「カウンセリング……ですか?」


 淡いコバルトグリーンの色をした縁の眼鏡をかけた男性は、少し驚いたように尋ね返した。


「そうよ」


 トレードマークともなっている銀のクロスの前で腕を組みつつ、妙齢の女性は一言だけそう答えた。


「……なぜ僕が…………?」


 続けて男性が尋ねる。


「………………」


 その問いに、ほんの数秒女性は返答を保留した。










I wish you a Merry Christmas.

プロローグ

Written by tomo











「もう知っていると思うけど、今日、サードチルドレンの登録抹消が正式に決定したわ。……前回の使徒
 戦における命令違反に対する処置として、ね」


 しばらくして葛城ミサトが口にした内容は、男性の問いに対する答えとは異なるものであった。


「だから、今後使徒戦は零号機と弐号機だけで戦うことになるのだけど……現在、セカンドチルドレンに
 起こっている問題は、知っている?」

「…知っています」


 男性――――テレンス・柊・ハヤト作戦部情報分析課課長は、静かにうなずいた。

 作戦部情報分析課とはエヴァと使徒の戦闘に関するあらゆる情報を収集・分析し、今後の使徒戦におけ
る作戦立案のサポートを行うことをその職務としている。それゆえ、チルドレンに関する情報も、常に彼
の元に集まってきていた。


「シンクロ率の継続した低下。原因は今のところ不明、でしたね?」

「その通り。今後サードチルドレンを欠いて使徒戦を戦わなければならない我々にとって、これは見過ご
 すことの出来ない大きな懸念材料よ」

「………………」


 ハヤトは黙って先を促す。


「・・・そこで、あなたにはセカンドチルドレンに対してカウンセリングを行ってもらい、シンクロ率低下
 の原因を解明してもらいたいの」


 そこまで言って、ミサトはジャケットの内ポケットから一枚のディスクを取り出し、デスクの上におい
た。


「この中に、ここ最近におけるセカンドチルドレンの状態に関するレポートが入っているわ。なんなら、
 MAGIを使って私生活に関する情報に至るまで、必要と思われるものを入手することも許可します」


 ハヤトは、デスクの上におかれたデイスクを一瞥し、再び視線をミサトへと向ける。  


「……ですがこれは赤木博士の仕事では? なぜ、僕なのですか」


 そして、先ほど答えられることのなかった疑問をもう一度口にする。


「リツコ――赤木博士の推測によれば、シンクロ率の低下の原因は肉体ではなく、精神的問題、つまり、
フィロソフィー・オブ・ドクター
 “心”の方にあると考えられるそうよ・・・そして、あなたはたしかハーバードで P h . D
 
 を取得していたはずよね?」

「……たしかに、僕は心理学の博士号を持ってはいますが…………でも、正式なドクターではありません
 よ?」

「それでも心理学者として“心”の問題を研究してきた。専門家として原因究明のきっかけぐらいはつか
 める・・・・ちがうかしら?」


 それはハヤトを試しているかのような口調にも思えた。

 ハヤトは答えの代わりにゆっくりと眼鏡を左手でかけなおす。


「……なるほど。つまり、僕には“治療”については期待されていない。そういうことですね?」

「……もちろん、治療が可能ならば行います。ただ、仮に次の使徒戦においてセカンドチルドレンが戦闘
 に参加できない可能性が高いのであれば、私達はそれなりの対処を取らなければならないわ。当然、
 “治療”よりもそちらの方が優先事項となる。……どちらにしても、今は、原因解明が私達にとって急
 務なのは分かるでしょう?」


 まるで台詞でも読むかのようにミサトの答えはとても流暢だった。


「ええ、それはわかっています」


 ミサトから視線を切り、ハヤトの意識は一瞬中空を舞う。それは、何かを逡巡しているようにも見える。

 やがて、ハヤトの瞳は再びミサトの眼を直視する。 


「……ですが、これは……命令ですか?」


 それは先ほどとは違い、意思のこめられた、はっきりとミサトを試す問い。


 命令ならば従わねばならない。そのことをハヤトも知っている。もっとも、その方が自分の意思が介在
しないだけ楽な場合だってあるが。


「………………」


 再びミサトは返答を留保する。銀のクロスが彼女の右手の中でゆれていた。

 何というべきか迷っている。そんな感じのする沈黙だった。


「……命令は……したくないの……」


 それまでと異なり、つぶやくようにミサトは言った。


 ハヤトは考える。

 ひょっとしたら、彼女は言葉以上のことを自分に求めているのかもしれない、と。


「……わかりました。僕にできる範囲でやってみましょう」


 依然として釈然としないものは残る。だが、ハヤトはミサトの願いを受け入れることにした。

 彼女にとって、これが今できる精一杯のことなのだろう。そういう風に解釈して。


「……たのんだわよ、柊一尉………」


 ディスクを受け取り部屋を出ようとするハヤトに、ミサトはそう声をかけた。

 自動ドアが閉じきってしまう刹那、そう言った彼女の顔を見たとき、ハヤトはこの部屋に来て初めて彼
 女の真意を垣間見たような、そんな気がした。



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