「おはよう、レイさん」
朝、1人で登校してきたレイにあいさつをするヒカリ。
「・・・・」
レイは無言のまま・・・しかし、無視したわけではなかった。
 ペコ
軽く頷いたようにしか見えないレイのあいさつ。
しかし、ヒカリは満足げに笑みを浮かべていた。


〜フタツのココロ〜

8.闇夜に浮かぶ月 前編


急遽作られたことを連想させるむき出しのパイプや電線類。
野球ドームと比べてもこちらの方が大きく見えるほどの建物の中は、様々な用途で活躍していると思われる機器の音で溢れている。にもかかわらず、どこか整然としているように感じるのは人の声が聞こえないからだろうか。
使徒・・・人類の脅威・・・
活動を停止してなお発している威圧感。それを一身に感じながら作業をしている研究員達の表情は硬く、みな知らず知らずのうちに言葉を発しなくなっていた。
・・・しかし、例外もいる。
「ふふふふ・・・コア以外、傷一つついていない完璧なサンプル。すばらしいわ!!」
語尾に『♪』でも付いていそうなほど上機嫌にキーボードを打ち続ける女性、赤木リツコ。
ここ数日は徹夜続きのはずなのだが、リツコの顔に疲労の色は見えない。それどころか妙に生き生きとしているようにさえ見える。
「それで、何か分かったの?」
慣れているのか、彼女の奇妙な様子にも動じずに声をかけるミサト。
「これを見て」
「何これ?」
モニターには解析不能を示す601のコードナンバー。
「つまり、何にも分かんないってこと?」
「いいえ。使徒の固有波形パターンが人間と酷似していることが分かったわ。99.89%ね・・・」
「それって・・・!」
「エヴァと一緒ね」
「・・・・」
再び使徒に視線を移す。
「・・・ねえ」
「何?」
「99.89%ってことは、私達と0.11%しか違わないのよね?」
「そうよ」
「・・・いやね」
「波形パターンに姿形は関係ないわよ。それより、タカユキ君は?」
「タカユキ君ならあそこ」
使徒の足下(?)を指差すミサト。その先では学生服に黄色いヘルメットという少し妙な格好をしたタカユキが使徒を見上げていた。
「そう、ちょうど良かったわ」
そう言ってポケットから何かのカードを取り出すリツコ。
「なあに、それ?」
「タカユキ君とレイの更新したIDカード。レイにもついでに渡してもらおうと思ってね」
「レイにね〜・・・」
渋い顔になるミサト。
「どうかしたの?」
「何ていうか、あんまり仲よさそうじゃないのよね〜あの2人・・・」
「あら、レイが他人と壁を作るのはいつものことよ?」
「違う違う、タカユキ君のほう」
「へえ、彼が?」
ミサトの言葉にリツコは意外そうな顔をする。
「そんなふうには見えないけど・・・」
「第3使徒を倒した次の日に、レイのお見舞いに連れてったのよ」
「あなた・・・そんなことしていたの?」
リツコのため息交じりの言葉を無視してミサトは続ける。
「その時に彼、レイに向かって司令は間違っているって言ったのよ」
「間違っている?」
「そう、それでレイがそのことを否定したのよ・・・そしたら『自分とレイがいる時点で司令は間違っている』って・・・」
この時、リツコの目が一瞬大きく見開かれたのだが、ミサトは気付かなかった。
「タカユキ君の方は分かんなくもないのよ、なんとなくだけど・・・だけどレイが間違っているってどういうことかしらね」
「・・・さあ」
(彼がレイの正体を知っている?・・・まさかね)
モニターに視線を戻しながら答えるリツコ。しかしその目は、どこか遠くを見つめる様に細められていた。


 ザァァァ・・・
シャワー室から聞こえる飛沫の音が部屋いっぱいに響いている。
それはここの住人がシャワーを浴びているということなのだが、タカユキは特に気にすることもなく部屋に足を踏み入れていた。
埃の積もった床の上に散らばったままのゴミ。
壁はインテリアどころか壁紙すら張っていない。
その本当に人が住んでいるとは思えない部屋を見回していたタカユキだったが、その視線がある一点に固定された。
クローゼットの上に大切そうに置かれた眼鏡。フレームの部分には『G・IKARI』と書かれていた。
 シャッ・・・
不意にシャワーの音が止み、代わりにカーテンが開く音が聞こえる。
その音につられてゆっくりと振り向くタカユキ。そこには肩にタオルをさげている以外、何も身に着けていないレイの姿があった。
「・・・碇くん?」
軽く驚いたような顔をするレイ。しかし、体を隠そうとするそぶりは見せない。
「・・・・」
そんなレイの様子にため息をつくタカユキ。その表情には何か失望したような色が見える。
「服、着てよ」
「?・・・ええ」
後ろを向いてしまったタカユキを不思議に思いながら制服を着始めるレイ。
数分後、タカユキはレイが着替え終わるのとほぼ同時に再び振り返り、ポケットからカードを取り出す。
「これ、新しいIDカード。それと聞いていると思うけど、今日起動実験をやるからすぐに本部に集合だって・・・それじゃ」
言いながらタカユキはカードを手短にあったベッドの上に置き、そのまま部屋を出て行こうとする。
「あっ」
呆然としていたレイだったが、タカユキの様子に我に帰る。
そして、何故か彼を呼び止めなければならない気がして慌てて声をかける。
「碇――」
「そのっ!」
だがその言葉はタカユキによって遮られた。出て行こうとしていたはずの彼はいつの間にかこちらを向いている。その表情は先程・・・いや、今まで彼が見せていたどの表情とも明らかに異なっていた。
その目に映るのは・・・怒り・・・
「その『碇くん』っていうの・・・止めてくれないかな」
「えっ・・・」
突然の彼の変化に反応できないレイ。
「君にその言い方で僕を・・・シンジ君を呼んで欲しくないんだ・・・!」
そう言い残し、今度こそ部屋を出て行くタカユキ。
部屋に取り残された形になったレイは、その後もしばらくタカユキの出て行った扉を見つめていた。


何故?

