イレギュラー


2話 歯車の狂い始め

無機質な部屋。ほとんど何もない所。
ある物といえば、埃まみれの冷蔵庫、同じようなクーラー、それに食器。
あとはベッドとチェスト位だろうか。
チェストの上には精神学や遺伝子などについて書かれている医学書が積まれている。

その部屋に少年と少女がいた。
少年はすらりと背が高く、凛としていてどこか中性的な顔立ち。
髪はダークブラウン、短く切りそろえられている。
瞳の色は漆黒に見えるが、奥には深い緑が輝いていた。

少女の髪は、空色に白銀色をコーティングしたような色で、ショートカット。
透き通るように真っ白な肌、今は寝ているが、
瞳の色は真っ盛りの紅葉のような紅い色をしていた。
血の色、と取ることもできるが、少年に言わせるとモミジ、なのだそうだ。






(まだ、ねてるな、ぐっすりと・・・)
少女の方を見ると、穏やかな寝息を立てながら少し微笑んでいるかのような
顔で少年に抱きつきながら眠っていた。

(しかし、この部屋なんにもないなぁ・・・しかも、汚い)
周りを見るとそこらじゅうゴミが散乱している。
冷蔵庫の上には錠剤や粉末の薬などが無造作に置かれている。
そして、そのそばには水入りのビーカーが置かれていた。

(さ、さすがにこれでクスリ飲んだりしないよな・・・?
う〜ん、ちょっと掃除でもしちゃおうかな・・・)
少年は少し考え込んだ。


(・・・でも、大事な物とか無くしちゃったら悪いしな・・・あ、捨てなきゃいっか。
クスリとかはどっか一箇所にまとめて・・・よっしゃ!いっちょやってみますか!)
心の中で気合を入れると、少女を起こさないよう慎重に腕をほどきベッドから
這いずり出た。

(よし、まずはゴミの片付けだな。ん〜と、このダンボールにぶっこめばいっか)
少年は部屋中のゴミをテキパキとダンボールに詰めていく。かなり手馴れた様子で、
驚くべき速さでその作業を終えた。

次は薬の整理に取り掛かる。チェストの上に置かれていた空の木箱の中に綺麗に
詰め込んでいく、箱は冷蔵庫の上に置いておくことにした。

お次はキッチン・・・皿やコップは、本当に綺麗に並べられていた。
色合いも素晴らしく少年は少しばかりの感動を覚えた。

が、おぞましいほどの埃に埋もれてため、少々微妙な落胆が彼を襲う。
素晴らしき配置を10秒ほどで暗記し、全ての食器を棚から取り出し、
すぐ側にあったタオルでしっかりと埃を拭き取る。
そして、全てを拭き終えると寸分の狂いも無く元の場所へと食器を戻していった。
こうして食器たちの輝きは取り戻した。
更にこの綺麗な並びを見ると充実感もひとしおだ。

次に洗面所、入って即、
(せ、洗濯機がきたねぇ・・・!)
と、思った。素直な感想が声に出てしまう寸前だった。
中は使っているからか比較的綺麗なのだが、外装はまっちゃっちゃ。
こういう塗装を施しているのか?と思わせてくれるほどのものだった。
近くに落ちていた雑巾で全力全身全霊で拭いたところ、爽やかで清潔感漂う
パールホワイトの洗濯機だという事が判明。約30分かけて水拭きを行い、
ピカピカにする事に成功した。

蛇足だが終わって直ぐ、その隣に『びっくりするほどよく落ちるなんにでも使える
お掃除洗剤』などというものが置かれている事に気づいた。
洗面器の下の洗剤などを入れる棚も同じくらい汚れていたので、こんなものたかが
知れてるゼ!などと思いながら怖いので一滴だけ雑巾に垂らして使ってみた。

びっくりするほど良く落ちた。

次に風呂場、
浴槽は使われていないのが一目で判るほど汚れていた。(洗濯機を超える勢い)
だが、今は秘密兵器を所持していたのでソッコーで片づいた。
もちろん浴槽の蓋もしっかり洗浄。
風呂桶もやっつけた。
シャワーは少しホースの汚れを取ればオールクリーンだった。



(ふ〜〜、後は床を雑巾がけすれば終わりかな。寝室と、台所と、洗面所と、ん?
ヤベっ、トイレ忘れてた!)

