レイの心模様

最終話     訪れる平和


(シンジ、シンジ、起きなさい。シンジ!)

シンジの耳に母の声が届き

「母さん?」

シンジの閉じられていた瞼がゆっくりと開く

(何時まで寝てるつもり?もう、全て終わったのよ?)

クスクスと笑っている明るい母の声に、シンジは辺りを見回す

シンジの目に入ってくるのはエントリープラグの内装

スクリーン越しの眼下に広がるのはジオフロント

何処にも破壊された痕跡が見られない

アレだけの爆発の中、自分もレイもそして、

全ての人が無事であることにシンジはホッと胸を撫で下ろす

(おめでとう。そして、良く頑張ったわねシンジ。)

母からの労いの言葉に、シンジは笑顔を浮かべる

(母さんと、綾波のおかげだよ)

明るく答えるシンジに

(そう?そう言って貰えると嬉しいわ)

ユイも明るく返す

だが、その後エントリープラグ内の雰囲気が変わる

(でも、私はもう駄目みたい)

ユイの突然の言葉に驚くシンジ

(あの爆発は初号機のA・Tフィールドを以ってしても防ぎきれなかったの・・・・・。コアも破損したわ。この体が後どれだけもつか分からないの・・・・・。そして、私は初号機から出る事が出来ない・・・・・。)

スクリーン越しには判らなかったのだが、初号機は既にボロボロの状態になっていた

「そ、そんな・・・・・」

愕然とするシンジ

全てが終われば母さんが帰ってきて、一緒に暮らしていけるものだと思っていたのに・・・・・・

そんな思いに囚われる

「そんなの・・・・・。そんなの嫌だよ!母さん」

如何して還って来れないのか判らない

だから、シンジはユイに訴える

(御免ね、御免ねシンジ)

しかし、ユイは泣きながら謝るだけ

(長い間初号機に居たせいで、私の体を構成する為の物質がL.C.Lから消滅してしまっているの。だから、二度と元に戻れないの。あなたやゲンドウさんともう一度一緒に暮らしてみたかった。でも、これが私の選んだ道の結果であるなら、私は甘んじて受け入れないといけないと思う。本当に御免ね、シンジ。短い間だったけど、もう一度あなたと触れ合えて、私幸せだったわ)

そう言いながら、ゆっくりと希薄になっていくユイの心

「そんな、母さんの体を構成するための物質が無いって・・・・・。何とかならないの!?母さん!母さん!」

シンジが必死に呼び掛けるが、ユイの心は何時しか感じられなくなっていた





ユイの心が感じられなくなると共に初号機に浮力を与えていた羽も消えた

そのまま落下する初号機

だが、高さがさほどでもなかったため、無事に地上に降り立つ

降り立った途端、電源の供給が止まり、初号機は力が抜けた様に蹲る

その様子を、椅子から立ちあがって見ていたゲンドウ

ゲンドウは顔を伏せると

「ユイ・・・・・」

そう、呟いた

何時もゲンドウが肘を置いていた机にポツリ、ポツリと雫が落ちる

その様子を、冬月は己の目頭を熱くしながらも、静かにみつめていた

初号機のコアが破損している事には気付いていた

だが、サルベージすれば大丈夫

そんな想いがゲンドウの中にはあった

だが、通信機越しに聞こえるシンジの言葉

それは、既にサルベージしてもユイが戻って来れ無い事を示している事にすぐ思い至った

自分の考えの甘さに、無力さに涙の止まらなくなるゲンドウ

その押し殺した嘆きは、それでも発令所全体に届いていた





「ゲンドウさん・・・・・」

何時の間にか上がってきていたリツコがゲンドウに優しく声を掛ける

その言葉も届いていないかのように泣くゲンドウ

一瞬、悲しそうな、寂しそうな表情をリツコはしたが、ゲンドウを後ろから優しく抱き抱える

自分の温もりでゲンドウの悲しみを救おうとするかのようなリツコの行動

それを冬月は黙ってみつめる

だが、ゲンドウにはその温もりが届いていないのだろうか?

