< 10万Hit&二周年記念: K02−A Part >
君がいた夏は、遠い夢の中―――。
「 夏祭り(前編) 」
碇シンジは、お祭りが嫌いだった。
楽しくないからではない。むしろ楽しいからこそ、嫌いだった。
お祭りの間が楽しければ楽しいほど、その後の侘しさが響いた。
まるで、今まで楽しんだ分の罰を与えられているように思えた。
叔父の家に預けられている間、一緒に行く人は無く、いつも独りだった。いつしか、お祭りに近づかないようにしていた。
それでも遠巻きに見るその賑わいが羨ましく、自分独り仲間外れにされたような孤独を味わっていた。
近づいても離れていても、どうあっても彼に寂しさを与える存在―――だから彼は、お祭りが嫌いだった。
その嫌いな祭りに、シンジを誘おうとしたのはアスカだった。
「ねえ、日本のカーニバルってさ、どういうことすんの?」
朝食を終えた後のひとときを珈琲の香りと共に味わいながら、アスカが訊ねた。
2016年8月の今日、既に学校は夏休みに入っており、使徒の襲来もとりあえずは小康状態を保っている。
だから最近は朝だけでもこうしてのんびりと過ごす事が出来た。
「え・・・?お祭りのこと?」
シンジは食器を洗いながら答えた。
「う〜んと、夜店とかが出てて、盆踊りとかカラオケとか花火とかやって・・・・・。」
「あのさ、仮装とかしないの?」
アスカのいう仮装とはドイツのカーニバルでの話だ。そこではみんなが仮装して、山車を引きながら行進していた。
「浴衣とかは着るけど・・・・まさか仮装じゃないとおもうよ、あれは。」
自分もあまり祭り詳しいわけではないが、それだけは言えるだろう。
「ふ〜ん、なんかあたしの思っているのとはちょっと違うみたいね。」
「どうしたの?突然そんなことを聞いて。」
何気なしにきいたシンジの言葉に、何故かアスカの顔が少し赤くなった。
「・・・・ヒカリがね、こんど近くの神社でお祭りがあるから、あたしも一緒にどう、って誘ってくれたんだけど・・・・。」
「あ、そう。」
そっけないシンジの返事も気にならないのか、珍しく少しもじもじとしながら、アスカは続ける。
「それで、ホントはアタシとヒカリだけで十分なんだけど・・・・・。ほ、ほら、やっぱり女の子だけだとちょっとアレだしさぁ。」
「アレって?」
「・・・・・その、ちょっとカッコ悪いというか・・・・・。そ、そうよ!ヘンな男に声をかけられたりしたらウザいじゃない?」
「まあ・・・・そうかな。」
「だ、だからもし、アンタがど〜しても行きたいって言うんなら・・・・・と、特別に、連れて行ってやっても・・・・・良いかな、なんて・・・・・。」
喋ってる間にもドンドン顔に血が昇る。紅潮した頬を隠すように彼女は俯いた。
「別にいいよ。」
あっさり答えるシンジ。
「え?・・・・・ホ、ホント!?」
アスカの嬉しそうな表情。だが間の悪いことに背中を向けていたシンジは、彼女のとびきりの笑顔を見ることは出来なかった。
「いいよボク・・・・メンドくさいし。」
返事の意味を理解したアスカの顔が一瞬にして硬直する。
ガチャンッ!!