それを思い出し唯一開けていないドアに小走りで駆け寄りおそるおそるドアを開け放つ。
すると予想外の光景が広がっていた。


「っ・・・き、きれいだ、凄いきれいだ。な、なんでだろう?」
そう思った。声まで上げてしまうほどの疑問だった。

その直後、
「カタン」
何か物音がした。

何だろう?と思い、物音のしたほうへ行って見ると、
そこには今起きましたオーラを存分に放つ少女が、はれぼったいまぶたをこすリ、
「ふぉわ〜ぁ」と、あくびをしながらベッドの前に立ち呆けていた。もち、制服。

「あ、レイちゃんおはよー」
ちなみに少年は学ランである。

「・・・・・・」
レイは口をぽかんと開け、少しだけ目を見開き少年を見つめている。

「あ、レイちゃんじゃちょっと慣れなれしいか・・・」

「・・・・・・」


「それじゃ改めて・・・綾波さん、おはようございます!」

「・・・・・・」
無反応

「・・・?・・・お、おーぅい」
レイの顔の前で手をぷらぷらさせてみる。

「あ・や・な・み・さぁ〜ん?」
もう少し続けてみた。

「・・・・・・」
無反応

「?」

「・・・・・・」

少し息を吸い込んで・・・


「うぉい!!!」
声を張り上げて呼んでみた。



「えっ・・・?」
ようやく気が付いたようだ。

「おはよう!」

「っ・・・お・・・」

「・・・お?」

「お、おはよう・・・」

「はい、おはよう」

「「・・・・・・・・・・・・」」
しばらく沈黙が続く。
少し経って少年がきょろきょろと部屋を見回し始めた。


「あっ、そういうことか!」
不意に少年が何か閃いたように声を上げた。

「ゴメン、勝手に掃除しちゃマズかったよね?ホント、ゴメン」
少ししおれたような顔になった。

「・・・・・・いいえ」

「そっ、そう・・・?じゃあもうちょっとで全部終わるから
もう少し、やってもいいかな?」
遠慮がちに聞いてみた。

「・・・ええ」

「じゃ、もう少し寝てていいよ」

「・・・手伝うわ」

「え・・・?そう?じゃ後は雑巾掛け位だから。それじゃ〜、
キッチンお願い」

「わかったわ」

「はい、雑巾。もう絞ってあるから。あ、バケツは
部屋とキッチンの境目に置いとくね?」
その言葉を告げ雑巾を手渡す。

「ええ」
返事をするとすぐにキッチンへ向かって歩いて行く。
間も無く床を蹴り進む拭き掃除ならではの音が聞こえてくる。

「ダッダッダッダッダーーー」

「ダッダッダッダッダーーー」

(こ、こいつは負けてらんねぃゼ!)
そう思った途端新たな雑巾を即行でしっかり絞り、拭き掃除に取り掛かる。

「ダダダダダダダーーーーー」

「ダダダダダダダーーーーー」


―― 数十分後 ――



「ふーー。終わった、終わった」
顔中汗びっちょりだ。

「そうね」
そうでも無くいたって普通。

「うん、綾波さんのおかげで思ったより早く終わったよー」

「・・・レイ、でいい」

「え?そう?んじゃ改めて。レイちゃんどうもありがとうございましたっ」

「・・・・・・え?」

「・・・え?じゃなくて、『どういたしまして』でしょ?」

「・・・ど、どういたしまして」
少し顔が赤らんでいる。

「うん、それでいいよ」
微笑みながら満足げに言った。

「人に・・・」

「ん?」

「人に御礼言われるの、初めて・・・」

「え、ええええぇぇぇぇーー!!!」

「・・・?」

「ウソでしょ!?」

「嘘じゃないわ」

「だって、こんなに良い娘なのに・・・」
いかにも信じられない、という顔で一人でぶつぶつ呟いている。

「って言うかまず助けてくれた御礼しなくちゃ。それもありがとう」
はっと我に返るとそう言った。

「・・・べ、別に助けたわけじゃないわ」

「へ?」

「ただ、気になって、それで、部屋に連れてきて、看病しただけよ・・・」
必死になって弁解する。

「それを『助けた』って言うんじゃん」

「・・・そ、そうかもしれない」

「そうとしかいわないの!」

「そ、そう」

「・・・これで二回目、だな」
自分にしか聞こえないような声ポソリと呟いた。

「?」



しばらく休んでから少年が突然立ち上がり、言った。

「ふ〜、さて、ココに居ても悪いから、おいとましようかな。
ゴメンね、いろいろ迷惑かけて。それじゃ、おせわになりました〜」
そう言って玄関の方へ歩を進める。
しかし何故かレイが追って来る。
「ん?何?」

「・・・・・・ドコ、行くの?」

「・・・え?」

「・・・ドコへ行くの?」

「・・・・・・え、えーと、お家へ帰ろうかと・・・」
冷や汗がにじみ出てくる。

「じゃあ、なぜ家へ帰らずあそこで倒れていたの?」

「ギクッ・・・ちょ、ちょっと、色々ありまして・・・」

「そう・・・それじゃ、サヨナラ・・・」
踵を返して部屋に戻って行ってしまう。

「ちょ、ちょっと待っておくんなまし」

ぴたっと立ち止まり、振り返る。
「なに?」

「もし、ご迷惑でなければ少しの間ココに居させて貰えませんでしょうか・・・?」
両手を顔の前に合わせ上目遣いでレイの顔を覗き込む。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・

「・・・別に、いいわ」
にわかに微笑んでいるように見えなくも無い顔だ。

「ありがとうございます!!よっしゃーー!!」
少し大げさに見えるが、本人にとっては重大な事なのであろう。
かなり喜んでいる。

(ん・・・?なんかレイちゃん少し嬉しそうだな・・・気のせいか?)
「気のせいだな。あ、そういえば自己紹介まだだったね。オレは『結気 ユウキ』
発音は ゆ↑う↑き↓ ユ↓ウ↑キ↑だよ?」

