絆……
「私には、エヴァに乗る以外、何もないから」
……そう。私には、エヴァに乗って、戦って、そして、あの人の計画のために消える。
「あなた……ダレ!?」
自分でもびっくりするほど大きな声で呟いて、レイは目が覚める。
≪夢……?≫
違う。夢のような気がするけど。
夢じゃない。夢のようにぼぅっとしていない。
今でも、はっきりと思い出せる。
≪本当に?≫
分からない……。
それでもレイに、考える余裕はない。
時計を見ると、すでにギリギリだった。
「後2分18秒で出発しないと……」
授業に間に合わない。
今までなら、全くそんなこと気にもとめなかった、学校に行けなくてもいっこうに構わなかったレイだが、今日はなるべく早く行きたいと思っていた。
それは、『碇君に会いたい』とかいう動機だったりするのだが、今のレイには分からない。
何とか間に合った。
「おはよう、碇君。」
「あ、おはよう。」
≪今日の綾波…なんか…変?≫
シンジは思った。なぜだか分からないけど、今までと何かが違う。
「先、行ってるから……」
「あ、うん……」
その疑問は、一緒に歩いていたケンスケによって氷解する。
「おい、碇。お前綾波と何かあったか?」
「べ、別に?」
「だってよぉ、綾波が用もないのに自分から挨拶するなんて、今まで無かったじゃないか。」
それで、だったのか。
今日の綾波、なんかいつもと話し方が違うっていうか、なんかほんのちょっと頬も赤かったし。
そんなレイのわずかな変化を見極めることができるのは、シンジだけである。
しかも、本人はそのことに気づいていない。
「いったい、何があってん!」
トウジが吼える。嫉妬の視線を込めて。
「いぃなぁ、ミサトさんのような美人と暮らしてるだけでは飽きたらず…」
「碇ばっかり、うらやましいやっちゃ。」
「そんなぁぁぁ」
隠し事ができないタチのシンジにとって、このような状況はヤバい。
口を滑らせて何を言い出すか分からない。
もっとも、それが彼らの狙いだったのだが……
「あの、その……」
「キーンコーンカーンコーン……」
「そうだ、遅刻するよ!!」
何とか話題を逸らすことに成功したシンジ。
―― その日の午後 ――
「レイ、今日は初号機とのシンクロテストよ。落ち着いてやりなさい。」
「はい……」
≪初号機……碇君の匂いがする……≫
ぽっと頬が赤くなるのを感じたレイ。
しかし、ドキドキしているのも収まり、次第に落ち着いていく。
「今日は、シンクロ率が良好ね。特にレイ。」
手にしたコーヒーをすすりながらつぶやくリツコ。
「ですね、先輩。普段より4〜5%も上がっていますから。」
「不思議ね。この前の戦闘で、肉体的にはまだ本調子じゃなさそうだったのに。」
「何か、あったのかしら?」
ミサトが何気なくを装い、しかし存分に悪戯っぽい笑みを浮かべて呟く。
ブッッッ!!
