「これ、いつまでつづくわけ?」 ひとしきりしゃべり終えた後、アスカはさもうざったそうに、そう尋ねた。 この部屋には、なぜか時計がない。だから、アスカにはどれくらい自分がこの男と会話していたのかが 解らなかった。そして、そのことはアスカをさらに苛立たせていた。 「……もうちょっとしたら、少し休憩をいれようか」 左腕の時計に一瞬だけ視線を落とすと、ハヤトはそう答えた。 もちろん、その答えはアスカを満足させるはずもなかった。 「そうじゃなくて……いつになったらこのカウンセリングが終わるのかってことよ」 先ほどまでのやり取りから、この男には怒鳴っても無駄だということが解っている。そんなことをして もただ受け流されるだけ。 とはいえ。 理性でそう解っていても、感情は割り切れるものではなかった。 「残念だけど、僕がいいというまでだよ」 そう。 理性で解っていても、込み上げてくる感情はどうしようもない。 それが、十分すぎるくらい予想できた事態だったとしても。 「……なら、早くしてもらいたいものね」 だからこそ。 アスカにできることは、そう言って、目の前の男をにらみつけることだけだった。 I wish you a Merry Christmas.第三話
Written by tomo
「レリエル戦のときの話に戻ろう。君は作戦開始10分前に葛城三佐の訪問を受けた。そして、その後、 どうなったんだい?」 唐突に、ハヤトは話題を戻した。それは暗に『早く終わりたいのなら、僕の質問にさっさと答えたら?』 と言っているようにアスカには感じられた。 「……出撃して、使徒を殲滅して、バカシンジを救出した。知っているでしょ?」 「君が殲滅したのかな?」 「……倒したのは、初号機よ……」 「どうやって殲滅したかは知ってる?」 「…………知ってるわよ。目の前で見ていたんだから」 「そのときの初号機の様子、教えてもらえるかな?」 一瞬の間。蒼い瞳に、赤い炎が宿る。もちろん、それはこんな質問を繰り返す彼への怒りがともらせた 炎だった。 彼はさっき自分で言った。 彼の役職は『作戦部情報分析課課長』であると。 それは彼が今アスカに聞いていることなど、とうの昔に知っているということを意味する。 いや、それだけにとどまらない。 こと、使徒戦における戦闘について、彼以上に詳しい人間などこのネルフに存在しないのだ。 なのになぜこいつは自分に知っていることをしゃべらせようとするのか。 その思いがアスカをいっそう怒りに駆り立てた。 「……そんなの自分で調べればいいじゃない。映像だってMAGIに残っているんでしょう?」 怒りで人が殺せるのなら、こいつはもう死んでいるわね。 ジワリと感情を焼いていく怒りの炎とは裏腹に、心の奥底の、最も冷徹な部分ではそう感じながら おどろくほど淡々とアスカは言った。 彼女の瞳に宿った炎が彼にも見えるのだろうか。 ハヤトは少しだけ返答に時間を置いた。 「……そうだね。そうするよ」 やがて、ハヤトは一言だけそういっただけで、それ以上の質問をする事はなかった。その代わり、左手 でノートに何事かを書き記した。 その様子をさして興味もなさそうにアスカが視線だけで眺めていた。 何を記入しているのか。その内容を確かめようとする努力を、アスカはとっくの昔に放棄していた。 日本の医者は、カルテを書くときドイツ語で書くということをアスカは知っていた。それが患者にカル テの内容を悟らせないためであるということも。 だがら、ハヤトが最初に万年筆を持ち出した時、アスカは何を書くのかを読み取ってやろうと思った。 ドイツ語が話せると言うことももちろんであるが、仮に専門用語を並べてあったとしてもアスカには読 解できる自信があった。それだけの教育は受けてきている。 それゆえ、ハヤトが何事かをノートに記録するごとに、何気ない振りを装いながらそのノートに視線を ずっと向けていたのだ。 しかし、ノートに記された文字をみて、アスカは内心大いに舌を巻いていた。 予想に反して、ハヤトはメモを英語と日本語交じりの文章で書いていたのだ。 アスカは日本語も英語も日常会話には支障がない。その一方で、漢字はまだまだわからない文字がたく さんあったし、英語も専門的な文章は読むことができない。 ハヤトは二つの言語の丁度アスカの意味のわからない部分を用いてメモを作成していたのだ。 これには流石のアスカもお手上げだった。 ノートは既に数ページにわたって記載がされていたが、アスカはもうノートへの興味を失っていた。 それは、わからないものに固執していたずらに苛立ちを募らせるのは無意味だと判断したからだった。 「では、次に二週間前のことについて聞きたいのだけど」 何事かを書き終えて、ハヤトが口にしたことは、アスカの予想外の言葉だった。 「二週間前……?」 「そう。二週間前」 「何について聞きたいのよ?」 「それはまだわからない」 「……どういう意味よ」 「解らないから、聞くんだよ」 それはまるで禅問答のような会話。 「……なら、なぜその日のことを聞くのかしら?」 さきほどからアスカの声には感情が篭っていなかった。 「君の周りの人たちが、君の言動に違和感を感じ始めたのがその日だからだよ」 ひやり、とした。 風も空気の流れすらもない部屋なのに、アスカは確かにそれを感じた。 「…………フン」 やがて、アスカは笑った。 それは、本当に笑っているのか、それともその振りに過ぎないのかわからない複雑な表情だった。 「どんな小さなことでもいいから。話してもらえるかな?」 ハヤトは、今度は引き下がらなかった。 **********
