Today is another day
――前編――
Written by DRA
新しい携帯電話をリツコさんから貰った。
昨夜、私が誤って浴槽に落としてしまったから。
防水加工を施していなかった私のミス。
でもアスカにも責任があると思う。
アスカは長電話が好き。
そのため私は浴室にまで持ち込む事になった。
昨夜は今までで一番通話時間が長かった。
2時間くらいだったと思う。
水没した私の携帯電話に記録されていたデータは全て消えてしまった。
リツコさんから貰った携帯電話は白を基調としたデザイン。
機能からして最新だと分かった。
電話帳を開くと1件だけ登録してある。
登録件数1件
リツコさん。
それを確認し、リビングから離れる。
リツコさんと一緒に居たいけど、仕事で疲れてるから。
休ませてあげたい。
自室に戻った私は教科書を取り出す。
葛城さん、いえ葛城先生から言われた宿題を終わらせるために。
2ページ終わったところでペンを止める。
明日、アドレスを交換しよう。
いつものように一人で登校する。
私が教室へ入るとすでにアスカとヒカリさんがいた。
二人とも楽しそうに話している。
昨日、放送していたドラマの事だった。
私はまだその話題がよく分からない。
そんな事よりアドレスを交換しなければならない。
カバンを手に持ったまま二人に近づく。
私が見えたのか、アスカがヒカリさんから視線を外す。
二人のそばまで来て、携帯電話をカバンから取り出す。
「レイ、そのケータイって新機種じゃない。リツコから買ってもらったの?」
「ええ。前のケータイは壊れてしまったから。」
「壊れたという事はデータが飛んだってことね。OK、交換しましょ。」
登録件数2件目。
アスカ。
登録を確認した後、ヒカリさんがこちらを見ている事に気がつく。
彼女は自分のケータイを持ってなにやら目を泳がせていた。
あの顔はどういう意味なのかしら?
恥ずかしい、何かを言いたいとも取れる。
しばらくして泳いでいた目が私をまっすぐ捉える。
「綾波さん。私も交換していい?」
「ええ。」
ヒカリさんとは前の携帯電話ではアドレス交換をしていなかった。
新しい絆が出来た。
登録件数3件目
ヒカリさん。
教室に相田君と鈴原君、それに碇君が入ってきた。
碇君、今日は遅刻しなかった。
でも碇君は私たちに、おはよって言って自分の席についてしまった。
授業まではまだ時間があるからこっちに来ればいいのに。
鈴原君と相田君はこっちに来たのに。
「なんや綾波。新しいケータイかいな。ワイも交換してもええか?」
「綾波、俺もいいかな。」
「わかったわ。」
登録件数4件目
鈴原君。
登録件数5件目
相田君。
バラの香りがする。
後ろを振り返ると渚君がいた。
いつもと変わらない爽やかな笑顔。
私にはとても出来そうにない。
「やあ綾波君。僕も交換してほしいな。」
「ええ。」
登録件数6件目
渚君。
あとは碇君だけ。
彼の隣は私の席。
アスカたちから離れて、席につく。
「碇君も交換して。」
「ごめん。僕、ケータイ持ってないんだ。」
「そう。」
碇君はすまなそうに笑った。
碇君はケータイ持ってない。
少し気が抜けた。
前のケータイにも碇君のアドレスは入っていない。
あの頃は学校で会えるから聞かなくてもいいと思っていた。
でも、今はあの時とは違う。
受信されるメールは大概決まっていた。
アスカやヒカリさんからは遊びの誘い。
鈴原君からはスポーツについて。
相田君からはカメラについて。
渚君からはリリンの文化について。
電話はアスカかヒカリさんからしか掛かってこない。
お気に入りの着信音はその時しか鳴らない。
この着信音を選んだ理由は碇君。
彼のDATに入っている曲を聞かせてもらって好きになったから。
アスカ、ヒカリさんからの電話は嬉しい。
でも、たまには違う人から掛かってきてほしい。
いえ、碇君に電話をされてみたい。
でも、碇君はケータイを持っていない。
碇君の自宅に掛けることは出来るが、私からは掛けたくなかった。
それから4日ほど経ったある日の放課後。
「綾波、今日いっしょに帰らない?」
「ええ。」
珍しく今日は碇君と二人で帰ることになった。
いつもは7人で帰るけど。
みんな用事があるらしく帰ってしまった。
二人でいる時間は沈黙が多い。
でもキライじゃない。
「あっ夏祭りのポスターが貼ってある。まだ早いのにね。」
「ええ、8月の初めだから。」
電柱に貼ってある夏祭りのポスター。
近くの神社で行うらしい。
また沈黙が続く。
しばらく歩いた後。
碇君から視線を感じたので、それまで前を向いていた視線を向ける。
「あっあのさ・・・僕も買ってもらったんだケータイ。」
ズボンのポケットから青いケータイを取り出す。
よく見ると私が使っている機種と同じ。
「綾波が使ってるケータイって使いやすそうだから同じ物を買ったんだ。」
「そう。」
使いやすかったからなのね。
でも碇君がケータイを持ってくれるようになったから。
同機種間での赤外線通信。
「綾波が最初だから嬉しいかな。」
少し照れたように笑う彼。
胸の奥が暖かくなってきた。
なんだか距離が縮まったような気がした。
絆が深まったような気がした。
登録件数7件目
碇君。
【後日】
最近、碇君の様子がおかしい。
自分のケータイを見ながらニヤニヤしている。
アスカは不気味がって碇君に近づかない。
一体、どうしたのかしら?
気になったがどうしようもなかった。
それから3日後、碇君に料理をご馳走してもらう事になった。
私も手伝おうと思ったけど。
綾波はお客さんだから、手伝わなくていいよ。僕の部屋にでもいて待っててくれるかな。
言われたとおり、碇君の部屋で待つ事にした。
ふと見ると青いケータイが机の上に置いてある。
料理を作るからケータイは邪魔なのね。
しばらく碇君のベッドに座って待っていた。
見てみたい。
これはいけない事だと思ったけど、私は好奇心に負けた。
メールボックスを開くと新着メールがあった。
2015/05/25
17:00
マナ
【題】 今後の予定
明日、いつもの場所で待ってるから。
時間は13時、遅れないでね。
何故か針で胸を刺されたような感覚に陥った。
マナ?