跳ね上がったコーヒーカップの剣幕に、シンジは思わず食器を落としそうになった。
「アンタ、何ですって・・・・・?有難くもこのアタシが声を掛けてやっているのに、『行きたくない』・・・・そうおっしゃるわけ?」
恐る恐る振り返ると、机の上に叩き付けるかのように脚を投げ出したアスカが、殺気を込めた視線を向けている。
横倒しになったコーヒーカップは口から珈琲を撒き散らし、憐れ絶命していた。
「だ、だってボク、お祭りって好きじゃないし・・・・・。そ、それにほら!無理して僕なんか誘わなくても、アスカなら他にいっぱい・・・・。」
言い訳がましく口走ったその余計な言葉が、アスカの怒りに油を注ぐ。
「わかったわよっ!!アンタなんか金っ輪際ッ、声掛けてやんないからっっ!!」
ドタドタと走り去るアスカを呆然と見送ったが、例によってシンジには、なぜ彼女が怒っているのか見当がつかない。
自分の部屋に駆け込んだアスカは、力いっぱいマクラを壁に投げつけた。
「バカシンジッッ!!!」
携帯越しのアスカの愚痴をたっぷり二時間近くは聞きながら、ヒカリは内心溜め息をついていた。
(あ〜あ・・・・シナリオが台無しだわ。)
シナリオとはアスカがシンジを、ヒカリがトウジを誘い四人一組で祭りに行った後、途中ワザとペアになってはぐれる、というものだ。
こんなシナリオを持ち出したのはアスカの方だが、いまだトウジと進展の無いヒカリもこの話に期待を寄せていた。
が、これでは御破算である。諦めるしかないが、自分の鬱憤だけぶちまけるアスカの言い分がだんだん癪に障る。
「・・・もう、仕方ないわよアスカ。今度また碇君を誘う方法を考えましょ。」
「!!・・・・なっ!?」
それまで流暢にシンジの悪口を流していたアスカの口が、途端にもつれる。
「べ、別に、シンジなんかと行きたくないわよ!アタシはヒカリと鈴原の仲が進展するよう、手を貸すつもりで・・・・。」
「・・・まったく、ほんとは私の事なんかより碇君と二人っきりになるのが重要なくせに・・・。」
「ち、違うわよ!あんなヤツどうだっていいけど・・・・。だ、大体ッ!シンジの分際でアタシの誘いを断るというのがムカつくのよっ!」
これまで散々アスカの愚痴に付き合ってきたヒカリの忍耐力にも、さすがに限界があった。
「もうっ!アスカがいっつもそんなことしか言わないから、碇君に気持ちが伝わらないんじゃない!!」
「だ、だって・・・・・。」
思わぬ反撃を受け、言い返す言葉が見つからない。
「ずっとそんな調子だと、そのうち誰かに碇君捕られちゃうかもよ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
「お祭りに行くの中止しましょ。じゃあね。」
通話を切ったあと、ヒカリは後悔した。つい勢いでああ言ってしまったが、自分も人のこと言えるほど素直だろうか?
それに照れ隠しとはいえ、彼女が自分とトウジの仲を考えてくれたというのも本当だろう。
(私も八つ当たりしちゃったな・・・・・。謝まらなきゃ。)
アスカに連絡しようと思った矢先、彼女の携帯が鳴った。
「・・・あ、委員長。わ、ワシや。」
「す、すずはら!?」
意中の人からの突然の電話に舞い上がったヒカリは、アスカに連絡するのをうっかり忘れてしまった。
一方アスカはもの云わない携帯を見つめながら、やり場の無い怒りを持て余していた。
(もう・・・・・こうなるのもみんな、バカシンジのせいだからね・・・・・。)
―――誰かに碇君捕られちゃうかもよ―――
(あんなヤツ、どうだって・・・・・・。)
だが、その言葉を聞いたときから、アスカの頭から一人の少女が離れない。怒りとは違う、ジクジクした痛みが胸に拡がる。
ヒカリは ”誰” とは言ってない。が、アスカにとってその ”誰か” とは綾波レイ、彼女しか思い浮かばなかった。
その日の夕方のシンクロテストでは、アスカの成績は恐ろしく不安定だった。
シンジは気にはなったが、今朝から彼女は機嫌が悪く、近寄れそうにない。
原因の在り処が分かってない彼は、なるべく彼女を避けるようにしていた。
だが起動実験終了後、パイロットの控え室で運悪くアスカと鉢合わせした。
