新市街の改札口のような場所の出入り口辺り。
そこに一人の少年が居た。凛とした顔立ちですらりと背が高く、どこか中性的な顔立ち。
髪はダ―クブラウン。短く切りそろえてあり、ボサボサ。凄く暑いのに学ランを着ていて
第2ボタンまで開けている。
瞳の色は漆黒に見え、それでいて奥には深緑が輝いていた。
そこで寝転がりながらその少年は空を見上げていた。
透き通るほど白い雲、爽快なまでの蒼い空の下・・・少年は死を覚悟していた。
(ココは・・・何処だろう・・・ボクは、何でココに居るんだろう・・・
もういいや、眼をつぶろう。モウどうにでもしてくれ・・・・。
やっぱ、もっかいだけ見とこっかな・・・空・・・空見てると思い出すな・・・
元気にしてるかな・・・もう一回だけ・・・逢いたいな・・・あれ?)
もうホントに疲れたと思った時、それは不意に視界の中に飛び込んできた。
空よりも綺麗な蒼、雲よりも透き通る白、そして二つの丸い紅。
(・・・なんか凄い綺麗な空と凄い綺麗な雲と・・・
まぁるいもみじが出てきた・・・ん?こんなとこにもみじがあるわきゃないか・・・
しかも丸い・・・もうお迎えが来たのかな・・・幻まで見えてきた・・・)
しかしその幻はだんだん、だんだんヒトの形に見えてきた。
その逢いたいと思っていたヒトの。
(これは・・・アヤちゃん・・?そうだ。きっとそうだ・・・大きくなってるけど・・・
ん?当たり前か・・・だいぶ前だもんな・・・。きっと何かが死の手向けに見せてくれたんだ・・・。
触れるかな・・・?無理か?幻だもんな・・・)
と、思いつつ、少年は全力を振り絞り頬を撫でるようとゆっくりと手を上げた。
(さわれたよ・・・おい・・・触れる幻覚?・・・ま・・マジっスか?しかも・・・
凄くスベスベしてて・・・あたたかい・・・)
そう思ってから、少年は眼を閉じ全てを終わらせようとした
瞬間、声が聞こえた。
『何、してるの・・・?』
そこで少年は意識を失った。
(ココは、あの世か?でもなんかおでこがひんやりする。
しかもあの世にしてはリアルだな・・・左手だけ温かいし・・・)
少年が横を向くとさっきの幻の少女が見えた。
「アヤちゃん!?」
と驚いたように聞いた。すると少女が
『いいえ。違うわ。わたしはレイだもの』
と、答えた。
「そっか、人違いか・・・でも、何で手、握っててくれたの?」
レイと名乗る少女は、ほんの少しだけ戸惑ったように答えた。
『解らない・・・。でも、こうしていなくちゃいけない気がしたの・・・』
「ふーん。まいっか。でもあの時の事、思い出すな・・・」
『・・・あの時?』
少年はコクンとうなずき、
「聞きたい?」
と訊ねた。
『別に・・・イイ』
しかしさらりと流してこう言った。
「まぁ聞こうよ。あのね、キミにそっくりな子がね・・・」
少年は微笑みながら、ゆっくりと語りだした。
―― 数年前 ――
『ねぇ〜あっちのエリアで遊びましょ?』
女の子が謙虚に訊ねた。
「え?ダメだよ、だってあそこ〔けんせつちゅう〕であぶないんでしょ?」
男の子が正論をもって否定した。
『気を付ければだいじょぶよ。』
「でも〜・・」
『わたしにまっかせなさい!』
胸を張って、さも余裕があるかのように言った。
「そう言ってこの前凄い深い穴におちそうになったでしょうが・・・」
『ふっ。今は昔、今は今のことを考えて生きるのよ』
「それ、いっつもいってますよ〜アヤちゃん。その前はさぁ〜
ものすごナオコさんに怒られたでしょ・・・」
懐かしげに語るような口調で言った
『そんな事もあったわね・・・。
でも男の子が細かい事気にしちゃだめ。さぁ突入よ!』
男の子は観念して従った
「はいはい(また危ない目に遭わなきゃいいけど・・・)」
『返事は一回』
「はい!」
背筋を伸ばして返事した。
しばらく歩きそのエリアに着くと・・・
機械戦争かなんかが行われているかのように、
ギーーーー!!!ガガガガガーーー!!!ガッコォン!!!
