−7.01 私は探している。 少し高めで、優しげなあなたの声を。 最後に聞いたのはいつだったか、よく覚えていない。 肌が泡立つような絶叫が耳に残ったままで、 本当のあなたの声を忘れてしまいそう。 けれど私の心はいつも温かい響きを求めている。 いつでも私を照らし出してくれたその声をずっと、 あの日から流れることのない涙と共に。 ―――――― 涙 ver.REI ――――――−6.04 深い闇の中を漂っていたような気がする。 方向さえ定まらない舟のようにひとり浮かんでいた感じがする。 どこからが私で、どこまでが私か良く分からなかった。 これがあの人の言っていた無なのだろうか。 私と同じ温度を持つ液体の中で眠っていたような気もする。 終わりのない夢のようなものを見ていた感じもする。 だが私は、何かを聞いた。 明瞭ではない言葉が耳の上辺をかすめていく。 闇の海が、誰かの声によって徐々に明るくなっていく。 私はその声をもっと感じようと意識を集中させる。 一向に聞き取れない言葉らしき音。 けれど私はそれが誰の声なのか分かっていた。 心の中に灯る温かさが教えてくれる。 そう、彼が私に何かを伝えようとしている――。 ――気がつけば私は紅い海のほとりで横たわっていた。 隣には誰も居なかった。 −6.03 紅い波が寄せては返し、その度に私の足を洗っていく。 最初は海と思ったが、よく見れば少し大きな湖くらいの大きさでしかなかった。 見上げれば紅い空がどこまでも広がっている。 創った私は知っている、この色は私の目と同じ色彩なのだと。 紛れもない私の手によって塗り替えてしまったのだと、この世界が証明している。 世界を私の色に染めた私、嫌いな色に染めた私。 制御できない力を解放したからといって、こんなことになるとは思わなかった。 思わず深い溜息が出る。 そんなことをしても、二度と戻らないと知っているのに。 さらにもう一度の溜息。 今度はすべての息を吐き終わった後、しばらくそのまま呼吸を止める。 自分自身を罰するように、耐えられなくなるまで止めていた。 −6.02 私は紅い海のほとりで彼を探したが、どこにも見当たらなかった。 あの暗闇の中で、確かに彼の声を感じたのに。 いったい彼は私に何を伝えたかったのだろう? 何か聞こえてこないかと期待して、その場で耳を澄ませてみる。 波打ち際で紅い水が揺らぐ音しか聞こえない。 さらに意識を集中させていると、突然頭の中に絶叫が響き渡った。 ――覚えてる、碇君の叫び。 私が碇司令の前に立っていた時、聞こえてきた彼の悲鳴。 全身が泡立つかのような危機感を覚え、急いでリリスに還った。 ――覚えてる、碇君の願い。 彼は最後にもう一度会いたい、と願った。 誰のことを指しているか分からなかったから、彼の望みが叶うようにとだけ祈った。 すべてと溶け合おうとするリリスに負けない心で、彼のことを思った。 ――でも何故、碇君が居ないの? 私はもう一度辺りを見回す。 だが人の影など、どこにもなかった。 ここに居ても仕方ないと思った私は、第三新東京市の方角へ足を向けた。 彼が伝えたかったことを知りたい、ただそれだけの思いで。 −6.01 かつて、この街の空はいつも狭かった。 地上に立って見上げると、ビルに阻まれて息苦しそうな姿が見え隠れしていた。 だが今ではその建物群も倒れ、空が悠々とその身を広げている。 ――紅くなってから生き生きしているなんて。 抜けるような青い空は、もうどこにもない。 心が息苦しくなった私は下を向き、瓦礫やガラスの破片を踏まないようにまた歩き出す。 ――碇君はどこに居るの? 彼が良く行っていた場所を中心に探す。 瓦礫に潰されたゲームセンター、ビルごと倒れた楽器屋、比較的損壊の少ないコンビニ。 人が居てもおかしくなさそうな箇所を重点的に見るが、誰も居なかった。 ――そう、碇君の家。 コンフォート17。 