一方、作戦課の日向マコト二尉と、所属も知れぬ青葉シゲル二尉の二人はハード面、つまり物理組織のメンテナンスを行っていた。
ふとシゲルはタンパク壁の一部に異常を見つけると、ため息をついた。
「またかぁ、タンパク壁の劣化?」
「どこのブロックだ?」
すぐにマコトと、彼の上司の冬月がシゲルに注視する。
シゲルは少しばつが悪そうに冬月に報告した。
「シグマブロックの近くです、ここは使徒戦が始まってからの工事で、ずさんですよ。」
モニタにはそこの部分のタンパク壁が確かに劣化している様子が表示されていた。
「皆疲れているのだろう、やむを得まい。
早めに何とかしておけ、碇のやつがうるさいぞ。」
「了解。」
「え〜、また裸で実験ですか?」
『そうよ。』
抗議するシンジに、リツコが事も無げに言い切る。
尤も、隣に立つレイは大して気にしたそぶりを見せない。
『今回は、エヴァンゲリオンのオートパイロットシステムの開発のために、データ収集の実験を行います。
また、本日の実験ではプラグスーツの補助無しでシンクロする実験も兼ねて行います。』
「分かりました……」
ピシャリと言いきったリツコの前に、為す術無くシンジは返事を返したが、よく考えると問題はそちらではなかった。
自分の隣に、同じく裸のレイが居るのだ。
『シンクロの経路が異なる』とか何とか言っていて、ヒカリはそこには居なかったが、暗闇に裸で二人っきりという、よく考えるとものすごく危険なシチュエーションの中にいることが、シンジは気になって仕方がなかった。
不承不承、実験は開始された。
『では、実験を開始します。
そのまま各エントリープラグまで移動してください。』
「え? このままでですか?」
『そうよ。
移動の間カメラは切ってあるから、プライバシーは保護されるわ。』
「そういう問題じゃないんですけど…」
シンジのささやかな抵抗はことごとくリツコに跳ね返されてしまい、彼は肩を落とした。
意識しなくとも、横のレイに目は移りがちだ。
暗闇の中でも、やや白く輪郭を浮かばせる躰。
均整のとれたスレンダーなボディーラインも露わなシルエットに、シンジは赤面し、チラチラと盗み見ていたつもりがそちらにやがて目をとられ、ろくに前も見ずに歩いた拍子に躓いて転けそうになってつんのめった。
「碇君、大丈夫?」
「あ、大丈夫だよ。」
なんだか今ひとつ今日はついていない、とシンジは思った。
『どんな感じかしら、二人とも?』
リツコの問いかける声が聞こえる。
それに二人は同じような感想を返した。
『何か違うわ。
右腕のみが明確に捕らえられます。』
「妙な感じです……右半身だけはっきりしているような、そんな感じで…」
『そう。なら、レイ。
右腕を動かすイメージを描いてみて。』
『はい。』
零号機の模擬体が腕を動かす。
そんな様子を見ながら、マヤは作戦課からの報告に目を走らせた。
「先輩、作戦課から連絡です。
ここの近くのタンパク壁が劣化していて、発熱等が予測されるので、その際は連絡するから留意して欲しいとのことです。」
「分かったわ。
でも、この実験は重要なの。
ちょっとやそっとのことで中止するわけにはいかないわ。」
とそのとき、突然レイが最初は小さく、しかしはっきりと悲鳴を上げた。
『きゃっ!』
「どうしたの、レイ。」
リツコはレイに問いかけるまでもなかった。
本来は動くはずのない、模擬体の左腕が動いていた。
「未確認物体によって、模擬体、侵入されました!」
「パターンはオレンジから不規則に変化、判断を保留しています。」
リツコはやや息をのむと、声高に指令を下した。
「エントリープラグ射出!
各員早急な対策を!」
シンジにはなんだかよく分からなかった。
実験中に突然レイが悲鳴を上げて、それから模擬体が動いたからエントリープラグが強制射出された。
それから、勝手に警報が発令されたり、自爆決議が出たり、はたまたその警報が解除されたりと話題には事欠かないしばらくの間を悶々と過ごしていただけだったのだ。
やがて落ち着いたのだが、今度はレイのことが妙に心配になってきた。
通信はつながっていないから、格別何をできるわけでもない。
ふと、シンジはエントリープラグの外に出た。
別に誰か居ると思っての行動ではなかったが、零号機のエントリープラグにはレイが腰掛けていた。
お互いに一糸纏わぬその状態を、シンジは恥ずかしくなって体を背けた。
「綾波、何があったのか知らない?」
「……分からないわ。」
不自然な沈黙。
普段と違い、その沈黙はレイが破った。
「でも……もしかしたら、使徒が本部に侵入したのかも知れない。」
「使徒が? 何で?」
「分からないわ。」
見上げると、暗闇の中で星と月は輝いていた。
暗闇の中。
6人の男が卓を囲んで座っている。
中央の、妙なバイザーを掛けた男が口を開いた。
「先の第拾使徒のNERV本部侵入の件についても報告願いたい。」
すると、その向かいのサングラスの男は微動だにせず答えた。
「委員会への報告は誤報だ、と先程述べたところですが。」
「気をつけたまえ、碇。
ここでの偽証は死に値する。」
他の男が横から口を挟む。
バイザーの男がそれを目で制した。
「どうなのかね、碇。」
「使徒侵入の事実はありません。
なんならMAGIのレコーダーを調べて頂いても結構です。」
「茶番はよせ。
情報改竄は君の十八番だろうに。」
サングラスの男は、にやりと笑っただけだった。
そしてその後、NERVの司令執務室では、いつものようにゲンドウと冬月が向かい合っていた。
「委員会にはどう報告したんだ、碇。」
「報告は誤報、使徒侵入の事実はなかったさ。」
「よくやるよ、あれだけ騒いでおいて。」
「やむを得んだろう、問題ない。」
「なら構わんが。
それにしても、今回の使徒殲滅はまさにリツコ君のおかげだったな。」
「当然だろう。
今は彼女が最もMAGIに詳しい人物なのだからな。」
To be continued
あとがき
今回、使徒戦についてはほとんど触れていません。
これは手抜きという説もありますが(苦笑)、シンジを真ん中においた結果です。(あんまりシンジに出番無かったけどw
次回、重要な転機を迎える(予定)のBパートでお会いしましょう。
<(_ _)>
ミレア