第弐拾参話、弐日目

およそ四十六億年前から輝くとされる太陽は、地球に多くの恵みをもたらした。もし存在しなければ地球はマイナス以下の超低温になっていたと言われている。大気と太陽の暖かさによって生命が芽吹き、人類は生まれたのだ。そこに超自然的な起源があったとしても、ひとの歴史と営みが太陽に依存しているのはまぎれもない事実である。

シンジはある日を境に朝陽で目覚める喜びを失った。以来、早めにセットした目覚まし時計で朝を知る毎日だ。窓辺から月を仰ぎ見ることも飛行機雲を眺めることもできず、さながら監獄であった。しかし今朝は違う。閉めきられていない濃紺のカーテンが外界からの光を遮らずに運び、彼の目蓋を焼く。体内時計がリセットされ、肉体に少しずつ活力が(みなぎ)る。深い海の底でたゆたうように時を止めていた意識はすぐさま水面へ向かって上昇した。

声にならない呻きを漏らしてきつく目を閉じる。開けようか、開けまいかと葛藤しながら思ったのは誰が部屋の照明をつけたか、だった。ミサトか栗毛の少女か。電子音での起床には慣れてても眩しさへの耐性はない。不意を突かれて少しばかり気分を害する。指で強く目蓋を押すようにして擦ると、やれやれと気だるげに目を開けた。

「知らない天井だ……」

仰向けで呟く。コンクリート素材、剥き出しの蛍光灯が二本、わずかに埃っぽい空気。ベッドから伝わるシーツの感触もいつもと違う。なんだったか、どこだったか。そんな思考とともに左腕と脇腹に違和感を覚えた。枕かタオルケットか、ほかになにがあったかと見れば白い肌と青みのある銀髪だ。

「あっ……」

短い驚きの声で済んだ自分を褒めてあげたいとシンジは思った。同時になにがあり、どこにいるのかを認識するのだ。つい息を止めてしまうほど凝視して様子を窺う。左腕の違和感はわずかに乗る彼女の頭で、脇腹の感触は同じく彼女の両手だ。腕を曲げ、丸まるようにしている。白い肩が小さく上下しているのを見て寝ていると知った。呼吸が聞こえ、寝息が少し当たる。

わかっててもたしかめたい。髪で隠れた顔をそっと指で広げると伏せられた長い睫毛と綺麗な鼻筋、小さな唇だ。そのまま目線をゆっくりとさげる。華奢な鎖骨があり、どきりとする乳房の谷間があって腕に隠れた桜色の乳輪があった。ぺたりとした腹と縦に控えめな臍、つるりとした恥丘と秘密の渓谷、絶妙な陰影を作り出す色っぽい太もも。膝から下はタオルケットで隠れており自身の太ももと共有されている。ふたりの間のシーツには掠れるように乾いた血の跡だ。自らの股間は丸出しで状況の把握に比例して起立した。

「そっか……ゆうべ……」

また呟くと、タオルケットを引っ張りあげて陰部を隠す。気づかれない程度に大きく息を吐いてもう一度横を見る。やはりレイに間違いない。いま目の前で寝ているこの子の唇にキスをし、肌に触れて中へ入った。だが、感慨に浸るよりさきに手が動く。震えそうな指先で彼女の頬に触れる。とても温かく、柔らかい。生きている、想いをたしかめあったことがわかると途端に視界が揺れた。

「ここに……いるんだね……」

昨夜を想い出してぽつりと涙が落ちる。するとそれを合図としたかのようにレイがうっすらと目を開けた。二回、三回とまばたきして左手をそっと伸ばしてくる。細い指先が涙を掬うと囁くように言った。

「哀しいの?」
「違うよ……嬉しいんだ」

シンジは震える頬に精一杯の笑顔を浮かべる。もう一度きみに逢えてよかった、見つけられてよかったと心を見せた。それはただしくレイに伝わり、彼女もふわりと笑顔になる。あの夜と同じ、変わらない美しさがそこにはあった。

「私も嬉しい……」

レイの赤い瞳が揺れているのを見てシンジはなにも言わず、顔を近づけた。彼女は教えられたわけでもないのに彼のすべてを感じたくて目を閉じる。唇をしっかり重ねれば、じわりと心が染みた。柔らかく、温かい。ふたりは生まれて初めて朝が心地いいと感じていた。それは、大切なあなたと一緒に暗くて寒い夜を明かしたからだ。

「お、おはよう……綾波」
「おはよう、碇くん」

見詰めあってさきに表情をまごつかせたのはシンジだが、レイもまばたきの回数を増やすと頬を染めた。彼は初体験を終えたという喜びがありつつも、そわそわと落ち着かない。あんなにも惹かれていた女の子と一夜をともにしたのだ。後悔や不安ではなく、生来からの臆病風に吹かれてしまうのはしかたのないことだった。

「あ、あの……体調、平気?」
「健康よ」
「ああうん。えっと、その……あ、あそことか」
「あそこ?」

小首をかしげてどの場所かとレイは考えている。視線が一箇所から二回ほどずれるのは彼女も同じなのだと知って新しい発見だ。しかしどうにも思い当たらないようで、さらに首をかしげる。さりとて男子生徒の猥談で飛び出す俗称を口にするわけにはいかない。

「僕たちが繋がった場所って言えばいいのかな……」
「性器のこと?」
「う、うん……痛くない?」
「ゆうべは少しあったわ。でも、いまは異物感くらいよ」

なるほど、そういうものなのかと納得した。しかし数日は痛むような話も聞いたのでくれぐれも慎重にしなければならないと言い聞かせる。大切な彼女を傷つけたくない。そんな思考の中でシンジは突如としてひとつの単語と決定的なものが欠けているのに気がついた。いまさらではあるものの、形は大切だ。自分だけ勘違いしているというのを極端に恐れる彼はなにより確証を欲する。

「あの……ぼ、僕たちって、その……こ、こ、恋人同士ってことでいいんだよね?」
「恋……人……」
「つきあってる、恋仲……ゆ、ゆうべが記念日なの、かな……」

レイが視線をさげたのを見て緊張した。エアコンが適温なはずなのに額と腋に汗が滲みそうになる。好きの言葉を交わし純潔までもらっておいて暇つぶしでしたなどとは言うまいが、彼女の返答までがとても長く不安を呼び起こす。よく耳にするモテない男の哀しい勘違いなのかとどんどん追い込まれそうになるいっぽう、レイの顔もどんどん赤くなっていた。ただでさえ肌が白いからまるで飲酒したように目立つ。顎をさげ、耳の髪がはらり頬にかかると蚊の鳴くような声で小さく言った。

「う……ん……」

頷きも注視していないとわからないくらいわずかだ。だが、シンジにはそれだけでも充分である。ましてやこれほどまでに可愛らしい表情が見られたのなら聞き返すような馬鹿はしない。自分でもわかるほど顔が緩んでだらしなくなってしまう。そして、得られた証は自信に繋がった。

「じゃ、じゃあ、彼女と彼氏って、関係だね……は、ははっ」

我ながら恥ずかしいし鼻の穴も広がってしまった。彼氏、彼女、恋人とはなんてすてきなワードだろうかと作り出した過去の偉いひとへ感謝を送る。筆で半紙に書いて飾りたいくらいだ。ところが、そんな浮かれた気分もレイのひと言で一気に現実へと帰った。

「でも……私で、いいの?」

変わらず顔を伏せたままだからはっきりとした表情までは窺えない。ただ、下唇をわずかに噛んでいるのだけはわかる。それは拒絶への恐れだ。互いの想いが通じあったからこそ、失う恐怖が生まれる。もっと心を許してから傷つくのは嫌だから、いまならまだ傷が浅くて済むから。彼女が実際にそう考えているのかシンジにはわからない。それでも自身に照らしあわせてそう判断した。

「そんな哀しいこと言わないでよ」

リツコとミサトのやり取りがどれくらい理解できているのかと問われても曖昧だ。衝撃的だったというのもあるが、ただ哀しかった。それは昨夜といまも変わらない。大切なのは好きだった、求めていた彼女にまた逢えた喜びだ。目の前で自爆して散った彼女をこうして腕に抱ける。皮肉にも、あのような非道が奇跡の邂逅へと繋がったのだから恐れる理由は微塵もない。この部屋に来る一歩を踏み出せた勇気を、きっと一生誇れる。だからレイも迷わず受け止めて欲しい。シンジはふたたび頬に手を添えた。ぴくりと目蓋が動いたのは予想していなかったからかもしれない。それだけの不安があったのだ。無言の彼女に続ける。

「僕はきみが好きだから、きみにいて欲しいから……だって、ここにいるって知ったから」

果たしてレイは、堰を切ったように肩を震わせ嗚咽(おえつ)を漏らした。シンジとて黙って見ているつもりはない。そっと肩に手を乗せ、それから背中へしっかりとまわす。温めるようにぎゅっと腕の力を増せば彼女も抱き返し、声をあげて泣いた。

「ありがとう。碇くん……ありがとう」

彼女の涙声はどうしてこうも胸を打つのだろうか。シンジはレイの頭に頬を擦りつけながらそう思った。儚げで消えてしまいそうだから、普段あまり感情を露にしないから。いや、逆だ。彼女はいま初めて命の輝きを見せ、産声のように未来を望んだ。生への讃歌を高らかとあげた。ゆえに、魂が感動に震えたのである。

