今、私が作戦中にできることは何もない・・・
それなのに、どうして・・・
物思いにふけりながら、司令室に向かうレイ。
しかし、明確な答えの出ないまま司令室へと着いてしまった。
シュン・・・
レイの姿を感知した扉が左右にスライドする。
『うわあああああああああっっ!!』
タカユキの絶叫が司令室に響いたのは、それとほぼ同時であった・・・
「・・・マズッたわ」
初号機を出撃させる前の攻撃にはまったく反応がなかったはずが、あのボーリングマシンを出してからは一定距離のエリア内に入った途端、問答無用の加粒子砲攻撃。
どうやらあの使徒は、ボーリングマシンを出すことによって自分の防御になんらかの隙ができると判断したのだろう。
しかしあの使徒が攻撃を開始するのと、初号機を出撃させるタイミングが重なるなんて・・・
「リツコ、初号機の状況は?」
「胸部の装甲が1枚融解しただけだから、1時間後には換装作業終了。彼のATフィールドが3秒間だけでも、使徒の攻撃を防いでくれたのが不幸中の幸いってとこかしら」
ミサトの問いにリツコは即座に答える。
「そう、零号機のほうは?」
「再起動に問題はないわ。ただ、フィードバックに多少の誤差が残ってるの」
「射撃戦ならともかく、接近戦はまだ無理か・・・」
歯痒そうに親指の爪を噛むミサト。
「タカユキ君・・・初号機パイロットの容態は?」
「身体に異状はありません。今はまだ薬で眠っていますがすぐに目覚めるかと・・・」
「はぁ・・・状況は芳しくないわねぇ」
「白旗でもあげますか?」
「ナイス・アイディア!・・・でも、やれるだけのことはやっておかないとね」
そう言いながら取り出したのは、戦略自衛隊の研究所へのポジトロンライフルの徴発要請書だった。
「目標のレンジ外からの長々距離、直接射撃・・・かね」
冬月の声が響く。
ここは、総司令官公務室。
異常に広い部屋の中には、ミサト、ゲンドウ、冬月の3人しかいない。
「そうです」
ミサトは頷く。
「目標のATフィールドを中和せず、高エネルギー集束帯による一点突破しか方法はありません」
「MAGIはなんと言っている?」
「MAGIによる回答は、賛成2、条件付き賛成が1、でした」
「勝算は、8.7%・・・か」
「最も高い数値です」
ここで、今まで黙っていたゲンドウが首を動かす。
「反対する理由はない」
「では・・・」
「やりたまえ、葛城一尉」
「はいっ!!」
ゲンドウの言葉にミサトは一礼し、きびすを返す。
部屋の中にはゲンドウと冬月、2人だけが残った。
「しかし、タカユキ君・・・彼に任して大丈夫なのか?」
冬月が、独り言のように呟く。
「問題はなかろう」
「しかし赤木博士からは、不審な言動があったという報告もあるぞ」
「奴が一番に考えているのがシンジの事だという点に嘘はあるまい。それにレイだけではこの作戦は成り立たんのだからな・・・」
冬月の問いに、ゲンドウは感情のこもらない声で応えた。
レイはタカユキが寝ている病室へと続く廊下を歩いていた。
作戦内容をタカユキに伝えるためである。
『・・・どうして』
「・・・?」
そして、病室へ入ろうとした時、中からタカユキのものらしき声が聞こえた。
・・・誰かと話している?
部屋の中は、彼一人のはず・・・
『・・・こんな目にあってまで』
『それでも、まだ・・・』
話をしているように思えるが、部屋から聞こえるのはタカユキの声だけだ。
不審に思いながら部屋の中に入る。
「う、うぅ・・・」
そこには、ベッドの上で眠っているタカユキがいた。
うなされているのか、忙しなく顔を動かしている。
「僕には・・・分からない・・・どうして・・・」
途切れ途切れに聞こえてくるうわ言に耳をすますレイ。
「彼女にはそんな・・・ない・・・それでも・・・シンジ君・・・は・・・」
「・・・?」
シンジ・・・知ってる。彼の本当の名前・・・
でも、彼女は・・・?
