棺の中で眠る。



 どこにもいなくなる。



 もしも誰にも気づかれなかったら、誰がそれを「死」と呼ぶのだろう。















NEON GENESIS EVANGELION

―Growing Comedian―

前奏:葬送




 二〇一五年十二月一日。最高気温は三十三度。わたしたちには当たり前でも、赤木博士
や葛城三佐はつらそうに呟いていた。『こんな暑さじゃ、夢も希望もなにもあったもんじ
ゃないわ。』
 去年見た、色づいた銀杏の木にとまっていた蝉のことを思い出した。あの蝉は、あれか
ら何日生きられたのか。その晩で落ちてしまったかもしれないし、あと六日間生きられた
かもしれない。ああやって誰にも真似できない声で鳴ける蝉は、鳴き声だけで、たとえ涼
しくてもわたしたちに日中の暑さを思い出させることができる。あんな小さいけれど、そ
んなに大きな仕事ができてしまう。
 一方人間はどうだろう、ましてやわたしは。多くの人間に影響を与えることができるの
はほんの一部だけ。そんな類の人間になりたいと思ったことはないし、これからもないと
思う。
 でも、先ごろの初号機のサルベージ作業以来、わたしの考えは少し変わってしまった―
―存在を認めてほしいと思う。
 埃っぽいこの部屋の空調はわたしの好みで一定していて、窓の外は夕焼けで真っ赤に燃
えていた。この夕焼けも、もう少しで夜へと顔を青ざめていってしまう。そうなってしま
えば、あとは明日になるだけになる。それはつまり、今日が昨日になるということ。また
ひとつ、今日を燃料に地球が回る。わたしたちを勝手に乗せて回りつづけている。
 夏掛けの上に放り投げてしまっていた携帯電話を手に取って、着信履歴を覗いてみる。
履歴の一番上には30分前にかかってきた非通知設定の文字。相手はネルフ特殊諜報部員
からだった。聞いていた予定時刻通りに『予定通りです。』の一言。わたしは黙って電話
を切ることに成功したけれど、関節に力が入らなくなった。
 報告は、あの人の生命が明日を迎えられなかったことだけを厳密に伝えてきた。
 わたしは報告を受けたときと同様に電話をベッドの上に放り投げた。大した音もせずに、
転がりもしないで電話は元の位置へ。大きく吸った息を大きく吐いた自分に驚いて、思わ
ず部屋をぐるりと往復してしまった。ため息をつく彼や大人たちを何度も見てきたけれど、
自分がついた記憶はほとんどなかった――たぶんはじめてだと思う。碇くんもため息をつ
くときは、多かれ少なかれこんな気分なのかもしれないと思い、もしそうだとしたら、わ
たしにとってあまり気分が良いことではないので、またため息をつきそうになった。
 笑顔を見せることを教えてくれた碇くんに笑顔でいてほしいと思ってしまうことは、と
ても自分勝手なことかもしれない。それでも胸の内から、彼を思うと心臓が疼いてやまな
い。わたしはどうかしてしまっている。だから電話の報告で気を落としているのも、つま
るところ彼の所為だった。
 報告は銃弾と銃声で任務を完了させたことを意味していた。
 三半規管を揺さぶる銃声を思い出した。エヴァに撃たせるライフルの感触や、実験場で
向けられた銃口と弾丸。かつてわたしに向けられ、目の前で間の抜けた音を立てて潰れた
銃弾は、実際にはわたし以外の生き物を容赦も躊躇もなく無遠慮に貫く。それ自体は仕方
がないし、当たり前のこと。けれど、人殺しの道具、それが間接的に碇くんをとても悲し
ませることになることがわかっているから、さっきはついため息が出てしまった。
 今朝までつづいていた零号機の修復後の起動試験の影響による頭痛が、わたしの意識を
刺激した。
 堅固な壁と強烈な光、鈍く光る極薄の刃を持っていた使徒を相手に、修復の終わらない
零号機で挑んだ結果、n2爆雷を握った腕が焦げた挽肉になり、衝撃で気を失ったわたしは
使徒の無造作な一撃にも対応できず、零号機の顔面を割らせてしまった。
 あの時点で、その前の戦闘でなくなった左腕の修復が終わっていれば、もう少しまっと
うな戦い方ができた。使徒に乗っ取られた3号機から直接侵食されてしまった左腕は爆砕
するしかなかった。結果、先の戦闘では防御を無視したn2爆雷を抱えた特効しか有効な攻
撃方法がなく、結果、まったく傷を負わせることもできず、零号機を大破させてしまった。