ジオフロント内に伸びる狭い廊下から広いロビーに差し掛かったとき、視野が開けると同時にそれは突 然レイの視界に飛び込んできた。 「……?……」 軽い興味を覚えつつ、レイはその物体に近づいていく。 コツン……コツン……コツン…… 一歩一歩近づくごとに、その物体の姿をより鮮明に認識することができた。 (たしか……これは……) そう思いながら、レイは手を伸ばせばすぐ届くぐらいまでその物体に近づき、その歩みを止める。 (やっぱり……これは、クリスマスツリー……) レイの知識に間違いがなければ、その物体は『クリスマスツリー』といったはずだ。 その物体は、レイの身長ほどもある大きな天然のもみの木に、色とりどりの装飾が飾り付けられていた 物だった。決して、けばけばしくなく、さりとて、物足りないというわけでもなく。クリスマスツリーを こうして間近で見たことがなかったレイが見ても、その絶妙なバランスを保った装飾からは、飾り付けた 者のセンスの良さを感じることができた。 (……でも……なんで、こんなところに…………?) レイの疑問はもっともだった。 ここはネルフ本部Aブロック内に属し、中央作戦室の一番近くに存在するロビー。 一応、休憩スペースとして設計され、ベンチに観賞植物、さらには自動販売機まで存在するが、普段こ こで休息をとる者などほとんどいない。むしろ、中央作戦室に近いこともあり、使徒戦の際、作戦部や広 報部の部員達によって即席会議場として使用されることのほうが多い、ある意味、殺伐とした場所だった。 そんな場所にクリスマスツリーがひっそりと、しかし、確固たる存在感をもって存在しているのである。 その姿は見ようによっては、風刺的ですらある。 誰だってその存在に疑問を抱くはずだ。 「……やっぱり、クリスマスツリー?……よね、どう見ても」 ロビーの右手側から声が聞こえて、レイはそちらに振り向いた。 そこには褐色の色をしたロングの髪を持つ女性が、右手にファイルを抱えつつ、こちらに歩いてくるの が見えた。 「こんにちわ。レイちゃん」 「こんにちわ。グレイス広報部次長」 女性の優しい笑みに、レイはいつものように淡々と返事を返す。 こんな風に自分に話しかけてくる職員は他にはいない。 別に特に親しいわけでもない。会話も、相手からの問いかけに最低限答えるだけで自分から話したこと などまるでない。 なのになぜこのマリア・グレイス広報部次長はいつもこんな笑みをかけてくれるのだろうか。 そういう命令でもうけているのだろうか。 でもそんな風な感じはないとも思う。 だったら、なんで。 レイには未だその理由がわかりかねていた。 「レイちゃんは、このツリーがいつ飾られたものか知ってる?」 レイの心の中の疑問にはまるでかまうことなく、マリアはまるで友達にでも語りかけるかのような気軽 さでレイにそう尋ねた。 「いえ。私も今、これに気付きましたから」 「そっか。う〜ん、ナゾねぇ〜」 言いながら、マリアは空いた左手で飾り付けられているライトや赤いボールなどをちょんちょんと軽く 触っていった。その姿は、どことなく美しいイルミネーションに感動して興奮している少女のようにも見 える。 そんなマリアを見ていると、レイは少しだけ可笑しく思えてくるのだった。 「あれ、レイちゃん、何か可笑しい?」 自分でも知らないうちに頬がゆるんでいたのだろうか。 マリアに指摘されて、レイは急に羞恥心を覚える。 「……ひょっとして、『いい年してツリーごときでなに喜んでんのかしら、この年増は』とか思ってんで しょ?」 「……いえ、べつに」 当たらずとも遠からずなのだが肯定はしない。 なんだかそれは口にしてはいけないような感じがしたから。 「……まぁいいわ。とりあえず、ツリーがキレイだからよしとしときましょう♪」 声だけ聞けばまだまだ若々しくすらある明るい声を上げながら、マリアはツリー全体を見渡していた。 何が良いのかはわからなかったが、少なくともこのツリーがきれいであることだけはレイにもわかった。 しばらくして、唐突にマリアは切り出した。 「……レイちゃん、ツリーを見るのは初めて?」 「……はい」 どうしてわかるのだろう。そう思いながらも、レイは答える。 「そう……じゃぁ、クリスマスをみんなで祝ったり、なんてことも、経験ない?」 「……はい」 「……そっか」 一瞬だけ、マリアの顔が寂しいものに変わった気がした。 「……じゃぁ、今年は盛大にお祝いしないとね♪」 言って、ウインク一つ。 さりげなく、でも、十分キュートに。 「……はい」 思わず、つられてレイが返事をしてしまうくらい。 「何やってんの? あんた達」 そんなやり取りをしていると二人の後ろで見知った声が響いた。 **********
「そのときに、ツリーを初めて見たんだね?」 念を押すようにハヤトが尋ねる。 「……ええ、そうよ」 うんざり、といった口調でアスカは答える。 「そのツリーはどんなツリーだった?」 「……どんなって、ただの普通のツリーよ」 「普通ってうと、ライトや赤いボールなんかがもみの木に飾られていたってこと?」 「そうよ」 「それだけ? 他には何か特徴はなかったかな?」 「………………」 思い出しているのか。あるいは答えるのがめんどくさいだけなのか。アスカは黙っていた。 「……他には何か特徴はなかった?」 再度の問いかけ。 やがて。 たっぷり数十秒はかけた後。 アスカはやっと口を開き、こう言った。 「……ツリーについている青いボタンを押すと、音楽がなる仕組みになっていたわ。近くのスピーカーか ら、ね」 と。 「そう………………よく思い出したね」 そんなアスカの言葉に、ハヤトはもう何度もアスカも見ている、あの人のよさそうな笑みで答えるだっ た。 |