第弐拾参話、壱日目

マルドゥック機関によって選出された汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンのパイロット。試作零号機を操縦するためのファーストチルドレンというのがネルフ本部内で彼女に対する認識であり、事実そのように扱われている。

彼女は、幼少の頃から周囲のあらゆることに対して興味を示さずコミュニケーション能力に難があった。視線をあわせない、表情筋を動かさない、会話もごく端的におこない情緒にも欠けている。また容姿も特殊で、青みがかった銀髪に赤い瞳、白い肌といった稀有(けう)な外見だ。いずれも先天性の遺伝子疾患と説明され誰も疑いを持たなかった。

だが実際には違う。マルドゥック機関は存在せず、容姿の特徴も前述の疾患とは関係ない。ひとならざるものより人工的に生み出された命である。心が希薄なのもその形質を受け継いでいた。彼女に一番多く接している大人が感情をあまり見せなかったのも後天的な要因のひとつだ。それでも、ひとであれという教えに従って努めて人間らしく振る舞おうとした。詩集や哲学書を読み、ひとの心を理解しようとしたのだ。しかし、真の意味で彼女に心が根づくことはなかった。あくまでも受け売り、模倣に留まっていたのである。

多くの予備がある肉体、異質な外見という事実も手伝って年齢を重ねるごとに世界との乖離を感じた彼女は、いつしか自らの死を求めるようになった。起源となった存在への回帰が唯一の衝動だ。

綾波レイと呼称される少女はこうして十四年の時をすごしてきた。ただいっぽうで埋められない心の虚ろを満たしたい希求もある。それは彼女を形作っているひとの因子によるものだ。特務機関ネルフの総司令、碇ゲンドウから受ける感情に応じることで仮初の心を満たしていた。

そんなあるとき、変化が混入する。初めはなんの興味も湧かなかった。大勢の中のひとり、サードチルドレン、初号機パイロット、碇シンジ。彼を構成する要素はそれくらいだ。会話、連絡、必要があればそうする。心に留めるべき相手ではなく、記憶のひとつ。初めて触れられたときだってなにも感じなかった。快、不快どちらでもなく曖昧だ。すぐに忘れてしまう、その程度でしかなかった。つぎに触れられたときは押し倒された上に重くのしかかられて圧迫されたから不快だ。これもやがて忘れてしまう些事である。

ところが、そのつぎからは明確に変わった。ATフィールドという遮るものがありながら、はっきりとした感覚を得る。とても激しい感情をぶつけられたのだ。彼は焦燥に駆られて涙を流し、最後に安堵して笑った。嬉しいときはそうするのだと。彼女が初めて生を感じた瞬間である。生きることは嬉しいこと、温かいことだと。プラグスーツ越しに手を握られて、偽りの心に命が灯ったのだ。

ただ、ほんのわずかな風雨でさえ消えてしまえる種火に、死への念望(ねんもう)を覆す力はない。それでも彼女はほのかなぬくもりを絶やさないように身を寄せた。無へ還るその時まで泡沫(うたかた)の安らぎを得たのだ。

それからというもの彼との交流が増えるにつれ、自身でも気づかないうちに心は支配されてゆく。目で追い、耳を澄まして近くを求めた。太陽を目指す苗木のように偽りの心は本物へと成長し、脈動したのである。

だが、彼女にそれを伝えるすべはなかった。包まれたい、触れあいたい、ひとつになりたいとようやく理解したとき、燃え盛る心とともに命を散らしてしまう。

つぎに彼の前へ現れたとき、彼女の心は消えていた。真新しい身体と引き継がれた記憶、死への衝動を携えて心を震わせる。五感を閉じ、肉体という檻から魂の開放を求めるのだ。


憎いから壊す。そう言うと、赤木リツコは手にしたリモコンのボタンを押した。(だいだい)色のLCLで満ちた水槽の中身はすぐさま崩れる。自身が死ぬのに苦しむことなく笑い声をあげながら、無数にたゆたっていた綾波レイと呼ばれる少女たちの肉体は形を失ってゆく。砂で作った城に水をかけたときのように、消し炭を握りつぶしたときのように、喜びの声だけを反響させて肉片となった。

大量殺戮者となったリツコだが、達成感に浸ることなくその場で膝を突くと慟哭する。同行した葛城ミサトが拳銃を向けていても命乞いをするどころか殺して欲しいとまで言う。そのほうが楽だと。もう生きていたくないと。崩れたレイの微笑みも、そういうことなのだろうか。リツコに連れてこられたもうひとりの傍観者、碇シンジは目の前の光景に唖然として言葉が出なかった。

シンジはそのあとどうしたのかよく覚えていない。剣呑なミサトと虚ろな目をしたリツコとともにエレベータへ乗り、地上の町に戻ったところからぷつりと意識が途絶えていた。さきに帰っててとミサトに言われたことだけが脳裏に残っているものの足は彼女のマンションへ向かわず、閑散とした第三新東京市をさまよう。

日没直後の箱根は山に囲まれているというのもあって、風景は暗い。されど、空には太陽の片鱗が残り、夜に抗っている。頭上に星空、遠くには茜色がわずかに残る地平線。闇と光の狭間にあるのは紫色だ。

腰を落としたい、どこかで落ち着きたいと思うのにミサトのマンションへ帰れない。壊れた家庭しかないからか、それとも居場所がないからか。いや、止まったらもう動けないような気がした。そこが定位置であると、自分の心が納得してしまうような気がする。歩くこと、前へ進むことで結論を先延ばしにしていた。

そして、気がつくと目の前に金属製のドアがある。表札には〝402綾波〟の記載だ。前にも何度か訪れている部屋で、いくつもの想いが詰まっていた。周囲はどっぷりと暗く、相変わらず無人の廃墟そのものだ。遠くから杭打ち機の音は聞こえず、蝉の鳴き声もしない。ここだけ時を止めているような錯覚を覚えた。

ふと腕時計を見て、二十一時をすぎているのに気づく。何時間も馬鹿みたいに町を歩いていたことになる。秒針と同じく、止まることを知らなかった。だが、いまはドアの前で足を止めている。熱かった靴の底からじりじりと地面に向かって根を伸ばそうとする諦めの二文字。