「そう・・・それが君の・・・なんだね」
そう言った直後、突然目覚めるタカユキ。
「ッ!?」
視線が重なる形となったレイは慌てて目を逸らす。
だがタカユキには特に驚いた様子はなかった。
「・・・何か用?」
タカユキの言葉にレイは、ハッと我に帰り、自分が何故ここに来たのかを思い出した。
「食事・・・目が覚めたら食べるように・・・って」
「・・・・」
無言でレイが用意した食事を見つめるタカユキ。しかし、食事に手をつけるような素振りは見えない。
「それと、明日午前0時から発動される作戦のスケジュール」
メモを片手にこれからのタイムスケジュールを伝え始める。
「・・・以降は別命あるまで待機。明朝日付変更と同時に作戦行動開始」
「・・・・」
「・・・質問、ある?」
すべてのスケジュールを話し終えたレイはメモからタカユキへと視線を戻す。しかしタカユキは無言のまま、自分の左手を見つめていた。
ドクン・・・!
まるで初めから自分の話を聞いていなかったかのようなタカユキの態度。それを見ると同時に、胸のあたりに小さな痛みを覚えた。
何?・・・これ・・・
今まで感じたことのない痛みに振り回されながらレイは、その原因が目の前にいるタカユキであると直感的にそう思った。
だから、
「・・・さよなら」
逃げ出した。得体の知れない痛みから逃れるために・・・
「・・・・」
静寂に包まれた病室の中でタカユキは、ゆっくりと左手からレイが出て行ったドアに視線を移す。
「シンジ君・・・」
そして静かに呟く。
「どうして彼女なんかのために・・・僕には分からないよ・・・」
その小さな呟きは誰の耳にも届くことなく、静寂の中へと溶けていった。
『・・・本日、午後11時半より、全国で大規模な停電があります。皆様のご協力をお願い致します』
「おい、聞いたか?」
「おう」
「やっぱり、あの敵なのかしら・・・」
避難所となっているシェルター。
その中でトウジ、ケンスケ、ヒカリの3人は、ケンスケの持っていたテレビにもなるハンディビデオの液晶モニターを見ていた。
画面の中では先程からずっと全国規模の停電についてのニュースが流れている。
「まあこんな大規模なこと、NERVぐらいしかできないしな」
「また、あの2人が戦うことになるんか・・・」
複雑そうに呟くトウジ。
「レイさんも・・・大丈夫かしら」
それに続くようにヒカリも口を開く。
「あれ?委員長、いつの間に綾波のことレイって呼ぶようになったの?」
「えっ?」
「前までは、綾波さんって呼んでただろ?」
「そう言われればそうじゃのう。なんかあったんか?」
キョトンとした顔でトウジたちを見たヒカリ。そして嬉しそうに声を上げる。
「そうなのよ!この前話をした時に、そう呼んでもいいって言ってくれてね」
「へぇ、あの綾波がねえ・・・」
「あいさつしても、返事も返してくれへんかったんやろ?」
「うん。話せるようになったからって訳じゃないけど、心配で・・・」
「そうじゃのう・・・」
再び重くなる空気。
「大丈夫だって!!綾波のことも、きっと碇が守ってくれるさ!」
それを振り払うかのようにケンスケか明るい口調で話す。
「それに、俺たちがちゃんと信じてやらなきゃ、碇たちに申し訳ないだろ?」
「!・・・うん」
「・・・そうやな!」
ケンスケの言葉に、2人は大きく頷く。
「私たち、2人に守ってもらってるんだから・・・」
「その2人を信じなあ、格好がつかんわな!」
「そういうことだ」
そう言って3人は、NERVがある方向の壁を見つめる。
(がんばれや、シンジ)
(無事でいてね、レイさん)
(2人とも、信じてるからな)
その顔に、不安の色はなかった。
『敵ブレード第17装甲板を突破!!』
『本部到達まで、あと3時間55分』
『各冷却システムは試運転に入ってください』
二子山、山頂までの道を無数のコードとドラム、変圧器や電源車、冷却装置などがひしめき合っている。
その先にあるのは巨大なライフル、盾、そしてEVA初号機と零号機であった。
「・・・以上が今回の作戦の概要です。何か質問は?」
「要望があります」
ミサトの口から伝えられた使徒殲滅への作戦。
それに口を出したのは、タカユキであった。
「要望?」
「オフェンスとディフェンス、交代させてください」
「「えっ?」」
「!?」
タカユキの口から発せられた言葉に驚いた顔をするミサトとリツコ。
だが、それ以上に驚いていたのは、ディフェンスを担当していたレイであった。
「訳を聞かせてくれるかしら?」
「先程、ポジトロンライフルの精度はシンクロ率に関係してくると言っていましたね?」
「ええ」
「僕と彼女とのシンクロ率にはそれほど差はありません」
チラッとレイのほうを見て、再びミサトのほうに向き直る。
「僕のATフィールドと盾を合わせたほうが、ライフルの第2射を発射する時間を稼ぐことができるはずです」
「・・・確かに、初号機に盾を持たせたほうが安全性は上がるわね」
タカユキの話を聞きながら成功率を計算した結果を伝えるリツコ。
「そう・・・ならレイが砲手、タカユキ君が防御を担当でいいわね」
「はい」
「じゃあ、準備に移って」
ミサトの言葉に、自分の待機場所へと戻るタカユキ。
その後ろ姿をレイはジッと見つめていた。
暗闇に包まれた世界。
唯一の光源になっている蒼い月を見つめるように、レイはタラップに座っていた。
横のタラップでは彼も同じように座っている。
「何故・・・あんなことを言ったの?」
私のこと、嫌いじゃなかったの?・・・
先程から思っていた疑問を口にする。
「・・・約束・・・だから」
彼は月を見上げたまま答えた。
約束って・・・誰との?