ATフィールドを集中させて中和させるのも、爆弾を持たない腕でできていれば完璧にで
きていたはずで、コアをガードされずに致命傷を与えることもできていたかもしれない。
 遡って考えてみると、3号機に敗れたのは、背後からの集中射撃をためらったためだっ
た。それは直接の理由ではないかもしれないけれど、初号機のダミーシステムを起動させ
た遠因になった。初号機による3号機の破壊を止めるために間に入ったけれど、片腕を失
った零号機で3号機と初号機の相手はできない。結局わたしは離脱を余儀なくされ、初号
機は3号機を徹底的に殲滅した。
 わたしがわたしの行動によって傷つくのは当たり前でも、わたしの行動によって碇くん
が傷つくのは当たり前じゃない。命令を守れず、碇くんを守ることもできないならわたし
の存在価値はどこにもない。
 玄関のドアを控えめに叩く音が聞こえた。
 いつもと同じ時間帯なので、相手が誰かはわかっていた。五日前の退院以来、彼は欠か
さず夕方にわたしの部屋を訪ねてくる。
 歩くと、振動が頭に響いた。脳の奥を引掻かれるような痛み。半日以上も神経接続の確
認作業をつづけたのはわたしもはじめてだった。それだけ零号機の修復は急務として位置
づけられていた。この錆びたドアの向こうにいるパイロットやシンクロ率を下げ続けてい
る彼女より、ネルフはわたしを最も重要な戦力として考えているみたいだった。つまり、
碇司令がそう考えているということ。そのためにわたしは頭痛がするほどシンクロをつづ
けた。碇司令は正しいことをしている。だからと言って、わたしの心が軽くなるわけでは
なかった。今はもう、そうではなかった。
 ドアを開けると、いつものように制服姿の碇くんが立っていた。外の眩しさと疲労の影
響か、一瞬眼がかすむ。眼をこすりながら彼を見て、今日はじめて声を出した。
「……おはよう。」
 すこし、力んでしまったかもしれない。
「もう昼だよ。」
 それでもネルフ関係者にその日はじめて会ったらおはようだと教えられているので、間
違っていないように思えた。彼が唐突にため息まじりに「ごめん。」と謝った。入ってい
い?とも。
「学校行ってないのに制服って、おかしいかな。」
「わたしもそうだから。」
 背後の碇くんがもう一度謝った。謝る理由なんてなにもないのに。
 碇くんが部屋を見渡すのを、ベッドに座って見ていた。わたしの視線に気づいて慌てて
謝ろうとするので、とっさに口を開いた。
「なにか飲む?」
「え?あ、うん、いいよ、なんでも。」
 冷蔵庫から、未開封のミニボトルのお茶を渡した。
「綾波は?コップは……。」
「ないわ。」
 グラス代わりのビーカーは先日割ってしまったので、部屋にはグラスがない。
「じゃあ、お返しに今度買ってくるよ。」
「そう?べつに…………なんでも、いいわ。」
「いや、ちゃんと、ヘンじゃない普通のやつだから。」
 困ったような顔で笑う碇くんを見ていると、頭痛が和らいだ。
 心臓は疼いた。どうしたら、困らない顔でいてくれるだろう。
 珍しく、彼はわたしと同じにベッドに腰掛けた。でも、手を伸ばしても届かないくらい
端だった。真ん中に座っておけば良かったと思った。
 そこからはいつもと変わらない、会話のない時間がはじまり、わたしは本を読みはじめ
た。ときどき横になって眠ってしまうこともある。碇くんはわたしを殺そうとはしないと
思うので、勝手に寝てしまっても安心できる。
 碇くんは大体今日のように音楽を聞きはじめる。最初に音楽を聞いている姿を見た時と
イヤホンが変わっていたので、以前訊ねたことがあった。――壊れたの?
 ――うん、DENONっていうメーカーのやつ……片方聞こえなくなっちゃって。だからち
ょっと奮発して、一万円もするやつにしたんだ、こっちに来てからお小遣いも増えたし。
Audio technicaっていうメーカーでね、やっぱり結構音がちがうんだ。DENONのは、もう
1ランクいいやつにすると2万円近くするし……本当はそっちのメーカーの音の方が好き
なんだけど。
 ――音がちがうとどうなの?
 その問いには、屈託のない顔で答えてくれた。
 ――楽しいよ。
 あのときの笑顔を見るにはどうしたらいいだろう。訊ねてみたいけれど、音楽を聞いて
いると楽しいと言っているから邪魔をしていけない、話しかけることはしてはいけないの
だと思うので、機会がない。笑って、とお願いしても意味がないことくらい、わかってる。