私の知らない人。
調べようと思い、今度は電話帳を開いてみた。
【マナ】と書かれたアドレス。
詳細を見てみる。
【霧島マナ】
本名しか分からなかった。
几帳面な碇君のことだから本人の特徴なども書いてあると思ったけど外れた。
他にもメールがあったのでもう一度メールボックスを開こうとした。
その時突然、ドアが開く。
エプロンをした碇君、どうやら私を呼びにきたみたい。
少し眉間にシワが寄っている。
「綾波、僕のケータイ見たの?」
「ええ。」
こういうときはウソをつけばよかったのかしら。
「だめだよ。こういうプライベートな事は見ちゃいけないよ。」
「ごめんなさい。」
.青いケータイを取り上げられた。
碇君に怒られた。
でも、落ち込んでいる場合ではない。
碇君に知らない女性の影が見えたから。
こういう感情が出来たのはリツコさん、アスカのおかげ。
「霧島マナってだれ?」
「えっ・・・・き、近所の小学生だよ。僕がいつも勉強教えてるから。」
この喋り方、表情。
碇君はウソをついている。
ウソをつかれているという事で少し悲しくなった。
隠し事はしないでほしいのに。
「そんな事より、夕食にしようよ。冷めちゃうから。」
私も悪い事をしたので、追求はせず、そのまま碇君のあとを歩く。
キッチンには碇司令とユイさんが座っていた。
碇君が料理をしている間に帰ってきたのかしら。
ユイさんは立ち上がり、そばに置いてある自分のカバンからなにやら取り出す。
「シンジ、これ。頼まれたもの買ってきたわよ。」
「ありがとう、母さん。」
碇君はユイさんから包装された長方形の箱を受け取った。
何が入っているのかしら?
なんとなく気になる。
「それと、これ見て。」
碇君の隣に座った後、テーブルの上にユイさんが写真を置いた。
それは古い旅館のようだった。
8人分の旅行チケットを取った。友人たちといってくるがいい。
碇司令が何かを言ってるようだったけど、私はその写真が気になっていた。
こういう場所が綺麗ってことなのね。
私は先ほどのメールの件をすっかり忘れるくらいその写真に魅せられた。
夕焼け空の下に口元を少し綻ばせた少年が歩く。
片手にしっかりとプリントを握り締めながら。
今日の6時間目の授業は国語だった。
新米教師で担任のミサトが受け持っている。
「今日はみんなに作文を書いてもらうわ。」
最近の一番の思い出。
配られた作文用紙の1行目に印刷されてあった。
それを見つめる窓際の少年。
最近の思い出といえば、やっぱり先週みんなでいった旅行かな。
少し目を閉じた。
頭の中にあの時の風景がよみがえる。
河川、森林、木造の旅館。
つい先週の出来事なのに何故か遠い昔のように思えた。
皐月が終わりを告げようとしているある土曜日。
僕たちは避暑地として有名な軽井沢へ1泊2日の旅行に出かけた。
宿泊地は今ではすっかり珍しくなった木造の旅館。
長い年月を過ごしてきたのだろう。
気品の風格を醸し出していた。
保護者として同行してくれたミサトさんがチェックインを済ませた。
僕、トウジ、ケンスケ、カヲル君は「牡丹の間」
アスカ、委員長、綾波、ミサトさんは「桔梗の間」
太陽が昇りきっている時間帯で休むにはまだ早いと思った僕たちは荷物を置いて、旅館を出た。
旅館から出るとミサトさんたちが玄関の外で待っていた。
「すいません、ミサトさん。僕たちのために。」
「いいのよ、気にしないでシンちゃん。」
2日前、母さんから8人分の旅行チケットを受け取った。
母さんの好意を無にしたくなかったから僕は仲の良い友人たちを誘った。
でも、僕たち子供だけで行くのは不安だったから、担任のミサトさんに保護者として同行してもらった。
少年の隣に座る蒼髪の少女も作文用紙を見ていた。
思い出。
先週の旅行。
でも私はあまり楽しくなかった。
それは一番の思い出ではないはず。
リツコさんに相談してみよう。
私はそう決めると持っていたシャーペンを置いて、窓の外を見る。
あの時もこんな良い天気だった。
「ねぇ、この辺すこし散歩してみない?」
アスカがそう言うとみんなが頷いた。
私も特に何かをやりたいとは思っていなかったのでそれに続いた。
「固まって歩くのってなんとなく味気ないじゃない。8人いるんだし、ペアにしましょ。」
固まって歩く事は味気ないことなのかしら。
なんとなく頭に浮かんだがペアということでその言葉を打ち消した。
私は碇君に静かに近づいた。
彼の隣へ。
「碇君、私と・・」
「じゃあ私、シンジと一緒。」
アスカは碇君の腕に抱きついた。
私の声を打ち消してしまうような大きな声だった。
アスカに碇君を取られた。
私のほうが先に声を掛けたのに。
「うん、いいよ。一緒に行こう。」
見ているだけで胸が痛む。
このままは嫌だったから笑っている碇君に声を掛けた。
「碇君。」
「なっなに?綾波。」
少し口調をきつくさせたせいなのだろうか、碇君はすこし驚いたような顔をした。
そのまま碇君を見続けたけど、結局何も言えなかった。彼も何も言わなかった。
「なんでもない。」
「そう?」
不思議そうな顔を浮かべる碇君。
私の声、本当に聞こえなかったのかしら。
アスカがニヤニヤしながら私にVサインをした。
少し眉をひそめた顔で返事をした。
私は渚君とペアになった。
葛城さんが勝手に決めた事。
みんなが別々の道を歩く。
「綾波君。手を繋ごうか。」
手は繋がなくても風景を見る事はできる。
私は一人、快晴の空の下を歩いた。
「別にこの時間に書き上げる必要はないわよ。あさっての参観日に間に合えばいいんだから。」
そして配られた保護者宛のプリントはシンジの手にしっかりと握られている。
「ごめんなさい、シンジ。その日は忙しいのよ。ちょっと遠くまで行かなくちゃいけないから。」
「そっか。」
母さんは来てくれないのか。
学校の行事は必ず参加してくれてたから少しショックだな。
夕食を取る前までは母さんが来てくれると思ってたから。
しかたなく向かいの母さんから視線をはずす。
その時父さんと目が合ったので、すぐに視線を外した。
「母さんが来れないなら、明日加持さんに頼むよ。」
誰に言うのでもなく目の前のハンバーグを見て言った。
いや、父さんに釘をさしたかったから言った。
父さんは絶対に呼ばない。あんな怖い顔の人が父親だと思われたくない。
父さんからの視線を感じる。
なんだよ、あんまり見てこないでよ。母さんの食事がまずくなるじゃないか。
焼け付くような視線に変わった。
暑苦しいなぁ。鬱陶しい。
それが何かを期待するかのような視線に変わるにはさして時間はかからなかった。
そんな期待するような視線をしても無駄だからね。絶対に誘わないから。
ハンバーグを食べ終わった頃、その視線を感じなくなった事に気づく。
なにかあったのかな?