なんのためにここへ来たのか。シンジはいまになって自分の行動を振り返る。腕時計を見たのはもう寝ているだろうという言いわけを自分にするためかもしれない。周囲を窺ったのは誰かに見られていたらどうしようという不安だろうか。これだけ立ち並んだマンションの中で迷わず間違えることなく階段を上り、汚い廊下を歩いた。ネルフ本部ほど通い慣れているわけでもないのに、なぜ足は勝手に来たのか。必要ない、心に蓋をすればいい、靴底を引き剥がして道を戻ればいい。仮初の家へ帰り、風呂に入って寝る。食事はいらないし、ベッドへ横になれば簡単に忘れられるかもしれない。明日になったら悪い夢だったということもありうる。なにもかも心から追い出して、記憶を封じてしまえば傷つかないのだ。

そう思うのに。何度も、かれこれ十分以上もここで問答をしているのに足が動かない。もう一度表札を見る。押しても音の鳴らないインターフォンを見る。そして最後に腕時計を見る。時刻は二十一時三十分。秒針は、動いている。チクタクと、時を前に進めている。そう、前にだ。

左手でドアノブを掴むのは暗示であるとシンジは自覚していた。あるいは小さな秒針にすら背中を押す力となってもらいたい。冷やりとした金属の感触に、身体中の熱が奪われるような気がする。もしここで鍵がかかっていれば最後の言いわけが成り立つ。そう思い息を止めながらゆっくりと捻る。

果たして、ドアはあっさりと開いた。その瞬間、もう引き返せないと悟る。まだ流血している傷口を自らの手で広げる行為だ。どれだけの鮮血が噴き出すのか見当もつかない。たぶん、もう立ち直れないような気がする。この部屋を出たあと、きっとそのまま町から離れるだろう。連れ戻されるか、その場で射殺されるかもしれない。あれだけの秘密を知ったのだから叱責だけでは終わらないはずだ。べつに、それでもいい。

自棄になったのだろうか。シンジは玄関に足を踏み入れて自問した。背後で閉まるドアの音を隠さなかったのはあえて存在を知らせるためか。彼女が危害を加えてくるなど微塵も考えていない。むしろ逆だ。なにもしないから、どうか驚かないで欲しい。ここに自分が来たことを知ってて欲しい。前にも来た、同じ相手だと。

「綾波……」

呟きにしかならない。前はもっとはっきりと呼んでいたのに、いまはこんなにも情けない声になってしまった。蒸し暑い外の気温とは打って変わって室内はひんやりとしている。なんの照明もなく、とても薄暗い。まるで常世の世界を思わせるほど死の影を感じる。

靴を脱ぎ、右脚を一歩踏み出すとまた足の裏から根が生えた。さきほどよりもはっきりとしているが、まだ引き剥がせる。そう思って左脚も踏む。二歩、三歩と彼女がいるであろう寝室へ近づくたびに呼吸が浅くなった。廊下は以前に掃除をしたときほど汚れていない。維持されているように感じたのはわずかな光源に反射していたからだ。

キッチンと寝室を隔てるドアはない。そのほうがありがたいと思った。もう一度ドアノブを掴む勇気は出せない気がしたからだ。だがくぐった瞬間、まるで身体の内側が吸い込まれそうになる。霊安室へ入るときはこのような感覚なのかもしれない。死と向きあい現実を受け入れる。まさにいまの自分と同じだと。

そして、寝室に入ればただしく彼女はそこにいた。心臓がきゅっとなって息も止まる。これから寝ようとしていたのか。ベッドの上で両脚を伸ばし、背中を丸めぎみに座っていた。閉じきってないカーテンの隙間から外を見ており、侵入者に対しなんの反応も示さない。彼女が気になっている対象は月か星空か、それとも暗闇か。

シンジはベッドの横に立つ。手を伸ばせば頭に触れられる距離にいても、彼女は外を見たまま彼に意識を向けない。白いYシャツにショーツ姿で月光に照らされた肌は青白く見える。じっとしていれば精巧な人形と見紛(みまが)うほどの美しさだが、肩は小さく上下しているしまばたきもあれば生きているのは間違いない。先日病院へ駆けつけたときのしっかりとした包帯姿ではなく外傷はいっさい見られなかった。

「綾波……僕のこと、わかる?」

震える声で言ったあと、シンジは下唇を噛む。握られた両手も小刻みに揺れていた。どんな声と表情で返事をするのか。彼は期待を胸に抱いていた。どのような答えがくるのかわかってても、たしかめずにはいられなかったのだ。

「サードチルドレン、初号機パイロット、碇シンジ」

彼女は顔を向けずに淡々と告げた。学校で教師に指名されて教科書を音読するときのようなトーンか、もしくは自動音声案内だ。抑揚も関心もなく、まるでこの部屋のように無機質な感じがする。やる気がないとさえ窺えない単なる音の連続に聞こえた。やはり同じか、と肩を落とす。こうしてわざわざ逢いに来たのは無駄だったのだろう。足の裏から伸びた根が、あっと言う間に床を掴む。それでも口は勝手に動く。

「記憶がバックアップされたって聞いたけど……」
「ええそうよ」

エレベータの中でミサトは、いまのレイは何者かとリツコに問うていた。対する返答は同じ魂と記憶を有してる。ただそれだけだった。バックアップというものがなんなのかシンジにはわからない。ハードディスクかテープか。魂と聞かされてもオカルトだが、たしかに彼女はここに存在している。なんらかの方法で新しい身体を得たのだろう。

「さっき、きみの生まれた場所……水槽のようなものを見せられたんだ」
「そう」
「ほかの身体は……リツコさんが殺してしまった」
「そう」

とんでもない秘密と事実に、彼女はまったく関心がないようだ。生きることに対してすら興味がない。あの笑い声とは、やはり喜びだったのか。自分にはなにもない、そう言ったかつての彼女の言葉の意味がわかった気がする。ひとは死があるから恐れるし逃げたいと願う。いまを生きて楽しもうとするのだ。