この五日、わたしと一緒にいる碇くんが、そういう意味では一度も笑ってないことも。
「家に帰ると、ミサトさんが泣いてたんだ。」
 五時を少し回ったころ、空になったペットボトルをゴミ箱に捨てる以外に動かなかった
碇くんが言った。
 イヤホンをしたままだったので、わたしは少なくない驚きを感じて、不意に本を閉じて
しまった。ようやく堂々と彼の方を振り向いた。奥の壁に西日が射して、まるで槍が彼の
胸を貫いているように見えた。
 ――玄関先から聞こえてくるくらい大声だったんだよ。
 碇くんは妙に目を丸くさせていた。動かない眼と反比例して、手元はイヤホンのコード
をせわしなく弄っている。
「電話機に縋りついてた……たぶん、留守電を聞いてたんだと思う。」
 ――加持さん、死んじゃったんだ、わかんない、わかんないんだけど。
 声は陽炎のように揺らめいて、蝶々のように意図不明に漂い消えた。
「退院した日、加持さんに会った話はしたよね。」
「ええ。」
「ミサトさんの代理って言ってたけど……たぶん、加持さん自身、僕と会うのは最後のつ
もりだったんだ、あれが。だってさ、なんだか普通の話ばかりなのに、いつもより妙にく
たびれた感じだったんだよ。普段だったらあんまり、面倒くさいとか忙しいとか言わない
のに、あの日はそういうことも言ってた。」
 声も顔も乾いてひび割れていた。嬉しいときには嬉しい顔を、悲しいときには悲しい顔
ができるはずなのに、今の碇くんはわたしの語彙にはない表情をしていた。
 加持一尉は先ごろ射殺された。
 その報告をさっきの電話で受けてからずっと心配していた通りだった。あの人が死んで、
碇くんはとても悲しんでいる。考えていなかったけれど、碇くん以外の他の人まで困って
いる。泣き喚くほど悲しんでいるらしいのに、その取り返しはどうやってもつかない。
「わかってた。ミサトさんはもっとわかっていたと思う。加持さんは殺される可能性の高
いことをしていたんだ。僕らなんかが知りようもないようなことを知ろうとしたんだ。」
 心臓が痛んだ。
 わたしは碇くんが知らないことを知っている。
 わたしが「秘密」そのものであることを、わたしはわかっている。碇くんは、わたしが
ただのパイロットだと思っていることも、十分わかっている。だから、痛む。
「でも誰も知らない。だって誰かに話す気にならないんだ。たとえばアスカに話したって
……いいことなんてなにもない、悲しませるだけだ。」
 皮膚が疼いた。わたしと碇くん以外のパイロットの一人。いつだって闇雲に走ろうとす
るあの人を気遣う碇くんを見ていると気持ち悪くなる。わたしの細胞がフル回転で拒絶を
主張する。信号拒絶、回路断線、精神汚染……。自分に起こるそうした事態があまりに毎
度のことなので、嫌気がさしていた。自分で自分を拒絶したくなるなんて、昔では考えら
れないことだった。
「誰にも知られることなく、公表されることもなく、死ぬなんてあるのかな、できるんだ
ろうか。」
 簡単にできる。でもそれをわたしの口からは言えなかった。そんな解答を碇くんが望ん
でいないことくらいわかっているし、わたしが口を出すとなると、わたしが知っているこ
とを碇くんに言わなきゃいけなくなる可能性がある。言いたくないから、なにも言えない。
「……できるんだろうね。ネルフ自体、一般に知られてないんだから。お葬式もない、お
墓にも入らない、誰も認識しない死。なにも託さないでいなくなるなんて。」
 ――そんな風に、人って死ねるのか。がっくり項垂れた碇くんが、かすかに呟いて片膝
を抱えた。
 この前握った碇くんの手は暖かくて、わたしに体温を分けてくれた。
 わたしの体温を分けてあげたくなった。そのために、わたしの身体のあらゆる関節が彼
に近づくための動きをとろうとする。掌からだけじゃなく、身体を包んでしまえたら、と
思うわたしがいる。替わりの利くわたしではなんの意味もないことはわかっているから踏
みとどまる。
 それに、もしかしたらただ単に碇くんにふれたいというわたし自身の願望がそう思わせ
ているだけかもしれない。もしそうなら、きっと碇くんは暖かくなれない。なぜだかそん
な気がする。
 残された選択と言えば、碇くんの言葉を言葉だけで否定することしかなかった。
「あの人は託したわ、碇くんに。」
 つい一週間前、加持一尉と二人で話したことを思い出す。あの人は、きっと心から碇く
