死と新生、そしてサイカイ
第3話
Written by ヤブ
シンジは今、「綾波レイ」という名の刻まれたプレートの取り付けられた病室の前にいる。
(……ふぅ〜)
シンジは静かに息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
そしてゆっくりと足を進め、その扉を静かに開いた。
その部屋に入ったシンジの目に真っ先に飛び込んできたのは、真っ白な部屋の中、ポツリと置かれたベットの上で日の光を浴びる青い髪の少女の姿。
レイは扉の開く音に反応し、ゆっくりと振り向いた。
その赤い瞳がシンジを捕らえる。
しかしその瞳には一切の感情が見受けられず、ただ見ているだけだった。
(やっぱり、はじめて会ったころの綾波とおんなじだ……)
シンジはその瞳に懐かしさといくらかの寂しさを感じたが、そのまま足を進めるとレイに話しかけた。
「綾波。…その、座ってもいいかな?」
「・・・・・・・・・・・・・」
レイからの反応は無い。
「…あの、じゃあ……座らせてもらうね?」
少なくとも拒否された訳ではない、シンジはそう思ってイスに腰をおろした。
しかしそのまま何か話をする訳でもなく時間だけが過ぎて行く。
シンジは何か話しかけようと思うが、なかなかそう出来ないでいた。
そして意を決してレイに話しかけようとしたそのとき、シンジが言うよりも先にレイの言葉が投げかけられた。
「……あなた、だれ」
シンジは、はっとしたような表情を浮かべ、改めて自分とレイが初対面であることを痛感した。
(……そっか、僕と綾波はまだ初対面なんだ……)
それは仕方の無いことだと、当たり前のことだと分かってはいるが寂しかった。
自分にすべてを委ねてくれた。そして、小さく幼いものではあったが心の芽生えた少女が、再び凍てついた人形のようになってしまったようで悲しかった。
今のレイもあのレイと同じように人形などではないと言う事が分かっていても、そう感じずにはいられなかった。
そして、そう感じてしまう自分が腹立たしい。
それでも、シンジは一度沈みかけたその表情を振り払い、柔らかい表情で答える
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は新しくサードチルドレンに選ばれた、碇シンジ。よろしくね」
レイは少し俯いたようにして考えていた。傍目には考えているのかどうかもよく分からないが、シンジは間違いなくそうだと思った。
レイはその「碇」という名字に反応していた。
(……碇、……碇司令と同じ)
………この人は碇司令の子供?
シンジは今のレイが何を考えるのか予想がついていた。
(……綾波は、僕と父さんの関係が気になってるんだろうな)
「僕は、確かに碇ゲンドウの息子だよ。だけど、父さんは僕のことなんか見てはいないんだ。父さんはただ一人の人間しか見てはいないんだから……」
(ただもう一度母さんに会いたいってね……)
シンジの表情は本人の気付かぬうちに沈んでいく。
シンジはそんなゲンドウを思うと、なぜだか怒りよりも悲しみや哀れみの感情のほうが大きくなってしまう。
そして、シンジの脳裏にあの世界での出来事の数々がフラッシュバックいていく。
紅い世界、鈴原トウジ、リリス、そして……水槽に浮かぶ大量の綾波レイ。
自分の父親のシナリオが生み出した結果。それは絶望と悲しみだった。
シンジはハッと、自分の悪い癖が出てしまったことに気がついた。
(こんなんだからいつもアスカに怒鳴られてばっかりいたんだよな……)
シンジはそう思って自嘲的な笑みを浮かべる。しかし今度は内向的な思考に陥りはしなかった。
そしてゆっくりと視線を上げ、レイを見る。
レイは無表情のままに、その言葉を聞いていた。
「………そう」
無機質な返答。その言葉からは人の体温が感じられない。
それでもシンジの言葉は、ほんの微かにではあるがレイの心を刺激した。それはレイが気付かないほどに小さなものであったが、もしそれを感じることが出来たのなら不快なものとして処理されただろう。
そしてレイはそのまま言葉を続ける。
「……使徒は?」
それは、シンジがサードチルドレンだと告げられたときから気になっていた。
レイはケイジに連れてこられはしなかった。その為、使徒がどうなったのかわからなかった。
もし使徒が今攻めてきているのだとしたら、すぐにでもケイジに向かわなければならない。