「君はどうして、EVAに乗るの?」
自分が質問する前に問い返される。
私がEVAに乗る理由・・・
とっさに言葉が出なかったのは、彼が自分に話しかけてくることなどないと思っていたから。
「・・・絆だから。」
「絆・・・」
「・・・私には、他に何もないもの」
自分はEVAに乗るため生まれてきたようなもの。
パイロットをやめてしまったら、自分には何もなくなってしまう。
「それは、死んでいるのと同じだから・・・」
「・・・だとしたら、君は今も死んでいるよ」
「!?」
彼の言葉に驚き、そして怒りを感じた。
「私は、死んでなんかない・・・!」
「でも生きてはいない。ただの人形だよ」
「あなたにっ・・・」
私の何が分かるの!?・・・そう続くはずだった言葉は声にならなかった。
あの目・・・
月を見つめていたはず彼が、いつの間にかこちらを向いていた。
初めて出会った時と同じ、哀しそうな目。
「君にはEVAに乗るしか、あの男の命令を聞くしかないんだろう?だったら、例えどんな言葉を使っても、どんなに正当化しても・・・結局はあの男の人形だ・・・!」
「・・・・」
言い返せなかった。
すべて彼の言うとおりだったから。
「・・・時間だよ」
その言葉に俯きかけていた顔を上げる。
彼はもうこちらを向いていなかった・・・
『レイ、日本中のエネルギー、あなたに預けるわ』
「はい」
ミサトの言葉に頷くレイ。
彼女の乗る零号機の横では、初号機が盾を構えながら待機している。
『第1次接続開始』
『第1から第803区まで送電開始』
『ヤシマ作戦スタート!!』
その言葉に合わせるようにレイの頭に長距離射撃用のバイザースコープが降りてくる。
『第2次接続』
『加速器、運転開始』
『第3次接続、完了』
『全電力、ポジトロンライフルへ』
『撃鉄、おこせ!』
日向の声に、レイは零号機に撃鉄を引かせる。
『第7次最終接続』
『地球自転誤差修正、プラス0.0009』
『零号機のフィードバック誤差修正』
『全エネルギーポジトロン・ライフルへ』
『発射まであと10秒・・・9・・・8・・・7』
『目標に高エネルギー反応!』
『何ですって!?』
マヤの言葉に、ミサトが驚きの声を上げる。
その声はライフルを構えているレイにも聞こえていた。
気付かれたの?でも先に撃てれば・・・!
『撃てっ!!』
号令と共に引き金を引くレイ。
ズバッ!!
ポジトロン・ライフルから眩い陽電子の奔流が迸る。
しかし、それが使徒に着弾するよりも、使徒が加粒子砲を発射するほうが早かった。
ブゥンッ
ドカァアアアァ!!
2つの奔流はそれぞれの弾道を干渉しあい、零号機と使徒の後ろへと着弾する。
外した・・・!
普段は無表情なレイの顔に焦りの色が浮かぶ。
『敵ボーリングマシン、ジオフロント内へ侵入!』
『レイっ、第2射急いで!!』
レイは即座にヒューズを交換し、山肌を滑るように移動する。
『目標に再び高エネルギー反応!』
『マズイ!!』
カッ!
加粒子砲がライフルを構え直した零号機の目の前に迫る。
避けられない!!
きつく目を閉じるレイ。
だが、すぐに来ると思っていた衝撃は訪れなかった。
ズァアアアアアアア・・・・!!