「きみは……生きていたくないの?」
「ええ。自由になりたいの」
「もう予備はないんだよ?」
「私の中は空っぽだもの」

同じ魂と記憶があっても失われたものがある。前の彼女といまの彼女の違いは明白だ。病院で会話した瞬間にそれを悟り、ゆえにその場から逃げるように去った。感情、あるいは心が消えてしまったのだろう。笑顔も、驚く表情も、照れたような、恥じらったような可愛らしい想いも爆発の閃光とともに散ったのだ。だが、本当にそうだろうか。

「でも……きみは泣いてるよ?」

そう、レイは泣いていた。心を失ったはずの彼女は頬から雫を落としていたのだ。言われて気づいたかのように手を当てて指先を見ている。なぜ自分が涙を流したのかそのわけを知らない。シンジにはそう見えた。

「私、さっきも泣いていたわ」

そこで彼女は顔を正面へ移す。シンジも釣られて見れば小さい箪笥(たんす)の上にゲンドウのメガネがある。彼女がとても大切にしていたものだ。それなのにいまは前のときより歪み、無数のヒビが入っていた。落としただけではそうならない。

「自分でやったの?」
「そう」
「どうして?」
「わからない」

シンジの脳裏にひとつの光景が浮かんだ。水槽の前でリツコがボタンを押す直前に発した〝憎い〟という言葉。レイは憎んだのだろうか。父を、命を弄ばれたことを。しかしそう考えるのは早計だ。彼女は三人目、と言った。つまり、今回の復活は初めてでないことになる。事実、前の彼女は父を恨んでいるようには見えなかった。私情を押し殺していたとも考えられるが、それだとどうにも釈然としない。なにかがある。彼はこの部屋に来たときの心理を翻して、激しく思考した。それは最後の希望に近かったのかもしれない。まだ絶望したくないと縋る想いだったのかもしれない。

「寒いの?」
「ええ。とても」

レイはタオルケットを肩にかけており、小さく震えていた。シンジはそこでようやく気づくのだ。この部屋が寒いと感じていたのは自分の心だったと。彼女を失ってしまった、棺の中の遺体を確認するためにここへ来たと認識していた自分の気持ちが寒さを覚えさせていた。だが実際には違う。この部屋は、暑い。

「暖房つけてても寒い?」
「ええ。寒いわ」

生きていたくないと言いながら彼女は涙を流し、身体を温めようとしている。憎しみとは違うなにかの衝動に突き動かされてメガネを破壊した。彼女の中にはいまもなにかがある。本人さえ気づいていない記憶とはべつのものが残っているのかもしれない。それはまさに、寒いと感じている心だ。

シンジは咄嗟にレイの頭を抱いていた。なんの考えもなしに、ただ寒いのなら温めてあげようと。心が寒い者同士で身を寄せあえば少しくらいは温かくなれるはずだと。もしかしたら、ずっとこうなりたかったのかもしれないと思った。最初に彼女を見たときからどこか自分に似ていると。この町に来るまでは生きているという実感があまりなかった。いつ死んでもいいとまでは思わなくても、寒くて暗い感情がずっと胸の奥にあった。だから、以前の彼女を放っておけなかったのだ。自分を投影し、逃れたい気持ちがあったのだろう。しあわせになりたい、必要とされたいと。

「ねぇ……いまは、どう?」
「少し、温かい……でも、まだ寒いわ」

腕の力を強めると、頬を頭に乗せた。シンジにこのようなことをした経験はない。ただ、似たようなことをされた記憶はうっすらと残っている。あれはおそらく母だったのだろう。オレンジ色がとても印象的であったくらいしか情景は浮かばないが、とても温かかったのは覚えていた。

「前に言ったこと、覚えてる?」
「なんのことかわからないわ」
「生きていれば、きっと楽しいことが見つかるって。ヤシマ作戦のときに言ったんだ。いまはまだまっ暗闇かもしれないけど、生きてさえいれば、生きててよかったって、きっとそう想えるときがくるから」
「知ってる」

身じろぎひとつしないレイの返事を聞いて、シンジは小さく安心した。じわりと胸の奥に火が灯る。語りかけながらかつての光景が去来した。彼女が自爆してどれだけ自分の中で大きな存在だったか、いまならはっきりとわかる。

「だから、死なないで欲しい」
「なぜ」
「死んでしまったら、この温かさはなくなってしまうんだ。だから、僕はきみを失いたくない。ここに、僕と一緒にいて欲しい」
「どうして」
「もっときみに触れていたいから。たぶん、それが好き、ってことなんだと思うから」
「好き……」

レイはシンジの言葉を胸の中で何度も繰り返す。好意、好ましい感情。近づけたい想い。いや、自分が近づきたい想いだ。そしてそれを知っている。瞬間、はっとした。自爆の直前、侵食する使徒に気づかされた感情。寂しい、包まれたい、ひとつになりたいと口に出していたのがいっそう鮮明に思い起こさせる。いまぽたぽたと頬に当たる水は自分から出たものではない。冷たいのに、温かいと感じる。釣られるようにして、自分の目からも流れた。心がいっぱいになって溢れる水だ。

「綾波……温かい?」
「ええ。温かい……この匂い、この感覚、知っている。あなた、誰?」
「碇……シンジ……だよ」
「そう、碇シンジ。でも、違う……前の私はそう呼んでいなかったわ」

バックアップは死の直前までしか取られていないためレイは戦闘の結果を知らなかった。病院で彼から聞いて初めて理解したのだが、ひとつ疑問があった。戦力を失うのに、なぜ自分は自爆をしたのか。それがいまわかりそうな気がする。求める心、繋がりたい心が彼を傷つけてしまうからだ。ゆえに、最善の策を取った。だが、どうして彼と繋がりたいと口にしたのか。まわされた彼の腕に手を添える。すると少し身を離され、温かさがどんどん消えてゆく。

「ごめん、苦しかったかな……」

苦しい。そう、胸の内が苦しいと思った。メガネを破壊したときと同じ、胸の苦しさだ。記憶はあるのになぜそうしたのかという漠然としたなにかを抱えた。過去に照らしあわせて大切にしていたメガネを壊し、なにも感じない自分に喪失感を覚えたのだ。心が消えた、心の種火が消えてしまったと、身体まで寒くなった。

