた結果が今。でも、リスクの回避にコストを考慮に入れない日本官僚国家だけ
の判断だったら、私達はとうに地上から抹殺されていた」
「実利をチョイスした国際社会に感謝すべきか…」
「今はまだ何とも言えないわ。単なるテクノロジーの民間転用、第七世代有機コンピューターによる都市運用事例の転用、
といった表層的な事だけで無いのは確かね。国際社会は…もっと狡猾だもの。先の判決で首謀者としてオフィシャルに認
定されたゼーレの下部組織が地下で息を潜めている事実も動機の一つと言えるでしょうね」
「有事の際のカウンターメジャーを持たない国連が出来ることは……毒を制する毒を飼っておく事、か」
「そう、だからこそ掌の自由だけを与えることにした。とかく理解の及ばない相手は、常に檻の中に入れて監視したがる
ものだもの。人間って生き物は」
「確かにね…日常生活は兎も角として、移動には相当の制限が付いているものね。第3新東京市から出るのだってそうそ
う許可が降りないほどのね。……でも」ミサトは大きく伸びをしてレカロのハイバックに背中を預けた。「生きてるんだ
もん。浮上するチャンスはあるわ。やっぱ感謝しなくちゃね、生体工学の泰斗たる赤木リツコ博士にね」
「あら、ミサト、大事なひとを忘れてるわ。第七世代有機コンピューターと人格移植OSについての解析を進め、先のブ
リュッセル大法廷においてネルフの汚名を濯ぐに十分な客観的な挙証を実施してくれたひとを」
「……マキ」
「そう、マキ。長門マキよ。彼女のマギシステムの基礎理論を記した論文は、マギに多角的側面からとれる価値を与え、
ネルフにとって将来の道標の一つを作ってくれたわ」


                           ∞ ∞ ∞


 コンフォート17。ミサトがシンジとアスカとの共同生活を送る葛城家の隣にある2LDKが現在のレイの住まいだっ
た。嘗て居住していた建設職員用団地6号棟がサードインパクトにより瓦解したときには、総務局からはジオフロント内
の社宅に住まわせる案も出たのだが、シンジから離れようとしないレイの様子を見るに堪えなくなり、ミサトが司令に直
接交渉したところ、アッサリ承認されたのだった。
 家具付き物件だけに、生活感とは無縁なほどにモデルルーム然とした部屋。食器の姿も殆ど見られないダイニングボー
ドには、それでもお揃いのお茶碗がふたつ並べられ、入居当初より洋食器・和食器共にその数は徐々に増えてきたのは、
頻繁にこの部屋に通う少年によるものである事は想像に難くない。
 寝室には、キングサイズのベッドの他に南欧調に淡い水色で塗りこめられたワードローブが置かれているだけで、それ
以外に家具らしい家具を目にすることない。
 その寝室で、レイは、制服姿のままベッドの上にぺたんと座り込み、一心にアスカから借りた情報誌に目を走らせていた。

(……だめ、やはり載っていない)
(……夏祭りに浴衣、…キス)

 聞き間違えなのだろうか。それとも、彼女たちは言葉で遊んでいたのだろうか?

 レイは情報誌より切った視線を前方の何も無い空間に躍らせ、当時のクラスメート達の会話を思い出してみた。

(……いいえ…ふざけているような様子では無かった)

 むしろ……ひたむきに、相手と何か…何かを……作ろうと――。
  
 レイの霞の中を浮遊する意識を呼び戻すようにチャイムの音が鳴り響いた。アスカだわ、とベッドから身軽に身を躍ら
せつつ、その意識はいまだ思考の淵を抜け出せないでいた。

「届いたわよ、レイ! 見て見て、浴衣よ!」
「これが…浴衣、というものなのね」

 宝物を手に入れた子供のように顔を輝かせるふたりの少女。零れる笑顔には幼さが見え隠れしている。

「ええと、こっちがレイので、こっちがあたしのらしいわ」
「碇くんのは?」
「はいはい。心配しなくてもバカシンジのもちゃんとあるわよ。もーあんたって、何かと言うと次には碇くん碇くんなん
だからね」
「…ごめんなさい」
「い、いや、だから、そんな素直に謝られると、やっぱチョーシ狂うんで、って……いいの、いちいち謝らなくて! 
ファーストは――」
「……………」
「…あ、…レ……」
「……………」
「…………ご、ごめん」

 ぽとりと落とした視線の先、レイの浴衣に添えられた手が生地の感触を確かめるようにそっと動いている。
   
「……アスカ」
「……な、なに?」
「…わたし、変?」
「…ちょっ、な何言ってんのよ――」
「前のわたしと、違う? いまの私? ……」
「……レイ」
「……わたし、二人目と言われてた私の記憶は持ってるけれど、…でも、どんな風に感じてたか、どんな風に気持ちが反
応してたか、は解らないの……ごめんなさい」
「…やめて、レイ」
「でも、アスカも今の私を通して、二人目の私を見ていると、思う。そしてそれは…碇くんも同じ」
「…もう止めて……レイ」
「……みんなに……碇くんに、とって、二人目の私が、……綾波…レイ、なの、だと思う」
「止めてって言ってるでしょ!」

 弾けたようにびくりと動いたレイの両肩をかき抱いたアスカ。その胸の中で蒼銀の髪が小刻みに震え始めた。

「……わたし時々……自分が解らなくなる……わたし、は…碇くんと一緒に居て、いいの? 碇くんの優しさを、受け止
めて、いいの? わたしへの優しさ、は…以前の私のものでは……無い…の? ……」

 何て温かい涙を流すんだろうとアスカは思った。切なさの分だけ重みを増したアスカのシャツに、レイを抱く腕に想い
の丈だけ気持ちを篭めたアスカ。

「……ばか言うのは止めて…レイはレイよ。あたしと…勿論シンジとも、これまで育ててきた繋がりは永遠にあんたのも
んよ。それはあたし達自身が、一番良く知ってることだもん」
「……う…ん」

 サードインパクトというターニングポイントを乗り越えた人類が、新しく構成された世界を手にしてから早や数ヶ月。
アスカの胸の中にいまだ鮮烈な影を落として佇む一人の少女がいた。
 綾波レイ。冷厳なまでの冷静沈着さ。与えられた命令の遂行にあたっては自らの命を賭する事も厭わず、一切の人間ら
しさを排除した日常を歩む先を見渡す双眸は、出会った当初より深い紅色のガラス玉を彷彿とさせた。そんな少女が、同
僚でもある一人の少年との間にいつしか芽生えさせていた絆。そして、時を重ねるにつれ、その表情に僅かではあるが変
化を見せてきた少女。本当に短い時間ではあったけれど、周りから微笑ましいと感じる姿さえ見せるようになっていた二
人は、息もつけない日常の中で、時間を惜しむように寄り添っていたように思う。そして、その少女はあの日の戦いで、
その想いのままに少年を護り、光の中にその姿を消していった。

 刹那、レイの存在を確かめるように、アスカはレイを抱く腕に力を籠めた。

 そして、いまアスカの腕の中で幼子のように身体を震わせている三人目と言われるレイ。二人目と同じ容姿にバックア
ップされた記憶を持つ少女の心は、まるで出来たてのマシュマロ、のようだった。防護の知恵さえ持たないほどに純粋な
心は余りにも傷つき易く、モノクロの記憶と身体の奥底より湧き出すシンジへの想いとの狭間で懊悩を反芻しているのだ
と思う。

(……ううん、レイ。あんたもそれと理解出来る日がきっと来る。あんた自身が周りとの関わり合いの中で育てた絆なん
だもん。魂はひとつ。あんたはあんた、なんだもん……)

 唯一人、その少女の心を救うことが出来る少年。その顔を思い浮かべたとき、アスカの脳裏にあるアイデアが天悠の如
く閃いた。 
 
(……バカシンジのケジメでもあるわね)


                           ∞ ∞ ∞


「あ、れえ? ……上手く着れないなあ……」
「シンジ君、こんな感じでどうかな?」
  
 え? と振り返ったシンジの視界に飛び込んできたのは、その綿麻の風合いも涼しげに腕を組み佇むカヲル。やや暗げ
な色調に、見る角度によって浮き上がる細かい格子が品良く映えていた。……それにしても、

 カヲル君、カッコいいや。良く似合ってる。アスカが見たらどんな顔するんだろう。

「さ、シンジ君も早く着てしまおうよ。直に二人も戻ってくるからね。と、言ってる内に帰ってきたようだね」

 えっ? 何も聞こえなかったけど、と応えたシンジに続いて廊下でエアロックの開放音が鳴った。どかどかと踵に踏み
しだかれたフローリングが軽い悲鳴をあげた。
 
「――たっだいまー。あーお腹すいたー。シンジぃ、何かないー?」
「ああ、おかえり、アスカ」涼しげな笑顔の傍で、もたつくシンジはパンツ一丁だ。 

 キャアーッ、バカバカ変態、色魔、変質者。レディの前で何てカッコしてんのよ! と慌てて廊下に飛び出したアスカ
だが、真っ赤に茹であがった理由の半分は、シンジの裸体に非ず。

「ご、ごめん……」

 シンジの言葉に隠れるように、アスカは辛うじて届く声でカヲルを呼んだ。

「どうしたんだい?」

 穏やかで慈しむような笑顔を正面から受け止めきれず、知れず視線を泳がせてしまったアスカ。

「…い、いや、バカシンジに話すことがあるから、悪いけど隣の部屋に行っててよ、カヲル」
「僕が一緒じゃダメなのかい?」
「レイにも関係することなのよ。あんたに聞かせるにはビミョーな部分も有るってわけ」

 ふーん、と言って覗き込むようにアスカに急速接近した深紅の瞳に、思い出したように暴れだしたアスカの鼓動。ちょ、
ちょっと何を、という言葉をふわりとかわして、カヲルは左の掌をアスカの頬にぴとっとあてた。薄っすら朱に染まった
頬が見る見るトマト色に変わった。

「……君は優しいね」
「な、なにを…そ、そんなんじゃあないわよ。あたしは、ただ、折角みんな元に戻ったんだから、あの子にも当然持って
るものを取り戻して欲しいだけ。毎日メソメソされたんじゃあ、こっちが堪ったもんじゃないわ!」

 フンッと朱に染まった顔を逸らせた赤毛の少女を凝視したまま、ふっと脱力させた笑顔は男性のものとは思えない。

「アスカ」
「…なによ?」
「ところで似合ってる? 僕の浴衣姿?」
「……ま、まあまあね……何とか合格って感じだわ」

 それは良かった、と少し両手を広げる所作をしてカヲルはアスカの脇をするりと抜けて玄関へと歩を進めた。

(……別に外に出なくてもいいのに)

 ま、いっかとリビングににゅっと顔を出したアスカはいつもの顔を取り戻している。果たしてリビングにいたシンジは
いまだに何やらごそごそやっていた。相変わらずのどんくささに罵倒する言葉が喉元までせり上がったがグッと押し戻す。
そんな事を言いに来たんじゃない……。

「シンジ」
「え、あ、あれ? アスカ…カヲル君と出掛けたんじゃなかったの?」
「カヲルは散歩に行ったわ。そして、あたしはあんたに話があんのよ」
「え? ぼ僕に、アスカが?」

 どうしたんだろう、何なんだろう。見る見る不安に顔の陰影を濃くしたシンジ。
 
「単刀直入に、聞くわ。あんた、今のレイのこと、どう思ってんの?」
「ええ!? イキナリ何聞くんだよ…それに、『今の』って何さ」
「聞き方が少し悪かったわね。ぶっちゃけ……」