ほんの少しだけ顔をあげ、父さんを見る。
父さんはサングラスを外しており、瞳から大粒の涙を無言で流していた。
視線を右に向けると母さんが黙ったままハンカチでそれを拭いていた。
その母さんもハンカチで拭きながら僕のほうをチラチラ見てくる。
やめてよ。罪悪感を覚えるじゃないか。
その事に対して僕が何も言わなかったせいなのか、母さんはハンカチをテーブルに置いた。
手を瞳に当て、父さんの肩に寄りかかる。
そんな母さんを父さんが優しく撫でている。
静かなキッチンに母さんの嗚咽が響いた。
何か言ってよ。これじゃ僕が母さんをいじめてるみたいじゃないか。
私の子育ては間違っていたの。
いや、そんなことはない。これから二人でやっていこう。シンジもきっと分かってくれる。
そんな会話が耳に入る。
イヤだ、イヤだけど。母さんを泣かしちゃいけない。
母さんの為だ。母さんの為だ。母さんの為だ。
覚悟を決めた。
「そのっ、父さん。母さんがいけなくなったから代わりに来てくれない。」
朝の授業から心ここにあらずといった状態のシンジ。
授業中はタメ息ばかり吐き、以前のレイのように空ばかり眺めている。
そのレイは未だ登校しておらず、ケンスケはまだ入院中。
昼休憩
購買へ食料を調達する生徒達。
仲の良い子たちと輪を囲む生徒達。
シンジはトウジ、カヲルと教室で食事をとることにし、アスカとヒカリは天気が良い為、屋上へ向かった。
「シンジ、どないしたんや?元気ないのう。」
「ちょっとね・・・・」
トウジ、心配してくれてありがとう。
でも朝の事を思い出すと食事ものどを通らないよ。
いつもより早く目が覚めた。
アスカは週番だから自分で起きなくちゃ。
そう考え、目覚まし時計を置いた事が役に立った。
キッチンで母さんが待ってるから行かないと。
「母さん、おはよう。」
「おはよう、シンジ。」
すでに朝食の配膳を終えた母さんがイスに座っていた。
父さん、まだ寝てるのかな?
昨日は母さんの為だとか言ったけど、よく考えたら父さんはあれでも普通の人。
顔が怖いなんて、そんなの仕方ないじゃないか。
顔が怖いくらいでクラスのみんなが引くわけ無い。
父さんに悪い事しちゃったな。
母さんを泣かせてしまったことも少し後悔してる。
ノドが渇いたので冷蔵庫にある牛乳をコップに入れて飲み始める。
「シンジ。」
低音の声に振り返る。
ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
幸い、コップを口につけていたので:撒き散らすことは免れた。
口元をティッシュで拭いた後、低い声の持ち主を再び見る。
ド派手なアロハシャツにブーメランパンツ。
お気に入りのサングラスをしている。
「明日はこれを着ていく。」
父さんは腰に手を当てて、堂々と構えていた。
よほどその姿が気に入っているのか、なにやら不気味な笑みを浮かべている。
「やめてよ、父さん!なんだよそれ、ただの変質者じゃないか。やめてよ!」
自分でも珍しく父に反抗した。
そんな格好で来られたら、これからの僕の学校生活は終わっちゃうよ。
絶対にそれだけは避けなければ。
このときばかりは父の常識を疑った。
やっぱり加持さんを誘えばよかった。
「なんだと?」
自分の姿を侮辱された事で父さんは眉を吊り上げた。
こっ怖すぎる。
あまりにも不気味な姿とドスの効いた声に膝が震える。
片手のコップも震えていた。
「あなた、よく似合っていますよ。」
必死の抗議にもかかわらずうっとりとした母さんの表情。
母さんにはカッコイイと思われたみたいだ。
「やはりユイには見る目があるな。どうやら今年の夏の男は私になりそうだな。」
上機嫌になったのか、父さんは腰に手を当て、クルッとターンをした。
母さん、どんなセンスしてんだよ。どこからどう見ても変態じゃないか。もう・・終わりだ。
自分の心が真っ白に燃え尽きるのを感じた。
何度思い出しても悲しくなる今朝の凶事。
「君がはやく元気なる事を祈っているよ。」
「うん、ゴメンね。ちょっと話せなくて。」
ありがとうカヲル君。君がそういってくれるだけで救われるよ。
精神的に少し楽になり、弁当を食べ始めた。
3人とも食事を終えて、弁当を片付け始めた時、教室のドアが開いた。
入ってきたのは俯き加減の蒼い髪の女の子。
それを確認したシンジはレイに近寄る。
「綾波、今日は遅かったね。どうしたの?」
ちょうど教壇の中央で顔を合わせた二人。
ゆっくりと顔を上げた綾波は、僕が今まで見たことが無いような可愛らしい笑顔を見せた。
「シン君。こんにちは。」
甘えるような声色。
教室が凍った。
時間が止まった。
「あっあっ・・・・・あやや、あやなみ?どっ・・・どどうしたの?」
シン君って誰だ。
シン君って誰だ。
シン君って・・・・僕の事?