ただ、涙を流すのみのゲンドウ

リツコは、自分だけではゲンドウを悲しみの海から救い出せ無い事を悟る

その事が、リツコにある一つの決意をさせた

「ユイさんをサルベージする方法があります」

そう告げた

驚いた様にリツコの方に振り返るゲンドウ

そこには優しげな笑顔を浮かべたリツコが居た

「お忘れですか?ここにはレイの魂の入っていないクローン体がある事を」

驚きを更に深くしてリツコをみつめるゲンドウ

「レイのクローン体を溶かす事でユイさんの体を構成させる素材とします」

「そんな事出来るのか?」

リツコの言葉にゲンドウが疑問をぶつける

「出来ます。シンジ君に協力してもらえれば・・・・・」

リツコの自信に溢れた返答にゲンドウは賭けてみる事にする

「では、初号機回収後、サードチルドレンを第一会議室に召集。リツコ君。シンジに説明を頼む」

命令を下すと、リツコに頭を下げるゲンドウ

「ご安心下さい。それと、召集する人間にアスカも加えさせて頂きますね」

そう言って下がっていくリツコ

ゲンドウと冬月はその真意を掴めず、ただ呆然と彼女を見送っていた





・第一会議室

召集されたシンジとアスカが入って来た所でリツコから二人に説明が行われる

「これからあなた達二人の母親のサルベージ計画に付いて説明します。これにはあなた達の協力が不可欠です。良く理解して協力して頂戴」

リツコの言葉に深く頷くシンジ

「ママが還って来るの?」

驚き、身を乗り出すアスカ

「ええ、だから説明を良く聞いてね」

アスカに優しく微笑みながら言うリツコ

そのまま説明を始める

「これからエントリープラグに魂の入っていないレイの素体を搭乗させます。あなた達には模擬体経由でエヴァとシンクロしてもらい、母親に呼びかけてもらいます。あなた達の母親への呼びかけの強さが成否に大きく関わる事を忘れないでね?もし、ゼルエル戦の時のシンジ君のようなシンクロ率が出せれば一番言う事ないわ。あなた達の母親のイメージした通りの姿で戻って来れると思うから。説明は以上だけど、何か質問は?」