彼が居る可能性が高いのは、そこだろう。 今度こそ居てくれるよう祈りながら、何度か通ったことのある道を歩く。 進めば進むほど被害がひどくなる辺りの光景に不安を覚えながら。 ――大丈夫なの? どうにかマンションには辿り着いたが、エレベーターが動かない。 電光表示もすべて消えているから、電気が通ってないのだろう。 フロア内を探し、非常階段へのドアを見つけたので、迷うことなく階上へと進む。 ――ここに居るの? 途中から駆け上がるようにして先を急ぐが、コンクリートの破片が邪魔をする。 二階、三階、四階、五階。 やっと目的のフロアに辿り着き、全速力で彼の部屋まで走る。 ――お願い、ここに居て。 エレベーターと同様に、ドアのセキュリティにも電気は通っていなかった。 以前に教えられた暗証番号を打ち込むも、何の反応も示さない。 沈んでいきそうな心、でも、わずかな期待を持ったままドアを叩く。 何度も何度も彼の名を呼び、何度も何度も叩く。 だが、硬く閉じられた扉が開かれることはなかった。 聞きたかった彼の声もなく、辺りは沈黙に包まれたままだった。 −5.04 辺りが夜の闇に沈むまでずっと彼を呼び続けていたが、いったん外に出ることにした。 彼がそこに居てほしいと思う心はまだあったが、同じ行動を続けても状況は変わらないだろう。 目を凝らしながら非常階段を降り、一階フロアから誰も居ないように見える街へ戻る。 足元に注意しながら歩くと、細かく散らばるガラスが月の光を受けて輝いているのが見える。 昼間とほぼ同じような位置で見上げると、紅かった空は宇宙と同化していた。 私の目にはっきりと映る、月、恒星、銀河、流れ星。 それは街に明かりが一切ないから見える、壮大な逢瀬に思えた。 ――人はなんて傲慢なのだろう。 闇を恐れて火を使い続け、空と宇宙がひとつになるのを邪魔し続けていた。 ――何を怖がる必要があるのだろう。 一日の半分を宇宙によって包まれる、ただそれだけのことなのに。 またどこか息苦しさを覚え、私は下を向く。 しばし動きを止めた足は、歩き出すまで少しの時間を要した。 今この時、空は紛れもなく自由だ。 そう思う私は、人と人在らざるものの間で縛られている。 かつても、今も。 −5.03 しばらく街を歩いていたが、非効率な行動に疲労を覚えた私は一度部屋へ戻ることにした。 幾ら気持ちが逸るといっても、心が動くままに身をまかせていたら倒れるだけだろう。 休息を取ると決めた途端、少し身体が軽くなったような気がした。 その感覚を合図に、私は自分の家がある方角へ足を向けた。 無残に折れ曲がったビルが目に入る地区から、同じ形状のマンションが立ち並ぶ地区へ。 辺りを見れば、まるで境界線を引いたかのように損壊の度合が低くなっていた。 散らばる瓦礫もさほどではなく、こぶし大のコンクリート片に注意すれば問題なかった。 いつもは機械的に入っていたマンションの玄関だったが、心に多少の揺らぎを覚えながら潜る。 上り慣れたはずの階段もどこか居心地が悪い。 私はいったいどうしてしまったのだろう、と考える。 思考の渦に巻き込まれてしまいそうだったが、意識的にゆっくり上ることで回避する。 402号室。 私は自分の部屋の前に立つ。 ドアを開け放つことに躊躇する自分を訝しく思う。 立て続けに襲う違和感を振り払うかのように、力まかせにドアを開ける。 大きな音を響かせながら開いたドアの向こう。 そこには、自分の記憶と寸分も違わない空間が広がっていた。 何ひとつ欠けることのない私の部屋が。 どうして。 他はあんなにも壊れていたというのに。 ここは最初から欠けていたから? もう欠けるものなどないというの? ――こんなところにまで、違いを見出そうとするなんて。 私は自分を嫌悪した。 どこまでも縛られる心に吐き気を覚えた。 −5.02 私は呆然としながらも、とりあえずシャワーを浴びることにした。 