それより本当に綾波なの?
さっきの声マナにすごく似てたけど。
マナはクラスが違うし。
まさか四人目・・・・そんなわけ無いじゃないか。僕はなんてバカな事を。
少し失礼な事を考えてしまった。
「べっつに〜、それよりも最近シン君って私にちょっと冷たいよねぇ。」
口を少し尖らせ、どことなく拗ねた感じに見える。
「どうしたの綾波、頭でも打ったの?」
どうにかなってしまった綾波の肩を思いっきり掴み揺らした。
きっと登校中に電柱にでも頭をぶつけたんだ。
綾波ってしっかりしてるけど意外と抜けてるから。
「あっ・・・・あんまり強く掴まないで。壊れちゃう。」
か、可愛すぎる。
僕のほうがどうにかなってしまいそうになった。
ダ、ダメだ。頭がクラクラして立っていられない。
落ち着かなきゃダメだ。落ち着かなきゃ。
こんなところで倒れたら綾波におかしく思われる。
「ねぇ私のお願い・・・・聞いてくれる?」
綾波の顔が近づいた。
その柔らかい唇から甘い吐息が流れてくる。
可愛すぎる。そんな顔にイヤなんて言える訳無いよ。
「あ・・・あの・・・・・お願いって?」
「今日だけ私のこと・・レイって呼んで。」
トロンとした甘い瞳。
リップクリームを塗っているのだろうか、艶のある唇。
理性が吹き飛びそうなのを必死に堪える。
「えっ・・いやあの・・・」
予想をことごとく裏切る展開に思わず否定的な発言をしてしまう。
その瞬間、先ほどまで笑っていた綾波の表情に影ができ、俯いてしまった。
「そっか・・・そうだよね。こんな私なんて名前で呼びたくなんかないよね。」
うわーーー。しまった。綾波を泣かせちゃったよ。
違うんだよ、綾波。
ただちょっとレイって呼ぶのは抵抗があって。
ほらずっと綾波って呼んでたから。
だからって名前で呼びたくなんかないって訳じゃないよ。
君があまりにもまぶし過ぎて・・・・ってこんな事考えるなんて僕のキャラじゃないよ。
「そ、そんな事ないよ。」
先ほどの考えなんて言えるはずも無く、とりあえず否定する。
綾波の顔が少し上がった。
「・・・・・ホント?」
「う・・うん。」
絶妙な顔の角度と上目遣い、少し潤んだ瞳。
人差し指を自分の唇に当てている。
ど、どうしたんだーー。綾波がいつも以上に可愛く見える。
いっいや、いつも綾波は可愛いけど。
じゃなくて一体どうなってるんだーーーー。
全く出口が見えないメビウスの輪のようなループに陥った。
「よかったぁ。」
機嫌がなおったのか再び可愛らしく笑う。
なんだかひどく疲れてしまいため息が出た。
スズメの鳴き声がベランダから聞こえてくる。
ゲンドウは新聞を片手に食事を取る。
シンジとユイは黙ったまま食事を口にする。
綾波、昨日は可愛かったな。
あの後、デートしてくれなんて言われてちょっと焦ったけど。
まぁ結果的にはデートして良かった。
でも、そんな甘い幻想に浸っている場合じゃない。
向かい合って座っている父さんを見てまたタメ息が出る。
昨日の不気味な服装に身を包んでいるから。
でも、昨日と違うところがある。
悪い意味で違うけど。
サングラスがゴーグルに変わっていた。
海にでも行くつもりなの?
3人とも食事を終え、ユイが後片付けをする。
昨夜ようやく書き上げた作文をカバンに入れシンジは自室から出る。
昨日の朝と同じ表情をしたシンジを呼び止める声。
「1時間目が参観日だったな。シンジ。」
「そうだけど。」
ゲンドウが黒いカバンを手に持ち、玄関にいるシンジへ近づく。
普段ゲンドウが履いている革靴がなく、代わりにオレンジ色のサンダルが置いてある。
「このまま一緒に行くぞ。」
「やだよ!」
教室内だけで父親の醜態を見るのであれば1000歩下がってようやく許せる。
しかし、こんな快晴の空の下を、公衆の面前を、この父親、いやどこからどうみても単なる変態と歩くということは絶対無理。
なに、考えてるんだよ父さん。そんなことしたら明日から表を歩けないじゃないか。
母さん、助けてよ。
僕の心の叫びを感じ取ったのかパタパタと音を立てながら母さんが玄関にやってきた。
母さん、僕を救ってくれるんだね。
やっぱり僕の味方は母さんだけだよ。
「あなた、シンジ。二人揃っていってらっしゃい。」
無情、あまりにも無情。
このとき、現実というものを知った。
普段なら愛らしい母の笑顔。
今は悪魔の笑顔に見えた。
「ふっユイ、では行ってくる。」
「やだよーー。やめてよ!父さん、やめてーーー。母さん助けてよーー。アスカ、綾波、ミサトさん。」
喚きながら母さんにしがみ付いたけど、父さんは眉一つ動かさず強引にマンションから僕を連れ出した。
「シンジ、どうした?嬉しくないのか。」
僕と手をつなげた事が嬉しいのか、にやけている父さん。
そんな父さんとは対照的に僕の顔は血の気が引いていた。
「あたりまえだよ!なんだよ、父さんいまさら。僕が何をしたっていうのさ。」
もう自分でも何を言ってるのかわからないよ。
大体、僕がこうなったのも全部父さんのせいだからね。