 気圧され少し後ずさるシンジに、ずいとその分間合いを詰めるアスカ。

「あんた、今のレイを、その…自爆する前のレイと、同じだと思ってる?」
「え?」
「どう…なのよ?」
「な、なんで…そ、そんな」
「ちゃんと、答えて」
「……あ、当たり前じゃないか」
「本当にそう思っている? 実際、今のレイはさ、以前の…二人目と言われるレイと反応とか雰囲気とか違うなって思う
こと無い? 命令一筋、ニコリともしないスーパー朴念仁から一転、ほんわかーって感じで、よく泣いてるし、気だって
何だかチョー弱だしね。…その、シンジは、ホントに平気なの? 以前のレイと同じ態度で接することが出来てる?」
「……正直言うとね」

 一瞬浮かんだ切なげな表情をアスカは見逃さなかった。胸の前に泳がせていた掌をキュッと握り締めたアスカ。

「……戸惑うこともあったよ。予想したことと全く逆の反応を示すこともあるからね。でも、何ていうんだろ…それでも
一緒に居るとさ綾波が以前から持ってる独特の『感じ』、何て言ったらいいんだろ…調律されて心が落ち着いていくよう
な感じっていうのかな……ああ綾波だなぁって思うんだ。それに、笑ったときに出てくる、ふわっとした雰囲気なんかは
さ、間違いなく綾波だよ。それに…」

 匂い、と言いかけて崖っぷちでシンジは辛うじて踏みとどまった。先日もアスカには『さいっていっ』と罵倒されたば
かりだ。続く言葉を聞くまでも無いといった風情で、そう、と呟くとアスカは腕を組んだまま人差し指をあごに当て沈思
黙考に浸る気配を見せた。

「レイね、不安がってるのよ」
「え?」
「……偶にね、自分が誰だか解らなくなるんだって。シンジの優しさは、今の自分ではなくて、二人目の自分に対しての
ものじゃないのって、思い込んでるのよ」
「そんな……綾波は綾波じゃないか!」
「……絆」
「……え?」
「…その手にあるのに見えてないんだと、思う。だから、あんたとの絆は二人目とのものなんだって…あの子は思ってん
だと、思う」
「……そんな」

 綾波…と呟いて顔を俯かせてしまったシンジ。そんなシンジにつられるように沈下する気持ちを感じたアスカだったが、
俄かに決然とした色を顔に刻ませるや、静かにシンジに向き直った。この世にこの少年唯ひとりなのだ。

「あんたが思い出させるのよ」
「え? …でもどうやって」
「いい方法が、あんのよ」

 シンジに据えられた強い蒼に間合いを詰められ、反射的に後ずさったシンジ。が、ちょっと聞きなさいよ、と耳を引っ
張られ、そのままその方法とやらをシンジは流し込まれた。

「ええ!? そうなの?」
「このアタシが言ってんの! 間違いないわ」
「で、でも……そんなの」
「どんだけ四方山話を積んだところで現状は変わんないわ。あんた…レイがこのまま苦しんでってもいいって言うの?」
「そ、そんなことは……」
「なら決定ね。それに、これは同時にあんた自身のけじめ、でもあんのよ」 
「へ? …けじめ?」
「そう。あんた、あたしにずっと最低男って言われたくないでしょ?」 
「いやあの、それは…でも」

 びしっとシンジの目前に突きだした手でシンジの言葉を遮ったアスカ。頬を緩めて湛えた女神のような表情はシンジか
ら見えてはいなかった。

「頼んだわよ。それとさっきの話だけど、大事なのはその時間絶対にレイから離れない事よ。これは忘れちゃダメよ、バ
カシンジ」


                           ∞ ∞ ∞


 控えめなノックの音に続いて、すーと引かれたドア。カヲルが足を踏み入れた部屋の奥に位置するベッドの上に、果た
してレイはいた。制服姿のまま、身体を丸め浴衣を大切そうに胸に抱き、静かな寝息を立てていた。陶磁器のような白い
頬に涙の跡を残して。

「……綾波レイ」

 空気も揺れない溜め息を吐いたカヲルは、静かに傍らの椅子に腰を落とした。

「まだ構成されて間もないけれど、この世界は……今は、君にとって、少し辛いかもしれないね」
「でも、安心しているといい……ここではシンジ君が傍にいるからね」
「少しずつ…そう、少しずつ覚醒していけばいい」

 払暁があまねく世界から陰影を薄めていくように。陽春に、凍て付いた大地が少しずつその内包した生命に脈動を通わ
せていくように。

「魂はひとつ…そこに刻まれたものが消えることは無いからね」

 ただ、みんな思い出せないだけなんだ。
 そして、それを思い出すために懸命に生きている。
 いつか来るその日を信じて。

「人を愛すること……その尊さを教えてくれたのも、君だったね」
「その意味を、誰よりもよく知っている」


 ……君は……本当に変わらないね……。



 ……ねえ、リリス。













                           ∞ ∞ ∞


 角を曲がると、会場へと続く参道の両側に色とりどりの露店が並んでいた。わあ、と感嘆の声をあげたアスカがレイの
手を曳き小走りで駆けだした。

「ちょ、ちょっと、アスカ。下駄なんだからさ。気を付けてよ」
「うっさいわねー。解ってるわよ。あっ、あれ何? レイ、行こっ」

 カラコロと小気味の良い音を残し、次々に露店をひやかす姿はまるで仲の良い姉妹にも見える。ドイツで育ったアスカ
は当然の事、レイにしたって中学に編入するまでネルフから一歩も外の世界に出た事が無かったのだから、二人の少女に
とっては目にするもの全てが新しく、物見遊山となるのも仕方が無かった。かく考えるシンジも、嘗て世話になっていた
先生のところで、地元の祭りや縁日に数えるほどしか行った記憶が無く、興味が先に湧き立つのだった。カヲル君はどう
なんだろう? としんがりで雪駄に砂利を噛ませているカヲルを見返ったところで、進行方向から耳を引っ張るようなア
スカの声が飛んできた。
 シンジぃ、たいへんたいへん、と呼ばれた射的屋の露店には、初号機のぬいぐるみが『特賞』のタグをぶら提げ棚の上
に鎮座していた。何で弐号機が無いのよ、と店主に詰め寄りつつもコルクの弾を買ったアスカは、一般人が見れば驚くく
らい手慣れた銃捌きで、テーブルを使わずに立射の体勢を組み立てていく。背筋が凛と伸びた姿は美しい。が、それ以上
にその少女の健康的な肢体をしおらしげに包む淡い紅に染めぬかれた浴衣が赤毛の少女の美麗さを際立たせていた。淡く
縁取られたヒマワリの柄にマッチした少女の可憐さと、堂に入った射撃体勢が与えるミスマッチさが理由も無くアスカら
しいとシンジは感じた。
 スッとアスカから横に逸らせた視線の先には、祈るように両手を胸の前で組み、上気した顔をアスカに向けているレイ
がいる。その清冽な中にも温かみのある表情が滲む横顔からズームアウトすると露わになった浴衣姿。ネルフで誰がチョ
イスしたのかは解らないが、その浴衣は途轍もなくレイのイメージに合致していた。インディゴに染められた生地に淡い
カスミソウが見目良く咲いている。
 ネルフの団扇を手にいつになくはしゃいでいるように見えるレイに、こんな日常を持つことを夢想していた嘗ての日々
に想いを馳せた。普通の生活の営みに喜怒哀楽を重ね、時を過ごしていく。サードインパクトを越えてこの手に掴んだこ
の世界で。
 失いたくない、手放したくない。一方で、アスカから聞くにいたったレイが抱えているという不安要素。四六時中いっ
しょに過ごしている今の生活の中、気付いてあげる事が出来なかった自分に憤懣する側ら、何が何でも解決するんだと鈍
く光った銃身の先で沈黙を守るどこかひょうきんな初号機に誓いを立てたシンジ。何が何でも今宵の遠大な計画を――。

「……なに?」

 レイに見惚れつつ意識を遊離させていたシンジは、現実世界で焦点の合ったレイの顔を直近で見るに至り、大きく心臓
を踊らせた。
 
「…い、いや…綾波の浴衣姿があまりにも、その…キレイだったんで」
「……あ、ありがと」 

 顔を再びアスカに戻したレイの頬は、空にたゆたう露店の裸電球からの光に邪魔されてはいたが、やんわり朱に染まっ
ていた。シンジは、千の勇気を振り絞り、レイの白い手にソッと自らの右手を伸ばした。
  
「何よこれ!? ぜんっぜん当たんないじゃないのよ! ナットクいかないわ…あたしインダクションモードは得意だっ
たのにぃ! カヲル、行くわよ。…ん? シンジ、あんた何やってんの?」

 トリプルアクセルを舞うように飛び上がったシンジは、摘発されたチカンの如くアスカに両手を突きだし無実を主張し
た。隣ではレイがそんなシンジの様子に目を瞬かせている。……シンジ、あんたまたレイにいかがわしい事を、と詰め寄
るアスカに激しくどもっては億万の言い訳を千手観音よろしく身振り手振りでふり絞ったその時、空気が弾ける間の抜け
た音が頭上で弾けた。

「渚君、すごいわ」

 続いたレイの声に振り返ったアスカ、そして首を伸ばしたシンジ。スラリとした立射の体勢を崩さないカヲルが構える
ライフルの銃身の延長線上では初号機の縫いぐるみが倒れていた。

(な、渚君が当てたの? たった一発で? やっぱり渚君ってすごいや。…それに、カッコいいや)


「ふーん、カヲル。最後に撃ったくせにえらい美味しいとこもってくわね」

 落ち着いた所作で立射の姿勢を解くと、アスカの皮相な笑みを掻き消す位に柔かな笑顔を添えて、カヲルはライフルを
テーブルに戻した。
 
「アスカが弾筋を見せてくれたからね。ただ、残念ながら結果は伴わなかったけどね」
「え? なんで……あ」

 確かに初号機は倒れてはいるが、棚から落ちてはいない。途端、窄めるように肩を落とすアスカ。

「残った一発だったんだし、まあ仕方が無いよ。リベンジしたいんだったら、お祭りが終わったあとにもう一度寄ればい
い。もうそろそろ行かないと駄目だからね」

 …ま、あんたにしては上出来だったけどね、と呟きつつも名残惜しそうな視線を向けるアスカの目の前を射的屋の店主
が重そうな腰を上げ、陳列棚へと歩み寄る。そして、初号機を立て直すのかと思いきや、のっしのっしとアスカに近づき、
ホレと手に持った初号機を差し出した。

「え?」
「特賞だよ。おめでとう」
「で、でも…倒れただけ、だし」
「ありゃ、完璧な射的だったよ。しかも立射たあ恐れ入った。落ちんかったのはワシの立てた位置に問題があったんじゃろ」
「で、でも……」

 いいっていいって、また帰りに寄っとくんな、商品豪華にしとっからさ、と声を弾ませた主人は徐にハートマークに秘
密と殴り書きされたダンボールから目にも鮮やかな赤に染められた機体のぬいぐるみを取り出した。初号機が鎮座してい
た場所に埋め込むように真紅のそれを据えると、とり囲むようにドドンと置かれた『量産型』のタグを吊るしたややグロ
テスクな白い縫いぐるみに、アスカは卒倒しそうになった。
 帰路、カヲルの耳を曳いたアスカがケリをつけるべく再びこの射的屋を訪れた事は言うまでも無い。 


                           ∞ ∞ ∞


「あの子たち遅いわねー、何やってんのかしら」
「どうせ物珍しさに、途中露店で捕まってんのよ。いいじゃない、何か急いでるわけじゃないんだもの」
「まーそれはそうなんだけどぉ、何か物足んないのよねぇ。シンちゃんがいないと」
「ミサト…あなた、またシンジ君を酒肴にしてるわけじゃないでしょうね」
「へっへー。たまにちょっちだけねー」