「そ、そんな!いくら魂が無いからって、綾波のクローンを使うなんて!」

リツコの問いかけに、シンジはクローンの使用を拒絶する言葉で返す

「でも、それ以外にユイさん達が還って来る方法は無いのよ?」

リツコの言葉に、シンジは詰まる

「大丈夫よ、碇君」

突然聞こえてきたレイの声に、シンジは振り返る

「彼女達は寧ろ、魂を得る事が出来て幸せだと思う」

控えめながらも、しっかりと自分の意見を述べるレイ

レイの意見に複雑な表情を見せたシンジだったが、やがて自分を納得させたのか

「宜しくお願いします」

そう言ってリツコに頭を下げる

「それでは二人とも、模擬体の方へ行ってエントリーしてくれる?こちらも準備を整えるから」

リツコの言葉に

「ハイ!」

元気に返事して、会議室を飛び出す二人

なんだかんだ言ったとしても、シンジも母が還って来るのは当然嬉しいに違いない

そんな光景をリツコは微笑ましそうに見送った





「シンジ君とアスカちゃん、それぞれ模擬体のプラグにエントリーしました」

マヤの報告にリツコは頷くと

「模擬体経由でそれぞれ初号機と弐号機にデータを転送して」

そう指示を出す

テキパキと動くオペレーター達

指揮所内に緊張が高まる

「初号機、弐号機共シンクロ開始。シンクロ率順調に上昇中。」

マヤの報告に頷くリツコ

モニターには素晴らしい早さで上昇していくシンクロ率が表示されている

100%を軽く超えると、200%、300%と上がっていき、遂に400%に達する

エントリープラグ内を映していたモニターからレイの素体が溶け消える

「それでは、サルベージスタート」

素体が消えた事を確認して、実験の開始を宣言するリツコ

実験が進むにつれ、エントリープラグ内に泡が立ち始める

シンジの時の失敗を考慮に入れての新サルベージ計画は順調に進行していく

やがて、それまで激しく泡立っていたL.C.Lがゆっくりと元の状態に戻り始める

模擬体の中をモニターしていたディスプレイに映るのは、安堵し、喜びを浮かべたシンジとアスカの顔

初号機と弐号機のそれぞれのエントリープラグには変化が起こり始めていた

インテリア辺りが陽炎の様に揺れ始め、何かの形を形成していく

それは、ゆっくりと人の形を取り始め

やがて、それぞれ女性の形となって安定する

そう、それは紛れもなくユイとキョウコであった

喜ぶスタッフを他所に、リツコの顔には複雑な物が浮かぶ

浮かれる指揮所を離れ、自分の研究室に篭るリツコ

ゆっくりとタバコをふかすリツコの瞳はどこか虚ろであった

それでも、実験が成功した事には満足しているのであろう、その唇には少しの笑みが浮かんでいた





母との再会を喜ぶシンジとアスカ

そんな二人の様子をレイは胸の前で手を握りしめてみつめる

まるで、自分の居場所が無くなってしまったかのような、居心地の悪さを感じながら

悲しみがレイを包み込もうとした時、ユイと目が合った

ユイはゆっくりとレイに微笑むと、手招きをする

ユイの行動にレイの気持ちを読み取ったのか

同じように、シンジも振り返りレイに手招きをする

おずおずとユイの元に歩み寄るレイ

レイはユイとシンジ二人に抱き締められる

その暖かさに、レイは自分がここに居て良いのだと、改めて感じる

シンジから与えられてきた暖かさ

それが、今はユイからも与えられる事を嬉しく思う

「あなたは、私達の娘であり、家族よ。レイ」

その言葉にレイの瞳から大粒の涙が零れ出す

自分を家族と言ってくれるユイの暖かさが胸に染みて

やがてレイが泣き止んだ所でユイは歩き始める

シンジも、ユイの後を追って歩き出す

レイの肩を抱き支えながら

そう、父であるゲンドウの元へと





使徒戦役より、一年の月日が流れた

レイは今、本当の家族としてシンジ達と共に暮らしている

だが、苗字は「綾波」から頑として変えようとしない

それは、シンジと兄弟という関係で終わりたくないレイの心の表れ

だからユイもゲンドウも何も言わない

それがレイの幸せに繋がるのならと

リツコも碇家に同居していた

内縁の妻として

それを提案したのはユイだと聞き、リツコはかなり驚いた

最初の内こそギクシャクとした関係であったが

今はシンジもレイももう一人の母としてリツコを信頼し、甘えてくれる

それが嬉しくて、リツコは幸せを感じていた

自分は得る事が出来ないであろうと思っていた、母としての幸せを得る事が出来て

例え籍が入っていなかったとしても、母として自分を慕ってくれる子供を得る事が出来た事で





今日も今日とて碇家にアスカの声が響き渡る

騒がしい毎日

何も無い平凡な日々が続く

だが、それこそが子供達が求めていた物

平和で退屈な毎日

それでもレイは幸せを感じていた

シンジと、これからずっと共に歩んでいく事が出来る事に


後書き


レイの心模様、遂に完結しました

今までこんな拙いSSを読んでくださった皆様に心から感謝致します

そして、このSSを掲載してくださったtambさんにも

お気づきの方が多数いらっしゃると思いますが、この話は綾波レイの幸せや聖夜に続きます

これからも綾波レイの幸せシリーズとして後日談を書いていきますので、宜しければそちらの方も読んでやってください

五ヶ月と言う、長いのか短いのか分からない間でしたが、本当に皆様有難う御座いました

それでは

タッチでした




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