「いいえ。もっと、温めて欲しい……」

そう返すと彼に身体を向けて見あげる。大粒の涙を流し、唇を震わせた彼はゆっくりと肩口に顔を埋めた。背中に両腕がまわされ、また力が込められたときレイの鼓動が跳ねる。これを求めていた。これを失いたくなかったことに気づくのだ。

「これならどう?」
「温かいわ。とても、温かい……あなたは、碇君。この温かさは……あのときと同じ」
「うん……」

肩口の彼が頬を寄せた。ぴたりとくっつけると、また胸の内が温かくなる。心、消えたはずの心がまだ残っていると知った。止まっていた時が動き出したかのように、ぐんぐんと熱を帯びる。彼にあわせて背中へ腕をまわせばさらに身体が温かくなった。肌に汗が滲み、とりわけ顔に熱がこもる。この感覚も知っている……いや、覚えていた。

「紅茶を入れたとき、火傷した私の手を取ってくれた。ええ、覚えている……この感じ、覚えている……でも、まだ足りないわ」
「どう足りないの?」
「私はあなたとひとつになりたい」

すると彼がゆっくりと身体を離す。涙は止まっており、わずかな明るさの中でも表情がよく見えた。顔は落ち着きをなくし肌の色が違うようだ。考えているのか、迷っているのか。吐息が当たる距離で顔をじっと見てくる。しばらく沈黙が続いたあと、口を開く。

「キス……していい?」

そのひと言がレイの鼓動をさらに強くさせた。自分の中になにかがあるのをもう疑っていない。それは失われたと思っていた心であり、種火から炎へと急速に成長していた。魂に焼きついていたのだ。キスの意味はわかる。親愛の表現、大切なあなたと繋がりたい想いだ。そして大切なあなたとは、すなわち彼である。

「碇……()()……」
「えっ……?」

この音だ、とレイは確信した。彼を呼ぶときはこの声だったのだ。記号ではない、大勢の中のひとりでもない。ずっと胸の内に秘めていた彼への想いに気がついた。あなたと一緒にいたい。あなたを失いたくない。かけがえのない、あなたとひとつになりたい。その感情はいままさに彼が教えてくれた。

「碇くん……好きよ。私も、あなたが、好き」
「あ、ああ……あや、なみ……? 綾波……綾波っ……」

彼は顔を大きく歪めるとまた大粒の涙を流す。声と肩を震わせ、最後は嗚咽(おえつ)を漏らした。俯いて歯を食い縛る光景もかつてと重なる。レイはいま、ようやくすべてを理解した。記憶に紐づけられた想い。それはたしかに存在している。絶望することはなかったのだ。もう一度あなたに逢えた、この気持ちを失わずに済んだ。よかった、と安堵した。そして、嬉しいときも彼が教えてくれたのだ。

「私、上手に笑えてる?」

今度の涙は温かかった。嬉しさで頬が震えてしまったけれど、それでも自分も心を精一杯に届けたくて笑顔を向ける。大切なあなた、大好きなあなた。力強く抱き締められたとき、心の底からレイは思った。ありがとう、と。見つけてくれて、ありがとう、と。

互いの背中に腕をまわした抱擁はとても長かった。レイはいつしか膝立ちになり、胸をぴたりと密着させる。生きている彼の鼓動を知り、また自分の鼓動を知ってもらいたかった。顔と耳がとても熱く、じんじんとする。しばらくしてそっと離されると、シンジの唇が迫った。レイは自然と目を閉じて受け止める。もっとも欲しかったぬくもりは、口づけから始まった。

じわり、と胸に染みる。炎がさらに火力をあげる。まだ足りないと感じたのはレイもシンジも同じだった。唇の面積を広げるべく互いに口を開く。首をわずかに倒し密着感を増すと鼻息が荒くなった。もっと奥へ、もっと内側へ。そうするのが自然であると互いの心のままに舌を伸ばす。皮膚とは違う、身体の内部。不快と感じるはずなのに、まったくの逆だった。

「んっ……」

ぐるりと舌を絡めた瞬間、レイは稲妻のような痺れを全身に受ける。痛みではなく、心地よい感覚。まさに快感だった。甘美な痺れに彼女はたちまち虜となる。彼にあわせるようにしていた舌の動きを自ら活発化させると腰から脳髄をぞわぞわと駆けあがって震えた。鼻息がどんどん荒くなり鼓動は異常なほど早く大きい。背中をさすられて彼女も慌てたように返す。口腔内から水音が響き、ずっと溺れていたいと思った。

もっと欲しい……レイは自分にこのような感覚があるのを知らない。食事をしても歯を磨いても受けたことのない快感にどんどん酔いしれて舌と唇は貪るように動く。この続きがどこまであるのか、見果てぬ道のさきが気になった。

けれども、慣れないゆえに呼吸が苦しくなってくる。ふたりは酸素を必要として口を離す。その行為そのものが生きようとする肉体の意志であることに気づかないレイだが、いっぽうでべつの変化については奇妙な衝動を覚えていた。胸と股へ血液が集まるようにじんじんとし、重く悶々としたなにかがまとわりつく。これはシンジから教えてもらっていない。そう思っている矢先に彼は言う。

「あの、綾波……これ以上は、僕、止まらなくなっちゃうから……」
「止まらない……そう、私も止まらないわ。あなたのこと、もっと感じたい。もっと、ひとつになりたい」

初めてのキスはたしかに凄まじい感覚を受けた。だが、これだけでは足りない。そして彼もまた同じだと言う。想いがひとつなら止める必要はないのだ。もっと燃えてみたい、もっと激しく、二度と寒くならないように満たされたい。

「あ、あの……それって、ぇ、エッチしていいって……こと?」

レイははたと考えた。学校で習った単語でそれは性行為を意味する。想いを通じさせた者同士で営む行為。より深く、より混ざりあう行為。互いの性器を結合させて彼を迎え入れる、あるいは自らが引き入れる行為だ。

彼女はさらに思い出す。それは、使徒に侵食されているとき全身に受けた感覚だ。彼と離れてしまうのは心の痛みであり、逆に繋がるのは快感だと。なるほど、これなのかと理解した。身体の内側から沸き起こる衝動と反応はつまり、そういうことなのか。急かすような血潮の激しさ、空腹とは違う下腹部の飢え、わずかな風の揺らぎでさえ捉える鋭敏な肌の感覚。意識するほどさらに渇望する心は性的な欲求だ。