それが自分の存在理由であり、司令の役に立つことに、絆を守ることになるのだから。
(あっ、そうか)
それに対しシンジは思い出したように答える。
「使徒はもういないよ」
「………自己修復中?」
レイの頭の中には使徒殲滅という解答は存在しなかった。
なぜなら使徒を殲滅できるのはエヴァンゲリオンだけ、そしてそのエヴァを動かせるのは日本には自分しかいないからだ。
シンジがサードチルドレンだと分かっていても、エヴァを起動させるのにはレイ自身7ヶ月もかかったのだから、シンジが初搭乗でエヴァを起動させ使徒を殲滅するという考えは端から存在しない。
だからN2爆撃で一時的に行動不能にしているのだと考えたのだ。
しかしシンジはレイの言葉に、なんでそうなるんだろう? という表情を浮かべ、答えた。
「いや、違うよ。使徒は僕が殲滅したんだ、初号機で」
その言葉にレイの目が大きく見開かれた。
その表情はまさに驚きという感情そのもの。そして、これがこの世界でシンジが初めて見たレイの感情だった。
「・・・・・・・・・・・・・」
レイは何も言わずにただシンジを見詰めている。
シンジは怪訝な表情を浮かべ、そんなレイを見る。
シンジにしてみれば、暴走はしたが前回の世界でも同じように自分が初号機で使徒を殲滅したのだ。だからレイがこんなに驚くことがよく分からなかった。
しかし今回は初号機は暴走していない。
もしここでシンジが「暴走した初号機が使徒を倒した」と言えば、レイも一応の納得は出来るだろうが、そうではないのだ。
到底そう簡単に受け入れられるようなことではない。
「えっと……綾波、どうかしたの?」
「……いいえ」
そういうとレイは俯いてしまう。
シンジはなにがなんだか分からない。
…と、ここでシンジはいままで何もお見舞いらしいことをしていなかったことに気付いた。
(あぁ、そうだ。僕はお見舞いに来たんだ。……そういえば、綾波、身体は大丈夫なのかな?)
そう思いシンジは体調を尋ねてみることにする。
「……あの、綾波。怪我の調子はどうなのかな……?」
「……問題ないわ」
レイは口だけを動かし答えた。
「そっか、よかった。綾波が、こんなに酷い怪我してて、心配だったから。聞くのが少し遅れちゃったけどね」
シンジはそう言って、レイに微笑みかけた。
――心配だったから―― レイは、目の前にいる少年が自分が怪我をしていることをどうして心配なのか分からなかった。
どうして? レイはそう思い、顔を上げる。そして目に入ってきたのは彼の微笑んだ顔。
………なぜ、この人は笑っているの…?
レイは少し考える。『笑う』それは、楽しいと感じた時、面白いと感じた時、また嬉しいと感じた時に表れる表情。そして今の会話の流れから、楽しい、面白いと感じたとするのは不適切。……残る選択肢は彼が嬉しいと感じたという事だけ。
………では彼はなぜ、嬉しいの…?
…………………私が元気になれば、それだけ彼の負担が減る。それが嬉しいのね。だから私の身体が心配。私が動けなければ、それだけ彼の負担が増えるから。
レイは疑問を口にすることなく自分なりの答えを導き出した。そしてそれがレイの中で一番合理的な考えだった。それ以外に、自分の容態による彼のメリットとデメリットが存在しないように思えたから。
そこまで考えると、レイは棚に置いてある医学書を手に取り読み始める。
そしてそれから二人の間で言葉が交わされることは無く時間だけが過ぎて行く。
シンジはその時間を苦痛と感じること無く、静かにこれからのことを考えていた。
これから何処に住むのかと言う事を。
少なくとも葛城邸でお世話になることは間違い無いだろうと思う。ミサトに会えばすぐにでも引き取ってくれるだろう。
しかし、シンジは今ミサトが何処にいるのか全く分からなかった。そして、いろいろと考えた末一つの答えを導き出した。
それは前回での彼女の普段の働きぶりを参考にした考えだった。
(ミサトさんはきっと、今回の使徒戦の後始末をほとんど全部日向さんに押し付けて休憩所に来るはずだ)
だから休憩所でミサトさんを待っていればいいんだ。
この作戦、ミサトに対してなかなか失礼なものだがシンジは結構自信があったりする。
そして早く行かないとミサトが先に帰ってしまうかもしれないと考え、そっと腰を上げた。
「綾波、今日はもう帰るね」
シンジはレイにそういうと、恐る恐るといった様子で言葉を続ける。
「……もし迷惑じゃなかったら、また来てもいいかな…?」