求めあった者同士の抱擁は長く続いた。いつしかふたりは起きあがり、肌を感じあう。髪に触れ、頬に触れて鼓動に触れれば身体も熱くなってくる。密着するだけだったキスは昨夜を再現するかのように濃厚なものへと変わり、絡まりあった。唇が痺れるくらいの時間をかけ、微笑みあうとまたキスをする。ふたりは鼻息を荒くしつつも飽きることがない。シンジはもとよりレイも狂ってしまうほど欲情し、注がれた精液をすべて押し流さんばかりに女陰を濡らす。またひとつになりたい、中に迎えたいと思いながら、しかし営まれている前戯から抜け出せない。シンジとの口づけにそれほどまでの中毒性を覚えていた。

ただ、彼らにとっての大きな誤算は自分たちがネルフに所属しておりエヴァのパイロットであるという現実だ。使徒との戦いの合間には学業があり、訓練があって実験もある。汗を蒸気へ変えそうなほど昂奮したふたりが意思を一致させ倒れ込んだとき、レイの携帯が鳴った。彼女が使用している目覚まし代わりのアラームである。

こんなにも名残惜しいときがこのさきあるだろうか。将来を望んでいなかったはずのレイでさえそう感じるほど、ふたりは落胆の溜息をついて身を起こす。学校や職場とは違い、おいそれと休みますとは言えないのだ。遅刻も決して褒められたものではない。

「支度しないとね……」
「ええ、そうね」

ふたりはベッドを出て立ちあがるが、まだ気持ちは鎮まらない。すぐさま抱きあってまた抱擁とキスを繰り返す。シンジは汗ばむ彼女の素肌と乳房に、レイは下腹に当たる勃起と彼の存在すべてに悶々とし、振り払うようになんとか身体を強く離した。勢いが大切だと彼女は決心して足早に浴室へ向かう。

残された彼は涎を垂らした股間と睨めっこしたあと手早く服を着て、朝食でも準備しようと冷蔵庫を開けるものの入っていたのがペットボトルの水しかないと判明して愕然とした。思い返せばこの部屋にはいっさいの生活感がない。窓はあっても独房と変わらないのだ。汚れそのものは前に掃除したときほどではないにせよ、彩りは皆無と言っていい。小さな箪笥(たんす)とベッド、丸い椅子だけである。いま開けた冷蔵庫にしたってひとり用とするには小さすぎだ。

「いろいろと買い足したいな……」

無断外泊となってしまったが、ミサトにはなんと言おう。いま学校は休校だから本部の帰りにここへ寄ってミサトのマンションへ帰宅するようになるのか。そもそもレイが普段どんな生活をしているのかさえ知らない。薬の袋を見て、まさかサプリメント的なもので済ませているのかもしれないと背筋が寒くなった。駄目だ、放っておけるわけがない。せっかく結ばれた恋人をこんな寂しいところにひとりでいさせるなど、仮に彼女がよくても自分の気がおかしくなってしまう。

「今度は僕が守るから」

カーテンを開け、部屋を見渡しながらシンジは強い決意を胸に秘めた。外の天気は快晴だが、ここは違う。もっと光り輝く場所にしたい。誰もが羨むような明るい空間へ変えるのだ。口を結んで頷いた彼は早かった。手始めに雑巾を手に取ると台所で濡らして床を駆ける。こんなにも掃除に熱が入るのは初めてだった。

いっぽうその頃、風呂場のレイである。彼女はシャワーを浴びる前に胸へ手を当てていた。高鳴る鼓動、火照る身体。顔も耳も熱く、呼吸も大きい。受け継いだ過去の記憶の中に、これと同じ経験がある。自身に問わなくてもこれが恋なのだとわかった。性行為のときとは違ってほのかに温かく、とても(こころよ)い感覚だ。腰のあたりがむずむずと落ち着きをなくし、ともすれば走りたくなる衝動。自覚している肉体の情動とは明らかにべつで、全身が弾んでいるのを感じる。

「私、喜んでるのね。そう、これが浮かれてる……」

自らの腕で肩を抱いてみてもさきほどの感情はない。やはり彼だけが特別なのだ。もとより誰かに触れられた経験など検査か医師くらいなので比較の対象は少ないが、たぶんずっと前から彼を求めていたのだと思った。恋の感情はなくても担架から投げ出されたあのとき、初めてゲンドウ以外の他人をはっきりと認識したのかもしれない。

「碇くん……好きよ……」

言葉にするとまた胸が温かい。顔がさらに熱くなって、唇を強く結んだ。でも少し違和感がある。好きに違いはないが足りない。自爆する直前にあった想いはなにか。あのときは恋と異なりもっと激しい情念があった。言葉を知っているはずなのに結びつかず、とてももどかしく思う。それこそがもっとも伝えたい、受け取って欲しい想いなのに。

「まだ、足りないわ……」

交わる直前に中断したからだろうか。そう考えて指を股間に伸ばしてみる。すると、性器からたくさんの粘液が垂れていることに気がついた。尿とするには少ないが、涙とするにも多い。これがなんなのか学校の教科書にあったから知っているし、昨夜も出ていた。迎える準備が整ったときに溢れる喜びの証だ。三本の指で掬ってまじまじと見詰めた。照りを放つたっぷりとした体液には少しの血と白い液体が混じっている。月経はないので破瓜の出血と彼の精液だ。

「これが、あなたと私の想い……」

レイはシンジから感情を受けるほど心と表情を豊かにしてきた。あとはそれを根づかせ、昇華させるだけである。いま得られる最高の想いを受けて、彼女は人間としての第一歩を踏み出す。

「つぎはいつなの?」

激しい欲求を冷やすためシャワーのコックを捻る。彼との営みで滲んだ汗や潤った体液を洗い落とすのはとても残念だけれども、きっとまたすぐに喜びを与えてくれるはずだ。なぜなら彼とは恋仲になったのだから……。彼女は自覚のないまま満面の笑顔で頭から水を浴びた。

浴室から出た全裸のレイをシンジが振り返ったのは雑巾がけが一段落したときだ。さすがにワックスを塗ったわけでもないので光を反射するほどではないにせよ、多少の違いはあるだろう。そんな満足げな表情もすぐさま驚きと羞恥へ変わった。

「綾波、お帰り……って、だ、だ、大胆だね」
「掃除、してくれたの?」
「あ、うん。いいかなって……それよりも、その……」
「ありがとう……」
「いいんだよ、べつに。好きでやったことだし……」

床へ視線を落としている彼女をシンジは赤い顔を逸らしながらちらちら窺う。ついさっき見たばかりなのに自分が着衣だからか無防備なレイの肢体は目に毒だ。肩にかけたバスタオルで胸はなんとか隠れているものの股間は某ファストフード店のロゴマークを逆さまにしたような溝がくっきりである。昨日から恋人。もうキスはしたし身体も重ねた。大丈夫、なにも悪いことはしていない。そう唱えてごくりと唾を飲み込む。

「ごめんなさい。下着、用意してなかったから」
「いや、そんな、謝らないで……その、かっ、かっ、彼氏だし……」

最後のほうは空気が抜けたような音にしかならなかった。レイは頭を拭きながら場所を変えていたため聞こえてないようだ。シンジは前屈みで台所へ向かうと雑巾を洗って搾り、手もよく洗った。冷たい水がいまは助かる。背を向けていれば多少は落ち着きも戻って話しやすい。朝食について尋ねるといつも取っているが昨夜は買ってないと言われ、下着が入ってる引き出しの下段から黄色い箱の固形食品を渡される。ベッドと椅子で向かいあい、口の中の水分を取られつつ食事を手早く終わらせると、ふたりは玄関を出た。

並んで階段を降り、暑くなる予感を覚えながら無言で道路を歩くことしばし。左隣のレイをちらちらと窺う。互いに制服姿で鞄も持っていない。自由な両手、目的はひとつだ。肩の距離はためらうほど遠くなく、むしろ当たるくらい近い。なにも言わずに手を取るか、それともひと声かけるべきか。一度汗を拭いたほうがいいかもしれない。そんな思考と雰囲気を察したのか、彼女のほうから声がかかる。

「どうしたの?」
「て、手とか……繋いでもいいかなって。綾波がそういうの好きじゃなかったらいいんだけど……」
「手? べつに構わないわ」
「じゃ、じゃあ……失礼、します……」

だらりとさがっているレイの白い手。爪は短く切り揃えられておりマニキュアのたぐいはつけてない。ピアノなどの楽器をやっているのではないかと思えるほど細くて長い指。一見すると冷たそうに見えるが、息を止めながらそっと握ればとても温かく柔らかかった。そして、はっと息を止めたのは彼女も同じだ。ついでに足まで止まって、じっと手を見下ろしている。

「温かい、碇くんの手。とても……優しいのね」

目を細めて吐息を漏らすと、レイはくっつける程度だった手のひらを密着させる。何度か感触をたしかめて最終的に指を絡めた。交互に、ひとつひとつ紡がれる。何度目かの感想は聞かなくてもいいだろう。嬉しそうな微笑を浮かべる彼女を見て彼もまた、はにかんだ。


傾斜のある窓ガラスの向こう側は琥珀色の水が湛えられた巨大なプールだ。細長いテスト用のエントリープラグが浸かっている。管制室から見て一番奥が零号機用、つぎに初号機用、弐号機用と三本並んでいるが現在パイロットが搭乗しているのは真ん中しかない。それも成績が優れないとなれば気分も暗くなる。

「あんまりよくないわね……」

赤いブルゾンジャケットに黒のタイトスカートを穿いたミサトが腕を組んで呟く。彼女の前に着席してコントロールパネルを操作する伊吹マヤは、表情も声も変えず事務的に答えた。一瞬だけ手元が止まるが、気づかれていないと思っている。

