交通事故──後編

EVA外伝第伍話

「シンジ!!」
「手術中ですから入らないでください!…心配なされるのは分かりますが、今は落ち着いて」
「彼の言うとおりだ。私たちは信じて待つしかない」
「あなた……」
「シンジは必ず帰ってくる。あの子には…まだやり残したことがある。シンジは、彼女たちを不幸にするような子じゃない」

(シンジは必ず帰ってくる。だが…早く帰ってきて皆を安心させてくれ)

さすがのゲンドウも、今は祈ることしか出来なかった。







(僕が死んだら皆悲しむ……それはそうかもしれない。でも、カヲルくんを殺した僕だけがこんなに幸福になっていいわけがない。トウジやトウジの妹…表立ってはいないけど、きっと沢山の人を傷つけたはずだ。これは、僕に対する当然の報い…)

「シンジくん、君の心はガラスのように繊細だ…以前こう言ったことがあったね」
「カヲルくん!?どこ、どこにいるの!!」
「今姿を現すわけにはいかない。君は使徒を倒すという使命を担うには、あまりにも繊細すぎた。
君は葛城三佐にこう言っていた。『人の命は当価値なのに、人を犠牲にして人を救うのは間違っている』とね。しかし、君がいなかったら人類が滅亡していた。それも事実なんだよ」
「でも…僕は」
「それに、君を愛する者まで悲しませる気かい?これ以上悲しみを増やすのかい?」
「それは…」
「さあ、早く君を待つものの所へ帰るんだ。生きとし生けるもの、いずれはここに来る。その時にまた会おう」
「…うん。ありがとう、カヲルくん!」

「本当は君がこの場所に来ることは2度とないんだ。ここは僕の作った無の世界だからね…
それでも、また会えることを信じてるよ」







駆け付けたアスカたちが手術室の前で祈っていると、中から医者が出てきた。

「先生!シンジは、シンジはどうなったんですか!?」
「全く外傷は無く、こちらもできる限りのことはしましたが…ご臨終です」
「そんな……シンジ……やっと、やっと一緒に生活が出来て、家族で暮らして…うううぅぅ〜〜!!」
「シンジ、戻ってきなさいよ!まだ、返事も、貰って…ない………」
「私…私のせい?私のせいでシンジくんが……………」

女性陣が全員泣き崩れる中、レイとゲンドウだけは違う反応を見せていた。

(碇くん…死ぬの?いいえ、駄目。碇くんを死なせはしない…)
(シンジ、お前を死なせるわけにはいかん。まだお前にはやることがある…)

2人の祈りは、実質死んでいる状態のシンジに痛切に伝わってきた。

(僕は望まれてる…死んだら悲しんでくれる人がいる!僕は…生きててもいいんだ!僕は生きてなきゃいけないんだ!)

その祈りは、自分に価値を見出せなかったシンジには嬉しい、その言葉を通り越して感動するものであった。カヲルの言葉以上に、生きる希望を与えるものだった。

「せ、先生!脈が……戻っています!!」
「な、何だと!?ほ…本当だ!!すぐに呼吸器を!」
「し、シンジ…生きてるの……?シンジ!?」
「奥さん、下がっていてください!……脈も血圧安定。眠っているだけです」
「シンジ!!…良かった。本当に…ううぅぅ」
「シンジ、シンジぃ!!」
「ユイ、落ち着け…霧島さんも。別室に連れて行きます。先生、後はよろしくお願いします」

ゲンドウは泣き止まないユイとマナを、別室へ連れて行った。

「ふん…まだ返事ももらって無いのに死なれて…たまる……もんですか」

と強がっているアスカであったが、その頬は確実に涙で濡れていた。

「ありえない…意識はありませんが、脈も呼吸もしっかりしています。これなら数日の内に意識も戻ると思います」
「碇くん、戻ってきてくれたのね…」

とさっ

「ファースト!?ちょっとどうしたのよ!…気絶してる」

(ま、無理もないか。今シンジに死なれたら私も…)

「くっ、軽いって言ってもやっぱりきついわね」

アスカはぶつぶつ愚痴を言いながらレイをベッドに運んでいった。

(そういえば外傷は無いって言ってたわよね?何で怪我が無かったのかしら)

ともっともな疑問をいまさら考えるアスカ。
当のシンジの寝顔は…とてもやすらかなものであった。

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