もうすぐ夜中の12時になる。明かりを消してからもうずいぶん経つが、シンジはまだ眠れないでいた。シンクロテストの後、時々こういうことがある。神経接続の関係だとリツコは言ったが、詳しいことはわからないらしい。個人差もあり、アスカは何でもないようだった。レイには聞いたことがない。
鎮静剤と導眠剤をもらってはいたが、飲む気にはなれなかった。
シンジはため息をつき、諦めて明かりをつける。レイは今頃なにをしているのだろうかと、ふと思った。
もうすぐ学校の定期考査がある。エヴァのパイロットといえどもテストは受けなければならない。たとえ使徒が来たとしても、日を改めて受けるはめになるだけだ。
そして、出席不足による留年を避けるためには、テストでそれなりの点数を取っておく必要があった。チルドレンの出席日数の不足は、既に補習だけで補える範囲を超えていた。勉強はしなければならない。中学生にして留年をしたくなければ。眠れずにベッドの中を転々としているなら勉強でもした方がまだマシだと、彼はそう思った。
机に向かって教科書を開く。しかし目は教科書の上を滑るだけで、内容など全く頭に入らなかった。それでも頑張ればなんとかなるかもしれないと、シンジは必死に集中した。
無駄な努力だった。綾波は僕より学校に来てないけど、今頃は勉強してるかな、などと考えてしまう。
もう教科書を放り投げようかと思った頃、カバンの中に入れっ放しになっていた携帯電話から低い振動音が聞こえ、すぐに切れた。着信音を切ったままだったために、ワンコールかメールかの区別はつかない。
シンジの携帯に電話をかけて来るのはトウジかケンスケ、あるいはごく稀にアスカくらいのもので、いずれにしてもこの時間にかけて来ることはない。メールにしても同じことだ。必然的に今の電話は、業者の迷惑メールかワン切りだということになる。そう思いながらも放っておくことはできず、カバンから携帯を取り出した。
碇くん、眠っていますか? |
それはレイからのメールだった。シンジは驚いた。それまで彼女からは、メールはもちろんのこと電話すらもらったことはなかった。番号とアドレスはお互いに知ってはいたが、それは緊急時の連絡のために、一応交換しておくようにと言われたからだ。と、思っていた。
綾波レイという少女。シンジの同級生であり、同じくエヴァのパイロットでもある。シンジは彼女のことを、例えばアスカに比べて遥かに魅力的だとか可愛いなどと思ったことはなかった。確かに整った顔立ちだし、かなり可愛い部類に入るとは思う。しかし、その極端に少ない口数と感情に乏しい表情が彼女の魅力を殺している――。
彼が新しいIDカードを届けに行った時、転んで全裸の彼女の上に乗りかかった時ですら、彼女は眉ひとつ動かさなかった。
感情がないわけではない。同じ日、彼女はシンジの頬を打った。その時は本当に怒った顔をした。ヤシマ作戦の後は素敵な笑顔も見せた。
しかし、それだけだ。シンジは思う。性格すら良くわからない。それなのに、なぜこんなにも彼女のことが気になるのだろう。ふと気づくと彼女の姿を目で追っていることがあった。
たった今も、勉強をしようと思いながらも、頭の片隅には綾波レイがいた。
碇くん、眠っていますか?