 夜を薄める月の下、広場の中央に屹立する見事なやぐらを見つけては、感嘆の声が其処彼処から聞こえてくる。太鼓の
音が震わせるのは来訪者達の五臓六腑のみにあらず、今の平穏な瞬間に喜びを沁み込ませる各人の心であったかも知れな
い。そんな太鼓の音に呼ばれるように広場を抜けていく夜風を感じながら、来場者の為の休憩所として設けられたテント
の下では、人類が勝ち得た平和への乾杯発声を名目に、ミサトは痛飲していた。
  
「ところで今日、加持君は?」   
「ああ、あいつはアレよ、本日のメインイベントのお手伝い、よ」
「ふふ、張り切ってんのね」
「基本的に遊ぶのが好きだかんね。大人のカッコしてるけど中身はコドモよ。今になって反動が出てんのよ」

 いまやミサト専用となった200リットルもの氷水を張った桶から、本日十二本目となる『えびちゅ』の缶を引っ張り
上げるミサト。シャンパングラスに指を絡ませるリツコは、ヴィンテージ・ブリュットの湧き立つ気泡に穏やかな視線を
落としている。

「来たわよ。あの子たち」
「え、どこどこ? あっ、シンちゃーん!!」

 こっちこっちと手招きする既に大虎の佇まいを見せる保護責任者に、他人の振りをしたかったがそれも叶わなかった。
あっさり拿捕されるや、シンジは蟷螂に捕らえられた蝶々のようにテントの中にアッサリと引きずり込まれた。

「シンちゃーん、駆けつけ三杯駆けつけ三杯」
「ミ、ミサトさん。もう完全に出来上がってんじゃないですか」
「まーまー、お話は後から後から、先ずはグッと、ねっ?」
「ちょ、ミミサトさん、これお酒じゃないですか。だめですよ、ぼ僕たちはまだ中学生なんだから」
「えー、いいじゃないーちょっち位ならあー」

 少し目を据わらせたミサトから視線を逸らさず、冬眠前の熊に出会った要領でミサトとの間合いを徐々に開けていくシ
ンジ。目の端に捕らえたアスカがキューとシャンパングラスを空けているのを見て眩暈を覚えた。カヲル君、だめだよだ
めだよ止めなきゃ。僕たち明け方まで間違いなく肴に、と向き直った先ではカヲルが至高の微笑を添えてシャンパングラ
スを高々と掲げていた。軽い脳震盪を乗り越えて、太鼓が震わす夜気の中、シンジはレイの姿を求めた。

「あ、あれ…綾波、何処いったんだろう? トイレ…かな?」

 今の今まで一緒にいた少女。それも夜目にも映えるプラチナブルーの髪が印象的な少女を見つけ出すまでには、さほど
時間を必要とはしなかった。しかし、その少女は一人では無く、ネルフ関係者が集まる反対側のゲストコーナーで、同じ
く浴衣姿も艶やかな少女たちの輪の中にいた。


「…綾波さん、綺麗」
「とってもかわいいわー、ちょっと反則よお」
「……神様は不公平だと思う」
「やっぱ碇君にアタックしても無駄かぁ」

 二年生の時に比べると、雰囲気は柔かくなったものの、概して口数は少なくその整った容姿もあり近寄りがたい存在だ
ったのだろう。……こんばんわ、と突然声をかけてきたレイに対し、一様に驚きを露わにしたものの、一瞬後にはクラス
メートである少女達の言葉は洪水となってレイに押し寄せることとなった。

「綾波さん、やっぱ今日は碇君と一緒なの?」
「…うん」
「じゃあさ、今日は最後まで二人で、いるの?」
「…うん」
「そしたら…今晩、キメちゃうんだ…」
「…うん」
「ね、ね、若しかして…初めて?」
「…うん」
「…ちゃんと、持ってる?」
「…うん」

 ゲストコーナーから吹き出した絹を裂いたような少女達の嬌声に、ネルフ関係者をはじめ、中でもおじさん達の視線が
集まる。
 色とりどりに咲き乱れるお花畑の中にいるようなレイの表情は柔らかだったが、数メートル離れたところで別グループ
の集団に紛れて間諜よろしく地獄耳をそばだてていたシンジは、先ほどから漏れ聞こえてくる内容に凍り付いていた。
 相槌を打つレイも恐らくは殆どを理解してはいないだろう。だが、しかし、それにしてもその内容はキワド過ぎた。週
明け学校で見えるであろうシチュエーションに天地も覚束ない程の眩暈を覚えた。
 ……綾波ぃ…それは、とてもとてもマズイよお。 


 目前のクラスメート達と交わした会話の内容は殆ど理解することは出来なかったが、肯定的に受け流すことで彼女達と
の間の雰囲気がいつになく暖かなものに変わったとレイは感じた。

(……チャンス、だわ)

 先日より頭の縁に澱のようにこびり付いて離れないコトバ達。『浴衣』と『キス』そして何かを『キメる』ということ。
今なら聞くことが出来る。正しい解答を手に入れる事が出来る、とレイは思った。
 わずか数メートル後方で懊悩にもんどり打つ少年の心象など露知らず、ただクラスメートに問いかけるタイミングを計
る自分に何かしら違和感を感じてはいるものの、今はその答えだけを欲していた。

「あ、いけない。あたし、そろそろ行かなくちゃ」
「ホントだ。もうこんな時間。……うっうっ、悲しいけどあたしはこの先一人なのね」
「なに大げさな事言ってんのよ、アキ。まだ十時まで二時間近くあるのよ。頑張って!」
「うん。朋子もね。トンビに油揚げ持ってかれないように注意してよ」
「そんなヘタは打たないわ。何としてでも、今日をふたりにとって忘れることの出来ない日にするの。……この思い出を
あたし達の絆にするの」
「いいなー。でも別の意味でも気を付けてよ。最後に傷つくのは女の子の方なんだから……」

 胸の前で可愛くガッツポーズを作る少女の脇に控えるお泊まりセットの紙袋を横目にもう一人の少女は心底羨ましそう
な表情を滲ませている。

「あら、綾波さん。もういっちゃうの?」
「…ええ、みんなが待ってるから」
「うー残念、もう少しお話ししたかったのにぃ」
「なに野暮なこと言ってんのよ。碇君を待たしてんのよ」
「それじゃ、綾波さん。頑張ってねぇ! 明日……どんなだったか聞かせてね!」

 ばかねーアキったら、良かったってアテられるに決まってんじゃないのよー。でも碇君だったら優しくしてくれそうよ
ね…。

 再び吹き上がった嬌声に、幾多の?を咲かせつつ、俄かに騒がしくなったミサトやアスカたちの集うコーナーへと足を
向けたレイ。その顔には少ない表情の中にも少しばかりの困惑を湛える色が見て取れた。


「……アスカ」

 既に宴たけなわの様相を呈するネルフ組の中心にあって、その赤毛の少女は一升瓶をなみなみとカヲルの前の片口に注
いでいる最中だった。レイの声にんー? と見返ったアスカの頬は、見事な紅葉色に染め上げられていた。レイの姿を見
つけるや、にへらーと破顔させ、新しいぐい飲みをレイの前に差し出した。

「……わたし、いらない」
「なんでよ!? このアタシが注いだげるってのにぃ」
「だって、お酒臭くなるもの」
「ダイジョーブよお。問題ないわ」
「問題ある、と思う……それより、アスカ。解ったわ」
「何が?」
「浴衣だと、どうしてキスになるか」

 はあ? と要領を得ないアスカに、ちょっとと耳打ちするように顔を寄せたレイ。いつも通りアスカに酒臭さは感じら
れ無い。

「どう?」
「そう言えば……あんたこないだ、そんなこと言ってたわね。ま、いっじゃない、解ったんなら…それで、レイはどうし
たいの?」
「わたしは……良く解らない………」
「ふーん。……でも、あんたがずっと思い悩んでいることから解放されるキッカケになるかも知れないわね」
「……わたしは」
「…レイ、よっく考えて。今のあんたには何が足りないのか」
「……………」
「レイ」
「……少しお散歩してくる」

 背中に繰り返されたアスカの声を振り切ってテントを出ると、やぐらを中心に据えられた会場は浴衣姿の人で溢れかえ
っていた。家族連れにカップル達が、誂えたようなそれぞれの幸福をそのシルエットに纏っている。刹那、レイの胸にチ
クリとしたものが走った。
 そうだ、碇くん、碇くんはどこに行ってしまったんだろう……碇くんは……。
 深き紅の瞳を人波の間にさ迷わせ、意識を月夜にしだれる追憶に彷徨わせ、レイは歩く。見つめることで、触れ合うこ
とで、この上ない安寧を少女に齎すことのできる唯ひとりの少年を求めて。いまは、ただ会いたい。その少年とそれほど
多くはない言葉を交わしたい。そして、その温かみを感じたかった。そんな少女の想いも虚しく、その双眸はいたずらに
人垣を縫わせるだけで少年の影さえ捕まえることは出来ない。ゆっくりと滲み始める視界。眦に暖かく溢れるものを止め
る事は出来なかった。

 どうしてこんなに涙が零れるのだろう。どうして胸がこれほど苦しいのだろう。……どうして、これほどにあの少年を
求めてしまうのだろう。
 三人目のわたし。赤い海から還ってきた時、号泣する少年の腕の中で目を醒ましたわたし。本当に長い長い夢の中を彷
徨い、この世界に漂着したわたしは、片時でさえその少年と離れることが出来ない心をこの身体に宿していた。そんな心
を通して魂が、体中の細胞を巻き込んで、叫んでいる。
 いっしょになりたい。それは二人目だったわたしの最期の言葉。だが、その二人目のわたしは、血を流すほどにその少
年を希求する自分の心に気付いても、自らの意思で消えていった。少年を守るために。そう、まるで少年を次の世に生か
すために。でも……。

(……どうして、そんなことが) 

 …それは、

(……どうして、そんな)

 …あなた自身が、

(……どうして)

 …一番解っているのよ。 












 そう、わたしは解っている。

 絆。

 それがあるから、

 あなたとわたしがこの世界で巡り逢えた、

 互いに絶対的な存在となり得た証だったから。

 それが、あるから、あなたは月夜の誓いに殉じることが出来た。



 でも、わたしには、それが…無い。自分の絆が…見えない。今の碇くんが持つ綾波レイとの絆は……。

 これまで怖くて言葉に出来ないことだった。認めてしまえば、総てが泡となって飛び去ってしまうのではと思った。
 満たされていたものがいつの間にか気泡となり弾けて消えた。ぽっかり穴の開いた胸を塞ぐようにに両手に抱えた縫い
ぐるみを添えてレイは必死になって少年のことを思い出そうとした。とめどなく溢れる涙に淡く咲いたカスミソウが滲ん
で輪郭を喪った。


                           ∞ ∞ ∞


「なんやセンセ、そないなとこで何寝転んどるんやー?」
「碇、行こうぜ。そろそろ始まっちゃうぜ」
「え? な何?」
「何って…冷たいヤツだな…青葉さんのライブに決まってるじゃないか」

 口の中で小さく反復したシンジ。確かにそんなことを聞いた覚えはあるが、それ以上に気に掛かることを思い出した。
慌てて簡易ベンチの狭間に仰臥させていた身体を起こすや、滝のようなギターリフが頭上を流れ、どっと湧いた歓声が後
に続いた。

「ヤバ、始まってもたで。シンジ、行くで」
「う、うん」……でも、といった様子でぐるりと辺りを見回す。「あ、綾波は?」
「え、綾波? 今日見てないぞ」
「でも、さっきまでソコにいたんだけど……」
「センセな、そもそもセンセが知らんのにワイらが知ってるわけないやないかー。四六時中、一緒に居るくせして、シッ
カリしてや」
「…う、うん」
「ライブ会場で碇を待ってんじゃないのか?」
「いや…そういうのは苦手だと思うから……ちょっと探してくるよ。悪いけど先に行っててよ」
「かまへんでー。せやけど三曲しかせえへんらしいから、あんまり遅なったら終わってまうでー」
「うん」それまでに、見つけないとダメなんだ。