「そうですね。あの戦いのあとですから」
「でもまぁ、レイが無事だってわかって安心だわ」

ミサトは知らないふりをして軽く言った。ターミナルドグマへ行った記録はいまのところ露見していない。たしかにおいそれと口外にはできないが声の雰囲気と手の動きから察するに、マヤは仮面の着けかたが下手なようだ。

「あとはアスカですが……」

マヤが早々と話題を変えた。あれだけの大爆発を伴う自爆で無傷なレイに疑問を挟まない不自然さ。ATフィールドが失われていたのだから、いくらエントリープラグが強固でも助からないと考えるのが普通だ。リツコの不在に、この事実をどこまで貫きとおすのか。さりとて栗毛の少女を放っておくわけにもいかないのは同感である。巧みなエヴァの操縦を見せた弐号機のパイロット、惣流・アスカ・ラングレー。いつも自信に溢れ、活気が満ちていた彼女にかつての面影はない。

「朝イチで病院へ向かわせたから、それからね」

かなり愚図っていたから少々強引に連行するような形を取ったが、残念ながらつきっきりでなにかをしてあげられるほどの余裕はない。完全に丸投げだが、恨み節ならあとでいくらでも聞く。復調の見込みがないパイロットより既存の戦力に注視するのは当然である。

「サードチルドレンのテスト終わりましたが、どうしますか? 念のためレイちゃんにも……」
「いいえ結構よ。ただ、そうね……聴取するからふたりに私の部屋へ来るよう言って」

シンジのシンクロ率は最初に搭乗したときよりも低く、頼りない。起動指数は超えてるものの、まるでアスカの不調に追従するかのような低迷だ。数多くの使徒を屠ってきた実績があってもこうなってしまうのはパイロットの宿命、というわけでもないだろう。昨夜の光景が間違いなく影響しているはずである。ただでさえ気味の悪い人造人間に乗り、その上でレイの秘密を見せられたのだ。動揺して逃げ出してもおかしくはない。金髪の友人はなんて置きみあげを残してくれたのだと思うものの、それにしてはシンジに落ち着きがある。モニタに映る顔は熟睡したあとを思わせるほどすっきりとして憂いが見られない。仮面などと器用なことができる子ではないだけに、やはりなにかあったと考えるのが妥当か。

そして、聴取の時間となった。乱雑に書類が詰みあがった執務室は、恋人の加持リョウジがゆくえ知れずとなった日に徹底して盗聴器を排除してある。案の定ぼろぼろ出てきたわけだが、いまこの部屋は安全だ。椅子へ座り、常飲するコーヒーではなく乳飲料を口にした。ここのところ胃腸が荒れているため健康を意識したが野菜ジュースに手を出すほどでもない。

「失礼します」

さきに来たのはレイだった。嘘をつくような子ではないが、機密にかかわるとなればべつだろう。ほとんど表情を変えないから知らないと返されたらなかなか見破るのは難しい。自爆した直後に病院へ行ったときなど、それこそ本当に精巧な人形そのものであった。使徒戦が始まってから雰囲気がどことなく変化したと感じてはいたものの、ごっそり抜け落ちてしまっている。てっきり後遺症かと思ったがあの秘密を知れば納得だ。

ところが、入室した彼女を見てまたべつの違和感を覚えた。ドアから数歩、椅子に座るまでの動きに疑問を持つ。ミサトは軍事訓練を受けていたというのもあって、つい相手の歩く姿勢を仔細に観察してしまう癖がある。格闘技の経験者か重心はどこか、武器を所持しているかなど事前に察知しようとする危機回避能力だ。

しかし、いま感じたのはそういった戦闘に関するものとは違う。言うなれば女の勘である。歩幅、足のあげさげ、屈む姿勢に尻を落とす動作、そしてわずかに生じた表情の変化。背筋を伸ばし、膝をぴたりとくっつけ両手を太ももで揃える所作はいまも変わらず丁寧だ。いつもの代わり映えしない学校の制服姿であり、髪型も同じ。いや、明らかに目が違う。病院で見た濁った瞳をしていない。生気があり、艶がある。予備の肉体が破壊された件と関係があるのか。ゲンドウと通じている可能性もあるだけに、慎重に言葉を選んだ。

「知ってのとおり、いまリツコが不在なの。で、あなたの管轄を臨時代理として私が預かることになったわけ。だから質問するわね」
「はい」

返事はいままでと変わらない。もしレイが工事現場に勤務したら監督から聞こえないと怒鳴られそうなくらいの声量だ。無論、この部屋は静かなためなんら問題はないのだが、だからこそつぎの質問に対する反応は思いのほか大きく感じた。

「まず確認なんだけど、ゆうべシンジ君があなたの部屋に行ったのは間違いない?」
「はい」

ほんの些細な変化だが前の返事より明らかに声がとおっている。音圧とでも言うべきか、明確な意思が感じられた。情報は間違いないようだ。昨夜遅く帰宅したときシンジはどうしているのかと部屋を覗いたら不在だった。代わりにべつの発見があったのだがいまはいい。すぐさま保安諜報部へ確認を取ったところ、町をさまよったあとレイの自宅マンションへ入ったとの報告があった。そして、今朝まで出てこなかったと言う。成人した男女に起こりうる一般的な顛末は横へ置く。秘密を知った彼の前にあるのは乗り越えるのが困難な高い壁である。追い詰められた精神でレイにどのような態度を示したのか。人外だという罵倒か、裏切ったという怨嗟か、それとも恐怖からくる暴力かもしれない。

「なにか暴力や乱暴な言葉はあった?」
「いいえ、なにも」

さきにも増して大きい声だ。強い否定と敵意を思わせるほどの眼力がある。シンジに脅されてるなどというのはない。だいたいレイと交渉できるような材料はなにも持っていないのだ。ただの中学生であり、とても傷つきやすく他人を傷つけるのにも臆病な子供。彼女に怪我があるわけもない。

「話せる範囲で構わないからシンジ君となにがあったのか教えて欲しいの」
「それは、命令ですか?」
「あなたのプライベートに立ち入るつもりはないわ。ただね、彼のシンクロ率が大きくさがってるから原因がどこにあるのかを知りたいだけ」
「そう……ですか」

レイは目線をさげ、床を見ている。言葉を探しているのかそれともあった内容を思い返しているのか。ミサトは急かさずにじっと待った。赤い瞳が右に動き、左に動くと顔をあげてまた床を見る。太ももに置かれた手が落ち着きなくスカートを握ったり離したりしていた。珍しい。このような表情をあのレイがするのかと驚いたミサトは、口を開きかけたところを制する。

「ちょっと待ってレイ。ちょっと待って……」
「はい……」

いやいや待てと自分の心にも言い聞かせた。俯いて眉毛を指先で弄り、指の間からレイを見る。入室するときの姿勢が脳内でリプレイされた。歩幅はやや狭く、速度はゆっくりだ。手の振りは普通で重心は真ん中にある。椅子の横に立ち、スカートの尻を押さえて腰を落とす動作。体重がかかった瞬間にぴくりと跳ねた眉毛。いや、その前に少し蟹股ぎみではなかったか。新しい身体になってからまだ格闘技の訓練はさせてないにもかかわらず、筋肉痛のような動き。そう、もっと内側からの痛みや違和感だ。椅子に画鋲でも落ちていたかのような眉間の皺はそれに対する反応か。そして、いま見せた動揺する表情。ヒゲがあるわけでもないのに思わず顎を撫でながら、ひとつの愚考を口にする。

「もしかして、よ?」
「はい……」
「シンジ君と……エッチ、しちゃった?」

レイがセックスの俗語を知っているかどうかは不明なものの、女の子が相手だからと少し可愛らしく尋ねてみる。頭の中から昨夜見た光景は消えていた。学校でも耳にするくらいはあるだろう。いや、教科書に〝エッチ=性行為〟と書いてあってもおかしくはない。記憶は引き継いでいるのだ。

果たして、しばし逡巡したレイの反応にミサトは目を丸くすると椅子から転げ落ちそうになった。なんと、あの綾波レイがはっきりと頬を染めている。スカートがたくしあがるほど生地は握られ、結ばれた唇はわずかにまごついていた。顔を伏せ、最後に搾り出すような声で答えるのだ。

「は……い……」

マジか、とミサトは立ちあがりたい衝動をなんとか堪える。青天の水、寝耳に棒、(やぶ)から霹靂(へきれき)といろいろ浮かんでは着席した。他人の恋路にこれほど鼻息が荒くなったのはいつ以来か。可能性のうちにすら入れていなかった真相を知って、訊いてるほうが恥ずかしい。レイの顔を見れば強引な行為におよばれたのではなく同意の上であるのは明白だ。どう見ても恋する乙女そのものである。さらに顔を赤くして両肩を窄めていた。

「シンちゃん、オトナになったのかぁ……そっかぁ。レイとねぇ、うん……そうねぇ。手ぇ早ぇなぁアイツぅ、ヤったかぁ。処女と童貞かぁ……私も……いやいや」

変な言葉を口走る寸前で止めた。シンジを恋愛対象として見ていたわけではないものの、母性か好奇心か背徳感か、レイが自爆した夜に慰めてあげようと思ったことは墓まで持っていかねばなるまい。彼にそんな度胸があったとは驚きだが彼女がするのはさらに仰天だ。喘ぐのか、濡れるのか、()しべと()しべはわかるのか。いまの子は進んでいるなと遠い目をした。そこまで生え揃ってないくせに彼も男だったか。とはいえ、いつまでも思考を停止させているわけにはいかない。具体的なプレイの内容はさておきシンクロについても知る必要がある。