レイはその言葉にいつものように素っ気無く返事を返す。
「……えぇ、構わないわ」
シンジはその言葉を聞いてほっとしたようにして笑みを浮かべる。
レイは特に拒否する理由が無かった。彼が近くにいることでプラスになることは無いが、不快になることも無い。
なら、来たいなら来ればいい。ただそれだけのことだ。
「そう、よかった。じゃあ、また明日も来るから。お大事に」
扉が閉まる。
「・・・・・・・・・・・・・」
レイは扉が閉じるのを確認すると、再び医学書へ目を移した。
シンジは今、これからの住居となるミサトのマンション『コンフォート17』に到着した。
シンジはレイの病室を出た後、作戦通り休憩所でミサトを待ち伏せし、案の定マコトに仕事を押し付けてきたミサトと合流することが出来た。
そこでミサトに、今まで何処に居たのかと聞かれ、素直に答えたシンジがミサトにからかわれて慌てふためいたりもしたが、その後は時間が遅くなったこと以外は前回と同じように進んだ。
そしてシンジは今葛城邸を前にして覚悟を決めていた。
「シンジ君の荷物は、もう届いてると思うわ。実は、私も先日この街に引っ越してきたばっかりでね〜。さっ、入って」
ミサトの言葉はシンジの耳には届いていない。シンジの頭の中にはこれから目にするゴミたちのパラダイスのことでいっぱいだった。
そして、その始末をすることを考えると気が滅入りそうになる。端からミサトの力は当てになどしていなかった。
それでもここはシンジにとっての我が家そのもの、ミサトの呼びかけが聞こえていなくとも自然とその言葉は出てくる。
「ただいま」
「お帰りなさい」
ミサトはその言葉に満足したように満面の笑みを浮かべ、シンジを迎え入れた。
「まぁ、ちょ〜っち散らかってるけど、気にしないでね〜」
そして、ダイニングに入ったシンジの眼下に広がるのは、先日引っ越してきたばかりとは思えないほどのゴミの山。
「……これが、ちょっち……」
シンジが部屋を見渡すと、溢れ返ったゴミ袋の数々、部屋の隅へ押しやられた沢山のダンボール、オブジェと化した酒の空瓶、そしてミサトの代名詞エビチュが所狭しと置かれていた。
その有様に思わず笑ってしまう。
(はは……流石はミサトさんだ……。これが、ちょっちなんだもんな)
そこへ、そんなシンジの気持ちを知ってかしらずかミサトの明るい声が響き渡る。
「あ、ゴメン。食べ物は冷蔵庫に入れといて」
「は、はい」
シンジは唖然としたまま返事をすると、冷蔵庫のドアを開ける。そこで目に入ったのは、氷、つまみ、そして収容量のほぼ限界まで入れてあるビールだった。
なんだか懐かしい気分になったが、ついつい溜め息が出てしまう。
そして食べ物を冷蔵庫にしまうと、もう一つの巨大な冷蔵庫に目を向ける
(こんな時間じゃあもう寝てるか。これからよろしくね、ペンペン)
シンジはそこに眠るもう一人の同居人であるペンペンに、心の中で挨拶をした。
「いっただっきまぁす」
「いただきます」
食卓に並ぶインスタント食品の数々、いつもよりも少し遅い夕食の準備が整ったところで、早速食事が始まった。
ミサトは早速ビールを手に取り、豪快に飲み干す。
「ぷっはぁ〜ッ! くぅ〜〜ッ! やっぱ人生、この時のために生きてるようなもんよねぇ。……ん?」
豪快かつ実に美味しそうにビールを飲み干すミサトを、シンジは苦笑したようにして眺めている。ミサトはそれに気付くと怪訝そうな表情を浮かべながら、シンジに声をかけた。
「どうしたの、シンジ君?」
「いえ、ただミサトさんが本当に美味しそうにビールを飲むんで」
「あったりまえじゃないの! アルコールは私の血! 私の七割はお酒で出来てるんだから!」
「あはは……、そうなんですか」
シンジは、ミサトさんが言うと冗談に聞こえませんよ、と思い引きつった笑みを浮かべた。
そして食事を終えると、ミサトが家事の当番をジャンケンで決めましょう、と持ち掛けて来る。勿論シンジはミサトに家事をさせる気など毛頭無い。というより、できるのならやってもらいたいが、出来ないのだから仕方がない。料理は『できる』がとても食えたものではない。
そこで早速交渉を開始する。
「あの、ミサトさん。家事は僕がやりますよ」
「ん? どうして、シンジ君。ここは私達の家なんだから、二人で協力しながら暮していく方が良いでしょ?」
「えっと、それはそうなんですけど……」
シンジはそう言うと、一度部屋を見渡し、掃除できるんですか? といった表情でミサトを見る。