 じゃあ後でな、と二人が会場に小走りで向かった後、もう一度ネルフ関係者が集うコーナーに視線を向けるが、頼みと
するアスカの姿は無かった。せめて手がかりだけでもとソロリと近づくも、忽ちのうちに虜囚となった。

「あら、シンちゃんたら、どこ行ってたのよー」
「シンジ君、いい度胸だわ。このコンディションのミサトに自ら近づいてくるなんてね」
「い、いや。そうじゃなくて、あ綾波、どこ行ったか知りませんか?」
「んー、レイ? どったの? いなくなったの?」
「ちょっと目を離した隙に……ア、アスカは、知りませんか?」 
「そう言えば、いつのまにかアスカと渚君がいなくなってるわねぇ」
「どっかにシケこんだんじゃないのー、けしからんわあー、まっだ子供のくせにー……それよりもシンちゃん」

 シンジの背中を何かがぬらりと這いあがった気がした。ゾクリと感じる間もなく激しく相好を崩したミサトが視界の中
で大写しとなった。

「オネエサンぜーんぶ解ってるんだからね! ……今日、ちゃんとキメるのよ」

 ほぼ蒼白だったに違いない顔色。声を上擦らせながら、なな何をですか? と返したのが不味かった。

「シンちゃーん。何よその反応!? レイあんなに健気なのにぃ」
「シンジ君、レイの保護者として容認出来ないわ、その反応。可及的速やかに責任を取ってもらうことを要求するわ」
「せせせせ責任って?」
「んなこたあ決まってるじゃないのー、シンちゃん、何てったって無理やりレイの初めて――」
「わーーーーーーーー!!」
 
 ラミエルの過粒子砲以来の悲鳴を上げたシンジは、一目散に駈け出した。誰か誰か、助けてよ助けてよ。
 人いきれから逃げ出すように参道の奥へとシンジは走り続けた。背中を追いかける演奏の音も徐々に遠くなり、参道の
両端に茂る深い林に架けられた提灯の灯がゆるりと流れた夜風に瞬いたところで、シンジは脚を止めた。顔を上げたシン
ジの視界に、穏やかな微笑を湛える少年の髪が瞬く灯火にプラチナの輝きを洩らした。

「……カヲル君」

 腕を組んで背中を凛と伸ばした浴衣姿がさまになっていた。その整った顔貌に印象的な深い緋色の瞳は、時に綾波レイ
とそのイメージを重ねる。

「どうしたんだい、シンジ君? こんなところで」
「…いや、綾波を探してたら…その、ここまで来ちゃって」
「レイちゃん、いなくなったのかい? そういう僕もアスカを探してるんだけどね」
「えっ? アスカもいなくなったの?」
「案外、ふたりして探検でもしているのかもしれないね。仲がいいからね」
「う、うん。でも、時間があまり、その、ないから」

 ふっ、と笑顔を深くしたカヲルの深紅の双眸がシンジに差し込む。

「そうだね。あの演奏が終わるまでに探しださないと、ね。レイちゃん、他の男と一緒だったら大変な事になるからね」
「…そ、そうなんだ」どっと不安げな表情をシンジは噴出させた。
「脅かすようなこと言ってごめんよ。でも、それは君にも言えることなんだ」

 え? 瞬間シンジは理解できなかったが、一拍置いてシンジの後方を見据えるカヲルの視線を追ったシンジは静かに息
を呑んだ。

「君も、もう少し自分の置かれている立場を自覚した方がいいと思うよ。演奏が終わったタイミングで他の女の子と一緒
だったら、やはり大変な事になるからね」
「で、でも…どうしたら」
「走るのさ」

 刹那、眩しい笑顔を浮かべるやカヲルは脱兎の如く駆けだした。え、あ!? と洩らしたシンジも後に続く。後方から
複数の駈け出した音がシンジの鼓膜を突いた。

(…綾波……どこ? どこにいるんだ?)


                           ∞ ∞ ∞


 奥参道から更に階段を登ったさして広くもない広場のベンチにレイはひとりで座っていた。何故か奥参道の最果てに位
置するその広場にも、ぽつりぽつりと人が集まってきていた。あるものはカップルで、あるものは一人散歩を楽しむよう
に。単独で行動する男は、忙しなく視線を辺りに巡らせているような気がしたが、レイの前を通る男はほぼ例外なく粘つ
いた視線をレイに注ぎ、その都度レイは気弱な表情を俯かせなければならなかった。それでもレイはベンチを立つことが
出来ず、流れてくる音楽を聞くともなしに聞いていた。

(……身体が動かない)
(……碇くんに会いたい…会いたい)
(……でも…どんな顔をしたらいいか……解らない…わたし…)

「彼女、ひとり?」

 顔を上げたレイの眦に溜まった雫がつっと頬をつたった。

「か、彼女、泣いてるの? 何かあったの?」

 涙を流したレイを見てギョッとした男は、いかにも背の高い大学生風の優男だった。レイの容貌と涙を流してソコにい
るシチュエーションを都合良く解釈した男は、イケル、と思ったのか、ストンと薄い尻をレイの隣に落とした。刹那、レ
イのベンチの背後の林がザワッと鳴った。

(……この人、誰?)
(……知らない)

 手慣れた様子でレイの容貌を褒め称え、聞きもしない個人情報を露呈しつつ、ベンチの上でのレイとの距離を男は姑息
に詰めていった。ふたたび俯いたレイの肩に腕を伸ばそうとした時、派手に砂利を蹴る音がふたりの耳朶を打った。
 次にレイの耳に入って来たのは、優男の悲鳴だった。ベンチの後から男の右手を捩じり上げていたのは、夜目にも白い
手だった。

「レイ、時間が無いわ。行くわよ」

 ひいーひいーと右腕を擦っていた男が精一杯の三白眼を向けた先に、凛と佇む赤毛の少女。

「……アスカ」

 清冽な蒼に見据えられるだけで、男は本能的に戦闘を諦めたが、アスカの女王然とした美麗なる風貌に、生来のスケコ
マシ気質を発露させた。全く脈絡無く跳びかかるようにアスカにアプローチを開始した男は、果たしてモロにアスカの回
し蹴りを喰らう事となった。失神する刹那、チラと浴衣の裾から垣間見た縞々が優男の網膜を焼き、冥土への至上なる土
産となった。

「レイ、走るわよ」

 アスカにぎゅっと握られた手に曳かれたレイは、夜気の中に浴衣姿を躍らせた。続いてベンチの後方から林をかき分け
るように飛び出してきたヒトの気配。疑問符を浮かべる暇もなく、レイはただアスカの手の温もりに心を寄せていた。


                           ∞ ∞ ∞


 射られたように天空に据わった月の下、参道を挟む雑木林が漆黒の壁のように後方に流れていく。シンジの前方に見え
る浴衣の背は先ほどから徐々に遠くなっている。雪駄とは思えないカヲルの脚の早さに、シンジは喘いだ。

「シンジ君、こっちだよ。早く」
「ま、待って、カヲル君」

 曲がり角に姿を消したカヲルに、焦ったシンジが栓無くも右手を伸ばす。曲がり角の手前で縺れた脚がたたらを踏んだ
が、意思の力で踏ん張り速度を維持したまま横道へと身体を進入させた。


 !

 
 突如、目の前いっぱいに広がった群青の色彩に心臓が跳ね上がった。次の瞬間、驚く暇なく顔を上げた人影に抱きつく
ような体勢でぶつかっていったシンジは、首を竦めて身を固くした相手を庇うように、咄嗟に右の掌をその後頭部に回し
た。シンジの左の肩口にすっぽり収まったショートカットに、ところどころに湛えられたプラチナブルーの煌めきに、倒
れ伏せる瞬間、パニックに勝る想いがシンジの中から吹き出した。辛うじて右肩を四分の一ほど回転させた動きにより、
シンジは右側の二の腕をしたたか地面に打ち付けることになったが、結果としてその少女への衝撃を最小限に抑える事に
成功した。巻き上げられた砂塵がゆっくりと夜気の中で攪拌されていく。

「……っ」
「く、くっ……あ、綾波…だ、大丈夫?」
「………う…ん」
「け、けがは無かった!? ご、ごめんよ…ごめんよ…」
 
 レイを抱くように深く回した右腕はそのままに、今にも泣きだしそうな声のシンジ。その腕の中では、徐々に薄まる驚
きが胸の鼓動に変わっていくレイがいた。レイの髪に額を押しつけているシンジにはレイの様子は解らない。

「………碇、くん」
「あ…ご、ごめんっ」

 慌てて立ち上がったシンジの顔に曳かれるように、身体を起こして視線を上げたレイ。やや見開かれた瞳に憂いの色が
広がった。

「…碇くん、右肘、血が出てる」

 え? と視線を提げたシンジ。が、実際は、まだ右腕は痺れる感覚が先行し怪我の程は解らない。当然の転び方をして
いるのだから仕方は無い。それよりも、見た目に少女が怪我をしなかった事実に、小さく溜め息を洩らした。

「た、大したこと無いよ。擦りむいただけだよ」照れたような笑顔を浮かべ、シンジは左手をレイに差し出した。握り返
すレイの身体をグイと引っ張り起こしたが、久しく忘れていたその軽さに改めて驚いた。「…それより、ホントにゴメン。
浴衣汚れちゃったかな?」
「大丈夫。なんとも、ない」……碇くんが、庇ってくれたもの。「それより、そのままだといけない。碇くんの肘…」

 言うが早いか、そのままシンジの手を曳き側道を少し上った谷側のベンチにシンジを座らせると、道を挟んで反対側に
据え付けられた水飲み場で腰を屈めた。ビッという音に続いて蛇口を捻る音が、離れた会場から流れてくる音楽に割り込
んだ。
 
「碇くん…少し沁みるかもしれない」やや上目遣いにチラとシンジの顔を覗き見たレイは遠慮気味にシンジの右手を取る
と右肘の患部を軽く叩く様にして付着した土を水を吸ったハンカチで取り除いていった。
 シンジの目の前で微かに揺れる蒼銀の髪。ほのかに香る甘い匂い、そして俄かに上昇を始めた心拍数に、シンジは痛み
を感じる暇さえ許されなかった。


(……こうして二人でいると苦しくない)
(……胸の中もいつのまにか何かで満たされているような気が、する)
(……どうして?)
(……どうして?)
(…………解らない)
(……でも…いつか…いつか離ればなれになるときが来たら)
(……いつか……)

 想像しただけで胸が押し潰されそうだった。再び眦が熱くなってきた。
 とても、目の前の少年の存在無しに、生きていけるとは思えない。
 
「綾波…見てごらん。とても綺麗だよ」

 シンジの声が、通り過ぎる夜風のようにレイの鼓膜を振るわせた。のろのろとシンジの肘にハンカチを巻く手を止め、
レイはシンジの視線を闇夜に追った。
 二人が腰掛けるベンチは、数百メートル離れた祭りの会場を俯瞰するように一望できる高台となった広場に位置していた。


 …………あ。


 大地に瞬く幾多もの灯火。まるで星空を大地に敷きつめたその様は、湖面に姿を映し出した天の川のようにも思えた。


「…カヲル君、どこに行っちゃったんだろう」
「……え?」
「…い、いや。僕の前を、その、走っていたから」
「……わたしは……アスカに連れてこられたの。……時間が無いって」
「…そ、そうなんだ」
「……でも、あそこで待っててって言って、山側の脇道に入っていったわ。渚君は見なかった」

 刹那、夜風が山裾から下界を撫でるように吹きあがり、シンジとレイの前髪を揺らせた。

 
          ――…なさん、如何でしたかネルフの秘蔵っ子バンド『Fourth Impact』の演奏は楽しんでいただ
             けましたか?