心の中で激しく父に八つ当たりをする。
そんな二人の間に入ってくる部外者。
「君、ここは海水浴場じゃない。何故そんな格好をしている?」
「ふっ問題ない。」
自己陶酔中の父親を見て、タメ息がもれる。
問題ないわけないよ。
現にこの人、僕たちの事を見て怪しんでるじゃないか。
「ご同行願おうか。」
「なっ何をする?離せ。」
このチャンスを逃したらダメだ。
僕は父さんとつないでいた手を外し、一気に駆け出した。
たぶんその時の速さはアスカの全力疾走を抜いていたと思う。
「ま、待てシンジ。裏切るのか。」
遠くから父親の助けを求める声が聞こえた。
ゴメン、父さん。そんな父さんとは一緒に歩けないよ。
父さんが警察の厄介になっているうちに、参観日がスタートした。
よかった、父さんが捕まって・・・じゃなくて来れなくなって。
あんな姿で来られたら変態の息子ってレッテルを貼られちゃうよ。
「それじゃ、みんな。始めるわよ。発表したい人は手を挙げてね。」
ミサトさんが言い切る前にたくさんの手が上がった。
その中でも一番早かったのはアスカだった。
やっぱりお母さんが来てるからなのかな。
ちょっと後ろを振り返るとキョウコさんが見えた。
「2年A組 惣流・アスカ・ラングレー。私の思い出はシンジと一緒にやった卓球のダブルスです。」
軽井沢の自然を思いっきり楽しんだ私たちは旅館に置いてある卓球台の前にいた。
温泉といったら卓球でしょ。
ミサトの言葉で卓球をすることにした。
ちょうど体育で卓球を習っていたから、いい運動になると思ったけど、卓球台は3つしかなかった。
「ダブルスでいいんじゃないかな。ほらちょうど8人いるしさ。」
確かにそれなら卓球台2つで足りる。全員、シンジの意見に賛同した。
「じゃあアタシ、シンジと一緒。」
シンジの腕を掴み、自分がシンジのペアだということを認識させる。
その後、籠からラケットを2つ取り出し再びシンジの隣へ。
「アスカと一緒か。」
「別に良いでしょ。」
お願い、イヤなんていわないで。
「うん。」
よかった。
さっきのシンジの声。
イヤだったらあんな声しないから。
レイ、これで一歩リードね。
勝者の笑みをレイに向けて浮かべる。
レイはさっきの散歩をする前のような顔をしてたけど。
「それじゃ、鈴原君は洞木さんと、渚君は相田君とでいいでしょ。レイは私とね。」
ミサトの振り分けで、みんなが自分に適したラケットを持った。
「それじゃ最初は、私とシンちゃんペアで、鈴原君と渚君ペアでいいわね。」
「シンジ、足引っ張らないでよね。」
「頑張ってみるよ。」
こうやってシンジを隣で感じられる。
なんだか胸がドキドキしてきた。
私の鼓動、聞こえてないのかしら。
ほどなくして試合が始まった。
「シンジ、お願い。」
「まかせて。」
シンジは相手のミスを誘い、私は果敢に攻めた。
「「やった。」」
得点が入り、パンっとシンジと手を軽く叩く。
シンジとこうしているだけでも嬉しい。
でも、それだけじゃ満足しないわ。
試合はまだ続く。
シンジが放ったスマッシュは予想以上に威力があり、台に叩きつけられてもなお、その威力は落ちない。体勢が悪く、打ち返すことができないレイに高速回転したボールが額に当る。
「あぅ・・・」
レイが額を押さえたので、シンジが心配そうな顔をした。
「シンジ、ナイス!」
「えっ、あ、ありがとアスカ。」
レイ。シンジに助けを求めようとしてもムダだからね。
絶対にシンジは渡さないから。
だってこんな気持ちになったのはシンジが初めて。
加持さんとは違う。
レイには負けられない。
ラケットを握る力が少し強くなった。
「それで、私とシンジは試合に勝つことが出来ました。」
あの時は本当に楽しかったな、けっこう疲れたけど。
そう言えばあの卓球の後、本当に怖かったよな。
あれの怖さは肝試しなんか目じゃなかった。
誰も座っていないケンスケの席を見つめる。
気持ちのいい汗をかいた僕らは、この旅館自慢の露天風呂へ行くことにした。
旅館から離れた場所に作られた露天風呂。ここからは軽井沢の自然が一望できた。
どこからか虫たちの声が聞こえてくる。
空には神々しい輝きを放つ月が顔を出していた。
「ふぅー。運動したあとのお風呂って気持ちが良いね。」
「そやな、シンジ。」
トウジと一緒に湯船に浸かる。
すぐ近くではカヲル君が身体を洗っている。
その近くでケンスケが何やら女性用と男性用の露天風呂の敷居で不審な動きをしている。
「なにやってるの?ケンスケ。」
なんとなく想像はできた。
「ふっ愚問だな、碇。なにって撮影だよ。」
ケンスケのメガネが怪しく光った。
ケンスケらしいっていうか。
温泉に浸かって疲れがとれた身体にまた別の疲れがたまる。
しばらくしてからケンスケは敷居の傍に桶を積み重ね始めた。
「やめなよ、ケンスケ。ばれたらアスカに殺られちゃうよ。」
さすがにやばいと思ったからケンスケの奇行をとめる事にした。
「碇、男には退けないときもあるんだ。」