んのことを考えていた。打算のない大人の顔を見たのは、あれがはじめてだった。たった
一週間前のことなのに、なぜだかとても昔のことのように思えた。
「なにをさ。」
 加持一尉が浮かべた笑顔を思い出す。あのときも誰かに似ていると思ったけれど、今の
碇くんの赤くなった眼を見てハッとさせられた。あの人の笑みは、碇くんに似ていた。わ
たしの質問に、時間がないからと答えたあの人は、碇くんに似た笑顔を浮かべて脇の畑に
目を向けた。
 ――俺にもしものことがあれば頼むよ、歪まずに疑わずに伝えてくれそうなの、レイち
ゃんしか思いつかないんだ。
 ただの伝言だったら、誰にでもできるように思えた。今でもそう思う。
「碇くんが初号機の中にいるときに言われたわ。葛城三佐にも頼むけれど、できれば碇く
んにも、スイカのお水をあげてほしいって。」
「ジオフロントの……?」
 碇くんの思考速度は鈍っている。わたしは思わず立ち上がった。
「行きましょう。」
 どこへとは訊かずに碇くんも立ち上がった。部屋を出たわたしたちを陽射しが迎え撃つ。
頭痛が頭全体に広がっていくような、和らいでいくような感覚が引き起こした悪寒が微か
に首筋へと下りていく。決してそれを気づかれないようにゆっくり歩き出していくうちに、
悪寒は徐々に消えていった。
 会話はいつもに比べれば意外なほど多くて、理想には遥かに遠かった。会話というより
ほとんど碇くんの独り言だったからかもしれない。
 碇くんをあの場所へ連れて行かなければならないと思った。明日や今度では駄目だと。
 託されたのは碇くん。でも、その賽はわたしが加持一尉から託され、伝えるように頼ま
れた。予定や計画を伝えるのとは勝手がちがうことに、反応の鈍かった碇くんを見て気が
ついた。言葉を伝えただけでは意味がないことが、口にしてからわかった。けれど、どう
したらいいかわからない。直接連れて行くしか思いつかなかった。
 ――わたし次第で、加持一尉の想いを抹殺することもできた。
 でもあの人はこう言った。『レイちゃんしか思いつかないんだ。』
 碇くんを思うときとはちがう種類、でもその言葉はわたしの心臓を疼かせる。
 ジロフロントに出てスイカ畑に着くまでに、先の戦闘で損壊している彫刻があった。こ
の間は気にならなかったけれど、戦闘の爪痕がここまで到達していること、それはわたし
が独断で特攻したことに因ることは明らかで、冷や汗が浮かんだ。
 畑に着いたときには、ジオフロントの人工照明は橙色に切り替わっていた。
 碇くんは歩調を早めてひと足早くスイカ畑に入り、ゆっくり丁寧に畑を回りはじめた。
傍らでそれを見ていると、何列かに渡ってできているスイカ畑をゆっくり見回る碇くんの
肩が途中から震えているように見えた。シャツの袖で顔を拭うのも、一度や二度ではなか
った。
 嗚咽は木々のざわめきと紛れてしまっていたので聞かずに済んだ。
 聞かなくてもわかった。
 わたしはそっと彼の通った跡をたどった。念仏もお焼香も遺影もないけれど。
「百合の替わりにスイカなんて、加持さんらしいや。」
 一周し終えるころ、碇くんが言った。
「僕達二人だけだけど、弔えたかな。」
「……わからないわ。」
「でもさ、僕は良かった……もちろん悲しいよ。でも、こんな風に誰かに何かを任される
なんて、今までなかった。加持さんから、これから先のことを頼まれたから……嬉しい気
持ちもあるんだ。そのぶん、加持さんが本当にいないんだってこと、思い知らされるけど
……。」
 彼の眼が再び潤いはじめた。溢れることはなかった。
「わたしもはじめてだった。頼み事をされたこと自体。」
「そうなんだ。」
「自分の想いを他人に委ねて、伝えることもできるのね。」
 わたしを、そうするに足る人間だと思ってくれた。
 碇くんはわたしを見た。わたしも碇くんを見つめ返す。碇くんはすぐに、わたしの背後
の夕焼け色の照明に視線を移してしまった。
「いつか僕にもできるのかな……。」
「なにが?」
「……なんでもない。」
 彼は恥ずかしそうに笑った。
 どんな笑顔でも、わたしの心臓は疼いてしまう。
 どうして、こんな風になってしまったのだろう。一体誰の所為で、こんな。
 ゆっくり歩き出す。今日を燃料にして、明日またもう一周するために。こんな思いがで
きるなら、何周でもしていたくなる。
 今のわたしなら、笑えると思えた。少し前までは、どんな顔をすればいいのかもわから
