死と新生、そしてサイカイ

第4話

Written by ヤブ


 闇に包まれた空間。
 そしてそこに浮かび上がる6人の男たち。

「使徒の再来か。あまりに唐突だな」
「15年前と同じだよ。災いは何の前触れも無く訪れるものだ。」
「幸いともいえる。我々の先行投資がムダにならなかった点においてはな」
「それはまだ分からんよ。役に立たなければ、無駄と同じだ」
「左様。今や衆知の事実となってしまった使徒の処理、情報操作、NERVの運用は全て、適切かつ迅速に処理してもらわんと困るよ」
「その件に関してはすでに対処済みです。ご安心を」

 いつもの体勢を保ったまま答えるゲンドウ。委員会の皮肉など何の意味もなさない。

「まぁその通りだな」
「ところで碇君。初号機の強さ、あれは異常ではないのか?」
「聞けばあのオモチャは君の息子に与えたそうではないか」
「君の息子のおかげで金が浮いたことは喜ばしい限りだよ」
「その通りだな。人、時間、そして金。君はいくら使ったら気が済むのかね」

 この一連の会話からも委員会がゼーレに準ずる組織でありながら、ゼーレからは何も知らされていないことが分かる。
 それだけに、ゲンドウにとって委員会の小言など何の価値も無い。

「それに君の仕事はこれだけではあるまい」
「人類補完計画」
「これこそが君の急務だぞ」
「左様。その計画こそが、この絶望的状況下における唯一の希望なのだ。我々のね」

 この言葉を聞いているゲンドウの表情には何の変化も無い。
 しかし、エヴァの運用すらもリンクしている人類補完計画を、エヴァといったオモチャのことなどよりも優先的に進めろ、といった内容を喋るこの委員会の面々に対して、ゲンドウはその仮面の下に何を思うのだろうか。

 と、ここで今まで口を開くことの無かった、委員会の議長でありゼーレのメンバーでもあるキール・ローレンツが口を開いた。

「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう」
「では、後は委員会の仕事だ」
「碇君、ごくろうだったな」

 そういい残して、消えていく委員会の面々。そこに残るキールとゲンドウのバーチャル映像。
 今のキールは先ほど以上の威圧感を纏っていた。差し詰め先ほどまでは委員会のキール・ローレンツであって、今はゼーレのキール・ローレンツと言う事だろう。

「碇。後戻りは出来んぞ」

 そして床の照明とともに消える。

「わかっている。人間には時間が無いのだ」

 ゲンドウは一人残った空間の中、誰に聞かせるわけでもなく、そう呟いた。




 一面白一色に統一された病室の中、レイはいつものように医学書を手にしている。
 役に立つからという理由で読み始め、何度も読み返したその本の内容はもうほとんど頭の中に入っていた。
 そしてレイが昼食を取り、本を読み始めてからすでに1時間が経過していた。その間病室から聞こえてくる音は紙の擦れ合う小さな音だけ。

 その時、空気の抜けるような音が病室に響き渡り、病室の扉が開いた。そこに立つ男がゆっくりとレイの元へ歩みを進める。
 レイはその男の姿を確認すると、その視線はその男から離すことなく静かに本を閉じ、膝の上に置いた。
 そして、顎の髭が特徴的なその長身の男がレイに話し掛ける。

「レイ、怪我の具合はどうだ」
「問題ありません。医師は20日ほどで退院できるといっていました」

 レイは、自分の中で最も大切な絆を持つゲンドウの自分を気遣う言葉に対する喜びを表情に出さずに答えた。そしてその喜びと同時に、胸の中で微かに何かが蠢いた。しかしそれはいつものことであって気にはならない。だからその不快感がいつもよりも若干大きいことに気づくことも無かった。

「そうか。その日から零号機の再起動実験を開始する。いいな」
「はい」
「用事はそれだけだ。私は仕事へ戻る。レイは治療にのみ専念していればいい」
「はい」

 機械的な返答を繰り返すレイからは普段との違いは見受けられない。それでも彼女の纏っている雰囲気は普段のものよりも幾分柔らかいものになっている。
 そしてゲンドウはレイの返答を確認すると病室を後にした。




(……父さん)
 
 シンジの目の前でレイの病室から出てきたゲンドウ。ゲンドウはまだシンジには気付いていない。
 シンジはその姿を見て、以前エレベーターでゲンドウと出くわした時のことを思い返していた。

(あの時も綾波のお見舞いをしてたんだね。だけど……それは歪んでるよ)
 