そんなとき、執務室のドアが乱暴にノックされた。入室を許可すれば、まさにレイの想いびとであるシンジの登場だ。髪やYシャツは濡れておりシャワー後に身体を拭く時間も惜しんで駆けつけたようである。息も荒く、切羽詰まった顔をしていた。

「綾波っ」

顔さえあわせずすぐさま恋人の許へ向かった彼はレイを見て安堵していた。なにかされるかもしれない、そう思っていたのだろう。あの水槽を見て予備がないと知ったからこそ余計に彼女を守りたいと必死だ。交際して二日だから初々しいと言ってしまえばそれまでだが、あれほど危うい瞳をしていたシンジには見えない漢気(おとこぎ)である。

「まぁまぁ、シンジ君。慌てなくても平気だから、少し落ち着きなさい」
「あっ、はいっ。その……済みません……」

レイに問題がないとわかってシンジも気まずい表情を浮かべた。ポケットからハンカチを取り出して額をぬぐっている。彼女はそんな彼を見あげて小さく、平気よ、と返し表情を緩ませた。見事に当てられてミサトは頭をくらくらさせると咳払いでごまかす。

「簡単な経緯を聞いていただけよ。シンジ君ゆうべ帰らなかったからさ」
「はい……それは、本当にその……急に……」
「べつに責めてるわけじゃないのよ。ただシンクロ率も低いし、ね。どうしたのかなって。そしたらオトナの階段あがったって言うからさぁ……ねぇ?」

レイに目線を向ければさっと表情を翻して俯く。顛末を察したシンジまで赤くなるのはご愛嬌である。急におどおどとYシャツの胸元を掴んで顔を壁へ背けた。しばしじっと焦らし、駄目押しを彼女へ投げかける。暗い話題ばかりだった昨今、ミサトも潤いを求めていた。

「レイ?」
「はい」
「シンジ君のこと、好き?」
「は、い……」

彼とは反対の壁に視線を向ける純真無垢がまた可愛らしい。ふたりがどういった語らいをしたのかはわからないが、シンジはきっと最後にたしかめたかったのだろう。病院で素っ気ない態度を受けてもまだ諦めきれなかったのだ。容姿が同じ、記憶もあればなおさらである。

「シンジ君のこと……愛してる?」
「あ……ぃ……し……」

わかりきった質問だったが、レイはさっと顔を向けてくると驚きの表情を浮かべた。指先で唇を押さえ、つぶらな瞳はさらに大きい。さも初めてその言葉を知ったかのようだ。赤面したシンジもはっとした顔をしている。究極の愛とは自己犠牲……そんなどこかの教えがミサトの脳裏にこだました。レイにとってこれほどふさわしい言葉もないだろう。

「いまここで言わなくてもいいわ。大切に、取っておきなさい」

ミサトが力強く言うのと、レイがひと雫の涙を落とすのは同時だった。ようやく心が一致したのかもしれない。バックアップのしくみは不明なれども、命には記憶が刻まれているのだ。彼の想いによってそこから芽吹いたのである。太陽を求める萌芽(ほうが)のように。

ここでシンジがレイを抱き締めれば絵になるのだが、残念ながら彼は濡れたハンカチを差し出すので精一杯だったようだ。続きはふたりの世界で、となるのだろう。けれども、守るべき恋人を得た彼はやはり違った。緊張した面持ちで言葉を必死に探したあと、ようやっと声を発する。

「あの、ミサトさん」
「なにかしら? シンジ君」
「僕、綾波と一緒に住もうと思います」

この言葉はレイにこそ必要だったのかもしれない。生まれてからいまの瞬間まで。自覚はなくても、きっとそうである。青みがかった銀髪と白い肌は誰よりも寂しく、包まれたいと欲する色だ。そして彼だけがそれを成したのだ。

「ええ、いいわよ」

自身でも驚くほどの優しい声でミサトは迷わず承諾した。シンジはエヴァから卒業し、レイを選んだ。シンクロ率の低下はつまるところそういうことである。それからいくつかやり取りしたあと退室を促せば、ようやく彼は彼女の手を取って立ちあがらせた。腰が抜けたわけでもなかろうに、仲良く赤い顔で見詰めあって手を繋いだままドアの向こうへ去ってゆく。

「まぁったくもう……」

ひとり残った執務室で天井を見あげる。たったひと組の中学生がカップルになった、ただそれだけなのにこうも温かい気持ちにされられた。ミサト自身にあのような時期はなかったから追憶はしないが、誰かをぼんやり浮かべて頬を緩める。なぜか加持が出てきてビールを飲みたくなった。


苦味と酸味は経験の蓄積によって味覚として受け入れられるようになるという。豊かな味覚を得るためには子供の頃から好き嫌いなくさまざまな食材を口にすることが重要だ。調理にひと手間かけてあげるだけで苦手な食べものでも克服しやすくなる。

だが、幼少からネルフの地下で生活していたレイにそのような気遣いをしてくれる大人は存在しない。したがって、彼女は偏食だ。肉を嫌い生魚も避けていた。生きることに対して意欲がなかったレイは、食事を〝その日〟が来るまでの繋ぎとしてしか捉えていなかったのである。楽しいなど無縁で、せいぜいあるとすれば創造主たるゲンドウとの会食くらいだ。それとて浮き立つような、頬をほころばせるようなことなんて微塵もなかった。ATフィールドがひとの形を保つために必要な感情の〝摂取〟であり、ひとに擬態するようにしてきただけだ。食事の味を尋ねられたらおいしいと返す。あとは頷き、問題ないと答えるのみ。埋められない胸の内をこうして擬似的に補った。彼女の味覚に対する感覚も快か不快かのふたつだけである。

ところが今日、少し遅めの昼食を食堂で取ったとき彼女の心に一石が投じられた。それは波紋のようにじわりと舌を広がり味覚を明るくする。正面に座るシンジの表情が甘さをより強く、旨味を奥深く感じさせたのだ。新しい身体になったばかり、というのがあったにせよ味気ない〝栄養〟から〝食事〟に変わった瞬間である。わずかにぎこちなさが残るものの、彼は記憶にあるとおり笑い、照れて眉を顰めた。思えば彼と食事をしたのは屋台のラーメンくらいだ。あのときもきっと、これを求めていたのかもしれない。

そう思い返すのは、ひとえに彼が一緒に住むと言ってくれたからだ。中学生の男女が枕をともにすることの意味はわかるし、推奨されない不道徳であるのも知っている。興味はなくても学校で教師が口酸っぱく言っていれば嫌でも頭に入るものだ。だからシンジはミサトの家に帰るものと思っていたし聴取の際に言われるだろうと。パイロット、命令と切り出されれば従うしかない。どれほど彼といたいと願ってても無理だろうと諦めていた。それが同居をあっさり了承されたのだから心も躍るというものである。

「お待たせ」

そう言って自室から出てきたシンジは肩にスポーツバッグをかけていた。ミサトの自宅へ私物を取りに戻ったのだ。ひとまず一週間ぶんの下着や服を詰め込み、必要ならばまた取りにくる。家電製品はS-DATくらいしか持ってないし、整髪料などの化粧品もない。教科書はあとまわしだ。

「もういいの?」
「うん。僕もともとそんなに持ってたわけじゃないし、よく考えたらあんまりないなって」
「弐号機パイロットには逢わなくてもいいの?」
「に、弐号機って……は、ははっ」

シンジは顔を引きつらせると、せめて苗字で呼んだほうがいいと助言する。レイはしばし考えてわかったと返事した。アスカがレイを嫌っていたように、彼女もまたアスカを苦手としている。そしてそれはあまりいい感情ではないのも自覚があった。昨日まで彼と同居していたとあればなおさらだ。

「あとはペンギン、でしょ?」
「うんそうだね。洞木さんちと一緒に疎開してもらうんだって。アスカのコネらしいよ」
「そう」
「本当は掃除とかしていきたいんだけど、急がないとペンペンぐったりしちゃうからさ」

そんなやり取りをしてミサトの家を出た。一階にはミサトが職権を乱用して手配した保安部の車が待機している。ペンペンの部屋が冷蔵庫なため運搬も兼ねていた。機嫌の悪そうなスーツ姿の運転手に声をかけ、洞木ヒカリの自宅へ向かう。

残念ながら学級委員長は不在で家族が対応し、シンジは丁寧な挨拶とともにペンペンを預けると(きびす)を返す。黒塗りのセダンはあっと言う間に姿を消していたため、帰りは徒歩である。

「ほかに、必要なものはある?」

夕方が近づく道すがら、レイは隣のシンジに質問した。朝よりも強く手が握られ自宅へ戻る嬉しさに気分が高揚する。少しすごしやすい気温に落ち着いても暑いことに変わりはないし、手のひらだって汗ばむ。それでも彼女は離そうとしなかった。今日からずっと一緒にいられる。もうこの温かい手が離されることはない。昨夜のように寒くなることもないのだ。

「そうだね、うん……夕飯の食材をスーパーで買うくらいかな。綾波はなにか作れるの?」
「私、料理ほとんどしたことないから」
「ほとんどってことは、なにかあるの?」
「前に、カレーのようなものを……す、少し」

レイはふた月ほど前のある日、学校で調理実習があると言うので自宅で予習をしたことがあった。いま言われて思い出したが、あのときなぜ作ろうと考えたのか。シンジが友達とプリントを届けにきて掃除までして帰った夜だった。料理なんて興味なかったのに。