心の動きに捕らわれず何とか行動出来るのは、これまでの訓練の賜物だった。 紅い海に居た時から何も身につけていなかった私の身体は、かなり汚れが目立っている。 身の回りを出来る限り清潔に保つこと、これも長い間の習性だった。 浴室に入る前に電気をつけようとしたが、何度スイッチを動かしても明かりは灯らなかった。 もしかしたら電気が通っていないのかもしれない。 この部屋にも欠けたものがあったと知り、先程よりも少し気が楽になった。 闇に慣れた目を凝らしながら浴室に入り、蛇口をひねる。 冷たい水が勢い良く出てくる。 私は目を瞑り、水の感触を楽しむ。 幾つもの細い流れに全身が覆われ、肌にわずかなくすぐったさを覚える。 この身に慣れた心地良い感じ。 私は気が済むまで水との戯れを堪能した。 白いバスタオルで身体を拭き、制服に袖を通す。 リビングに戻ると、相変わらず何も欠けていない空間が目に入る。 カーテンを半分開け、同じだけ窓も開けた。 途端に入ってくる外気が、この部屋に少しだけ隙間をもたらした。 私は月を見上げながら思う。 彼は何を伝えようとしていたのだろう、と。 不明瞭な言葉と、その温かい響き。 私はどうしても聞きたかった。 耳を澄ませても静寂だけが鼓膜を震わせる。 どのくらいの時間が経過したのか、月は窓から見えない位置に移動していた。 私は制服を途中まで脱ぎ、ブラウス一枚になってベッドに横たわる。 増えることもない私の部屋。 目を閉じる。 そして私は夢を見る――。 −5.01 私の心は動かない。 時折、かすかに揺れることはある。 あの人を見ると、水を一滴落としたように揺れる。 私の心に広がる水紋はゆっくりと端まで到達する。 隅から隅まで水の震えが行き渡ったとき、私は安堵する。 私が存在していると分かるから。 あの人が残す心の揺れを待ちながら、私は生きている。 エヴァの起動実験を前にして、私の心に変化が現れた。 いつものように水紋を感じようとしても、疑問という名の風が吹く。 風の動きに水面は揺れ、水紋がかき消されていく。 人の心は動き、私の心はさざめく。 あの人が私に人らしさを求めても、応えることが出来ない。 あの人が私を助けてくれた。 自らの危険を気にすることなく、駆け出して来てくれた。 人は嬉しいと笑う。 落とされる雫が大きくなった。 水紋がこれまでよりも長く続くようになった。 私が私で居られる時間も、ずっと。 サードチルドレン、あの人の息子。 彼を見ていると私の心はざわつく。 心の中に嫌な感じの嵐が訪れる。 水面は跳ね、踊り、静かな水紋が壊されていく。 彼のせいで私は私でなくなる。 エヴァが嫌なら好きにすればいい。 私は私で居たい。 彼の涙。 笑いながら見せてくれた涙。 どうして彼は私の心に作用するのだろう。 人は嬉しいと笑う。 人は嬉しくても泣く。 彼のせいで私は私でなくなる。 初めて心が少し動いた。 あの人の行動、彼の言動。 私のままでいられる水紋。 知らない私を作る心。 次第に明かりが照らされる。 嬉しい、楽しい、苦しい。 私は人に近づいているの? 気持ちの表と裏が感情を作る。 あなたがそこに居るから私は嬉しい。 あなたと一緒になれないから私は寂しい。 心が揺さぶられる、上下に激しく動く。 人のあらゆる気持ち、それに付随する唯一の物質。 私の目から涙が流れる。 碇君――。 ――そして夢は終わりを告げる。 −4.05 いつもは感じずに済む日の光に催促されて起きた私。 はっきりと覚醒してから最初に行ったのは、自分の頬を触ることだった。 ――濡れてない。 夢があまりにも明晰すぎて、本当に涙を流したのかと思ったが錯覚だったようだ。 一度伸びをしてから、身体に纏わりつく汗を流すためシャワーを浴びに行く。 電気のスイッチに手を伸ばしかけたが、通電していないことを思い出し途中で止める。 