ミサトはばつが悪そうにぎこちなく笑うと、せめてもの償いをしようと提案する。
「じゃあ、せめて料理だけでも私がするわ」
シンジにしてみれば、それこそ恐ろしい提案だ。なんとしてでも回避しなければならない。
「いえっ、料理も僕がやります!」
「そんなに慌ててどうしちゃったのよ、シンジ君? ……はっは〜ん、さては私に料理なんか出来ないって思ってるんでしょ〜」
「あっ、いえ、そういう訳じゃあ……」
「じゃあいいわね?」
「いや、でも…、やっぱり料理は僕が……」
「あぁ〜、もぉ〜! 私の料理は食べられないって〜の!?」
(その通りなんですよミサトさん……)
シンジはそれを口にこそしないが、否定もしない。
「あの、僕、こうみえても料理は得意なんですよ。だから僕の料理を食べてミサトさんが喜んでくれるんなら毎日でも作りたいんです!」
「……そこまで言うんならしょうがないわね」
(よし!)
シンジは心の中で会心のガッツポーズを決めた。
が、しかしミサトの言葉には続きがあった。
「百歩譲って、私が料理する日は3日に一度にしましょう!」
(……え?)
「え、いや、ミサトさん? 僕は毎日作りたいんですけど……」
「ダメよ! 私にだってプライドがあるわ。シンジ君が二度と忘れられなくなるくらいの極上の一品をつくってやろうじゃないの!」
シンジは、ミサトさんならきっと二度と忘れられない料理が作れますよ、と思った。
しかしこのままでは埒があかない、というよりも自分のほうが不利になっていくような気がする。そこでシンジは最後の手段にうってでることにした。
「ミサトさん、このままじゃあ埒があかないんでリツコさんに決めてもらいましょう」
ミサトはその言葉を聞いて呆気に取られたように一瞬固まる。
「………はぁ〜!? なんでリツコが出てくんのよ〜」
「いや、ミサトさんとリツコさんが仲良さそうにしてたんで……」
シンジはミサトの料理の味を知っているであろうリツコなら、助け舟を出してくれると確信していた。
「……まぁいいわ。リツコなら私の料理の味をよく知ってるから、確実に私に賛成してくれるでしょうし」
ミサトはそう言うとリツコに電話をかける。
シンジはリツコがミサトの料理の味をよく知っていると聞いて安堵した。
そして数秒後、電話が繋がるとミサトは相手を確認することも無く言葉を紡ぐ。
「あっ、リツコ〜? ちょっと聞いてよ」
「ちょっと、ミサト? いきなりなんなのよ!」
「いやぁ〜、それがね〜。…………」
そのままミサトはリツコに今までのやり取りを粗方伝え終わると、リツコに意見を求める。
すると、今まで聞き手に回っていたリツコが電話越しに小さく溜め息をつき、答えを出した。
「食事当番はシンジ君に決定。これでいいわね?」
「……って、えっ!? ちょ、ちょっと〜、どうしてよ〜?」
その回答はミサトにしてみれば予想外の返答だった。自分の作る料理は格別美味しい訳ではないが、少なくとも不味くは無い、というかどちらかというと美味しい、それがミサトの自身への料理の腕前に対する評価だったからだ。自分に賛成してもらえなかった理由がわからない。
「とにかくコレが私の出した答えよ。もうこれ以上あなたに付き合っている暇はないの」
リツコはそう言って電話を切った。
ミサトは軽く放心したままで受話器を見詰めていたが、約束は約束だ。不本意ながらもそれには従わなければならない。
本当ならこの共同生活をお互いに助け合いながら営んでいきたかったのだが、こうなってしまったものは仕方が無いと割り切って、シンジのお言葉に甘えることにした。
「シンジ君。まかせたわよ」
それでも少し悔しかったようで、引きつった笑みを浮かべている。
シンジは先ほどのミサトの反応や、シンジ自身の読みから最悪の結果は免れたことを確信していたが、今ミサトから直接告げられたことでそれが確定したことなったことを知り、心底安堵しリツコに感謝するのであった。
(はぁ〜、良かった。リツコさん、ありがとうございます)
その後、少し不機嫌になったミサトがシンジより先に『命の洗濯』済ませ、その後にシンジも命の洗濯を済ませた。ただ、やはりペンペンに会うことは無かった。
そしてシンジは今、前回アスカに追いやられた元自分の部屋のベットに仰向けに寝転び、天井を見詰めながら物思いにふけっている。
それは自分の今の境遇についてのものだ。
(なんでこの世界に僕が一人しかいないんだろう……?)