「そうなの? へぇ、やっぱり主婦って感じだね。凄いや」

シンジのなにげないひと言がレイの鼓動を跳ねさせる。顔が一気に熱くなり、手がさらにじっとりとした。あのときはカレーどころかニンジンとタマネギ、ジャガイモをボイルしただけである。サラダ油とカレー粉すら買い忘れて、もちろん肉だってない。見栄を張ったわけではなく、そのつもりだっただけだ。なにもつけずそのままで食べたわけだが、シンジの称賛と過去の記憶が混ざって思わず手を離してしまう。

「そんなこと……ないから」

手のひらをスカートでぬぐいながらレイは思った。これがデートなのかと。耳にした程度だったが実際に経験してみるとなんともくすぐったい。朝よりも強く胸がときめくのはミサトの聴取で再認識したからか。かつての光景が時間とともに去来して胸から溢れそうになった。昨夜完全に一致したと思っていたのに、まださきがあるのか。心には果てがないのを彼女は知った。

「綾波は苦手な食べものとかある?」
「一番苦手なのはレバー。あと魚もあまり……」
「もしかして生臭さが駄目ってこと? あとは獣臭さとか」
「そう……そうかもしれない」

そんな流れからゲンドウとの食事はどうだったのかとの話題になる。しばしば高級とされる食材が出されたものの無理に飲み込むときが多かったとレイが述懐すれば、シンジは苦いものを口にしたような顔をした。そしてなにが彼の琴線に触れたのか食べやすい方法をあれこれと熱心に語る。

「僕も覚えたてのようなものだから上手にはできないけど、でも、これからは……い、一緒だから、楽しくおいしくできたらいいなって。そう、思うから……いろいろ言って欲しいなって」
「うん。わかった」
「一緒に住むって、なんか、ちょっと恥ずかしいよね」
「恥ずかしい……?」
「嫌とかじゃなくて、その照れるって言うか、間違ってたらどうしようとか、幻滅されたら嫌だなとか。お、おならとか? なに言ってるんだろうね、僕」

羞恥心とは恐怖のひとつである。他人に興味を持たなかったレイは、この感覚が理解でなかった。リツコからさまざまな教育を受けてても集団の中の自分、他人の中に写る自分に対し意識を向けたことがなかったのだ。強固なATフィールドによって殻を形成していたとも言える。それが二人目のときからシンジに中和され、昨夜ついに打ち破られたことで味覚と同様に世界を広げた。まだほんの入り口である。それでも、一番身近な彼の存在は翻ると一番不安な存在にもなるのだ。

そこへリツコの教育が重なって、ようやく教えられた意味を理解する。なぜ丁寧な言葉遣いをするのか、なぜ姿勢をただしくするのか。座るときにスカートを押さえる、両脚を揃えて座る、裸を見せてはいけない。シンジの言葉はそれを補足していた。

「私も、気をつけるわ」

人外であるという自己の認識もさることながら、レイの空間はとても狭い。だがシンジは違う。多くの知人友人に囲まれていなくとも、彼女より多くの集団に身を置いている。ミサトやアスカがおり、クラスメイトがいた。学校で彼を可愛いと評する女子の言葉を耳にしたときもあった。ほかの女性たちと自分はどう違うのだろうか。彼にどう思われているのか。好きだと言われたしそこは疑ってないのだけれども、シンジの反応がどうにも気になる。他者と自分。とりわけほかの女性と自分だ。

そんなときである。シンジが小さな声を発して一点を見ていた。道路を挟んだ反対側にある公園だ。レイも釣られて見れば知っている顔があった。ひとりは襟足で左右に髪を束ねている少女で学級委員長のヒカリ、もうひとりは褐色の肌に黒いジャージを着た鈴原トウジである。

「ちょうどよかった。洞木さんにペンペンのこと挨拶しておこうよ」
「そう、ね」

レイはシンジに促されてふたりの許へ向かう。さして広くない公園に置かれているのはブランコと動物を模った遊具くらいだ。ふたりはすぐシンジらに気づき、声をかけてくる。

「おおっ、シンジやないか! それに綾波も一緒なんやな」
「久しぶりだね、トウジ。いまリハビリ中?」
「せや。イインチョに手伝ってもろてる」
「そっか。あの……」

シンジは拳を作ってトウジの様子を窺っている。エヴァとの戦闘によって片脚を失うことになったのはレイも当然ながら知ってるし、彼が病院へ見舞ったのも聞いていた。シンジの悔恨と謝罪、トウジの叱咤と鼓舞によってふたりのわだかまりも解消されつつある。松葉杖を突き、ヒカリに手を引かれながら義足のリハビリをおこなっている最中だ。

トウジは休憩と言って離れた場所にあるパンダの遊具へ座り、シンジと談笑を始めた。いっぽう、ヒカリに声をかけられたレイは目線を受けて顔を向ける。シンジにかかわる他人のひとり。そばかすのある頬が赤いのは夕日に照らされているからか。

「綾波さん、こんにちは」
「ええ。こんにちは」
「碇君とお出かけ?」
「ええそうよ。買いものに行くの」

レイは知らず挨拶を交わしたヒカリの姿をじっと見る。他人にわずかな関心を持った彼女は自分と比較することで自己の認識の一助にしようとした。身長は同じくらいだが、体型は少し丸みがあるようだ。ぴったりとしたデニムのズボンと白いTシャツを着ている。胸に描かれた絵柄が大きく歪んでいるのは押しあげる乳房の存在があるからか。シンジと同じ黒髪に黒い瞳だ。

「そ、それってもしかしてデート?」
「そういうことになるわね」

問われたままに答えればヒカリは目を丸くしている。両手を口元に当てるのは言ってはいけないしぐさなのか。そんな反応に、なぜだか心がむずむずした。なにも間違ったことは言っていないのに、顔の筋肉が落ち着かない。

「えっ、えっ、じゃあ、その……綾波さんは、碇君のこと、その……どう、思ってるの?」
「どうって?」
「す、好きとか、嫌いとか、単なる友達とか、顔見知りとか……」

今度はシンジたちに目線を飛ばす。ふたりの声は蝉の鳴き声に阻まれてよく聞こえないが楽しそうだ。彼の横顔には笑顔が浮かんでいる。笑えばいいと思うよ。そう言われたあの夜からずっと気になっていた彼の表情。今日もたくさん向けてくれた。自分でも知らないうちに微笑みを浮かべることが多かった。好きな彼、大好きな彼。ここにいたい、ずっと一緒にいたいと願った彼。それなのにヒカリへ言うのがなぜかためらわれた。それは取られてしまうと思ったからか、あるいは口にしようとすると表情に抑えが利かなくなるからか。

「碇くんのことは……好き、よ……」

かろうじてそう返すとヒカリは息を飲み、さらに目を丸くしている。顔を赤くして五本の指は広がっていた。言ってはいけない、ではなく言いづらいことなのかもしれないと推察する。たしかに声が少し小さくなってしまった。彼には聞いてもらいたいのに、他人だとこうして尻込みしてしまう。

「も、もしかして、こ、告白とかしたの?」
「告白? なんの?」
「その……つきあうための告白よ。す、好きですって言って」
「もう伝えてあるわ。それに、昨日から……つ、きあってい、る、もの」

言葉が変なところで途切れてレイは混乱した。思わずヒカリのように口元へ手を添える。顔が熱い、鼓動も大きい。シンジとキスしたり身体を重ねたりするのとは似ているようで違う感覚。手を繋ぐときが近いかもしれないし、初めて感謝を伝えたときかもしれない。

「そうなのっ? あ、えっ、ああ。そうなの……綾波さんが碇君とおつきあい。カレシと、カノジョ……カップルだから、手を繋いだり……き、キスとかしたり……い、嫌だわ。私、なに考えているのかしら」
「汗をかいてるわ」
「や、やだっ、私っ。恥ずかしい……」
「恥ずかしいの?」

ヒカリはズボンのポケットからハンカチを取り出すと額と鼻の下にあてがっている。両手で顔をあおぎ、深呼吸を繰り返していた。自分と同じだ、とレイは思った。他人に見せたくない表情、もしくは知られたくない心の内。きっとこういうことなのだろう。さきほどシンジが言っていた話とリツコの教えが一致する。なるほど、恥ずかしい。たしかにそう言われたらそうだ。

「で、でも。綾波さんと碇君は凄くお似合いだと思う」
「お似合い? 私と彼が一致しているということ?」
「カレ……う、うん。だって、綾波さん、碇君のことだけは見てたから」
「えっ?」
「もしかして気づいてなかったの? 碇君もよく見てたし」
「そう……なの?」

他人から見られていた自分。いままで意識なんてしたことなかったのに、どんどん感情が溢れた。たしかにシンジを目で追ってはいたものの、それほどかと驚く。彼が見ていたのは気づいていたが、指摘されると途端に恥ずかしい。レイもポケットからハンカチを取り出して顔にあてがう。目線をヒカリから外し、地面を見た。拭いても拭いても汗が出て、耳まで熱い。主婦が似合う、お母さんみたいだとエレベータで言われたときもそうだ。恋心と羞恥。この関連性に思い至る。

「うふふっ。綾波さん、可愛い」
「私が、可愛い?」
「だって、凄く女の子って感じがするから。恋してるんだなって」
「恋……女の子……」

彼を起点として他人との距離感を掴む。いまでも周囲に対して興味はない。しかし彼が絡むと急に心が乱れる。汗をかいた自分、表情を変えた自分。彼が見たらどのような反応をするのか。噯気(あいき)、放屁、それとも……リツコの教えがいま鮮明に心を打つ。そういうことかと。社会通念上だけでなく、この感覚なのかと。他人と自分、好きなひとに知られたいようで知られたくない。もしくは隠したい。腋と背中から汗が噴出する。