「ええ」
「でも僕、コンドーム持ってないから……」
「必要ないわ。私、そういうふうにできてないから」

シンジの顔が驚愕に見開かれる。言葉を失い背中にまわされた手が震えていた。哀しい顔、痛い顔をしている。通じあっていた彼の視線が徐々にさがり、とても長い息を吐いていた。レイに彼の感情は読めない。ただ、落胆ではなく気遣ってくれているのだけはわかった。臓器としてはただしく備わっていても機能しないと聞いている。それでもいま、報せはやってきたのだ。なにも哀しむ必要はない。そう口を開こうとしたとき、さきほどよりもずっと強い力で抱き締められた。肩口で激しい感情が放たれる。

「大丈夫。大丈夫だよ、綾波……きみは人間だ。きみは、ちゃんとした人間だっ」
「碇……くん……」
「僕、きみのこと好きだから。なにも心配いらないから!」

どこかでその言葉を求めていたのかもしれない。レイはそう思った。学校でも町でもネルフでも向けられる視線に疎外感を覚えていたのだろう。それなのに彼は水槽を見ても、この容姿を見ても恐れるどころか近づこうとしてくれた。命が大切だと、必要だと、涙を流して喜んでくれたのだ。

「ありが……とう。私、あなたに逢えて……よかった……」
「僕がきみの傍にいるから。もう寒くないから……」

咽び泣くレイに、シンジは万感の想いで伝えた。たった一歩踏み出しただけでまさかかつての彼女に再会できるとは思ってもいなかった。声には抑揚があって、しっかり伝えようとする意思がある。名前を呼ぶ音は、まぎれもなく以前の彼女そのものだ。人外などとは思わない。レイが失われず、こうして生きていることに喜び哀しい事実にただ胸を痛めた。温めたいし温まりたい。きみが欲しい、僕をあげたい。彼はいまこそ(おとこ)になった。本当はもう一度シャワー浴びるべきなのかもしれないが、彼女をひとりにしたくない。

そっと身体を離した彼は、努めて笑顔を見せると親指でレイの頬を掬う。伏せがちだった顔があがれば彼女は顎を前に出していた。もう一度キスして欲しい。そう言われなくてもわかる。お互い涙に濡れた唇は塩辛く甘さはなかったが、ためらわずに口を割って舌を絡めあう。

レイの腕が首のうしろにまわされるのを感じながらシンジは脳内で検索をかけた。このさきどうすればいいか。もちろん経験なんてないのだから完全な手探りである。参考にできるのはクラスメイトの友人に借りたアダルトビデオか本屋で素早く立ち読みしたハウツー本しかない。どこまでやれるかではない、やるのだ。

「んんっ……」

またレイの甘い吐息が鼻から漏れる。普段クールを絵に描いたような彼女がこういった声を出すのだ。意外性などという言葉では語れない驚きと感動がある。あるいは背徳感もあるかもしれない。腰が前後にぴくぴく動くのはキスだけでも感じているということか。撫でる背中を反らしぎみにしているから右手を尾骶骨のあたりまでさげてゆく。ショーツの布越しに、女の子のお尻を初めて撫でる。すると、彼女はさらに細かく痙攣した。もっと気持ちよくなってもらいたいと思った彼は唇を離すと勇気を持って言う。対する彼女の呼吸は荒く声も揺らいでいた。

「脱がせても、いい?」
「ええ……碇くんの、肌に、もっと、触れたい……」

薄明かりの中でも彼女の頬が赤いのははっきりと見て取れる。綺麗な目をうっとりとさせ、艶のある唇は半開きだ。小鼻は膨らみ、熱い吐息が漏れた。明らかに昂奮している面持ちを受けてシンジは全身の血液を沸騰させる。

震える指先をごまかして、レイのYシャツに手をかける。すると彼女も同じようにボタンを外してきた。全部でいくつあるのか。ひとつひとつがとても長くじれったい。ボタンがほどけるたびに白い肌が徐々に露となった。ブラジャーは着けていないようで、汗がキラキラと輝いて見える。はらりはらりと一番下まで外すが、すぐに開いてはいけないと堪えた。まずは男から脱ぐべきだ。そう思ったとき、ちょうど彼女も外し終わったので手早くYシャツを脱ぐとTシャツも捲しあげて放る。もっと筋肉が逞しければ絵になるのかもしれないが、残念ながら華奢だ。羞恥はあるけれど勢いが大切だと彼はズボンに手をかけて一気にさげた。レイも促されるように自らショーツをおろしている。視界の隅に白い布とキラリとした長い糸のようなものが見えるもののいまは意識を自分に向けなければいけない。はち切れんばかりのブリーフをおろせば猛々しく勃起した陰茎が真上を向いている。陰毛は生えてるがあまり自信がないのでそんなに見られたくないと思いつつ足で蹴り脱いだ。あんなにも強固に根づいていた諦めの二文字はもう存在さえ忘れている。

そして、顔をあげるのとレイがシャツを脱ぎ終わっていたのは同時だった。見たい衝動も堪えてすぐさま抱き寄せる。じとりとした肌と荒い息をついているのは自分か、彼女か。背中に両腕をまわせば胸に彼女の硬い乳首がふたつ当たった。触れたのは肌、欲しかったのはぬくもり。そういうことなんだと思う。

シンジはレイの背中と尻を丁寧に撫でた。太ももの裏から尻まで手を這わせるととりわけ反応がよく、短い吐息とともに割れ目がきゅっと締まる。いっぽうで彼女は彼の肩甲骨や脇腹、二の腕の感触をひたすらたしかめた。膣は無意識に収縮を繰り返し、溢れた粘液がふたつの雫となってシーツへ落ちようとする。

しばしそうして互いの存在をたしかめあうと、どちらともなくベッドへ倒れ込む。いまやふたりとも鼓動は爆発的で情動に滾っていた。エアコンを消さないといけないのにその時間さえ惜しいと思う。枕に頭を預けて仰向けのレイと、覆いかぶさるシンジの視線が絡まる。