彼女はジロリとひと睨みしただけで、露骨に顔を逸らす。
一瞬逃げ出そうとしたシンジだが、ここで出て行ってもカドが立つだけだと諦めた。
後ろ手にカーテンを閉めて腰を下ろす。ベンチの端と端、これ以上は恐くて距離をつめられない。
(気まずいなあ・・・・・。)
シンジとしては居心地悪いことこの上ない。が、アスカはアスカで別のことに苛立っていた。
(・・・・・さっさと声掛けなさいよ。んっとに、グズなんだから・・・・・。)
彼女は最初からシンジが来るのを待っていたのである。向こうから謝れば、まあ今朝のことは許してやろうと思っていた。
自分から声を掛ければ良さそうなものだが、その一言が素直に切り出せるぐらいなら苦労しない。
得体のしれない緊張感が膨らみ出したとき、入り口に掛かったカーテンをサッと押しのけ、ミサトが入ってきた。
「おっつかれぇ〜シンジ君。そろそろ帰りましょうか?」
妙な空気を感じ取ったミサトはアスカの存在に気が付いた。
「あら、アスカもここにいたの?・・・・デヘッ、ひょっとしてお邪魔だったかしらぁ〜っ?」
「うっさいわねぇ!アタシがここに居たのに、勝手にこのバカが入ってきたのよ。」
ニヤけた笑いを向けられたアスカの返事は思いきり刺々しい。ミサトはシンジと目を合わせた。
「・・・なんかアスカ、いつにも増して不機嫌じゃない?」
「あの、どうやら友達と一緒にお祭りに行くのが駄目になったらしくて・・・・。」
やっぱり何も分かっていない。シンジの鈍さにカチンとくる。
「なに他人事みたいにしゃべってんのよっ!!そもそも行きたくないっつったのはアンタでしょ!!」
「へ〜っ、アスカもカワイイじゃん。お祭り行くのそんなに楽しみだったんだ。」
「・・・べ、別にアタシはお祭りが楽しみだったんじゃなくて・・・!」
「じゃなくて?」
ミサトがこちらを探るような目で見てるのに気付き、照れを隠すようにそっぽを向いた。
(・・・・は〜〜ん、そういうこと。)
こういう時のミサトの勘は異様に鋭い。おもちゃを見つけた時の子供のように、口許がゆるむ。
「な〜んだアスカ!それならみんなで行きましょ?」
「・・・・・だ、だってコイツ嫌がってんだし、無理して誘うことないじゃん。」
どっちが無理してんだか、と思いながらミサトは矛先を変えた。
「あらぁシンちゃん?行きたくないわけないよね?こ〜んな美人のお姉さんがお誘いしてんだから。」
笑顔を向けながらも目だけは命令を下す上官のそれである。選択の余地を与えないつもりだ。
(ズルいですよ、ミサトさん・・・・・・。)
逃げるように目線を逸らしたシンジは、カーテンの向こうに映る人影に気が付いた。
「誰・・・・?」
三人の視線がそちらに集中する。カーテンが薄く揺れ、静かにレイが入ってきた。
「あれ?綾波、何時からそこにいたの?」
「今しがた。・・・何か、取り込んでたから。」
その言葉にシンジはどこか違和感を感じた。普段の彼女はそんなことを気にするタイプではない。
「い、いまね、みんなでお祭りに行く話していたんだよ。」
「祭り・・・・・?」
言葉の意味が掴めなさそうに呟くレイに、ミサトが誘いの言葉を掛けた。
「レイってばお祭りを見たことないの?・・・・あ、じゃあちょ〜ど良いわ。あなたも一緒に行かない?」
さほど意図があるわけではない。社交辞令のようなものだった。
(綾波は・・・・・こないだろうな。)
彼女が祭りに行きたがるとは思えない。だから期待はしてなかったが、せっかくだからとシンジも賛同してみた。
「あ、そうだよ。もし嫌じゃなかったらだけど・・・・・。」
レイは少し考えている様子をみせたが、普段と変わらぬ口調で答えた。
「・・・はい。同行してよろしいですか?」
無感動な声音と裏腹の返答に、ミサトも意外そうに問い直す。
「え・・・・・?あなたも行きたいの?」
「いけないでしょうか?」
「や、や〜ねぇ!誰もそんなこと言ってないじゃん。それにシンちゃんも嬉しいでしょ〜?」
「あ、は・・・・はい。」
思わず素直に応えたシンジの足を、いつの間にか近寄っていたアスカが力いっぱい踏みつけた。
「いってえ〜〜〜っ!!」
足を抱えて呻くシンジを尻目に、アスカはキッ!とレイを睨んだ。
「ファースト、アンタなに企んでるのよ?」
