碇シンジのサード・インパクト
プロローグ
Written by Sterope
皆が溶け合ってしまったLCLを見ながら許しを請う。
どうしてあんなことをしてしまったのか、サード・インパクトを起こしてしまったのか。
自分には拒絶することができたのに、自分の弱い心が全てを破壊してしまったのだ。
すくなくとも少年はそう思っていた。
2016年
赤い海のほとりで倒れているところをシンジは警察に保護された。
最初はてっきり射殺されてしまうのではと、もんどりうって逃げ出そうとしたシンジだったが、今更どうなることでもないと諦め警官の言うことに従った。
車に揺られながら進むにつれ、第三新東京市は以前とまったく変わらない姿をシンジに見せていた。
(生きた人間達がまだいたんだ!僕は何も間違いを犯しちゃいない、まだ、まだやり直せるんだ!)
その期待は何も間違っていなかった。
零号機の自爆すら無かったかのように、街は活気に溢れていた。
シンジは病院に着くと、そのまま脳や血液の検査を受け病室に入った。
部屋は8人部屋であり、シンジの正面には先客が居た。その先客とは蒼い髪と赤い目の彼女である。
そのことはシンジを少なからず動揺させ、あらゆる恐怖を浮き上がらせたので、彼は彼女を極力無視した。
そうすることで恐怖から逃げ出したかったのだ。
彼にとってサード・インパクトの象徴とも言える彼女、そして淡い想いを抱いている相手。
今は疲れた…。考えないようにしよう。そう決めたシンジはベッドへ体を倒した。
考えたいことが山ほどある。話したいことが山ほどある。
しかしシンジの脳はいろいろなことが入り乱れすぎ、全くその機能を果たそうとしなかった。
ごちゃごちゃで纏まらない考えをなんとかしようとしていたその時であった。
「…っ!!」
シンジの正面に居る彼女が急に苦しみだしたのだ、苦しそうに体を折り曲げているのを見たシンジはすぐさま看護師を呼んだ。
「綾波がっ! 綾波がっ! すみません、綾波が辛そうなんです!」
「はいはい、碇さん。それより医長がお呼びなので一緒に来てもらえますか?」と看護師
「えっ? でっでも綾波は?」
綾波の容態が悪いんです。そうはっきり言っているのに何故…。
不満だ、という態度を隠すこともなくシンジは言われるまま看護師の後へ続いた。
「それじゃあ、これまであった事、話せるかしら?」
シンジは困惑していた、なぜ自分が診察室へ連れてこられているのか、わからなかったのだ。
これは尋問なのだろうか。
「これまでの事って…サード・インパクトの事ですか?」
綾波のことはうまくやってくれるだろうと自分を納得させ、シンジは聞き返した。
「……そうね、それから話して頂戴」
赤木リツコ博士はそういうと、カルテとモニタ画面に目を走らせた。
「綾波が、大きな綾波が現れて、それで、アスカが、アスカがっ…僕のせいで…みんな死んじゃって…」
サード・インパクトとそれに関係することを話すのはシンジにとって苦痛を伴う作業だった。
少しずつ言葉を紡ぎ、20分以上かけてシンジは事の成り行きを話した。
「………それがあなたのいう「サード・インパクト」ね…そう、そういうこと…」
思考の海に沈んだ様子の赤木博士を見ながら、自分がどんな風に扱われるのかシンジは恐怖していた。
全てを知ることになってしまうかもしれない、シンジはそれが怖かった。
リツコの診察は何事も無く終わり、シンジは病室へ返された。
(ぼくは…どうなっちゃうんだろう…)
本当のことを知るのが、怖いのね。だから自分のココロを閉ざしている。
後悔してもはじまらないわ、今は進みましょう。
そうレイが言ってくれた。
「あ、ありがとう」
シンジは照れくさそうに正面のベッドへそう言った。
しかし、あれだけの大事だったのだ。ましてや自分は一度殺されかけている、ただでは済むまい。
(皆の無事を確かめたい…ミサトさん…ミサトさんはどうなったんだろう…!)
その考えが一度沸き起こると、次の瞬間にはもはや歯止めが効かなくなっていた。
思考のベクトルがズレていることにシンジが気づく事は無く、感情に流されるまま行動した。
「あの、外へ、出たいんですけど…」
「外へ? 誰かと一緒ならいいわよ」
リツコの反応はシンジには予想外だった、外出が認められるとはあまり期待していなかったのだ。
それだけに次のリツコの言葉はシンジをひどく落胆させた。
「病院の庭とか、病院内だけならね」
随伴者に連れられ、病院の庭へ出るシンジ。
右脇にピッタリと張り付き、まるでシンジを逃がすまいとしているかのようだ。そしてそれは間違ってはいない、シンジはそう考えていた。
(なんとか、なんとか逃げ出してミサトさんのマンションまで行こう!)