日差しも入り込めない浴室の中、水だけが私という輪郭をなぞっていく。 しばらくその感覚に浸った後、全身を清めていく。 これは足、これは腰、これは腕、これは顔、手を止める。 私の頬を濡らす水はいつもより冷たく感じた。 浴室から出た私は制服を身に付け、ベッドに腰をかける。 半分だけ開いた窓からそよぐ風が、私の濡れた髪の隙間に入り込んでくる。 窓から空を見上げる。 私が創った紅い空が目に入る。 紅いものが映る紅い目。 きっとそれは嫌になるくらいの紅。 紅に紅を重ねている私の目は醜い。 そう、きっと誰が見ても――。 少し乾いた髪の毛先をつまむ。 視界に入るように弱く引っ張る。 今では私の髪だけが空色。 その青さで私の紅を消してしまいたかった。 −4.04 髪全体が乾くまで青を見ていた私だったが、そろそろ建設的行動に移るべきと思った。 栄養補助食品を食べてからベッドにうつぶせになり、これからのことを考える。 ――誰も居ないかもしれない街。 迎撃都市、第三新東京市。 民間人はとっくにシェルターから他の街へと移動しているはずだ。 残っている人が居るとすればネルフ関係者、そして。 ――碇君。 彼はどこへ行ってしまったのだろう。 ざっとではあるが、彼の居そうな場所を探したというのに。 ――そう、確か以前に。 彼がこの街に来て間もない頃、何日か消息不明になったことがある。 今も同じ行動を起こしているかもしれない。 こんなに紅い空を目にしては、逃げても不思議はない。 私の、せいで。 私はすぐさま身を起こし、手だけでベッドの下を探る。 硬い、硬い、柔らかい。 柔らかい感触のものがふたつあったので、両方持ち上げる。 ひとつは猫の雑誌。 そしてもうひとつ。 ――これ。 中学の副教材として配布された地図を広げる。 改訂前のものだから正確とは言えないが、道路部分にさほど狂いはないはずだ。 私はチェストの引き出しから赤いペンを取り出し、マーキングをする。 第三新東京市から他の街へ伸びている道路は東西南北に四本。 確か彼は以前、東の方角へ向かったはず。 今回も同じ方向とは限らないが、他の道より可能性は高いだろう。 西にあるこの部屋から都心部まで約二キロメートル。 都心部から第三新東京市の外れまで約八キロメートル。 私はベッドから立ち上がる。 ――声を聞きたい。 ただ、それだけのために。 −4.03 私はベッドの片隅に置いてあった学生鞄を手に取り、中の教材を取り出す。 代わりに地図と赤いペン、栄養補助食品二つを入れる。 靴を履きながら、一度リビングを振り返る。 窓からの風でカーテンがわずか揺れている。 ひとつ深呼吸して、ドアを開ける。 全身に受ける外気の新鮮さが、細胞の隅まで染み込んでいく。 反動だけで閉じていくドアの音が、いつもより小さく聞こえた。 なだらかな下り道、私の影だけが付添い人。 ずっと一人で歩いてきたこの道、どうしてかその黒が目に入る。 ――こんなの、ダメ。 私はうつむき加減になっていた頭を正す。 どこまでも続いていそうな道、だが前を向いて歩く。 都心部に着いた私は大きな瓦礫の隙間を重点的に見る。 もしかしたらコンクリートの狭間で縮こまっているかもしれない。 紅い空から、逃れるように。 人の姿はどこにも見当たらなかった。 私は東の方角へひたすら歩いていく。 見慣れた場所から徐々にずれていく景色。 誰も居ないように見える街、これまで知らなかった道。 辺りの損壊は相変わらず激しい。 大きな道路には建物群の欠片が数えきれないくらい落ちている。 つまづいて転ばないよう、細心の注意を払う。 途中で電車の線路が合流する。 目に入る建物が次第に低くなっていく。 呼応するかのように、落ちている瓦礫も小さくなっていった。 被害の少ない家を見かけたらすぐさま入り込み、探す。 人の気配すら感じられなかった。 線路脇には黄色い花が咲いている。 