「…う、うん……そうなんだ……時間は無かったんだ」


          ――残念ですが、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうようです。


「……え?」


          ――では、本日最後の曲です。


「あ、綾波と一緒にいる必要があったんだ……き今日最後の曲が終わっちゃうまでに」


          ――……Focus……。


「……どうして?」


          ――……Sylvia…。


 ベンチに優しくスポットライトのような灯を落とす街灯の下、小首を傾げたレイの髪が夜風に梳かれた。プラチナブルー
が夜風に浚われた。

 伝えるために……まごころを。ずっとずっと一緒に…二度と離さないために。その契りを確かめるために。

「……い、いや。その……」













「……わたし……碇くんのそばにいたい」

 雷に打たれたようにシンジは顔を弾かせた。

「……でも、……解らないの」
「…そ」
「……わたしの中の記憶だけで、碇くんの傍にいてもいいのかが………解らない、の」
「…そんな」
「……でも、それでも…碇くんと離ればなれになると、考えただけで、わたし……」

 ぽろりと白く輝く頬に零れる一筋の雫。銀の雫がベンチの上にはじけた時、シンジの右手はレイのそれに重なっていた。
 
「あ、綾波……ぼ、ぼくは…ぼくは……」

 俯かせた緋色の瞳がふたたびシンジの双眸に絡んだ。街灯が瞬き、レリックから紡がれた旋律が夜風に乗ってシンジに
百年分の勇気を与えた。














「あ、綾波と、一緒に……生きたい……」













 断末魔のように街灯が光の飛沫を振りまいた直後、その世界はやって来た。一切の人口の光が排された世界。天空に貼
りついた月が意地悪に思えるほど小さく感じられた。下界は航空機から見下ろした黒い森さながらに、ところどころから
湧きあがった奇声嬌声が漂っている。


          ――…ーい。サプライズと感じる方もそうでない方もお楽しみターイム!


「……碇…くん?」


          ――特にカップルになり切れないそこのアナタ。今宵はこの暗闇に乗じ…いや味方につけて。


「…あ、綾波?」


          ――積まれてきた想いを告白するのも、突発的な恋を楽しむのも……今日は、フリーです…。


 辺りに人造の構造物も無いだけに、一寸先も見えない程の暗さだった。


          ――『Fourth Impact』の魔法が途絶えた今、漆黒から回復するまでの、およそ五分間…どうか…。


 重なり合った二人の手は、邪魔立てする漆黒を除けるように互いの腕を求め、身体を求めた。ぎこちない腕に包まれた
レイの髪がシンジの頬をくすぐる。鼻腔をくすぐるレイの甘い香り。そして、心を潤すのは月夜に気付いたあの感覚だっ
た。抱きしめてしまいたい欲求を薄氷の理性で押し留める腕がシンジの頭の中でぎりぎりと音を立てた。 

「……綾波…いきなりこんな事して、ご、ごめん」

 いまだ緩いシンジの腕の中、身じろぎする様に首を横に振ったレイ。

「で、でも…話しておかないといけない事があるんだ。あ、綾波には…嫌われるかもしれないけど」
「……碇、くん?」
「……サードインパクトが終わって、さ…紅い海から還って来た時なんだけど、覚えてるよね、綾波?」
「…うん」
「ぼくは、目が覚めるまで、本当に長い長い夢を見ていたような気がしたんだ。でも、サードインパクト直前までのこと
はよく覚えてて……浜辺で目を覚ましてさ、真っ先に頭の中に出てきたのがさ……あ、綾波のこと、だったんだ」
「………」
「でも、目は覚めてんのに身体は殆ど動かなくて、それでも必死に肘をつっかえ身体を起こしてさ…辺りを見渡したら、
綾波がすぐ近くに倒れてて」
「………」
「そ、それで、慌てて綾波を起こそうとしたんだけど、身体は冷たくて、脈も感じられなくて、パニックになりかけたん
だけどさ……綾波のことをずっと呼び続けてるうちに少し目を開いてくれて……嬉しくて頭の中が真っ白になって、それ
で………それで…気がついたら…その、キ、キスしてたんだ……綾波、に」

 目を丸くして口許を隠すように手を寄せたレイに、シンジは罪悪感に羞恥心を重ねた。

「本当にご、ごめんよ。で、でも…」
「…………」
「け、決していい加減な、その、気持じゃ無くて…」
「…………」
「二度とどこにも行ってほしくなくて…離れたくなくて……繋ぎとめていたくて…そ、その何というか…証、そう証が欲
しかったんだ」
「…………」
「な、何言ってんだろね……最低、だよね、僕って…綾波に嫌われても…仕方がないんだ……」
「……碇…くん」

 不安いっぱいの表情に、精一杯に伸ばした背に誠意の文字を貼り付けたシンジ。その目前で淡く灯った深紅の瞳が、そ
の潤いを深くした。

「……嫌いになる筈、ない」

 刹那の間をおいて、レイはシンジの腕の中深く抱きしめられるのを感じた。夜気でさえ入る余地が無い程の一体感。身
体の全ての部位が、その定めを思い出したかのように限りなくその距離をゼロに近づけていく。

 離れたくない。離したくない。現し世の身を超えるほどに求め合う魂に刻まれし記憶。ただ希求するは魂の安息。

(……そして、わたしが望むもの)

 レイの胸の中に満ち満ちた温かなそれは、シンジの匂いであり温かさだった。それをレイの胸に繋ぎとめておくもの――。



 炸裂音が大地を揺るがした。
 
 反射的に身を固くした腕の中で、レイの吐息を頬に感じたシンジ。

 託宣に天を仰いだ子供のように天空に向けられた四つの眸。









 杳として知れない夜空に咲いた大輪の花。

 霧散する灯を惜しむようにその目に焼き付けるふたりの影が、刹那その距離を縮めた。












 「……碇くん…………あの、あのね――」 















 
 
 

                         The End
 
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件名 Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/08/29 13:12
投稿者 calu
参照先
何処さん
こんにちは、caluです。
最初の方の作品で『ネルフの夏・日本の夏』、読ませていただきました。面白かったです。
レイですが、アスカとシンちゃんの前とでは面白いくらいに人が変わりますが、キャラの特徴が凄く前
に出ていますよね。
読んでて無性に食べたくなったので、いまガリガリ君を食べながら書いてます。
編集 編集
件名 Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/08/28 10:28
投稿者 何処
参照先
【突撃!シンジの晩御飯!会話のみVer(一部加筆修正)】


「…赤木博士。」
「何?」
「…これは…何ですか?」
「正露丸。由緒正しい下痢止めの薬。その殺菌作用は虫歯のう喰孔へ詰める事で歯肉内の膿疱炎症を鎮められる事からも証明済み。」
「…不思議な匂い…」
「ヨード臭は我慢なさい。さ、お水よ。」



「…大体何だって傷んだヨーグルトなんか食べたの?」
「傷んでいたとは知りませんでした。朝購入した物ですし、賞味期限内でしたので。なのに…普段はこんな…」
「…昨日の第三新東京大規模停電忘れた?」
「…あ。」
「本部の自家発電でジオフロントは何とか助かったけど…」
「はい。実験後、帰宅する為駅に行ったら列車まで止まってて…駅で二時間…」
「当然、冷蔵庫も冷房も止まってた訳よ。あの猛暑で六時間、買い物袋に入れっぱなしなら傷んで不思議じゃないわね。」
「…はい。」

「ま、薬を飲んだら今日は大人しく休んでなさい、水分はまめに摂取する事。後、冷蔵庫の中の食品も危ないわ、早めに処分するの。いいわね?」
「…はい。」
「さて、私は帰るけど。次はちゃんと『リツコ』って呼んでね。じゃ、ゆっくり休むのよ。」
「はい…」
「あ、そうそう、シンジ君は明日には帰って来る予定よ、楽しみに待ってなさい。」
「…」

プシッ!シュカッ!プシュン!
カッカッカッ…


ゴー――………ジーワジーワ……ミーンミンミ……ジャワジャワ……

(音?いえ…声…これは声…蝉の鳴き声…波の様に寄せて帰る…遠く…近く…止まずに続く…大きく…小さく…一瞬の制止…そして又…)

「そう…時雨…蝉時雨…」





♪ぴんぽーん♪

「ん…あ、もうこんな時間…」

♪ぴんぽーん♪

「お客様…誰?…はーい…」


プシッ!シュカッ!


「ハーイファースト!お見舞いに来てあげたわよ!」
「セカンド?」
「ん~?未だ大分顔色悪いわね!あんたちゃんとご飯食べてる?」
「え、ええ。どうぞ上がって。」
「おっじゃましまーす♪」


「食中り後でもプディングくらいなら食べられるでしょ?一緒に食べましょ!多めに買って来たから冷蔵庫仕舞うわね。」
「あ…有り…難う…」
「シンジは?見舞い来なかった?」
「未だ松代…明日までかかると赤木博…リツコさんが言ってた…」
「あの馬鹿…」
「でも…実験だから…」
「そんな事よりファーストの体の方が大切じゃない!バカシンジめ、帰って来たらシメる!」



「ご馳走様。美味しかった…」
「でしょ!最近ヒカリとはまってて。あ、これ仕舞っとくわね。」
「セカンド…あ、有難う…」

「いいのよ別に…ってな、何よこれ~!?ちょっとあんた!冷蔵庫の中納豆とヨーグルトとキムチしか入って無いじゃなぁい!?!!」
「発酵食品は身体に良い…」
「あんたその発酵食品でお腹壊したんでしょ!?うわキムチの匂い凄!!」
「セカンドも食べてみる?キムチも納豆も美味しいわ。」
「じょ、冗談止めてよ、これどう考えても異臭よ異臭!」
「納豆は今一寸発酵が進んでアンモニア臭が出てるけど問題は無い…キムチも酸味が強くなってるけど乳酸発酵だから安全だし…」

「発酵にも程が有るわ√!!!」





「…て訳よ、あの娘あのままじゃ駄目だわ!」
「ふうん…」
「…シンジ、話聞いてた?」
「あ、うん。大変だったねアスカ…」
「…つっっまんない反応返すな馬鹿シンジ!」
「え?」
「大体あんたねぇ、愛しの彼女が体調崩したってのに見舞いにも行かないなんて何考えてるのよ!」
「え?だ、だって只の食中り…は?待った。一寸待った。ええと、か、彼女って誰の…え?あ、綾波が?」
「他に誰がいるのよ!」
「何で綾波が僕の彼女なのさ!?」
「何よあんたファーストが嫌いな訳!?」
「そんな事言って無いだろ!?」
「大体あんたは…!!」
「酷っ!?それ言うならアスカこそ…!!」
「…!!!?」
「…!!!!」

「ま~た始まったよ。高校生になっても相変わらず仲のよろしい事。」
「何や又夫婦喧嘩かいな…イインチョ、止めへんのか?」
「無理よ…碇君、大変ね…」





「…と言う訳で、我々は今綾波宅の前に来ております。」
「…何で僕まで…」
「あんたの彼女の事なんだから当然でしょ?」
「だから彼女じゃ無いのに…」

「碇君?セカンド?何してるの?」
「綾波!?あ、あのいやこれは…」
「ハーイファースト!見舞いに来なかった薄情な彼氏引き摺って来たげたわよ!」

「アアアスカぁ!?」
「…何を言うのよ…」

「で、あんた何処行ってたの?」
「買い出し…夕食の…お弁当にしたの…上がって。外は暑いわ。」



「え?」
「…これは…」
「牛丼弁当。牛野屋の。」
「(ね、ねえシンジ、ファーストってお肉嫌いじゃなかった?)」
「(の筈だけど…好き嫌い克服したのかな?)」

「あ、綾波、その…お弁当の中、見ても良いかな?」
「?良いけれど?」
「どれど…な、何よこれ~!?!!」

「に…肉が無い…」
「肉抜き汁ダクダクだから…」

「「…うわ…」」

「…なんだかねぇ…」
「綾波…栄養のバランス考えた方が…」
「考えてる…」
「そ、そうなの?」
「そうは見えないけど…」
「足りないのはタンパク質とカルシウム、ビタミン群…で、これにネギと鰹節を混ぜた納豆を…」