 シンジはゲンドウがレイの身を心配しているのが分かってた。それは器としてのレイではなく「綾波レイ」を気遣ってのことだと言う事が。ただそれが100%の気持ちではないことも分かっていた。
 
 ゲンドウはレイを一つの個体として認識していながらも、大きな割合で碇ユイと混同していた。だからこそいくつもの魂の器を持つレイの身を案じ、他の人間より遥かに心を開いていた。
 しかしその愛情はレイとユイを混同するが故に歪んだ愛情になってしまう。レイ自身を気遣う心があっても、混同してしまったユイのそれの方がどうしても大きくなってしまうから。
 そしていくらレイを心配していたとしても、頭の片隅にはユイ復活のための道具という認識を拭いきれなどしなかった。


 シンジは一度小さく息を吐くと静かに歩みを進める。
 
 ゲンドウは近づいてくる人の気配を感じてゆっくりと振り向く。そしてサングラスに隠れたその瞳がシンジの姿を捉えた。しかしシンジには何の興味も無いと言わんばかりにシンジとは反対の方向へ身体を向けるとそのままその場を後にした。
 シンジはその後姿をただ静かに見つめていた。


 シンジは気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと扉の前に立った。それと共に開かれる扉。シンジはレイの元へ歩み寄ると、来客用に置いてあるイスを引き寄せてゆっくりと腰をおろした。

「綾波、身体の調子はどう?」

 シンジは自分自身の言葉に呆れていた。昨日と今日で大した違いなんてないだろうに、と。それでも他に言葉が思いつかなかったのだからどうしようもないのだが。

「……問題ないわ」

 レイは昨日と全く同じ言葉を返す。

 だよね。と、シンジは心の中でうなだれた。そして今日もすでに話すことがなくなってしまった。
 実際のところは、話してみたいことはいくつかあるのだが今はまだ早いような気がしていた。それでもそのうちの一つはレイが学校に行くまでには話してみたいと思っていた。
 どちらにせよ、当面の問題は今話すことが無いと言う事だ。シンジもレイも沈黙が苦手という性格では無かったが、シンジはレイほどではない。少しでもいいから話題が欲しかった。
 それと共に自分の計画性の無さに溜め息をついた。


 レイはシンジが来る事など完全に忘れていた。それでも今は昨日の一連の会話などを簡単に思い出していた。
 そして思い出していくうちに一つの疑問が生まれてきた。

(……この人は、なぜまたここに来るの?)
 ここに来る必要は無いのに。

 レイにとってそれは理解の範疇を超えていた。レイにはシンジがこの場所に来る必要性が全くないように思えた。それなのにシンジは自分から許可を取ってまでしてここにいるのだ。


 そして二人の間で何の会話も交わされないままただ時間だけが過ぎていく。

(……まいったなぁ〜)

 シンジはその間ずっと話題を探していた。

(さっきからなんにも話してないよ。これじゃあ何をしに来たのか分からないじゃないか)

 お見舞いにきたら話をしなければならないという決まりは無いが、普通は話くらいするだろうと思う。
 そんなシンジに聞いてみたいと思うことがパッと浮かんだ。

(……あ、そうだ)
「綾波の好きな食べ物とか、嫌いな食べ物ってなんなのかな?」

 あまりに突然思いついたのでそのまま口に出していた。
 そして口に出してから、何となく慌ててあたふたしてしまう。

「……どうして?」

 レイはそんなことなど気にも留めずに微かにシンジの方へ顔を向け、そう尋ねた。

「えっ、どうしてって聞かれても、単に僕が気になっただけなんだけど……。それに、僕は料理が好きだからそのうち綾波にも食べてもらいたいなぁ、なんて思ってるから……」
「……そう」
「あの、それで……答えてくれるかな……?」
「……構わないわ」


 シンジはその言葉を聞いて安堵したように大きく息を吐いた。そしてレイの好きなものについては全く把握していなかったシンジは、それを聞けることを純粋に喜んだ。だがしかし、とりあえず嫌いなものから聞くことにした。なんとなく楽しみは後にとっておきたい気分だった。
 そしてもう一度気を入れなおして、レイに向き直る。

「それじゃあ、綾波の嫌いなものは何?」
「……肉」

 予想通りの返答。
 しかしそこでシンジはふと思った。

(そういえば、何で肉が嫌いなんだろう?)
「……なんで肉が嫌いなのかなぁ?」

 シンジは主夫で在るが故にか、なぜ? と思った次の瞬間には一人呟くようにそんな言葉を口にしていた。
 そしてそれはレイの耳にちゃんと届いていたらしく

「……おいしくないもの」

 と、これまた呟くようにして返された。

(……綾波、答えになってないよ……)

 レイの回答は確かにその通りなのだが、シンジの期待していたものとは全く違ったものだった。
 密かにレイの肉嫌いをなんとかしてみたいと思っていたシンジは、レイの肉嫌いの原因を何とかしようと考えていたのだから。
 しかも、レイがあまりにもさらりと当然のことのように答えたので、これ以上追求する気にもなれなくなっていた。

「そうなんだ。それじゃあ、魚の刺身とかは?」
「……大丈夫」

(う〜ん、それじゃあ血生臭さとかじゃないのかぁ? それとも肉には肉の臭さがあるのかな?)