そのあとヒカリとどんな会話をしたのかおぼろげで、気づいたらシンジが彼女に挨拶を終え、公園をあとにしていた。この汗は快か不快か、判断が難しい。隣の彼と手を繋いでもいいのだろうか。遠くにスーパーが見えて、葛藤する。多数の買いもの客がいる前では好ましくない。ならばいまだろう。そう決心するより早く彼が繋いできてどきりとした。変な吐息が出てしまったかもしれない。

「今日は暑いから、なにかさっぱりした麺とかがいいかな」
「え、ええ。そうね」

笑顔を向けられて鼓動は早鐘を鳴らした。そして同時に確信する。自分はこの手を離せないと。羞恥心より求める心のほうが優ってしまう。ちらちらと頭に浮かぶ道徳の二文字。どこまで許容されて拒否されるのか。あらゆる点において自分の希望を言葉にする機会がほとんどないレイの思考はそこで止まってしまう。望む、とはつぎの瞬間に求めることであり数分後であり、明日や数年さきの未来だ。食事のメニュー、行きたい場所、したいこと。羞恥を出発点とした彼女の連想は自宅というゴールに辿り着いても見えてこなかった。

ただひとつだけ、不変な想いを再認識する。玄関のドアに手をかけようとしたときだ。シンジがごそごそとポケットから銀色の金属を取り出して、照れながら差し出した。そう言えば、今朝出るときに訊かれたのだったと手を伸ばす。

「あの、これ……さっきのスーパーに作るお店あったからさ、うん。いままで使ってなかったみたいだし、用意したんだ」
「ごめんなさい。そこまで考えがまわらなかった」
「い、いやいいんだよ。その、僕が押しかけたようなもんだし」
「そんなこと、ない。でも……ありがとう」

受け取ったのは合鍵だ。同じパイロットだから行動をともにするのがほとんどではあっても訓練やテストで時間がずれるときもある。防犯の要であり、ふたりの領域を守るための封印だ。領域の中では社会通念が著しく低下する。誰にも邪魔されない、彼との空間。そこへ、さきに玄関へ入ったシンジが振り向いて言う。

「あ、あの……おかえり」

もう無への回帰を望みはしない。一分さきさえわからないことばかりだけれども、シンジがいてくれる、望んでくれる、それがあるだけで充分だ。進むべきは死への道ではなく、生きる未来、彼の許である。そしてここが帰る場所なのだ。

「た、ただいま」


温かい空気に包まれていた執務室も、いまは冷たい。頭を切り替えるのが決して得意なほうではないミサトだが、数時間前に聞かされた真実の一部は眼光を鋭くさせるのに充分だ。加持から受け取ったチップの解析と閲覧は昨日までに終わっている。彼が生涯をかけて追い求めた内容は、しかし虫食いさながらに足りない部分が多い。クロスワードパズルのようにあとは自分で埋めろ、と彼からのメッセージだ。ただし、そのまま進めば同じ末路を辿る。

「前戯だけで済まそうだなんて、酷い男ね」

与えられた情報だけで満足すると思われていたのか。いや、違うだろう。試されているのだ。命を懸けてまでいま必要なことかと。地下にあるリリスをアダムと欺いたときもそうだ。危険から遠ざけようとしていた。危ないからやめなさいと、父親のように。

「あんたが私を開発したんでしょうが。責任取りなさいよ」

無垢な処女は加持の手によって大人の女になった。十五年前のセカンドインパクトについても無知であった。それがいまやどっぷりと涎を垂らすほど欲している。本部の奥深くにあるサーバールームへ入ってゆくのと一瞬の快楽を得るのは完全な同義だ。男を知ってしまったら無垢には戻れない。だが、ここからはセックスではなく単なる自慰になる。食事をし、風呂へ入ったあと明日の備えをしてから寝るのか、鼻息荒くして指先で慰めるのか。

「シンジ君とレイ、か……秘密なんて関係ないのね」

彼らはもう夕食を終えた頃だろうか。風呂にも入ったかもしれない。あんなにも必死に追いかけたシンジの姿に憧れさえ抱いた。突破できないと思われていた高い壁を彼は跳躍し、レイに辿り着いた。若さや柔軟性もあるのだろう。けれど、根本にあるのは彼女と未来を歩みたいと願った気持ちただ一点だ。

「秘密、未来……」

レイから聞かされた機密。エヴァ一機で今後どのような戦いをしようかと漏らしたミサトの言葉に反応する形で、使徒はあと一体なのでそれを凌げればと言った。彼女は自爆して退院したあと、総司令執務室でゲンドウから聴取を受けている際に聞いていたのだ。それ以上のことは彼女も知らない。加持のデータにも類似した記述はあったから間違いないだろう。

「少しお預けね、加持くん。私、乾いてきちゃった」

ギリギリまで迷ったが、ミサトの指先は止まる。なにも際限なく使徒が現れるなどとは思っていなかった。いずれ狩り尽くす結末も視野にあったが、ここのところ妙な動きのある周辺と最後の使徒。このふたつを考えるとXデイは近い。果たしてそのさきになにがあるのか。知らなければ備えはできない。だが、知らなくてもできることがある。シンジとレイが結ばれなければ彼女からあの発言はなかっただろう。()るか()るか。場合によっては秘密へ至るより早く加持と再会するかもしれない。無垢なまま地獄へ行ったとき、彼はなんと言うだろうか。

「あんた、処女好きでしょ?」

立ちあがったミサトの瞳に憂いはなかった。長い戦いになるかもしれない。ならばまず、なによりカフェインが必要である。自販機にするか、リツコのコーヒーメーカーを失敬するか。いまはとても苦いブラックが飲みたかった。


ふたりの部屋に彩りはまだ足りないが、料理は色鮮やかだった。シンジが夕食に選んだメニューは冷やし中華である。麺を湯切りするザルはないしおしゃれな器もないレイ宅で、彼は四苦八苦しながら完成させた。トマトとキュウリを切り、できあいの卵焼きを金糸にして乗せるだけ。タレはさんざん迷ってゴマをチョイスだ。試しにと鶏のササミをハムの代わりに入れたらレイは普通に食べている。とくに涙目にはなってないし、息も止めてない。無理しなくていいよと言っても彼女は首を振るばかりだ。

「あれ? もしかして平気なんじゃないの?」
「そうかも。おいしいわ」

やはり調理が悪かったのだと確信したシンジは燃える。いきなり牛肉のハンバーグは無理だろうから少しずつ様子を見ていろいろチャレンジしてみたらいい。案外、生魚もマリネにしたらいけるかもしれないし薬味で変わる可能性もある。白身のお茶漬けなら普通に食べられそうだ。

「ただ、テーブルは欲しいよね。なんで考えつかなかったんだろう」
「私も忘れていたわ」

レイの器は椅子の上に置き、シンジはベッドの上で啜った。決して貧しいわけでもないのに、なんともみすぼらしい食事風景だ。天井の蛍光灯もひとつ切れて暗い。昭和のフォークソングが聞こえてきそうな気がする。赤いマフラーを手ぬぐいにするんだったか。考え出したらどんどん悲観的になってしまうので、彼は明日なにか買おうと話を振ることで希望に変えた。食後にノートを借りてスケッチを描く。膝の上に乗せたラフな絵と買いものの備忘録を隣に並んで座るレイが覗き込む。

「これくらいの大きさのテーブルをね、ここにどーんって置くんだよ」
「どーん?」
「そう、どーん。あとはベッドも。このままだとたぶん僕かきみが落ちるから、広いやつがいいね」
「それも、どーん?」
「うんうん。あと天井は丸いライトにしてさ、紐でカチカチするんじゃなくてリモコンでピッってするやつ」
「ぴっ?」

夢中になって話すシンジは楽しくてしかたがなかった。この町に来る前も離れでひとり暮らしに近い状態だったが、自分で買い揃えたわけではない。不動産屋の外で間取り図を見ているカップル、家具屋であれこれと唸るカップル、電気屋で店員に絡まれて逃げるカップル。いつか見たそんな光景の彼らもこういう気分だったのだろうか。

「目覚まし時計も欲しいし。食器でしょ、フライパンでしょ、あとはきみのパジャマ?」
「パジャマ?」
「そうだね。でもネグリジェはちょっとマダムっぽいし、もっと柔らかいのがいいなぁ」
「寝るときの服……柔らかい……素材……」

入浴後のふたりだが、短パンにTシャツ姿のシンジとは対照的にレイはYシャツ一枚しか着ていない。寝巻き代わりにしているとの説明はいいとして彼の目には生脚とショーツが眩しい。両膝を少し開き、ベッドによって平たくなった太ももがむっちりである。煩悩退散、いまは衣替えの話だ。

「ぼ、僕はね、きみのこととても魅力的な女性だと思っているんだけども男だから理性と本能が鬩ぎあって困ったことになるんだ。うん。しょ、正直に言うとゆうべもさんざん触ったんだけどまだ足りないと言うかいまも自分と戦ってると言うか。だいたいきみがび、美人で、スタイルもいいのがよくないしなんだろうね、これ。ああ、喉が渇いたな」
「碇くん、もう少し落ち着いて話をして欲しい」
「ごめん、自分でもなに言ったのか覚えてないや。ただ、僕はきみのことがすてきだって言いたかったんだ」
「そう? よくわからないわ」