「「ひっ!!」」

「…頂きます。」



「…ご馳走様。」

「は…はあ…」
「…?碇君、セカンドは?」
「廊下…アスカは納豆苦手なんだよ…アスカぁ、終わったよぉ」
「…ほ、本当?本当に終わった?」
「…美味しいのに…納豆…」





「…で?」
「だーかーらーこの娘を明日から預かるの!!あんな生活してたらこの娘マトモな女に育たないわ!」

「?碇君…私、そんなおかしい生活なの?」
「こ、個性的な生活なんじゃないかな?」

「えー?ま、アスカが自分の部屋へ泊める位なら別に構わないけど…でも牛丼に納豆美味しいじゃない?キムチと生卵も入れると完璧っ!?痛った~~…な、何も殴らなくてもいいじゃないアスカぁ…あ痛ぁ…」
「味覚崩壊したあんたの意見は聞いてない!そこ!何感心してメモなんか取ってる!!」

「綾波…さ、流石に納豆とキムチは…」
「…美味しいのに…」





「…これが私達四人の共同生活の始まり…」
「成る程ねぇ…」
「それにしても綾波さん、その…牛丼に…納豆?」
「ええ。」
「なんか戦自の野戦食思い出すわぁ…レトルトのパックにスプーン突っ込んで…半煮えなのに当たると泣けたわ~…」
「霧島さん…唐揚げ食べる?」
「え?いいの?」
「駄目…山岸さん、食べないと駄目。見た所貴女の摂取カロリーは未だ所要量に足りない。」
「…カロリーバーと野菜ジュースの綾波さんが言っても…」
「大丈夫…カロリー的な問題は無い…それに…」
「「それに?」」
「今週の食事当番は碇君…だから楽しみは取っておくの…」
「ははぁ、納得。」
「愛しの彼氏の手料理かぁ、いいなぁ綾波さん。」
「ち、違うわ、な、何を言うのよ!い、い、碇君と私は未だ…」
「「ふぅん…未だ…ね…」」

「あ。」

「…でもその『碇君』の手料理…一度ご相伴に預りたい物ですねぇ山岸さん?」
「え?あ、あたしに振らないでマナーっ、そ、それは確かに興味は…」
「…食べてみる?」


「ミサトさん…明日の夕食、お客様を呼びたいのですが…」
「あらぁめっづらしー!?レイがお客様呼びたいだなんて!!オールオッケーよぉん、どぉんどん呼びなすゎぁいい!」
「え?良いのですか?」
「勿論無論当然よ!ね、ね、ね、誰呼んだの誰?高校の友達?女の子?それとも男の子?そぉれぇとぉむをぉ…彼氏?」

ガチャン!

「おーお、動揺しとる動揺しとる。ほーんとシンちゃんたらわっかり易いんだからぁ♪」
「?ミサトさん…私の高校、女子高ですけど…」

ガシャガシャン!

「碇君…今日はどうしたのかしら…」
「プクククッ!あ~シンジ君~?明日の夕食はご馳走にしてねぇ♪レイのお・と・も・だ・ちが来るからぁ♪手出しちゃ駄目よぉ♪」

ガシャン!

「クックックックッ…」
「?」
「あ~いいお風呂だった!レイも入っちゃ…何笑ってるのよミサト?」
「クックッ…え~?べぇっつぅにぃ~…プッ…ククッ、クッククックククククッ…」
「?ね、レイ何あれ?」
「さあ…?」


「…と言う訳で、我々は今葛城作戦部長宅前に来ております。」
「なんやごっつうええ匂いがここまで漂っとりますなぁ。」

「ね、ねえアスカ…これは何事?」
「…ファーストが女子高の友達連れて来るって聞いて…」

「女子高生はいいねぇ…男子学生の心を潤す希望の存在…そう思わないかい?」

「…このややこしいのが更に話をややこしくしたのよ…」
「ゔ…!?ちょ、一寸あんた逹まで!?」

「ええ、レイちゃんのお誘いですもの、断る訳無いですよ。」
「そうそう」
「右に同じ」

「た、確かにレイには“どぉんどん呼びなすゎぁいい!”とは言ったけど…あ!?ちょ、一寸リツコ、あんたはともかく他は聞いてないわよ~!?」
「当然ね。話してないもの。」
「リツコー!?さては謀ったわねー!」
「…何で俺まで…」
「あら、リョウちゃんの彼女の家の事なんだから当然でしょ?」
「だからってなぁ…」



「…なあ碇、お前は行かんのか?」
「…ああ…」
「全く…仕方無い奴だ…」
「…司令が本部を空ける訳にはいきませんよ冬月先生。先生こそ行かないのですか?」
「…眩しくてな…」
「…そうですか…」
「…料理か…ユイ君の悪戯思い出すな。」
「ロシアン筍…」
「一皿だけ灰汁抜きせず炊いた筍…」
「…酷かった…」
「残さず全部食ったのは誰だ?」
「…」



「ミサト…」「リツコ…」

「だからレイは猫耳だって!」
「バニーよバニー!アスカが猫耳でレイがバニーよ!」
「リッちゃん、葛城、迷う事は無い。」
「リョウちゃん!?」「加持君!?」
「二人に両方着せればいいじゃないか。なあシンジ君。」
「ぼ、僕に振らないで下さいよ!?ミサトさんもリツコさんも何か言って下さい!」

「「グッジョブ!!」」

「へ?」「…頭痛い…」「こ、この酔っ払い共…」


「歌はいいねえ…」
「え?」
「歌は心を癒してくれる…リリンの生み出した文化の極みだよ。そう思わないかい?山岸マユミさん。」
「あ、あの…」
「誰彼構わず口説くの止めいこの変態バイのナルシスト!」


「綾波…」「碇君…」
「…止めてよトウジ、ケンスケ…」
「止めなさいよ二人共!は…恥ずかしい…」
「本っ当、あんたらぶわっっかじゃない!?」





「はぁ…『碇君』か…いかり…しんじ…シンジ君…キャーキャー―ッ!!」





「なあシゲル、マヤちゃん最近綺麗になったな。」
「そそそうか?べべべ別に変わった様には…」
(…判りやすい奴…)





「…司令、副司令、これ…お弁当です。良かったらどうぞ…」


【後書き】
会話のみにしてみました。
さてどこまで通用するか。
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件名 Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/08/28 09:19
投稿者 ななし
参照先
皆様の作品、とても楽しく読みました。面白かったです。
拙い感想ですいません。でも、1つ1つの話がレイやシンジ、他のキャラを捉えていて新しいストーリー生まれ素晴らしかったです。頑張ろうと身を引き締めました。

引き締まったのは、贅肉だけでした。あぁ、駄目だ。修行してきます。

tambさん

1111111ヒット企画以来お久しぶりです。改めまして9周年おめでとうございます。
お読み頂きありがとうございます。感想の言葉に恐縮と感動してます。

蝉時雨のお題は書いていて楽しかったです。仕事等で夏を堪能できない自分の白い肌がほんのちょっと茶色く色づいたかもしれない、気のせいだけどそんな感じに。

>出来れば10話くらいの連載で読みたかった(笑)

いろんな意味でラストなお話ですいません(笑)基本は破をイメージしてます。破のラストがこんなんだったらいいなと妄想+お題です。

お忙しい中感想ありがとうございました。気の利いた言葉が浮かびませんが無理なさらず体調崩さず日々楽しんでください。


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件名 Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/08/28 05:09
投稿者 tamb
参照先
■Day Tripper!! 出張編第2話「魔術師」/のの
 レスに困るほど難解かつ盛り上がりにも盛り下がりにも欠けるだらだらした平板な話で誤変
換なのかどうなのか判断に困るなでもやっぱり誤変換なのだろう的なアレも散見されつつだが
そこがいい! というような話。いや、誤変換はアレだけど、話がクライマックスとか迎えた
らDay Tripper!!じゃないとは思うのよね。このだらだらした感じが好き。マナが可愛い(こ
ういうのに可愛さを感じるお年頃)けどキスはしたくないな(爆)。


 本日はコレだけ。少しずつでも書く。
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件名 Re: サイト開設十周年カウントダ
投稿日 : 2010/08/26 06:47
投稿者 何処
参照先
【突撃!シンジの晩御飯!】


「…赤木博士。」
「何?」
「…これは…何ですか?」

ベッドの上、パジャマに包まれた上半身を起こした蒼髪の少女がその掌に乗った茶色の小瓶を赤い瞳に映す。

「正露丸。由緒正しい下痢止めの薬。その殺菌作用は虫歯のう喰孔へ詰める事で歯肉内の膿疱炎症を鎮められる事からも証明済み。」

金髪美女の解説に少女は瓶の蓋を開け、中の錠剤を数錠左掌に載せた

「…不思議な匂い…」
「ヨード臭は我慢なさい。さ、お水よ。」

少女は小瓶をシーツの上に置き、受け止ったコップの水で茶色の錠剤を咽下。空のコップと小瓶を片付けた美女は興味深げに少女へ質問した。

「大体何だって傷んだヨーグルトなんか食べたの?」
「傷んでいたとは知りませんでした。朝購入した物ですし、賞味期限内でしたので。なのに…普段はこんな…」
「…昨日の第三新東京大規模停電忘れた?」
「…あ。」
「本部の自家発電でジオフロントは何とか助かったけど…」
「はい。実験後、帰宅する為駅に行ったら列車まで止まってて…駅で二時間…」
「当然、冷蔵庫も冷房も止まってた訳よ。あの猛暑で六時間、買い物袋に入れっぱなしなら傷んで不思議じゃないわね。」
「…はい。」

「ま、薬を飲んだら今日は大人しく休んでなさい、水分はまめに摂取する事。後、冷蔵庫の中の食品も危ないわ、早めに処分するの。いいわね?」
「…はい。」

以前と違い防音のしっかりした新居。だが空調の音に紛れ微かに外の音が聞こえてくる。

(音?いえ…声…これは声…蝉の鳴き声…波の様に寄せて帰る…遠く…近く…止まずに続く…大きく…小さく…一瞬の制止…そして又…)

少女は呟く。

「そう…時雨…蝉時雨…」

…空調音に混じり静かな寝息が聞こえて来るまで、さほど時間はかからなかった…

数刻後。

来客を告げるチャイムの音が少女を眠りの園から呼び起こす。
現世へ意識を浮上させた少女が時刻を見れば既に17時を過ぎている。ベッドからゆっくり起き出し、パジャマ姿のまま少女は玄関を開けた。

「ハーイファースト!お見舞いに来てあげたわよ!」
「セカンド?」
「ん~?未だ大分顔色悪いわね!あんたちゃんとご飯食べてる?」
「え、ええ。どうぞ上がって。」
「おっじゃましまーす♪」

彼女はスーパーのレジ袋を掲げ高らかに宣言する。

「食中り後でもプディングくらいなら食べられるでしょ?一緒に食べましょ!多めに買って来たから冷蔵庫仕舞うわね。」
「あ…有り…難う…」
「シンジは?見舞い来なかった?」
「未だ松代…明日までかかると赤木博…リツコさんが言ってた…」
「あの馬鹿…」
「でも…実験だから…」
「そんな事よりファーストの体の方が大切じゃない!バカシンジめ、帰って来たらシメる!」