この世界の『碇シンジ』と、時代を遡って来た『碇シンジ』がいるはずなのに……。
しかし、その疑問はシンジの中ですぐに一つの答えと繋がった。というよりは、シンジにはそれ以外のことは考えられなかった。
(綾波はきっと、僕の魂だけをこの世界の僕に飛ばしたんだ)
……でもそれだと、この世界の碇シンジの魂は何処にあるんだ?
僕はまだ『僕』の魂、……いや、自我を感じたことが無い。……どうしてだろう?
シンジは暫し考える、そうして自分なりに二通りの答えを考えた。
(……僕の自我が強すぎるのかもしれない……)
今の僕の自我が、自我の希薄なこの時の僕の自我を覆い隠しているのかもしれない。だから『僕』が出てこられないんだ。
それとも、僕の自我が元の僕の自我に書き換えられてしまったのかな……?
……なんだかエヴァのパーソナルパターンの書き換えみたいだ……。
でも、どっちが正しいかなんてわかりっこないよ。
シンジにはどちらが正しいのかなど到底分からない。分かるはずも無い。
そしてシンジはもう一つの疑問についても考える。しかし、それこそ本当に答えなど出るはずの無いものだった。
(……僕は、いや、綾波はどうやって僕を逆行させたんだろう?)
そもそも時間ってなんなんだ? 時間っていうものは常に一定したものなんだろうか?
………それはきっと違うと思う。同じ時間でも、僕がそれを常に一定の時間だと認識できないんだから。
楽しい時の時間は短いし、辛い時は長い。同じ時間内での出来事だというのに。
……今と過去だって曖昧だ。『今』という時は、時間という名の直線の一点でしかない。それは秒に直す事だって出来ないほどに、短い間隔だ。
だから誰かが、今といってもそれは『過去』だ。
だけど時計の針のさす時間はもっと曖昧だ。
誰もが同じ時間軸上に生きているのに、その心しだいでそれは長くも短くもなるんだから。
でもそれは個人の体感で、他の人にはわからないんだ。……だったら……やっぱり時間は一定なのかな?
……でも、体感では違うんだ。
………そういえば、この世界は四次元だっていう考えがあるのを聞いたことがある。
その考えでは、縦、横、高さにプラスされるのはこの時間だったんだっけ?
……そういえば、縦、横、高さの距離って同じ距離でも人によって感じ方がちがうよな……。
足の速い人と遅い人ではその距離の移動にかかる時間も違うもんな。……この足の速さって力が、時間に関しては『心』という感情の力なのかもしれない。
……心の力か……。
……綾波は僕を一度L.C.Lに還元して、魂だけをすくい上げてからA.Tフィールドで飛ばしてくれたのかもしれない。肉体があったらA.Tフィールドで飛ばすときに邪魔だもんな。
……だけど、結局こんなものは僕が勝手に考えてるだけなんだよな……。何の根拠もないただの自己満足に過ぎないや。
でも、自分が今置かれている状況っていうのはどうしても気になっちゃうんだよな。それで少しでも落ち着けるなら、自己満足でもいいや。
シンジの考えたことは所詮机上の空論に過ぎない。そして考える必要も無いことだった。それでも自分のおかれている立場というのは気になる。自分が普通にはありえない境遇であればあるほど。
シンジはとりあえず自分なりの結論が出たことで、いくらかスッキリした気分になった。そして静かに目を閉じると、今日一日の疲れがどっと押し寄せてくる。
そして数分後には、静かな寝息たてて深い眠りに落ちていった。
「シンジ君。開けるわよ」
その後静かに部屋の扉が開く音が聞こえてくる。しかし、部屋の中の少年が寝ていることに気付くと、そのまま静かに扉が閉められていった。
「大事なこと言いそびれちゃったわね……」
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