「綾波……その、大切にするから……」
「大切……うん……」

漏れる月光が彼女の全身を綺麗に照らす。赤い瞳に涙はないが、潤んでいる。頬ばかりでなく鎖骨や首筋まで桜色に染まっていた。かつて事故で押し倒し、いまと同じ体勢になったが向けられる視線は明らかに違う。目尻はさがり、口角が少しあがっていた。広がった頭髪に指をくぐらせ耳から頬に向かって撫でると心地よさそうに目を細める。首のうしろに腕がまわされたのでシンジはそのまま倒れ込んで唇を重ねた。なぜ好きなひととのキスはこうも癒されるのだろうか。一度すれば充分などというものではなく、何度でも求めたくなってしまう。ともすればとても下品な舌の絡まりあいなのに、ただしいと信じて疑わない。

シンジはキスをしつつ、右手を頬から首筋、肩へと這わせる。二の腕を通過し前腕を撫でて最後に手を繋いだ。するとレイはまた息を止めてぴくんと身体を震わせる。身体の内側が感じる、と本に書いてあったのを実践すべく指先は意識してそうした。その間、彼女も同じように片手を背中に這わせてくる。荒い息を漏らして唇を離したシンジは、つぎに彼女の肩口へ顔を埋めると耳朶を甘く噛む。よくわからないが、ビデオではそうしていたのでまねるしかない。同時にさまざまな性技をこなす必要があってもかなり難しい。女体に触れた経験がないのは当然だし、一箇所でも反応があればそこばかり夢中になってしまう。それでも耳に息を吹きかけたり首筋に口を這わせたりすればレイは甘い息を吐くので間違ってないと思いたかった。

そうこうしているうちに右手をほどいて動きを再開させ、腋の下を通過するととても汗ばんでいる。彼女をすべて知っているわけではないものの、こうして意外性をひとつひとつ発見するたびに嬉しさが増した。ただ、さすがにこのままでは体調を崩しかねないと思った彼は、枕元にあるエアコンのスイッチを手早く冷房に変えて一度尋ねる。

「気持ちいい?」
「うん……気持ち、いい……」

恍惚としたこの声を録音できないかと思ってしまうほど、可愛らしい女の子だ。そうなるとさらに声が聞きたくなるのは当然である。顔を肩口から外すと、少しずつ下へ向かう。右手はゆっくりと乳房の外周へ向かった。いきなり乳首を触るのはタブーらしい。たしか、なんとか乳腺と呼ばれる部位が横乳にあってそこが感じる場所のひとつだ。動きがどうだったかまでは覚えてないのでひとまず人差し指と親指をL字にして表面を撫でる。

「こう、かな……」
「あっ……ふんっ……」

はっきりとしたレイのエロティックな声にどきりとする。自分の行為に感じてくれる彼女がたまらなく嬉しい。とはいえ、毎回どうだと訊いては集中できないだろう。どこが感じて気持ちいいのか、欲しているのか心の目を開いて知る必要がある。女の子の扱いは壊れものと同じだ。さいわい爪は切ってあるし、ささくれもない。上体を少しだけ起こして彼女の表情を窺うと、薄く目を閉じて唇を半開きにしていた。こんなにもすてきな顔をしてくれるのなら自分はどうでもいいとさえ思える。

シンジはさらに身体を起こすとレイの上半身を視界に納めた。目の奥がドクドクして鼻血も出そうになるほど芸術的な美しさだ。比較対象はビデオかネットで検索したその手の画像しかないが、あらゆる女性を遥かに凌駕する。乳輪は小さくて、色がとても薄い桃色だ。表面にあまり粒がないようでつるりとしている。乳首も同じ色で、硬く張っていた。両手で乳房を左右から寄せればむちりとした柔らかさと控えめな谷間が出現だ。

「んふぅっ……はぁっ……」

やはり両脇がいいようだと理解して、横から下を丁寧に往復する。シンジはレイの反応にただただ夢中だった。彼女の顔と胸を交互に見詰め、徹底して観察する。傷つけることをなにより怖がる彼の手はしっかりとした性感を与えていた。どれくらい続ければいいのかわからないなりにじりじりと中心へ指先を動かし、くるくると乳輪をまわる。白い肩がぷるりと震えたので今度は乳首を優しく弾いた。

「はっくぅっ」

ひときわ大きな声が漏れて薄目を開けてくる。シンジが不安そうな顔をすればレイは小さく頷いた。もっとして欲しいと察した彼はしばしそうやって胸を弄るものの、つぎなる興味も自然と沸いてくる。左手を胸に残したまま右手をゆっくりと下半身へ向かわせるのだ。上下に波打つ腹を通過して、左の腰骨にゆく。太ももの外側からじりじりと内側へ移動させる。肩幅に開かれた両脚の間に手を入れれば、ここもじっとりと汗が滲んでいた。三本の指で撫でるとわずかに力が入り、さらに開かれる。彼女の吐息はますます荒くなって眉が寄った。

「はぁ、はぁ……んんんっ、くぅ……」

肌に吸いつくような太ももの感触を堪能した彼は、いよいよ男子憧れの場所を目指すことに決める。じかに触れては痛みがあるらしいので、粘液の滲み具合をたしかめるべく中指を一本伸ばして尻から上へ撫でた。もし乾いていればまだ前戯が足りないことになる。しかし、そんな心配が杞憂(きゆう)であったと驚かされるのだ。静かな室内に、とても大きな水音がした。

「凄い、濡れてる……」

会陰に触れた指先にははっきりとした熱いぬめりがある。目の前に持ってきて確認しても透明であり、血ではない。親指で捏ねると糸を引き、月光を浴びて第二関節までぬらぬらと照りを放っていた。これならいけると確信してレイを見る。彼女も察したのか、小さく頷き返してきた。

「碇くん……」

本当はもっと前戯をするべきなのだろうとシンジは思う。ここまでかけた時間がどれくらいなのかわからないがレイはもう待っているようだ。なにも今夜すべての欲求を満たす必要はないのだから、いまはなにより互いの想いを優先させるべきである。そう決心して両脚の間へ移動した。上体をしっかりと起こし、見下ろす。