それは不思議なメールだと思う。何か用事のあるメールではない。どうしたんだろうとは思うが、訝しく思うよりも、嬉しく思う気持ちの方が大きかった。
彼は少し考えて返事を打った。
起きてたよ。眠れなくて。綾波は何してたの?眠れないの? |
少ししてから返事が来た。
シャワーを浴びたところです。こんな遅くにごめんなさい。 |
シンジは精一杯の速度で返事を打った。
平気だよ。起きてたし。勉強しようとしてたんだけど頭に入らなくて。 |
15分待っても返事はなかった。もう寝てしまったのかなと思う。
でもシンジは、ここで途切れるのは嫌だと思った。メールが来ただけでも充分に嬉しかったが、この細い糸を切りたくないと思った。
どうせ寝てるだろう。そう思いながらも彼はメールを打った。
もし綾波が良ければ、今から行ってもいいかな |
なんて大胆なメールなんだと、送信してからそう思った。女の子の部屋に、こんな夜中に行ってもいいか、だなんて。シンジは冷や汗をかきながら返事がないことを祈り、来ることを期待した。
携帯が振動した。
彼は自分でもあきれるほどの速度で受信操作をした。
待ってます |
即座に返事を打った。
すぐいくから |
彼は全速力で着替え、少し迷ってから急いで歯を磨き、同じく少し迷って、カバンに教科書とノートを詰めた。
ミサトやアスカを起こさないように忍び足で玄関に向かい、そっとドアを開けて静かにカギをかける。そして走りだした。彼女に会うために。
ミサトの携帯が、通常とは違う着信音を鳴らした。彼女は一瞬にして目を覚まし、緊張する。チルドレンの身辺保護をしている保安諜報部諜報二課の、シンジ担当からの電話だ。表示を見て自動的にスクランブラーが入ったことを確認し、パスコードを入力して電話に出た。
「葛城です」
彼女の声に、眠気は微塵も感じられない。システムがその声をミサト本人のものであると認め、短い発信音を鳴らした。
「サードチルドレンが部屋を出ました」
事務的な、無機質とも思える声が聞こえた。スクランブラーによって僅かに変調がかかってはいるが、無機質に聞こえるのはそのためだけではない。その声に続いて、ミサトの時と同じく発信音が聞こえる。彼女は反射的に時計を見た。12時半。
「ありがとう。監視を続けて」
「了解」
電話を切った。
ミサトは自室を出て、シンジの部屋をそっと開ける。明かりが消えて無人なのを確かめ、静かに閉めた。アスカの部屋からも明かりは漏れていない。耳をすますと、かすかに寝息が聞こえる。続いて、玄関のカギがしまってチェーンロックの外れているのを見た。
つまり諜報二課の誤認ではないということだ。
冷蔵庫から缶ビールを出そうとして、やめた。コーヒーでも飲もうかと思う。
シンジはレイの部屋の前で深呼吸をした。ベルを押すが、壊れたままなのかやはり反応はない。
そっとノックをした。思ったより大きな音が響いて、心臓が止りそうになる。
カギを開ける音なしにドアが開いた。
「き、来ちゃったよ」
緊張を抑え、なるべく普通に聞こえるように言った。
「入って……」
レイが静かに言う。その声は、かすかに震えているようにシンジには聞こえた。
床や壁は相変わらずだったが、ゴミも包帯も片付けられ、台所の食器も奇麗に洗ってあった。僕のために片付けてくれたのかなと、ふと思った。
ベッドの前に小さなテーブルが出され、猫の絵柄のクッションが置いてあった。
「伊吹二尉が、持って行きなさいって……」
「そ、そうなんだ」
クッションを見つめて突っ立っているシンジを見て、レイが言った。
「紅茶いれるから、座って待ってて」
「あ、うん。ありがとう」
殺風景だし、居心地がいいとは言えないはずだけれど、どうして気持ちが落ち着くんだろうとシンジは思う。この動悸さえおさまれば、もっと普通に綾波と話せるのに。
シンジはキッチンに立つレイの姿を見つめている。
その視線に気づいたのか、レイが振り向いた。
「なに……見てるの……?」
「い、いや、なんでもないよ」
声が上ずったかもしれない。
「サードはファーストチルドレンの部屋に入りました」
