I wish you a Merry Christmas.

第一話

Written by tomo











 アスカが扉を開けると、そこには柔和な顔をしたメガネの男性が座っていた。


「こんにちわ、アスカ。どうぞ、中に入って」


 そう言った男性は笑った。

 短くキレイにそろえられている若干赤みがかかった黒髪。薄い黒の混じったシルバーの瞳には、淡いコ
バルトグリーンの縁をもつ眼鏡がかかっている。服装は、ネルフには珍しく、スーツ。程よく品の良い赤
と黒の柄をしたネクタイをしめ、白いしっかりと糊の利いているYシャツ。スーツは濃い紺の上下だが、
今はジャケットを椅子の背もたれにかけている。
 一見して何か特徴があるわけではない。ただ、彼の笑みは、社交的な笑みだとはいえ、それは人の心を
和ますような微笑であった。


「………………」


 そんな男性とは対照的に、あふれ出る不快感を隠そうともせず、アスカは黙って部屋に入っていく。


「そこにかけてもらえるかな」


 促され、部屋のほぼ中央、男性と向かい合うようにして置かれている椅子に、アスカは腰掛ける。

 それでも、アスカは無言のままだった。


「……右手、どうかしたの?」


 腰掛けたアスカの右手に包帯が巻かれていることに気づき、男性がたずねる。


「……なんでもないわ。昨日、グラスをテーブルの上に置こうとして、わっちゃったのよ」

「それはまた随分と強い力でグラスを置いたんだね」

「……こうみえても、結構鍛えているの、私。」

「……なるほど、ね」

「……そんなくだらないことをきくために、私をここへ呼んだの?」


 言って、アスカは男性を睨み返す。


「そうだったね。じゃあ、本題に入ろうか」


アスカの視線には動じず、あくまで男性の物腰は柔らかだった。


「まずは自己紹介をするね。僕はテレンス・柊・ハヤト。ここでの役職は作戦部情報分析課課長というこ
 とになってる。具体的な仕事の内容は……」

「知っているわよ」


 アスカはハヤトの話を強引にさえぎった。


「そんなことより、今日私をここに呼んだ理由を聞かせてもらえるかしら?」


 アスカの口調には言外の随所に苛立ちがこもっていた。


「……そうだね。それを先に話しておくべきだね」


 ハヤトは依然として人のよさそうな笑みを浮かべつつ、そう言った。


「……アスカ自身もよくわかっていると思うけど、君のシンクロ率は最近緩やかな減少を続けているね。
 僕はその原因を解明して、できれば問題を解決する手助けをしたいんだ。今回来てもらったのは、その
 手助けをするための面接。……言ってみれば、カウンセリングみたいなものかな」


 腕を組みながらアスカはハヤトの言葉を黙って聞いている。

 
「……といっても、別に何か特別なことをするわけじゃないから安心して。僕も専門のドクターというわ
 けではないしね。まぁ、アスカは世間話でもするつもりで、僕の質問に答えてくれればいいよ」


 そう言ってハヤトは再び笑った。


「僕からの説明はこんなところだけど……これでいいかな?」


「……いいわ。……ただ、ひとつ答えて」


 言いながら、アスカの視線は鋭く射抜くかのようにハヤトの顔を捉える。


「いいよ。なんだい?」

「どうしてウソつくの?」

「ウソ?」

「そう」

「ウソなんかついてないよ?」


 アスカは鼻で笑った。


「……こうみえても私は五歳のときからドイツで訓練をうけてきてるのよ?……周りは大人ばかりの環
 境でね。大人のウソなんて簡単にみぬける。もちろん、あなたがウソをついてるかどうかだってね」


「………………」


 一瞬の沈黙。ハヤトの顔からは笑みが消えていた。


「……君をここに呼んだのは本当にカウンセリングするためだ。他に意図はないよ」

「……ハッ……」


 アスカの視線が挑戦的なものに変わる。


「……なら、そのカウンセリングの目的は“治療”にあるのかしら?」

「………………」


 再び、沈黙が場を支配する。

 やがて、ハヤトは一度だけ深く息を吐いた。


「……確かにこのカウンセリングの目的は“治療”じゃない。君のシンクロ率が減少している原因を解明
 し、ひいては、君が今後も弐号機を操縦できるだけのシンクロ率を維持できるかどうか、それを判断す
 ることがこのカウンセリングの最終的な目的だ。……君の言う通り、僕はウソをついた」

「……私をただの14歳の子供だと思ったの?」


 そういってアスカは笑みを浮かべた。だがそれはアスカ自身のもつ魅力を全く体現したものではなかっ
た。


「……これで、カウンセリングは失敗よね。……どうする? もうやめる?」


 あくまで挑発的に。アスカは笑みを浮かべ続けている。


「いや。やめないよ」

「……なぜ?」

「僕は君を大切に思っている人からの依頼を受けているからね」

「ふーん……なら、どうするつもりよ?」

「やり直すさ。もう一度。初めから、ね」

「……それでまたウソを?」

「いいや」


 ハヤトは左手でゆっくりとメガネをかけなおす。


「……アスカのほうこそどうなの?」

「……どういう意味よ?」

「どうしてウソを?」

「ウソなんかついてないわ。あなたと違って」

「……ほんとに?」

「当たり前よ」

「なら」


 刹那、ハヤトの瞳がそれまでにない鋭い輝きをみせた。


「その右手はどうして怪我をしたのかな?」

「…………!」


 その時、この部屋にきて初めて、ハヤトの言葉にアスカが反応をしたそぶりを見せた。


「……こうみえても僕はハーバードで心理学の博士を取得しているんだ。それに、今はネルフ作戦部情報
 分析課課長でもある。……僕をただのその辺のカウンセラーと同じだと思ったのかな?」


 そう言ったハヤトはアスカと違い笑ってはいなかった。

 だからこそなのかもしれない。

 その問いにアスカは何も答えられずただ黙っていた。



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