自分の恋人、という贔屓目のフィルターを外しても十人中十二人がレイを美人と評するだろう。シンジは常々そう感じていた。彼女の表情を見ても無自覚なようだから罪深いとさえ感じる。仮にとんでもない変顔をしても少しも損なわれないはずだ。新聞広告の女優に落書きした過去を思い出した。さすがに眉毛を繋げて泥棒ヒゲを描いたらレイとて絶世の美少女から普通の美少女へ劣化するのか。

「赤い瞳も、白い肌も、青っぽい髪も、初めて見たときから綺麗だって、そう思ってた」

迷いなく伝えたシンジだが片やレイは違う。彼女は容姿を始めとしたひとの外見に対し美醜の感覚がなかった。男性、女性、背の高いひと低いひと。肉づきがいい、痩せている。記号と見るほどではないにせよ、好みというものがほとんどない。それは彼に対しても同じだ。ゆえに判断基準は彼に依存してしまう。ただひとつ、自分の容姿だけは嫌いだった。憎しみに近かったのかもしれない。ネルフでも学校でも奇異の視線で見られてばかりとなればいくら他人に関心がなくても潜在意識に劣等感は生じる。孤独な心はますます他人との距離を永劫の彼方へ遠ざけた。そこへきて彼の言葉はなによりの救いだ。自覚はなくとも認められることは喜びである。シンジがいいと言えばそれがすべてだった。

「ありがとう。あなたがそう言ってくれるなら、私は嬉しい」

それからほどなくしてふたりは並んで歯を磨く。歯ブラシが二本あり、コップと歯磨き粉はひとつだ。照明を消し、狭いベッドへ入る。カーテンの幅が足りないため隙間からは月光が躊躇なく漏れた。ベッドの幅もとても狭く密着しなければ容易に落下する。昨夜はよくそうならなかったと思えるほどだ。

「枕、本当に平気?」
「平気よ。このほうが温かいもの」

シンジが枕に頭を預け、レイは彼の腕を枕にする。彼は右手で彼女の髪を撫で指先を躍らせていた。少し細く柔らかい。暗闇に目が慣れてくればすぐ近くにあるレイの顔がはっきりと映る。瞳が潤んでいるように見えるのは光の加減か。会話もなく、五分はこうしていた。

じっと見詰めあう中で彼女の目線がわずかにさがる。どこか遠くを見ているような表情だ。もしくは目の前になにかの光景を思い浮かべているように感じた。どうしたのかとシンジが問おうとしたとき、彼女の目尻からひと雫の涙が落ちる。

「私、あなたに伝えたいことがあるの」

レイはそう切り出した。シンジは撫でる手を止め、無言で彼女のつぎを待つ。言葉を慎重に選んでいるのかもしれない。半開きの小さな唇が記憶をなぞるように紡がれる。憂いは見られずひと言ひと言噛み締めていた。

「自爆したとき……私が感じたこと」

そう言うとレイは伏せていた視線を戻す。またぽつりと涙が伝う。彼女の片手が頬を何度も撫でてくる。ここにいるのだと、存在をいま一度知りたい。そう言っているようだ。

「あなたに死んで欲しくないって。この命さえいらないって……代わりがいるのに、そんなことも考えなかった」
「綾……波……」
「寂しくて、あなたとひとつになりたくて、好きなんだって気づいたわ。でも遅かったから……私の命を捧げてもいいって想った。いまの涙は、きっとそのときの私の涙。だから、あなたは私の命よ……愛しているわ、碇くん」

声を震わせることなく言い終えたレイは微笑む。彼女は静かにいくつもの想いを流す。彼もまた溢れさせていた。好きと〝愛してる〟の違いはなんだろか。単なる上位互換ではない。笑顔が好き、しぐさが好き、外見が好き。それらを愛してるとは言わない。なら自分の想いはどこにあるのか。ミサトの話を聞いたとき、確信した。レイの存在そのものが大切なのだ。空に浮かぶ雲のように、暑い日差しの下でたたずむ陽炎のように、水槽の中で崩れた肉体のように儚い命。手に触れても、肌を重ねてもつぎの刹那には消えてなくなりそうな彼女。だから守りたいと思った。それは担架から投げ出された血まみれの彼女を抱きあげたときからだ。恋をする前に、もう愛していた。愛とはすなわち、命なのだ。

「僕も、きみを愛している。綾波レイ……きみを愛している」

ゆうべ彼女を抱擁したときから自分が少し前に進んだとシンジは思った。ひとに触れるのが怖かったはずなのに、こうして想いが溢れると気づけば腕に抱いている。抱擁とは存在を知る、命を知るための行為なのかもしれない。

「嬉しい……碇くん、私とても嬉しいわ」
「僕も、僕も嬉しい。とても、嬉しい」

互いの背中をきつく抱けば鼓動が重なり想いがシンクロした。エヴァとは異なる一体感がふたりを包む。今朝を越えるほどの時間を使って体温を分けあう。頬と頬を擦りつけ、背中をさすりあえば吐息さえもが同じだ。顔を離し、視線を絡めたふたりに涙はない。微笑みのあとに自然と重なる唇は、とても熱かった。くねる舌が脳髄を焦がし、唾液とともに愛が混ざりあう。

「はぁっ……」

微小な隙間から放たれる吐息。彼の、彼女の胸が激しい。本当の意味で恋人となったふたりは暴れる心が肉体を突き動かす。指先が、毛髪が、細胞が溶けあいを必要としていた。それでもシンジは確認したい。今夜もして平気なのか。今朝痛みと異物感があったと聞いている。単純に考えれば傷ができている状態と同じだ。塞がってないのにまた挿入しては治らない。頭ではそう理解しているし自制しようと努めてはいるものの、短パンの中はたいへんな事態になっていた。

「あのさ、綾波……まだ、その」
「平気。だから……」

して、と囁いたレイの返答は早かった。シンジも聞き返すような野暮はしない。ひとはこうして溺れるのだろう。彼はレイという美酒にとことん酔った。横向き寝の体勢から気がつけば覆い被さっている。そこへ、彼女がたしかめるように股間をひと撫でしてくれば止まらなくなるのは当然だ。レイの瞳はさらにうっとりとしていた。シンジは白いYシャツのボタンをひとつひとつ外してゆく。プレイボーイのようにキスをしながらなんて無理である。はらりと前面がはだけるとレイはわずかに顔を背けていた。頬が赤く、下唇に力が入っている。彼は素早く短パンを脱ぎ、Tシャツも脱ぐとさきに裸となった。それからレイのYシャツを左右にそっとめくる。彼女の肩も左右に捩れ美しい上半身が露になった。夢ではない、幻でもない。今朝も見たのに月明かりだとひときわ幻想的だ。

「やっぱり綺麗だ……」
「そ……う?」

掠れた彼女の声を聞きながら右手をするするとショーツへ伸ばし、腰骨からさげてゆく。布ずれさえ可愛らしい音を立て、ぱさりと空気のように落とす。レイの背中からYシャツを抜き取って丸椅子へ放る。視線を彼女へ戻せばさらに顔を赤くして眉を寄せていた。片腕で少しばかり胸を隠しているのは、いまになっての羞恥か。

「きみが見たい」
「いいの?」
「うん」
「わかっ……た」

汗が輝く桃色の乳首はすでにぴんと尖っていた。首筋から鎖骨の下まで桜色だ。とはいえ、いくら見たくてもずっとそうしているわけにはいかない。シンジは倒れ込んで首筋に唇を這わせながら考える。昨夜は自分でもなかなかうまくできたと思った。しかし調子に乗ると失敗する。月に叢雲(むらくも)、花に風だったか。いや違うかもしれない。ともかく初心を忘れないよう慎重に労わるのだ。

右手で肋骨から乳房を掬いあげる。レイはぶるると震え、耳元で吐息を漏らした。乳首はショートケーキの苺と同じで最後だ。丁寧に膨らみを捏ね、耳朶を噛む。左手は肩から二の腕、前腕を指先で撫でる。少しじっとりとした手を繋ぐと彼女は息を止めた。慎重に、丁寧に、ひとつひとつの反応をしっかりと見極め自分の欲望はあとまわし。唇を首筋から乳房の外周へ向かわせると繋いだ手に力が入る。苦しさを思わせる声が何度も漏れた。右手を左の乳房へ合流させ、指先で軽く押すように下乳から脇腹までを撫でる。昨夜も好感触だった場所を伸ばすのだ。じれったいくらい外周を這っていた唇で乳首を弾けば早くもレイの肩が浮く。

「んはっ!」

男性から見て、女性の感じかたや喘ぎ声はともすれば痛みと混同しがちだ。これだけ硬い乳首なら唇で触れても痛いのかもしれない。シンジはそう危惧してレイの顔を見る。初めてした行為だけに不安があった。彼女は口と目をぎゅっと結んで首筋にも力を入れている。

「痛かった?」
「違うの。もっと……し……て……」

懇願するようなレイによかった、と安堵したシンジはすぐさま愛撫を再開する。まだ性器には触れず、とにかく上半身を徹底してほぐした。声と身体、表情だけが判断材料だ。いいと言われたからには両手や口を駆使するのは当たり前である。彼女の身体は楽器かもしれない。そんなことを考えながら美しい音色を奏でるべく空気の振動に耳を傾ける。

「んんんっ」

いっぽうで、受け身のレイは必死だった。彼女はいま自分の身体と記憶に戦いを挑んでいる。昨日よりさらなる快感。キスをしたときもそうだし唇の愛撫もたまらない。指先が踊るたびに身体が捩れる。乳首への攻撃に思わず声と身体が跳ねそうになった。いけない、と自分を戒めるとリツコの教育を念じながら慌てて手の甲で口を塞ぐ。