などと音がしていた。
「やっぱやめませんか〜・・・?」
だが、その時『アヤちゃん』は燃えていた。
そう、それはまるで子連れチーターが久々に格好の獲物を見つけたかのように。
『ふふふふふ。冒険に危険は付物よ!レッツらゴー!!』
男の子は、はぁ〜〜〜〜〜と、深く深くため息をついた。
でも、もういつもの事だ。と、慣れていたのもまた事実であった。
『マズはあっちよ!!』
「はぁいはい」
『返事は一回』
「はい!」
まるで手におえない上司に観念して本当の自分を隠しているようだった。
楽しそうに。
少し歩いて着いたそこは鉄パイプのやま、山、ヤマであった。
「うわ〜重そ〜・・・」
何か異物を見るような顔をして言った。
『マズは物資の調達よ』
「はい?」
スットンキョンな声を出した。
『これをあそこまで持って行くわ』
「は?コレって?」
『この棒よ!』
じれったそうに言った。
「・・・本気ですかい・・・?」
男の子が見るに、長さは優に3メートルを超え、太さは半径5センチほど。
結構無理のある話であった。しかし
『早くそっち持って!』
と、もうすで女の子はスタンバっていた。
「やめない?」
と、持ちかけると『やめない』と、言われて交渉決裂。
そして観念した男の子と半ば自己中の入った女の子は、
『「せぇ〜〜のっ!!せーで!!」』
の“で ”の部分でバッチリなタイミングで持ち上げる事に成功した。
そしてフラフラとした覚束ない足取りで、建設中の建物の中へと入っていった。
すると・・・
「ん?あれは所長と一緒にいたお嬢ちゃん達じゃねぇか。また遊んでやがるな!」
鉄柱の骨組みの上の親方、通称【おやっさん】が言った。
「お〜い!!!、こーゆートコで遊ぶなっていっつも言ってんだろがぁ!!!」
一瞬しまった!!と、思ったがアヤちゃんの判断は素早かった。
『まずい!!おやっさんよ!ココは一時退却して体勢を立て直すわよ!』
と言ったその時。
上でサボっていた作業員が、
「ふあ〜。仕事終わったらなにしよっかな〜」
と言って立ち上がると同時に「ガン!!」
と鉄棒を蹴り飛ばしてしまった。
「あっ」
と言ったときにはもう遅く、男の子の頭上へと落下していた。
女の子が気が付き、叫んだ。
『上!!』
「・・へ・・?うわぁ!!!」
男の子はびびってこけてしまった。
しかも足が竦んで膝もガクガクしていて、そこから動ける状況ではなかった。
『なにやってんの!!』
そう叫びながら男の子の方へ飛び込んだ。
がん!と鈍い音がした。
しかし、男の子には何も感じなられかった。むしろ暖かかったのである。
「???・・・・あれ?・・・・なんともない?」
眼を開けると、
自分を包み込むようにようにして抱きついて、頭から大量の血を流して気絶した
『アヤちゃん』がそこにはいた。
「!!!うぁぁぁああああ・・・!!!アヤちゃぁぁぁぁん!!!」
絶叫。
それと同時におやっさんが鉄棒を落とした作業員を怒鳴りつけた。
「テメェー!!何ヤってんだぁ!!!」
「すすすすす、す、すみませぇん!!!」
「謝って済むもんじゃねだろ!!!さっさと救護班に連絡しろ!!!」
「は、はぃぃ・・!」
「うっ、うっ、ぼ、ボクのせいだ・・・!!ぼくがぼさっと――」
「うるせぇ!!!ぐじぐじしてんじゃねぇ!!!オメェが今出来る事は何だ!!?言ってみろ!!!」
おやっさんが言葉をさえぎっていった。
「わ、わかんないよぉ、うっうっ・・」
「ばっきゃろー!!!男は女の手を握って、励まして、
安心させてやんだよ・・・・!!ぜってー離さねぇようにな!!