そして彼女が冷蔵庫を開けた時、事件は起きた。

「な、何よこれ~!?ちょっとあんた!冷蔵庫の中納豆とヨーグルトとキムチしか入って無いじゃなぁい!?!!」
「発酵食品は身体に良い…」
「あんたその発酵食品でお腹壊したんでしょ!?うわキムチの匂い凄!!」
「セカンドも食べてみる?キムチも納豆も美味しいわ。」
「じょ、冗談止めてよ、これどう考えても異臭よ異臭!」
「納豆は今一寸発酵が進んでアンモニア臭が出てるけど問題は無い…キムチも酸味が強くなってるけど乳酸発酵だから安全だし…」

「発酵にも程が有るわ√!!!」


さて次の日


「…て訳よ、あの娘あのままじゃ駄目だわ!」
「ふうん…」
「…シンジ、話聞いてた?」
「あ、うん。大変だったねアスカ…」
「…つっっまんない反応返すな馬鹿シンジ!」
「え?」
「大体あんたねぇ、愛しの彼女が体調崩したってのに見舞いにも行かないなんて何考えてるのよ!」
「え?だ、だって只の食中り…は?待った。一寸待った。ええと、か、彼女って誰の…え?あ、綾波が?」
「他に誰がいるのよ!」
「何で綾波が僕の彼女なのさ!?」
「何よあんたファーストが嫌いな訳!?」
「そんな事言って無いだろ!?」
「大体あんたは…!!」
「酷っ!?それ言うならアスカこそ…!!」
「…!!!?」
「…!!!!」

「ま~た始まったよ。高校生になっても相変わらず仲のよろしい事。」
「何や又夫婦喧嘩かいな…イインチョ、止めへんのか?」
「無理よ…碇君、大変ね…」


「…と言う訳で、我々は今綾波宅の前に来ております。」

しゃもじをマイク代わりに持ったアスカが明後日の方向に何やら話し掛けている。
旗を持たされ傍らに立つ少年はため息をつきながら何事か呟いている…

「…何で僕まで…」
「あんたの彼女の事なんだから当然でしょ?」
「だから彼女じゃ無いのに…」

「碇君?セカンド?何してるの?」
「綾波!?あ、あのいやこれは…」
「ハーイファースト!見舞いに来なかった薄情な彼氏引き摺って来たげたわよ!」

「アアアスカぁ!?」
「…何を言うのよ…」

「で、あんた何処行ってたの?」
「買い出し…夕食の…お弁当にしたの…上がって。外は暑いわ。」

そして…

「え?」
「…これは…」
「牛丼弁当。牛野屋の。」
「(ね、ねえシンジ、ファーストってお肉嫌いじゃなかった?)」
「(の筈だけど…好き嫌い克服したのかな?)」

「あ、綾波、その…お弁当の中、見ても良いかな?」
「?良いけれど?」
「どれど…な、何よこれ~!?!!」

「に…肉が無い…」
「肉抜き汁ダクダクだから…」

「「…うわ…」」

「…なんだかねぇ…」
「綾波…栄養のバランス考えた方が…」
「考えてる…」
「そ、そうなの?」
「そうは見えないけど…」
「足りないのはタンパク質とカルシウム、ビタミン群…で、これにネギと鰹節を混ぜた納豆を…」

「「ひっ!!」」

「…頂きます。」


少女食事中…


「…ご馳走様。」
「は…はあ…」
「…?碇君、セカンドは?」
「廊下…アスカは納豆苦手なんだよ…アスカぁ、終わったよぉ」
「…ほ、本当?本当に終わった?」
「…美味しいのに…納豆…」


さてその夜、コンフォート17の一室…


「…で?」
「だーかーらーこの娘を明日から預かるの!!あんな生活してたらこの娘マトモな女に育たないわ!」

「?碇君…私、そんなおかしい生活なの?」
「こ、個性的な生活なんじゃないかな?」

「えー?ま、アスカが自分の部屋へ泊める位なら別に構わないけど…でも牛丼に納豆美味しいじゃない?キムチと生卵も入れると完璧っ!?痛った~~…な、何も殴らなくてもいいじゃないアスカぁ…あ痛ぁ…」
「味覚崩壊したあんたの意見は聞いてない!そこ!何感心してメモなんか取ってる!!」

「綾波…さ、流石に納豆とキムチは…」
「…美味しいのに…」




「…これが私達四人の共同生活の始まり…」
「成る程ねぇ…」
「それにしても綾波さん、その…牛丼に…納豆?」
「ええ。」
「なんか戦自の野戦食思い出すわぁ…レトルトのパックにスプーン突っ込んで…半煮えなのに当たると泣けたわ~…」
「霧島さん…唐揚げ食べる?」
「え?いいの?」
「駄目…山岸さん、食べないと駄目。見た所貴女の摂取カロリーは未だ所要量に足りない。」
「…カロリーバーと野菜ジュースの綾波さんが言っても…」
「大丈夫…カロリー的な問題は無い…それに…」
「「それに?」」
「今週の食事当番は碇君…だから楽しみは取っておくの…」
「ははぁ、納得。」
「愛しの彼氏の手料理かぁ、いいなぁ綾波さん。」
「ち、違うわ、な、何を言うのよ!い、い、碇君と私は未だ…」
「「ふぅん…未だ…ね…」」

「あ。」

「…でもその『碇君』の手料理…一度ご相伴に預りたい物ですねぇ山岸さん?」
「え?あ、あたしに振らないでマナーっ、そ、それは確かに興味は…」
「…食べてみる?」


「ミサトさん…明日の夕食、お客様を呼びたいのですが…」
「あらぁめっづらしー!?レイがお客様呼びたいだなんて!!オールオッケーよぉん、どぉんどん呼びなすゎぁいい!」
「え?良いのですか?」
「勿論無論当然よ!ね、ね、ね、誰呼んだの誰?高校の友達?女の子?それとも男の子?そぉれぇとぉむをぉ…彼氏?」

ガチャン!

「おーお、動揺しとる動揺しとる。ほーんとシンちゃんたらわっかり易いんだからぁ♪」
「?ミサトさん…私の高校、女子高ですけど…」

ガシャガシャン!

「碇君…今日はどうしたのかしら…」
「プクククッ!あ~シンジ君~?明日の夕食はご馳走にしてねぇ♪レイのお・と・も・だ・ちが来るからぁ♪手出しちゃ駄目よぉ♪」

ガシャン!

「クックックックッ…」
「?」
「あ~いいお風呂だった!レイも入っちゃ…何笑ってるのよミサト?」
「クックッ…え~?べぇっつぅにぃ~…プッ…ククッ、クッククックククククッ…」
「?ね、レイ何あれ?」
「さあ…?」


「…と言う訳で、我々は今葛城作戦部長宅前に来ております。」
「なんやごっつうええ匂いがここまで漂っとりますなぁ。」

しゃもじをマイク代わりに持ったヒカリと旗を持ったトウジがデジカメを構えたケンスケに何やら話し掛けている。
その様子を見ながら顔に縦線を引いたネルフ作戦部長が、そっぽを向いてる碧眼の少女に小声で尋ねる。

「ね、ねえアスカ…これは何事?」
「…ファーストが女子高の友達連れて来るって聞いて…」

ちらりと傍らの銀髪に視線を送る。

「女子高生はいいねぇ…男子学生の心を潤す希望の存在…そう思わないかい?」

「…このややこしいのが更に話をややこしくしたのよ…」

「ゔ…」

改めて辺りを見遣り、ネルフ作戦部長は然り気無く居並ぶオペレーター三人組に絶句した。

「ちょ、一寸あんた逹まで!?」
「ええ、レイちゃんのお誘いですもの、断る訳無いですよ。」
「そうそう」
「右に同じ」
「た、確かにレイには“どぉんどん呼びなすゎぁいい!”とは言ったけど…あ!?ちょ、一寸リツコ、あんたはともかく他は聞いてないわよ~!?」
「当然ね。話してないもの。」
「リツコー!?さては謀ったわねー!」

クスクス笑う金髪の傍らに立つ無精髭はため息をつきながら何事か呟いている…

「…何で俺まで…」
「あら、リョウちゃんの彼女の家の事なんだから当然でしょ?」
「だからってなぁ…」


同時刻、ジオフロント内ネルフ本部執務室。


「…なあ碇、お前は行かんのか?」
「…ああ…」
「全く…仕方無い奴だ…」
「…司令が本部を空ける訳にはいきませんよ冬月先生。先生こそ行かないのですか?」
「…眩しくてな…」
「…そうですか…」
「…料理か…ユイ君の悪戯思い出すな。」
「ロシアン筍…」
「一皿だけ灰汁抜きせず炊いた筍…」
「…酷かった…」
「残さず全部食ったのは誰だ?」
「…」


…さて、その後葛城宅で何が起こり、何が変わり、終わり、始まったかは規約と紙面の都合により全てを記す事は出来ない。
故に後日談として幾つかの会話を記すに止め、後は皆の想像にお任せする。


「ミサト…」「リツコ…」

「だからレイは猫耳だって!」
「バニーよバニー!アスカが猫耳でレイがバニーよ!」
「リッちゃん、葛城、迷う事は無い。」
「リョウちゃん!?」「加持君!?」
「二人に両方着せればいいじゃないか。なあシンジ君。」
「ぼ、僕に振らないで下さいよ!?ミサトさんもリツコさんも何か言って下さい!」

「「グッジョブ!!」」

「へ?」「…頭痛い…」「こ、この酔っ払い共…」


「歌はいいねえ…」
「え?」
「歌は心を癒してくれる…リリンの生み出した文化の極みだよ。そう思わないかい?山岸マユミさん。」
「あ、あの…」
「誰彼構わず口説くの止めいこの変態バイのナルシスト!」


「綾波…」「碇君…」
「…止めてよトウジ、ケンスケ…」
「止めなさいよ二人共!は…恥ずかしい…」
「本っ当、あんたらぶわっっかじゃない!?」


「はぁ…『碇君』か…いかり…しんじ…シンジ君…キャーキャー―ッ!!」


「なあシゲル、マヤちゃん最近綺麗になったな。」
「そそそうか?べべべ別に変わった様には…」
(…判りやすい奴…)


「…司令、副司令、これ…お弁当です。良かったらどうぞ…」
編集 編集
件名 Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/08/26 05:16
投稿者 tamb
参照先
■或る新婚さんの場合・レイとシンジ編/何処

> 皆さん今晩は、碇ゲンドウです。

 さりげないが、ゲンドウの声で脳内再生すると異常な違和感がw

> 「おお、あっついあっつい。」

 完全なセクハラである。

 なんというか非常に反応に困るというか、書きたいことはあるっちゃああるんだけど、あま
りにも個人的体験暴露なので避けさせて頂きます(笑)。
 しかしこの話、あまりにもドハマリなエンディング曲にトドメを刺された感じ(笑)。


■蝉時雨vol.3/JUN
 本人たちにとっては幸せ一杯の時間なのであろうが、もしこの状況を見ている者がいるとす
れば間違いなく踏み潰したくなるであろう(笑)。このちちくりあいは完璧なバカップルである。
わき腹をつねられてくすぐったがらずに痛がることができるシンジは完璧であり、胸をつんつ
くされただけで高い声を上げることのできるレイもまた完璧である。
 しかし蝉時雨があまりに意味がない(笑)。

