眠れない……
明日は碇君と出かける日……
今日のうちに睡眠をとっておきたい……
胸の鼓動が早い。
でも、病気じゃない。
つらくない。
嬉しい?
期待?緊張?

これが、『好き』ということ?

分からない。
分からない。
分カラナイ。
ワカラナイ。


Together

第伍話 ─ Cパート「決心、それに幸有れ」

 シンジは、普段の休日より優に1時間は早くセットした目覚まし時計が鳴るさらに10分前に目が覚めた。
 胸がドキドキする。
 もう、5分ほどの間に20回はカレンダーを見て日付を確認した。
 間違いない。
 確かに、今日はレイと遊園地に出かけるのだ、ということを確認したシンジは、手早く着替えるといつものように部屋を出、朝食の用意をしようとした。
 しかし、シンジは二つのことに驚いた。
 一つは、そこに朝食がすでに並んでいたこと。
 二つ目は、朝に弱いレイがシンジより先に起き朝ご飯を作っていたこと。
 それでも、シンジはごく自然にエプロンをつけると、レイの横に並び調理具を片づけた。

「おはよう、綾波。」
「おはよう、碇君。」

 二人は軽く挨拶を交わすと席について朝食をとった。
 どうせミサトはまだまだ寝ていることだろう。
 二人っきりの食事。
 もう慣れっこになってしまった食事の摂り方だった。
 今日の朝食は、ご飯、朝餉のみそ汁、ほうれん草のおひたし、そして焼き魚。
 それらすべてを残さず味わうと、また二人で食器を片づけた。
 出発にはまだまだ時間があるかな、と思うと、シンジはS−DATを、レイは本を取り出すとリビングでそれぞれ聞き、読もうとした。
 しかし、曲の中身が耳に入らない。
 1ページたりとも進まない。
 今日これから、二人で遊園地まで出かけるのだ、ということが無用に彼らを緊張させていた。

≪やっぱり……デート…なのかな?≫

 シンジは自問する。
 普段の買い物は横に差し置くとしても、この前、半ば無理矢理ミサトに押し切られる形でのデパートへエプロンを買いに行ったこと。
 あれはあれでデートに近かったが、今回はミサトにそそのかされたわけではなく、シンジが自分で決断したデート。
 シンジは緊張していく自分に苦笑した。

≪そんなに肩の力入れちゃダメだ。≫

 ふと気がつくと、時計はそろそろ出発予定の時間が近づいてきていた。
 シンジは腰を浮かせる。

「綾波、そろそろ出発だから、着替えてくるね。」
「分かったわ…」

 結局耳に入らなかったS−DATと、さっぱり進まなかった文庫本を持って二人は自分の部屋へと入った。
 やがてして、二人は玄関に出そろった。
 白を基調にしたワンピースのレイ。
 いつも通りといえばいつも通りだが、胸に「Get you」と小さくかかれたシャツを着ているシンジ。
 二人は手を取ると、遊園地へと歩き始めた。


『目標、出発した模様。』
「A班はそのまま関し、B班とC班は到着地点にて待機、いいわね。」

 そのころ、「寝ている」とシンジに言われたミサトは、こんな朝早くからNERV本部でモニタの前で部下に連絡を取っていた。
 声は鋭く、表情も真剣だが、目だけが妙に笑っている。

「十分、楽しませてもらうわよ。」

 そのモニタには、仲良く手をつないでいるシンジとレイが映っていた。


 そこは遊園地といっても、たいしたスケールのものではない。
 観覧車と、少しばかりのお化け屋敷と、20世紀末の頃の壮大なものから思えばおもちゃのようなスケールのジェットコースター。
 ただ、第三新東京市から近いここには、休日、それなりの人が集まるものだった。
 しかし、今日入ってきた一団は妙だった。
 全員が全員迷彩服に身を包み、まるで戦争でもせんかという物々しさで入ってきたのだ。
 実際のところ、その目的は些細なことだったのだが、職員はすっかり萎縮してしまっていた。
 そこに、一組の中学生カップルが現れた。
 手をつなぎ、寄り添っている様子がきわめて自然になっており、傍目にもとても仲が良さそうだ。
 そんな二人を見送るようにし、ようやく先ほどから続く萎縮から解放されたのだった。


「どこにする?」
「どこでも構わないわ。」

 シンジの取り出したマップをのぞき込んでいるレイ。
 レイも左手には確かに同じマップを持っているのだが、それを見ようとせずにシンジに顔を寄せている。
 シンジはどこに最初に行くかでしばらく目を泳がせたが、一カ所で目をとめた。

「綾波、このお化け屋敷、どう?」
「お化け屋敷…?
 いいわ。」

 並んで向かいながらも、『お化け屋敷』の正体が実は分かっていないレイだった。


 暗く、おどろおどろしい雰囲気の建物。
 そこへと入っていったシンジたちだった。
 最初は『お化け』に対していちいち律儀に反撃をしようとしていたレイも、最後の方は十分に楽しんでいた。