おりゃぁー昔それが出来なかった・・・後で後悔して、
泣いて、喚いても・・・それじゃぁおせぇんだ・・」
「・・・う、うん!」
そう返事すると
両手でしっかり手を握って励ましはじめた。
「ひっく、大丈夫だよ。すぐお医者さんが来て助けてくれるからね・・・・」
その様子をおやっさんは優しく見守った。
救護班が到着すると、
すぐさま『アヤちゃん』は施設内の病室へと運ばれた。
しかし、時間がたつと共に後悔と混乱と恐怖は大きくなり、
しまいにはもう涙で前も見えず、
他のヒトには何を喋っているのかも良く解らなかった。
しかし男の子は手を強く握り締め
「えっぐ、えっぐ、アヤぢゃん、だいどびゅだがだ。うっぐ。
ずぐおいじゃじゃんがよぐじでぐでどぅがだ。だいじょびゅだがだ・・・!!」
そう繰り返していた。
その後集中治療室前で、
医者が「君!ココから先は立ち入り禁止だ!手を離しなさい!!!」
と言っても。
「いだだ!」
と言って手を離さなかった。
治療直前、
看護婦が「治療の邪魔になるから手を離しなさい!!!」
と言っても、
「いだだ!!!」
と言って手を離そうとはしなかった。
男の子には、今この手を離したら『アヤちゃん』が消えてしまいそうな・・・
そんな気がしてならなかった・・・。
そして、困難を極め時間を莫大に消費した治療作業が終了する。
「もう大丈夫だよ。」
と、お医者さんが優しく微笑んで言った。
「ぼんじょ?(ほんと?)」
マダ、涙声で挙動不審に訊ねた。
「ああ、ホントだよ、もうダイジョブだからね。」
と言われ、
心底安心して、全てが澄み渡ったような気分で、しかし泣きながらお礼を言った。
「おいじゃざん!!あでぃがどう!!ぼんじょにあでぃがどう!!」
しかしその言葉に医者は少し表情を曇らせた。
「ああ、よ、良かったね。本当に・・・」
そう言い残し心なしか暗い面持ちでお医者さんが部屋を出てドアを閉めた。
どうかしたのかな?と思いつつも安心して手を離そうとしたとき。
ドアの向こうのその声が聞こえてしまった。
「難しいですね・・・・頭は・・・」
「ああ、今夜が『峠』だな・・・・」
「っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
それを聞いた瞬間、離そうとした手をよりいっそう強く握り締めて、
声を殺して、
泣いた。
「っ・・ぅぐ、うっぐ・・」
小さなこの男の子には辛すぎる言葉であった。
しかし逃げる事の出来ない現実と言う事も又、
事実であった。
―― 次の日 ――
「まだ、目が醒めませんね・・・・」
「ああ・・・・・・・・・・・・」
「まだ、手を離しませんね・・・・」
「ああ・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ?キミ、ご飯食べないと体壊しちゃうよ?」
看護婦が丁寧に優しく話し掛けた。
「アヤちゃんも食べてないもん」
良く解らない理由で反論。
「・・・で、でもこの子は栄養剤を点滴してるから・・・」
両手で握り締めた手を離さずに男の子は黙り込んだ。
「・・・・・・・・・・」
そして――
「飲む・・・!」
「え?」
「それ、飲む・・!」
「・・・はぁ!?・・・・・解ったわ・・」
一瞬、戸惑っていたが、何かを思い付いたかのように部屋を出た。
しばらくすると看護婦が、
「はい、持って来たわよ」
といってコップに『なんか』を入れて戻ってきた。
「・・・・ストロー」
「ちゃんとあるわよ。はいっ」
ストローを口で受け取りコップに入れると、
看護婦の手にあるジュースを男の子はゆっくり飲みだした。
ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ・・
「・・ま、まじゅい・・・」
そう言って顔をしかめた。
しかし看護婦は、
「男の子でしょ!」
と怒った風に諭した。
すると
「はい!」
と、しっかり背筋を伸ばして返事した。
「あら、偉いわねぇ。」
感心したように言うと、
「・・・何時もアヤちゃんに言われてるから!」
と、自慢げに言い放った。
だが直ぐ落ち込んだように『アヤちゃん』の顔を見て語り掛けた。
「・・・また・・・一緒に遊ぼうよ。何時もみたいに・・・
もう、ずっと寝てるよ?アヤちゃん・・?そろそろ起きようよ?
もう、寝疲れたでしょ?アヤちゃん・・・・アヤ、ちゃん・・・・」
今にも泣き出しそうな顔をして掠れた声で、
その子の名を呼び続けていた。
看護婦は、そんな様子を見ている事しか出来ない自分を、呪った。
その後三日間少年は寝なかったし、少女は起きなかった。
(『あれ?あの子の声が聞こえる・・・。どうしたんだろう・・・?