 間接的には少しだけ追求してみたりもするが。

「そっか。――じゃあ、好きな食べ物はなんなの?」
「・・・・・・・・・・・」

 レイはまだ答えない。
 それをシンジは緊張したような面持ちでレイの言葉を待つ。
 そしてレイの口がゆっくりと開かれて

「……わからない」

 と、シンジもよくわからない言葉が飛び出した。

「……えっ?」
「・・・・・・・・・・・」

(好きな食べ物が分からないって? どういうこと?)

 しかしシンジは追求するような気にはなれなかった。以前のレイの生活を考えて、そんなに多くの食材を食べたことが無いのだろうと思ってしまったからだ。そして、それなら自分が美味しいものを作って食べさせてあげよう、という気持ちにもなった。

「……そっか。綾波、ありがとね。こんな質問に答えてくれて」

 レイは返事をすることもなく再び本へと視線を落とした。
 そしてシンジは落胆することも無く、微笑んでいた。

 そしてその後、再び静寂が訪れる。
 それはシンジが病室を後にするまで続いたが、決して不快なものではなかった












 そうしてシンジは毎日レイの病室を訪ねた。
 交わされる会話は多くは無い。シンジが振った他愛も無い話にレイが要点のみを押えた返答を返す、といったのもが日に数回交わされるだけ。レイから返事が返ってこなかったこともあった。
 しかしそのことに対してはシンジも慣れたもので、不快に思ったり変に落ち込むことは無かった。

 シンジはいつも午前中にエヴァの訓練を済ませ、食堂で食事をとった後にレイのもとを訪れている。
 エヴァの訓練と言っても高シンクロ率をキープし、基本操作もそつなくこなすシンジは専らシンジ自身の戦闘能力向上のための訓練が多めになっている。エヴァの動きの性質上、シンジ自身の動きを洗練していけば自ずとエヴァの動きも洗練されていく。シンクロ率がある程度高くなってきたら、シンクロ率を向上させるよりもそうした方が効果的だった。
 それにシンジは元々格闘というものが得意ではない。寧ろ苦手な部類に入るだろう。前回の使徒戦での動きも『碇シンジ』としては上出来だが、訓練された人間のものとしてはやはり物足りないのだ。

 そしてその間にミサトから学校へ行くようにと言われたことがあったが、熱心な説得と勉強の遅れは必ず取り戻すという事で一応の許しを得た。
 勉強に関しては二度目ということもあり、遅れをとるということはそうはないであろうに条件として提示したということを若干引け目に感じてはいたが、当然レイの身体のことの方が心配だった。
 その日から家に帰ったシンジがミサトにからかわれるようになったが。

 そしてシンジは、レイの退院予定日である今日も当然のごとくその病室でイスに腰掛けていた。

「綾波は今日退院できるんだよね?」
「……そうよ」
「そっか、良かったね」

 シンジはそういって嬉しそうにレイに微笑みかける。

 レイは困惑していた。今日退院だという事は知っていたのに、未だにこの病室に残っていた自分自身に対して。

(……私、なぜここにいるの?)
 ……もうここにいる必要は無いのに……
 ……なぜ
 私はあの人の希望に応えなければならない
 その為にはエヴァの訓練は必須
 ……なのに私はまだここにいる……
 ……どうして

 レイは盗み見るようにして一瞬シンジに視線を移すと、再び俯いた。

(私は、この人を待っていたの……?)
 ……そうなの? よくわからない……
 ……でも、もしかしたらそうなのかもしれない……
 ……ならどうして? 待っている必要なんて無いのに……

 レイはその自分自身に対する疑問の答えを見つけられなかった。少なくともそれは理屈で考えても満足いく答えの出るものではないのだから。そしてそれの理由を上げるとすれば、安らぎか、もしくはそれが習慣づいたのかであろう。
 そしてそのことにレイ自身が気付いていないのだから満足いく答えが出ることはずもなかった。