半壊した民家の隣には大きな木、そして緑の葉。 これまで目にしなかった色彩が散らばっている。 細くなっていく道路。 どこまでも続く線路。 ――本当にこの道でいいの? 心の中に風が吹き始める。 最初は弱く、だんだん強く。 私の心がさざめいていく。 ――あれは。 目指す方向に大きくて四角い、灰色の物体がある。 丘と丘の間に挟まれるように立っているそれは、確かに見覚えがあった。 ざわつく私の心。 それまで辺りを捜索しながら、ゆっくりと動いていた足。 意識しないままペースが速くなる。 早歩きから駆け足、そして全速力。 心に吹き荒れる風が激しくなる。 ――まさか、こんな。 迎撃都市、第三新東京市。 使徒は居なくなっても、まだその機能は生きている。 他の街に被害が及ばないように。 すべてはもう終わったのに、まだここに――。 視界のすべてを灰色に覆われても、私はそれに近づいていく。 加速していた足の動きは鈍り、次の一歩を踏み出すことすら困難に思える。 目の前には、エヴァほどの高さを持つシャッター。 それは可能性を遮断する巨大な壁。 分厚い金属に手を付けた瞬間、私の足は完全に停止した。 −4.02 どのくらい灰色の冷たさを肌で感じていたのか、気づけば夕方近くになっていた。 私は学生鞄の中から地図とペンを取り出し、該当のページを開く。 第三新東京市から東の方角へ伸びている道路部分に大きくバツを付ける。 インクの鮮やかな赤が目に刺さってくるような気がした。 私はそそり立つシャッターの先端を見上げる。 揺るがず天を目指すその姿は、紅い空に向かって攻撃しているようにも見える。 私は西の方角に向き直り、また歩き出す。 同じ道路、巻き戻る景色。 黄色い花が、緑の葉が、夕暮れの濃い紅に染まっていく。 欠けてしまった民家も、壊れてしまったビルも。 目に映るものすべてが私の色に包まれる。 前を向いていたはずが、知らずのうちにうつむく。 黒かった私の影が薄く伸びて、隙間に紅を纏っていた。 どこまでも私の色に染まっていくこの世界。 私は歩くことを止め、目を閉じる。 そのまま顔を上げて、空のほうへ向ける。 瞼の中で混ざり合う紅と黒。 夜が来るまで同じ姿勢のままでいた。 次に目にするものが、壮大な逢瀬となるように。 宇宙に包まれていく感覚に意識を集中した後、私は自分の部屋へ向かう。 今まで気づかなかったが、かなり足に疲労が溜まっている。 早く休息を取らなくては、明日からの行動に支障が出るだろう。 大きい瓦礫や倒れたビルの隙間を覗きながら、都心部を離れる。 部屋に戻った私は、ビーカーを軽くすすいでから水を飲む。 二杯目を飲んでいる途中で食事をしなかったことに気づき、学生鞄を手に取る。 中から栄養補助食品を取り出し、三杯目の水で流し込む。 食事を終えた後、シャワーを浴びる。 暗い浴室の中、勢い良く出てくる水に身を任せる。 これは顔、これは首、これは背中、これは腿。 私という存在を確認する作業。 絶え間なく流れていく液体の上から、丁寧に手を這わせる。 身体を隅々まで拭いた後、下着とブラウスを身に付けベッドに横たわる。 半分開いたままの窓から月の光が入り込んでいる。 私は横になりながら空を見上げる。 半分になった逢瀬。 目を閉じる。 ――そして私はまた夢を見る。 −4.01 碇君。 笑ってる。 人は嬉しいと笑う。 嬉しいの? 碇君。 私の心が動く。 碇君の口が動く。 何かを喋っている。 何も聞こえない。 無音の言葉。 碇君。 まだ笑ってる。 私が私でなくなる。 心が知らない動きをする。 心が両端から掴まれる、握り締められる、持ち上げられる、 そのまま下げられる、心が細くなる、細くなって吸い上げられる、 どこまでも吸い上げられる、心が半分になる。 笑ってる碇君。 静寂の声。 この感じ。 多分、切ないという気持ち――。 ――そしてまた夢は終わりを告げる。
|
Next>
|