リツコは思わずコーヒーを吹いてしまった。
「リ、リツコォォ……はしたないわよぉ。」
≪ミサトにいわれるとは…人生最大の不覚ね。≫
と心の中でつぶやいたものの、実際マヤは目を丸くして、『信じられない』といった面もちで見ている。
「え、あ、う〜ん、レイに限って、それはなさそうね。」
「そう?レイだってお年頃なんだから……」
≪ま、無いとは思うけどね。≫
さすがミサトも冗談のつもりである。レイにそんな感情があるとは思いもしない。
実際、今まではなかったのだ。
テストが終わっても、レイは帰らなかった。
ジオフロントから上がったところで佇んでいる。
誰かを待って……いるのだろうか。
いつもと違い、一見無表情そうでもわずかに困ったような、嬉しいような顔をしている。
そのとき。
ザァァァァァァァッ
滝のような夕立である。
≪雨……?≫
≪夕立なら、自然にやむわ。≫
が、その夕立はなかなかやまなかった。
そのとき。
「あ、綾波…?」
「碇君……?」
「どうして、帰らないの……?」
≪待ってて、くれたの?≫
その言葉を言えるほど、シンジも丈夫ではない。
…
しばし沈黙。
「あ、別に、無理していわなくてもいいんだけど……その……」
「待っていたから。」
「だ、誰を?」
焦るシンジ。
「碇君……」
「え、あ、ありがとう……」
……
再び沈黙。
そこで、シンジは大きな過ちに気づいた。
傘を、忘れたのだ。
「あ、あの、綾波……」
「何?」
レイ本人は意識していないが、シンジは2段ほど階段の上に立っているので、上目遣いに見るような格好になるレイ。
≪可愛い……≫
思わず顔に血が上るのを感じたシンジ。
しかし、そういう場合ではない。決してそういうつもりで呼んだのではない。
「あ、あの……傘、忘れたんだ。」
「それで……もし2本持ってたら、1本貸してほしいんだけど……」
……
またもや沈黙。
「ごめんなさい、私、1本しか持っていないから。」
「ならいいや。とんでもないことを聞いたね、綾波。ごめん。」
すまなさそうな顔のシンジ。
「じゃあ、僕帰るから。」
≪まさか、相合い傘なんては言えないしね……≫
走って帰ろうとするシンジ。
しかし、レイは突然シンジに飛びつくような格好で引き留める。
「綾波!?!?」
「私の傘に、一緒に入ればいいわ。」
≪ええぇぇ!≫
「いいよ。そしたら、綾波が濡れちゃうし。」
「問題ないわ。」
≪私の傘、二人くらいは入れるもの。≫
そういうと、傘を広げるレイ。
≪あれ…?≫
レイは内心首を傾げていた。
確か、自分が持ってきたつもりの傘は、人二人分ぐらいは入れそうな傘。
しかし、今持っている傘は、どう見ても一人が精一杯である。
≪問題……無いわ。≫
≪いいの? 綾波。≫
「行きましょ。」
「う、その……」
また上目遣いのような格好でシンジを見るレイ。
このような状況で、シンジに選択肢はない。
「うん……」
レイは、ほんの少しだけ、嬉しそうな表情を見せると、傘の中にシンジを入れて、歩き出す。
さすがに一人用の傘では、相合い傘をしてもお互いになかなか濡れる。
しかも、世間一般の相合い傘ほどお互いの距離が近くないので、なおさらである。
「あの……綾波?」
「何?」
「このままじゃ……二人とも濡れると思うんだけど……」
本心から綾波を心配しているから言える言葉である。
「風邪……引くんじゃない?」
「問題ないわ。」
そういうとレイは、シンジの方にすり寄ってきた。
お互いの頬がふれ合うほど、お互いの吐息、いや心臓の鼓動すら聞こえそうなほどで近づいていた。
もう傍目から見ればどう見てもカップルである。
≪あ、あ、あ、あ、あ、綾波ぃぃぃ!!≫
シンジはもう真っ赤であった。
≪綾波は、一般常識と少しずれてないかな…?≫
シンジは少し心配になったが、二の腕から伝わるレイの体温を感じて、もう半分以上は上の空だった…。
それから先はもうシンジは断片しか覚えていなかった。
レイの部屋まで行って、「さよなら」の挨拶をして、
レイの部屋を出た頃には雨はすっかりやんでいたことぐらいしか。
もう気持ちがどっかいっちゃったので、ミサトに「何嬉しそうな顔してんのよ? ははーん、何かあったわねぇ?」などとからかわれても完璧に記憶に残っていなかった。
そのまま、ふらふらふらっと自分の部屋に入って寝てしまった。
「綾波……」
くぅぅぅぅぅぅ…すぴぃぃぃぃぃぃぃ……
紅に染まっていた空は、いつの間にかすっかり暗くなり、
穏やかに月と星が輝いていた。
To be continued
あとがき
柳井です。
初めて書いた作品ですね。
シンジ、うらやましいぞ。いや、ホントに。(^-^;