ほとんど、口癖になってしまった言葉が心の中で浮かび上がる。
考えていることはもちろんタカユキの事だ。

私は彼に嫌われるようなことをしたのだろうか?

今までこの容姿に対する嫌悪などの視線なら何度も受けてきたが、あれほど露骨な敵意を向けられたことなどなかったレイは、戸惑いを隠せなかった。
しかし、他の誰かににそれと同じ類の視線を受けていたとしても、今までのレイだったらここまで深く考えたりはしなかっただろう。

始めて出会ったとき、タカユキに感じた哀しみ・・・
使徒との戦闘での理解できない行動・・・
日に日に強くなっている彼への疑問・・・

そんな彼から向けられた視線だからこそ、レイはどう対処していいのか分からなくなっていた。もっともレイ自身はそのことに気付いてはいないのだが・・・

『レイ・・・レイ?』
突然聞こえてきた声。
それが、碇ゲンドウの声だと気付き、自分が零号機のエントリープラグの中にいたことを思い出す。
「はい・・・」
『どうした?』
「何でもありません」
『・・・そうか、大丈夫だな?』
実際には決して大丈夫とは言い難い。しかし、今は起動実験に集中しなければいけない。
「・・・問題ありません」
心の中に残っている疑問を振り払いながら、レイは目を瞑った。

「第一次接続開始」
「主電源コンタクト」
「稼動電圧、臨界点を突破!」
「了解」
リツコとマヤ達、オペレーターの声が響く。
「フォーマットをフェイズ2に移行!」
「了解、パイロットと零号機との接続開始」
「パルス及びハーモニクス正常、シンクロ問題なし」
「オールナーブリンク終了、中枢神経素子に異常なし」
「1から2590までのリストクリア」
慌ただしい制御室。
その中でただ一人、静かに零号機とレイを映すモニターを見つめているタカユキ。
その顔は無表情で、何を考えているのかは読み取れない。だが・・・
 ギュッ・・・
何故か彼は、右腕で自分の左腕を強く押さえていた。
その左腕は小刻みに震えている。
「絶対境界線まであと2.5」
「1.7・・・1.0」
「0.8・・・0.2」
「0.1・・・ボーダーラインクリア!」
「零号機、起動成功!」


『零号機、起動成功!』
モニターを通して、制御室の様子が伝わってきた。

起動する事ができた・・・

邪念があったという訳ではないが、タカユキの事を意識していなかったとは言い切れない。
そのことが、起動の失敗に繋がる可能性もあったのだ。
実験の成功に、肩の力が抜けていくのが自分でも分かった。

 ビィーッ、ビィーッ、ビィーッ・・・

「ッ!?」
突然の警報。

失敗した?

気を抜いたせいだろうか・・・と、一瞬思ったがどうやら違うらしい。
『未確認飛行物体が接近中だ・・・おそらく、第5の使徒だろう』
『・・・テスト中断!総員第一種警戒態勢』

使徒?

『零号機はこのまま使えるのか?』
『まだ戦闘には耐えん。初号機は?』
『380秒で準備できます』
『よし、出撃だ』

初号機・・・彼が出るの?

無意識に視線が彼の所に向かう。
彼は制御室の後ろで自分の左手を見つめていた。その顔は何故か辛そうに歪んでいる。

・・・?何をしているの?

出撃要請が出たにも関わらず、彼はその場を動かない。
無言のまま、左手を開いたり握ったりするのを繰り返している。
『タカユキ君、どうしたの?』
その様子に焦れたのか、葛城一尉が彼に近づいて声をかけている。
『・・・いえ』
数拍遅れで返事をした彼は、一瞬だけこちらを向いた。

あっ・・・!

その目は、始めて出会ったときと同じ目であった。
哀しそうで・・・何処かに消えてしまうような目・・・
あなたは・・・いったい何が哀しいの?・・・


零号機から上がったレイは司令室へと続く通路を早足で歩いていた。

どうして、私は急いでいるの?・・・

本来私は司令室に行く必要なんてない。初号機が敗北した際に、すぐに出撃できるようケイジで待っているほうがずっと効率的だ。
それなのに、わざわざ司令室に向かっているのは、今の零号機では戦闘に耐えられないからだ。

今、私が作戦中にできることは何もない・・・
それなのに、どうして・・・

物思いにふけりながら、司令室に向かうレイ。
しかし、明確な答えの出ないまま司令室へと着いてしまった。
 シュン・・・
レイの姿を感知した扉が左右にスライドする。
『うわあああああああああっっ!!』
タカユキの絶叫が司令室に響いたのは、それとほぼ同時であった・・・



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あとがきは後編にて・・・


作:キトウキノ

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