 シンジはそんなレイの様子を訝しげな表情で見つめていた。
 シンジは今までに何度かレイがこうやって何か考え事をしているようなところを見てきた。正確には考え事をしているのかどうか表面上はよく分からなかったのだが、その時の眼というか、雰囲気がいつもと違っているような気がした。その度にどうしたのか聞こうとするのだが、聞こうとしただけで聞いたことは無い。
 そして今もまたそういった時と同じ雰囲気をレイから感じていた。ただいつもと違っていたのは、今日がレイの退院日だという区切りがシンジの背中を後押ししたという点だった。

「あの……綾波、何か考え事でもしてるの?」
「……なぜ?」
「えっと、時々何か考え事をしてるみたいに見えたから……」
「……そう」

 そういってレイは口を閉じてしまう。
 シンジは、もしかしてこれで終わりなのかなぁ? と思いつつもレイが次の言葉を発するのを待つことにした。
 しかしレイの口からは次の言葉がなかなか出てこない。
 そしてシンジが、やっぱり終わりかな? と思ってから直ぐに、レイが先に口を開いた。

「あなたはなぜここに来るの?」
「……えっ?」
(綾波は、いつもそんなことを考えていたの?)

 それはシンジにしてみれば予想外の質問だったが、よくよく考えてみればその通りだった。
 そしてレイは真っ直ぐな視線をシンジへ送りながら返答を待っている。
 シンジはその赤い瞳でじっと見られていると、なんとなく落ち着かなくなってしまうがゆっくりと返事を返す。

「その…、綾波が心配だったから……」
「どうして?」
「どうしてって……。それは綾波が怪我をしてるからだよ」
「私が怪我をしていると心配なの?」
「……うん、そうだよ。怪我に限ったことじゃないけど。綾波の身に何か起こったら心配なんだよ」
「……どうして?」
「綾波は僕にとって大切な人だから」
「……私が?」
「うん。ミサトさんもリツコさんも綾波も、僕と繋がりのある人たちはみんなね」
「……そう」


 レイはシンジがなぜ心配なのかは分かったが、それを実感として理解することはできなかった。
 また、レイは自分が彼の中の大切な人たちの中にはいっているのということを知った時、なにかあたたかくなるような感じがした。そしてそれは嫌な感覚ではなく、寧ろ安らぐようなそんな感覚だった。

 シンジは少し困っていた。心配するということは言葉では説明出来るようなものではない気がしたからだ。
 心配だから心配するんだよなぁ、と思う。それに心配するというのは感情だ。そしてその感情とは何か? ということは説明しても伝わるのもじゃない。
 だが、シンジはレイに分かるように説明してあげたいと思っていた。が、なかなか上手く伝えられなかったと思う。
 そして自分がちゃっかり、綾波は僕にとって大切な人、などと言ってしまったことを悟り、一人赤面していた。


 そして、そのままいつものように静かな時間が過ぎていくかと思われたとき、不意にシンジが何かを思い出したかのように顔を上げた。

「そういえば、綾波はいつ退院する気でいるの?」
「……今日」

 レイはそういってベッドから降りると部屋の中を移動し始める。

 シンジはそんなレイの動きを、どうしたのかな? などと思いながら眺める。そして先ほどの質問への的外れな返答を思ってなんともいえない気分になった。
 なので、仕方無く同じ類の質問を繰り返す。

「それで、それは今日の何時頃なの?」
「……いま」

 レイはそう言うとシンジに背を向けた状態で服を脱ぎ始めていく。
 シンジはその様子を呆気に取られたようにして眺めていたが、次の瞬間には顔を真っ赤にさせながら立ち上がり、とりあえず叫び始めた。

「あああ綾波!!? い、いったい、な、何やってんのさ!!?」
「……着替え」
「いや、それはそうなんだけど……。って、そういう事じゃなくって! どうして急に着替えはじめるのさ!?」
「着替えなければここから出られないわ」

(そういう意味じゃないのに……)

 そうしてシンジがあたふたしている間にも、レイの着替えはゆっくりとしたスピードではあるが確実に進んでいく。
 シンジはきょろきょろと視線を漂わせながらも、何回かに一回はレイを視界に入れていた。
 そして、レイが片方の腕を抜いた瞬間、背中の肌の半分が露になる。しかし、レイはそんなことは何の気にも留めず作業を進めていく。

