Written by tamb
今日のシンクロテストはハードだった。あらかじめリツコから今日は少し疲れるかもしれないと聞かされてはいたが、これほどとは予想していなかった。
腑抜けのような顔で雁首をそろえた三人を見て、リツコは思わず笑ってしまう。
「疲れてるわねぇ」
「はぁ……」
シンジが力なく答える。いつもなら激怒するであろうアスカにしても、抗議する元気もないようだ。レイに至っては立っているだけで精一杯の様子である。
「今日はあがっていいわ。なんだったら精力剤でも飲んでく? たくさんあるけど。凄く効くやつ」
「……いえ、いいです。帰って寝ます」
中学二年生に精力剤を勧めるのもいかがなものか。
リツコの部屋を出て、三人はのろのろとロッカールームに向かう。
「アタシ、着替えたらちょっと加持さんの部屋で休んでいくから。あそこにはベッドがあったはずだから」
アスカが疲れきった声で言う。
「そう……」
「先に帰ってて。ご飯もいらない」
「……」
受け答えをする気力のある者はいなかった。
シンジはロッカールームに入り、座ったまま着替えはじめる。シャワーを浴びる気にはなれなかった。何とか着替えを終えて部屋を出たが、自動販売機の前で力尽きた。ベンチに座り込む。
「ちょっと休んでいこう……」
すぐにレイも出てきた。やはりシャワーを浴びる元気はなかったようだ。片手に鞄を、もう片方の手に靴を持ち、裸足だった。靴下を履く気にもなれなかったのか。
「綾波、靴、履かないの?」
「……だめ…」
彼女はそれだけ答えると、自動販売機の前の床に、直接ぺたんと座り込んだ。足を投げ出す。
「疲れたの……」
「……顔色悪いよ。大丈夫?」
心配そうなシンジの声にも、こくりと頷いただけで下を向き目を閉じてしまう。大きく息を吐いた。チルドレンの中では最も体力のない彼女である。疲労感はことさらであろう。
シンジもずるずるとベンチからずり落ち、床に座った。レイと同じように靴と靴下を脱ぎ、足を伸ばす。この方が楽だ。
二人は足を投げ出した状態で向かい合う。
シンジの目の前に、レイの柔らかそうな、無防備な足の裏があった。
人は疲労が極度に進行すると、一種の酩酊状態になる場合がある。徹夜明け、何でもない冗談に爆笑が止らなくなったりするあれである。この時シンジの脳裏に邪悪な考えが浮かんだとして、誰が彼を責める事が出来ようか。
彼は残った体力の全てを振り絞り、レイの足首をがしっと掴む。
「?」
シンジは少し驚いて顔を上げるレイに微笑みかけ、やにわに足の裏をくすぐりだした。
こちょこちょ。
「あはははははっ」
レイが似合わぬ笑い声を上げ、足をばたつかせた。
「な、何するの……」
シンジのくすぐり攻撃から何とか脱出して体育座りになったレイが、息を弾ませる。その意思に反し、顔は笑顔だ。
「綾波の笑顔、見たくってさ」
シンジが意味不明な理由を言う。レイは思った。
碇くんの笑顔も見たい。
どこにそんな体力が残っていたのかと思うほどの力でシンジの足首を掴み、くすぐった。
こちょこちょ。
「わははははははっ」
シンジは仰け反って爆笑しながらも、体育座りしているレイの足首を無理やり引きずり出し、くすぐる。
こちょこちょ。
「ひゃはははははっ」
「あははははははっ」
レイは足を突っ張らせ、シンジはばたつかせてくすぐったさに耐える。それでもお互いにくすぐるのを止めない。
「あやな、くはははははっ」
「い、碇くん、やめ、あははははははっ」
無意味な爆笑が無人の廊下を空虚に響き渡る。
いい加減死ぬかと思った頃、自分が止めれば相手も止めるかもしれないという考えが、二人の脳裏に同時に浮かんだ。全く同時に二人の手が止まる。
荒い息をつきながら、笑顔で相手の様子をうかがう二人。万一に備えて足首は掴んだままだ。
「……や、やめよっか」
先に提案したのはシンジだった。
「そうね……」
レイも同意する。二人は靴下と靴を履いた。まだ二人とも笑顔だ。
「綾波、ご飯は?」
立ち上がったシンジが聞く。
「……決めてない」
「うちでいっしょにたべようか。元気の出そうなの、作るよ」
「うん」
レイは立ち上がろうとして、よろめいてしまう。気持ちは元気になっても身体は正直だ。
シンジが手を差し出す。レイは一瞬その手を見つめ、それから彼を見上げる。優しい微笑が飛び込んできた。彼女はまぶしそうにシンジの瞳を見る。すぐに自分の顔を隠すようにうつむき、差し出された手につかまって立ち上がった。
「さ、行こうよ」
「はい」
お互いに柔らかな笑みを浮かべている事を、二人は知らない。
ゆっくりと歩き出す。
その手は握られたまま。
end
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