漢や、オマエはホンマの漢や。
トウジは泣きながらケンスケを褒めていた。
ケンスケは防水加工を施したカメラを片手に桶を登った。
3メートルほどある敷居の頂上にカメラを設置して、そのまま待機する。
そこへ何も知らないカヲル君が興味深そうにタワー状の桶に近づいた。
「おやシンジ君。これはジェンガじゃないか。そうかい僕と遊びたいんだね。」
「えっ?あ、いやこれは・・・」
どうやらカヲル君には覗きの道具として作られたものがジェンガに見えたらしい。
「それじゃ僕からやらせてもらうよ。」
いつもの爽やかな笑顔のまま、桶を一つ引き抜いた。
崩れ去るタワー。
頂上の少年が禁断の敷居を越える。
僕は十字を切った。
一瞬の静寂。
光の壁がーーーーーーーグハァァァアアアァァァァッギャアァァァァァアアア
断末魔が静寂を壊す。
聞いてはならない背筋の凍る破壊音が響き渡る。
近づいてくる救急車のサイレンの音。
時間にして20分。
再び、辺りに静寂が戻った。
ケンスケは全身複雑骨折で全治2ヶ月の重傷を負った。
あの光の壁って絶対アスカだよね。
どうやってATフィールドを展開したのか分からないけど。
でも怒ると怖いけど、アスカって可愛いところもあるんだっけ。
たしか宴会が少し湿っぽくなった時。
露天風呂から上がった僕たちは宴会場で食事をとることにした。
最初は楽しくやってたけど、途中でトウジ、委員長が抜けてから、しんみりとしてしまった。
そんな雰囲気を打開したのはアスカだった。
「ちょっとなに湿っぽくしてんのよ。もっと楽しくやりましょうよ。」
アスカはこういう雰囲気は苦手みたいだ。
無理やりとも言える笑顔を作り、そばにおいてあったジョッキを飲み干した。
「うっ・・・・」
浴衣で覆われていない素肌が赤く染まり、そのまま畳の上に倒れる。
アスカ・・・・お酒弱いのに無理しないでよ。
同居時代にアスカが酒に弱い事をしっており、ため息が出た。
「シンちゃん、アスカを部屋まで頼むわね。」
なんだかニヤニヤしながらミサトさんが僕に頼んでくる。
またミサトさんにからかわれる様な気がする。
しかし、放っておくわけにもいかない。
「わかりました・・・・・ほらっアスカ、起きて。」
優しく肩を揺らす。
なんの反応も無いアスカ。
意識があるのかさえ分からない。
再度揺らしてみる。
「ぅん・・・・・・シンジ・・・・・・」
色っぽい声にちょっと驚く。
か、可愛い。
抱きついてしまいたい衝動に駆られたが、出来なかった。
この冷めた視線は・・・・・・・・。
慌てて周囲を見る。
ミサトさんはビールを飲みながらニヤニヤしている。
カヲル君は赤ワインを手に持ち、それを鑑賞している。
綾波は・・・・あっ・・・僕のほう見てる。
き、気のせいだよね。
ちょっと綾波の目が怖いけど。
揺らしてみても起きる気配が無いと判断した。
背負って部屋まで連れて行こうと試みるが、この状態で背負うのは危険。
途中でアスカを落としてしまって、それで覚醒したアスカはきっと怒るだろうな。
抱っこで運ぶしかないな。
腕に力を入れてアスカを持ち上げる。
あれ、意外と軽いや。
でもこの抱き方って、お姫様抱っこ?
なんだかちょっと恥ずかしいな。
アスカと同じくらい頬が赤くなったことに気付く。
腕の中の少女は素肌を紅く染め飛び切り可愛かったから。
しかし、そんな甘い幻想に浸ることは出来なかった。
うっ・・・・・この突き刺さるような視線・・・・いや先ほどの視線が強化されている。
誰がこの視線を送っているのかは痛いほどわかった。
僕はアスカを部屋まで連れて行くだけなんだ。
そう自分に言い聞かせ、その視線を無視する。
「それじゃミサトさん。アスカを部屋まで運んでいきますね。」
持ち前のはにかんだ笑顔を見せる。
それは若干、引きつっていた。
今まで流れるように発表していたアスカ。
それが少しずつ鈍り、頬染めている。
「それで酔った私をシンジが部屋まで運んでくれて。そっそれで・・・その後。」
「アスカーー。なっ何を言ってるんだよ。あれはしかたなかったんだよ。」
とんでもないことを口走ったので慌てて席を立った。
本当にあれはしかたなかったんだ。
一瞬で好奇の視線にさらされた。
「ごめんねシンジ変なこと言って・・・・・・でもあの時はありがと。」
「あっ・・・うん別にいいよ。」
よかった、アスカが分かってくれて。
安心して席に着いた。
「今度はもっと優しくしてよね。」
恥ずかしそうにウインクをするアスカ。
普段の僕なら可愛いと思えるアスカの仕草だったけど、今は違う。
教室中から恐ろしいほどの視線を受ける。
嫉妬、失望、殺気。
対する僕はそれらとは異なる視線を返す。
焦燥、否定、恐怖。
「碇、貴様・・・・そこまで堕ちたか。」
「惣流を傷物にした貴様の罪は重い」
「碇君、不潔・・・・不潔よ。」
「ご、誤解だよ。みんな。」
慌てて否定しつつアスカを見るとどことなく楽しそうだった。
もしかしてアスカ、わざと言ったの?
いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。
みんな完全に誤解しちゃってるよ。
頭を抱えたい衝動に駆られたが、背後ですすり泣く声に振り返る。
見ると、綾波が瞳からあふれ出そうなほど涙を浮かべていた。
「あっ・・・綾波・・・あのねこれには・・・・・」
「言い訳なんて・・・・聞きたくない。」
ハンマーで体を砕かれたかのような感覚に陥った。
綾波に嫌われるなんて。
僕はどうしたらいいんだ。
しかし、嫌われるだけならばマシと後で後悔した。
「私の気持ちをからかったのね・・・・・・昨日のことはウソだったの?」
アスカと違い、レイは冗談というものをあまり知らない。
その事を熟知しているクラスメートたち。
しかし、レイにしてみればアスカに対抗するためについた冗談。
悲しい事にこの状況では冗談に聞こえない。
クラスメート、特に男子の瞳が妖しく輝いた。
「碇・・・・言い遺す事はあるか。」
「貴様には死すら生ぬるい。」
「清楚で可憐な綾波を・・・・・貴様という男は。」
「碇君、女の子を泣かせるなんて・・・・サイテーよ。」
「シンジ、レイになにをしたのかしら?あとで顔貸しなさいよ。」
なんでこうなるんだ。しかも委員長、アスカまで。
こうなったら綾波の誤解を解いてみんなを説得してもらうしかない。
碇君、困ってる。
さっきのは冗談というものではないのかしら。
そんな事より昨日は本当に楽しかったと思う。
放課後、私たちは繁華街へ出かけた。
アスカはヒカリさんと用事があるらしく授業が終わった後すぐに帰ってしまった。
碇君と並んで歩いている時、ふと昨日リツコさんとの会話がよみがえる。
二人で夕食を取っていた時のことだった。
「私、思い出がありません。」
「それなら作ればいいじゃない。」
「思い出を作る?」
「そうよ、例えばシンジ君をデートに誘ってみたりとか。」
その後、先週の旅行のことが思い出された。
あの宴会終了後、葛城さんと布団をくっつけて話していたとき。
「レイのように物静かで可憐な女の子っていうのもいいかもしれないけど、たまにはアスカみたいに活発な子になったほうがいいわ。男の子はそういうギャップに弱いんだから。」
デート、それと活発な女の子。
リツコさんから女性雑誌を貰って、自室に戻る。
ページをめくる。
【言葉に感情をこめる】
私の声は無機質とよく言われる。
どうやれば感情がこもるのかしら。
少し声色を変えてみた。
なんとなく裏声のようになった。
とりえあえず声はこれでいいと思う。
ページをめくる。
【とびきりの笑顔】
笑顔。
碇君と渚君がよくやってる。
私もできた記憶がある。
手鏡を見ながら、表情を変えてみる。
上手くいかない。
どうしてかしら。
何度やっても上手くいかない。
そういえば碇君と一緒に居る時は心が温かい。
碇君のことを考えながら、表情を変えてみる。
あっ笑えた。
ページをめくる。
【夏のファッション】
服装の事かしら。
そういえば制服しか持ってないわ。
明日、買いに行こう。
女性雑誌の内容を吸収し終わった後、何気なくテレビをつけてみた。
深夜アニメが放送されていた。
タイトルは【勝負師伝説シュウイチ〜ジゴロと呼ばれた男】
気弱な少年と活発な女の子が麻雀を通して愛を育むちょっとエッチなラブコメ。
結局、明け方まで見続けていたので寝坊してしまい遅刻した。
私たちは繁華街で一番大きなデパートに入る。
「綾波は何が欲しいの?」
碇君、約束はちゃんと守って。
ちょっと怖い顔をしてしまったのか、碇君は怯えてしまった。
「ゴメン。レイは何が欲しいの?」
「私、新しい洋服が欲しいんだけど、いい?」
女性用の洋服売り場で色々と試着してみる。
なんだかどれも私には似合っていないと思う。
碇君もそう思っているのか、私の姿を見て首をかしげている。
ふと目に留まった白いワンピースを着てみる。
これはどうかしら。
「すっごく似合ってるよ。」
よかった、似合うって言ってくれた。
体温が上昇するのが分かった。
「清算するから、待ってて。」
ワンピースを脱ぎ、そのままレジに向かった。
清算を済ませた後、碇君の姿が見えないことが分かる。
どこにいってしまったの。
少し、探しながら歩く。
碇君は男性用の洋服売り場に居た。
服を手にとって見ている。
「どうしたの?シン君。」
「なんでもないよ、あっそれより綾・・・じゃなかったレイ。これ僕からのプレゼントなんだけど。」
渡されたのはアンティーク調のレトロな白色のかんざし。
百合の花が特徴的だった。
かんざしは和服のときに髪につけるもの。
洋服に合うのかしら。
でもそんなことはどうでもいい。
碇君はこのデパートでは何も買っていない。
そう考えると前もって準備されたもの。
私のために準備してくれたのね。
嬉しい。大切にする。
「ありがとう。」
「よかった。あっちょっと僕トイレに言ってくるから。」
碇君が持っていた洋服を見る。
そういえば明日だった。
これ買っていこう。
私は碇君が眺めていた洋服を持って再度レジに向かった。
綾波、昨日のことってデートのことだよね。
僕は何もしてないじゃないか。いやプレゼントは渡したけど。
お願いだからみんなの誤解を解いてよ。
耳元でささやいたけど、綾波は頬を膨らませプイッと窓の外を見てしまった。
綾波、お願いだから。僕を助けてよ。
このままじゃケンスケと同じ病院送りに、いや下手したら白装束で綾波に会う事になるよ。
それなら・・・・・。
綾波に耳打ちされた。
「えっ・・・そっそれはちょっと・・・・・」
後ろが気になり、振り返ってみる。
憮然とした表情で立っているアスカ。
なにやってんのよ、シンジ!レイなんかに耳元でささやいて。
やっぱり昨日何かあったのね。絶対、殴る。
実際声に出してはいないが、そう聞こえてくる。
先ほどまで菩薩のようにほほえましい表情だったアスカが般若に変わっていた。
生き地獄だ。
そんな事を思ってもこの状況は変わらない。
再び綾波に視線を戻すと、瞳からまた涙が零れ落ちそうだった。
「わっわかったよ。じゃあ今週の土曜日は空けとくから。」
アスカは怖いけど、こんな状態が続いたら僕が倒れちゃうよ。
アスカとの約束は日曜日に回そう。
この状況を打開するため綾波の提案を受けた。
どことなく嬉しそうに笑った綾波はアスカのほうを向いた。
「さっきのは冗談。だから碇君を許してあげて。」
「冗談?なぁんだ、レイも冗談言うようになったんだ。」
アスカは笑って席に着いた。
こんな事思ったら悪いけど、アスカって意外と単純なんだな。
綾波の活躍で死地から解放された。
本当に助かったよ。
それから時が流れ、クラスメートの大半は発表を終えた。
「さぁみんな、どんどん発表しちゃってね。」
僕は・・別にいいや。早く終わんないかな。
疲れる事が連続し,それらが全て解決したので、急に眠気が襲ってきた。
ポカポカして気持ちいいし寝ちゃおっかな。
因果応報
授業中に惰眠をむさぼる不届きな生徒にはふさわしい罰が下される。
ゆっくりと、保護者側にある教室のドアが開いて、颯爽と一人の男が入ってくる。
ド派手なアロハシャツにブーメランパンツ、オレンジ色のサンダル。そして黒いカバン。
うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ
使徒と戦闘した時など比較にもならないほどの叫びを心の中で。
そのまま机に突っ伏し、手で耳をふさいだ。
男は黒板の文字を見た。
【作文を発表したい人は手を挙げて】
男の口元が歪んだ。
「シンジ!何をしている。早く手を挙げろ。」
クラスメートの視線が一斉にシンジに向けられる。
そしてどこからともなく聞こえてくる声。
うわぁ。
その声と視線に僕は泣きそうになった。
「はい、シンちゃん。お父さんからのご指名よ。さっ読んじゃって。」
異様な空気が漂う教室。
話し声すら聞こえない。
やめてよー、やめてよミサトさん。こんな空気で読めるわけ無いよ。
必死に目で訴えるが、ミサトさんはニコニコ笑うだけだった。
存在するかどうかも疑わしい神を恨みながらゆっくりと立ちあがる。
「シンジ、ユイを連れてきた。」
えっ母さんが?でも今日は忙しいって言ってたし。もしかしたら僕のために。
淡い期待を込め、後ろを振り返った。
母さんは父さんの腕の中で優しく微笑んでいた。
「何やってんだよ、父さん!母さんはまだ死んじゃいないだろ。」
少しでも期待した僕がバカだったよ。
心の中で涙を流したつもりだったけど、あまりの事に本当に涙が出てきた。
これは涙。泣いているのは、僕?