携帯の向こうの男の声が、彼にしては珍しく少し興奮気味だった。大きな問題のないことがほぼはっきりして、安心しているのかなとミサトは思う。
彼女は、監視を続けて、と言って電話を切った。必要はないのかもしれないが、不用意にガードを解くこともできない。ビールを飲んでいいかどうか迷う。
「アップルティー?」
「うん」
「おいしいよ。上手だね。紅茶いれるの」
「あ、ありがと……」
それきり会話は途絶えた。
「紅茶を飲んでいるようです。しかし会話は弾んでいません」
「あんた、何やってんの?」
妙に興奮した男の声に、ミサトはあきれて言った。
「監視ですが」
一転して冷静な声に戻る。ミサトは監視を続けてとは言わず、黙って電話を切った。
シンジは沈黙が続いても辛くなかったし、居心地が悪いとも思わなかった。だが行くと言ったのは自分の方だし、彼女がどんな気持ちでいるのかも気になる。この人は何をしに来たんだろうと思われるのも嫌だった。
何か話をしたい。でも何を話せばいいのだろう。
彼は自分がなぜここに来たいと思ったのか、良くわからないでいた。
「シンクロテストのあと」
唐突にレイが口を開いた。
「眠れないことがあるの」
「あ、僕もそうだよ。神経接続の影響だろうってリツコさんが言ってたけど、詳しいことは良くわからないらしいんだ。アスカは平気みたいだし」
「……そういう時」
レイはシンジの言葉に頷いてから話を続ける。
「眠れない時……碇くんのことを考えることがあるの」
「……僕のこと?」
「初めてあなたに会った時、思ったの。なんて冷たい目をしている人なんだろうって」
「僕が……?」
「でも今は、本当はそうじゃないって思う。あなたは何かを悲しんでいて、それを冷たい目で隠しているのかもしれないって、そう思えるの」
「……」
「何かを求めていて、でもそれは求めてはいけないもの。それが悲しいのかもしれないって、そう思ったの」
「……」
「ごめんなさい。変なこと言って」
「いや……いいけど……」
レイは一瞬だけシンジの目を見て、すぐにまた視線を落とした。
「……碇司令の目は、自分の求めているものが求めてはいけないものだと知っていて、それでも求めるっていう決意があると思う。司令はそういう目であたしを見る。でも本当はあたしを見てるんじゃない。あたしの向こうにいる、何か別のものを見てるの」
「……」
「それがどういうことなのか良くわからない。けれど、碇くんのことを見ていて思ったの。あたしのことを見ている人は少ないけれど、この人はあたしを見てるのかもしれないって」
「……」
レイは自分のいれたアップルティーをじっと見つめている。シンジは何を言ったらいいのかわからないでいた。
「碇司令が……」
レイはためらうように言葉を切った。
「碇司令が、廊下で赤木博士とキスしているのを、見たことがあるの」
「父さんと……リツコさんが?」
レイはシンジから目を逸らしたまま頷く。
「見てはいけないんだと思った。だからあたしは、気づかないふりをしてそのままお手洗いに入ったの」
「……」
「鏡で自分の顔を見ながら思ったの。あたしの目は赤木博士の目と同じだって。求めているものがあって、それが目の前にあるのに、気づかないふりをしている目」
シンジはやっとの思いで言う。
「僕には良く…わからないけど……」
それは嘘かもしれない。わからないふりをしているだけなのかも。
「ごめんなさい。こんな夜中に」
その言葉は、やんわりとした拒絶とも取れる。レイは、そんな言葉しか吐き出せない自分を嫌悪した。
――まだ帰らないで。もう少しここにいて。独りでいるのが嫌なの。……どうしてあなたのことが気になるのかわからない。でも……あたしはあなたを見てる。碇くんにもあたしのこと、見ていて欲しい……。
そう言えない自分が嫌だった。求めてしまえばいいのに。
「綾波は、誰かを好きになったこと、ある?」
シンジは思い詰めたような目で、かすれた声を絞り出した。逃げちゃ駄目だと、そう思う。
「わからない……」
正直になれない二人。
