終わりは始まり

Written by Cooper


──サードインパクト
予想された天変地異も大災害も無く、それは回避された。
サードインパクト回避のために設立された「特務機関ネルフ」によって。
「サードインパクトによる人類解放」を謳う過激派組織のテロも、
ネルフが保有していた汎用人型決戦兵器により制圧。
その組織も殲滅された。
セカンドインパクトの悲劇は繰り返されることはなかった。

あれから10年、今は歴史の教科書にも載っている事実。






10年前、4月──
第壱中学3−A
数ヵ月前にサードインパクトは回避された。
テロの恐怖から解放された、穏やかな日々。

老教師の退屈な授業中、僕はなんとなく一人のクラスメイトを見ていた。
夏空のように青い髪、夕焼けのように赤い瞳、透き通るように白い肌。
整った顔立ちの、華奢な女の子。
綾波レイ

僕の周りの友達は言う。
──見てるだけなら最高だよな
極端に少ない言葉と、全てを拒絶するような無表情。
──あの冷たい目で見られると、ぞっとするぜ
そんな友達に、僕は密かに優越感を感じている。
おまえ達は知らないんだ

彼女は窓の外を見ている。
いや、窓際の席に座るクラスメイトを見てるんだろう。



第壱中学入学式
僕は、初めて見た女の子から目が離せなくなった。
第一印象は……青と赤

……きれい

一目惚れ? そうかも知れない。

彼女と同じクラスになり、期待を胸に授業は始まった。
しかし……美少女と言う言葉がふさわしい、整った顔立ちとは対照的な性格。
無口、無表情、無関心、……拒絶
それは、彼女の容姿のせいもあり、あっという間にクラス中、いや学校中に知れ渡った。
綾波レイ──氷の女、鉄仮面、人形……
そして誰も彼女を見なくなった。
でも、僕は見ていた。

ただ見ているだけ……


2年生になりしばらくすると、
「サードインパクトによる人類解放」を謳う過激派組織が現れた。
攻撃の標的は「特務機関ネルフ」。
ネルフに対する激しいテロが始まった。

そして、碇が転校してきた。
テロが激しくなり、惣流が転校してきた。
疎開して行く人が多い中、どうして二人は転校して来たのか?

碇と惣流はネルフの関係者だった。
……綾波も。
三人は、ネルフの汎用人型決戦兵器のパイロットだという。
テロと戦うために集められたらしい。

僕はそれ以上の詳しい話しは知らない。
だけど、碇が転校してきてから
碇を見る綾波の赤い瞳に、変化が現れた事は知っている。

困ったような、赤
不思議そうな、赤
驚いたような、赤
怒ったような、赤

いろんな赤が、その瞳に浮かんでは消えた。
「あいつらは、命をかけて戦っているんだ」同じクラスの相田が言ってた。
3人は、友達とかそういう次元を超えたところにいる。

だから……当然かもしれない

彼女が碇を見るとき、微かに瞳が微笑んでいることが多くなった。
優しい赤
今までに見たことも無い、微かな微笑。
誰も気づかない、赤い瞳の中の微笑み。

僕は知っている。
碇も、たぶん気づいてる。


数ヶ月後……そう、あれはクリスマスの日だった。
ネルフと日本政府からの、サードインパクト回避と過激派組織殲滅の発表。

繰り返されたテロの傷跡から、驚異的な速さで再建されていく街。
僕たちの中学2年は終わった。


3月──
春休みの昼下がり、偶然通りかかった公園で僕は足を止めた。
一人でベンチに座っている少女。
自然に伸びた背中、華奢な肩、夏空のような青い髪。
ノースリーブの白いワンピース。
見慣れた制服じゃないけど……綾波だ。
犬と遊ぶ小さな子供を見る、綾波の横顔は微笑んでいた。

その笑顔に誘われるように、僕は綾波のいるベンチに近づいていった。
「あ、綾波……さん」
声をかけてしまった。
自分の中では呼び捨てのクセに、本人を前にするとそうできない自分が情けない。

「……」
振り向いた赤い瞳は無表情。
まっすぐに見れなくて、うつむいてしまう。
「あ、あの……僕のこと、わかる……かな?」
何を話していいかもわからず、とりあえず今の最大の不安を口にした。

短い沈黙のあと、赤い瞳が少し微笑んだ。
「……ええ、同じクラスの人」
それだけで僕は舞い上がってしまった。
青い前髪が風に揺れている。

「あ、あの……少し、話し……してもいいかな?」
勝手に言葉が出て行く。

「……かまわないわ」
一瞬の沈黙のあと、綾波はそう言うと子供の方を見た。
思わず僕もつられて、犬と遊ぶ子供を見た。

「……座ったら」
驚いて振り向くと、赤い瞳がまた少し微笑んでいた。頭の中が真っ白になる。
「……え? ……あ、うん」
僕はおどおどと、ベンチの端に腰を下ろした。
彼女は、また子供を見ている。

予想もしていなかった展開に、僕の思考は暴走し始めた。
遠くの方で、誰かの声まで聞こえる。
──チャンスだ……自分の気持ちを伝えるんだ
でも、綾波は碇のことを……
──当たって砕けろ、後悔したくないだろ!