泣いてる・・・。でも、なんか言ってる。あ、なんかあっちの方、
気持ち良さそう・・・』)
その頃
「ま、マズイです!!!心拍数が低下!!0に近づいていきます!!」
「アヤちゃん!!!」
「原因は!!?」
「不明です!!」
「なんだと!!?」
「突然脳波が乱れ、その次にはもうこの状態でした!!」
「一体何が!!?」
「心停止!!」
「アトロピン4ミリ!DC!200にチャージ!!」
「ハイッ!!」
しかし、その瞬間、急に男の子が優しい声で、
まるで何かに取り憑かれたような口調で話し始めた。
【アヤちゃん。戻っておいで・・・。そっちじゃないよ・・・。】
それを見た看護婦が戸惑いながら訊ねた。
「ど、どうしたの?」
「何やってる!離れて!その子も早くどけろ!!」
「は、はい!!」
【そう、そうだよ。右手が温かいでしょう?どうすればいいかって?
・・・飛び込めば良いんだよ。そう、自分の体に。戻るんだと言う意思を込めて・・・!】
次の瞬間
『・・・・・・・・・・こ、ココは?』
うっすらと女の子が目を開いた。
「・・・・アヤちゃん!!!!?」
『・・・・・どうしたの・・・?大きい声出して・・・
それよりも、ケガ、してない?』
それを聞くと同時に、がばっ!!とアヤちゃんの胸のあたりに抱きついた。
「うん!・・うん!!・・・うん!!!」
『どうしたの?・・・アレ?』
そう思った時にはもう抱きついたまま眠っていた。
「い・・・一体なんだったんだ・・・!?」
「わ、解りません・・心拍、呼吸、脳波、全て正常です・・・。」
―― 数分後 ――
『あ、そうだったんですか・・・』
「そう、アナタが目醒めるまで一睡もしなかったのよ・・・?この子」
『・・・もう・・・無理しちゃって・・・』
そういった彼女は、少し嬉しそうに微笑んでいた。
「あとねぇ〜、ご飯も食べずにず〜っと手を握ってたのよ?アナタの・・・」
『え?どうして?』
「ふふふ、それがね、
“アヤちゃんも食べてないから要らない”って言うの!
なんで手を握ってたのかはよく解らないんだけど・・・」
『じゃぁ何も食べてないんですか!?』
「いいえ、特製栄養ドリンクを作って飲ませたわ。
まずいって言ってたけど、男の子でしょ!って言ったら
はい!って元気良く返事して飲んでたわ。
・・・ホントにアナタが好きなのね・・・・女として羨ましいわ・・・」
『そうですか・・・』
そう言うと、抱きしめる力を強めて優しく暖かく微笑んで男の子を見つめた。
「あら・・?否定しないのね?」
そう言われると顔を真っ赤にして抗議した。
『そ、そんなのじゃないです!!』
と、言いつつ抱きしめる手を離そうとはせず、逆により一層強く抱きしめた。
その時男の子は、究極の安らぎを得たような顔で「ふにゃ」
とか言いながら眠っていた。
「最後に一つ聞いていい?」
改まって問いはじめた。
『なんですか?』
「なんか、夢かなんか見てなかった?寝てる間に」
『ああ、よく覚えてないんですけど・・・ずっとこの子に励まされてたような・・・
後、なんか、気持ちよさそうな所に行こうとしたら、
この子に邪魔されて行けなかったような気がします・・・。』
「そ、そう。行かなくて良かったわね・・・。」
『え?、どうしてですか?』
「・・・世の中知らない方がいい事もあるのよ・・・。」
『そうですか・・・?』
よく解っていないようだった。
「今回は私達の力ではないな・・・」
「ええ、あの子の力でしょうね・・」
「「はぁ〜・・・あーゆーの羨ましいなぁ(わぁ)・・・」」
「「!!」」
「ゴホン!・・ん〜?ま、まぁだな、助かって良かったと言う事だ。うん!」
「そ、そうですねっ!!」
「と、まぁこんな事が・・・・あれ?」
『ふぁ〜・・・』
「ねむくなっちゃたかな?ごめんごめん。こんな長話して。あ、
そう言えば上の名前何て言うの?」
『綾波・・・綾波、レイ・・』
「っ!!!!!!!!!!!!」
名を名乗ると同時に少年の胸のあたりにレイは、ぱたん、と倒れて抱きつき、眠ってしまった。
そんなレイを少年は優しく見つめながらこう囁いた。
「お久しぶり、アヤちゃん・・・」
そしてレイは究極の安息を得たかのような顔で「むにゃ」とか言いながら眠っていた。
出会いや再会・・・
それはいつか来る・・・
別れの始まり・・・
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