「凄い……これが、きみなんだね……」

白い肌は汗が無数に浮いてさらに輝きを増している。目線をさげると小さな臍があり、なんと、毛のない股間があった。思わず手のひらで撫でればこんもりと盛りあがっており、剃毛したようなざらつきはない。やはり女性らしくここも手入れしているのか。シンジはどちらかというと薄いほうが好みなため堪えきれない笑みを浮かべた。縦に深い陰裂を見れば頭がくらくらするほど血が昇る。そして、深い陰裂があるということは大陰唇も肉厚だ。このままではどこに入れたらいいのかわからない。そう思っている矢先にレイが股を開く。秘密の扉の奥に現れた小陰唇を見て、ごくりと唾を飲み込む。てっきりアワビのようなものを想像していたが、色素はまったく沈着しておらずとても肉薄(にくうす)(ひだ)だった。(しわ)は皆無に近く、ぷるりとゼリーさながらに桃色の艶があっておいしそうだ。小陰唇の頂点には陰核がつんと主張しており、小指のさきほどもある。陰核亀頭が少し覗き、こちらはまっ赤だ。加えて、性器全体が驚くほど照り返していた。

「碇くん?」
「ご、ごめん……初めて見たから昂奮しちゃって」

あまりにも凝視しすぎたため、レイから声がかかった。だいぶ待たせてしまったかもしれないとシンジは鉄柱のような陰茎を彼女へ近づける。大丈夫、ちゃんと剥けるし先細りでもない。しかし、どういうわけだか肝心な場所へ届かない。よもや短いのかとあせるものの、互いの位置が悪いのだとすぐに気がついた。太ももを抱えて近づけると一気に射程圏内へ入る。自らの亀頭も赤く充血しており先端からは透明な粘液が漏れていた。早く入れたい。だが、いきなりでは確実に痛みが生じてしまうだろう。とにかく潤いが大切であり、時間もしっかりかけるべきだ。そう心の中で頷いて、陰茎に手を添えるといまなお滾々と湧き出る泉を掬いあげるようにこすりつける。会陰から陰核までぷるりと弾いた瞬間、レイは悲鳴のような鋭い嬌声をあげた。

「ひんんんっ!!」

かっと見開いた目を一点に向けて唇を震わせる。痛かったのか、それともなにか問題があったのか。まだ挿入していないにもかかわらず手違いでもあったのかと慌てたシンジはすぐさま尋ねる。

「あのっ、綾波……大丈夫? 痛かったの?」
「ごめん、なさい……刺激が、強くて……でも、平気……もっと、続けて」
「う、うん。気持ちいいんだね? じゃあ続けるよ?」

レイが二回頷いたのでシンジは胸を撫で下ろして陰茎の動きを再開した。陰核はたいへん敏感であると本にあったけど、粘液もしっかり絡めないといけない。彼女も気持ちいいと言ってくれているのだから止めないほうが正解だ。もっとスムーズにできればいいのに、なにからなにまでおっかなびっくりの自分が情けない。

いまの自分に陰核は早いと判断したシンジは丁寧に膣口と会陰だけを先端で撫でる。熱い粘液と粘液の絡まりに、しかし彼女にはそれだけでも強い快感らしい。ゆっくりと慎重に動かしていても肩を捩り、枕を掴んでいる。甘く苦しげな嬌声を漏らして顔をまっ赤にしていた。折れそうなほどの細い腹筋を白い波のように上下させている。そして彼女はますます蟹股になって、大きく開花させた。すると縦に赤い山脈が出現だ。まるで裂けそうなくらいぱんぱんに張っており陰核もみちみちと包皮を脱いでいる。

「あっ、んんっ、はんんっ、あぅっ、ああっ……」

彼としては、もしこのまま逝けるようならそうして欲しいと思った。自信なんて微塵もないのだから少しでも気持ちよくなってもらえたらなによりの喜びだ。けれどもたぶん彼女はそれを望んでいないだろう。こういうのは焦らしであって、いまするべきことではないはずだ。見れば亀頭も充分に照りを放っているしそろそろいいかもしれない。

「これから入れるけど……痛かったら、言ってね?」
「はぁ、はぁ、はぁ……うん……」

レイが荒い息を整えるのを待って声をかけると、彼女は肘をついて上体を起こしていた。じっと股間に目線を向けている。これから繋がるところをしっかり見ようとしているようだ。これはふたりだけの想い出。好きなひとと、ひとつになる瞬間。そう思うとシンジは涙が出そうになる。自分なんかでいいのだろうかと罪の意識さえ浮かんだ。こんなにもすてきな女性を穢してしまっても許されるのだろうかと。なんで肝心なときにためらいが生じてしまうのか。本当、嫌になる。

「綾波……僕、自信ないから……」
「平気よ、碇くん。私の中に、来て……」

潤んだレイの瞳を受けてシンジは憂いを捨てた。陰茎を膣口にあてがう。たぶんここであっているはずだ。ほかに入りそうな場所はないし、熱くどっぷりと濡れているから間違いない。彼女は緊張していないようだ。膣口が固く窄んで入りづらいとも聞くが、果たしてどうか。彼はぐっと腰に力を入れて、ゆっくりと先端を押し込む。ぶちゅりとした大きな水音があるほかに思っていたほどの抵抗はない。それに、視線を股間から彼女に移してもとくに険しい顔はしていなかった。

「息を、吐いて……」

それでも声をかける。一度引いて、同じくらい入れた。少しずつ前後の往復を広げればぬるぬると狭い膣が亀頭に絡まる。くちくちっと水音がした。たしか〝の〟の字を書くようにするんだったか。しかしどの向きに書くのかわからない。上下か、前後か。とにかく慎重だ。

「んはあっ……入って……くるっ……」
「もっと入って平気?」
「うんっ……もっと、来て……もっと、奥よ……」
「こう?」
「あっ……くはっ……んんあっ……もっと、碇くん……」
「こう、かな……?」

見たところ痛みのような表情は窺えない。レイは目を細め、顔を天へ向けた。徐々に大きく開かれる唇からとても深い息が漏れる。そして、ほんの一瞬だけ眉毛がぴくりと動いた瞬間、目尻からひと雫の涙を落とした。それは過去と決別の証でもある。痛いのか、違うのか。シンジの陰茎には違和感が伝わらない。いまの彼はまだ、性感を覚えていなかった。たしかにぬるぬるしてとても熱い。優しく包まれていてなにか粒のようなものがまとわりついている。けれども彼は感動のほうが遥かに上回っていた。そこへ、レイの切ない声がする。