「はっっくっ」

二人目になったとき、すぐにさまざまな躾けをされた。とりわけ女性の嗜みには時間を割かれることが多く、何度も手本を見せられたくらいだ。思い返せば当初はまだ視線に冷たさのなかったリツコだが中学へ入る頃になると一変し、男女の関係についてまで語るようになる。どのような想いがあったのかまではわからないものの、やたらとゲンドウを警戒しているようだった。曰く、もし身体を求められたら絶対に断れと。性愛と呼称するのだから恋して愛したひと以外に純潔を許してはならない。肌の露出は控え、秋波を送るような態度も厳に慎むように。淫らな行為にならず貞淑さを肝に銘じろと。

「ふっくうっ」

なんのことかといまひとつ理解がおよばなかったレイだが、昼間に思い出し、いまこうしてシンジと肌を重ねると得心する。そして同時に羞恥した。昨夜も今朝も淫らではなかったか。昂奮するほど息はあがり、性感を受ければ身体は悶える。なにより声や表情は明らかに淫靡だ。他人の情事など知らないが、それでも平時に発生しないこれらを考えれば間違いない。いや、逆に他人と比べてどうなのか。声の大きさ、身体の反応、濡れる量にも個人差がありそうだ。彼はどう思っているのか知りたいのに聞けない。昨日は夢中で頭になかったが、今日こそは冷静にするべきだ。そう思うのに、抑えきれない。さきほども求めることを口にしてしまった。

「っんああっ!」

両手で口を塞いでも容易にほどけて淫声が出てしまう。唇はあっさりと開き、喘ぎが止まらない。彼の顔が腹をさがり、両手で太ももを撫でられれば息は壊れたように荒くなる。綺麗と言ってくれた肌を見せることも快感を覚えることももっとしたいのにジレンマを覚えた。その口はどこへ向かうのか。股間をじっくり見られている。指で広げられてさらに顔が熱くなった。ほかのひとと違っていたらどうしようという不安。あるいはとても淫らな状態になっているのではないかという羞恥。美しく神秘的だとの褒め言葉に大きく安堵した、つぎの瞬間だ。

「あっ、うんんっっ!!」

指先で軽く股間を押された。自分の身体にこんな強烈な部位があったのか。凄まじい快感に目が見開かれる。よかった、優しい彼はそこで終わらせてくれた。とても残念だが、太もものほうがまだ堪えられそうだ。ただ、正直に言えば早く中に欲しい。それを言ってはいけないと思うのに、股は体言してどんどん開いてしまう。性器が熱く、粘液も今朝より多く出ている。首の筋が張って呼吸は苦しく、気持ちいいのに忍耐がつらい。枕を折り曲げて顔を埋めても声は隠せないし、腕を突っ張っても肩は浮く。シーツをどんなに握り締めても胸を反らし身体は暴れてしまう。そんなとき、無情にも一番敏感と思われるさきほどの突起を舌が這うのだ。

「ひっ、あぁああっ!!! だっ、駄目っっっ!!!!」

上体は仰け反り、腰も突きあがる。全身が痙攣して頭の中はまっ白だ。必死に隠していた嬌声はたやすく放たれ圧倒的な快感に天地を失ったような錯覚さえ覚えた。昨夜もあった激しい感覚。あまりにも鋭すぎて声まで配慮がおよばない。十数秒の痙攣のあとに訪れる安堵とも開放ともつかない吐息を予感してても塞ぐ手の存在さえ忘れてしまう。

そんな彼女の内心を知らないシンジは、絶頂後の激しい吐息を耳にして少し疑問を覚えていた。営みを始めてからいまの瞬間までどうにも昨夜と様子が違う。痛みがあってはいけないと口でさまざまな前戯を施したが喘ぎや顔がとても苦しそうだ。いまひとつだったのかと思って初めてのクンニリングスに挑戦すればこちらは感度良好なようである。肩と顔が左右に激しく振られていたし、両脚や両手、腰も暴れていた。たぶん達したものと思われるがどうにもはっきりとしない。想定していたよりもかなり早かったから、もしかして演技でもしているのではないかと不安になってしまう。

「綾波……平気?」

びくびくとした震えが治まり荒い息をつくレイへ、股間から顔をあげて尋ねる。手探りながらそれなりにできたと思いたい。彼女の上体がベッドの端まで移動しており、枕は床へ落ちていた。シーツも捲れ下のマットが半分近く見えている。擽感(りゃくかん)と気持ちよさが混ざって悶えていたのかもしれない。目の前で開花して水音を鳴らす性器を見ると苺色に染まっていた。膣口は痛いだろうからと陰核を舐めまわしたがどうだったのか。愛液とおぼしき粘液は会陰に太く透明な川を作り、いまだ収縮する肛門を伝ってシーツまで垂れている。昨夜は暗くてそこまでよくわからなかったが自分の唾液が混ざったにしては量が多い気がした。ビデオの女性より遥かに潤沢で、流血しているとさえ見える。それでも臭いや味はまったくしないから単に濡れやすいだけなのかもしれない。とても嬉しい限りだ。

「平……気。でも……ごめんなさい……」
「えっ? どうして?」
「淫らに……なってしまったわ」
「もしかして、声とか我慢してたの?」
「う……ん……」

涙を流しながら顔を逸らしたレイが小さく頷く。いじらしい声としぐさに感動を覚えた。裸体を見られても堂々としていた彼女がこんなにも恥じらって可愛い。どうやら性技は間違ってなかったようだと知って笑みが浮かぶ。そうなるとさらなる自信を求めたくなるのは当然だ。表情がもっと見たくて体勢を変えると正面から語りかける。

「気持ちよかった?」
「ええ……とても……」
「逝けた……かな?」
「行く?」
「うん。うまく言えないけど……」

絶頂を表現するのは困難だ。リンゴの味はなにかと問われても難しい。甘い、酸っぱい、リンゴの味。そうとしか言えないだろう。手淫を覚えたのは一年くらい前だが、ハウツー本によると男女では快感曲線なるものまで違うらしい。ぴゅっと出して終わらず長く続くようだし男性の数倍と言われる絶頂の比喩もさまざまだ。一直線に飛ぶ、腰からぞわぞわとする、ぱっと弾ける、開放される、そして頭がまっ白になるなどだ。シンジはあらゆる語彙を総動員してそれらを伝えると、レイは二度頷いて納得したようだ。

「昨日もあったわ」
「やっぱりそうなんだ……じゃあ、いまも?」
「ええ。これ以上ない感覚、間違いないと思う」

なるほどと得心する。この涙は絶頂と関連性があるようだ。昨夜も事後に彼女は言っていたがどうやら痛みやつらさではないとわかって笑みが漏れた。哀しみとは違う跡を親指でそっとぬぐう。

「よかった。安心したよ」
「でも、いいの? 淫らではないの?」
「そんなことないよ。だって、裸になるってそういうことだと思うから。僕しか知らないきみがいて、きみしか知らない僕がいる。だから、もしして欲しいこととかあったら言ってもらえると嬉しい、かな……」

耳まで赤く染めたレイは一度口を結んでから小さく頷く。潤んだ瞳がちらちらと窺うように向けられ、しばらく表情をまごつかせると背中に強く手をまわして引き寄せる。顔を見られたくないのか、言いづらいのか。肩口に埋めた彼の耳に熱っぽく彼女は言った。

「中に、欲しい……また逝きたい」
「無理してない? 痛いの怖いから……」
「平気。どんなに痛くてもあなたと繋がりたいから……それに、中が落ち着かないもの」

ここまで言われてためらう理由はないだろう。シンジは肩から顔を起こすと額に汗を滲ませたレイへ微笑む。彼女は困ったような、照れたような絶妙な面持ちで最後に微笑んだ。ただ、挿入するとすぐに射精してしまう可能性がある。好評なようだしもう少し彼女の反応を見てみたい。今度は隠さない、本当の姿だ。

「うん。でも、もう一度あそこ舐めてみてもいい?」
「えっ……あ、の……碇くん?」
「もう我慢しないでね?」
「でも……そこはっ……あっ……」

羞恥しつつも期待があるのだろうとシンジは思った。それを証拠に顔をさげてゆくにつれ両手で口を覆ったレイは呼吸を荒くしている。鳩尾(みぞおち)や脇腹を唇で撫でるだけで腹部の波は大きくなった。見あげれば頬を染めた彼女と目があう。さきほどはなにをしたのか、これからどんなことをするのかと気になるようだ。そんな期待をされれば彼の意欲もますます高まるというものである。男性とは違って射精がないのだから何回でも逝けるだろう。今度は包皮を剥いたり吸ってみたりしてもいいかもしれない。顔を左右に振るとか、両手で胸を弄るとか、バリエーションは豊富だ。

「綾波のここって剃ってるの?」
「いい、え……違うっ……あぅんんっ!」
「とてもすべすべで肌触りがいいね」
「そっうんんんっ、ああっ!!」

シンジは話しながら責めるという、レイを困らせる方法を会得した。彼女の性格を考えれば律儀に答えてくれそうだ。いきなり中心へはゆかず、周囲を丁寧にするだけでも彼女にはたまらないと知って楽しみも倍増する。胸だけでなく、どこに触れても敏感とくれば両手は止まらない。一週間か二週間くらいしたら指も入れてみようか。打てば響くレイの肢体に自信という名のサディズムが火を噴くのであった。