「きゃぁっ!」

 とはいいながらもさして驚いているわけでもないレイがシンジの裾を握りしめる。
 シンジはシンジで、いつもよりさらに距離の近いレイを意識しすぎて、お化けどころではなかったのだが。


『目標、ポイントCに入った模様。
 入る前より親密になっている模様。』
「了解。
 引き続き監視、続けて。」


「次は、ジェットコースター行こうか。」
「ええ。」

 といった調子で二人は次にジェットコースターへと向かった。
 エヴァに乗る時を思えば、かかる衝撃など僅かなものだが、それでも普段より低い視点からのスリルあふれる景色は刺激満点だった。

 そして、その後シンジは昼食を摂ろうと適当な場所を探したが、それはレイに遮られた。

「ここにしましょう。」

 そう言うとレイはベンチに座り、あわててシンジも隣に座った。

「でも、綾波。
 お昼ご飯はどうするの?」
「問題ないわ。」

 レイは誰か譲りの台詞を呟くと鞄からバスケットを一つ出した。
 シンジがそれを受け取り、開けるとそれはまさにお弁当であった。

「そっか、これ作ってたから朝早かったんだね。」
「ええ。」

 卵焼き、フライドチキン、ポテトサラダ、それらレイの料理を二人は実においしそうに食べた。
 そうして、シンジが立ち上がろうとしたそのとき、肩に重みを感じた。
 レイがそこで寝ており、頭をシンジの肩に預けていた。

「あ……」

 ちょっと周りの目が気になり恥ずかしかったが、朝早くから起きて朝、昼共に食事を作ってくれたレイは疲れていたのだろう、とそのまましばらく座りながら、いろいろ考え事にふけっていた。


『目標、ベンチで昼食を摂っている模様、手作り弁当のようです…
 美味そうです。』
「美味いのは分かったから、で?」
『その後、目標は肩を預けあって眠っています。』
「なるほど…ね。」

 ミサトはおもしろそうに報告に聞き入りながらモニタを眺めていた。


 レイはふと目を覚ますと、自分の頭がシンジの肩に掛かっていたことに気がついた。
 一瞬、恥ずかしくなるが、その幸せな感触に安堵を覚える。
 そこにシンジが声をかけた。

「綾波、起きてる?」
「今、目を覚ましたところよ。」
「そう。
 そろそろ観覧車に乗って。その後帰ろうかと思ってるんだけど…
 ほら、夕食の用意とかもしなきゃいけないし…」

 一瞬、『帰る』というところでレイが残念そうな顔をしたのを見、シンジも残念な気分になった。
 自分たちがただの中学生ならもうちょっとゆっくりしてもよかったのに。
 と、シンジとレイは大きな観覧車のゴンドラへと乗りこんだ。


『目標、観覧車へ向かったようです。』
「盗聴器は?」
『ばっちりです、呼吸まで聞こえますよ。』
「映像は?」
『残念ながら、超望遠撮影のみです。』


 観覧車に乗ったとき、レイは迷わずにシンジの隣に座った。
 係員が一瞬、何か言いたそうな目をしたが、喉でそれを飲み込んでいた。
 だんだんとあがっていくゴンドラ。
 それにつれ、シンジの緊張も高まっていた。
 レイを誘った本当の目的、それを達成できるのは今だけだと思っていた。
 勇気を振り絞り、シンジは会話の先手をとった。

「綺麗な景色だね…」
「そうね…」
「夕方だったら、もうちょっと綺麗だったかな?」
「そうかもしれないわ。」

 一瞬の沈黙。

「綾波。
 その……今日、僕がここに綾波を誘ったのは……
 僕たちに一つ、区切りをつけておこうと思ったからで……
 その……」

 再度の沈黙。
 レイは、シンジの言葉を待っているようだった。
 シンジの心の中の葛藤が、今、吹っ切れた。

「僕は……
 綾波、君のことが………
 世界で一番…………
 好きです。」

 レイは少し押し黙った。
 その沈黙が、シンジには永遠のように感じられた。
 レイは顔を上げると、その表情はみるみるうちに満面の笑顔へと変わった。

「ありがとう……
 私は……」

 しかし、言いかけてレイの脳裏に嫌なイメージが走る。
 自分は人間ではない。
 やがて消えゆく存在なのに?
 しかし、一瞬後には、レイ自身が声を発せようとする前に、唇が言葉を紡いでいた。

「私も…碇君のことが……
 好き……です。」

 どちらからともなく、接近する顔。
 そして──二人の唇は重なった。


『もも、目標、物理的に接触しました!』
「やるじゃない、シンジ君……」

 ミサトの微笑みは、やがて姉が弟を見守るようなそれに変わっていた。


To be continued


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あとがき

実はこれ、単発の作品にした方がいいんじゃないか、と自分で思いながらのミレアです。
ついにシンジ君が勇気ある決断を下しました。
本年はおそらくこれが最終になると思いますが、来年もどうぞよろしくお願いいたします。

<(_ _)>




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