後悔……したくない

頭の中で何かが弾けた。
心臓の音が耳元で響いている。
綾波を見た。
子供を見る赤い瞳は、まだ微かに微笑んでいる。

ゴクリ
喉が鳴る。

「あ、綾波さん……ほんとに突然なんだけど……」
心臓が爆発しそうだ。
「こんな風に、二人だけで話しすること……たぶん、もう無いと思うから……
突然こんなこと言って、迷惑かもしれないけど……僕……」
永遠にも感じられる、一瞬の間。
「……綾波さんのことが、好きだ」
「……」
突然の告白に、驚いた瞳が深紅に輝く。
その瞳に吸い込まれそうになりながら、僕は続けた。
「入学式のときから、ずっと見てた。初めて話しかけた時から、好きだった」
僕は、そこまで言うと一息ついた。
「僕……変なやつだね。ホントごめん、突然こんなこと言って」
「……かまわないわ」
綾波は、小さな声で言うとうつむいた。
その横顔は、少し困ったような表情。

そんな綾波を見ながら、僕の心臓は平静を取り戻し、
気持ちも不思議と落ち着き始めていた。
自分の気持ちを言ってしまったから? それとも、拒絶されなかったから?

「綾波さんは……好きな人、いるの?」
困った顔の原因を聞いてみた。
きっとあいつの名前が出てくる、そう思った。
「……よくわからない」
うつむく綾波の意外な答え。
よくわからないって、好きかどうかわからないのかな……
僕は次の言葉を捜した。
「じゃあ……気になる人とか、一緒にいたいなって人は、いる?」
「……」
今度は小さくうなずく。
そうだよなあ……?
じゃあ、どうして好きな人はわからないんだ?

「一緒にいたい人……温かくなる人……」
綾波がうつむいたまま、自分から話し始めた。
こんなこと初めてだ!
僕は、ささやくような綾波の言葉に全神経を集中した。
「……好き、は気持ちいい言葉……嫌いじゃない気持ち」
何かを探るようにゆっくりと言葉を続ける。
「一緒にいたい人は、好きな人?……好きな人は、温かくなる人?
でも、すごく苦しくなる。……わからない……好きという気持ち」

本当にわからないんだ……
「碇のことは、どう思う?」
綾波が一瞬驚いたように僕を見て、またうつむく。頬が微かに赤くなっている。
「……碇くんは……温かい人。……一緒にいたい人。
でも、胸が苦しくなる……つらい」
「じゃあ……僕は? 僕のこと考えると、苦しくなりそう?」
そんなこと、いきなりわかるわけないと思いながら、それでも僕は尋ねた。
「……あなたも、たぶん温かい人。……でも、苦しくならない」
綾波は少し考えて、困ったように僕の目を見る。
かわいい……

なぜか、僕は拒絶されてない。
でも、今の綾波の純粋な心に、僕が入り込む場所は無い。
入り込みたいとも思わない。
だから、大好きな綾波のために、今の僕にできることを考える……

ほんの少しだけ……綾波の心を……
ほんの少しだけ……華奢な背中を、押してあげよう……

「……温かくなるけど、苦しくならない人は、普通の好き」
僕は綾波の揺れる瞳をしっかりと見た。
「……普通の、好き?」
小さく首をかしげる仕草に、眩暈がする。決心がくじけそうになり踏ん張る。
「そう、普通……友達とか仲間の好き」
「友達……」
「そして、苦しくなる好きは……」

僕はゆっくりと深呼吸した。
──さようなら

「……恋をしている好き」
「恋……」
赤い瞳が、ゆっくりと瞬きする。
「そう、特別な好き……愛、かも知れない」
自分の言葉に顔が熱くなる。僕はなんて恥ずかしいこと言ってるんだ!

「私……碇くんに……」
綾波が呟くのが聞こえて、僕は言葉を続ける。
「恋してる」
「恋……」
小さく言葉をかみしめた、綾波の頬が赤く染まる。
僕は確信を持って最後の言葉を言う。
「碇も……同じ」
「あ……」
綾波は気づいてないかも知れないけど、碇の態度は見てればバレバレだ。

僕を見つめる赤い瞳が潤んで、涙がこぼれた。
「これは……うれしい涙……」

僕が告白したことは、もう忘れているだろう。
それでいいと思った。

そして、初めて僕に向けられた、最高に美しい微笑みと言葉。
「ありがとう……」





4月──
第壱中学3−A
老教師の退屈な授業中、僕はなんとなく一人のクラスメイトを見ていた。
夏空のように青い髪、夕焼けのように赤い瞳、透き通るように白い肌。
そして、整った顔立ちの、華奢な女の子。
綾波レイ

彼女は窓の外を見ている。
いや、窓際の席に座る碇を見てるんだろう。

碇シンジ、
1回くらいは殴ってやろうと思ったけど、綾波が悲しむからやめた。

あれから1ヶ月。
碇との仲は進展してるんだろうか……

突然、ゆっくりと振り向いた彼女と目が合った。

少し恥ずかしそうに……綾波が微笑んだ。



まあ、いいか……








「ねえ、何見てるの?写真?」
「ああ、中学のときの友達からハガキが来たんだ」
「へーえ」
「結婚したんだって」
「えーっ、いいなあー! 私も結婚したいなー!」
「は、ははは……」

あれから10年、
綾波と二人で話しをしたのは、結局あの1回だけだった。
中学を卒業してからは、一度も会ってない。
もちろん、連絡もしていない。

久しぶりに思い出したのは、このハガキを見たから……


夏空のように青い髪、夕焼けのように赤い瞳、透き通るように白い肌。
そして、整った顔立ちの、ウェディングドレスの似合う女の子。



……結婚しました
……碇レイ


(了)



【綾波の場合】

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