自分が自分じゃなくなってきた感覚に襲われた。
たぶん、アスカが受けた精神攻撃っていうのはこのくらい強烈だったんだ。
そんな事を考え少し現実逃避をしていた。
碇、あんな変態と一緒に暮らしているのか。哀れ。
僕の家族構成を全く知らないクラスメートたちからの冷めた反応で正気に戻る。
「誤解だーーーー。誤解なんだよ、みんな。母さんはまだ死んでないんだーーー。そ、それに父さんも家では少しだけマトモなんだよ。」
なおも向けられる冷めた視線。
もっもう・・・・いいよ。
クラスメートの誤解は解けないと判断した。
「これはキョウコ君に赤木博士、おいででしたか。」
僕が喚き終わった後に父さんはリツコさんとキョウコさんを発見したのか、声を掛けた。
今度はアスカと綾波に視線が集中する。
アスカ、綾波。ごめん、僕が父さんを参観日になんか呼ばなければ二人をつらい目に合わせることも無かったのに。
二人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「「失礼ですが、どちら様でしょうか。」」
やっぱり、リツコさん達もあれが知り合いなんて思われたくないんだ。
なんだ僕だけじゃなかったのか。
完璧なユニゾンに感心した。
「シンジ、キョウコ君と赤木博士がきているが、なにやら様子がおかしいぞ。」
なに言ってるんだよ。
裸の王様なの?父さんは。
自分が原因だとは塵ほども感じていない父さん。
声に出して言いたかったけど、マナーモードのケータイにメールが届いた。
誰にも分からないようにこっそりと見るとアスカからだった。
【シンジ、うまく誤魔化して。お願い♪】
アスカを見ると懇願というより、脅しにしか見えない顔をしていた。
ずるいよ、アスカ。僕だけこんな目にあわせるなんて。
どうやって誤魔化せっていうんだよ。
今でもネルフで一緒に仕事している3人なんだよ。
そりゃアスカや綾波に迷惑掛けたけど、何で僕だけこんな不幸を味わうのさ。
口に出しても構わなかったが、アスカの視線があまりにも怖かった。
「あっ、あのさ、綾波とアスカの保護者の方だけど、たぶん父さんとは面識がないとおもうよ。僕、父さんの人間関係くらい知ってるからさ。」
うっ・・・・言ってて虚しい。
リツコさんとキョウコさんが小さく親指を立てているのが見える。
その言葉に釈然としないような父さんは憮然とした表情を浮かべた。
「まぁいい。それより何をしている。さっさと読め。」
「ひどいよ父さん。聞いておいてなんだよ、その態度は。」
「下らぬ事で駄々をこねるな。」
「わかったよ。」
自暴自棄になりながらも丁寧に席から立つ。
「2年A組 碇シンジ。僕の思い出は先週みんなで行った旅行での宴会でした。
僕はアスカ・・」
続きを読もうとした時予鈴が鳴った。
「ゴメンねシンちゃん。これで授業終わります。洞木さん挨拶おねがい。」
起立
礼。
ぞろぞろと帰っていく保護者たち。
帰り際、ゴーグルを少し上げ僕のほうを睨む父さん。
「シンジ、お前には失望した。」
お決まりのセリフを残して。
作文用紙を持ったまま固まる。
ふっこれでみんなが僕を見る目が変わった。
父さんのせいだ。
終わったよ、何もかも。
明日から別のクラスで友達を作らなくちゃ。
僕に出来るかな?なんだか心配だよ。
マナに助けてもらおうかな。
無気力な体を静かにイスへ落とす。
そのまま机に突っ伏す。
やっぱり僕が父さんを誘わなければ。
父さんさえ来なければ。
母さんに用事が無ければ。
不意に誰かが自分の頭を撫でていることに気付く。
誰だろう?この暖かい手は。
綾波なのか?
綾波、なんて優しいんだ。
その手の温もりに壊れた心が癒されていく。
「碇君も将来ああいう風になるの?」
綾波の言葉を反すうする。
ああいう風?
父さんの事?
父さんの事。
父さんの事かーーーー。
「ちっくしょーーーーーーー。誰か僕に優しくしてよーー。」
今日は午前だけの授業だったけど、僕は居たたまれなくなり学校を飛び出した。
「まったくあのバカは。それよりも今日は分かってるわよね。」
「うん、でも碇君、大丈夫かしら。なんだか自暴自棄になってたみたいだけど。」
ヒカリには悪いけど、やっぱりヒカリにも原因があると思う。
まぁ私にもなんだけどね。
「碇君、どうして私から逃げるの?」
シンジの行動を理解できないのかレイは首をかしげている。
トドメをさしたのはアンタなのよ、もうちょっと自覚しなさいよ。
なんにせよ一番の原因はあの父親だけど。
「あとの2人は今日のこと大丈夫なんでしょうね、ヒカリ。」
「うん、鈴原と渚君には了解を取ってあるから。」
アタシはケータイを取り出し加持さんにメールを送った。
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