「ユウキ君」

「そうそう、そんな感じ。名前と名字おんなじだからややこしいんだよねぇ」

「そうね」

「なんか率直に言われると少しへこむな・・・ま、いっか。
それじゃこれからしばらくの間ヨロシク、レイちゃん!」
そう言って右手を前に差し出す。
それを遠慮がちに握り返し、か細い声で「よろしく」と、返事した。
表情は変わらないが照れているのかも知れない。
その言葉にユウキは満足げに微笑んだ。

「そんじゃ取りあえず、家具だ!布団だ!ヨー服だ!」

「え・・・?」

「いや、なんにも無いままココに飛ばされたから」

「・・・そう」

「だから取りあえず買い物。家具とかは全部オレが揃えるから」

「別にいい」

「いや、助けてくれたお返しとして・・・ね。
それじゃあ行ってきます!」
そして再び玄関の方へ歩き出した。


「ちょっと・・・」
無表情のままレイが声をかける

「止めてくれるな、これは独断行動だ」

「道、分かるの・・・?」
ばっちりと的を射た素直な疑問だ。


「ギクッ・・・そ、そりゃぁ・・・まったく。てーゆーか、ココ、何所?」

「・・・私の家」

「いや、それはさすがに・・・あれ、なんと言うか市町村とか・・・」

「第三新東京市」

「は?あ、東京ね、TOKYO・・・」

「第三新東京市・・・!」

「・・・えっとぉ・・・第二、とかあるの?」

「あるわ」

「第一、とかもあるの?」

「一応あるわ」

「へ・・・?なんじゃそりゃ?」

「都市では無くなっているから」

「ああ、そう。都市じゃないか、今はもう・・・そっかそっか
それなら納得・・・って、出来るかい!!」

「事実よ」

「・・・いつ頃?」

「15年前」

「今、西暦で何年だっけ?」

「2015年」

「・・・・・・」

「?」

「ま、いっか・・・・それよりさ、街までの地図あるかな?地図!」
いいのか!?

「必要ないわ」

「?・・・なんで?」

「私も行くから」

「・・・えぇ?いいよいいよ。家でゆっくりしてなよ」

「また、道端で倒れられたら困るもの」




「・・・・・・てへっ♪」

「・・・・・・それよりお腹、空いていないの?」

「・・・ぐふっ・・・そう言われてみれば、自分が何故立っていられるのか
不思議なぐらい腹が減っていることに気付いてみたりしちゃったりして・・・」

「三日間飲まず食わずで寝てたもの」

「・・・三日も!?・・・そういえば、
その前の一週間くらいも何も口にせずさまよって居たような・・・」
正確には八日間である。

「意外と丈夫なのね」

「お褒めの言葉アリガトウゴザイマス・・・と、いうことで・・・」

「・・・これしか無いわ」
そう言って棚から取り出したものは固形の栄養食品だった。
30グラム弱しか無い代物だが今のユウキには命の綱であった。
コップに水を注いで持ってきてくれたレイに手短に礼を告げると
目にも止まらぬ速さでパクついた。その間0.02秒。
その0.2秒後パサパサな栄養食品が器官にへばり付きむせそうになるが、
その0.03秒後には水で流し込んで粉末が口の外へと飛び出すのを防ぐ。

この行動を3回ほど繰り返すと11日ぶりの食事は終了した。
計・0.75秒・・・満腹には程遠かったが、意外と腹の足しに
なった気がしなくも無い、気がする。

「ふー、ごちそうさまぁ〜」

「・・・・・・・」
レイが口をポカンと開けてユウキを見つめて見ている。


「ん・・・?どしたの?」

「・・・・・・いつ、食べたの?」

「へ?そりゃ、今に決まってるじゃん」

「そ、そう・・・」

と、なぜかユウキの顔が段々と青ざめていく。
「うん、そう・・・あ、ああ!!レイちゃんの分!!!」

「別にいいわ」

「って言われても・・・
ホンっとごめん・・!ああ、何やってんだろオレ・・・」
眼をつぶって自分に落胆したような顔で頭をかきむしりながら
そう言った。

「気にすることないわ」

「いや、ホント、ゴメン」

「そんな事より早く街へ行きましょう」
全然、気にも止めて無いような素振りでツカツカと玄関の
扉を開け外に行ってしまう。

「あ、ちょっとま、待っておくれぇ」
レイを追ってユウキも外に飛び出す。

飛び出してみて

空を見ると蒼く澄んでいた

太陽を見るとまぶしく光り

雲を見るとふっくらしいて

でも、レイを見るとそれらは背景に他ならない

レイが居ると、どんなものも主役にはなれない

他のものが悔しそうにしている

ユウキにはそう見えた

爽やかな風が頬を撫でていく




つづく




居るはずの無いものに



全世界の歴史の歯車が狂わされ始めた




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