「企む?何のこと。」
「いままで何にも興味はありませ〜んって顔してたアンタが、一体なんで祭りを見たい、なんて言いだすのよ!?」
「別に・・・・。何故そんなこと訊きたがるの?」
雲行きが怪しくなりそうな二人を慌てて止めに入る。
「ちょっとアスカ!何でそんなに突っかかるんだよ?綾波は普通に行きたいって言ってるんじゃないか。」
「ハンッ!アンタは嬉しいでしょうね。なによ、デレデレしちゃってさぁ!」
かんしゃくを撒き散らす子供のようなその態度に、ミサトはやれやれと頭を掻いた。
「アスカ〜、いい加減駄々こねてないでさぁ、みんなで仲良く行けばいいじゃん。」
「だ、誰が駄々こねてるですって!?大体なんでこんなヤツと仲良くしなきゃいけないのよっ!!」
「・・・・私もそんな命令は受けていない。」
「なんですってぇ!!」
一触即発の雰囲気にシンジは胃が痛くなった。そのとき絶妙の間でミサトがとぼけた声をあげる。
「残念ねぇ、アスカが行かないとすると三人か・・・・。あ、考えてみたらアタシも駄目かもしれないわ。」
「え、じゃあ、中止ですか?」
現金なものでレイが来ると聞いた途端、シンジは少し落胆した。
「な〜にいってんのォ、シンちゃんはレイを責任もって連れていってあげなきゃ。」
「えっ!ふ、二人でですか?」
「あら、なに赤くなってんの?はっは〜ん、ひょっとしてアタシがいると邪魔だからそっちの方がいいと思ってんでしょ?」
「そ、そんなことないですよ!」
予想通りのシンジの反応に満足しながら、更に悪ノリする。
「もぅ〜、お姉さん悲しいわぁ〜っ!!・・・・でもいいの。例え厄介者扱いされても、アタシはシンちゃんさえ幸せならそれだけで・・・・。」
「ち、ちょ、ちょっと!ボクそんなこと一言も言ってないじゃないですかぁ〜。」
相変わらず押しに弱いシンジに苛立ったアスカが抗議する。
「な・・・・ミサトっ!なんでこの二人だけで行かせるわけぇ!?」
「あれぇ?だってアスカ、行きたくなさそうだったしぃ〜〜。」
じとぉ〜っ、と粘りつくような視線を向けられ、アスカは狼狽した。
「う・・・・・・だ、誰も、行かないとは言ってないじゃない。」
頬を真っ赤に染めたまま視線を泳がす。ミサトにとって、赤子の手を捻るようなものだ。
「よ〜し、じゃあ決まりね!!レイ、来週の金曜、うちに来なさい。」
「金曜日・・・・・ですか?」
「ん、都合悪いの?」
「・・・・ええ、その日は単体試験があったと思います。」
単体試験、と言っても起動実験のようなものではない。もっとも、その内容はミサトすら知らない。
「うふふふっ!残念ねぇファーストぉ〜?せぇ〜っかくのご希望なのにさあ。」
アスカがあからさまに嬉しそうな顔を挑発的に向ける。心なしか、それを跳ね返すレイの視線が幾分険しい。
「あ〜〜〜ら、心配ご無用!!この頼れるお姉さんがちゃ〜んとナシつけてくるから!」
異様に張り切るミサトを見て猛烈に悪い予感がするシンジだったが、既にこうなったが最後、彼に逃げ場は無かった。
「ちょっちリツコ、邪魔するわよ〜っ。」
キーボードを打つ手を止めて振り向いたリツコは、煩わしそうに溜め息を吐きながら眼鏡を外した。
「邪魔と分かって来る輩って本当、タチが悪いわね。」
「んないきなりツンケンしなくてもい〜じゃん。・・・あのさ、来週の金曜だけど、レイの単体試験があるんだって?」
「ええ・・・・それがどうしたの?」
身体ごとミサトに向き直り、鋭い目で問い返す。僅かに警戒する色が見えた。
「出来ればそのスケジュール、変更出来ないかなぁ?」
「どういう理由で?」
「その日ね、うちの近くでお祭りがあるのよねぇ。んで、あの子もつれて行ったげようと思って。」
「・・・・・・却下。そんなことでテストのスケジュールを変更出来ると思ってんの?」
他意の無さそうなミサトの顔を見て緊張を緩めたが、彼女の提案についてはにべもなかった。
「別に中止しろ、って言ってる訳じゃないわよ。ほら、少〜し別の日にずらせないかなあ。」
「出来る出来ないの話じゃなくて、公私混同するなっていってんのよ!」
ピシャリと叩きつけられるような返事にも怯まず、ミサトは粘った。