その意思は強く、鋼のようで
またそれは少年を凶行へ走らせるのに十分であった。
実はさっきから随伴者の歩き方が変なのに気づいていたのである。
(この人…痔なんだ…。)
それとわかるとシンジに何気なくケツの前に手をもっていき、軽く叩いた。
「キャッ!」
おおよそ男のそれとは思えない情けない悲鳴があがる。
確かな手ごたえを感じたシンジは続けて二発、三発、四発と食らわせた。
その場に倒れ動けなくなった随伴者を横目にシンジは走り出す、病院のフェンスを超えると大きな林が広がっていた。
シンジは林を駆け下りた、つまづきそうになりながら懸命に走った。
1分だろうか?10分も経っただろうか、林を抜けるとそこには民家が広がっていた。
来た時に車から見ていたので覚えている、ここは第三新東京市でも郊外に位置しているようだ。
民家が周辺を固め、中央には大きな林、そしてその中心にそびえ立つ総合病院。たしかそうだったと、シンジは記憶をたぐり寄せた。
ともかく病院着では目だってしょうがない、そう考えたシンジは民家の庭に忍び込み干してあった洋服を奪った。
汗で服がまとわりついて気持ち悪い、蚊に刺されてかゆい、見たこともない虫が木に張り付いている。
木漏れ日を受けながら、林へ一旦戻ったシンジは幾分か町の中心へ向け歩いていた。
ミサトのマンション、コンフォート17は今の位置からなら2kmも無いだろう。
暗くなるまえにマンション近くまで行き、ミサト達の帰りを待とう。そう思いながらひたすら歩いた。
林を抜け、真夏の日差しを受けながら乾ききっていないポロシャツを汗で張り付かせ、シンジは歩く。
(僕は、もう一度ミサトさんに会って、話がしたい!皆と話がしたいんだ!)
ところがシンジのあては外れ、見知った道路へ出た頃にはすでに周囲は暗くなっていた。
(ミサトさん…アスカ…居るんだろうか)
見上げてみると、部屋の明かりはついているようである。であれば少なくとも誰かは居るはずだ。
チャイムを何度か鳴らしてみるシンジ、部屋の中から「は〜い」という声がしたのは聞き逃さなかった。地獄耳である。
まだミサトは生きていた。自分を守って死んだはずの彼女は生きていたのだ、そう思うと再会に胸が高鳴る。
「ミサトさん…」
「…シンジくん!?」
シンジが最初に感じたのは違和感であった。なぜ彼女はそんな怯えた目で自分を見るのだろう。
「シッ、シンジ君、まず落ち着いて? どうしてここへ来たのかしら」
どうして?そんなこと決まっているじゃないですか
言い終わらないうちに奥から声がした。
「ミサトー加持さん来たの?」
出てきたのは茶髪に蒼い目の彼女、アスカ。
ここで、シンジはもう涙をこらえ切れなかった。部屋の奥から出てきたアスカに謝罪の言葉を述べながらボロボロと涙した。
「アスカ、ごめんよ、あんな目にあわせて…僕が、僕が弱かったから…」
「へっ? あ、あらそう? 大丈夫だけど…ワタシは…ピンピンしてるわよ…」
その言葉はシンジに深く突き刺さった、それと同時に沸いてくる違和感。
(罵倒されて、張り倒されるかと思ったのに…)
あんたばかぁ?という言葉が、シンジの脳裏をかすめた。
「まっまぁ上がって? シンジ君。お茶出すから」
「はぃ…ありがとうございます」
奥へ通され、リビングの椅子に座らされる。お茶といって出てきたのはあの赤い海を連想させる、オレンジジュースだった。
口をつけるか躊躇われたそのとき、ミサトが何かアスカに耳打ちしているのをシンジは見逃さなかった。
ついでミサトがシンジの前に座り、話し始める。
「いやぁ〜お姉さんビックリしちゃったわよ、加持かと思ったらシンジ君なんだものねぇ〜」
「それより生きててなによりです。またこうやって皆で話せるなんて…夢みたいです」
話さなくちゃいけないことは山積みだ、しかしどこから手をつけていいかシンジにはわからない。
アスカを見ると、本国の両親へ電話しているようであった。ドイツ語?で何かしらしゃべっている。
(ミサトさんと、何か…何か話さなくっちゃ!)
「あのっ…」
シンジが意を決して話し始めようとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
とたんにミサトの顔が明るくなる。アスカときたらバタバタと玄関へ走っていった。
(加持さんが…生きてる?)
死んだはずの加持の訪問に期待するシンジ、しかし、アスカが開けた玄関から入ってきたのは病院の医師達であった。
頭に火がついたのがわかる。それも核爆発級の。
「どうしてッ!? さっきの電話! あれ、僕を裏切って、連れ戻すために!?」
「シンジ君落ち着いて?! こうしなければあなたはもっと酷い目に合わされるわ!」とミサト
何がもっと酷いのだろう、せっかく抜け出してきたのに、話したいことはたくさんあったのに。
「やめてよっ! 離してよっ! 僕を放してよっ!!」
信じていたものに裏切られる。これ以上もっと酷いことなどあり得るだろうか。
有無を言わさず病院に連れ帰られ病室へ押し込まれるシンジ。
碇くん…
彼女の姿を見た途端、感情がいっきに溢れてくるのを感じた。
「綾波っ! 綾波ぃ! 助けてよ! 僕を助けてよおっ!」
僕が悪かったから、だから助けてよ!までは言葉にならなかった。
口を手を足を押さえつけられ、ベッドへ拘束される。
「ハロペドール、投薬! 落ち着いたら保護室へ連れて行きなさい!」
「はいっ! おい大人しくしてくれっ…!」
シンジの細い腕に注射器がねじこまれ、薬品が注入されていく。
もはやシンジにできることは何もなかった。――ミサトたちに裏切られた。そのことだけがシンジの頭の中を駆け巡っていた。
しかしいつしかそれも消え、徐々に何もかもどうでもよくなり、周囲が、暗転した。
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