なかったのに。このふた月くらい、碇くんのことばかり考えている、その所為かもしれな
い、そのおかげかも。
 歩く碇くんと手が触れた。思わず視線を下へ落としてしまった。だから、突然碇くんが
足を止めた理由に気づくのにも時間がかかってしまった。
「あれ?」
 ふと、なにかの音が聞こえた。
「あそこ……。」
 碇くんが指さしたのは、被害の規模を物語る彫刻だった。そこに目を向けると、彫刻の
上に碇くんと似た背格好をした少年が片膝を抱えて座っていた。段々と近づくにつれて、
彫刻の壊れてなくなっている部分は片腕と首だということ、夕陽の照明に照らされて白く
見えていると思っていた彼の髪の毛が、正真正銘銀色であることがわかってきた。音の出
所が、その人の鼻歌だということも。
 わたしにも聞き覚えがあるくらい有名なクラシックの曲だった。それを、鼻歌で唄って
いる。
 いつのまにあそこに腰かけていたのだろう。スイカ畑から帰る最中、人の気配はまった
くしなかったし、遠くから誰かが歩く姿も見えなかったのに、いきなり首と翼のない彫像
に、足を組んで座っている。
 わたしと同じ、真っ赤な眼をした少年。
 彼がネルフにやってきたのは、二ヶ月近く前のことだった。予備のパイロットとしてネ
ルフ本部で訓練を行っている。彼に合ったエヴァは建造が遅れていて、訓練はいつも別メ
ニューだった。戦闘にも参加できないため、どちらかと言うとクラスメートという意識が
強く、わたしの知る限り碇くんや弐号機パイロットとも特別仲が良いわけではない。
 わたしは以前彼と話をして、彼がわたしと近い存在だと理解していた。使徒の殲滅がす
べて予定通りに進んでいる以上、わたしのような存在がわたしとは別の目的で舞台に上が
ること自体は、驚くことではなかった。
「歌はいいね。」
 遠くからでもよく通る声なのだということは、今はじめてわかった。
「君は……渚君?」
 碇くんは驚きと緊張の混ざった声だった。
「歌は心を潤してくれる。」
 碇くんをエヴァ初号機からサルベージする作業の準備が進められていたころに彼と本部
内でばったり会ったことがある。そのときに彼は言っていた。
 ――じきに、君らと同じ立場になれると思うよ。
「リリンが生んだ文化の極みだよ。」
 像から飛び下りる動きは豹のようにしなやかだった。
 彼は笑みを浮かべていた。その笑みで全神経が張り詰め、警戒心は急速に高まった。彼
の眼の赤が、今までと明らかにちがっていることに気がついた所為だった。ついこの間ま
では透き通っていただけの眼が、今やなぜか濃縮した果実のように紅く、瑞々しい。
「そう感じないかい?碇シンジ君。そして…………綾波、レイ。」
 これは……………………駄目、この人は。
























「今日付けでエヴァンゲリオン弐号機専属操縦者候補生、フィフスチルドレンに任命され
たよ。」
























 彼は、踊り終えたダンサーのように胸に手を当て片手を広げてお辞儀をした。






























「改めて、よろしく。」
























To be continued by “twilight”
























あとがき

どうも、おひさしぶりです。
あるいは皆様、はじめまして。ののと申します。
3年8ヶ月ぶりの投稿です。しかも連載!
前世紀にデビューしてる人間がいまさら新連載はじめるなんて、実際五人といない気がす
る。
僕自身、もうエヴァFFを書くことはないと思った時期もあったんですが、わからないもの
です。

感想くれたら嬉しいです。筆のスピード上がります(笑)
この連載FF『Growing Comedian』は全12話の予定です。
時系列が変則的ですが、ご容赦下さい。
次回『トワイライト』は時系列通り『葬送』後です。

最後に「連載歓迎」と言ってくれたtambさんに、この場を借りて感謝申し上げます。



では、また。



追記:「話が重い」とお嘆きの方は、僕のブログで連載中のショートショート
「Day Tripper!!」で御和みください(宣伝)



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