「……どうして人は人を好きになるのか、人を好きになるってどういうことなのか、あたしにはわからない。それは素敵なことなの? 大切なこと? 求めても……いいことなの?」
シンジは目を閉じた。
綾波は、どうやって感情を表に出したらいいのかわからないんだ、と彼は思う。もしかすると、表に出してはいけないと思っているのかもしれない。
でも今は、こんなにも切ない顔をしている――。
彼はそっとレイの手に触れる。彼女の身体がかすかに震えた。
「最初に僕がこの部屋に来た時のこと、憶えてる?」
彼は、うつむいているその紅い瞳を見つめて言った。
「……うん」
「どう思った?」
「何も……思わなかった」
「今は?」
「……暖かいって、思うわ」
レイの手が動き、シンジの手を握った。シンジが握り返す。彼女は顔を上げてシンジの瞳を見る。目と目が絡みあった。
「人の気持ちって」
レイの手を握っている指先に、シンジは少し力を込めた。
「たぶん自分ではどうしようもないんだと思うんだ。誰かを好きになれるのは素敵なことだと思う。でもそれは、それが素敵だったり大事だから好きになるんじゃなくて、自然に好きになるんじゃないかな」
「あたし、弐号機パイロットがうらやましい。あの人は思ったことを口にできるもの。あたしにはそれができない。あの人はすごく人間らしいって、思うの……」
レイが何を言おうとしているのか、彼には自信が持てなかった。でも、誤解でもいいと思った。たとえ嫌われても。
シンジは何も言わず、両手でそっと彼女の頬に触れ、小さなキスをした。
レイは身体を硬くしたまま動けなかった。
すぐに離れ、シンジは目を逸らす。
なんてことをしてしまったのだろう。取り返しのつかないことだ。
でも謝りたくはなかった。ごめん、とひとこと言えば、たぶん二人の間には何も無かったことになるのだろう。でもそうはしたくなかった。もしこれが過ちだとしても、無かったことにするのではなく、乗り越えたいと思った。
「もう一度……」
「え?」
予想だにしなかったレイの言葉が、シンジの耳に届いた。
「もう一度、して欲しい。短くて……良く、わからなかったから」
レイは思ったことを、感じたことをそのまま口にしている自分に気づいた。
「目を……つぶって」
「どうして?」
「決まりなんだ。その……好きな人とキスする時は、目をつぶるって」
シンジは勇気を振り絞り、その言葉を口にした。声が震える。
「碇くんも……目をつぶるの?」
「……そうだよ」
それは決定的な言葉だった。
レイは小さく頷いて、静かに目を閉じた。その言葉の意味を、二人は確かに理解していた。
そのキスは、最初のキスよりもずっとずっと長く、甘かった。
「サードがファーストの手に触れました。顔を寄せています。あっ、キスしました! あー、もう離れてしまいました。……何か話をしています。おっと、ファーストが目を閉じました。サードがまた顔を寄せます。ああっ、またキスしています! 今度は長いっ! まだ離れませんっ!」
「……あんた、なんで監視してんの?」
「は。双眼鏡ですが」
道具じゃなくて目的を聞いてんのよ、と言おうとして、やめた。任務には違いない。深いため息をつく。
「もう覗きはやめなさい」
「しかし」
「命令よ。やめなさい。サードが部屋を出たらまた連絡を」
「……了解しました」
シンちゃんもなかなかやるわね、とミサトは思う。ビールのプルトップを開け、少しはその積極性を訓練にもと、一瞬でも思った自分を恥じた。
レイはシンジにもたれ掛かり、両手で彼の右手を握っていた。肩に回された左手を意識する。心臓の動いている音が聞こえ、すぐ隣に彼のいることを感じる。交わされる言葉はなくても、身体が暖かくなって、すごく落ち着いた気持ちになる。
人の隣にいることがこんなにも暖かな気持ちになることだとは、考えたこともなかった。そしてそれは、隣にいてくれるのがシンジだからであるということも、彼女はしっかりと理解していた。
人を好きになること。それは暖かな気持ちになること。これが自分の想いなんだと、彼女は思う。
目を閉じる。隣にいる大好きな人のことを、自分を包み込んでくれている大好きな彼のことを、もっともっと強く感じるために。