「・・・だって、レイもお祭りに行きたがってるのよ。何とかしてあげたいじゃん。」
「レイが・・・・?」
「そ、私とシンちゃんが誘ったらさ、『同行していいですか』 なんて言ったのよ。」
「ふぅ・・・・・ん。」
リツコが少し考える素振りをしたので、ここぞとばかり頼み込む。
「ほらぁ、あの子って特別、実験とかが多いじゃん?たま〜に息抜きしても、バチは当たんないと思うけど。」
最初はやや義務的に声を掛けただけのミサトだったが、今は真剣にレイの申し出を叶えてあげたいと思った。
「・・・・・確かに気分転換は必要かもね。・・・・・いいわ、考えておきます。」
リツコが考える振りをした。もともと自分とレイの都合さえつけばいいのである。だが、あまり簡単に認めても拙い。
「サンキュ〜リツコ様!恩にきます!」
「気持ち悪いこと言わないで。・・・でもミサト、随分レイに肩入れしてるじゃない。」
「だって、あの子が自分の希望を申し出るなんてなかったじゃん。進歩したと思わない?」
「まぁ、いい傾向ではあるわね・・・・・。」
(・・・・・もっとも、司令の計画としては好ましくないでしょうけど。)
リツコは内心呟いたが、かといって止めようとも思わない。この辺り、彼女の心境も複雑であった。
「引率のお姉さんとしてはちょ〜っち手間かかるけど、なんか嬉しくなってさぁ。」
「別にレイなら手間は掛からないわ。」
「だってレイが居るとさ、アスカがやたらライバル意識燃やすんだもん。」
「ライバル意識?」
「やたらシンちゃんのことを意識したりとか・・・・・まあ、アスカが勝手に熱くなってるだけで、レイは相変わらずだけどね。」
控え室でのやりとりを思い出したのか、ミサトはニヤニヤと笑った。
「でもねぇ、この二人に挟まれているシンちゃんの顔がこれまたケッサクなのよ。」
なんだかんだいいながら面白がっている友人に、リツコは呆れた。
「あなた普段シンジ君に色々と面倒見てもらってるんでしょ?たまには保護者らしいことをしてあげたら?」
「んふっ!だから手助けしてあげてんじゃん。シンちゃんの恋を取り持つキューピッドなのよ、あたしは。」
「・・・・・私にはあなたの黒い羽と尻尾しか見えないけど。」
何でこんなのに世界にたった三人の貴重なチルドレンを任せてるのだろう、それを考えると頭痛がしてくる。
「や、や〜ねぇ!あたしはこれを切っ掛けにレイとアスカも、もっと仲良くしてくれればいいなって思って・・・・。」
「・・・そう上手くいくかしら?まるで月と太陽のように正反対の二人ですもの。」
「月と太陽・・・・確かにそうね〜。アスカがいくら熱くなっても、レイは冷たい顔で跳ね返すだけだし・・・。」
云いえて妙かも、そう思いながらミサトはふと湧いた疑問を口にした。
「でも月は、太陽のことをどう思ってるのかしらね?」
「さあ・・・・。別に、どうも思ってないんじゃないかしら。」
「あたしのイメージでは月の方が太陽に嫉妬するものなのよ。・・・・自分じゃ輝けないから。」
そこまで云って、不意にミサトは悪戯っぽい笑みを浮べた。
「・・・・もしかするとレイが行きたいって言ったのも、アスカに負けたくないからだったりして。」
一瞬ミサトの言葉の意味が飲み込めず、リツコはキョトンとした。
「それって、レイがアスカに嫉妬してるって事?・・・・・・まさか、有り得ないわ。」
「どうして?レイだって女の子よ。」
あっさり答えたミサトの言葉に、リツコは驚いたような目を向ける。
「ん、どうしたの?」
「別に・・・・・何でもないわ。」
ミサトの視線から逃げるように顔を背けた。
「さっきのことは調整しておくから。・・・・悪いけど、そろそろ仕事を始めたいから出て行ってくれない?」
ミサトが退室したあともリツコは仕事を再開する気になれず、思案にくれる。
「女の子・・・・か。」
今まで自分はそういう風に見ていなかった。いや、そう考えるのを無意識的に避けようとしていた。
「あの子も興味を持ち始めたのかしらね・・・・・色々と・・・・・。」
レイが自分からお祭りに行きたいと申し出た・・・そう聞いたとき、心の片隅で見せてあげたい、と思った。
テストを延期することを承知したのは、多少は後ろめたさがあったからだろうか?