 とあるFFを思い出したが、この流れで紹介していいものかどうか、そのFFの内容的に微妙な
ので、それは来月にでも。


■キスしてくださいvol.3/JUN
 子供の頃、りんご飴なるものを見て食べたいなと思ったが、果たせなかった。それはなぜか
と言えば、食べ方が判らなかったからだったりする。あたりに食べてる人はいなかったように
思う。りんごの周囲を飴が取り巻いているのは明らかで、飴というからにはそれなりに硬いは
ずだ。それを舐めまくってりんごにたどり着くのは至難の業で、いったい何時間かかるのかと
思っていた。そうか齧るのか。記憶の中のりんご飴の飴の部分は結構分厚かったように思うの
だが、そうでもなかったのだろうか。機会があったら食べてみよう。
 駅のコンコースの隅とかで、抱き合ったまま固まっているカップルがたまにいる。固まった
まま微動だにせず、別にいちゃついてるわけではないのでバカップルではないと思うのだが、
あれはどのような精神によるものなのだろうか。家に帰るべき時間が迫っていて、でも帰りた
くなくて、ということなのかもしれないが、周囲にその姿を晒しているわけで、それについて
はどう思っているのであろうか。要するにそんなことは眼中なしということなのであろう。そ
の意味ではいちゃついてなくてもバカップルである。
 作中のシンジとレイも、周囲のことなど眼中なしという点で紛う事なきバカップルである。
飴がついてたといって唇の端をぺろりと舐める? 公衆の面前で、キスして下さいだ? お前
ら、たいがいにしやがれ。いや、しなくていい。我慢もしなくていい。明日もそのまま突っ走
れ。たぶん明後日も(笑)。俺はもう知らん。


■蝉時雨/ななし
 夏の終わりと共にシンジが目覚めてゆくというシーン、そしてシンジに語りかけるレイの言
葉ががあまりに美しい。
 ◇で区切って前半と後半。それぞれが素晴らしい。
 例えば前半、アスカが何て言ったのかを書かないのがいい。普通に考えれば「ありがとう」、
あるいは「ダンケ」かもしれないけど、アスカがこのような意味でこの種の言葉を口にするシ
ーンはあっただろうか。レイがありがとうといわれるシーンも、破以外であっただろうか。だ
から心の触れ合いが暖かいと思う。
 後半、シンジが目覚めるシーンがないのがいい。この直後なのか、あるいはもう少し後なの
か、恐らくシンジは目覚める。その時、レイとアスカの関係がほんの少しだけ変わっているこ
とに気づけたらいいと思う。
 この企画、最終的に何作集まるかはわからないけど、間違いなくベストワン候補。凄かった。
出来れば十話くらいの連載で読みたかった(笑)。


---
本日はここまで!
編集 編集
件名 Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/08/23 22:29
投稿者 JUN
参照先
ちょっと(かなり?)無理があるなあ……
caluさんの要求には答えましたw
編集 編集
件名 Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
投稿日 : 2010/08/23 22:28
投稿者 JUN
参照先
蝉時雨vol.4

「ただいま」
 シンジがそう言って扉を開く。見ると、明らかにミサトやアスカよりサイズの小さい運動靴がある。
「綾波、来てるの?」
靴を脱ぎ、買い物袋を玄関の脇に置いて居間のドアを開けると、綾波レイは確かにそこにいた。ソファに腰を下ろして、視線は心持ち下向き。どこか冷たい雰囲気を醸している。
 そんなレイの様子に、シンジは不安になる。何かしただろうか、ここのところ機嫌を損ねるようなことはしてない筈だけど。
「綾波、いらっしゃい」
「…………」
 レイは答えない。嫌な予感がするが、本当に思い当たらないのだ。お弁当は手抜かりなく作っているし、肉だって取っている。週末にはデートにだって行っている。シンジ自身、レイとのそういった行動をとても楽しみにしているのだ。
「ぼ、僕、財布を置いてくるね」
 沈黙を守るレイにいたたまれなくなったシンジは、逃げるようにして自分の部屋に向かう。葛城家の家計は基本的にシンジが切り盛りしているので、財布は自室に置いてあるのだ。下手においておくとミサトのビール代に消えてしまう。

 部屋に着いたシンジは一つため息をつく。黙り込んだレイほど怖いものはない。アスカは手が出るが、レイは空気で人を殺すクチである。転びそうになった他の女の子を支えただけで、シンジは半日食事が喉を通らなくなった。レイの放った無言の圧力によるものである。
 引き戸を開けたシンジは、部屋の中の違和感に気づいた。妙に片付いている。基本的にシンジは部屋を綺麗に保っているが、それでも最低限の生活感は出る。そういったものがない。つまり、誰かが部屋を片付けたのだ。

 財布をいつもの引き出しにしまおうとした時、シンジは“それ”に気づいた。

「な、な、な、なんでこれが…………!?」

 机の中央にぽんと、やけに丁寧に、これ見よがしに、それは安置されていた。


 ――ケンスケから譲り受けた、シンジ秘蔵のエ○本である。


 背中から一気に嫌な汗が噴き出す。ここにこれがあるということは、つまりそういうことである。レイの放つ無言の圧力の正体、それは明らかにこれだった。部屋中が片付けられ、ただこれだけが机の上に置かれている。異様な雰囲気が、そのブツからは放たれていた。それがレイ自身の怒りであると気づけないほど、シンジは愚かな生物ではなかった。

 何で見つかっているんだろう。確かにベッドの下に…………

 いそいそとそれを仕舞い、引き戸の元へと戻る。戸を開けるのが怖かった。他の女の子が触れるだけで機嫌を損ねるレイが、シンジのそれを見て冷静でいられるはずがない。
 だが、このままでいい筈もない。決心して戸を開け居間を見ると、レイは先ほどと同じように座っていた。
 恐る恐るレイの横に座り、そっと声をかける。

「ね、ねえ、綾波……」

 そんな猫なで声に、レイはぷいと顔を背ける。かなり怒ってる、シンジは思った。
 果てしない沈黙。ただ窓から蝉時雨が流れ込むのみだ。
「その、僕の部屋の、あ、アレのことなんだけど……」
「…………」
「ぼ、僕だって、綾波に悪いと思うんだけどさ、ほら、僕も男だし、変に溜め込んで綾波に変なことしちゃったら、それは結局綾波を裏切ることになるわけで、あの、えっと――」
「私に黙ってあんなの見てるのは裏切りじゃないのね。碇くんにとっては」
「う……それは、その――」
「私以外の人のほうがいいのね。ごめんなさい。巨乳じゃなくて」
「そ、そうじゃないんだよ。そうじゃなくて、僕は――」
「不潔」

 シンジの言葉を待たず、レイは立ち上がった。
「え、どこ行くんだよ、綾波」
 そんなシンジの声に耳を貸さず、レイは玄関へと歩いていく。
「ま、待ってよ綾波!」
「さよなら」
「あ……」

 ぷしゅ、と音を立てて閉まった扉を、シンジはいつまでも見つめていた。




 次の日、シンジはケンスケに断り、その本を捨てた。食べてくれるか不安だったが、弁当も別に作った。レイの好物を選んで。カボチャの煮っ転がし、ポテトサラダ、鰆の西京味噌焼き、そしてレイがお弁当以外にもよくせがんで作らされた、砂糖を沢山入れた甘い甘い玉子焼き。

 学校に来てから、レイは一言も口を利いてくれない。当然覚悟はしていたが、やはり辛かった。レイの声が聞けない学校生活がこれほどまでに苦痛だとは思ってもみなかった。自分のしたことがいかにレイの心を傷つけたのかを痛感させられた。
 
「あの、綾波、これ……」

 昼休み、一緒に買いに行った弁当箱を差し出す。レイは暫しそれを見つめ、鞄から何かを取り出した。それを見て、シンジは絶望した。
 
その手には、コンビニ弁当が握られていた。

震えながらシンジの手が下がり、ほんとにごめん、とだけ言って踵を返す。レイの怒りは、自分が思っていたよりずっと深かった。普段、シンジのちょっとした悪戯を微笑みながら赦してくれるレイが、これほどまでに怒っている。

二人分の弁当を食べながら、シンジは深い溜息を吐いた。昨日まで一緒に二人で食べていたのに。
正直、コトを甘く見ていたのだ。どんなに拗ねていても、謝ってキスをすれば、レイは必ず許してくれていた。次の日はいつもレイのリクエストした弁当を持って行って二人で食べるのが常だった。


次の日から、来る日も来る日も、シンジは二つ弁当箱を持っていった。その度、シンジは二人分の弁当を食べていた。


そんな毎日を一週間も繰り返したある日、シンジはまた弁当箱を手渡した。やはり、レイの好物を詰めて。レイはまた暫しそれを見つめ、ゆっくりとそれを受け取った。
シンジの顔が歓喜に満ち溢れる。瞳を輝かせ、
「あ、あの、食べ終わったら僕の机の上に置いといてくれたら、洗っておくから。美味しくなかったら、残していいよ」
 レイは、こく、と頷いた。


 昼休みが終わると、レイが無言で空になった弁当箱を渡す。その軽さに、シンジはまた笑った。許してもらえたからではない。レイに少しでもその兆候が見えたからだ。
 レイが自分の席へと戻るのを見届けた後、シンジが弁当箱を仕舞おうとすると、その中からかさ、と乾いた音がする。不思議に思ったシンジは、弁当箱を包んでいたバンダナをほどいた。小さな紙が入っている。ノートの切れ端のようだった。

『午後八時、私の家』

 パソコンの明朝体のように綺麗な字で、それだけが書かれていた。レイの作ってくれた挽回のチャンスだった。




「お邪魔、します……」

 レイのアパート。サードインパクトの後改装が加えられ、小奇麗なマンションになっていた。二人で選んだ家具の恩恵でレイの自身の部屋も小洒落た空気を醸している。

「座ってて」
「は、はい」

 シンジがソファに腰を下ろすと、マグカップに入った紅茶が置かれる。
「あ、ありがと」
 夜になって、あたりは昼間以上に静かだ。蝉時雨すらない。
「その、あの、綾波、本当に、ごめん。僕が馬鹿で、その、綾波のこと傷つけて……」
「…………」
「今更何言っても言い訳なんだけど、僕は馬鹿だからさ、その、こうして二人きりでいる時に綾波に酷いことしちゃうのが怖くて……奇麗事、なんだけど…………」
「……碇くん。わたし、魅力、ない…………?」
 消え入るように小さな声で、レイは言った。
「そ、そんなことない。綾波は、すごく魅力的だよ。どんな人より、ずっと……」
「ほんとう……?」
「……うん。それは、自信を持って言える。綾波よりかわいい人なんて、いないよ」
「…………」

 レイが黙り込む。また沈黙が、二人を包んだ。
 その時間がどれくらいか、シンジには分からなかった。とてつもなく長くもあり、ほんの一瞬だったのかもしれない。
 そんな中、ずずっ、とレイが音を立てる。半ば反射的にシンジがそちらを見た。

 レイが、泣いていた。

「あ、綾波、ホントにごめん。許されないことなんだけど、その――」
「違うの」
「え……」

 シンジの言葉を遮り、レイが言った。

「私、怖かったの。碇くんが、私以外を見るようになるのが。碇くんが、もう私に飽きちゃったんじゃないかって。私――」
「綾波!」

 言葉を紡ぐレイをシンジは思い切り抱きすくめた。

「ごめんよ、本当に、ごめん。綾波が不安になるようなこと、もうしないから。飽きるなんて、あるはずがない。綾波は、僕の宝物だから……」
「碇くん…………!」

「あの本は捨てたよ。大丈夫だから。僕が好きなのは、綾波だけだから……」
「えっちな本、もう読まない……?」
「うん、読まないよ」
「うれしい……でも、碇くん」
「なに?」
 レイは微笑んで、自分のブラウスのボタンに目をやる。
「碇くんが我慢できなくなったら、私があのくらい、いつでも見せてあげるから……私、碇くんになら、何だって出来るから……」
「綾波…………」
 そっとシンジがレイの胸元に手を伸ばす。レイと視線が錯綜する。レイはシンジの唇にちゅ、と口付け、その手を取った。
「いい……?」
 レイは小さく首肯し、
「だって、碇くんだもの…………」


               おしまい
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