「……って、う、うわああぁ!! あ、あの、僕、入り口で待ってるから!!」

 シンジはそう叫びながら走り去っていった。









 シンジは病院の入り口の辺りにあるベンチに俯きながら座っていた。

(はぁ〜、ビックリした〜)
 まさかいきなり着替えをはじめるなんて……。

 シンジはレイには羞恥心が無いということを失念していた。覚えていたとしても先ほどと全く同じ展開になるのは間違いないのだが。
 そして先ほどの場景を思い浮かべると、前回見た産まれたままのレイの姿が連鎖的に頭に浮かんでくる。そのためシンジは先ほど見たレイの後姿を忘れようと必死になっていた。


 そして程なくしてレイが退院の手続きを終えて歩いてくる。
 シンジはレイが自分の横を通り過ぎようとした辺りでその姿を確認した。
 レイはシンジを一瞬横目で盗み見ながらもその足を止めることなく一定のスピードで歩いていく。
 シンジはさっと立ち上がるとレイを追いかけた。

「待ってよ綾波」

 レイはその声に振り返ることも無くそのまま進んでいく。
 シンジはそんなレイのやや後ろ辺りの位置を取って歩く。
 二人はそのままジオフロントを出てバスに乗り込んだ。
 はじめはシンジも何か話さないといけないような念にかられ当たり障りの無い話を振ってはいたが、その度にレイから片手で数えられるほどの文字数の簡素な返答が返ってくるだけなので、その静かで落ち着いた雰囲気を満喫することにした。
 レイは返事を返す時以外は終始無言であったが不快とは感じていなかった。彼女自身シンジがいることに慣れてしまったようだ。
 そしてバスから降りた二人は程なくしてそれぞれの帰路につく。シンジはまた明日と言い、レイは返事は返さないものの視線だけは送って。



 家に着いたシンジは時間を持て余していた。やることがない。そんなこんなで既にだいぶ時間が経っている。

(そういえば、以前は何をしてたんだっけかなぁ?)

 そう考えて思いなおす。特に何もしてなかったんだ、と。ただ考え事をしていた、そしてずるずると自分の内側に潜っていってしまっていた。
 シンジはそれはあんまり良くない、と感じた。だから何か自分の趣味みたいなものをしようと考えた。

(う〜ん……趣味か)

 そしてまずはじめに料理のことが頭に浮かんだが、その案はすぐに否決された。料理自体は好きなのだが、どうせ料理は毎日するのだからわざわざする必要もないと思ったし、なんだか情けないような、とりあえず溜め息が出るような気分になったからだ。
 その後も考えてはみるもののなかなかいい考えが浮かばない。そもそも趣味なのだからいい考えも何もないのだが。
 そうして結局は夕食の準備に取り掛かる主夫シンジだった。



 シンジが夕食の準備を済ませた頃、タイミングを見計らっていたのでは? と疑いたくなるほど完璧なタイミングでミサトは帰って来た。
 そして二人は夕食の真っ最中である。

「レイはもう大丈夫なのかしら?」

 そういってエビチュをジュースのように飲み干す。

「腕はまだダメみたいですけど、それ以外はもう大丈夫ですよ」
「そっかぁ〜。そりゃそうよね。なんたってシンちゃんが愛しのレイちゃんの為に手厚く介抱してあげてたんですから」

 ミサトはそういって実に楽しそうに笑う。
 そしてシンジも実に面白いくらいに術中に嵌る。

「……んな、なにいってんですか!? べ、別に綾波は愛しの、とかじゃないですよ! ……それに」
「それに?」
「僕は別に介抱なんてしてませんよ」

 シンジは赤くなってミサトの言葉を否定していたが最後は少し寂しそうにして呟いた。
 それを聞いたミサトの表情が急に真剣なものに変わる。

「……確かにそれは一理あるわね」
「えっ?」
(一理って…、一理も何も僕は介抱なんてして無いと思うんだけど……)
 シンジはそう思いつつも、ミサトにあっさりと肯定されてしまったので若干落ち込んでいたりする。

 しかしミサトはそんなことはお構い無しに言葉を続け

「……あのときのレイの着替えは手伝ってあげるべきだったわ」

 と言って邪悪な笑みを浮かべた。

「……えっ?」

 そしてシンジは面食らったかのように固まり。
 次の瞬間には茹蛸のようにいい感じに茹で上がっていた。

「み、みみみミサトさん!! 見てたんですか!!?」
「あ〜ぁ、レイちゃん大変そうだったなぁ〜」
「そんな、酷いですよ!!」

 そう批難の声を上げるシンジ。しかしそういったシンジの反応全てが面白くて仕方が無いミサトは、腹を抱えて大笑いしはじめた。
 そして暫くの間シンジの慌てふためいたような声と、ミサトの笑い声が夜空に絶えず響き渡っていた。


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