(偽善ね・・・・・こんな事をしても罪滅ぼしはおろか、気休めにすらならないのに・・・・・。)
机の引き出しからそっと一枚の写真を引き出す。そこには十数年前の自分、自分の両親、そしてゲンドウの姿がある。
その四人の間に絡まる因縁の糸を解きほぐそうとするかのように、一心に写真を凝視する。
―――自分は誰のために、何のためにこんなことを続けているのだろう?
湧き上がる疑念が息苦しく、リツコはか細い吐息を漏らした。
「あ・・・・うんうん・・・・そう、結局ミサトに押し切られてさあ。え?・・・・ふ、二人きりなわけないじゃんっ!」
翌日の朝。アスカは携帯を片手にベッドに寝転がりながら長電話の真っ最中だった。
「ん?ああ、気にしないでそんなこと。・・・・・いいわよ、別に謝んなくたって。気にしてないからさあ。」
昨日のことを必死で謝る相手を優しい声で宥める。
「そう・・・・・・じゃあね、バイバイ。」
携帯の通話を切ると、寝っ転がったまま天井を見上げた。
(ヒカリ・・・・・嬉しそうだったなぁ・・・・・。)
彼女はどうやらトウジと二人で出掛けることに決まったようだ。電話では申し訳なさそうにしていたが、声の嬉しさは隠しようも無い。
自分のほうは、当初の予定と大幅に異なる。ミサトのようなお邪魔虫だけならまだしも、ライバルまで同行するのだ。
(ラ、ライバルって、何考えてんのよ・・・・アタシは?)
違ぁう〜と一人ジタバタもがいていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「アスカぁ、入るわよ?」
ミサトがドアを開けたので、慌てて起き上がる。
「ん、寝てた・・・・?あのさ、お昼食べ終わってからみんなで浴衣を買いに行きましょ。」
「浴衣?・・・・ああ、シンジが何か言ってたわね。」
祭りには浴衣を着ていくものだっけ・・・・。ふと、嫌な予感がした。
「・・・みんなで、って言ったわよね。それってファーストも、ってこと?」
「そうよ。あの子も持ってないから。」
渋面を作るアスカを、ミサトは軽く嗜める。
「もう、そんな顔しないの・・・・。同じチルドレンなんだからもうちょっと仲良くしてよね。」
「だ、だからイヤだとは言ってないって!」
「それからアスカ、ファーストとかじゃなくてちゃんと 『レイ』 って呼んであげなさい。」
「アイツだってアタシを名前で呼ばないわ! 『弐号機パイロット』 とか何とかいっちゃってさ!!」
どっちもどっちだ、とミサトは思ったが、溜め息まじりに説得する。
「レイにはあたしからも云っとくから・・・・。頼むからお店でケンカなんて真似はしないでよ。」
「分かってるわよ。アイツと話さなきゃいいんでしょ。」
あまり分かって無さそうなアスカの返事に、少しはシンジの苦労が理解できた。
お店では表面上諍いはなかったものの、結局最後まで二人が口をきくことは無かった。
< 続 >