「碇……くん……好き、よ……とても、好き……」
「うんっ。僕も、きみが好きだよ……綾波……」
「ずっと、前から……あなたのことが、好きだった……」
「うんっ、うんっ……僕もだよ、僕もっ……」

ふたりはうっすらと開けた目に涙を流す。彼と彼女の心は開かれしあわせを感じた瞬間、ひとつになった。膣はシンジを抱き締めるように繰り返し窄まる。彼を感じた。あなたがここにいると知れば知るほど動かなくても性感だ。シンジは動かすことなく、ゆっくりとレイに倒れかかる。彼女もまた彼の体重を受け止めて横になった。

「ひとつに、なれたのね……」
「そうだよ。僕たちは、ひとつに……なれたんだ……」

微笑んでお互いに涙をぬぐいあう。言葉はいらない。シンジが顔を倒せばレイもすぐさま求める。今度の口づけも、とても長かった。

彼女の両腕が背中にまわされるのを感じて彼はほんの少しずつ腰を動かす。もっと彼女に知ってもらいたくて、感じてもらいたくて自分の存在を伝えた。ゆっくりとたしかめるように、永遠に覚えていて欲しくて想いを性愛の力に変える。

「っあはっ……んんっ……んあっ……感っ、じる、わっ……」

レイはすぐに喘いだ。背中の指先に力を入れながら自慰のように腰をくねらせてくる。ぐちぐちとした水音がさらに増し、膣も繰り返し呼吸をした。これが彼女の中なのかとシンジは快感を口にする。

「凄いっ……綾波の中っ……凄い、気持ちいいよ……」
「あっ、あっ……これが……あなたっ……これが……私っ……」

レイは喘ぎながら涙を流す。彼を感じる、自分を感じる。甘い痺れが股間から全身に広がってゆく。入るときは緩め、出るときに窄ませれば身体の中でなにかが高まる。もっと感じたい、もっと気持ちよくなりたいと股をくねらせた。耳元で感じる彼の息遣い、激しい自分の鼓動。これが生きること、肉体があるということなのだ。

「もっと動くよ……」

シンジはレイを感じさせるべく上体を起こしてベッドに両手を突いた。骨盤だけを意識して振れば、彼女は美貌を歪めて腕を掴んでくる。時折、股間をたしかめるように首を持ちあげてはまた悶えた。嬌声がどんどん大きくなり、腰のくねりも大胆なものへ変わる。

「うんっ……もっと、もっとっ! あっ! ああっ! あああっ!!」

レイは自らが発する声を耳にする。これは正の感情だ。哀しいのではなく嬉しい。寒いのではなく温かい。暗いのではなく明るい。どれもそんな言葉では表現しきれないほどの強く激しい心だ。彼の両手が胸を這う。乳首を捏ねられる。不要と思っていた身体がこんなにも快感だ。

「あ、ヤバい……これは……くうっ」

限界を察したシンジは自分に最後の喝を入れる。ざわつく股間に抗うため腹筋へ渾身の力を込めると彼女の太ももを抱えた。緩慢だったピストンの速度を一段階あげるのだ。本当はもっと耐えたい。だが、驚愕に見開かれたレイの瞳、ぎゅっと窄まる膣、シーツを掴んで白い肩を左右に打ち出す姿、可愛く揺れる乳房とこの上ない淫靡で大きな嬌声を聞いては決壊が寸前だ。

「ひぁああっっ!! あっ! まっ!! いっ! あっ、かあっ!!」

レイは手を伸ばそうとしていた快感の波が一気に押し寄せたことで混乱した。彼の速度と距離が少し増したからか、未知の感覚にもう抗えないと悟る。ようやくシンジと結ばれたのに、このまま死んでしまうのか。もっと触れあいたい、もっと傍にいたい。そう思うのに心も身体も止まらず恐怖も込みあげなかった。ゆえに、彼女は甘い死を受け入れる。

「あっ、出るッ!」

まるで逃さないと言われているような膣の締まり。シンジは陰茎まで熱く抱擁された。だから彼はより深く、あまさずに何度も突き入れる。もっと抱き締めてくれ、もっと受け入れてくれと狭い中を無言で押しのけるのだ。そしてそれは彼女を天高く飛翔させた。

「っはんんんんっっっっ!!!!」

レイの頭の中に白い閃光が(ほとばし)る。圧倒的な絶頂により息が止まった。膣からの性感は全身を駆けめぐり、激しい痙攣を伴う。ともすれば意識を失ってしまいかねないほどの浮遊感、子宮に受ける熱い精液、彼に二回、三回と突き入れられて手脚の筋が硬直した。歯を食い縛り、下唇を震わせながら紅潮した顔が上を向く。長い旅の果てに彼の許へと帰ってくるのだ。

「っああーーーーーーっっっっ!!!!!!」

全身の力を緩めて激しい吐息をつくレイは、生きている自分に歓喜して大粒の涙を流す。どこまであるのかわからない快感の波に彼女は長く翻弄された。シンジが搾り出すまでの間ひたすら喘ぎ続けるのである。

「あううっ!! あうっ! あんっ、あんっ! あくっ! ああっ!!」

情動を一気に放出したシンジは少しずつ腰の動きを緩めると最後に止めた。彼女は余韻に甘い声を漏らしている。彼はすぐに陰茎を抜こうとは思わず、そっと倒れかかって火照る頬と乱れた髪を撫でてあげた。珠のような汗がどっと浮いている。

恍惚とした顔で何度か深呼吸をしたあと、ようやく現実を認識したかのようにうっすらと目を開けるレイ。焦点があってくるととても嬉しそうに微笑んだ。もう大丈夫そうだと安堵したシンジだが、それでも声が聞きたい。

「まだ寒い?」

レイはふたたび背中に手をまわし、強く引き寄せると首を振る。それは新しい彼女を予感させる麗しくも力強い声色だった。

「いいえ。とても、熱いわ……」