加粒子砲が零号機に直撃する一瞬早く、初号機が零号機の前に立ちふさがっていた。
ATフィールドを上乗せしているにも関わらず、徐々に溶かされていく盾。
『そんな・・・計算より強い、このままじゃ盾がっ!』
リツコの声に、レイはゆっくりと目を開ける。
「碇くん!!」
モニターには加粒子砲の猛威を受け止める初号機が映し出されていた。
照準はまだそろっていない。
早く・・・
盾が溶解する。
早く
自らの体を犠牲にして零号機を守る初号機。
早く!!
照準が一点にそろう。
「ッ!!」
瞬間、レイは引き金を絞った。
障害物のなくなった弾道は、使徒に向かって一直線に伸びていく。
ドグワオオオオォォォ・・・
その弾道は使徒を完璧に貫いた。
ガシャン!!
炎と煙を上げながら倒れていく使徒を見届けた初号機は、役目を終えたかのように横たわった。
「碇くんっ!」
レイは初号機のエントリープラグをゆっくりと引き抜くと、自らも零号機のエントリープラグから飛び出した。
「くうぅ!」
そして加粒子砲によって加熱されている非常用ハッチの取っ手を、戸惑うことなく両手で掴んだ。
手に火傷を負うことも構わず一気に回す。
バコンッ
勢いよく開いたハッチに身を乗り出す。
中には俯き倒れているタカユキがいた。
「碇くん・・・碇くん!」
タカユキに近寄り、必死に声をかける。
「うぅ・・・」
レイの声に反応したようにゆっくりと目を開くタカユキ。
その目はレイの顔をみると、驚いたように見開かれた。
「どうして・・・」
掠れた声で呟くタカユキ。
「どうして・・・ここにいるの?」
「どうして?」
レイはタカユキの言葉の意図が分からずに聞き返す。
「そんな命令・・・受けてないはずなのに・・・」
「どうして・・・僕を助けたの?」
どうして・・・
私がここに来た理由・・・
「わからない・・・」
でも・・・と続ける。
「多分、あなたのことが・・・心配だったから」
「!!」
レイの言葉に、先程以上にタカユキは驚いた顔をした後、ゆっくりと呟いた。
「そうか・・・そうだったんだ・・・」
「?」
「君は・・・人形なんかじゃなんだ」
そう言いながら右腕を伸ばす。
そして手のひらでやさしくレイの左頬を包み込んだ。
あたたかい・・・
レイはタカユキの突然の行動に戸惑いつつも、彼の右手から伝わってくる温もりを感じていた。
彼女の頬にうっすらと赤みが差す。
「君には心がある・・・」
「心・・・?」
「ただ、その表し方を知らなかっただけなんだ。命令ではなく、君は自分の意思で生きいくことができる」
「・・・・」
「自分の足で、前に進むことができる君は人形なんかじゃない・・・人間なんだ」
私は・・・人形じゃない・・・
私は碇司令の人形だと思っていた。
あの人の命令が、EVAがなくては生きることができない人形だと・・・
ずっと否定しながらも、頭の片隅ではそう認めていた。
作戦前に、彼から人形だと言われて否定できなかったのがその証拠だ。
その彼が、私は人形じゃないと言ってくれている。
自分の意思を持った、人間なんだと・・・
私は・・・人間・・・?
「名前・・・」
「えっ?」
タカユキの言葉にレイの思考は分断された。
「あなたじゃなくて、名前で呼んでよ・・・レイさん」
「!」
初めて名前・・・呼んでくれた・・・
レイは驚いた顔でタカユキを見つめる。
あなたじゃなくて・・・碇くんでもない・・・
そして、おずおずと口を開いた。
「・・・タカユキ・・・くん」
それはすぐに消えてしまいそうな小さな声だったが・・・
「ありがとう・・・」
礼を言うタカユキの顔には笑みが浮かんでいた。
あっ・・・
それはレイが今まで見てきた彼の笑みとは違っていた。
普段の笑みには決してない柔らかさや暖かさ、あどけなさ・・・
きっとこれが本当の彼の笑みなんだろう・・・
その笑みを私に見せてくれている。
私に・・・笑ってくれている・・・
レイは知らず知らずのうちに微笑んでいた。
それは今、彼女が見つめている笑みと同じ笑み・・・
美しく、柔らかく、暖かい純粋な微笑み・・・
2人は救助が来るまでやさしくよりそっていた。
夜空を優しく照らす蒼い月を見上げながら・・・
あとがき
キトウキノです。
闇夜に浮かぶ月、いかがだったでしょうか?
今回は『レイの心の変化と成長』を主に書かせていただきました。
そのため、レイの心の描写では、なかなか適切な言葉が浮かばず・・・完成するのに時間が掛かってしまいました。これからは、もっと早くに投稿できるよう、努力したいです。
それでは・・・