どのくらいそうしていただろうか。シンジに寄り添っている彼女の呼吸音が、眠っている人のそれの変わっていた。彼は静かに腕をほどき、息を止めてレイを抱え上げてベッドに横たえた。優しい、安心した寝顔だなと思う。毛布をかけ、声には出さずにおやすみと言う。ほんの少しだけ迷ってから、そっとキスをした。
おはよう。じゃあ、学校で。
ノートを破ってそう書き残し、レイを起こさないように静かに部屋を出た。
東の空が白くなりかける頃に、諜報二課から連絡が入った。少ししてからエアロックの解ける静かな音がして、人の入って来る気配がした。
帰って来たわね、とミサトは心の中で言った。出迎えに行ってやろうかと思う。おかえり、こんな夜中にどこに行って来たの、と聞いたら、彼はどんな顔をするだろう。いたずら心が沸き上がる。でもやめておいた。誰にでも想い出の夜はある。そしてシンジとレイにとっては、今日がその最初の夜なのだから。
学校の帰りやシンクロテストの後、シンジはレイの部屋を訪れるようになった。何をするでもなく、何を話すでもない。ただアップルティーを飲み、キスをして寄り添うだけだ。それでも二人にとっては、それは幸せな時間だった。
眠る頃、レイはベッドに入って携帯を取る。
碇くん、おやすみなさい。 |
おやすみ。またあした。 |
もう寝るね。おやすみ。また明日。 |
おやすみなさい。 |
例えばそんな短いやり取りだけで、彼女の心は暖かくなった。
碇くんが帰ってしまうと少し寂しいけれど――。
明日、また会える。もう独りじゃない。
「先輩、最近レイちゃんとシンジ君、調子いいですね」
シンクロテストを終え、データを見ながらマヤが言った。
「そうね……。ちょっと考えられないくらいね……」
リツコがマヤの手元を覗き込み、過去のデータを呼び出しながら言う。
「詳しく解析してみないといけないわね。テストの内容に関係なく一定して上昇しているから、こっちの問題じゃないと思うけど……」
原因を特定することができ、それが再現可能ならば、シンクロ率の安定した上昇を期待できる。レイとシンジは、テストの後に眠れないことがあると言っていた。アスカはそんなことはないと言う。そして、値が上がっているのはレイとシンジ。眠れないことと関連があるかもしれない。神経接続系統をチェックする必要があるとリツコは思った。
「どうしたの? 深刻な顔して」
ミサトがコーヒーを飲みに現れる。
「子供たちは?」
「とっくに帰ったわよ。アスカは加持んとこだけど」
「そう」
「ねえ、何を話してたのよ」
「レイとシンジ君の調子がいいから、どうしたのかなって」
「ふーん」
突然、ミサトの携帯が甘いラブソングを鳴らした。彼女は軽く舌打ちをして電話に出る。
「はい葛城。……あー、はいはい」
それだけ言って電話を切った。
「何よ。今の電話。それに甘ったるい着メロ」
「諜報二課よ。シンちゃんがレイの部屋に入ったって。もうほとんど毎日なのよね、この電話。二課も任務に忠実なのはいいけど、さすがに鬱陶しいわ。仲がいいのは良くわかったから、って感じ」
「なるほどね――」
「……それで、ですか?」
マヤが不思議そうな顔で言う。
「わからないけど、そういうこともあるかもしれないわね」
「じゃあなに? レイとシンちゃんが付き合ってて、うまくいってるとシンクロ率が上がるってこと? 別れたら下がるの?」
「可能性の問題に過ぎないわ。なんだったらテストしてみる? 二人を呼び出して、別れなさいって言う? やるならあなたの仕事よ、ミサト」
「勘弁してよ。人の恋路を邪魔するほど落ちぶれちゃいないつもりよ。命も惜しいし」
三人は微笑んだ。
あの娘が、シンジ君と、か……。
リツコは思う。
素敵なことよ。応援するわ、レイ。
リツコは優しい目をしていた。
その変化に気づいたのは、ケンスケだけだった。
休み時間に、シンジはレイのところへ行くことが多くなっている。
そんな時、ファインダー越しに見るレイの表情は、以前に比べてはっきりと柔らかくなっていた。
そうか、とケンスケは思う。
女の子って、恋をして奇麗になるんだな――。